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司瑛士は憂鬱だった。
遠月十傑 第一席の地位を引き継いで早半月。その席次はこの学園を代表する生徒の証であり。誰もが憧れると同時に、責任や重圧が最ものしかかってくる席でもある。
瑛士に責任感は勿論あるが、それ以上に繊細な男で 自らの料理以外に関しては気弱な面もあった。
そして今日は、遠月十傑評議会 新メンバーによる初めての定例会。第一席である自身が議長となり、遠月の中でも一癖も二癖もある面々を果たしてまとめ上げられるだろうか。そんな事を考えるだけで、思わず溜め息が出てしまう。
「はぁ……」
何事も初めが肝心だ。第一席としての威厳を示し、これからの学園を共に創っていこうではないかと提案し、皆を引っ張っていく――様な事ができれば苦労はしない。
もし仮にそんな提案ができたとしても、中等部の頃から付き合いのある第二席の竜胆に笑われ、一生ネタにされるのがオチだろう。
そもそもの話、竜胆がいる時点で瑛士に十傑をまとめられる自信がなかった。
昨年も十傑内で共に過ごしたが、先輩が相手であろうと躊躇いなく絡んでいき、初対面の相手でも非常にフレンドリーなのが彼女の持ち味である。それによって場は和むし、会議特有の堅苦しい空気もなくなるため、ムードメーカー的存在と言えば聞こえはいい。
しかしそれも、行き過ぎてしまえば騒がしさの元凶。周りの人間を巻き込んで会話し、自身の気の向くままに進んで行く様は まるで台風のようだ。
考えれば考えるほど憂鬱になっていく瑛士。今年から十傑に入った面々も気難しそうなうえ、何より総帥に“神の手”と言わしめた青葉の存在が気がかりだった。
「はぁ……」
せめてもの、竜胆に書類作成といった 割り当てられた十傑の仕事は自分でやる様に説得しよう。
そう心に決めて、瑛士は定例会が行われる会議室の扉を開けた。
〆〆〆〆〆
部屋の中央に鎮座する円卓を囲うは、今や名のある料理人となった者達が代々座してきた十の椅子。
十傑のみが立ち入ることを許され、学園の礎を築いてきたこの場所や備品は、遠月学園で最も神聖なモノといっても過言ではないだろう。
そして今日。その全ての席に当代の十傑が座していた。
卓上に置かれた芳しい香りのタルトと喧騒から、定例会はもう終わったか休憩中だろうと思われたが……。実の所、まだ始まってすらいなかった。
――遡ること凡そ十分前。
定例会に遅刻する者はおらず、一先ずは無事に開始できると議長の瑛士が安堵したのも束の間。青葉が運んできた芳しい香りに、瑛士に十傑の仕事を自分でやるよう説得されていた竜胆が これ幸いとばかりに真っ先に飛びついた。
「おっ! 旨そうなタルトだな!! 青葉が焼いてきたのか?」
「はい。何かつまめるお菓子があった方がいいかと思ったので」
「分かってんじゃ~ん。では早速……うんまー!」
するりと青葉の懐に入り、皿に盛られたタルトを一つ食べると目を輝かせる。
「所でさー、聞いてくれよ。さっきから司のやつがな――」
そしてそのまま話しかけながら、瑛士から一番遠い席に誘導して青葉の隣に腰掛ける竜胆。
そのあまりの手際の良さに、青葉と共に入室したえりなが置いて行かれ どこか不服そうな顔をするが、幸い円卓なので もう片方の席が空いている。故にその席に掛けようと歩き出すも。
「ふーん。ももがいるのにタルトを焼いてくるなんて、どんなものかと思ったけど……」
ブッチーと呼ばれるクマのぬいぐるみを抱えた少女……にも見える、菓子職人のももがそこにはいつの間にか座っていた。
ももは視線の先にある青葉が焼いてきたタルト。まずはその見た目を確認する。
芳しく焼き上がったタルト生地にはアーモンドクリームが敷き詰められ、その上はアイシングによって可愛く色とりどりにデコレーションされていた。中にはブッチーを模したであろうクマのぬいぐるみも描かれており、その細部にまでこだわった繊細さと立体感、そしてタルトが焼きたての事から手際の良さも伝わってくる。大きさが一口サイズなのも高ポイントだ。
「……結構やるじゃん」
見た目は文句なしの合格。
一つとして同じものが無いにも関わらず、そのどれもが可愛い。いや、想像以上に可愛すぎる。ならばこの可愛さを残し、共有しなければ。
そんな使命感に駆られ ももはスマホを取り出すと、今なお竜胆に絡まれている青葉に声を掛けた。
「ねぇ、青にゃん」
「青にゃん?」
恐らく自分が呼ばれたのだろうと青葉は顔を向けるが、慣れない呼ばれ方に思わず首を傾げる。
「ああ。ももはな、人の名前を呼ぶときに“にゃん”とか“みゃん”って付けたりするんだよ。なのに私や司には付けてくれないんだぜ。酷いよな~」
「へぇ、そうなんですか。ところで何でしょうか、もも先輩」
「このタルト。写真に撮ってSNSにアップしてもいいかな?」
