一回書き途中で間違えて投稿してしまったのですぐに削除しました……。以後気を付けます。
かつて、才波城一郎という男がいた。
世界屈指の料理の名門校――遠月茶寮料理學園出身。
遠月十傑評議会と呼ばれる、学園の最高意思決定機関で第二席という地位に就き。
『世界若手料理人選手権コンクール THE BLUE』に内定。
100年に一人の才能の持ち主と称され、BLUEの優勝は間違いないとされながら――突如として姿を消した料理人。
城一郎がこれ程までに注目される事となった切っ掛けとして、彼が出場してきた料理コンクールが挙げられる。
最優秀賞。金賞。優勝。言い方は違えど、出場した全てのコンクールに於いて頂点に立つ姿を見れば――なるほど。素人目に見ても、彼が如何に凄い料理人なのか一目で分かる。
それに加え、BLUE内定や100年に一人の逸材などと連日報道されれば、人間誰しも多少の興味を抱くものだ。
……断っておくが、コンクールのレベルは決して低くはない。
寧ろ、城一郎が出場するコンクールは軒並み、過去に類を見ないほどハイレベルなものとなっていた。
才波城一郎を倒せば、忽ち脚光を浴びることができる。そう考えた一流の料理人が、ごまんといたのだから。
――そう。コンクールは間違いなくハイレベルだった。
それ即ち、この様な解釈もできるのではないだろうか。
常に優勝している城一郎も凄いが、そんな中で準優勝に輝いた料理人も中々であると――。
ましてやそれが、一流ですらない。
無名の……年端もいかぬ子供であったとするならば。
二人を見比べた時。果たしてどちらが、より卓越していると言えるのだろうか?
――思い出さなければならない。
『第46回 日本プロフェッショナルコック協会 フランス料理ニュースターコンクール』の事実を。
――見落としてはならない。
そこに出場した数多の料理人が、一流であった事実を。
――忘れてはならない。
その中で優秀賞に輝いたのが、無名の少女であった事実を。
――知らなくてはならない。
少女が料亭や定食屋の生まれですらない、庶民であった事実を。
――認めなければならない。
そんな少女が唯一、あの城一郎を後一歩まで追い詰めた事実を。
その少女の名は――……。
〆〆〆〆〆
――食戟。
それは、遠月学園に古くからある、言わば伝統的な料理対決による決闘。
負けた者は全てを失い、勝った者は全てを手に入れる……とまではいかないが、互いに賭ける対価は同意さえあれば厭わない。それが食戟。
しかし対価といっても、その多くは大したモノではない。
例えばそれは 意見が食い違い、どちらが正しいのかを決める為に。
例えばそれは 行事で場所取りをする際に、どちらがそこを確保するかを決める為に。
例えばそれは 己の実力を相手に認めさせる為に。
ほとんどの場合、他人からすれば取るに足らない内容ばかり。最早、対価があるのかすら怪しい。
いや、それが普通なのだ。
互いに同意できる対価を差し出し、負ければ絶対行使される契約。
そんなものに自ら首を突っ込み、学生の身で人生を棒に振るような賭けをする者はまずいないし。仮に退学を賭ける様な大事を挑まれたとしても、大抵の生徒は拒否するものだ。
もしそんな食戟に同意し、一度でも勝利したとなれば。それは正しく、勇者と呼んでも差し支えないだろう。
――故に、その記録は伝説として語られる。
【561戦 561勝 0敗】
