【補足】
青葉の過去の出来事やスペックなどは年下編と変わらずで、もし創真達と同級生だったらどうなっていたかを書いていきます。
第一話
47都道府県の料理人を目指す小学生に聞いた、あなたの進学したい料理学校はどこか?
その質問に対し、第一希望に間違いなく挙がるのが遠月茶寮料理學園。略して遠月学園。
食の最先端と呼ばれ、その広大な敷地には料理に関する全ての施設が揃っているとも言われる。
加えて高等部に在籍しただけでも箔が付き、卒業まで辿り着けば料理界での絶対的地位が確約されるのだ。
そんな料理人を目指す者ならば 誰もが憧れる遠月学園には、当然のように全国から入学希望者が集う。
その数は数千人、時に万人を超え。そこから選ばれた千人程が、毎年中等部に入学を果たす。
――遠月学園 中等部 入学試験面接会場。
料理学校の遠月学園だが、筆記試験や料理試験の他に 面接試験も勿論存在する。とはいえ、数千人もの受験生を一人一人相手にしていたのでは、時間が掛かりすぎてしまうのも確か。
よってこれは最終段階。既に二つの試験に合格した者のみが受けることを許される。
最終段階と聞いて多くの学生は緊張するかもしれないが、実は面接に辿り着いた時点で、合格はほぼ確定している。
それは遠月学園の基本方針として、料理の腕さえあれば家柄や出自等に一切関係なく在学できるというものがあるからだ。
余程態度が悪くない限り、それはその者の個性として捉えられ。また、そういった個性的な者がいるからこそ、学園の生徒達に刺激がもたらされる。
つまりこの面接は、入学が決定した生徒がどういった人物であるかを見極める為のもの。
決して学園側が手を抜いていい試験ではない。
とは言えだ……。
面接官である男は、今日最後の受験生の資料を確認していた。
そこに書かれた名は――芳賀青葉。
筆記試験、料理試験共に首席レベル。もし今年、あの総帥の孫娘である薙切えりながいなければ、間違いなく首席であった男。
筆記試験で僅かなミスさえなければ……。いや、わざと手を抜いたのだろう。
中等部卒業レベルの問題もあったとはいえ、現時点でここまでデキる料理人が、そんな些細なミスを犯すとは思えない。
大方、首席になって目立つのを嫌ったのか。はたまた、薙切えりなに花を持たせる為に敢えてミスをしたか。
恐らく前者であろう。
総帥直々の推薦を受けている学生。加えて芳賀という名字。親子揃って同じ性格というわけだ。
この面接官の男は、遠月に何十年も前から勤務している。もう架空の人物として扱われているあの生徒の名を知っているし、当時 中等部に入学した彼女の面接官も担当していた。
――コン、コン。
「どうぞ」
「失礼します」
部屋に入ってきた青葉を見るが、その声や足取りに緊張感は一切みられない。
そのまま対面まで来ると軽く挨拶を済ませ、席に着いた。
「では初めに、当校を受験した理由を聞かせてください」
「そうですね……」
口元に手を当て、面接の対策をしていれば即答できそうな事をこの場で考える青葉。
その容姿。仕草。そして悪びれた様子を全く見せない様を見て、面接官の男は確信する。やはりこの青葉という受験生は、あの芳賀若菜の子供なのだと。
そして漸く発せられた言葉に、かつての芳賀若菜の姿が重なって見えた。
「日本で料理の腕を磨くなら、遠月学園が一番良いと薦められたので」
〆〆〆〆〆
「納得いきません!」
デスクに両手を叩きつけ、感情を露にしたえりなの表情は真剣そのものであった。
その気迫を受けた実の祖父である仙左衛門は思わず身動ぎ、隣に立つ青葉はえりなを落ち着かせようと宥める。
「どうしたのだ、えりなよ」
「どうしたのだ……ではありません! 何ですか、これは!」
仙左衛門の前に突き出されたのは、遠月スポーツと呼ばれる校内新聞の号外であった。
その見出しにはデカデカと『遠月十傑評議会 新メンバー決定!!』と書かれている。
そう。今日は遠月十傑評議会 新メンバーの最終審議と任命式があったのだ。そして事前の新メンバー予想で、今年の十傑任命は荒れるだろうと言われていた。
