SIS-II   作:きのこ総長

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ここからシュウパートになります。


~ 第10話 一抹の不安 ~

 ── シュウ視点 ──

 

「くっそ……」

 

 荒くなった呼吸に合わせるように、絶え間なくリズムを刻む心臓が、ボロボロになって(きし)む身体を動かそうと、大量の血液を送り出す。

 

 俺の周りには、緑色と灰色が混ざりあったかのような、ゴツゴツしい外骨格に覆われた、人間ではない何かが数10匹、いや、数100匹が取り囲んでいる。

 

 ENDSだ。

 

 

 1年前、この世界は、ENDSと呼ばれる化け物の出現により、崩壊した。

 

 そのENDSに対抗する為に人類が作ったBAV。

 

 CDAという特務機関に入れば、誰もが手に入れられる力……の、筈なのだが、何故か俺は使えない。もしかしたら、持っていないのかも。

 

 人知れず努力して、何とか卒業試験で、BAV無しの戦闘技術1位という結果を残せた。

 

 だが、それも一瞬の事だろう。

 

 聞いた話だと、BAVには活性数値(かっせいすうち)と呼ばれる、その力が上手く使えるほど高くなる数値があるのだという。

 その力を使い慣れ、どれ程細かく繊細に、又、強力に扱えるかが、数値に影響を及ぼすのだとか。

 

 卒業試験の時、BAVを投与して、それほど時間はたっていなかった。

 

 まだ力を上手く使えないときに、たまたま俺が勝っただけなんだ。

 

 俺はあの日、そう自分に言い聞かせ、今、この瞬間も努力をし続けてきた。

 

 ……だが。

 

「ほ、本当に強いんですね……ENDSが怯えて近付いて来ないだなんて……」

 

 俺の目の前にいる、髪色は紫色の、ショートボブの少女に話し掛ける。

 

 先程この少女は、ENDS5匹を瞬殺した。

 ENDS1匹で、銃火器で武装した兵士50人は相手取る事が出来るというのに、この少女は5匹を瞬殺したのだ。

 強すぎる。

 

 そういう事もあってか、2~30メートル離れた場所でENDSが俺達を様子見しているんだ。

 

 

 ところで、俺はこの少女と戦闘をしている。

 

 理由は分からないが、いきなり襲われたのだ。

 

 少女はバカみたいに強い。

 

 努力しても、絶対に敵わないものはあるんだと、再認識させられた。

 

 そして、さようなら。

 

「頑張った方だと思うけど、タイチョにお嬢様は守れない。残念」

 

 そう言って、少女は手を複雑に動かすと、黒いウネウネとした物体が出てきた。少女はイタズラに微笑むと、手を前に勢いよく突きだし、黒いウネウネとした物体を、俺に向けて射出した。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 西日本支部に移り住み1年。俺とサイハが直轄救助部隊に入隊し、そろそろ1ヶ月が過ぎようとしている。

 

 以前との生活環境が全く違うここは、まさに一つの船みたいなものだ。ここから外に出ることは叶わず、諦めて灰色の空を見上げると、視界の端には巨大な壁が映りこむ。

 

 実に良い眺めだ。

 

 この状況を何かに例えるならば、まるで鳥籠(とりかご)に捕らわれた鳥のようであろう。だが、捕らわれている鳥の中にも、外へ飛び立つ時を今か今かと待つ鳥も存在するのだ。

 

「……はぁ」

 

 まあ、その鳥が俺なんだけどね。

 

 ……冗談はさておき、今か今かと時を待てども、昨日と何も変わらないこの状況に、ただ身を任せていた。

 ふと、両手に持っている2つの爆弾おにぎりへと目を向ける。

 

「まったく、休憩時間は短いっていうのに、飯貰って来るって言ったアイツはどこ行ったんだよ」

 

 腹の減り具合が限界を感じだす中、半ば愚痴混じりに呟く。

 今、俺達2人は昼休憩だ。と言っても、スピアで働いている全員が昼休憩なのだが。

 

「はァ、悪い。遅くなった」

 

 怒りが最高に達する直前に扉が開かれ、白と黒の異色な軍装姿のサイハは、額に汗を流し、ゆっくりとした足取りでこちらへ向かってくる。

 