生徒を含む、遠月学園の関係者であれば、誰もが閲覧することができる資料――『遠月茶寮料理學園 食戟戦績公式記録』に於いて、最上位に記載されている嘘のような記録。
名前、年代、お題、その他食戟内容は全て空欄。唯一戦績のみが記された 自称詳細資料を見れば、信憑性は皆無に等しく。
そして、その記録を元に作られたであろう生徒の噂が、遠月学園には存在する。
曰く――遠月学園にはかつて、伝説の料理人がいたと。
なるほど。確かにこの記録が本当であれば伝説だ。
561戦。仮にこの生徒が中等部から入学し、高等部卒業まで至っていたとしても、単純計算で年に100回近く食戟をしていることになる。日数にすれば、凡そ4日間に1回。
……あまりにも馬鹿げている。子供が嘘を吐くにしても、もう少し現実味のある数字を書くだろう。
その食戟内容は定かではないが、そんな頻度で食戟をし、あまつさえ全勝するなど不可能だ――と、大抵の者は考える。
――しかし、ある者は言う。この記録は、間違いなく本物であると。
そして、その隠された詳細内容を聞けば。皆無に等しかった記録の信憑性が、地の底に付く。
曰く――全ての食戟に於いて挑まれた側である。
曰く――相手の指定ジャンルで勝ち続けた。
曰く――審査員の一票すらも与えたことがない。
曰く――己が賭けた対価は退学ないし、遠月十傑の席である。
曰く――対戦相手に対価は一切要求しない。
……あまりにも馬鹿げている。
全て挑まれた側? 相手の指定ジャンルで勝ち続けた? 審査員の一票すらも渡したことがない? それはもう、この際置いておこう。
だが、これは聞き捨てならない。
賭けた対価が退学ないし、遠月生徒であれば誰もが欲する十傑の席? なのに、対戦相手には対価を一切要求しない?
ありえない。リスクとリターンが全くもって釣り合っていない。
本当に言った通りの食戟を行っていたのであれば。その生徒は食戟の度、文字通り己の人生を賭けていたことに他ならない。
なのに、相手が失うモノは一切無いなんて……。
普通ではない、狂人の所業だ。所詮は噂。認められる訳がない!
仮にそんな生徒が実在したとして、何故無謀とも言える食戟を繰り返す必要がある――!!
……だが、無情にも。
この記録は全て、嘘偽りない真実であり――芳賀若菜が望んだ結果なのだ。
〆〆〆〆〆
芳賀若菜が遠月学園の門を叩いた理由。
それは、両親に薦められたからという単純なものだ。
当時の若菜からしてみれば、料理とは己の長所の一つに過ぎなかった。
他人よりも料理の腕が抜きんでているという自覚は 地頭の良さで幼い頃から持っていたが、両親は料理人ではない。
小学校の授業で料理に触れる家庭科は、班の皆で協力して先生の言う通りに作っていくだけであり。料理人を目指す友達などいなかったし、学ぶ機会などもなかった。
ただ長所は伸ばすべきだと独学で研究を重ね、最初で最後のコンクールで優秀賞を取った実績もある為「ダメ元でも一回、遠月学園に挑戦してみたら?」という、両親の言葉に従ったに過ぎない。
――遠月茶寮料理學園。
日本が世界に誇る料理の名門校であり、中等部の試験会場を見渡せば千人単位。
しかもほとんどの受験生が、如何にも高級そうな服を身に纏ったお坊ちゃんであったりお嬢様であったりと、場違い感が半端ではない。
知り合いなどおらず、すれ違う中で聞こえる会話から、どの受験生も名のある一流料理店や食産業の跡取りだと分かる。
幼い頃から親元で料理について学び、受験に来るということは当然合格する自信があるのだろう。
