僕が木組みの街へ帰ってきて2日目のこと。その日、僕は朝早くから自室の押し入れをひっくり返して、あるものを探していた。
「あれ、おかしいな。確かこの辺に置いていたはずなんだけどな?」
探している物は、僕が中学生時代に使っていた教科書やノート、問題集だ。確か中学を卒業したときに、マヤが中学生になったら僕が勉強を教えるために使うかもしれないからと、束ねて押し入れの奥に置いていたはずなんだが……。
「お、あったあった」
よかった、まだ処分していなかったようだ。押し入れの奥の奥、よく見ないと見つからないその場所にあった本の束を取り出した僕は、見つかったことに安堵したのであった。
なぜ僕がこれを探していたかというと、それは昨日のことだ……。
昨日、ラビットハウスで兎になってしまったマスターと、ついつい話に夢中になってしまい、家に着いたのはもう日が沈んだ後だった。
朝から実に10時間以上散歩に出ていて、少し疲れたけれど、充実した1日だったなと思いながら玄関に入ると、目の前にマヤが仁王立ちしていた。
「うおっ!」
まさか、玄関を開けたら人がいるなんて思ってなかったので、思わず驚いて声をあげてしまった。
なぜ、こんなところで仁王立ちしているのかと聞こうとしたが、それより先にマヤが話し始めた。
「む〜、兄貴ったらどこに行ってたのさ!」
そう言って頬を膨らませている。その瞬間、マヤの姿が凛に重なった。
はは、これじゃあまるで僕が翠じゃないか……。しかも、締め切りが近いのにも関わらず、まだ一文字も書いてなくて、それでいてまだアイデア探しという名の追いかけっこを楽しんでるような、結構どうしようもない、そんな感じの。
そんな二人を連想してしまったので、マヤに大変申し訳ない気持ちが生まれた。
「えっと、昔行ってた喫茶店にちょっとな」
「ちょっとって……もう夜だよ! 私が朝起きたときにはもう居なかったのに、ちょっとも何もないでしょ!」
……返す言葉もございません。いや、でも自分の中ではあっという間だったのは間違いなかったんです。
そう心の中で言い訳していると、
「もぅ! いつまでたっても帰ってこないから心配になって何回も電話したのに、1回も出ないから本当になにかあったんじゃないかって思ったんだよ!」
その言葉を聞き慌てて携帯を開いてみると、何件もの不在着信が届いているのがすぐに分かった。
しかし、最初に連絡をくれたのが11時過ぎと、運悪く僕が携帯を使い終わった直後であり、それ以降携帯を開いていなかったので、全く知らなかったのだ。
それに、どうやら僕は携帯をマナーモードに設定していたらしく、電話を着信しても鳴らなかったんだそうだ。
なんでマナーモードなんかに、と思ったがよくよく思い出してみれば、そういえばここに帰ってくるとき、列車に乗るからとマナーモードに設定していたのだった。すっかり忘れていた。
これは本当に悪いことをしたとマヤに謝ると、マヤは、
「はぁ〜、もういいよ。でも、本当に心配したんだからね!」
と、この後数分間怒られてしまった。これじゃあどっちが年上だか分からないなと思いながら、マヤの説教をありがたく聞くのだった。
「本当に兄貴は……。罰として、今度私に何か奢ってよ!」
そう言って、いたずらっぽい笑みを浮かべたマヤ。僕が全て悪いのだが、許してくれたようでなによりだ。そして僕は、今日の事は心の底から反省したのだった。
夜ご飯を食べて、お風呂にも入った後、僕とマヤは居間でゆっくりとしていた。すると、ふいにマヤが質問してきた。
「そういえば喫茶店といえば、兄貴は来週の月曜日って空いてる?」
「来週の月曜日だから明々後日か。その日は、というかマヤの春休みが終わるくらいまでは何もすることがないからいつでも暇だよ」
翠と凛はしばらく映画化企画で忙しいだろうから、その間僕は次に出す本のネタ集めだけしかやることがない。少なくとも4月の初めまではのんびりと過ごせるだろう。
「それじゃあ兄貴、私に心配をかけた罰をもう一つ。来週の月曜日は、私たちに勉強を教えること!」
「私たちって、マヤの他に誰が居るんだ?」
「一人はメグだよ。兄貴も知ってるでしょ? それで、もう一人はねチノっていう名前の、中学生になってから出来た友達!」