その理由が最終審議まで残ったメンバーに、中等部から二人が選出されるという異例の事態があったからだ。
一人は言わずと知れた薙切えりな。
遠月学園 中等部へは首席で合格し、『神の舌』と呼ばれる味覚は人類最高峰とも言われる。
その味覚は絶対であり、もし彼女に料理で不味いと言わせようものならば、料理人の人生が閉ざされる事を意味している。
それもさる事ながら、料理の腕も既に一流と呼んで差し支えなく、調理棟を建てるために食戟も行っているほどだ。
そしてもう一人。ダークホースとして名が挙がったのが芳賀青葉。
遠月学園 中等部へはえりなに次ぐ次席で合格し、しかしその実力はあまり知られておらず、多くの者からは未知数だと捉えられている。
その理由として食戟戦績がなく、にも関わらず授業評価は当然のように毎回満点。えりなとも友好的で学園内の同じ屋敷で過ごし、日頃から共に行動している事などが理由だ。
しかし実は、青葉は一度だけ非公式に食戟を行っていたりする。
それは青葉が中等部二年生へ進学し、暫く経った頃。
その時期になると学園内ではグループが確立され、青葉がえりなや緋沙子の二人と歩いていても、見慣れたメンバーとして認識されていた。
けれど、それを面白くないと感じる者も中にはいる。
その代表こそが『えりな様親衛隊』なるファンクラブのメンバーだ。
ファンクラブの言い分はこうだ。
学園内で全く力を示そうとしない青葉だが、その実力は本当にえりな様の隣に立つに相応しいのか?
よって“えりな様親衛隊”の一番隊にして、隊長でもあるこの私と一騎打ちをしろと。
何故これが非公式の食戟なのかと言えば、この食戟は青葉の力をファンクラブに示す事が目的であり、えりなと青葉を引き剥がす事が目的ではないからだ。
二人が幼馴染で仲の良いことは周知の事実であり、仮にこの二人を引き剥がしてえりな様を悲しませるようなことになれば、それはファンクラブの掟に反する。
しかし青葉が力を示してくれなければ、“えりな様親衛隊”として隣に立つことを容認できない。
そういった経緯に加え、青葉が食戟を仕掛けられた事そのものにえりな様が不安になるのではという計らいによって、非公式の形で食戟が行われた。
その結果、青葉が“えりな様親衛隊”の大将に何故かなっていたりするのだが、それは置いておこう。
閑話休題
中等部在学の身にして、最終審議まで残った二人。
そして任命式では、えりなと青葉は歴代最年少で十傑入りを果たす結果となった。
しかしえりなはこの結果のある一点が納得できず、こうして総帥である仙左衛門の元まで訪れたのだ。
「何故私が遠月十傑 第九席で、青葉くんが第十席何ですか!」
その一点とは、席次に関して。
遠月十傑の席次は上が一席、下は十席という順になっている。今回の場合で言えば、九席のえりなが十席の青葉よりも実力が上ということだ。
だが、えりなはこれが納得できなかった。何故私が青葉くんよりも上なのかと。聞く者によっては、耳を疑うような申し立てをしていたのだ。
「なるほど。つまりは青葉こそが第九席に着くべきだと。そう言いたいのだな?」
「そうです」
「すいません 総帥。俺は気にしてないのですが、えりながどうしても納得できないようなので」
「ふむ……」
二人のどちらが料理人として上か。
そう考えたとき、本当の実力を知る者は青葉こそが上だと主張するだろう。故にえりなは青葉こそが第九席に相応しいと思い、自ら取り下げる様な事を言っているのだ。あの『神の舌』本人が。
だがそれは、あくまでも青葉個人を知っている極少数の者からすればの話。
「だが、遠月学園という視点で見れば、えりなが第九席に選ばれるのだ」
「…………」
「中等部三年生まで、授業評価に関して言えば、両者共に申し分ない。申し分ないが、それだけで十傑に選ばれる訳ではない。授業評価に加え、行事による実績。学園への貢献度。そして最も評価の対象となるのが――食戟」
「食戟……」
「左様。青葉は現在までに食戟戦績がない。対してえりなは数十に上り、全勝しておる。よってえりなが第九席となったのだ」