そんな中、料理とは無縁の家庭で生まれ育った若菜が定員に入ることができるのか。
普通に考えれば“無理”の一言に尽きる。
かく言う若菜も、この時点で受かる気は微塵も無かった。ただ折角の機会なので、全身全霊で挑むことにしたが。
そして……。
後日、自宅に届いた結果通知には合格の文字。
更には筆記、料理試験共に主席。入学する際には特待生として迎え入れられ、学費や生活費は全て免除されるという。
筆記試験は確かに手応えがあった。
受験者数の関係か 全てマークシート形式であった為、詰まることもなく解けた自信はある。
料理試験に関しては、公開されたレシピ通りに作れというもの。
所詮は小学校を卒業した者が受ける試験なので、才能を見る面もあってか特に難しいものではなかった。それでも、周囲に比べ料理に触れる機会が少ない自分が主席という結果に若菜は戸惑う。
最後に行われた面接も、練習などしてこなかったが為に印象が良いとは思えなかった。
質問される度にその場で考え、一番大事な掴みの受験理由ですら「親に薦められたから」で済ませたのだ。
とは言え、主席には変わりない。
その事実に両親は喜んだ。裕福と言える家庭ではなかったし、若菜自身も親の負担が減るならばと 遠月学園に入学することを決意した。
……もし、若菜に料理の才がなければ。もし、若菜が庶民でなければ。もし、若菜が主席で合格しなければ。未来は大きく変わっていただろう。
――今年の一年生は、庶民が主席。
入学式から暫く。その情報は、瞬く間に遠月全体に広がった。
若菜にとって――悪い意味で。
遠月学園の基本方針として“料理の腕さえあれば家柄や出自等に一切関係なく在学できる”というものがあるが、在校生の多くは一流料理店や食産業の子息や令嬢。
そして そんな生徒達は総じて虚栄心が強く、自己中心的でエリート意識が高い。中途半端にある料理の腕と知識も、それに拍車を掛けている。
勿論、全員がそんな生徒ではない。中には若菜と同じ庶民もいるし、心優しき者もいる。過去には庶民から成り上がった者もいた。
だが、若菜は過去に類を見ない例外であった。
入学早々、主席という立場。それがあまりにも不味すぎた。
何の肩書きも後ろ盾もない若菜という庶民。それだけで標的の対象となり得るのに、更には学年の代表。それは言わば、遠月の代表ということでもある。
存在するだけで遠月ブランドを、延いては自分自身の価値を傷つけかねない邪魔な人間。
その様に多くの生徒から認識されてしまった。
若菜に関わろうとする生徒は――当然いない。一度でも関われば対象が己に飛び火しかねず、社会的に潰される可能性すらあるからだ。
当然若菜も周囲の視線には気付いていた。明らかに避けられ、まるで存在していないかの様に扱われていると。
これが分かりやすく、暴力などの嫌がらせであれば本質に気付くことができただろう。
しかし若菜は、そんなエリートの考えを理解することができなかった。
――分からない。庶民であるが故に、迫害される理由が。
生まれた環境が違う。ただそれだけなのに、同じ人間なのに、何故それ程までに目の敵にするのだろうか。
クラスでは馴染めず、いつも独りぼっち。
それは、若菜が初めて味わう感覚だった。
他人からどう思われようが気にしない。それが若菜のスタンスであるが、そこにはいつも心優しい両親や少なからずの友達がいた。
だが、今はどうだ?
