条河静の日常   作:松野椎

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失敗に挫けない。よく言われるけど難しいことだよね

 若葉の生い茂る5月の頃。僕は、翠と凛と一緒に買い物に出かけていた。

 事の始まりは、今日の午前中のこと――

 

 

 ガシャン! ガシャガシャン! 

 

 それは翠と凛の家で仕事の話をしていた時のこと。いつも通り、凛と僕は居間で次の小説について打ち合わせをしており、そこに翠が気を利かせてコーヒーを淹れてくれようとしていた。

 すると突然、翠のいる台所の方から尋常じゃない量の何かが割れる音が聞こえた。

 

「翠、どうした!」

「大丈夫ですか、翠ちゃん!」

 

 何があったんだと心配になり慌てて二人で翠のもとに駆け寄ると、そこには見るも無残な光景が広がっていた。

 

「あらら、やっちゃいました」

 

 どうやら食器棚の皿やカップが雪崩を起こしたようで、床で全部仲良く割れてしまっていた。無事だったのは、翠が手に取っていたコーヒーカップただ一つだけ。

 一体何をしたらここまで派手に被害を出せるんだ……。翠との付き合いも長いが、たまに理解に苦しむことがある。

 

「取り合えず、怪我はないか?」

「大丈夫ですよ。傷一つありません」

 

 これだけ足元に陶器やガラスの破片が散乱していながら無傷というのも不思議な話だが、ひとまず安心した。不幸中の幸いといったところだろうか。

 となると、心配するべきはさっきから唖然とした表情で棒立ちになっている凛だな。

 

「凛、翠に悪気はないようだし、どうか許してやってくれないか」

「凛ちゃん、本当にごめんなさい」

「いや、それは良いんですけど……、今晩どうしましょうか……」

 

 確かに。割れたものをよく見てみると茶碗や大皿なんかも含まれている。これでは料理を作っても食卓に持っていけない。それに、今日なんとかなったとしても皿は生活必需品だ。明日、明後日には困ってしまう。

 

「それではこれから買いに行きましょう。せっかく割れてしまったんですから、新しいものは前とは違った感じのがいいですね」

「だな。会社の備品として購入しておけば税金も抑えられるし、むしろ幸運だったかもしれないぞ」

 

 二人で凛を励ますと、凛の青ざめた顔も段々と戻ってきた。というか、むしろ落ち込むべき翠が何故励ます側にまわっているのか。凛も少しぐらいは翠みたいな鈍感さを持ってもいいのにな。まぁ、翠にも凛の真面目さを見習ってほしいところではあるが。

 

「シズ先輩も翠ちゃんも、ありがとうございます。そうですよね。食器は消耗品ですもんね」

「凛ちゃんも立ち直りましたし、それでは早速――」

「その前に翠ちゃんは反省して、ここの片付けをしなさい!」

 

 

 そうして割れた破片を協力して処理した僕達は、こうして皆で食器を買いに来たというわけだ。

 

「こうして三人で街を歩くのも久しぶりだな」

「高校生の時はよく放課後に街を散策していましたよね。主に翠ちゃんが部室から逃げるせいでしたが」

「あれも青春時代のいい思い出ですよね」

 

 諸悪の根源とまではいかないが、僕らの引き起こす出来事の大半は翠が原因だということは事実。おかげで振り回す翠、振り回される凛という関係が出来上がってしまっている。僕? 僕はその時々によって翠側についたり凛側についたりと、どっちつかずの立場だ。

 しかし、別に振り回すのは悪い事ではない。だって翠が行動を起こしてくれるから、僕の人生は毎日が楽しい。そしてそれは凛も同じ考えだろう。

 

「凛ちゃん、最初は何を買いに行くんですか?」

「まずは食器ですね」

「それなら川沿いの店が品揃え抜群だな」

「でしたら、そこに行きましょうか。シズ先輩の勧めなら間違いないでしょうし」

 

 木組みの街には何でも揃う大型ショッピングセンターなんてものは存在しない。せいぜいが食料品を扱うスーパー程度だ。だから日用品を買うときはそれぞれの店に行って買わなければならない。