そう言われてしまっては、えりなも反論できなかった。
青葉は平和主義というか 無欲なところがあり、食戟を進んでやろうとはしない。
そのせいで成績という目で見て分かる数字がえりなより低いと判断され、第十席に落ち着いたのだ。
寧ろ食戟をしていないにも関わらず、十傑入りした青葉を多くの者は疑問に思っているのかもしれない。
――なるほど。ならば、他の手段を選ぶまで。
「……分かりました。……ねぇ、青葉くん」
「どうした えりな?」
「私と食戟をしましょう」
「は!?」
だったら食戟をすればいい。
青葉が勝てば、周囲に彼の実力がハッキリと認知される。えりなが勝つ結果となったとしても、青葉の実力は間違いなく証明されるだろう。
「大体青葉くんは、食戟をしなさすぎなんです! そのせいで周りから、私の側にいつもいるひっつき虫みたいに言われるのよ! だったら食戟です。私と食戟をするしかありません!」
「いやいやいや。俺は別に、周りから実力が低く見られようと気にしてないから。十傑の席次もどうでもいいし、何だったら十傑を辞退してもいいぐらいで……」
「青葉くんはもっと評価されるべき料理人なんです! そもそもですね――」
すっかり蚊帳の外となった仙左衛門は、二人の口論を見守る。
えりなの言い分は最もだ。
青葉はもっと評価されるべき料理人であり、えりなの考えからすれば焦れったいものがあるのだろう。この学園の多くの生徒は上を目指しており、青葉のような考え方をしている方が珍しい。
とは言え、遠月学園の本番は高等部からだ。
青葉も十傑となった以上、その実力が知れ渡る日がそう遠くないうちに来る。
その様な言い分もあり。「し、仕方ないわね……」と 最後はえりなが折れ、代わりにトランプなどで夜通し付き合う約束を青葉は取り付けられていた。
トランプの話が持ち出されたとき、あっさりと折れたのを見て。「えりなはこれを期待していたのでは?」と 青葉と仙左衛門は心の中で思ったが、真相を知るのはえりなだけである。
〆〆〆〆〆
遠月十傑評議会 新メンバーに選出された青葉を見て、中等部・高等部のほぼ全ての生徒はある疑問を持った。
何故 彼は十傑に選ばれたのかと。
最終審議の段階では、えりなと共に中等部にして名が挙がった事でダークホースとして扱われ。その注目度は増したが、しかし今まで何か注目するような事をした生徒ではない。授業評価こそ高いが、言ってしまえば努力次第で誰でも満点は取れる。
故にダークホース。結局は十傑に入れずに終わるだろうと、大半が思っていた。
だが、その考えは覆される。
新メンバーを決定するのは毎年、学園総帥を含む経営幹部らが決めることであり、ここに生徒が介入する余地はない。
そこで青葉が十傑入りしたことに対して、誰もが考えるのは 不正行為の可能性。
青葉は料理に関してそこまで注目はされていなかったが、学園の日常生活では有名人であった。
共に十傑入りした薙切えりなと仲良く歩く姿は学内で多く見られ、宿泊しているのも同じ屋敷。総帥と話す姿も確認され、幼少期からあの薙切家と関係を持っているのは想像に難くない。
遠月学園のトップである総帥が、芳賀青葉を優遇したのではないか?
そんな噂話は忽ち広まり、多くの者が共感できることもあって まるでそれが真実のように浸透していく。
それから数日。青葉に向かってある生徒は言った。
――第十席の座を賭けて食戟をしろ と。
その話を持ち掛けた者は思った。これは自身が十傑に名を連ねるチャンスであると。
この遠月学園にいながら、青葉が功績を上げたという話は誰も聞いたことがない。記録にもない。
それはつまり、料理人として平凡であるから。
十傑を賭けた食戟など、そう起こりうる事ではない。
食戟をする際にはその欲するモノの対価を差し出さなければならないが、十傑の座は挑戦者の退学を賭けても足りないからだ。十傑側が食戟を断ればそれで終わってしまう。
しかしここで、不正行為をしたのではという噂について言及すればどうなるか?
