久しぶりのアンケートもあるので、よろしくです。
宿泊研修二日目の早朝。
東の空が白み始めた頃。初日を生き残った学生達が宿泊する遠月離宮の一室で、二人の兄弟が会話をしていた。
「兄ちゃん、本当に大丈夫? 顔は洗った? 寝癖は……大丈夫そうだね。他には――」
「イサミ。オレは本当に一人で大丈夫だから……」
甲斐甲斐しく世話を焼かれる双子の兄――タクミ・アルディーニと。その弟――イサミ・アルディーニ。
イサミがこれ程までに兄を気に掛けるのには、勿論理由がある。
今回の宿泊研修では一つのミスが命取り。下手をすれば、そのまま退学へと直結してしまう。
初日は偶然にも同じ課題でペアとなり、確かな連携で難なく乗り越えることができた。
けれども、いつまでも同じ割り振りになるはずもなく。少々抜けている兄が一人で大丈夫だろうかと、こうして世話を焼いていたのだ。
そろそろ集合時間が差し迫っている。今回タクミが受ける課題は、他の場所よりも集合時間が早く設定されていた。
何とかタクミは弟を説得し、己のもう一つの腕とも言える“メッザルーナ”の入った包丁ケースを片手に会場へと向かう。
まだ就寝している学生も多い為、足音は最小限にしながら。
――会場に着いて暫くすれば、今回のゲスト講師がステージに現れるが……。それは予想外の人物であった。
「未来を担う料理人の諸君、おはよう。自己紹介は必要ないかもしれないが、改めて……。遠月リゾート総料理長 兼 取締役会役員であり、今回の特別講師を務めさせてもらう堂島銀だ」
あの堂島銀が、直々に講師を務める。
何故この課題だけこんなにも朝早くからやるのだと思っていた学生達は、堂島から放たれるオーラに思わず息を呑んだ。
「突然だが、料理人として最も大切なものは何だと考える? 食材の目利きか? 応用力か? それとも、確かな料理技術か?」
――ああ、どれも大切だろう。
だが最も大切なものかと問われれば、それは全て否となる。
ならば、料理人として何が最も大切なのか。その答えは、堂島自身が体現していた。
「そう。最も大切なもの……それは『肉体』だ!」
何を成すにしても、人間には限界がある。
だがその限界の上限は人によって異なり、最後にものを言うのは本人のスペック。つまりは肉体だ。
料理を作り続ける体力。そして最高の料理を提供し続ける精神力。人間がやる諸々のことは、相応の肉体という基盤があるからこそ成り立つ。
今ここにいる学生の中には、前日の疲労がある者もいるだろう。
しかし、たった一日の出来事で音を上げてもらっては困りものだ。
会場に運び込まれる人数分の登山用リュック。各種調理器具や調味料を見ながら、堂島は告げる。
「今から一時間、準備時間を与える。リュックの中には地図と方位磁針もあり、本当の審査会場は山頂にあるキャンプ場だ。各自、スタートの合図と共に出発し、道中で確保した食材をキャンプ場で調理。三時間以内に、俺を満足させることができれば合格とする。道具の貸し借りをした場合は即退学。調理器具は持参したものでも構わない。何が必要で何が不必要か。周辺で採取できる食材もまとめられているので、よく考えてほしい。尤も、必ず狙った食材が手に入るとは限らないがな」
その言葉を皮切りに学生達が動き出し、タクミも同じ様にリュックを確保すると 何を持っていくべきか考える。
幸運なことに、昨日の乾日向子の課題でもタクミは食材を取りに森へと入っていた。
知識と経験があるというのは大きい。食材が採り尽くされている場所を知っているだけでも、時間のロスは限りなく少なくなる。
また合鴨を食材として使うかと一瞬考えたが、あの時は弟であるイサミがいたからこそ連携して確保できたのだ。
今回は一人でどうにかしなければならない。それに、一つの食材に選択肢を絞れば持ち運ぶ器具は少なくて済むが、予定通り確保できなければ満足な料理は作れず、待っているのは退学。
ここにいる学生全員が食材を奪い合う敵なのだ。
臨機応変に行動する為にも、多少余分にタクミは調理器具や調味料を選別していく。
漸く構想がまとまった頃には、リュックの重さは十キロ近くになっていた。どうやら全てのリュックに重りが入っているようで、これで山頂のキャンプ場まで歩くのは中々に体力を使うだろう。道中で食材も探すとなると、尚更だ。
開始の合図があるまで軽く準備運動をしながら辺りを見渡していると、とある男子生徒がタクミの視界に入った。
