ワールドトリガー 《蒼の騎士》、軌跡の果てに   作:クラウンドッグ

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魔の手は伸びる、無窮の果てに至るため。《鋼》の力を得るために。

黒く染まる。塗りつぶされる。


されど侮るな。これなるは『七の騎神』なれば。


幕間♯1
黒の声、3人目


大規模侵攻が終結した翌日。

民間人の救助やトリオンキューブにされた隊員たちの救出がひと段落した頃、クロウはボーダーの司令室を訪れていた。

 

 

そこには不眠不休で指示を出していた忍田と、総司令官である城戸が残っていた。ノーマルトリガー最強の男といえど、不眠不休での指示は堪えるものがあったようで、忍田はわずかばかり疲労の色を見せていた。城戸はと言うと、その鉄面皮はいつもの通りで忍田ほど疲労してはいないようだった。

 

 

 

「クロウくんか。どうかしたのか?」

 

 

 

「ああ、少し話があってな」

 

 

 

言うと、クロウは手に持っていたトリガーを机の上に置いた。そのトリガーとは『七の騎神』。リィン・シュバルツァーが遺した黒トリガー……現存のボーダー隊員では起動できず、クロウのみが適合し今回の大規模侵攻においてアフトクラトルの人型近界民を複数撃破した破格だ。

 

 

 

「おれはこいつーーー『七の騎神』を返却する」

 

 

それはきっと、クロウの中では覆らない事項なのだと言葉に込められた決意から城戸と忍田は感じ取る。「何故だ?」と問うとクロウは机に置いた黒トリガーを撫でながら告げる。

 

 

 

「リィンを死に追いやった呪いーーーーそれは知ってるよな?」

 

 

今より4年ほど前の話だ。第一次近界民侵攻の後にリィンを蝕んだという呪い。若いながらに圧倒的な強さを誇ったリィンを瞬く間に衰弱させたという黒の声。

それをリィンは「呪い」と称してボーダーの連中に語っていた。

 

 

 

「このリィンの黒トリガーは、どうやらその呪いまで受け継いじまったらしくてな……今回は大丈夫だったが、もし次に起動したらおれまで呪いに侵されるかもしれない」

 

 

アフトクラトルとの戦争も終盤に差し掛かった頃、クロウは禍々しい声を聞いた。「ヨコセ」という呪言は、まさしくイシュメルガの意思なのだろう。ただの一言、霞むような声音のそれだったが、聞いただけで怖気が立った。

あんな声に精神を保てるやつは、そうはいないだろう。それこそ獅子の心がなければ瞬時に支配されてしまうような誘い。

 

 

城戸は「わかった」と言うと七の騎神は本部で保管しておくように宣言した。目を見ればわかる。クロウも必要に迫られれば容赦なく力を振るうような人種であると。例え呪いに侵されるとしても、黒トリガーの力が必要な場面に陥れば、七の騎神を使うだろう、と。

だからここは、引き下がっておこうと考えたのだ。

 

 

☆★

 

 

退室したクロウは「ふう」と息を吐き出す。

黒トリガーの返却は受け入れられるだろうと思っていたが、あのスカーフェイスは中々に表情が読めずに嫌に緊張してしまった。

さすがに飄々としたままとんでもない事を言い出す《猟兵王》や鉄と血に塗れても命を果たした仇敵には程遠いものではあるが。

 

 

なにはともあれ、これでまた一つ楔を打ち込めたわけだ。

 

刀也から聞いた話によると、城戸はどうやら『七の騎神』が本当にリィンの黒トリガーか疑っているようだ。しかし、黒トリガーがリィンの呪いまで引き継いだとなれば、七の騎神はリィンの黒トリガーであるという説が有力になってくる。

刀也が秘密裏に保持するリィンの本当の黒トリガーを隠すための仕掛けだ。

 

 

 

「悪いな、オルディーネ……」

 

 

