神の幼馴染   作:〆鯖缶太郎

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 そう言えば祝日だったので書いてみました。
 いや……キリの良い所までどうせなら書きたかっただけなので……。


四皿目

 新戸緋沙子。

 その少女の家系は古くから続く漢方医であり、薙切家とは以前から親密な関係を築いていた。

 例え関係がなかったとしても、緋沙子は由緒正しい家柄の娘である。両親からは期待の眼差しを向けられ、それに答えるように謙虚に成長していった。

 

 そんな彼女がえりなと初めて出会ったのは4歳の頃。まだまだ薬膳の完成には程遠く 研鑽している最中であった。当然それは、日本屈指の料理の名家である薙切家に提供できるような物ではない。

 それにも関わらず、薙切の名を持つ一人、薙切薊の屋敷に緋沙子は訪れた。

 本来ならば両親が出向く所のはずなのにだ。

 

 薙切薊の娘である薙切えりなと同い年であり、自身の更なる飛躍の為に使用人 兼 将来はえりなの秘書として。

 初めは両親にそう説明され、少し腑に落ちないながらも納得していた。

 

 実際に屋敷を訪れ、えりなと出会うまでは。

 

 えりなと初めて出会った場所。それは蝋燭の明かりが照らすだけの暗い部屋だった。

 屋敷を案内し、その状況を見せても何も感じていないかの様に、淡々とえりなを紹介する薊。そして精神的にも身体的にも疲労しきったえりな。屑籠に棄てられた料理だったもの。

 後に薊から聞かされる仕分けという教育。いや、洗脳と言った方が正しいだろうか。

 

 そんな状況を……惨状を見て、緋沙子はなぜ自身が選ばれたのかを幼いながらに理解した。

 両親はこの現状を知っていたのだ。この許されざる行為を何らかの理由で知って、緋沙子が代わりに選ばれたのだ。こんな事が公に知れれば薊は何かしらの拘束がされるはずなのに、それもない。つまりはそういうことなのだと。

 

 それと同時に、えりなを救いたいとも思った。

 だが、緋沙子の薬膳は完成とは程遠い。今の実力では録な生薬すら提供できないだろう。ならば研鑽するしかない。

 

 ――が、肝心の両親には見捨てられたも同然の行為をされた。

 

 ここへ連れて来て、あの取り繕った笑顔で送り出した両親の顔などもう見たくない。

 薊の屋敷に出向くことが急遽決まった時、喜んでいた周囲の人達にも会いたくない。その人らもまた、この現状を知っていたのだから。知っていて、自分ではなく緋沙子が選ばれたことに喜んでいたのだから。

 

 勘違いかもしれない。純粋に喜んでくれたのかもしれない。だが本当に知らなかったとしても、緋沙子はもう信じることが出来なかった。

 しかし漢方医を学ぼうにも、今まで教わった知識や書物、独学では必ず限界が来てしまう。このままでは、えりなの役に立つなど夢のまた夢。

 やはり両親に聞くしかないだろうか。

 

 そんな思考の中、彼女は芳賀若菜と出会った。

 薊の屋敷で働く料理人。緋沙子が来る前からえりなを支えていた人で、その料理の腕は一級品。この屋敷でも数少ない常識人だ。

 だからダメ元でも、若菜に教えを乞うことにした。

 

 漢方医など、知識を持ち合わせていなければ分かるはずもない。しかし若菜は持ち前の才能と緋沙子の知識を存分に活かし、丁寧に教えていった。

 事実 それは有意義なものであり、最近ではえりなに何とか生薬を提供できる様になったほどだ。

 若菜が説得し、えりな自身が体調に気遣うようになったのも大きいだろう。

 

 

 

 それから一年が経った。

 両親と顔を合わせることも話すことも減り、若菜と共にえりなを支える日々。

 そして今日、若菜は一人の少年を連れてきた。

 若菜の息子である芳賀青葉。

 以前から青葉については聞いていた。えりなと友達になり、支えられる存在になってほしいと。嘘か誠か、その料理の腕は遠くない内に若菜を超えるだろうとも。

 そんな年端変わらぬ少年の調理を見たいと思い、緋沙子は厨房に立つ補佐役を買って出た。

 

「えりな様は普段、仕分けと称されて様々な料理人の得意料理を口にしていますが、その関係で食は肉や魚に偏り、精神もかなり疲労されています。良ければ参考にしてみてください」

 

 厨房に立ち、どの様な料理を振る舞うべきか考える青葉をみて、思わずそう口に出した。

 それと同時にやってしまったと思う。

 今の発言はあくまでも緋沙子の考えだ。漢方医を学んでいるが故に体調を気遣った料理も作れるが、青葉にも同じ真似ができる訳ではない。精々野菜をメインに使うことぐらいだろう。

 勿論野菜をメインに使うことは構わない。図らずとも体調を気遣った料理は作れるのだから。

 

 しかし野菜をメインの料理として、それは青葉の得意料理なのだろうか?