 今どき珍しいと思うかもしれないが、なんせ木組みの街は田舎だ。人と人の距離が近い個人商店の方が風土に合っている。

 その代表例がラビットハウスだ。あそこに行く理由はコーヒーを飲みたいからだけでなく、マスターに会いたいからというのもある。一杯のコーヒーを通じて話に付き合ってもらう。それはひと時の人情味あふれる、癒しの時間だ。だから、ラビットハウスには僕や翠のような根強いリピーターが居る。

 

 そうこうしているうちに目的の店が見えてきた。しばらく来ていなかったが、昔とまったく変わっていない。その事実に少しほっとしつつ中に入ると、棚一面に並べられた食器が僕達を出迎えてくれた。

 

「わ~、たくさん種類がありますね!」

「あ、凛ちゃん見てください。兎の箸置きがありますよ」

 

 二人が品揃えに満足してくれたようで良かった。一応これで木組みの街出身という面子も保つことができたな。

 それから僕達は、小一時間商品を物色して必要なものを全部買い揃えることができた。ただ、手で持って帰るには少々量が多くなってしまったので、一部は梱包してもらい送ってもらうことにした。今は店の方がその準備をしてくれているところだ。

 

「それじゃあ僕は、先に外に出ているな」

 

 それだけ言い残すと、僕は店の外に出る。そして、二人に気付かれないようにそっと店から離れた。

 先程、思い出したことがある。そういえば、二人に引っ越し祝いを渡していなくない? という割とヤバい事実を。いや、弁明のしようがない程、すっかり頭から抜け落ちていた。というわけで、この隙にお祝いの品を買ってこようとしているわけだ。

 

 木組みの街にいくつかある食器店の内、さっきの店とは別に可愛らしいカップが売っている店が近くにある。その店でペアカップでも買おうと思って急いで行ってみると、そこには見知った先客がいた。

 

「――ご飯にしか見えないです」

 

 制服姿のココアちゃん、チノちゃん、リゼに加えて何故か大きなカップの中に入っているティッピー。どんな状況なのか分からないが、これはチノちゃんの言う通りご飯にしか見えない。

 

「お、シズじゃないか」

「こんにちは。三人とも奇遇だね」

「お兄さんも買い物ですか?」

「うん。ちょっと贈り物を買おうと思ってね」

 

 チノちゃんとリゼと話していると、ココアちゃんがよさげなカップを見つけたようでそっちにトコトコと歩いていく。

 

「これなんていいかも」

 

 そう言ってココアちゃんがカップを手に取ろうとすると、偶然にも隣の女の子も同じことを考えていたようで、手が重なり合ってしまう。

 

「こんなシチュエーション、漫画で見たことあります」

「よく恋愛に発展するよな」

「創作上だけの出来事かと思っていたけど、現実でも起こるんだね」

 

 まるで意図されたかのような光景に思わず揶揄する僕達。それを聞いてかココアちゃんも相手の女の子を意識するような態度をとる。というか、あの子見たことあるな……。

 

「あれ、よく見たらシャロじゃん」

「リ、リゼ先輩! それに、この前のサントスさん? どどどうしてここに……」

 

 サントスの名を聞いてようやく思い出した。見覚えがあると思ったら、野良兎に怯えていた子か。

 ちなみにサントスとはその時に名乗った僕のペンネームだが、正直仕事以外で人に呼ばれると凄く恥ずかしいな。そもそも仕事と関係ない場でペンネームを名乗っちゃうとか、ナルシストか!

 

「リゼさん、知り合いですか? それに、サントス……?」

「私の学校の後輩だよ。ココア達と同い年。サントスはコイツのペンネームだろ?」

「代わりに説明してくれてありがとう……」

 

 羞恥で悶えている僕には説明する余裕なんてないから、リゼが説明してくれて助かった。後、こんな作者の名前を憶えていてくれて、本当にありがとうございます。小説家冥利に尽きますわ。

 僕が変な感動をしているのをよそに、金髪少女シャロちゃんとの会話は進む。

 

「リゼ先輩はどうしてここに?」

「バイト先の喫茶店で使うカップを買いに来たんだよ。シャロは何か買ったのか?」

「いえ、私は見てるだけで十分なので」

 