久しぶりに会えたというのに、すぐに手放す事になってしまって。

いや、本来なら7年前に全部終わってたはずなのだ。また会えた事にはヴァリマールに感謝しないといけない。……相克の後の黒トリガー化のため、イシュメルガを内包しているのは致し方ないものではあるが。あの悪意を内包しているのいうのはとんでもないリスクだ。黒トリガーの使用を重ねて、もし身体を乗っ取られでもしたら、この三門市が火の海になる事だろう。

 

その因縁についても、いずれは決着させないといけないのかもしれないな。

 

 

 

 

「クロウくん」

 

 

司令室からクロウを追って忍田が姿を現した。わざわざ追ってきてまで声をかけるあたり、司令室では話しにくい内容なのか。

 

 

「忍田さんか。どうかしたか?」

 

 

「ああ………今回は良くやってくれた。きみのおかげで多くの者が救われたと思う」

 

 

 

「大した事じゃない、黒トリガーがあったからこその結果だ」

 

 

 

「ふ……謙虚な事だ。今回の功績できみには特級戦功が与えられる事になっている。それできみは晴れてB級隊員になれる。…夜凪と隊を組むんだろう?」

 

 

「特級戦功…確か、プラス1500点だったか。ああ、おれは刀也と隊を組むつもりだぜ。夜凪隊だ」

 

 

 

「夜凪隊か………ふ、彼が隊を組むとなると感慨深いものがあるな」

 

 

 

刀也が隊を組むのが感慨深い、という忍田の発言にわずかに目を細めたクロウ。夜凪刀也はクロウと会う前からすでにどこかの隊に所属しないフリーのA級隊員だった。

A級というのは個人ではなれず、部隊としてA級になった者だけに与えられる立場である。しかし、刀也以外にフリーのA級隊員がいないかと問われればNoである。隊に所属しないフリーのA級隊員もわずかだが存在する。その代表格となるのは迅だ。かつて玉狛第一に所属していた迅だったが、黒トリガーを手に入れてS級隊員となり、玉狛第一を離隊。先の黒トリガー争奪戦の後に黒トリガーを本部に納めた事でA級へと戻った。

フリーのA級となる手段は、まず部隊としてA級になり、その後隊を離れる事。現在においてはそのやり方でしかフリーのA級隊員になる事はできないのだ。

 

 

だが、刀也はそんなまどろっこしいやり方でA級になったわけではなかった。否、そんなやり方をする以前から彼はA級隊員であったのだ。

旧ボーダー……現在のボーダーの前身となる組織に所属していた刀也は、旧ボーダーがボーダーになった際に、“先達として後輩を導く立場”という事でA級隊員とされた。それは旧ボーダーに所属していた全員がそうで、木崎や小南、迅も最初からA級だったのだ。管理職となった忍田や城戸などはそれに含まれる事はなかったが。

 

 

こうした“最初のA級隊員”である刀也が、未だ無所属のA級隊員である事をクロウは常から不思議に思っていた。《最初の狙撃手》として名高い東は指導者の如く隊を結成しては隊員が育ったのを見届けて解散、また次の隊を結成……としていっているのに対して刀也の有様は、ある種の堕落、怠惰とも言えた。

 

しかし、実際の刀也は怠惰とは縁遠い生活を送っている。鍛錬、研鑽、修行……そういった日々を繰り返しながら、休日と定めた日には思いっきり自堕落な生活を送る…というオンオフの切り替えがはっきりし過ぎるものではあるものの……

そういった刀也の在り方は、後輩たちにとっては尊敬できるものであり、また親しみを持てるものであった。

「手っ取り早く強くなりたかったらヨナさんを頼れ」と言われるほどにボーダー内での評価を持つ。

 

 

そんな刀也だから、隊への誘いは数多い。太刀川隊、冬島隊、風間隊……A級3トップからの誘いに始まり、B級部隊まで刀也を引き入れようとする。もちろん、加古隊や二宮隊、その他すでにメンバーが揃っている隊からの誘いはない等、すべての隊から入隊を誘われているわけではないが、その実力はどこにいっても通用すると認識されていた。

 

