神の幼馴染   作:〆鯖缶太郎

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 メリクリ。サンタさん投稿。
 今更『食戟のソーマ』の最終巻を読んで、改めて色々悩んでました。


第十話

 卓越した才を持つ料理人は絶望に抗い続け、やがて嵐に呑まれてしまう。

 

 父――薙切薊が去りゆく母を見ながら呟いた言葉は、幼きえりなにとって酷く印象的だった。

 

 

 

 ――神の舌。

 それが、料理に携わる者であれば知らぬ者はいない、薙切えりなの持つ異名である。

 幼少期から厳選された食材と様々な一流の料理を食べ、日本中の有名店の味見役の依頼をこなし。

 その才覚を活かし作られる彼女の料理もまた一級品で、自他ともに認める料理界の未来を背負った料理人の一人だ。

 そんな完璧に見えるえりなはだが、一つだけ明確に足りないものがあることを自覚していた。

 

「……ダメね」

 

 えりな専用の調理棟。食戟で手に入れてきた5棟ある内の一つで、えりなは今日も自分の料理と向き合っていた。

 彼女がダメと評した料理は間違いなく一級品。寧ろ、反論の余地がないほどに仕上がっている。それは常日頃から怠ることのない努力が、成果として現れている証拠であろう。

 それでもえりなは首を横に振る。

 こんなものは到底、必殺料理(スペシャリテ)と呼べるものではないと。

 

 かれこれもう――こんな日々を過ごすのは十年近くになる。

 それはつまり、あの果たすことができていない約束から十年ということを意味しており、えりなは一つ息を吐くと 食器や調理器具の片付けに入った。

 

『私が立派な料理人になって、必殺料理が完成したとき! ――その時は君が……青葉くんが! 一番に召しあがって下さい!』

 

 今でも鮮明に覚えている過去の記憶。

 青葉に助けられ、そして誓った約束を果たす為に、日々研鑽してきた。

 

『どう? お爺様。 これは特に自信作よ! これなら私の必殺料理として認めてくださるでしょう?』

 

 あの頃は料理を作るのが楽しかった。

 何度もお爺様である仙左衛門に試食してもらい、しかし必殺料理と認められず。それでも、日々上達していると実感できるのが嬉しかった。

 いつか必ず、必殺料理は作れる。

 そう信じて疑わなかった――あの日から十年。

 楽しさも嬉しさも、いつしか焦りに変わり。何かが足りないと分かっていながらも、その答えに辿り着くことはできなかった。

 このままでは私も、お母様のようになってしまうのではないか――。

 一人考え、悩んでいた時。また彼から、図らずとも助言を貰ってしまった。

 

『料理は突き詰めたら美味しいか不味いかだけど、本当に大切なものはそこじゃないと俺は思うんだ。その料理を、その組み合わせを、その発想を自分なら思い付いたか思い付けなかったか。例え料理が不味かったとしても、そこには自分では想像も付かなかったモノがあるかもしれない』

 

 幸平創真 対 水戸郁魅の食戟。

 そこで彼――青葉に言われたその言葉は、今もえりなの中に残り続けている。

 あの時確かに、何かが変わった。足りないピースが嵌ったような、そんな気がした。

 それでも答えは見つからない。いや、気付いている。身近にそのヒントがあることは。だがプライドが邪魔し、今まで決心が付かなかった。

 

「決めた!」

 

 最後の食器を片付け終え、えりなはいつまでもこのままではダメだと喝を入れる。

 

「――緋沙子? 今日は少し、用事ができたの。一人で大丈夫よ。夜までには戻ると思うから、心配しないで。また連絡するわ」

 

 電話越しに慌てている緋沙子に悪いと思いながら、強引に通話を切ったえりなは一人歩き出した。

 この遠月学園は広大だ。山七つに渡る敷地は移動にも一苦労で、目的地によっては車を使うことすら多々ある。

 えりながこれから向かう場所も、敷地内とは言え現在地から随分と遠い遠月の外れ。

 それでも決意を固めるために、前を向いて進む意味合いも込めて歩き出したのだが……。

 

「――これはちょっと、想像以上ね……」

 