人の料理を勝手にSNSへ載せるわけにはいかず、確認を取るもも。
ももの日課は『まいにちすいーつ』。
毎日可愛いスイーツを作っては、それを世界中の人々と共有する。その人気は絶大で、若い女性を中心に現在のフォロワー数は120万人を超えていた。ファンの間ではもも様と呼ばれ神格化されているほどであるが、それを知らない青葉は特に断る理由もなかったのであっさりと了承する。
承諾を得ると、早速とばかりに様々な角度で撮影。手に持ってその大きさや細やかさ、そして可愛さなどを記録し終えると、一言メッセージを入れて投稿した。
可愛いタルトの写真と『後輩くんが作ってくれたよ』というメッセージにより、もも様に春が来たのではないかと いいねやリツイートが爆発的に増え、多くのそういったリプライが届くのだが、それに本人が気付くのは暫く経った後だ。
むふーっと満足気にももはスマホをしまうと、今更ながらまだタルトを食べていないことに気付いた。
皿の上から一つ手に取ると、口の中に放り込む。
「……!!」
見た目から多少の甘ったるさを覚悟していたが、サクリと噛めば 弾けるように酸味とほのかな甘みが口いっぱいに広がっていく。
生地に敷き詰められていたアーモンドクリームの下に、スライスしたイチゴやキウイ、ブドウなど多種多様な果物が隠されていたのだろう。それでいて果物の味は損なわれておらず、更には一口サイズであるからこそ、完璧に調和された味わい深さが伝わってくる。
最後は舌触りのよいコクのあるアーモンドクリームが、口の中をスッキリとさせてくれた。
その美味しさと手軽さに、いつの間にかまた一つタルトを手にしようとしている自身に気付き、ももは思わず恥ずかしさを覚え 手を引っ込める。
見た目の可愛さに加え、味も文句なしに合格。
けれども一つだけ、ももには気に入らない事があった。
――時は戻り 現在。
「実は最近、知り合いから生餌が増えすぎたって食用のカエルを貰ったんだけどさー。そういったのをタルトに入れてみるってのはどうよ? よければ青葉の所に持ってくぜ!」
相変わらずの距離の近さで青葉に会話を振る竜胆。
その会話の内容は一見何気ない様にみえて、隙あらば青葉の過去について何か探れないだろうか という考えが見え隠れしていた。
他の十傑の中には二人の会話に実は耳を澄ませている者も数名おり。それもあって、定例会の始まる時刻になっても彼女を注意する者はいなかった。それ以外の理由としては、一応竜胆は今年で三年生となり あれでも第二席だから。注意して絡まれたら面倒だから。瑛士が何とかしてくれるだろう……などがある。
そして、青葉に話しかけるのはもう一人。
「ちょっと青にゃん、聞いてる? 確かに青にゃんのタルトは可愛さも美味しさも合格だけど、一般生徒用の安物のオーブンを使ったでしょ。お菓子作りは技術も大事だけど、機材が何よりも大事なの。特にオーブンは保温性が大事で 蓋の開閉で熱が逃げやすいから、ももがオーダーメイドを頼んでる所を紹介してあげる。……お金? 十傑だったら学園側が出してくれるよ。それに
何故か青葉が菓子職人になる前提で話を進めるもも。
ももが青葉のタルトを食べて思った事。それはタルトを焼いたオーブンについてだった。
遠月学園に置かれているオーブンは、所詮この学園で過ごす生徒が誰でも使用できる程度のもの。確かに一般家庭から見れば高級品ではあるが、最高級品というわけではない。
そして、オーブンを使う菓子作りで最もネックとなってくるのが保温性だ。
オーブンはその構造状、焼くものを入れる時に蓋を開け閉めしなければならない。だけれど開閉する度にオーブン内の温度は大幅に下がり、本来焼きたい温度を保つことが難しい。ものによっては焼きムラもできやすく、ももレベルとなってくるとその僅かな違いですら感じ取れてしまうのだ。
因みに二人に青葉の隣の席を奪われてしまったえりなは、その光景を何とも複雑そうに眺めていた。
幼少期に青葉に救われ、中等部に入ってからは学内の同じ屋敷で過ごし 毎日の様に顔を合わせる。
そんな彼が、自分や緋沙子以外の女子とあんなにも仲良さそうに会話している。そう思うと何故だろうか。まるで、胸が締め付けられたかのように痛む。竜胆やももが彼に触る度、もやもやと感情が渦巻く。
「ウッ……」
そんな黒いオーラを放つえりなに当てられ、空いていた席の関係上 隣に座られた瑛士が思わずうめき声を上げる。
それを知ってか知らずか、寮内では裸エプロンを披露するとは思えないほどに 今はビシッと制服を着こなした、この場で一番冷静に状況を見ていた慧が口を開いた。
「そろそろ定例会を始めないかな? もう開始時刻は過ぎているし、中にはこの後に予定が入っている人もいるだろうしね。世間話なら終わってからでもできるだろう?」
その言葉を受け、騒がしかった室内に漸く静寂が訪れる。