だからこそ、刀也が隊に所属していない事はクロウにとって謎だったのだ。

 

リィンの願いを叶えるため、来るかもわからないクロウを待っていた?違う、刀也にとってクロウは“来たならば共にゼムリアに赴く”ための人物であり、その登場を人生を通して待つような人格ではない。

ならば何か?刀也の瞳の奥に恐怖が潜んでいる事をクロウは見透かしていた。それは“隊を組む”事に対しての恐怖だ。しかし、そんな恐怖に打ち克つだけの決意をリィンから託されていた刀也はクロウと隊を組む事を選んだのだ。

 

 

刀也が隊を組む事に対して恐怖を抱く理由を、この忍田は知っているのではないか?「感慨深い」と言った忍田にそれを尋ねようとして、その前に忍田からの質問が飛び出した。

 

 

「きみは入隊する時に言ったな“まずはA級を目指す”と。それはA級隊員になって遠征部隊に選抜される事を目的としたものか?」

 

 

「…ああ、そうだ。夜凪隊の目的は遠征部隊に選抜される事だ」

 

 

 

「…………では、きみたちは未知なる星ーーゼムリアを目指すつもりか」

 

 

忍田の問いから、ここに繋がる事を半ば予測していたクロウだがゼムリアという単語が出た事には些か驚く。リィンのやつはそこまで話していたのかと。

 

 

「そこまで聞いてたのか。……そうだな、おれの…いいやおれたちの目的はゼムリアに帰る事だ。それはリィンの遺志でもある」

 

 

 

「そうか……やはりそうなのだな。リィンくんには色々と助けられたし、力になってやりたいが………」

 

 

そこで忍田は佇まいを、忍田真史個人からボーダー本部長忍田のものへと変化させる。

 

 

「ボーダーの本部長として、遠征中におけるきみたちの離脱は認められない。

次回の遠征の目的はアフトクラトルに攫われたC級たちの奪還が主となるだろう。

今回の侵攻で特級戦功を得た2人がチームを組めば、次回の遠征隊に選抜される事は目に見えている。

だからこそ、そんな破格の隊員であるきみたちを手放す事はできない。平時ならまだしも遠征中という非常時ではなおさらだ」

 

忍田はこう言っているのだ。ボーダーを抜けたいのならそうすれば良い。だが遠征の最中に突然離脱する事は許さない、と。それは限りある遠征隊の戦力を減少させるし、何よりきみたちが危険だと。

 

 

「………それについては、説得するための材料を捜索中だ。いずれあんたを説得してみせるぜ。……刀也は遠征中にしれっと離脱するつもりだったみてえだがな、それを見破ったらやつがいたんなら無理ってもんだな。………だから、遠征に行くまでになんとか途中離脱が認められるように説得してみせる」

 

 

 

本部長である忍田の言葉に、クロウは真っ直ぐな決意で抗する。それは遠征中に黙って消えるつもりだった刀也の邪道とは違う、正道の決意。

きちんと説得して、笑顔で見送られる事を目的に据えた、正しい道だ。

 

しかしそれは、酷く難しい問題だ。遠征中の離脱が許されるはずもないから、刀也は黙って消えるつもりだったのだ。これを聞けば刀也は「はあ!?なにやっちゃってんのかなあ、バカなの?」と言う事だろう。しかし「説得なんて事できるわけ……いや、おまえなら……」と続けるはずだ。

クロウなら何とかしてくれるのではないか。そう思わせてくれるだけの魅力がクロウ・アームブラストにはあった。

 

 

堂々と宣言したクロウに、忍田は「ふ」と笑い、それに負けぬだけの義務感を持ってクロウと対峙する。

 

 

「いいだろう、きみたちが遠征半ばで離脱する事を許可できるだけの材料を揃えて説得しに来るといい。私も全力をもって抗弁させてもらうとしよう、きみたちのような魅力的な人物、貴重な戦力を手放すのは惜しいからな」

 

 

 

「ハッ……ぐうの音もでねえほどの完璧なロジックを用意してやらあ。待っててくれよ、忍田の旦那。おれたちはきっと、ゼムリアに帰る」

 

