神の幼馴染   作:〆鯖缶太郎

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二皿目

 料理人といっても得意ジャンルは様々だが、多くの者に共通していることがある。

 それは自らが素材を一から調理し、料理をお客様に振る舞うこと。そう、料理人を目指すならば 調理とは避けては通れぬ道である。

 

 『焼く・煮る・蒸す・揚げる・炒める・茹でる』などなど。

 基本的な調理に欠かせないそれらの工程。それを青葉は3歳の誕生日以来、着実に覚えていった。

 

 ――料理をするのが楽しい。

 

 初めて包丁をプレゼントされた時の忌避感はどこにもない。純粋に料理を楽しむ青葉。

 そんな青葉の姿を見て、若菜も心から喜び 楽しむ。

 

 これだけ聞けば、親子の仲睦まじい料理風景を想像するだろう。

 確かにその想像は正しい。しかし、調理した料理を果たしてどうするのか?

 それは勿論、二人が食べることになる。

 そしてお忘れではないだろうか。青葉の能力で野菜の下処理をしただけで、若菜の舌を虜にするということを。

 故に、とある事件が芳賀家で起こるのは、確定的な未来であったと言えるだろう。

 

 

 

 ――時は遡り、事件当日。

 

 若菜は椅子に腰掛け、遂にこの時が来たかと気を引き締めていた。視線の先ではキッチンに立つ青葉を捉え、我が子が初めて一人で調理する姿を目に焼き付ける。

 そう。今日は青葉が一から全て調理するのだ。

 今までは常に若菜が隣で付き添い、何かとアドバイスをしていたがそれもない。

 だからこそ大丈夫だろうかと、二重の意味で心配してしまう。

 

 一つは青葉の心配。

 青葉は包丁を使うことに才能を発揮したが、それ以外の調理に関しては初心者だった。

 教えたことは直ぐに吸収するし、よく料理番組を見ていた影響かある程度は把握していたが、やはり実際にやってみると感覚が違うのだろう。料理とは一分一秒で差がでるのだ。同じ料理でも環境によって味は変化し、基準も変わる。

 だから今日まで調理法を教え、遂には一人で出来るようになったが、やはり親というのは子が心配になる。何かの間違いで指を切ったり火傷をしないか、内心ヒヤヒヤとしていた。

 

 そしてもう一つの心配は、若菜自身が青葉の一から作った料理を食べて、正気を保てるかどうかということだった。

 

「どうぞ、召し上がれ」

 

 コトリッ と、青葉がテーブルに置いた料理を若菜は見る……までもなく、確信した。

 できたての料理から立ち上る鼻孔をくすぐる香り。食してもいないのに 思わず意識を手放しそうになるそれは、若菜が遠月に在籍していた時ですら味わったことのない感覚だった。

 

 今ならまだ、食べないという逃げの選択肢もある。

 しかし、しかしだ。愛する我が子が折角自分のために作ってくれた料理を、無下にできる親が 果たしているのだろうか?

 少なくとも、若菜にそんな事はできなかった。

 

 平静を装いながら箸を持ち、覚悟を決める。

 そして意を決して料理を口へと運んだとき――。

 

 

 

 その後何が起きたのか、敢えて語るまい。

 一つだけ語るとすれば、青葉は自身の持つその能力について若菜に打ち明けた。

 包丁を持つと、その食材をどの様に下処理すればいいのかが分かる。若菜が感じている美味しさ、それはこの能力があるからなのだと。これを使わなければ、ただ料理を教わった子供でしかないのだと、どこか悲観的に話す。

 そんな年相応に素直になれない我が子に、若菜は優しく声をかける。

 

「青葉はその力を能力っていうけど……じゃあ、才能はどんな力の事を言うのかしら?」

 

 包丁を巧みに操ることができる能力。

 包丁を巧みに操ることができる才能。

 

 能力と才能。その言葉の印象は人それぞれだ。

 だからこれは持論だけど……と、若菜は語りだす。

 青葉がその力を能力といっている理由。それは力に振り回されている――扱いきれていないからだ。

 料理を始めて一年と数ヶ月。時間にすれば更に少ない期間しか、青葉は包丁を握っていない。

 そこで青葉は、初めて己の力を知った。

 

 人は生まれながらにして、何か他者より優れた力を持っている という人がいる。

 確かに持っているかもしれない。

 だが、誰しもが己の持つ力に気付いているだろうか? そして気付いたとして、その力を磨いているだろうか?

