神の幼馴染   作:〆鯖缶太郎

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 今回もちょい少な目。
 時間も多少飛びます。


第九話

「今日は皆、やけに静かだな」

 

 普段の私生活で自ら話すことの少ない綜明が、周囲を見渡してそう呟いた。

 遠月十傑の定例会が行われる室内。

 十傑が集まれば普段なら多少の私語が当たり前にあるこの空間は、彼の言う通り 今日に限ってはやけに静かだった。

 

「…………」

 

 一番の要因はやはり、竜胆が黙って座っているせいであろう。

 ムードメーカーで、良くも悪くも話の起点と中心になる彼女が黙ると、どうにも調子が狂わされる。

 冬になると爬虫類のように動かなくなる事もあるが、今は春から夏になろうかという時期。寒さが原因でないとすれば、こうなっている理由は一つしかないと この場にいる全員は理解していた。

 

 ――いつものメンバーが欠けているから。

 具体的には、宿泊研修に行っている青葉とえりながいないからだと。

 

 まだ、出会って同じ十傑のメンバーとなってからたった数ヶ月。

 特に深い関わりを持った訳ではないが、どうやら二人の存在はそれなりに大きかったようだ。

 それは、竜胆以外の十傑にとっても例外ではない。

 いなくなってから初めて気付くとは、まさにこの事だろう。

 竜胆の隣では、普段青葉が座っている席にももが腰掛けていた。

 此方もただ黙って、ブッチーと名付けられたぬいぐるみを力強く抱き締めるだけだ。

 

 誰も――二人が退学するとは思っていない。

 寧々も、慧も、照紀も、枝津也も。

 しかし、二人について話すことは不思議とはばかられた。同時に、他の話題について話すことも。

 

「……それじゃあ、始めようか」

 

 暫しの間を置いて、瑛士はトンッと資料の束を卓上で整えながら、定例会の開始を告げた。

 何事も無く定例会を終えた後、竜胆が一年生の分まで割り振られた十傑の仕事を 無言で瑛士の前に差し出したのは言うまでもあるまい。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

 この日、ももの機嫌はすこぶる良かった。

 理由は勿論、一年生の宿泊研修が終了し、青葉が無事に帰って来たからだ。一応えりなも難なくクリアしたのだが、それに関してはどうでもいい。

 もも特製のデザートでお祝いすると伝えれば 大袈裟だと遠慮されてしまい、ならばサプライズする形で振る舞おうと 鼻歌まじりに調理を進める。

 作っているのは勿論、ももと青葉の二人分のデザート。今日は青葉が帰ってから最初の定例会が行われる日であり、それが終わった後に誘おうと考えていた。

 これも全て、可愛いお気に入りの後輩の為である。

 

「むっ……。もうこんな時間」

 

 盛り付けに集中するあまり時間を忘れ、気付けば集合時刻ギリギリだ。

 早く会いたい。されど、後でたっぷりと二人きりの時間はあるだろうと足早に向かい、扉を開ける。

 

 そこには既に、ももを除いた九人が座っていた。

 だがその光景を見て、思わず顔をしかめる。

 ――ももの席がない。

 いや、具体的にはあるにはあるが……。

 

「あら? 随分と遅かったですね、もも先輩」

「……何のつもりかな? えりにゃん?」

 

 常日頃から青葉にまとわり付くひっつき虫、薙切えりながいた。

 

「そこ、ももの席なんだけど?」

 

 ももが指差すそことは、当然今えりなが座っている青葉の隣のことである。

 青葉が十傑に加わってからずっと座ってきた席を勝手に取られれば、顔もしかめたくなるものだ。

 まさか、間違えて座ったという事はあるまい。その証拠に、えりなはももを挑発するかのように不敵に笑っている。

 

「別に、誰がどこの席に座ろうと自由じゃないですか? 私はただ、この席が空いていたので座ったにすぎませんが?」

 

 えりなの言い分に間違いはない。

 確かにこの定例会に指定席はなく、ただ何となく皆が初回に着いた席に座り続けていただけだ。

 えりなに関して言えば、青葉の隣に座りたかったが竜胆ともものガードが固く、渋々空いている席に座らざるを得なかっただけだが……。

 しかし今日、ももは遅刻寸前に入室。つまりは普段なら彼女が座っている青葉の隣が空いていた。

 ならばえりなが、その席に座らない理由はないだろう。

 普段はここに先輩であるももが座っている事など百も承知だ。

 