 

 

クロウの未来に希望を抱く瞳に、わずかな期待を寄せながら忍田は「ああ、まっている」と言い残して去っていく。

クロウも宣言した以上はどうにかしなければ、と決意を新たにして刀也の部屋に戻る。

 

 

 

 

その後「はあ!?なにやっちゃってるんのかなあ、バカなの死ぬの!?」という刀也の予想通り…否、僅かばかりだが予想以上の罵倒を受けて、正しい道を辿りゼムリアを目指す事を再度決意したのだった。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「オペレーター?」

 

 

クロウと忍田のやり取りを聞いて、正道でゼムリアに到達する事を決意した刀也は、次なる問題をクロウに提示した。

 

それはオペレーターの存在だ。隊を組むにはオペレーターが不可欠。それが自分たちには欠けているのだと刀也はクロウに説明した。

 

 

「そう、オペレーター。周囲の状況を隊員に伝えたり、色んな支援をしてくれる役割だな。隊員が4人までなのは、オペレーターの処理能力の限界が4人までとされてるからなのよね」

 

 

「へえ、だれかアテはあるのか?」

 

 

「まー、中央から誰ぞ派遣してもらうのでも良いんだけども……できるなら優秀な方がいいよね?」

 

 

「そうだな、周囲の状況の把握なんてのは戦闘においては欠かせないファクターだ。それを司るってんなら優秀なやつの方がありがたいな。現場だけじゃどうしても対応できない場面ってのはある」

 

 

ゼムリアの戦いでは、共に戦う全員が戦闘員でありオペレーターでもあった。ARCUSの戦術リンクにより連携するだけでなく、周囲の状況を確認、伝達していた。ARCUSがなければやられてた場面はいくつもある。

 

 

「うってつけのやつがいる。…誘いにのってくれるかどうかはわからんけどね」

 

 

そう言った刀也の顔には先を見越した苦労の色が落ちていた。

 

 

 

☆★

 

 

刀也に案内されて到着したのはエンジニアたちの集う部屋だ。開発室と呼ばれるここでは、日夜トリガーの改造や新トリガーの開発に明け暮れるワーカホリック共が所狭しと作業している。

 

 

「……お?ちょうどやってるみたいだな」

 

 

刀也の視線を追うと、そんなワーカホリックたちが大きなモニタに釘付けになっているのがわかり、そのモニタには2人の男女が対峙してる様が映されていた。

 

 

 

男の顔には見覚えがある気がしたクロウだったが、彼はもう少しふとましい体格だったはずだ。

 

そんな思考をしている内に2人の対決は始まった。

 

 

 

先制したのは女の方だった。瞬く間に男に肉薄すると孤月で胴体を薙ぎ払うように剣戟を繰り出す。しかし男も黙ってやられるはずもなく、孤月をレイガストで受け止めた。

 

「スラスター」

 

 

そのまま男はスラスターを起動して、退く女に浅い斬撃を刻みつけた。

 

 

トリオンが漏れる。血が噴出するようにトリオンが漏出する。

それを見たエンジニアたちは「始まるぞ」「いよいよか」とざわめき出す。

 

 

 

モニタの女が笑みを深くした。

 

 

「さあ行くよ!『リード』」

 

 

そう言った瞬間、女から漏出したトリオンが弾丸に形を変えて男に襲いかかる。

 

 

「……試作にしてはまあまあだね」

 

 

レイガストをシールドモードにして弾丸を防いだ男は、そう評価を口にする。

 

 

 

「どこ見てんだい?」

 

 

コイツの真価はこんなもんじゃないだろう、と言わんばかりに再び距離を詰めた女が孤月での連撃を叩き込む。その孤月の刃には漏出したはずのトリオンが巻きついており、ブレードの威力を向上させているように見えた。

 

 

孤月の連撃に耐えきれずレイガストのシールドが破られる。しかし男も黙ってシールドが割られるのを見ていたわけではない。

 

 

「メテオラ」

 