 青葉が今いるのは正にここである。自身の力に気付き、しかし扱いきれていない。磨ききれていない。

 

「その力を能力だと思っている間は、まだ芳賀青葉という料理人は完成していない。その能力を才能へと昇華させたとき、初めて完成するわ」

 

 能力を持っているのではない。まだその力が能力でしかないのだ。

 青葉は同年代の子より大人びており、何かあったとき考える力を持っている。もしそれが無ければ、今回の事は話さなかっただろう。ただ包丁を扱えるという自己完結で成長していったかもしれない。

 だから子供のように素直じゃないと思うと同時に、若菜は青葉に可能性を感じる。

 その力を能力だと気付き、いつか才能へと昇華させたとき、一体どの様な料理人になるのかと。

 

「だから悲観することはないわ。寧ろ能力だと思っている間は、まだ 青葉が未熟な証拠。本当の力を――才能を持っている人は、そんなものは意識せずとも自然と扱えるものよ。能力なんて持っていないって思えるほどにね」

 

 ――だから こうしましょう。

 

「青葉が能力で作る料理。それそのものを必殺料理(スペシャリテ)としなさい」

 

 必殺料理。

 それは一般的に、料理人が持つ自信の一皿。顔となる料理のことである。

 

 だが青葉の力は、一皿などという枠組みに囚われてはならない。出す皿の全てが必殺料理となりえる可能性をもっている。

 そしていつの日か、能力を才能へと昇華させたとき――。

 

「そこまでは長い道のりだと思うわ。それでも青葉は、その道を選ぶかしら?」

 

 その言葉に、青葉は力強く頷いた。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

 芳賀若菜が退学した理由。彼女を知る者、特に当時の遠月学園の生徒に聞けば、百人中百人が“結婚したから”と 答えるであろう。

 若菜は高校生にして恋に落ち、結婚し、子を宿した。だから退学した。

 だが、これは嘘である。

 生徒が嘘をついているのではない。流された情報そのものが嘘なのだ。

 遠月十傑評議会 第一席。その地位は、学生の身であったとしても影響力は計り知れない。それを表すかのように、若菜が退学したという情報はニュースで取り上げられた。芳賀若菜は結婚し、子を宿した為に退学したと。

 この報道の何が嘘なのか。子を宿したのは本当だ。だからこそ、芳賀青葉が生まれた。退学したのも勿論本当だ。そして残ったのは、結婚したこと。

 そう。芳賀若菜は結婚していない。

 一体誰が青葉の父親なのか? 誰が虚偽の情報を報道するように操作したのか?

 前者は分からない。若菜すら知らないのだ。具体的には知ろうと思えば知れる、といった方が正しいだろう。

 だが後者は知っている。情報操作をした人物。その人物の名は――薙切薊。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

「本日からお二人の料理人を任された芳賀若菜です。よろしくお願いします」

 

 青葉が一人で留守番ができるようになった頃、若菜は自身の仕事場に訪れていた。

 これは元々契約していたことであり、遠月を退学して初めて働く日でもある。

 数秒お辞儀をし、顔を上げると まだ幼い二人の子供が視界に入る。

 青葉より一つ年上であり、料理界で知らぬものはいない薙切の名をもつ少女。薙切えりな。そして薙切アリス。

 

「若菜さんですね。こちらこそ、よろしくお願いします」

「よろしくね 若菜さん」

 

 軽くスカートの裾を持ち上げ頭を下げるえりなとは対照的に、片手を上げ気軽に挨拶するアリス。

 

「ちょっとアリス。初対面の、それも私達のコックになる方にそれは失礼でしょ」

「あら? 今まで料理を食べる度に大抵不味いと言って、相手の心を折ってきたえりなには言われたくないわね。この人も 今日中に逃げ出さなければいいけれど」

 

 突然始まった二人の口論に、若菜は思わず苦笑いをしてしまう。

 流石は食の一族と呼ばれるだけはある。特にえりなに関しては、余程舌が肥えているのだろう。今もなお聞こえてくる二人の会話には、今まで料理を振る舞ったのであろう料理人の悲しい結末が語られる。

 子供だから正直と言うべきか、子供なのに恐ろしいと言うべきか。少なくとも今までの経緯からして、若菜に対するえりなとアリスの評価は料理を振る舞う前から低かった。

 

 プライドがある料理人であれば、こんな子供に自身の料理が見下されているという事実に腹を立てただろう。事実、そういった料理人が今までにはいたし、等しく撃沈してきた。

 しかし若菜はそんな素振りを見せない。慢心ではない、絶対の自信があった。

 見下されて結構。寧ろその方が、後々の衝撃というものは大きくなるのだ。それは料理の味以上にスパイスとなる。

 だから二人のやり取りを若菜は微笑ましく見守っていた。そこにあるのは紛れもない余裕の笑み。

 そんな雰囲気が他の料理人とは違うと感じ取ったのであろうか。えりなとアリスは口論を止め、後ろから来た人物を見やった。

 