チノって、もしかして今日ラビットハウスで会ったあのマスターのお孫さんかな? 丁度年齢もマヤと同じぐらいだったし。
「それでね、チノの家はラビットハウスっていう喫茶店をやっているんだけどね、そこで勉強会をやろうって話になったんだ!」
間違いない、あの娘だ。……いやはや、世間って狭いもんだな。この木組みの街だって田舎の方にあるとはいえ人口は何万人といるし、土地だってそこそこ広いはずなんだがな。
「それで、そのチノってのがさ、クールなんだけど寂しがりやなんだよな〜。その日に紹介するよ!」
「いや、紹介しなくても大丈夫だ。その娘とは、今日ラビットハウスで会ってる……。」
これにはマヤもさすがに驚いたようで、目をまんまるに見開いている。
「ええっ! 兄貴が今日行った喫茶店って、ラビットハウスのことだったんだ〜! えー、私だって1回も行ったことないのにずるいぞ〜」
「ずるいと言われても、高校生の頃からお世話になってた所だからな」
帰ってきたらまず行きたかった所になるくらいは好きな場所だ。
「まぁ、ずるいって言うのは冗談にしても、まさかチノに会っていたとは……本当にびっくりだよ」
僕の方こそ、今日会った少女がピンポイントでマヤの友達、それもマヤはあまり多くの友達を作らないから大変仲の良い、だったなんて驚きだよ。
「じゃあ兄貴、明々後日の10時からラビットハウスで春休みの宿題を終わらせるための勉強会だから、よろしくね!」
「わかったよ。でも、教えるにしても何やるのか僕は知らないから、冬休みの宿題を明日まで貸しておいてくれないかな?」
「おっけー! 取ってくるからちょっと待っててー!」
そう言って自分の部屋へと行くマヤだった。
「はい、これで全部だよ!」
……マヤが持ってきた宿題の量を見た僕は唖然とした。そこにあったのは、文字通りの宿題の山だった。しかも、国語、数学、理科、社会、英語がこれまでに中学校で習った内容からまんべんなく出ていて、これを全部解かなきゃいけないのかと、自分がやるのではないにも関わらずもはや疲れた気分になってきた。
「あ、ああ、ありがとう。明日までちょっと借りるな」
「は〜い!」
腕いっぱいに持った宿題を抱え、自室に戻った僕。パラパラと全ての宿題を眺めていると、所々に分からない問題がまじっていた。
あぁ、これはちゃんと確認しておかないとな、と思う僕であったが宿題の量に圧倒されてしまい、もう今日は寝て明日の自分に託そうと、布団を被るのであった。
こうして、昨日の僕は無責任に寝てしまったので、今日の僕はまず自分が中学生の時にどのように習い、覚えたのか確認するために、さっきまで教科書やノートの束を探していたのだ。
よしっ! さぁ、これでも参考書を書いていたりするので、期待に応えられるように頑張りますか!
そう思って久々の勉強を始めた僕だったが、分からなかった問題は全て、自分が習った時から改正されていたからだということに気づくのは、もう少し後の事だった。
「それにしても、マヤったら罰として勉強を教えること、なんて言っていたけど、勉強会をするメンバーを決めていたってことは、最初から計画してたんだろうな……」
わざわざ理由をつけて僕を参加させたのは、僕が逃げないようにするためか、それとも気恥ずかしさや遠慮からくる気持ちのせいなのか……、もしも後者だとすれば、何も遠慮なんてすることないのになと思った僕であった。
あなたは、もしもあなたの友達が悪い事をしている又は企んでいると知ったら、その人に意見することができますか? これって簡単そうで、結構難しいのではないでしょうか?
『条河静の日常』第9話をお読みいただき、ありがとうございました。
前回、私は明後日に投稿すると言ったのにも関わらず、およそ1時間半日付を超えてしまい、大変申し訳ございませんでした。
これに伴い、詳しいことは後ほど活動報告の方に書きますが、しばらく投稿ペースを落とし、何かあったときのための書き溜めをしたいと思います。何卒ご了承下さい。
皆様、こんな私の小説に付き合って頂きまして、本当にありがとうございます。また、これからも頑張っていきますので、宜しくお願い致します。