遠月学園に入学する際に親元は離れ、友達とも離れ。学校へ行けば皆から避けられ、用意されたホテルでは自学自習と寝泊まりをするのみ。ただ、それを繰り返す日々。
いつからか若菜は、孤独感と虚無感に苛まれるようになった。
どうすれば、皆と馴染むことができるのか。どうすれば、皆に受け入れられるのだろうか。
――そんな、ある日の事だった。
若菜の学園生活を決定付ける出来事があったのは。
「お前が芳賀若菜か?」
教室で寂しく料理本を読んでいた若菜の前に、一人の男が立つ。
教師や必要最低限の会話を除けば、この学園で初めて生徒から話しかけられたという事実。そんな久しい感覚に一瞬 同姓同名かと疑うが、それはないだろうと顔を上げた。
心なしか、声を掛けられただけだというのに 若菜の表情はどこか嬉しげだ。
「そうですが……。何でしょうか?」
制服の詰襟に着いた校章から、相手が高等部二年生であると分かるが、そんなモノを気にしたことが無い若菜は気付かない。
ただ初めて見る顔なので、少なくとも同じクラスの生徒ではないとしか認識していなかった。
「食戟をしないか? 俺が対価として求めるのは――お前の退学だ」
男の言葉に、その場にいた生徒達がザワつく。何故なら男が、遠月十傑の一人だから。
そんな男と――十傑と食戟をする。勝てるわけがない。そうで無くとも、遠月で四年以上料理を学んできた相手と、今年入学したばかりの生徒。どちらが勝つかなど、想像するまでもないだろう。
「何故……私とそんな食戟を?」
さすがに若菜も、食戟ならば知っている。
いや、最近知ったと言うべきか。自身の置かれた現状を打開する策として。
食戟をする為には相応の相手が必要な訳で、実現は無理だろうと半ば諦めていたが……。
恐る恐る訊ねた若菜に、男は怖気づいていると思ったのか。気を良くした様に言い放った。
「決まっているだろう。お前が庶民だからだ。食の上流階級に生きる者だけが学ぶことを許される。それがここ、遠月学園だ。その癖 主席らしいな? 一体どんな手を使ったのか、はたまた今年の一年が低レベルなのか知らんが。まぁ、俺からすれば大体の奴が下だから関係ないさ。だが、お前の主席という事実が気に入らない。その事実があるだけで、遠月全体の品位と価値が下がる。低俗な庶民は大人しく消えな。食戟を受けなかったらどうなるか、分かるな?」
そんな脅しを聞きながら、若菜は思う。
ずっと考えてきた。何故、庶民というだけで迫害されるのかと。
相手はエリートの集団。自分よりも良い環境で、中には一流のプロの元で学んできた者も多いだろう。
食の上流階級に生きる者だけが学ぶことを許される。けれど、自身への周りからの評価は低俗な庶民……。
ならば、証明すればいい。自分は低俗な庶民ではないと。食の上流階級足り得る、遠月生徒であると。
そしてその方法が今、目の前にある。
食戟を受け、自らの料理の腕を見せつければ――。『料理が全て』の遠月生徒に、芳賀若菜という料理人が認められれば――。
リスクはある。だが受けなければ、どうせ何をされるか分からない。それに、こんなチャンスがもう二度と無いかも知れないならば、答えは一つ。
「分かりました。その食戟、受けさせていただきます」
「ほう。その聞き分けの良さは評価しよう。もし俺が負けるようなことがあれば、お前から求められる対価は何だっていいさ。どうせ、俺が勝つんだからな」
二人のやり取りは、一日と経たず周知の事実となった。
――食戟当日。
優に五千人は収容できる観客席は、高等部・中等部に在学するほぼ全ての生徒によって埋め尽くされていた。
彼ら、彼女らの一番の目的は若菜ではない。
普段お目にかかる事ができない、十傑の料理を見に来たのだ。庶民の退学に関しては、そのついでに過ぎない。誰もが十傑の勝利を確信していた。
そんな内心を知らぬ若菜は、注がれる視線を噛みしめる様に 会場をぐるりと見渡す。
これだけ多くの生徒が、注目してくれている。
今まで誰一人として相手にしてくれなかったのに、この瞬間 観客席を埋め尽くす何千人という生徒が観てくれている。
それが堪らなく嬉しく、若菜はかつて無い程の高揚感に包まれていた。
司会者の言葉巧みな話術によって進行され、徐々に会場のボルテージも上がっていく。
そして審査員として姿を現した者を見て、どよめきが起こる。
遠月茶寮料理學園総帥――薙切仙左衛門その人が、審査員席に着いたのだ。
総帥自らも、十傑の料理に注目しているのだろう。
多くの生徒がそう思う中、若菜と相対する十傑の男だけは ここに来て焦っていた。
――何かがおかしい。
総帥は今日の審査員として呼ばれていなかった。つまりはこの食戟を聞きつけ、あの薙切仙左衛門自らが審査員を志願したということになる。
男は確かに十傑であるが、相手は何の取り柄もないはずの庶民。そこに志願するほどの価値があるとは考えにくい。
加えて若菜の表情が、男にとって先程から気掛かりであった。
負ければ退学。相手は十傑の一人。若菜の勝ちの目は皆無に等しい。もし男が逆の立場であったならば、絶望しているだろう。
だと言うのに、あの表情は何だ? 何故若菜は、この絶対的不利な状況で笑みを浮かべている?