 地図で見た時にはそれ程遠いとは感じず、掛かっても一時間程度だろうという甘い考えは打ち砕かれていた。

 この学園で最も高い山に建つ塔は遥か彼方。慣れない道を進むのは一苦労で、移動だけで二時間以上は既に経過し。体を鍛えているとは言え、普段屋敷内で不自由なく暮らすえりなにとってはそこそこキツイ。

 けれども足を止めることなく進み続け、日が暮れ始めた頃。遂に目的の人物がいる場所へと辿り着いた。

 

「やっと着いたわね――極星寮に」

 

 この場所にはここ最近、何かとえりなと関わりを持っている男子生徒がいる。

 初めて出会ったのは、編入試験場で試験官と受験生という立場として。

 今思えば、あの時食べた『化けるふりかけご飯』が全ての始まりだったのだろう。

 えりなでは想像もできなかった独創的な料理。食べた時の未知の味は衝撃で、それこそ青葉の料理を思わせた。けれども、性格はえりなと対照的で水と油。決して交わることなく衝突し――。

 

「だからこそ、なのかも知れないわね」

 

 ――新鮮で、表面上は取り繕いながらも。いつしか彼を認めていた。

 

「お? 薙切じゃん。どうしたんだ、こんな所で?」

 

 裏の農園で収穫したのだろうか。

 竹かごに色とりどりの野菜を乗せた彼と鉢合わせ、あまりのタイミングの良さにえりなは苦笑いを浮かべる。

 顔も見たくない。いつの日かそう思っていた男にまさか、自分から会いに行く日が来ようとは。

 

「幸平くん、丁度良いところに……」

「いやー丁度良かったぜ。月饗祭で久我先輩に挑むって話は知ってるだろ? 折角だしジャンルは中華にしようと思ってんだけど、まだアイデアがまとまってなくてな。味見頼むわ」

「ちょ、ちょっと!」

 

 創真は前回の紅葉狩り会で、遠月十傑 第八席の久我照紀に食戟を挑むという無茶な行動をし、結果的に食戟が成立することはなかった。

 だが条件付きで、料理に関する事で勝つことができれば食戟を受けてもいいと聞いた創真は、月饗祭の売上で勝負を挑む事にしたのだ。

 

 秋の最後を飾る遠月学園の学園祭――その正式名称こそが月饗祭。

 そして、この月饗祭は大きく三つのエリアに分けることができる。

 

 まずは一番人気の『目抜き通りエリア』。

 正門から続く大通りに仮設テントがズラリと並び、値段も千円以内とお手頃価格で最も人通りの多いエリアだ。

 

 次にあるのが、授業で使う調理棟が集中している『中央エリア』。

 専門性の高い料理や、特殊な設備が必要なジャンルの模擬店が集まり、照紀の模擬店が出展されるエリアでもある。

 

 最後に、十傑の多くが例年店を構える『山の手エリア』。

 料理人の知名度がなければ集客は困難。平均客単価が最も高い高級志向エリアで、隠れ家的レストランとなっている。

 

 模擬店を出店するかどうかは生徒の自由であり、場所も各自で選択することができる。

 自分が何を販売するのか。どこに出店するのが最適か。それらを考慮した上で、創真は十傑という肩書きを持つ照紀に 彼の得意分野である中華で挑むのだから、中々に無謀な考えと言えよう。

 現に まだ月饗祭まで時間があるとは言え、販売する料理すら決まってないのだから無計画具合が窺える。

 

「んじゃ、ちょっくら今思い付いてるのを作ってくるから、ここで待っててくれよ」

 

 えりながここに来た要件も聞かず、食堂のテーブルに座らせるや否や、創真は厨房へと入って行く。

 その後ろ姿を見送り、相変わらず調子が狂わされるとえりなは溜め息を吐くと、特にやることもないので軽く辺りを見渡した。

 外観を見た時は建物全体にツタが這い、とても人が住んでいるとは思えないような森の洋館といった感じであったが、中は隅々まで掃除が行き届いているようで綺麗だ。

 辺りにあるテーブルと椅子の数、そしてここが寮であることからして、他にも住んでいる生徒がいるのだろうと思っていると、団体の足音と話声が徐々に近づいてくる。

 一瞬どうするべきかと悩んだえりなではあるが、一応客人という立場なのだから大丈夫だろうと扉に顔を向けた。

 

「――それでその後、創真の奴がな……えっえ、えりなお嬢様!?」

「も~、何寝ぼけてんの? そんな大物がこの極星寮にいる訳……って、いるうぅぅぅ!?」

「えっと、その。お邪魔してます?」

 