その生徒とは――芳賀青葉。今や十傑に入った彼を知らぬ者はおらず、タクミも当然知っていた。
加えて昨日の夜。ライバルの創真と温泉に入浴中、会話の中で度々出てきた名前でもある。
――俺がこの学園のてっぺんを獲るには、青葉を越えなきゃなんねぇ。
同じく最年少で十傑入りをしたあの薙切えりな、そして他の十傑は眼中にないと言わんばかりに、執拗に青葉に拘る創真の姿はタクミにとって印象的だった。
そこでふと、妙案が浮かぶ。
創真が越えようとしている青葉。そんな彼に勝つことができれば、それはライバルの創真に勝ったも同然ではないかと。
「芳賀青葉……だよね?」
「……そうだけど。君は?」
「オレの名はタクミ・アルディーニ。今回の課題、どちらが先に合格できるか 勝負をしないか?」
行動力はある癖に、後先を全く考えていないタクミの行動に、もしこの場に弟のイサミがいれば頭を抱えただろう。
昨日も会場の去り際で創真に対して「また会おう」と決め顔で言ったにも関わらず、数分後には帰りのバスで隣の座席となり、恥を掻いていたのだ。
今回の場合。青葉視点からしてみれば、タクミの行動があまりにも謎だった。
タクミの名は中等部二年生の頃に、イタリアから双子の編入生が来るということで聞いたことはあったが、だからといって今まで直接的な関わりはない。
それが今日、同じ課題になった途端 いきなり勝負を持ち出してきた……。
何故勝負を吹っ掛けられたのか。皆目見当もつかないのは当然と言えよう。
ただ こうして絡まれるのは、青葉とて初めてではない。
過去にはえりなと緋沙子という、男ならば誰もが羨ましがる両手に花状態だった為、食戟までいかずとも勝負事を挑まれることは少なからずあった。
――まさかタクミも、えりなや緋沙子のファンなのだろうか? だとすれば、相手にするのは非常に面倒だ。
そんな事を瞬時に考えた青葉は、適当に話を合わせることにした。
「勝負……か。別に構わないよ」
「ふっ。失望させてくれるなよ。食材が確保できなかったり、森で迷子になって料理も作れずに終わる様ならつまらないからな!」
此方に背を向けて去るタクミを見て、青葉は何気なく思った。
食材の確保はともかく、遠月学園の私有地で地図と方位磁針まであるのに、迷子になるものだろうかと。
「クソ! ここは何処なんだ!?」
開始から暫く。
案の定と言うべきか、タクミは森の中で迷子――もとい 遭難していた。
キャンプ場までの道沿いにある食材は他の者が採ってしまう。
そこで森の中へと足を踏み入れ、鶏の巣を見つけたまでは良かったが……。鶏卵を獲ろうと親鳥と死闘を繰り広げている最中、ポケットに入れていた方位磁針をいつの間にか茂みに落としていた。
森の深くまで入り、卵を獲るのに必死で動き回ったせいで方向感覚もない。
幸い食料は豊富に採れ、後は調理するだけなのだが、一向に森を抜け出せる気がしないのは何故なのだろうか。地図を見ながら歩いているが、先程から同じ場所をぐるぐると回っている気さえする。
……いや。本人は知る由もないが、同じ場所をぐるぐると回っていた。
「このままオレは……野垂れ死ぬのか?」
冷静に考えればそんな事はありえないのだが、今のタクミは軽いパニック状態だ。
試験中に連絡を取り合わないようにと、スマホといった通信機器は回収され、弟のイサミに助けを呼ぶこともできない。
心なしか、森の中も次第にどんよりと暗くなっていくと感じた時。
「ヒィッ!」
ガサリと茂みが揺れる音に、何とも情けない悲鳴を上げてその場で崩れ落ちるタクミ。
その音は次第に近付いてきて――。
「……何してんの?」
現れたのは、呆れ顔を隠しもしない青葉の姿だった。
それを見たタクミは、何事もなかったと言わんばかりに立ち上がる。
「いや、軽く木の根に躓いてしまってな。芳賀はもう食材は集め終えたのか?」
「ああ。これからキャンプ場に向かおうと思っていたところだ」
「――!! それは丁度良かった。実はオレも今から向かうところでな。良ければ一緒に行かないか?」
「……先に合格した方が勝ちなんだろ? だったら俺を置いて、さっさとキャンプ場に行った方がいいんじゃないか?」
痛い所を付かれたと、タクミは歯噛みする。
まさかこんな所で、自身が提示した勝負によって首を絞めることになろうとは……。
プライドもあり、遭難したとも言い出せず。かと言って、このままでは己の退学もかかっている。
数秒の葛藤の末、タクミが出した答えは――。