いくつもの不可解な点に思考を巡らせる中。男はふと、ある事を思い出す。
かつて憧れ、今でも目標としている才波城一郎という先輩。
どんなに小規模であろうと、彼が出場したコンクールの情報を男は手に入れてきた。
その中の一つに、今この時の様な違和感を持ったのだ。
――才波城一郎が……ついに!?
デカデカと 読み手を煽るような見出し。しかし結果は、城一郎がまたコンクールで最優秀賞を獲得したというもの。
だがその内容は、いつもの圧倒的勝利とは異なっていた。
城一郎と向かい合う、優秀賞を獲得したという少女の写真。それと共に語られる、コンクールの一片。名だたる料理人を押しのけ、あの城一郎すらも追い詰めた少女がいたと。
冗談か何かの間違いだろう。今までそう思い、少女の名も男は忘れていた。あの先輩が、そんな少女に追い詰められるはずがないと。
けれど、もしそれが本当だとすれば? 記載ミスや冗談でもなく、全てが真実で。当時の少女が成長していたら、今は何歳だ? そして、その少女の名は――……。
「あぁ……。あああぁぁ!!」
男は、全てを思い出した。
城一郎を追い詰めたという少女の名は――芳賀若菜。今、目の前に立つ庶民に他ならないと。
主席になる為にどんな手を使った? 今年の一年はレベルが低い? ――違う!
此奴が! この庶民こそが――!!
『――以上をもって、これが正式な食戟であると認定されました。それでは、参りましょう! 食戟――開戦!!』
食戟の開始を告げるゴングが鳴り、死へのカウントダウンが始まった。
〆〆〆〆〆
――何故、こんな事になってしまったのだろう。
食戟を終えた若菜は、両手両膝を付け 地に伏す男を見下ろしながら、そんなことを思った。
本当に五千人以上がいるのかと疑いたくなる程に、会場は静まり返っている。
若菜がチラリと観客席に目を向ければ、ただそれだけで恐れるように身を引かれ、軽く悲鳴まで上がる始末。
積み上げてきた全てをこの食戟で出し切った。例え負けて、退学が現実のものとなっても悔いが無いように。
そしてこの食戟に勝てば、認められると思って。
――あぁ。確かに若菜という生徒は認められただろう。
けれども、受け入れられなかった。
中等部一年生が、十傑を下す。
ありえない。目の前で起こった現実を、ほぼ全ての者は受け入れられなかった。同時に、若菜という料理人に恐怖した。
おはだけし、辛うじてふんどしのみを残して逞しい肉体を晒す仙左衛門の姿。その手に握られた特大筆によって書かれた勝者の名は――芳賀若菜。
司会者はどうすればいいのか分からず、マイクを片手にただ立つことしかできない。
この後 どうなってしまうのだろうかと、誰もが思う。
若菜は理解していた。少なくとも自分は、何かとんでもないことをやってしまったのだと。
取り敢えず退学は阻止できただろう。だが、その後はどうなる?
また誰とも関わりが持てなくなり、今度こそ取り残されてしまうのではないか?
そんな若菜と同様に、負けた男も焦っていた。
今回の食戟で若菜に求めた対価は退学。更には自身に求められる対価は何でもいいと言った。
十傑の席であれば、まだマシだろう。汚名はつくかもしれないが、遠月を卒業できれば料理人として挽回できる。
しかし退学や、それ以上の事を要求されれば?
