いつもは静かな文芸部の部だが、年に一度耳が痛くなるほど騒がしくなる日がある。
そう、文化祭だ。尤も、僕もこんなに人が集まるとは予想だにしていなかったがな……。
文化祭当日、文芸部の部室は、僕たちが一年間書きためてきたアイデアをまとめて部誌という形にしたものを頒布する会場となる。この前僕たちがラビットハウスで険悪なムードになった原因は、その部誌の中に掲載されているいくつかの文章のうち、翠が最後に仕上げる予定だった大長編の小説についてであった。
ちなみに部誌に載っている文章は、僕が短編小説5編と、数学や英語を使いながら謎を解決していくミステリー小説が1編の計6編で、わりと書けた方だなと思っていたんだが、なんと翠はさっき話にでてきた大長編小説だけでなく、その他に2編の長編小説を書いていたみたいで、格の違いを見せつけられてしまった。
翠が書いた小説が一体どんな内容かというと、まず1つはうちの学校の吹き矢部を題材にして書いた少年漫画のようなスポ根小説。その躍動感溢れる描写にはさすが翠だなと感動させられた。
次に何を思って書いたのか、テニスと社交ダンスが融合された、踊って打つ謎のスポーツの小説。これを読んでまず最初に考えたことは、翠の頭は大丈夫なのか、ということだった。失礼に聞こえるが、あまりにもおかしな内容だったので、この感想は間違ってないと思う。凛、よくこれ許したな……。
そして、最後に大長編小説だがこれは凄かった。これでも文芸部の端くれだから、これまでかなりの量の本を読んできた僕だったが、その中でも1、2を争うほど感動した作品だった。ラビットハウスをモチーフとした作品で、マスターの苦労話や最近始めたバータイムのことも中身に取り入れられている。『うさぎになったバリスタ』なんてファンタジーチックな題名に反して、親子の愛情や、かつては敵だった人との友情などが盛り込まれていて、人々の人生が複雑に絡み合いながら最後にはハッピーエンドを迎える、というお話だった。
……不思議と、これが本当になるような気がしてならなかったのは気のせいだろうか。そうだとしたらこれからはうさぎに気をつけないとな。もしかしたらマスターが化けているかもしれない。
上のような感想を翠に直接述べたところ、
「凛ちゃんに言われてなるべく短くしようとはしているのですが、どうしても長くなってしまうんです~」
と、少し疲れた顔で何とも羨ましい悩みを告げてきた。しかし話を聞いていると、どうやら凛から、
「コピー代も用紙代もバカにならないんですから、短めにしてください!」
と書く前に言われていたようなので、きっと仕上げた文章を見せたときに小言を言われたんだろう。疲れた顔の理由に納得いった。それでも、この長い文章を全部載せて印刷しているあたり凛もこの小説達のことが好きなんだろう。なんてったって翠の一番のファンだからな、凛は。
とはいえ、個人的にはあの謎スポーツ小説は削っても良かった気がする……。どこの層に需要があるんだろうか?
さて、そろそろ文化祭が始まる時間だ。昨日のうちに凛が刷ってくれた小説の冊子を段ボールから取り出して机の上に並べる。B5用紙に印刷された紙の厚みはおよそ辞典並と、とんでもないことになっている。そんな笑っちゃう量の部誌だが、凛が昨日一日中頑張ってくれたので、段ボールを開けて用意すると全部で100部。このうち僕たちが1部ずつ貰う予定なので、来客者に配るのは97部ということになる。
ちなみに去年は僕たち以外にも先輩が居たので、こんな分厚いものにはならなかったが、確か200部刷ってぎりぎり頒布できたんだった気がする。最後には残部を配り歩く羽目になったのは、忘れられない記憶だ……。
去年より部数は少ないものの、こんなに厚い冊子を配りきれるのかと内心不安になりながら準備を進めていると、隣で僕と同じように作業していた凛が、
「先輩、この部誌なんですが、部費の関係上これしか刷れなかったんですが足りるでしょうか……?」
と言ってきた。え、なんだって? これしかだって? 確かに翠の小説は面白いし、凛が担当した表紙のデフォルメされたうさぎの絵も大変可愛いが、さすがに足りないって事は無いだろう。そう思い、申し訳ないが凛には反論させてもらおうと思っていると、僕より先に翠が、
「足りなかったら、そのときは先生に頼んで追加分を作って貰いましょう!」
