人は人に愛された分だけ人を愛することが出来る。これって素晴らしい永久機関だよね
ここは、木組みの街にいくつかある中学校の内の一つ。
大掃除と終業式の2時間だけで終わることになっている今日この日。明日からは春休みのため、学校全体が浮かれた気分になっている。その中でも、特に嬉しそうにしている1年生の生徒が一人……
「ふんふんふふ~ん♪」
床にモップをかけながら楽しげに鼻歌を唄っている、濃紺色の髪をしたこの少女の名は、条河麻耶。基本皆からは、マヤと呼ばれている。
「マヤさん、今日はなんだか楽しそうですね?」
マヤの方へと近づきながらそう尋ねる、銀髪とも薄い青色ともいえない何とも不思議な色をした髪をしている少女は香風智乃。
実家はラビットハウスというコーヒーをメインにした喫茶店で、彼女自身の将来の夢は立派なバリスタという、家思いの子だ。家族や親しい友人からはチノと呼ばれている。
「なんてったって、明日からは春休みだし! いっぱい遊べるからね!」
ふんふふ~んとそのままご機嫌に掃除を続けるマヤ。だが、そのあまりに浮かれすぎている様子に疑問を覚えたチノは、
「その表情から見るに、なんだかそれだけじゃないような気がします……」
と、マヤへと問いかけた。
チノのその言葉を聞いたマヤは、ギクリと目に見えて分かるぐらい動揺しながら、
「そ、そんなことないってば~!」
と、手を横にぶんぶんと振って必死になって否定するのであった。
そんなマヤの様子を怪しいと思ったチノは、更に問い詰めようとして口を開こうとしたが、その直前に、
「ふふっ、マヤちゃんの家にね、今日お兄さんが帰ってくるんだよ~。だから、それがとっても嬉しいから見て分かるくらい浮かれてるんじゃないかな~?」
と、二人の後ろから現れた、例えるなら苺のように赤い髪をした少女、奈津恵、通称メグが答えを言った。
「ちょ、メグ! それを言うなよー!」
恥ずかしそうにメグをぽかぽかと叩くマヤ。
「マヤちゃん痛いよ~」
そんなマヤが可笑しいのか、メグは笑いながらマヤに言う。マヤは悪びれた様子のないメグを見て、さらにほっぺをぷくーっと膨らませた。
そんな二人のやりとりを見ていたチノは、
「マヤさんってお兄さん居たんですね。ですが、その、帰ってくるというのはなんですか?」
マヤに向かって話しかける。それに対してマヤは、まだ恥ずかしいのかちょっと拗ねたような口調で、
「遠くの大学に行くためにってしばらく離れてたんだけど、やっと一段落したからって言って、今日帰ってくるんだ」
と、チノに答える。そのマヤの言葉に続けてメグが、
「マヤちゃんのお兄さんって、あの『コーヒーから学ぶ数学』の作者さんでもあるんだよ~」
とチノに補足説明をする。この告白を聞いたチノというと、
「え! あの、おもしろくてわかりやすいと評判の参考書をですか! す、すごいです。尊敬します!」
目をキラキラと輝かせて称賛するのであった。
『コーヒーから学ぶ数学』というのは、マヤの兄、条河静が元々冗談で書いたものだったが、あれよあれよという間に発売されてしまい、いつの間にか中・高生向けの参考書の中ではトップクラスに売れる大人気参考書となった。
物語の舞台はとある喫茶店で、日常の中で何気なく使われているものを数学的に見てみようというコンセプトの元、喫茶店でアルバイトをする少女が、お客さんに見立てた読者に向かって問いかけるという内容になっている。
まるで自分が物語の一部になったように感じられると評判なその本は、中学生や高校生向けに書かれているにも関わらず、大人からも高い評価を得ているそうだ。
世間一般からだけでなく、自分の友達からも兄のことを褒められたマヤは、
「ふっふーん! 私の兄貴は、小説を書くのもすごいし、それにかっこいいし優しいんだよ!」
と、自分が褒められたかのように嬉しそうな顔をしてそう言った。
その言葉を聞き、マヤが心からの笑顔をしているのを見たチノとメグは、お互いに顔を見合わせると、まるで計ったかのようなタイミングで、
「マヤさん(ちゃん)は、本当にお兄さんのことが大好きなんですね(なんだね~)」
と言うのだった。
「なっ!!」
想像もしていなかった返答に、口をパクパクとさせながら言葉にならない声を出すマヤ。自分はそんなに兄が好きかと、己の過去の言動を振り返ってみると、思い当たる節がいくつも見つかったようで耳まで顔を真っ赤にするのだった。
「あ~、照れてる~」
「こんなマヤさんを見るのは珍しいです」