 

至近距離で炸裂したメテオラから身を守るべくシールドを展開した女だったが、無傷で済むわけがなくさらにトリオンが漏出する。しかし、それは彼女にとって望むべくもない展開であった。

 

 

 

自身のトリオン体から漏出するトリオンを孤月に纏わせて、その刀身を伸ばす。それはまるで旋空孤月のような遠隔斬撃を可能にして、中距離から男を滅多斬りにする。

男は再度レイガストを生成してシールドモードで耐え凌ぐが、これでは先ほどと変わらぬ展開。シールドを破られるのがオチである。

 

 

「スラスター」

 

 

故にスラスターを起動して、その推進力でもって女に接近する。近づいた瞬間にレイガストをシールドモードからブレードモードに切り替えてぶった切りを行う。

 

だが、ブレードの長さを見切った女はぶった切りを紙一重で躱すと漏出したトリオンで槍を形作り男を串刺しにした。

 

 

 

体勢を崩した男に追撃するように女は孤月を振るう。男はメテオラを起動していたが、その弾速より女の孤月が男を叩っ斬る方が早かった………はずなのだが、孤月の刀身を伸ばしていたトリオンが霧散し、リーチを失った孤月は空を切る。女が再度孤月を構える前にメテオラが着弾。女の敗北が決定した。

 

 

「いやー、やられちまったね!」

 

 

そう言ってエンジニアたちの試作トリガー実践室から姿を現したのは、先ほどの女。快活な笑みを浮かべていて、負けた事を気にしているという雰囲気を出していない。これなら気を使わずに接する事ができるというものだった。

 

 

「おっ!?」という声と同時に女はずかずかとこっちにやって来て、刀也の肩を叩いた。

 

 

「ヨナさんじゃないか!ここに顔出すなんて珍しいね。何かあったのかい?」

 

 

刀也は若干勢いに押されたのかいつものような笑いではなく、「ははは」と乾いた笑みをこぼして、

 

 

「陽子…おまえに頼みがあってな」

 

 

 

女の名前は沖田 陽子(おきたはるこ)

元はトリガー使いだったが卓越した戦術眼、戦闘技術とは裏腹にトリオン能力の低さゆえに戦闘員の道を断念した。その後はオペレーターとしての技能を一通り修めたのち、エンジニアに転向したという、ボーダーでも屈指の顔の広さを持つ女傑。

エンジニアとなった今では試作トリガーが実戦に耐えうるかのモニターをやっている。

 

 

 

「おれ、今度隊を結成するんだけど、その隊のオペレーターになってくれない?」

 

 

 

駆け引きも何もあったものではなく、直裁に頼み込んだ刀也。陽子はその性格故に回りくどいやり方を嫌う傾向にある。それを踏まえての頼み方だったが…

 

 

「悪いけど断らせてもらうよ」

 

 

そんな事は意に介さずしてお断りする陽子。陽子は、マイウェイをマイペースでモデルウォークすると言われる加古望とは違う意味で我が道を行く女であった。

 

 

「取り付く島もねー」とぼやく刀也の前に、陽子と戦っていた男が現れる。

ブツブツ言いながら考え込むように歩く様は、先ほどの勇猛さとは打って変わっており、エンジニアの性を示しているようでもある。

 

 

「あ、雷蔵」

 

 

と、刀也がその名を呼んだ。寺島雷蔵、開発室のチーフエンジニアである。

スリム体型のイケメンと言って過言ではないその姿に「はぁ!?」とクロウが大きく反応した。

 

「雷蔵って…あの寺島雷蔵か!?」

 

 

クロウが驚いたのは雷蔵の体型が記憶と乖離していたからだ。大規模侵攻時、つまり昨日はふとっちょのインドア派みたいな典型だったのだが、なんだ今のこの様は。

 

トリオン体でも食事はできるが、食べた実感…いわゆる満腹感が得られないため太りやすいのだが、それを気にせず食べ過ぎた結果がクロウの知る雷蔵の姿であり、今の雷蔵の姿はそれ以前の孤月でトップ攻撃手だった頃のトリオン体だった。