 

 緋沙子が薬膳を作れるように、青葉には青葉の料理があるはずだ。仮に青葉が肉や魚がメインの方が得意な料理だったら?

 薊は美食家だ。えりなを気遣った料理を作ろうが、不味ければ切り捨てるだろう。ならば今は、体調を気遣うより最も得意な料理を作るべきだ。

 

 故に 緋沙子は失言したと思い、訂正しようとした。

 けれどもう、青葉は調理に取り掛かっていた為、口をつぐみ その姿を見守る。

 

 

 

 青葉が調理台に並べていく各種野菜類。その量と種類がかなり多い。どうやらメインは野菜にしたようだ。

 玉ねぎ、キャベツ、白菜、トマト、大根、人参などなど。本当にあの野菜全てを使うのだろうか?

 そして取り出したのは……無水鍋。

 それを見て緋沙子は理解した。あの大量の野菜。特にキャベツや白菜、トマトや大根は水分を多く含んでいる。更に無水調理は文字通り、水を使わず素材本来の栄養を逃さず 旨味を最大限に引き出すことができる調理法。

 

「ッ……!?」

 

 青葉が包丁を持った瞬間、厨房の空気が張り詰める。

 だがそれも一瞬。張り詰めた空気は既になく、今は包まれる様な温かさで満ちていた。

 包丁を持つ青葉の右手が煌めく。

 まず行われるのは皮むき。

 

 玉ねぎは芯である両端を切り落としたと同時に、添えていた左手のみで器用にはぎ取る。

 

 大根は筋が残ると熱を通しても固く舌触りが悪くなることから厚めに、それでいて均等に最後まで千切ることなく滑らかに。

 

 逆に人参は皮の下に栄養を多く含むため薄くむく。その薄さは向こう側が透けて見えるほどだ。

 

 極めつけはトマト。トマトは皮をむかないことも多いが、綺麗にむこうとすれば何かと手間がかかりやすい。だが青葉はそんなものはお構い無しだと直に包丁を入れる。しかし形は崩れない、汁も溢れない。内包されていた水分が表面にじわりと浮かび上がり、瑞々しい光沢が出るさまは、まるでトマト自身が皮をむかれたと気付いていないかのようだった。

 

 そして、全ての野菜の皮むきが終われば次は切りに入る。

 目にも止まらぬ速さで包丁を入れられる野菜達。一見すればそれは荒々しく乱雑に切り刻まれているように思えてしまうだろう。

 だがしかし、その手元を見れば全ての野菜はそれぞれが最適な大きさに切り分けられていく繊細さ。

 

 常人では到底辿り着けないだろう見事なまでの素早い皮むき。そして荒々しくも全てを知りつくし、計算され尽くされたその大胆で見入ってしまう切り技。

 緋沙子はその現実に、マグロの解体ショーならぬ野菜の解体ショーが行われている光景を錯覚した。

 それ程までに、青葉の調理姿は見入られる魅力を秘めていた。

 

 若菜が料理の腕を超えられると言っていたのが今なら分かる。どうすれば4歳にしてあの様な包丁捌きができようか。

 そして見てみたいとも思う。青葉がこれから歩む料理道を、この眼で。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

「そろそろか」

 

 火加減を調整しながら、じっくりコトコト煮詰めた鍋の蓋を青葉は開ける。

 炒めたベーコンとコンソメの香りの後を追うように、芳醇な野菜の香りが鼻を抜けていく。

 程よく煮崩れした野菜が浸っているのは、その野菜が内包していた水分が滲み出たもの。

 お玉でかき混ぜ、しっかり煮詰まった事を確認してから火を止めた。

 

 使用人である緋沙子に食堂へ運ぶよう頼み、配膳台を用意してくれる間に食器棚からスープカップとスプーンを取り出す。

 今回青葉が作ったのは無水野菜スープ。食材から出る水分を使ったので、野菜の旨味と栄養が凝縮されていることだろう。

 