「……勝負? 悪いが、そんな事を言った覚えはないな。仲良くしようじゃないか」
すっとぼけ、そんな勝負は無かったと手の平を返した。
その後 無事キャンプ場に辿り着き、それはそれは見事なメッザルーナ捌きで合格した生徒がいたとか、いなかったとか……。
〆〆〆〆〆
早朝から行われた堂島に続き、他の講師の課題も続々と開始の合図を告げる。
そして午前の部が終わりに差し掛かった頃。四宮の課題で、それは起こった。
「田所恵――
あまりにも唐突な退学宣言に、恵は一瞬 心臓が止まった気がした。
――高等部内部進学試験で最下位。
もう退学は免れないと諦めかけた時、偶然にも編入生である創真に彼女は出会い、変えられた。俯くことは止め、前を見て進むようになった。
極星寮のメンバーと励まし合い、アドバイスし合い。高等部一年生の最初の関門である、宿泊研修の課題を合格するまでになった。
そして迎えた、宿泊研修二日目。
満を持して挑んだ四宮の課題――“9種の野菜のテリーヌ”の審査で、退学を言い渡された。
いつかこの時が来るかもしれない。一度は諦め、受け入れる覚悟もしていたが、今では微塵も考えていなかっただけに。何が悪かったのかと、震える声で問う。
「あ……あのうっ。ど、どうして私の品……ダメなんでしょうか……?」
全員の審査が終了し、立ち上がった四宮は恵の皿を一瞥してから言った。
「傷み始めているカリフラワーを茹でる時、ワインビネガーを使っただろ?」
確かに恵は傷み始めているカリフラワーを使った。
それは食材選びの際に出遅れ、残ったカリフラワーから使用するものを選ぼうとした時、既に傷みかけのモノしかなかったのだ。
――調理中の情報交換や助言は禁止。
故に どうすればいいのか自分で考え、ワインビネガーの漂白作用で綺麗な色を保ち。下味にも使うことで甘みを引き立て。野菜の甘みと微かな酸味が絶妙にマッチしたテリーヌを作り上げた。
一口食しただけでその事実を見抜いた四宮に、恵はならば何故 退学なのかと再び問うが……。
「誰がルセットを変えていいと言った?」
そう。四宮のルセットには“酸味を活かす”という文言など一言も書かれていない。
恵が作ったテリーヌ。それは最早、課題に沿わない別の料理でしかないのだ。
だから退学にしたと説明する四宮に、暫く様子を見ていた創真が口を挟む。
「納得いかないっすね。それは不可抗力ってやつでしょ! だいたい、俺らは先輩達の従業員として扱われるわけでしょ。なら、食材管理の責任はトップである四宮先輩にある筈。そこんとこ、
一見正論にも思える創真の意見。
だが四宮からしてみれば、それはあまりにも的外れな物言いだった。
「ああ、そうだ。俺がここのシェフ。そしてお前らが従業員。なら、従業員の作った料理を審査するのは誰だ?」
審査をするのは誰か?
それは四宮先輩だろうと言いかけるのを、創真は既の所で止めた。
――違う。
本来審査をするのはお客様だ。四宮は、その変わりとして審査をしているに過ぎない。
「漸く分かったか? お前ら従業員の料理を審査するのは俺じゃない。当然この料理はお客様に提供される。ならば同じ料理なのに、作る従業員によって味が違うことがあっていいはずがない。一体、ルセットを何だと思っているんだ?」
それに――と、四宮は続ける。
そもそも、状態の悪いカリフラワーは故意に四宮が混ぜたのだ。
『酸化しやすい・傷みやすい・調理しずらい』の三拍子揃った、野菜の中でも最も気を遣う食材の一つ。
冷静さを失い、目利きを怠った間抜けか、出遅れて良いモノを確保できない鈍間な料理人に掴ませる為に。
四宮が見ていた限り、恵は鈍間に分類されていた。
「だけど……。恵は、その遅れをカバーする為に創意工夫をして対応したんだ。……そこは、評価の対象となってもいいはず――」
「当然、評価の対象だ。それも含め 退学だと言っている」
「……どういうことっすか?」
尚も食い下がろうとする創真に。四宮はまだ理解できていないのかと、呆れたように創真から視線を外し、恵へと問いかける。
「はぁ……。田所。お前は何故、ワインビネガーを使った?」
「そ、それは。四宮シェフが先程言ったように、傷みかけのカリフラワーを――」
「そこだ。何故、傷みかけのカリフラワーをそのまま使う? 何故、シェフである俺にまずは報告しなかった?」
「――ッ!」
――調理中の情報交換や助言は禁止。
四宮は確かにそう言い、恵は傷みかけのカリフラワーを活かす為の創意工夫を考えた。