 そう言うとシャロちゃんは恍惚とした表情でカップを手に取り、その良さを語ってくれる。陶器フェチとでも言えばいいのだろうか。

 

「それは変わった趣味ですな」

「え、お前が言う……?」

「まぁまぁ、好きなものは人それぞれだからね」

 

 ココアちゃんの言葉にドン引きするリゼ。いや、ミリオタ気味な君も多分同じ仲間に分類されると思うよ。かくいう僕も、人から見れば変わっていると思われる趣味は持っているし……。

 

「リゼさんとシャロさんは学年が違うのにいつ知り合ったんです? シズさんにいたっては学生ですらないですし」

「それは、二人とも私が暴漢に襲われそうになったところを助けてくれたの」

 

 ん? 暴漢? リゼと顔を見合わせるとどうやらそっちも話が違う感じになっているようで、疑問の顔を浮かべていた。

 

「へぇ~、かっこいいな! リゼちゃんは銃を持っているけど、お兄さんも見かけによらず強いんだね」

「ちがーう! 本当はうさぎに怖がっていたところを助けただけだ!」

「あぁ、言っちゃダメです!」

 

 やはり、リゼも同じ経緯でシャロちゃんと知り合ったようだ。それにしてもこの街に住んでいて兎が苦手とは、本当に難儀なものだな。

 その後、シャロちゃんによるティーカップの解説や、彼女がカフェインを摂りすぎると異常なテンションになることが判明したり、リゼが本物のお嬢様だってことを認識したりと少しの間だが楽しい時間を過ごした。そして僕はここに来た目的をすっかり忘れてしまっていた。

 

「チノちゃん、お揃いのマグカップ買おうよ」

「今日は私物を買いにきたんじゃないんですよ」

 

「先輩! こ、このカップなんて色違いで可愛くないですか?」

「本当、可愛いな。よし、買うか。シャロにひとつあげるよ」

 

 皆がそれぞれカップを買おうとしたところで、ようやく僕も思い出す。まずい、早く買って戻らないと。

 店内をざっと見渡すと、シンプルなながら洗練されたデザインのマグカップが目に留まる。翠が好みそうな感じだ。それに色違いのものがもう一つあるから、これにしよう。

 

 僕は即決し、すぐに会計を済ませる。後は戻るだけ……と思ったその時、店の扉が勢いよく開かれた。何事かと思って目を向けると、そこには眉を吊り上げた凛が居た。

 

「見つけましたよ! シズ先輩!」

「遅かったか……」

「荷物が多いのでシズ先輩の手が必要なんです! だから早く行きますよ!」

 

 そう言われ、さっと腕に手を回されて引きずられる僕。翠で手慣れているためか、その一連の動作には微塵も迷いがない。

 そうして僕は呆気にとられる四人の姿を見ながら、真面目で厳しい後輩に連行されてしまうのだった。ちなみにマグカップは喜んで使ってくれました。

 

 

 

 シズが連れていかれた後の店内では――

 

「あのお姉さん、お兄さんの彼女さんかな?」

「まさか。ただの後輩だろ」

「でも、お揃いのマグカップを買っていったわよね?」

「それにシズさんは小説家ですし、後輩ってどういうことでしょう」

 

 恋バナが好きなのは女子の性というもの。あいにく真実を知っているティッピーは、カップの中で眠りこけてしまっている。

 こうしてシズのあずかり知らぬところで、少女達の間で恋の噂が流れてしまうのであった。

 

 




 近頃は、過去に例を見ないような災害も多いですよね。コロナも収束傾向にありますが、まだまだ油断できない状況です。
『悲観的に準備をし、楽観的に対処せよ』という言葉がありますように、まずは想定できる災害に対して危機感を持って準備することが大切なのではないでしょうか。
 これだけ準備をしたのに大したことなかったな、と思えるぐらいが幸せなのではと感じる今日この頃です。

『条河静の日常』第20話をお読みいただき、ありがとうございました。

シズと誰との絡みが好き?

  • 文芸部組(青山翠・真手凛)
  • 妹(マヤ)
  • 主要人物組(チノ・ココア等)
  • その他(ティッピー等)
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