仮に青葉が断るような事があればイメージがより悪くなり。解決するには食戟を受け、その力を示す他ない。
青葉が不正行為をしたというのはあくまでも噂だが、ほぼ真実だろう。
つまり勝つのは容易い。十傑に入り、地位と名声を手に入れられる。
――そして青葉は、食戟を受けることにした。
その光景を見ていた学生も、それに続けと言わんばかりに食戟を申し込んでいく。
青葉の隣にいた、えりなと緋沙子の冷ややかな視線に気付かぬまま。
〆〆〆〆〆
食戟が行われる会場。
観客席とは別で設けられた、ステージを見下ろせる特設室にて。仙左衛門は事の行く末を見守っていた。
『3―0! 勝者は……芳賀青葉!!』
数日に渡って行われた食戟は予想通り……いや。多くの者にとっては予想外の結果で、青葉の完勝に終わった。
本当は仙左衛門自身が審査員を務めたい所だったが、それでは公平な審査にならない可能性があると言われてしまい、こうして見守る事しかできなかった。
「仙左衛門殿よぉ。あの青葉ってやつは……何者なんだ?」
ふと声が掛けられ方を向けば、そこには十傑の面々が立っていた。いないのは食戟を終えたばかりの青葉と、迎えに行ったえりなだけだ。
遠月十傑 第一席――司 瑛士
遠月十傑 第二席――小林 竜胆
遠月十傑 第三席――茜ヶ久保 もも
遠月十傑 第四席――斎藤 綜明
遠月十傑 第五席――紀ノ国 寧々
遠月十傑 第六席――一色 慧
遠月十傑 第七席――久我 照紀
遠月十傑 第八席――叡山 枝津也
遠月を代表する生徒が集まったのは言わずもがな、今日行われた青葉の食戟を観るためだろう。
「青葉が何者なのか……。それは、どういう意味かな?」
枝津也の含みある問いに、仙左衛門はその意図を計り兼ね 問い返す。
「どうもこうもないっしょ。十傑の権限を使って青葉ちんについて調べようと、分かることは入学試験からそれ以降の事だけ。それ以前の事は、第一席である司さんですらほとんどシークレット」
「中等部へは総帥本人の推薦で入学。薙切くんと共に学園を過ごしていることからも、過去に関係があったことは明らかでしょう。にも関わらず、薙切家と芳賀家の繋がりも秘匿されていました。詮索するのは褒められた行為ではないと分かっていますが、同じ十傑メンバーとしてどうしても気になりまして」
「ふむ……」
照紀と慧の説明を聞いて、漸く納得する。
確かに芳賀家に関してはその多くが秘匿されている。それは青葉の母親が若菜であり、そして薙切薊の件も重なってその大部分が秘匿される結果となった為だ。
そんな秘匿されすぎた情報を、何も知らない第三者が見ればどう映るか。
加えて今日まで行われた食戟。十傑ともなればその調理姿と確かな料理で、青葉のレベルの高さに薄々気付いているはずだ。彼が本気を出していないということにも。
青葉が何者なのか。
ただの料理人を目指す遠月生徒などと答えようと、恐らく納得してくれないだろう。
そこでふと、仙左衛門の脳裏に浮かんだのは、かつて一度だけ振る舞ってもらった青葉の
「――神の手」
「……神の手?」
「左様。まだ公になってはいない。しかし、直に広まる時が来る。後は己の目で確かめるがよい」
若菜の時はまだ確証がなかった。しかし本人らは自覚していないだろうが、親子続けてあの御業を魅せられては認めるしかない。
『
前回の投稿から約一ヶ月。時が経つのは早い……。
リアルの方がちょいとあれなので、相変わらずの亀更新予定です。他のSSを書く件に関しては、思ったより大作になりそうなので設定ねってます。まずは本作を書き終えたいですね~。
さて、ついに第二部がスタートしました。青葉を十傑入りさせるにあたって、本来は第三席の女木島冬輔を除名させました。薊編など見越したときに、一番調整しやすいからっていうのが理由ですね。もし女木島ファンがいたら申し訳ないです。
第二部はどこまで書くのかは現状決めてないです。一応朝陽編も見越した設定にしていますが、恐らくは薊編まで……それも途中経過をカットするかも。相変わらずの見切り発車のため、今後色々と考えていきます。
本作のお気に入りがいつの間にか1,000を超えましたね。失踪だけはしないように頑張っていきますので、今後も見てくれると嬉しいです。
ではいつになるか分かりませんが、次回また会いましょう。
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