親の顔に泥を塗り、庶民に負けたという事実だけがひとり歩きし、料理人として死ぬ。
果たして、事の行く末は……。
緊迫した空気が漂う会場で、最初に動いたのは若菜であった。
司会者からマイクを受け取ると、仙左衛門に向かって問う。
「総帥。私は、私の料理は近い将来、十傑になり得るレベルでしょうか?」
何を言っているのかと、皆が思った。
たった今 十傑に勝利し。その実力は最早、現遠月十傑の第一席レベルと言ってもいいだろう。
なり得るレベルではない。既になっていなければならないレベルだ。
そんな若菜の問いに、仙左衛門は意をくみ取った様に 冷静に返す。
「うむ。実績を残し、高等部へ進学すると言うのであれば、間違いなく十傑に名を連ねておるだろう」
「ありがとうございます」
その言葉が聞けて良かったと安堵し。若菜は次に、今なお這いつくばる男へと視線を移す。
客観的に見れば、死刑宣告を言い渡そうとする裁判官と 絶望する被告人のようだった。
「もし負けるようなことがあれば、対価は何だっていい。そう言っていましたよね?」
男は何も答えない。ただ両手を握りしめ、この大衆の前でどんな要求をされるのかと震えるのみ。少しでもマシな結果になることを願って。
そして紡がれた言葉は、誰もが予想すらしていないものだった。
「私が望む対価。それは……何もありません」
負ければ退学だったにも関わらず、何も無い。若菜は会場にいる誰もが聞き漏らさぬよう、声高らかにそう言った。
観客席を見渡し、続けて言う。
「皆さんもどうぞ、私に食戟を挑んでください。例えどんな食戟であろうと、正当な審査さえしてもらえれば、提示される対価は一切問いません。退学でも、私が将来就く十傑の席でも。そして私は――対価を何も望みません。実質
若菜が一番恐れるもの。それはここで対価を要求することで、誰も自身と関わろうとしなくなり、独りになってしまうことだ。
だから、対価は要求しない。それに加え、誰もが若菜を相手にしたくなるような、食いつきたくなるような餌を撒けばいい。
退学など、今回が稀なだけでまず寄ってこないだろう。
それならば、遠月学園に通う生徒であれば誰もが欲する十傑の席を賭ける。総帥自らの言質も取った。ほぼ全生徒がいる中で宣言もした。
普通であれば賭られることさえ稀で、相応の対価が要求される十傑の席が、何のデメリットもなく誰もが手に入れるチャンスがある。
ダメ元でも、挑んでみる価値はあるのではないか。そんな事を思ったのか、会場が次第にざわめきだす。
だが、この案には欠点がある。
それは一度でも負けた時点で、芳賀若菜という生徒の価値が無に帰すこと。
――故に、負けられない。絶対に負けてはならない。
しかし、悲しきかな。
食戟という条件に於いて若菜は居場所を得たが、普段の学園生活で関わる者が結局はいないという……本来若菜が望んでいたモノとは異なる事実。
後に『孤高』と呼ばれる彼女の真意を知る者は、未来永劫 誰もいない。
「素晴らしい。あれが才波先輩の言っていた――芳賀若菜」
芳賀若菜の過去(一部)を漸く書くことができました。
本当は全部書くつもりだったのですが、切り良く終わったし 全部書いてもつまらないかなっと思ったので、一旦ここで投稿。
次回は宿泊研修に多分入ります。若菜の過去は要所要所で書いていく予定。
まぁそれだと過去編を全部書ききれないと思うし、本編を書き終えたら裏話で書くと思います。明かされるまでは色々予想して、楽しみに待っていて下さい。
そして思ったのですが、これは絶対にアニメ終了までに書ききれないなって……。カットしまくれば行けなくはないけどね。最終回まで失踪せずに頑張ります。
次回の投稿はアニメ開始前にはしたいなって感じです。
ではでは、またいつの日か会いましょう。
お気に入り、評価、感想など。お気軽に。