君も大満足したくないかっ!?
「俺はTSして美少女になりたいんだ!!」
今年の誕生日で三十半ばになる男、
彼は童貞のまま、三十路を迎えた。それにより、魔法使いになった。
そして、更に五年の時が流れ、遂に彼は大魔法使いとなった。
同級生は妻と子供に囲まれ、現実の世界を堅実に踏みしめていく中、彼はふかいふかいまどうの道へと足を踏み入れていた。
彼は、TSが大好きである。
漫画でもアニメでも、それらの二次創作でも、TSした男は問答無用で魅力的な美少女になって、男女問わず惹き付ける。
醜い容姿に産まれ、そのせいか未だに女性と付き合ったことなど一度も無い彼は、TSというジャンルに救いを求めていた。
俺も、TSさえすれば…。
彼は、人間をTSさせる神の声を聞くために、ふかい闇の道へと歩いて行ったのだ。
更に、五年の時が過ぎ、彼は更にまどうのみちを進んでいった。
もはや、彼を知っていた人々の理解を超えた世界へと、手家は沈み込んでいた。
そして、遂に―――――――――彼は神の声を聞いた。
「おぬしの願いを叶えてやろう」
神のその問いに、闇の道へと窮めた男は迷うことなく、TS美少女になりたいんだと叫んだ。
神は更に問いを与えた。
「TS美少女自体を愛しているのか?
そうなって愛される自分を愛しているのか?」
手家にも意地があった。
辛い現実を逃避する手段のTSでは無く、心からTS美少女を愛しているんだと、彼は間髪入れずに叫んだ。
そして、手家が眩い光に目を閉じ、再び開くと、彼は見た。
染み一つ無いフィギュアのように白い肌。
アニメのようにキラキラした瞳。
漫画から飛び出てきたような美少女を、彼は鏡の向こうの自分に見た。
手家はサイズの合わない母の服を着込むと、喜んで家を飛び出した。
先ずは似合う服でも買わなければならない。
特別な自分に合う服なんて、見当も付かなかったが彼はそう思った。
周囲の人は見たこともない美少女に驚愕しているのか、硬直している。
試しに、近くにいた可愛らしい少年の手を掴むと、少年は緊張と興奮のあまりか気絶してしまった。
ショーウィンドウが並ぶ町並みを歩く手家。
明るい昼故に、反射は見えにくいが、ガラスの向こうにはやはり絶世の美女が写っていた。
ウィンクすれば飛ぶ鳥さえ落とし、生き馬の目さえ抜く。
誰も彼もが手家に振り返る。
昔流行ったアニメの主題歌を口ずさみながら、彼は彼の考える乙女らしい仕草をやってみた。
可愛い女の子なら可愛い仕草をすればその魅力は跳ね上がる。
美人には美人らしい振る舞いも許される。
世界とはそういうものだ。
もう、ウジ虫のようだと見下されることもない。
TSさえすれば、後は世界中が彼を中心に回り出すのだ。
迷いはなく憂いもない。
かつての自分に未練も無い。
TSこそ最強。
男が好きとか女が好きとかの前に自分が大好き。
TSした自分を彼は誰よりも愛していた。
誰にも愛されて、自分自身を愛せる。
これ程素晴らしい事なんて無いのだから。
もうスキップする事なんて、一生無いと思っていたが、今の彼にはそれが許される。
そんな自信が何処からか溢れてくる。
今までは低スペックに生まれたせいで、苦しいことだらけの人生だった。
でもそんな自分にはさよなら。
これからはありのままの自分でいよう。
それでも世界は喜んで迎えてくれる。
世界は冷たくなんか無い。世界は乾いてなんか無い。
だって、今の手家にはこんなにも輝いて見えるのだから。
もう何も恐くない。
恐いものなんて何も無い。
○月×日、手家寿々木(40)は精神病院に収監された。
文字通り日に当たることない日陰者として十余年過ごしてきた彼は、人間の限界に挑戦する醜さに達していた。
しかし、不思議なことに彼には自分が美少女に見えているらしい。
周りが何と言っても、彼は自分の真の姿を見つめることは最早決して無い。
無理に現実を認めさせようとすると発狂する可能性すらある。
実際、彼は一度不良に、「この豚キモいんだよ」と空き缶をぶつけられた後、叫びながら周囲を見回して、その後気絶しその時の記憶が無いという記録がある。
だが、そもそもだ。
彼に現実を見せる必要なんてそもそもあるのだろうか?
少なくとも彼は、鏡に映った自分の姿を愛して、心から幸せを感じているのだから…。
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