 

 

 

「ん、クロウじゃないか。ああ、ヨナさんと隊を組むのはきみなのか」

 

 

 

クロウの姿を認めた雷蔵は、クロウの疑問そっちのけで納得する。と、今度は雷蔵の発言に引っかかった陽子が視線をクロウにやった。

 

 

「へえ…見ない二枚目がいると思ったら、あんたがクロウ……クロウ・アームブラストかい」

 

 

「あ、ああ…そうだが……?」

 

 

妙な迫力でもってクロウを睨みつける陽子。その視線はクロウの肉体を精査し、目の奥の気力さえも見抜いた。

 

 

「誰にも起動する事ができなかったあの黒トリガー…七の騎神を起動できたっていうのも、まぐれじゃないみたいだね。ハッ…いい目つきじゃないさ。実践室に入りな、あんたの腕を見てやるよ!」

 

 

なにこの急展開…?とぼやきたいクロウであったが、刀也のアイコンタクトを受けて、黙って実践室に入る事とした。

実践室こと試作トリガー実践室は、訓練室と同じ仕組みでできている。トリオン無制限というルールが陽子のトリオン不足という穴を埋めて、上位攻撃手としての実力を遺憾なく発揮させる場となっていた。

 

 

 

 

 

「ほらほらほらほら!」

 

 

陽子の孤月による連続攻撃を前にクロウは守勢に回っていた。陽子にとってクロウの使うレイガストは戦い慣れた相手。レイガストの製作者である寺島雷蔵との試作トリガーを用いた模擬戦で幾度となく目にした扱い方は、まるでダンスパートナーの如く見知った相手と化していた。

 

 

 

しかし、クロウは凡百の使い手ではない。未だ完全にはトリオン体には慣れていないものの、その実力は8000点以上(マスタークラス)と同等以上だ。

 

 

そら、もう見切ったぞ。

 

そう言わんばかりの鋭い斬撃が陽子を襲う。絶え間ない攻撃の間に反撃を加える間隙を見つけたクロウの実力に、思わず陽子は頬を吊り上げた。

 

 

「いいじゃないか……久々に燃えるねえ………!」

 

 

クロウの反撃に退いた陽子だったが、それは悪手であった。

シールドモードになっていたクロウのレイガストが、本来の形に戻っていく。それは慣れ親しんだ得物、ダブルセイバーの形状だ。

 

 

 

「スラスター、オン!」

 

 

 

ダブルセイバーの形をとったレイガストをクロウは投げ放った。『ブレードスロー』…スラスターの推進力を加えたそれは、以前にも増した勢いでぐるぐると回転しながら陽子に迫る。

 

 

「とんだ曲芸だね!」

 

 

回転するレイガストの刃圏は広い。確実に避けるために陽子は跳躍する。

 

 

 

「そうくると思ってたぜ」

 

 

しかし、陽子がそんな的確な判断を下すであろうと予測したクロウの方が上手であった。

戻ってきたレイガストを掴み取ると、空中で動けない陽子に肉薄し、その刃を突き立てる。

陽子はシールドでそれを阻もうとするがクロウの攻撃力がそれを許さず、陽子のトリオン体を両断した。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

「あっはっはっは!」と大笑する陽子。また負けたというのに、まるで勝ったかのような高笑いだ。

 

 

「いやー、負けた負けた!こんな見事に負けたのは久々だよ」

 

 

「いや、あんたトリガーを2つしか使ってなかったじゃねえか。フル装備ならどうなってたかはわかんねえだろ」

 

 

「何を言うんだい。あんたが2つしか使わなかったから、あたしも2つまでしか使わないって決めてたんだよ。だってそうしないと公平じゃないだろう」

 

 

 

本当に、心からそう思ってるかのような女傑にクロウは苦笑いを浮かべる。

 

 

「おい刀也、この女…男前すぎるだろ」

 

 

同じく苦笑いの刀也は「だろ?」と同意を示す。

 

 