「ありがとう 一色。これでやっと定例会が始められるよ……」
「司先輩も色々と大変でしょうから、気軽に僕達を頼って下さい」
「そう言ってもらえると助かるよ。それじゃあ資料を配るから、まずは各自 軽く目を通してくれ」
最初の騒がしさはどこへやら。十傑としての意識は確かにあるのか、定例会はつつがなく進んでいく。
今後の予定や主な仕事内容、十傑としての在り方を一通り確認したところで、議題は十傑による最初の大仕事の件に入ろうとしていた。
「さて、ある程度の説明が終わったところで、最後に来週行われる高等部への編入試験について話そうか。この編入試験の試験監督は毎年、十傑のメンバーがそれぞれ担当することになっている。入試課からは一応、面接や実技などの試験の流れがあるけど……最終的な判断は、全て此方側に委ねられているよ。まぁ一つだけ言っておくと、面倒だから全員合格にすると言ったような行為は厳禁。どんな形であれ、試験はちゃんと行う事。その結果が全員不合格であればそれは構わないよ。過去の資料を見ても、高等部への編入試験に合格した生徒がいない年なんてザラにあるし、合格した生徒の大半はその後十傑入りするか、卒業していった者がほとんどだからね。受験生の人数は恐らく十傑一人につき百人前後。大体は資料にまとめられているから分かると思うけど、何か質問はあるかな? なければ今日は、これで解散だけど」
何とか無事に終われそうだ。
そう瑛士が思ったのも束の間、中華料理研究会で主将を務める照紀が手を上げた。
「久我、何処か分からない所でもあったかい?」
「いやぁ。寧ろ分からないところが無さすぎて、さっすが司さんのまとめてくれた資料は読みやすくて頭に入ってきやすい! そこで俺は思った訳ですよ。十傑が毎回、態々ここに集まる必要なくない?」
「えっと……。具体的にはどういうことかな?」
照紀の言い分はこうだ。
サインを書く資料があるなら集まる必要があるが、今日の様に話し合いだけで終わるならば情報社会の現代、通話アプリでグループを作って情報共有すればいいじゃないかと。
確かにそれには一理あった。
定例会の度にその日の予定を開けるのは面倒であるし、確実に参加できるとは限らない。けれどもグループを作ればいつでも確認することができ、情報共有もしやすいだろう。加えて、十傑内でそれぞれの連絡手段があった方が便利なのは確かだ。
そして何より、合法的に青葉の連絡先を得ることができる。
照紀の意見にいち早く乗ったのは枝津也。寧々もその意見に感心したように頷いた。
「ほう。珍しく良いこと言うじゃねぇか。俺は久我の意見に乗るぜ」
「本当に、アンタにしては珍しくまともな事を言ったわね」
「いやー、二人とも素直じゃないねぇ。もっと俺の提案を褒め称えてくれてもいいのよ?」
どこか勝ち誇ったかの様に胸を張る照紀だが。
「本当に珍しいな――」
「本当に珍しいわ――」
「「チビのくせに」」
「今は身長関係ねぇだろうがごるぁああああ!!」
枝津也と寧々の示し合わせたかのような連携によって、本人が気にしている身長をいじられブチ切れる。
その怒声は話し合いの空気を壊すのには充分であり。再び騒がしくなった室内を見渡して、瑛士はもう解散にしてもいいかなと力なく笑うしかなかった。
「…………」
木製の鞘に収めた巨大な包丁を壁に立て掛け、さながら武士の様な面構えで最後まで瞑想し 沈黙を貫いていた綜明。
ある意味彼こそが、この中で一番まともだと言ってもいいのかもしれない。
今回は十傑メインの話となりましたが、司先輩が物凄く不憫に……。無理やり十傑全員をネジ込んだけど、中々カオスな闇鍋になってしまいました。
タルトは学校の給食以来食べたことが無いので、全部想像で書いています。味の保証はしません。
えりなの青葉に対する恋心みたいなのも書いていますが、愛の告白といったような露骨な恋愛物語は書いていかないつもりです。
感想で色々ご指摘いただき、章の名前を変更しました。これが第二部となっていますので、今後ともよろしくです。
それでは最後にアンケート!
もも先輩の青葉の呼び方です。次話を投稿するまでに一番多かったものが選ばれます。それまでは取り敢えず青にゃんが暫定。下にアンケートがあると思うので、気軽に押してね。
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もも先輩が青葉の名前を呼ぶとしたら?
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青にゃん
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青みゃん
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青ひゃん