「ふーん?」

 

 その強気な姿勢に、どうしようかと考えるもも。

 この学園に通う生徒は、基本的に校内に存在するホテルや寮内で寝泊まりしている。

 そして、ももは知っている。青葉は普段、えりなと同じ薙切家の屋敷を利用していることを。

 まぁ、それは別にいいだろう。青葉と知り合うのが向こうの方が早かっただけであり、今更どうこう言った所でどうにもならない問題だ。

 だが、普段から同じ屋根の下で暮らしているにも関わらず、この場すらも先輩を押しのけて青葉の隣に座るのはいかがなものだろうか?

 そんなもの、まかり通っていいはずがない。けれどこの場で何と言おうと、えりなはテコでも動く気はないだろう。

 

「なら、別にいいよ」

 

 もものその言葉を聞いて、えりなは思った。

 

 ――勝った!

 

 いや、勝ったも何も無いのだが、えりなの心中は言葉で言い表すことのできない達成感で満ち溢れていた。

 もう少し抵抗されるかとも思ったが、どうやら本当にそれもないらしい。

 残った空席――普段ならえりなが座る席に着く姿を見ようと視線を向ける……が、ももが向かう先はそこではなく、青葉の席であり――。

 

「青にゃん。座ったままでいいから、少し椅子を下げてくれないかな?」

 

 突然始まり、そして終わりを迎えた女の戦いに戸惑いながら。青葉はももに言われた通り、椅子を軽く下げた。

 すると、どうだろうか。円卓と青葉の間に隙間ができるではないか。それも、体勢によっては人が一人入れそうな隙間が……。

 

「よっと」

「――なっ!」

 

 思わず声を上げるえりな。そしてももを除く全員が、驚きに目を見開く。

 もぞもぞと位置を調整し、漸く納得のいくポジションが見つかると、ももは椅子に頼み事をする。

 

「ももが落ちないように、ちゃんと支えて」

 

 椅子に拒否権はない。そもそもこうなった以上 どうしようもないと、大人しく椅子は――青葉は、その言葉に従って腕をももの前に回し、引き寄せた。

 ――完成したのは、椅子に座る青葉の膝の上に座るもも。

 可愛い後輩と可愛いブッチーに挟まれ、むふーっと この上なく満足気な表情だ。

 一見 幼い妹が兄の膝上に座っているようにも見えるが、ももは今年で高等部三年生であり、青葉は高等部一年生だ。

 

「えりにゃんはそこ、使ってもいいよ。今日からももはここに座るから」

 

 えりなに目を向けると、ももはドヤ顔でそう告げる。

 

 ――形勢は逆転した。

 

 自分もあのぐらい背が低ければ……いや、背が低くなくとも大丈夫なのではないかと思考するえりな。

 もし、自分が今のももの立場であったのなら……。青葉の膝の上に座り。背を預け。落ちないよう、より密着するようにお腹に腕を回され――。

 そこまで想像して、えりなは顔を真っ赤に染めてオーバーフローした。

 恥ずかしいとはまた違う、初めて味わう未知の感情に耐えきれなかったのだろう。

 

「いやー、これはこれは」

「うんうん、青春だね!」

「触らぬ神に祟りなし……」

 

 その光景を見る他の十傑の反応は様々だ。

 これから十傑はどうなってしまうのか。そんな一抹の不安を覚えながら、未だに定例会を始められない瑛士は気を落とした。

 

 

 

「――っと、言うような事があったのよ」

「まじか。青葉が?」

「……どうなってんだよ十傑は」

「まったくだ」

「いや、葉山も人のこと言えねぇと思うが?」

 

 あの事件とも言える出来事から時は流れ、高等部一年生 上位メンバーと現遠月十傑の顔合わせが行われる『紅葉狩り会』で、そんな会話が行われていた。

 一年生の上位メンバーが決定したのは、その間にあった『秋の選抜』でだ。

 