「それは殊勝なことですね。

 30分も私と爆弾おにぎりズを置き去りにして、爽やかな汗を流し、ゆっくり歩いてのご登場とは。

 余程あなたは、私と爆弾おにぎりズをいたぶりたいようですね」

 

 そう言ってわざと仁王立ちをして、いかにも、私怒ってるんですけどアピールをサイハにしてみせた。すると、サイハはそんな俺の気迫に押されまくったのか、若干引きぎみになる。

 

「配給所が混んだのは久しぶりだったんだよ。

 てか、何だおにぎりズ(・・・・・)て、しかもその喋り方、まさかお前は──」

 

 サイハは右手の甲を使い、左頬をなぞらせ始めた。

 

 な、なんだこの動きは……?

 新手のダンス? 

 いや、違うな。サイハは俺に何を伝えたいんだろう。指もピンッとたててるし、これじゃまるでオカm……。

 ──ハッ。

 

「そ、そんな訳ないだろ!? イガッ! ガ、イガラシさんの真似だよ」

 

 瞬時にサイハのそれを止めさせる。つい勢い余って噛みまくったが、何とか止めることに成功した。

 サイハが俺に何を伝えたいのかは分かった。だが、俺は男であり、女のような男ではないのだ。

 

「イガ、ガイガラシ? お前のオペレーターか?」

「ちがう! イガラシ(・・・・)さん!」

 

 サイハが眉をひそめる。だが、サイハの右手がまだ頬を擦っているせいか、つい右手に気をとられてしまう。眉をひそめるのもいいけど、いい加減右手は下ろして欲しいんだよなあ。

 

「……そう、イガラシさん。俺、初日に堂々と、満面の笑みでゴジュラシ(・・・・・)さんって間違えて呼んじゃって、それから毎日険悪モード全開で対応されてるよ」

「はっ、ゴジュラシはないわ。てか、貰ってきたぞ」

 

 サイハは軽く笑いながら応答し、ビニール袋に入ってあるサンドイッチをヒラヒラと見せつける。

 

 食事をする際は基本的に大食堂で食べるか、時間が無い場合は大食堂の隣にある、『配給所』と呼ばれる場所で食事を受け取り食べるか。

 この2択となっている。

 

「だよね……じゃあ食べようか」

 

 最初はホカホカだったが、手に持ち続けたがために、微妙な温度になった爆弾おにぎりのラップを引きちぎる。

 

 これが人肌の温もりというやつか。自分の肌の温もりって、寂しいな。

 

 サイハは(はず)んだ呼吸を整え、ビニール袋を折り、地面に敷く。そこへ座ると、サンドイッチが入ってある袋を真っ直ぐ破いていく。

 几帳面だな。

 

 

 ここで昼飯を食べ始めたのは、ちょうど一週間前だ。

 それまで食堂の定食メニューをたらふく頬張っていたのだが、何やらサイハが「もうここには居られないな」と、俺の服を凝視しながら言うのだ。

 訳がわからない。

 

 そんなこんなで食堂以外で食べる事になったのだが、問題となったのは場所だった。高校の時、俺達は校舎の屋上など、高い場所でよく飯を食べ、休んでいた。

 その鳥の様な本能にまたも逆らえず(俺だけかもしれない)、俺達は上を目指した。

 

 しばらく経ち、セントラルスピアの48階に、誰も使っていなかった少しオシャンティーなテラスを見つけた。

 テラスは外に面して風が心地よかった為、そこが俺達の休憩所となっていった。

 

 初めてここに来た時、サイハは外の景色が嫌だったそうだが、次第に慣れていき、今はここを気に入っている感じだ。

 若干高校生活の名残でもあるので、慣れるというよりは、これが俺達にとっては普通って感じ。

 昔と変わらない、なんの変哲もない昼休みだ。

 

「今日も朝からずっとデスクワークか?」

 

 サンドイッチを頬張りながら、サイハは口を開いた。

 

「ほんとやめてほしいよね。いつからインテリ設定なの俺って」

 

 まったく、俺の世界観もなにもあったもんじゃない。

 誰がこんな仕事ばかり回してきてるんだ。

 

 サイハは残りのサンドイッチを食べ終え、腰を上げる。

 そして手摺に腰掛け、空を見上げる。

 