「直接会うのは久しぶりだね 若菜」

 

 立っていたのは若菜の雇い主。薙切薊だ。

 

「薊さん お久しぶりです」

「元気そうで何よりだよ」

「お陰様で、平穏な生活が出来ていますから。今日からよろしくお願いします」

 

 時間もよい頃合いだった為、さっそく料理を振る舞ってもらおうと薊に屋敷を案内される。

 外から見るより広く感じる屋内を見渡しつつ、幾つもの扉を横切り。辿り着いたのは大きな厨房であった。

 清掃は完璧で、用意されている食材もみな一級品。調理器具も申し分ない数と種類が取り揃えられている。

 

「作る品は任せよう。僕とえりな、それとアリスの分だけで構わない」

「分かりました」

 

 薊が出るのを見送り、若菜は改めて厨房を見渡す。

 懐かしい。数年とはいえ、そう感じてしまうほど厨房を離れていた。

 遠月では毎日のように立っていたが、今では家の中のキッチンだ。感覚を忘れていないか軽く距離感を計り、調理手順を思い浮かべる。

 果たして若菜の料理を食べた時、あの二人はどの様な反応をするだろうか。その姿を想像しながら、若菜は包丁を振るった。

 

 

 

 

 

 よく晴れた とある昼下がり。

 若菜はえりなとアリスに連れられて、庭先に設置されたテーブルに腰かけていた。

 

 若菜の仕事内容とは昼食・間食・夕食を作ることであり、その時間以外は基本的に自由時間となっている。

 その為、暇さえあれば主にアリスの誘いで共に行動することが多かった。若菜は気付いていないが、他の使用人からすればこれは驚きの光景だった。なぜならあの二人に、そして薊にもここの料理人として認められているのだから。

 長くとも数日だろうと見ていた者も多く、ある種 尊敬の眼差しを向けられていた。

 

 そして今日 若菜が頼まれたのは、二人の料理の審査員である。

 目前に置かれた二つの皿を食し、美味しいと思った方を選んでもらう。因みに若菜はどちらが作った料理なのかは知らない。しかし、そんなものは料理を食べれば一目瞭然のことだった。

 

「こっちかな」

 

 若菜から見て右の皿を選べば、えりなは当然だと頷き、アリスはまた負けたと悔しさを露にする。

 二人の勝負はこれが初めてではない。そしてアリスは、えりなに一度も勝てないでいた。

 

「何で毎回毎回えりなが勝つのよ! 不正よ不正! 賄賂を贈っているに違いないわ!」

「塩と砂糖の中身と容器を偽装した……と見せかけて、どっちも塩と塩にしたあなたに言われたくないし、不正もなにもしてないわよ。いつも右手側に置いていたから、今日は左手側に置くって言ったのもアリスじゃない」

「むー!」

 

 こうやって屋敷が騒がしくなるのも、今や珍しくない。一見喧嘩しているように見えるかもしれないが、実の所 二人は大の仲良しだった。

 だから想像してしまうのだ。この二人の間に青葉がいればいいなと。けれども、それは他ならぬ薊によって却下されてしまった。

 

『料理の才があると分からなければ、例え君の子であろうと僕のえりなに会わせるわけにはいかない。もし青葉くんが料理を振る舞ってくれる日があれば、その時はいつでも歓迎するよ。勿論、その後どうなるかは料理次第だがね』

 

 この事からも分かるが、この屋敷で働くようになってから若菜はより一層 薊が美食至上主義であると実感した。

 故に、青葉が3歳になったときに包丁をプレゼントすると決意したのだ。二人と友達になって欲しいがために。

 そうでなくとも、若菜としては青葉に料理人を目指して欲しいと思っていた。もちろん青葉の気持ちを尊重するが、断られた日には暫く立ち直れないかもしれない。

 

「――――でしょ? つまり、アリスの料理は不味いわね」

「うぅ……。若菜さん……えりながぁ……」

 

 アリスの料理を食べ、徹底的にダメな所を指摘したえりな。それに耐えかねたのか、涙目で抱きついてきたアリスを優しく抱き止め、若菜は頭を撫でてやる。

 このやり取りも恒例になってきたと思うと同時に、えりなの味覚には若菜ですら驚かされる。まだ4歳にも関わらず、更には料理の腕までプロ顔負けだ。

 薊がいつの日か言っていた『神の舌』という表現も納得できる。

 