 えりなが来訪している事をたった今知った寮生に 迷った末、疑問形でそう返した。

 未だ現実を直視できないのか、あたふたしている寮生。すると騒ぎに気付いたのか、厨房から創真が姿を現す。

 

「お? どうしたんだ?」

「ちょっと幸平! どうしたんだ、じゃないよ! 何でえりなさんがここにいるの!?」

「何でってそりゃ……何でだ?」

 

 数秒思案した創真であるが、今更ながらえりなが極星寮に来た理由を一切知らない事に気付き、首を傾げた。

 漸く説明できると思ったえりなではあるが、いざ面と向かって要件を伝えようとすると 途端に言葉が詰まる。それに今は、創真以外に他の寮生もいるのだ。

 出来ればこれから言う事は……いや、その考えが既にダメなのだろう。もう、プライドは捨てると決めたのだから。

 

「幸平くん。私から一つ、頼みがあります」

「お、おう」

 

 意を決したえりなの眼は真剣そのもので、先程まで騒いでいた寮生も思わず、一字一句聞き逃すまいと耳を澄ませた。

 

 

 

「私にあなたの――料理を味見させて下さい」

 

 

 

 あの神の舌直々に、味見をさせてくれと頭を下げる。

 それは見る者によっては、信じられない光景であろう。神の舌に頭を下げる者はいくらでもいようと、その逆を可能とする料理人は誰一人としていなかったのだから。

 

 ――これが、えりなの辿り着いた結論。

 自分に足りない何かを、この男ならばきっと……。

 

「なーんだ。そんなことか」

 

 えりなの一世一代の告白に、だが創真は思ったより簡単だなっと笑う。

 

「いいぜ」

 

 その言葉を聞いて、えりなは胸をなで下ろした。

 先程まで、何を緊張していたのだろうか。あまりにもあっさりとした返事に、気を張り詰めていたのがバカらしくなる。

 どうせこの男は、神の舌がどれ程のモノか 全く理解していないのだろう。

 顔を上げればいつも通りの創真がいて、ただそれだけで心が晴れていくようだった。

 

「と言うか、味見役は俺が既に頼んだことだしな。あっ、だったら夕飯 ここで食ってくか? もう日も暮れてきたし」

「え?」

 

 窓の外を見れば、既に日が傾き 辺りを赤く染めていた。

 余裕を持って来たつもりでいたが、どうやらそれなりに時間が経っていたらしい。夜までに屋敷に戻ると伝えた手前、どうしようかとえりなが悩んでいると。

 

「確か、青葉も同じ屋敷に住んでただろ? 俺が連絡しといてやるから、気にすんなって」

「ゆ、幸平くん? 何で青葉くんの連絡先を知っているの……?」

「何でってそりゃ、青葉とは幼馴染だからな」

 

 たった今知った衝撃の事実に、えりなの表情が固まる。

 最近ではあまりないが、学期初めの頃は散々創真の愚痴を青葉に言い、その度に慰められてきたのだ。それに結局合格の形となったが、編入試験の時に創真の料理を不味いと言って失格にしたのは、他ならぬえりな自身。

 もしかしたら知らず知らずの内に、とんでもない失態を犯していたのではと えりなは顔を青くする。

 ついさっき、プライドを捨てて創真に頭を下げたことなど疾うに忘れるほどに。

 

「そうだ。折角だからお前らも、今晩薙切に味見してもらえよ。全員で料理作って、久しぶりに宴会しようぜ!」

「まじか!」

「神の舌に味見してもらうチャンス!」

「ちょっと燃えるわね!」

「俺も昨日、燻した分を出すか……」

「そうと決まれば早速準備しよ!」

「おう!」

 

 えりなを置いて話はどんどん膨らんでいき、いつの間にか宴会に参加することが決定した。

 けれども今のえりなにとって、そんなものはどうでもいい事でしかない。

 

「青葉くんに、何て説明しよう……」

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

 海外を放浪しながら料理を振る舞う城一郎は、基本的に一ヶ所の店に留まることはない。

 それでも根強いファンというのはいるもので、どこから聞きつけたのか 厨房に立てば決まって国ごとの常連が訪れるのはよくある事だ。

 そんな城一郎の元に、今日は珍しい客が訪れていた。

 既に営業は終了し、薄暗い店内。カウンター席には、グラスを傾ける知人の姿がある。

 