「俺も結構体動かす仕事多いけどよ、助手にやらせてる所もあるぜ?」

「へえ、サイハのとこはうまくいってんだ」

「最近はな」

 

 妙に涼しげに答えてる。ほんとにうまくいってる顔だ。

 俺はおにぎりを食べ終えて、2つ目の爆弾おにぎりを開ける。

 そしてゆっくりと寝転がる。

 

「いいなあ、サイハそんなにコミュ力高かったっけ?」

「んー微妙。あいつが変に喋ってくるから、こっちも返事するみてェな感じだな」

「スメラギさん……だったっけ?」

「あァ」

 

 頭をポリポリ掻きながら答えるサイハ。

 羨ましいな。

 

 俺がサイハとスメラギさんの距離が縮まったと感じたのは、二週間ほど前だった。

 ふらふらと廊下を歩いてる時に、ふと窓の外を覗くと、サイハとスメラギさんがいがみ合いながら歩いているのを見かけた。その時に、以前の絡み方とはどこか違う。お互いの腹の中を見せあった後の様な感じがしたのだ。

 

 極めつけに、サイハの態度ががらりと豹変している。嫌いな人をとことん遠ざける性格のサイハは、最初の頃、スメラギさんと話してる姿を1日2度程見るくらいであったが、今では、もう俺と同じくらい喋っている。いや、俺とより喋ってるかも。

 

 その点、俺ときたら……。

 

「はぁ……イガラシさんはいつになったら心を開いてくれるのやら~」

(ほう)けてもしょうがねェだろよ。そろそろ昼休みも終わるし、俺は戻るぜ」

 

 サイハは両手を空に伸ばし、グッと背伸びをした。

 よっこいせとか言いながら立ち上がる。

 

「うん。……っておい!」

「いいじゃねェか、ゴミ捨て頼んだぜコミュ障くん」

 

 サイハは去り際に、自分が食べたサンドイッチのゴミを投げつけ、急ぎ足で扉の向こうへ消えていった。

 

 俺はゴミ箱じゃないんだっての。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 ゴミを捨て、慌てて執務室に戻る。

 

 扉を開けて中に入ると、イガラシさんは既に作業を始めていた。一週間前までは「遅かったですね、早く作業にとりかかってください」くらいは言ってくれたが、最近は一瞬ギロっと睨みつけ、再び自身のパソコンに目を向けるパターンが主だ。

 

 今回もそのパターンだ。

 

「ご、ごめん。ゴミ捨てに行ってた」

 

 いつも通りの謝罪をすると、イガラシさんは溜め息を1つ。

 

「それは殊勝なことですね。この部屋にもゴミ箱があるのに、ましてや別のゴミ箱へわざわざ捨てに行くとは。余程午後からの仕事を引き延ばしたい様です」

「あ、あはは……」

 

 一言も二言も多いのが、この五十嵐涼華の基本だ。

 

「それと、朝私が使ってたマグカップ。というか、私が使っている物は全て私物なので、隊長が洗わなくても結構です。お気を使わせてしまい申し訳ありません」

 

 ペコリとイガラシさんは頭を下げる。

 

「そ、そう? 俺は別に気は使ってな──」

「──まぁ、どうでもいいんですけど」

 

 ……ほんとに余計だ。

 

 五十嵐(いがらし)涼華(りょうか)。歳は俺と変わらない18。背は俺より少し低いくらいで、女性の中では高い方になると思う。青みがかった長く真っ直ぐと降りた黒髪に、その髪を少し(いろど)っている小さな黄色のヘアピン。彼女のスレンダーな体を纏う黒色のスーツは、綻びが全く見えない。

 

 完璧なプロポーションを持ち合わせている彼女だが、1つ難があるとすれば、その性格だろう。人とのコミュニケーション能力が欠如しており、ジョークなど全く通じない。高校でボケの限りを尽くした俺とは、真逆の性格といえる。

 彼女と出会った経緯(いきさつ)は、直救に入隊した初日。

 

 

 ──1ヶ月前。

 

 