「今度は私も厨房に立ってあげるから、同じものを一緒に作りましょうか。アリスちゃんもまだ先は長いんだから、いつか えりなちゃんをぎゃふんと言わせましょうね」

「そうよ! いつの日か見てなさい!」

「まずは美味しい料理を作ってから言いなさいよ」

 

 

 

 

 

 そんな出来事もあっという間に過ぎ、青葉が3歳の誕生日に包丁を貰い、更に一年と数ヶ月が経った頃。屋敷にはもう、あの時の騒がしさは無くなっていた。

 

 

 

 

 

 やけに重く感じる扉を内側から開けると、薄暗い部屋の中に日差しが差し込む。

 その眩しさに思わず眉をひそめながら、若菜は音を立てぬよう ゆっくりと扉を閉める。

 

「…………」

 

 長い廊下を進む足取りは重い。

 ここをこんな風に歩くのも何日目だろうか。そんな思考を巡らせていると 反対側から歩いてくる人物を見て、ふと足を止めた。

 

「えりなの様子はどうだったかな?」

 

 全身を黒い衣服で統一し、オールバックの髪の一部が白く染まった男。

 薙切薊に、軽く頭を下げる。

 

「相変わらずでしたよ」

 

 そんな曖昧な返事を薊は気にすることなく、若菜の手にある空の皿を見て満足そうに頷いた。

 

 ――たちが悪い。

 

 内心そう思いながらも、口には出さない。

 この男が娘に対し持っているのは愛情だ。それはここで働いている間に充分理解している。

 しかし、その愛情は限りなく捻じ曲がっていた。

 だからこそ、たちが悪い。

 自身の目的、そして娘を想っての行動。それを信じて疑わず、娘にあの様なことを平気でするなど。

 

「……ふぅ」

「お疲れですか? 最近屋敷を開けることが増えているようですが」

 

 ネクタイを締め直し、予定帳を確認する薊。

 普段から完璧主義な彼にしては珍しい行動だ。

 

「なに。最近話が食い違う事が多くてね。少し面倒な事になりそうなんだ。全く……。真の美食とは君のような料理人の料理だと僕は思うが、どうかね?」

「私は私の出来ることをしているだけなので、他人の評価や価値観は何とも……」

 

 苦笑いをしながら若菜は返事をする。

 

「確かに、君はそういう料理人だったね。さて、少しえりなの様子を見て、また出掛けるよ。お勤めご苦労」

「――薊さん」

 

 薊が腕時計を確認し、横を通り過ぎようとするのを呼び止める。

 

「青葉のこと、覚えていますか?」

「もちろん覚えているよ。僕とえりなに料理を振る舞う約束だろう?」

「はい。お忙しいとは思いますが、青葉も一人で料理を作れるようになったので、食べてもらいたいです」

「そうだね……」

 

 予定帳を手にした薊はペンを走らせ、

 

「最近予定が変わることも多くてね。近々海外に発つ予定なんだ。確実に空いているとすれば、その前日のこの日かな」

「……分かりました。ではその日に、青葉を連れてきますね」

「ああ。君がそれほど言う青葉くんの料理には、少し興味があってね。どんな料理を振る舞われるか、楽しみにしているよ」

 

 ――えりなの舌に合えば、是非仲良くしてやってくれ。

 そう言葉を残して、二人は再び歩き出す。

 

 青葉にはまだ話せていない。

 最初はただ純粋に、えりなやアリスと友達になって欲しいと思っていただけだったのに。

 

「……ごめんね」

 

 静まり返った廊下に、その声はやけに響いた。

 




 もう原作は読んでいませんが、異能とか能力者が出ているようですね。
 本作のオリ主も一応チート能力という設定だったので、私が思う能力に付いて書かせてもらいました。
 つまり本作の視点で言えば、幸平創真は能力を才能まで昇華しきっている。だから無能力者だと本人は思っている……みたいな感じですかね。そもそも幸平創真に能力と呼べるものが無かったら、何で主人公やれてるんだって話ですからね。料理を作るのだって言わば能力ですし。
 といっても、ネットで現在の食戟のソーマの情報を軽く見ただけなので、間違った事とか書いていたらすいません。

 では改めて。初投稿の作品で100件を超えるお気に入り、そしてお気に入りをせずとも読んでくださっている方。ありがとうございます。
 今回は一ヶ月とかからず 私の中では早めの投稿でしたが、次話はいつになるか分かりません。気長にお待ちください。
 評価や感想もお気軽に。感想に関してはいつ書かれても全て返信しますので、ご自由にお書きください。
 また次話でお会いしましょう。
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