普段のお返しとばかりに、全力でからかいに行くチノとメグ。自覚があるばかりに何も言い返せないマヤは、う~と唸りながら可愛らしく二人のことを睨んでいる。
チノ、マヤ、メグの三人が繰り広げるこの微笑ましいやりとりは、この後掃除しなさいと先生に注意されるまで続くのであった。
学校の帰り道、
「もぅ、チノとメグのせいで怒られたじゃん」
「あれは、マヤさんが急にいつも見せない顔を見せたのがいけないんです」
掃除の時間中、先生に注意された原因をお互いのせいにしようとしてふざけ合っていると、
「ねぇマヤちゃん、今度チノちゃんと一緒にマヤちゃんのお兄さんに会いに行ってもいい?」
と、メグがマヤにお願いをするのだった。これに対してマヤは、
「うん、いいよ! それだったらせっかくだし春休みの宿題を兄貴に見てもらおうよ!」
と提案するのであった。
人見知りな性格であるチノは、他人に勉強を教えて貰うことなんて普段だったら絶対に断るのだが、教えて貰う相手が友達の兄で、しかも一方的にだがよく知った人であるということもあってか好奇心の方が勝ったようで、
「是非お願いします!」
即答するのだった。しかし、それでもまだ怖い気持ちはあるようで、
「それと……勉強をするのでしたら、ラビットハウスで行うのはどうでしょうか……?」
と、自分のよく知った場所を勉強会の会場として提案するのであった。
断られてしまうのではないか、と少し不安になりながらマヤとメグの返答を待つチノだったが、その二人はすぐに、
「いいね~それ!」
「よし、じゃあ決まりだな!」
と快く了承して、場所が決定した。その言葉にほっとしたチノは、帰ったらおじいちゃんに了解をもらわないとな、と考えるのであった。
「でも、私たちで一テーブル占領しちゃっていいの?」
「……いいんです。どうせお客さんも少ないですから……」
女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだが、三人寄れば文殊の知恵とも言う。この後も別々の道に分かれるまでの間、彼女たちはいつ勉強会を実施するかといった話から、昨日のテレビが面白かったことという話まで、三人全員が心の底から楽しんでするのであった。
所変わってラビットハウスにて、
「~というわけなんですが、ラビットハウスを使ってもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
チノと、もふもふした一見何か分からない生物、少し動物に詳しい人ならそれがアンゴラウサギという種の兎だと分かるだろう、が話をしていた。
「しかし、『コーヒーで学ぶ数学』とは、そいつは中々いい目をしておるな。来たら1杯コーヒーをサービスしてやろうじゃないか」
「そうやっておじいちゃんはすぐサービスって言ってコーヒーを出しちゃうんですから……それだから儲からなかったんじゃないですか?」
おじいちゃんと呼ばれたその兎、ティッピーという名前なのだが、それはうぐっと言って言葉に詰まった。
「そ、それでも昔も、ここのコーヒーは美味しいと言って何回も来てくれる客も多かったんじゃぞ! 特にあの高校生だった坊主と嬢ちゃん、静と青山だったか、は毎日のように訪れていたもんじゃ!」
「そんなお客さんも来なくなってしまったんですね……」
「そ、そんなことないぞ、あいつらは確か大学に行くためにこの街を離れているだけであって、戻ってきたらまた来てくれるはずじゃよ!」
孫の容赦ない責めに次第にたじたじになっていくティッピー。孫の言うことが全て事実であるばかりに、あまり強く出ることができないのであった。
そして、最後に言った言葉は、
「早くあの騒がしい高校生三人組が帰ってこないかのぅ~」
と言うものだった。
木組みの街は今日も平和な日常が紡がれていく……
昔を懐かしんでみると、当時は嫌だったことも今になってみれば良い思い出、みたいなこともあるものです。偶にはゆっくりと昔のことを思い出してみるのも良いのではないでしょうか。
『条河静の日常』第7話をお読み頂きありがとうございます。
今日朝起きると、たくさんの方にお気に入りされていることに気づき、大変驚きました。こんな小説でも面白いと言って見て下さる方がいるのは本当にありがたい限りです。
さて、次回の投稿の話ですが、明日……は厳しいかもしれません。もしかしたら投稿するかもしれませんが、きっと明後日の夜になると思います。
昨日は次から原作に入ると言いましたが、少し書きたいお話が増えてしまったばかりに、ココアちゃん達が出てくるのはもう少し後になりそうです。
嘘を言ってしまい申し訳ございませんでした。