 ――秋の選抜。

 それは、1学期終了時に十傑によって選出された優秀な高等部一年生 60名によって行われる行事だ。

 流れとしては予選でAとBのブロックに半数が割り振られ、それぞれ上位4名の選手が本戦トーナメントに進出し、優勝者が決定されるというもの。

 選抜には予選から多くの料理界の重鎮が訪れる為、一年生にとっては自身の腕を公に示すことができる最初の機会だ。

 だが、秋の選抜は遠月十傑によって運営されている。よって十傑である青葉とえりなは運営側の立場であり、参加の資格は最初からなかった。

 

 夏期休暇を挟み、予選のお題は休暇中に告知された“カレー料理”。

 その結果、予選Aブロックを勝ち上がったのは、葉山アキラ、幸平創真、黒木場リョウ、美作昴。

 予選Bブロックを勝ち上がったのは、薙切アリス、新戸緋沙子、タクミ・アルディーニ、田所恵となった。

 

 Aブロックで注目されたのはアキラと創真だ。

 スパイスの権威者である汐見潤のゼミ生であるアキラは、その知識と技術、そして香りという武器を存分に活かす為、料理の器をパイ包みのように ナンで蓋をした。カリカリに焼けたナンの蓋を崩せば、内部に凝縮されていたカレーの香気が一気に解き放たれるという仕組みだ。

 料理の要であるスパイスには審査員をも唸らせる生のホーリーバジルが使用されており、現代カレーの究極点とも言えるそれは、94点という高得点を叩き出す。

 

 対して創真も、アキラと同じような発想に至っていた。

 一見オムレツのように見えたそこへスプーンを振り下ろせば、卵の中からリゾットが現れると同時に内包されていた香りが爆発的に広がる。

 そのスパイスと結びついた深い風味を演出している中心には、マンゴチャツネが使用されていた。マンゴーが軸になることでスパイス同士の持ち味が結びつき、料理に一段と深いコクが与えられ、美味しさが格段に跳ね上がる。

 

 香りに特化させたアキラと、味を重ねて連携させた創真の品。

 審査の結果、93点と惜しくも合計点ではアキラには届かなかったが、個人点で見れば5人中3人が創真の方に多くの得点を入れていた。

 それはつまり、もしこの場が得点制の予選ではなく、票数で決まる本戦だったのであれば――創真が勝っていた事を示していた。

 

 そして、Bブロックで一番注目されたのは恵だろう。

 点数だけでみれば88点と、ボーダーギリギリで予選を通過したようにしか見えない。

 だが彼女は、数ヵ月前まで授業評価は最悪。あがり性で本番に弱く、高等部に進学した時には退学間近だったのは 同級生であれば誰もが知るところだ。

 それが今回、地獄の宿泊研修を生き残って秋の選抜の予選に進出。それだけでも信じられない成長であるのに、その予選では小柄な体系ながらアンコウの吊るし切りを見事に捌き、“アンコウのどぶ汁カレー”で本戦進出を決めるという大番狂わせを見事起こしたのだ。

 小さな鳥籠から天高く大空へと羽ばたく。その日から間違いなく、恵自身の気持ちと彼女に対する皆の評価が一変した瞬間だった。

 

 そんな波乱万丈な予選を経て、本戦の決勝舞台に立ったのは創真、アキラ、リョウの三人。

 本来であればトーナメント形式の為、決勝に残るのは二人のはずだが、アキラとリョウの試合で審査員の一人が票を決めきれず、異例の三人で決勝を行う形となった。

 それぞれが因縁を持った対決。テーマとして選ばれた“サンマ”を三人はどう調理するべきか趣向を凝らし、後日行われた決勝戦では――辛くもアキラが勝利した。

 

 ――話を戻そう。

 秋の選抜を終えてから暫く。本戦に出場した上位メンバーは現在、紅葉狩り会に参加していた。

 この日の為に用意された屋外に畳の敷かれた会場。辺りを見渡せば紅葉が色付き、遠月の敷地内にある山々も赤く染まっている。

 ここで一年生と十傑の顔合わせが行われるが、上位メンバーである青葉とえりなも本来であれば一年生側に座らねばならない。

 しかし、何故か青葉だけが対面――十傑側に座り、それについて創真がえりなに質問しているところで、太鼓の音と共に十傑が登場。

 その人数は青葉とえりなを除いた八人。だが十傑側に用意された席は、青葉の座る場所も含めて八人分。

 これでは席が足りないではないかと思えば、ももが当然のように胡坐をかいていた青葉の上に座った為、えりなが何故そのような状況になったのかという事の経緯を軽く掻い摘んで説明していたのだ。