 そして、最後の仕上げだ。

 丁度オーブンから焼き上がりの合図があり、中からそれを取り出す。出てきたのは、フランスパンを千切ってカリカリに焼いたもの。

 

 

 

 準備は整った。

 食堂への扉を開けると、冷たく重い空気。そんな感覚を覚えてしまうほどに空気が違う。

 薊を見れば青葉を値踏みするかの様に観察し、その隣に座るえりなは顔を俯かせている。

 配膳台を移動させ、青葉が鍋の蓋を開けると部屋全体に野菜スープの香りが広がっていく。それでようやく気付いたのか、えりなはバッと顔を上げ、香りの元である鍋を凝視した。

 

 調理はまだ終わっていない。

 盛り付けの最後まで、青葉は自身の思いを料理へと乗せる。

 よそったスープに最後は彩りと風味をもたらすチャービルを振り撒き、先程焼き上がったばかりの千切ったフランスパン――浮き身であるクルトンと共に二人の前に置いた。

 これをスープに入れればお好みで食感の変化を楽しむことができるようになる。

 

「これを……本当にあなたが?」

 

 えりなが信じられないという表情で青葉を見る。

 期待などしていなかった。故に良い意味で裏切られたとも思わず、ただ純粋に驚く。これほどの料理を本当に青葉が作ったのかと。

 青葉の後ろに控える緋沙子は、それが事実であると頷いた。

 

「俺の必殺料理(スペシャリテ)ですから。冷めない内にどうぞ お召し上がり下さい」

 

 青葉に促され、えりなはスープをすくった。

 そして一口。

 

 スミレ色の瞳を見開き、スプーンを咥えたままえりなだけ時が止まったかの様に微動だにしない。

 その瞳はここではない、どこか遠い過去を映しているかのようだった。

 

「温かい……」

 

 美味しいではなく、温かい。

 ポツリと自然にこぼしたその言葉は、青葉の料理で何を感じ出たのであろうか。

 顔が少し明るくなり、頬を微かに染める。

 

 えりながまた料理に手を付けようとする、そんな時だった。

 ゆっくりと、確かな称賛が込められた薊の拍手が部屋の中に木霊する。

 

「見事な料理だ、青葉くん」

 

 出されたスープを食べた薊は、青葉の皿を料理だと認めた。

 その事に青葉は一先ず安心する。だが薊の言葉は、まだそれで終わりではなかった。

 

「だが、まだ足りない」

 

 まだ足りない。まだこの先があると、首を横に振る。

 

「4歳にしてこれ程の料理、僕のえりなですらまだ到達できていない高みだ。だが、君は経験が足りない。食べた瞬間分かったよ。自身の力を出しきれていない、持て余しているとね」

 

 経験が足りない。

 それを青葉は当然だと思った。

 料理人を目指し始めてまだ二年と経っていない。経験などなくて当たり前だと。

 しかし、何かが引っ掛かる。

 

「美食とは完成してから芸術となる。価値がでる。だからこう表そう。青葉くんは宝石の原石だ。これから成長し、いつか彼のように……いや、彼以上の存在になる可能性を充分に秘めている巨大な原石」

 

 薊は席を立ち上がると脱いでいた黒い帽子を目深に被り、出口へと向かう。

 

「お父様……?」

「えりなにはまだ言っていなかったね。僕は暫くここを空けるよ。海外へ年単位でね。えりな、そして青葉くん。次に会うとき、成長した君達の料理に会えることを楽しみにしているよ」

 

 薊が食堂を出ると、空気が軽くなったように感じる。

 それが合図となったのか、えりなはようやく外れた呪縛から解放されたように泣き崩れた。すかさず若菜と緋沙子が宥め、えりなは再び青葉の必殺料理を噛み締めながら食べ始める。

 

「ありがとう青葉。えりなちゃんの為に料理を作ってくれて」

「私からもお礼を言わせてください。あ、その前に自己紹介がまだでしたね。えりな様の使用人 兼 秘書となる新戸緋沙子です。以後お見知りおきを」

 

 そんな挨拶と共に、薊が屋敷を出たことやえりなについて二言三言話すと、話題は青葉の料理へと変わる。

 

「ねぇ青葉。まだまだ量もあるみたいだし、お母さんにもスープをよそってくれないかしら?」

「私も食べてみたいです」

 

 予め二人にも食べてもらうつもりだったので、スープカップを余分に持ってきてある。

 鍋から二人分のスープをよそいながら、先ほど薊に言われたことを青葉は思い出す。

 

『だが、君は経験が足りない。食べた瞬間分かったよ。自身の力を出しきれていない、持て余しているとね』

 

 少なくとも、青葉は今できる全力をこの料理には乗せたつもりだ。ならば薊が言っていたのは、潜在的な力がまだ出しきれていないということだろうか? 薊が言った経験とは何だろうか?