「まさか、若菜とこんな場所で会うなんてな」

「城一郎がいるって聞きつけて、久しぶりに会ってみたくなっただけよ」

 

 知人である若菜は何でもないように言うが、ここは日本ではない。

 彼女が態々城一郎の料理を食べる為に追いかけてきた可能性はほぼないだろうし、本当に偶然訪れたのだろう。

 

「確か、遠月で働いているんじゃなかったか? 何でまたこんな場所にいるんだ?」

「最初は穏便に遠月で働くつもりだったけど、色々あってね。今はまた、専属の料理人として働いているの」

 

 もう何年も前の話だが、若菜が薙切薊に専属の料理人として雇われていたことを城一郎は知っていた。その時の詳しい出来事は仙左衛門から聞き、同時に「人前で若菜が包丁を手に取ることはないかもしれん」と、嘆いていた事を今でも覚えている。

 若菜は自分の考えを曲げることがあまりない。包丁を置くと決めたら置くだろう。そう思っていただけに、付き合いの長い城一郎は少し意外そうに、若菜に問いかけた。

 

「ほー。やっぱ、料理の道を諦めきれなかったのか?」

「まぁ……それも少しあったかもしれないわね。でも、決め手はそれだけじゃないわ。その仕事が、現状私にしか務まらない。私が最も適任だと思ったから、仕方なく受けたのよ。今ではそれでよかったと思っているわ」

 

 その表情を見る限り、城一郎では想像もできないような事があったのだろう。

 あまり職場の話をするつもりはないのか、若菜は空になったグラスを城一郎の前に差し出した。

 

「城一郎は最近、遠月にいったりした? 青葉は元気かしら?」

「あぁ。遠月が夏期休暇の時に、創真に会いにな。青葉も元気そうだったが、何だ? 最近会ってないのか?」

「連絡は取り合ってるけど、直接はね。もう何年もここに住んでるから」

「……おいおい。その職場、大丈夫なのか?」

 

 てっきり休暇でここに来ているのかと思えば、どうやら仕事の合間に寄ったらしい。

 それも、実の息子と何年も会っていないとはどういうことだろうか。日本に帰る暇もないなら、中々酷い職場と言わざる負えない。

 そんな城一郎の心配する様子に、若菜は笑顔を向ける。

 

「大丈夫よ。寧ろ、私がこうして何事もなく外出できているのが何よりの証拠。近々、日本に帰れる予定だし」

「……ま、あんま無理すんじゃねぇぞ」

 

 丁度その時、カウンターに置かれたスマホに着信が届く。若菜はその内容を確認するとクスリと笑い、席を立った。

 

「そろそろお暇するわ。私の料理を早く食べたいって、駄々をこねてるみたい」

「そうか。またな」

「ええ。また、いつか会いましょう」

 




 次回、多分ですが……本編完結。

 また日を開けて投稿した訳ですが、前書きの通り今更ではありますが原作の最終巻を読みました。
 一応今までもネットである程度の情報を仕入れて書いていましたが、実はとあるキャラの存在が私を悩ませていまして……。
 本作はオリ主の影響で割と改変していますが、大体は原作遵守で書いてます。けれどそれだと本来予定していた最終回の展開では、原作と若干矛盾が生まれるんですよね。
 それが前から言っている最終回変更の理由です。
 まぁ軌道修正は問題ないと思うので、多分何とかなります。見切り発車だからこそできる切り替え。未来の私がきっとやってくれますよ。
 この件や今後に関しては補足して次回にまた書かれると思います。

 さて、本文の方ではえりなが創真に味見をさせてくれと頼みましたね。
 やはりえりなには創真が必要不可欠。果たして次回、必殺料理は完成するのか!?
 ……まぁ、それに関しては追々です。ネタバレすると次回までには完成しません、多分。
 そして後半の若菜と城一郎の会話。それが最終回の鍵になることは間違いないでしょう。
 原作では薊が登場し 総帥となりましたが、果たして本作はどうなるのか?
 ――気長にお待ちください。

 それとまた、アニメ決まったみたいですね。

 ではでは、次回も読んでもらえたら嬉しいです。
 お気に入り、評価、感想など。お気軽に。
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