 俺が直轄救助部隊に入隊した初日。

 サイハと別れた俺は、トアケ隊長に連れられ、俺専用の執務室とやらまで案内された。

 トアケ隊長は仕事がまだ残っていると言って、何処かへと消えていった。

 1人になり、腹の底から不安が襲ってくる。

 頭は決して良くなかった。むしろ悪いほう。

 職務とか俺にできるかな、何かそういうの全部やってくれる人がいいなあ。

 

 そんな甘い要望を密かに持ち、そっと扉を開く。

 

「し、失礼しま~す」

 

 中には机が2つ。一番奥とその斜め方向にもう1つ。

 そして一番奥にある机の前に、後ろを向いていて顔は見えないが、長い黒髪の女性が立っていた。

 後ろ姿からでも分かる。とても綺麗な人だ。

 

「3分前にはここにくると、十朱少佐から承っていたのですが」

「へ!? えっと、すいません。少し遅れしまって……」

 

 あの少佐ゆっくり案内しやがって。

 どうするんだよこの空気。

 

「今後、このような事はないようにしてください。

 峰山秀さん。貴方は隊長なんですから」

 

 だ、誰だこの人……。

 いきなり連れて来られたと思えば、次は説教ときたぞ。

 

 彼女は綺麗な黒髪をなびかせ、此方(こちら)を向く。

 人工の光に照らされる彼女の肌は、雪のように白く綺麗だ。銀色の眼鏡に映し出される澄んだ瞳は、紫色に輝いており、スッとした眉毛と、綺麗な顔立ち。

 

 だが、その綺麗な顔立ちも、今は不機嫌に染まっている。

 

「本日より、峰山秀隊長の補佐を務めさせて頂くことになりました」

 

 優雅(ゆうが)な足取りで歩き、胸ポケットから名刺をスッと差し出してきた。

 

『峰山秀専任サポーター 五十嵐 涼華』

 と、綺麗に(かたど)った名刺にそう記されていた。

 彼女が見事に着こなしている黒のスーツが、先程の動作と相まって、大都会を行き交う、現役バリバリのキャリアウーマンを思い立たせた。

 

「こんな綺麗な女の人がサポーターだなんて、思っても見なかったよ。

 よろしく! ゴジュラシ(・・・・・)さん!!」

 

 俺は自身の持てる爽やかさと笑顔を全面に押し出した顔で、ゴジュラシさんに手を差しのべる。

 人の名前はしっかり呼んであげないとね。

 

 すると、ゴジュラシさんはため息を1つ。極めつけに、銀色の眼鏡をクイッとあげる。

 

「よろしくお願いします。峰山隊長。

 それと、私の名前はいがらし(・・・・)りょうかです。

 話に聞いていた通り、戦闘面だけ(・・)特化した方のようですね」

「……はい、その通りです。すいません」

 

 

 そうして俺は、イガラシさんという一抹の不安を抱えながら、CDAの業務に取り移る事となる。

 

 

 ──というのが経緯。

 

 

 俺は戦場に出て、誰かを助ける事が仕事だと思っていたのだが、それはとんだ見当違いみたいだ。

 少佐や中尉。位が高い人間が戦闘で実力を発揮し、後始末と言えば聞こえが悪いが、救助した人々の居住区画決定などを取り仕切るのは、分隊長の役目だそうだ。

 

 そうして、CDAによせられる業務が、ランダムに各分隊長へ分担させられ、それぞれの毎日の仕事となっている。

 因みに、俺達を爆竹で見送った先輩方は、少佐や中尉と共に名を()せた、歴戦のメンバーらしい。

 

 仕事は、その他にも沢山ある。

 だが、新任隊長に任される通常業務。

 その業務の大半を締めるのが、居住エリアの市民から寄せられてくる、クレームの対応だった。

 

「何を突っ立っているんですか、行きますよ」

「え! ああ、ごめん。どこにいくんだったっけ?」

「駐屯隊の屯所で、これから御偉方(おえらがた)に挨拶をしに行きます」

「お、おえらがた……」

 

 イガラシさんはいつの間にか業務を終えていた。

 書類をトントンと、机の上で整えてからクリップで()め、それをクリアファイルへ綺麗に入れる。

 几帳面だな。

 

 そういえば、イガラシさんって何となくサイハに雰囲気似てるような──。

 

「──って、あれ、いない!?」

 

 考えていたら、イガラシさんは執務室を後にしていた。

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