大前提として、そこから既に間違っているのだ。
鈍間だからといって、即退学にする訳ではない。中には貧乏くじを引いてしまう者もいるだろう。
問題なのは、そこからどうカバーするのか。従業員として、どう店に貢献するのか。
……誰しも分かることだ。何か問題があれば、まずは上司に報告すればいい。そんな単純なことが抜け落ちていた辺り、恵は冷静に対処したように見えて、冷静さを欠いていた。
「もう分かっただろう。田所はクビだ」
「けど――!!」
「創真くん、もういいの」
それでも諦めきれない創真を引き留めようと。恵は創真の腕を掴んで、安心させるように、精一杯の笑顔を向けた。
「えへへ……。もう、大丈夫だから。わ……私の事は、もういいから」
頬を伝う涙は、退学に悲しみ流れたものか。それとも、ここまで庇ってくれる彼に対して流れたものか。
創真は呼吸を整えるように軽く息を吐き、改めて四宮へと向き直る。
「すいません、四宮先輩。最後にもう一個だけ……。田所の料理は、美味しかったですか?」
「他の学生に比べればな。味だけなら合格だったかもな」
味だけなら合格。
それはつまり、美味しかったということ。曲がりなりにも創意工夫をし、今まで学んだスキルを活かして、己の皿を作り上げたということ。
「そうっすか」
「他の学生も待たせている。さっさと――」
「じゃあ、もう一個だけ追加で。遠月のあのルールって、卒業生にも適用されるんすかね?」
「……何の話だ?」
確かにこの場では四宮がシェフで、創真らは従業員。だがそれ以前に、講師と学生という立場でもある。
ここが本当に四宮の店であれば、恵が取り返しのつかない事をしたのは明白。
けれども学生とは、間違えて学んでいくものだ。
その点、恵は他の退学者とは違う。
中等部で習ったことすら活かせず、食材があったにも関わらず、基準を満たせなかった捨て石ではない。
「食戟――」
これからの成長に大きく繋がる、重大なミスを犯した、玉の輝きを秘めた料理人。
「食戟で四宮先輩を負かしたら――田所の退学、取り消してくんないすか?」
失敗とは――学生の特権だ。
食戟のソーマと言えばこのシーンが人気なので、多少アレンジもしつつ書かせてもらいました。確か原作者も自信のある場所だったかな?
前半のアルディーニ兄弟は、彼らの存在をすっかり忘れていまして……。急遽ボツにするつもりだった、堂島の課題を活用してみたり。
感想で聞かれるまで、本当に存在が頭から抜け落ちていました(笑)
なお、葉山アキラのアイデアは未だに思いつかない模様。
まぁ、無理して全員を青葉と関わらせる必要があるかどうかは分からないけどね。
それと前回の後書きで、朝食の新メニュー作りでとある子と協力させたい……みたいに書いていましたが、そっちは本格的にボツになりました。
色々調べてみたら破綻してたうえ、作者に技量がないからね。仕方ないね。
一応別の案はもう考えてあって、近々日本に初上陸する とある店の名前にも因んだ卵料理で書こうかと思ったり。
ボツ案に関しては、朝食の新メニュー回の後書きで軽く公表予定です。割と頭の中では良い感じにできていただけに残念。
そして、前書きでも言っていたアンケートに関して。
今話の話の流れを見て分かる通り、次回は四宮との非公式食戟になるわけですが……原作とほぼ変わりない予定です。細かい所は変わってきますが、料理に変化はなし。
そこで、本作で前も似たようなアンケをしたと思いますが、改めて。それでも私が書いたやつを読みたいかどうかのアンケをさせてください。
勿論結果が偏ったからといって、最後に判断するのは作者自身であり。読者様全員の要望通りにいかないのはご了承ください。
差し当たり、読者様の指標が欲しいので……。
次話はアニメ開始までに……って、何回目でしょうね。
書き溜めせずに、できたらそのまま投下しているせいでこんな事態に。矛盾が出ないように気を付けているつもりなのでご安心を。
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高評価や低評価は気にせず、思った値を押してもらえると嬉しいです。
下にアンケがあるので、気軽にポチッてね。
次話に予定される四宮との非公式食戟を、原作と展開がほぼ変わりなくとも読みたいかどうか。
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