 

「青にゃん。食べさせて」

 

 運ばれてきた生菓子をももがねだり、青葉も先輩の言葉には逆らわず お人好しな面もあるので大人しく従う。

 その青葉の手付きはもう慣れたもので、口元に来た生菓子を一年生――主にえりなに見せつける様にももは頬張った。それを見たえりなが無意識の内に歯噛みする所までがセットだ。

 他の十傑メンバーは一切気にしていないが、一年生は初めて見る光景にある者は戸惑い、ある者は顔を赤くする。

 

「にしても青葉のやつ、もも先輩と付き合ってたんだな」

 

 創真の何気なく放ったその言葉は、知らぬ者から見れば実際そう見えてしまうので仕方あるまい。

 だがそれを聞いて、最近少女漫画で恋愛の勉強をしているえりなの不機嫌度が増すのは当然のことであり。

 

「大丈夫です! えりな様には私がいますから!」

 

 っと、それをいち早く察知した緋沙子が咄嗟にフォローに入った。

 ――とは言え、果たして何が大丈夫なのだろうか? 自分が青葉様の代わりになる? それはつまり、将来的にもしかしたら えりな様と……。

 そう自問自答した緋沙子は、あらぬ考えに至って顔を赤くする。

 けれどもえりなは、自分を励ますために言ってくれたのだと素直に受け取った。

 

「ありがとう 緋沙子」

「い、いえ!」

 

 そんなやり取りもありながら、遠月十傑と一年生 上位メンバーによる紅葉狩り会が始まった。

 




 そう言えば今日って振替休日でしたね~。
 早めに書けたし折角だから投稿した訳ですが、結構バッサリ時間を飛ばさせていただきました。
 一応違和感ないぐらいに軽く『秋の選抜』に触れてみたつもりですが、いかがだったでしょうか。
 創真や緋沙子が青葉と知り合ったことで、原作とはまた違った展開を書けたら面白かったのかもしれませんが、生憎作者は料理がからきしなので原作のままです。葉山アキラも結局ここで出すことにしました。

 ……まぁ恐らく、今後は主要キャラ以外あまり出ませんがね。
 次話はどうするかまだ考えていませんが、最終回に向けて考えようと思っております。
 けど当初予定していた最終回とは確実にズレると思うので、果たしていい感じに書ききれるかどうか……。
 一応当初に考えていた最終回は、本編が終わった後に”another story”として軽く書くなり何なりできればなって感じです。面倒になったら書かない。

 後かなり今更言いますが、オリ主である青葉に会話させると物凄く違和感を感じるんですよね。
 他の方の二次創作で読む分には全然感じないんですが、自分で書いて読むと違和感が凄くて極力青葉の会話文を書かないようにしています。
 勿論、絶対に書かないと無理ってところは書きますけどね。全然青葉の会話文ないなって思った読者様がいればそれが原因です。
 青葉のキャラが固まってないのもあるので、そこは完全に作者の力不足。

 本文の方では相変わらず司先輩が苦労し、何やらももとえりなが青葉をかけて争っていますが、二人の気持ちはご想像におまかせします。
 ももとの絡みを書きたかったから欲望のままに書いた。ヒロイン候補みたいな感じですかね?
 前々から言っていますが、特定の誰かと結ばれて終わる事はありません。どうなるのかは全て読者様の想像次第。

 さて、次回はどうなるのやら。もしかしたら次回で本編最終回まで飛ばす可能性も微量にあります。
 飛ばし過ぎたので少し時間を遡る可能性もあるかな。そこは作者の思い付き次第。
 それと、このままだと若菜の過去に関して書けないので、最終回の後にキャラ紹介をしようかと思っているので、そこに恐らく書きます。

 ではでは、またいつの日か。
 というか、時が経つのが早い……。もう後二ヶ月ぐらいで、本作を書き始めてから一年経ちますね。
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