 

「んんっ♪ やっぱり青葉の作る料理は美味しいわ。まだ何杯もいけそう。薊さんはまだまだ先がある様に言っていたけど、お母さんは充分美味しいと思うわよ」

 

 若菜は相変わらずの反応だ。

 スープを啜った後、ほぅと息を吐き出して頬を染める。青葉の料理を口にする機会が増え、ここは他人の目もあるためかいつもより我慢しているが隠しきれていない。

 

「美味しくて、気持ちのこもった料理ですね。料理で人がこんなにも温かな気持ちにさせられるとは思いませんでした」

 

 緋沙子もスープを啜るが、その反応は若菜と比べれば薄い。

 何だろうか、この違和感。青葉は二人の反応を見比べ、再び何かが引っ掛かる。

 二人とも本気で美味しいと思ってくれているようだが、その美味しさ加減に差があるように思える。どちらも同じスープをよそっているのに……。

 

「……そう言うことか」

 

 その引っ掛かりの原因を、青葉は理解した。

 青葉が今まで誰に料理を振る舞ってきたかと聞かれれば、それは若菜だ。正確に言えば、若菜だけにしか料理を振る舞ったことがない。当然料理の評価をしてくれるのは若菜のみ。

 そして青葉は、若菜以外の料理を食べたことがない。外食すらも味わったことがなかった。

 

 確かに出しきれていない力が潜在的なものもあるだろう。だが、それだけではない。

 青葉は他人の料理を食べる経験、更には振る舞う経験があまりにも無さすぎたのだ。

 

 だから自然と若菜の味に引っ張られた。知らず知らずの内に、若菜に食べてもらう味で調理をしていた。

 火加減、食感、味付けに至るまで。その全てを若菜の好みで、意識をせずとも作っていた。

 

 味覚は人によって違う。だけれど誰もが美味しいと口を揃える料理もあれば、不味いと口を揃える料理もまたある。

 けれども、その美味しいさ加減は全員同じか?

 ――否だ。

 青葉の料理はその美味しいが若菜個人に片寄っている。つまり、大衆向けではないのだ。

 

 この事実に、若菜がいち早く気付いていれば変わっていたかもしれない。

 だが、若菜は気付かなかった。料理を唯一振る舞われている若菜だからこそ気付けなかった。

 日々の特訓で美味しさを増す青葉の料理が、若菜の舌のみを喜ばすことに特化しているなどと。

 

 それは言わば、家庭の味とも呼べるものだ。けれども料理人になるならば、それは時にマイナスの作用をもたらすこともある。

 

「成長した料理に会えることを楽しみにしている、か」

 

 薊が去った扉を見つめ、青葉は両手を固く握り 決意した。

 

 ――なってやろうじゃないか。薊の言う美食すらも凌駕する美食。それを作る料理人に!

 




 料理描写難しい……。味の感想とか色々書くとなんかグダっちゃいそうだったので、こんな感じに仕上げてみました。まぁ料理以前に全ての描写が難しいのですが……。

 ”一皿目”の最後に言っていた青葉に欠けているもの。それが今回は露になりました。
 緋沙子の過去も暗い感じになっちゃいましたね。どうしても薊が絡むとそんな設定になってしまいます。
 原作の緋沙子ってどうやってえりなと出会って打ち解けたんですかね? 割とそこが気になる今日この頃。

 前書きで書いた通り、祝日だったのとキリの良い所まで書きたかったので早めに仕上げちゃいました。多分、次こそは、本当に、投稿が、遅れると思います。なので気長にお待ちください。

 後 今まで短編で投稿していましたが連載に変えました。あんまり長く書くつもりはなかったんですが、ここまでくると連載にした方がいいかなと。正直に言えば本作の本編は残り5話もせずに終わる予定です。そこからは仮に青葉が創真達と同級生だったら? という、言わば『神の同級生』みたいな番外編を多少書きます。
 若菜が学園や原作キャラに与えた影響や絡みも書きたいですしね。もちろん、青葉と原作キャラの絡みも。
 あくまでも予定なので、取り合えず本編を失踪せず書ききることを目標に今は頑張ります。
 ではまた、いつの日か。次話で会いましょう。
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