と言い始めたので、あまりにも驚いてしまった僕は、
「ちょ、ちょっと待ってよ! この分厚い冊子がそんな100部近く配りきれるとは、僕には到底思えないよ!」
と、言ってしまった。すぐに、やってしまったと思った僕は、翠と凛が気を悪くしてしまったのではないかと思い二人の顔色をうかがったが、どうも僕の考えは外れたようで、二人はお互いにきょとんと目を合わせている。
そして数秒の沈黙が室内を支配した後、翠と凛は狙ったように声をそろえて、
「「それはないですよ!」」
と、否定の声をあげた。その後に続けて二人は、
「先輩はあまり気づいていないようですけど、先輩も翠ちゃんもプロの小説家みたい、って学校の中では評判なんですよ」
「そうです、私もシズ君の小説は勉強になる、と取材した先々で褒められたことは1度や2度のことではありません。もっと自信を持って下さい!」
「そう言われてもなぁ……翠のならともかく、僕の小説に高い評価が付くなんてありえないよ」
素直に思っていることを口に出した僕だったが、それを聞いた翠と凛は怒っているような顔をして、
「もぅ! 先輩はほんっとうに自分のことを卑下するんですから!」
「凛ちゃんの言うとおりですよ! 過ぎた謙遜は嫌味になるんですからね、シズ君!」
と、怒られてしまった。僕そんな卑下とか謙遜していないのにな……
「まだ信じていない顔してるんですから……。分かりました! そんなに心配なら証拠を見せてあげましょう!」
そう言われて二人に腕をつかまれながら、部室の外に引っ張り出された僕は、自分の目を疑うのだった。
「ね、言ったとおりでしょ!」
そこに見えたのは人、人、人、廊下一杯に広がっている人の姿がだった。そして、その人の集団は皆文芸部の前に並んでいたのであった。このあまりに現実的でない光景に思わず呆然と立ち尽くしてしまったが、やっと見られるのか、と待ちわびた声や、青山先輩の小説も条河先輩の小説も楽しみだね! と言った声が聞こえてくると、心の中から嬉しいような恥ずかしいようなむず痒い感情がわきあがってくるのだった。
「さすがシズ先輩と翠ちゃんです!」
といってドヤ顔をしている凛。こちらは自分についても言われているのが恥ずかしいのか、ニコニコしながら頬を赤らめている翠。
それにしても、去年は全然こんなに人が来るなんてことはなかったのに何でこんな状況になっているんだろうか? そういった疑問がふと頭をよぎると、凛が見透かしたように答えを教えてくれた。
「去年、文芸部では部誌のことを全く宣伝しなかったですよね。だから文芸部には、当日気づいた人しか来なかったみたいなんです。ですが、部誌を読んでくれた方はこの小説面白いなと言う人がほとんどでした。なので今年はその反省を活かして、夏休み明けからちまちまと宣伝活動を行っていたんです! まぁ翠ちゃん探しのついでですが……」
「それは、私がアイデア探しに色々な所をまわっていたおかげ、ということでしょうか?」
「た、確かにビラ配りとかする手間は省けたけど、それとこれとは話が別だよ!」
どうやらうちの凛さんは、僕が思っている以上に優秀だったようです。将来経営者とかになったらいいんじゃないかな。それに、翠も知らず知らずのうちに文芸部の知名度アップに貢献していたようで、僕の小説を読んでもらえる人が増えて人気になったらしいのは、やっぱり僕が原因ではなく翠と凛のおかげだったようです。
その後、翠、ペンネームで言えばミス・エメラルドと、そのミス・エメラルドを唯一連れ戻せる存在である凛の活躍により一躍人気となった文芸部では、文芸部3兄妹が部誌を嬉しそうに手渡す姿が見られたという。そして、そんな三人の表情を見た人々は、部誌のあまりの分厚さに吃驚しながらも、これからもこの文芸部を応援していきたいな、と思うのであった。
こうして、文芸部3兄妹は噂として学校内で語り継がれていくのであったが、そのことはまだ誰も知らない……。
人の笑顔を見ると、自分も笑顔になれる気がします。皆さんはどうですか?
さて、『条河静の日常』第4話をお読みいただき、ありがとうございました。
次回の投稿は、明日の夜になる予定です。もし時間があればこちらに寄ってみて下さい。
それと、厚かましいお願いなのですが、感想と評価をしてくれる人がいらっしゃいましたら是非お願いします。ここ直した方がいいよ、とかでも構いませんので……。