「面白いじゃないか。いいね、気に入った!ヨナさん、前言撤回させてもらうよ、夜凪隊……そのオペレーターはあたしがなろうじゃないか!」

 

 

新作トリガーの開発よりクロウ・アームブラストへの興味が勝ったようで、陽子は前言撤回し、夜凪隊に入ると宣言した。

 

そこに「何を騒いどる!」と開発室長である鬼怒田が姿を現した。キューブ化された隊員たちを救出し、仮眠をとっていたところにこの騒ぎだ。疲れ果てた中年でも目を覚ますと言うもの。

 

 

「ああ、鬼怒田室長。あたしは開発室から抜けるからよろしく頼むよ」

 

 

「……何だと?」

 

 

 

寝ぼけているのか言葉の意味が理解できない、否…優秀な人材を惜しむがために理解したくないのか聞き直した鬼怒田に陽子はもう一度、セリフをそのまま繰り返した。

 

鬼怒田が理由を尋ねると、夜凪隊のオペレーターになるからだと素直に答えた陽子に開発室に残る意思はないと理解した鬼怒田は陽子の転属を許可した。

 

 

 

手続きのために退室しようとする夜凪に「ちょっと待て」と声をかけた鬼怒田。

 

 

「沖田をオペレーターとして引き抜くという事は、今回のランク戦は本気で行くつもりか?わかっているだろうが、クロウ・アームブラストを隊員として部隊を結成するならB級スタートになるが」

 

 

「わかってます。……最下位から上位に登り詰めるなんてカッコよくないです?」

 

 

 

「そういう問題じゃないわい!」

 

 

キラン、とばかりに変な格好の付け方をした刀也に鬼怒田が青筋を立てながらツッコミを入れる。

 

 

「貴様の特注トリガー…B級ランク戦では使用禁止だからな」

 

 

「ええ!?」

 

 

鬼怒田の言った刀也の特注トリガーとは八葉一刀流の剣技を模したトリガーの事である。これらのトリガーはA級の特権を駆使して作成してもらい、使用していたもの。

B級になるならばそれらの特権で作られたトリガーは使用不能になるのが当然の帰結と言えた。

 

 

「ええ!?じゃないわい。当然じゃろう、貴様はB級になるのだからな」

 

 

もちろん刀也とて気づかなかった落とし穴ではないが、気づかないフリしてしれっといけないかな、と考えていた。自分でも考えが甘いとは思っていたが。

 

 

「ぶーぶー……はぁ、わかりましたよ。ぶーたれてもどうせ聞いてくれないんでしょ……」

 

 

 

「なにをぶーたれる必要がある。聞いておるぞ、貴様はあの剣術にこだわらん方が……」

 

 

「鬼怒田さん」と名を呼ぶ事で刀也は鬼怒田の言葉を制した。その先は言って欲しくないのだと、哀しげな目が訴えていた。

 

そこでパッと表情を変えた刀也がいやらしくニヤリと笑う。

 

 

「やつは大変なものを盗んで行きました……」

 

 

神妙な顔をして、そしてすぐにニヤついた。

 

 

「あなたの部下でーす!」

 

 

そして陽子の肩を抱こうとしてぶん殴られる。

 

 

 

そんなこんながあって、夜凪隊はオペレーターをゲットしましたとさ。




「やつは大変なものを盗んでいきました。あなたの心です」的なのをやろうとして失敗した刀也。これで陽子が頬を赤らめでもしたら完璧にエロ漫画ルート突入でしたね、危ない危ない。


ちなみに陽子が雷蔵とも模擬戦で使っていた新作トリガー『リード』は当作の創作トリガーです。
漏出したトリオンを何とかして使えないか、というのを模索した結果できたのが『リード』という設定です。大規模侵攻で得たトリオン受容体のデータを用いて以前からの妄想を何とか形にした結果ですね。大規模侵攻から一晩(トリオンキューブから隊員を救出してヘトヘトのはずなのにトリガー角に釣られて徹夜)で研究した変態たちの成果です。
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