ワールドトリガー 《蒼の騎士》、軌跡の果てに   作:クラウンドッグ

29 / 65
実力派エリートの優雅な暗躍。三門市を散歩して、それで給料を貰っているそうです。


《C》

「数多の現実や困難を前にただ立ち竦むのではなく、ある一つの想いを抱いて明日は続く道を歩んでいくーーーーそれを『夢』というのよ」

 

 

いつかの夢。煌く思い出。幸せな記憶。

 

 

ありえない事を成し遂げようとする彼らの心情を嬉しく感じた。

 

 

でもそれはーーーその『夢』は叶う事はなかった。

 

 

 

 

そこまで回想した所で、クロウはこれが悪夢の中である事を理解した。

なぜならこれは、自分が死んで終わる物語。決してハッピーエンドに成り得ない御伽話。

そして、どうしてこんな悪夢を見ているのか。クロウは記憶を呼び起こす。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

クロウの最近の趣味はもっぱらランク戦だ。チームランク戦もそうだが、主にやっているのは個人のランク戦。ボーダーに入隊した当初はゼムリアでやったようなカードゲームに手を出してみたものの、ルールが複雑に過ぎたりカードの種類が膨大だったりで断念した。一緒にプレイする人がいなかったのもゲームを辞めた一因である。

 

 

ゼムリアにおいて“戦闘”とは命を危険に晒す行為であった。強敵が相手だろうと、弱敵が相手だろうと大なり小なり生命の危険はあった。事実クロウは紅蓮の魔神と敵対し、仲間の路を切り拓く形で命を落としている。

 

しかし、この世界において戦闘で生命の危機が訪れるのはごく稀だ。それこそ緊急脱出機能のない黒トリガーのトリオン体を破壊されれば、その場に生身が放り出されて命を落とす可能性が出てくる。

だが、ランク戦などの隊員同士の模擬戦や普段の戦闘においては生身が傷を負う事はない。

 

それもトリオン体という生身の代替品で戦闘を行い、敗北した場合でも緊急脱出機能が働いて生身はボーダー本部に転送されるからだ。

ボーダー本部に攻め込まれるのが弱点ではあるが、そんな事はまずないし、ボーダー本部には常に隊員がいて防衛も十分と言える。

 

だから隊員たちは安心して戦えるのだ。“命の危機がない”というだけで怪我を恐れず戦える事はトリオン体のーーー否、ボーダー最大の長所である。

しかしそれ故に。気軽に戦えるという事実があるために隊員たちの意識の低さが散見される。

《界境防衛機関ボーダー》とは、異世界からの侵略を防ぐ唯一の砦だ。隊員たちはそれを自覚しているのだろうか。自分たちが倒れれば、この世界は異世界から侵略されてしまうという事を。

具体的に言えばクラブ活動感覚でボーダーに所属している輩が多過ぎる。世界の守護者である自覚を持たず近界民と戦う若者たちが。

 

しかし、それも悪い事ばかりではない。そんな気軽に正義のヒーローごっこができるからこそボーダーには若者が集うのだ。異世界からの侵略を防ぐ盾が。

 

 

 

ランク戦とは良く出来たシステムだ。これによってボーダーの隊員たちの才能は開花を早めている。何度も何度も戦闘を重ねて経験を積みあげる。ポイントを奪い合うのだから真剣にもなる。

 

 

 

クロウもそんな経験を積み重ねている途中であった。

 

 

本日の個人ランク戦の相手は風間と村上。太刀川は先日死にそうな顔で「処刑パーティーに呼ばれてしまった」と言っており欠席。迅は何やら三門市を散歩しているそうだ。

風間や村上と数十回とランク戦をした所で昼になった。個人ランク戦のロビーも人がまばらになっていたが、クロウは未だわずかにあるトリオン体と生身の差異を確認するために風間と村上を見送った後、再びブースに入った。

 

 

その後30分ほどランク戦をして、迎えに来た刀也と共にブースを出て昼食を摂るべく食堂への通路を進んでいると、廊下を曲がった先から長身の美女が現れた。

クロウのかつての相方であるヴィータ・クロチルダと比肩する美貌。年若いせいか身体のメリハリと色気はいささか落ちるものの、それでも十二分に美女と呼んで然るべき女であった。

 

彼女の姿を視認した瞬間、刀也の目が細められたのをクロウは見逃さなかった。

 

美女とすれ違う直前「あら、ヨナさんに…クロウくんだったわよね」と呼び止められる。

 

 

「私、A級加古隊の加古望。よろしくね」

 

 

差し出された手をクロウは「よろしくな」と握り返す。そこで、いつもなら「おすおす、なにしてんだ?」と気軽に隊員に話しかける刀也が黙っている事を疑問に思い、横目で見やるが刀也は片目を瞑ったまま動かない。

刀也をヨナさんと愛称で呼ぶ相手にはそれなりに気軽に話しかけるのが夜凪刀也という人物だったはずだが、この加古は例外のようだった。

 

 

「突然だけど、あなた……うちの部隊に入らない?」

 

 

「おい、隊長がいる前でその隊の奴を気軽に引き抜こうとするなよ」

 

 

そこでようやく刀也が口を開く。先程の雰囲気とはうってかわっていつもの気軽さが顔を覗かせる、ため息めいたツッコミだ。

 

 

「あら、別にいいじゃない。“大事なのは本人の意志”でしょ、先生?」

 

 

加古の一言で、かつて刀也と加古が師弟関係にあった事を察する。加古は刀也から視線をクロウに戻す。

 

 

「うちの隊員は全員、頭文字《K》で揃えてるの。あなたもどうかしら?」

 

 

「悪いが断らせてもらうぜ。美女からの誘いを蹴るのは流儀じゃねえんだけどな」

 

 

クロウは加古の誘いを断る。そもそもクロウが夜凪隊に所属しているのはゼムリアに戻るという特殊な目的のためだ。加古隊にいてはその目的が達せられる事はないだろう。

 

 

「そう言うと思ったわ」

 

 

軽々しく誘いを断られた加古はしかし、当然のようにクロウの答えを予想していたようだった。軽妙なやりとりに刀也は嘆息した。

 

 

「それに、おれの頭文字は《K》じゃなくて《C》だしな」

 

 

そして加古の誤解を正しておく。クロウの頭文字は《C》であると。

 

 

「なん……ですって……!?」

 

 

大仰に驚いて見せる加古に刀也は嘆息を深めて、

 

「CROWでクロウだぞ。KUROUじゃないぞ。カコ、お前大学行ってるくせにさてはバカだな?」

 

 

文字通り刀也にバカにされた加古は少しだけむくれたものの、すぐに表情を元に戻して「お昼はまだかしら?」と聞いてきた。

それに「今から食堂に行こうとしていた」と答えると、

 

 

「なら、今からうちの隊室に来ない?炒飯をご馳走してあげるわ」

 

 

思いっきり眉根を寄せた刀也を見たクロウの疑問が氷解するのは、加古隊の隊室にて太刀川を発見した時であった。その瞬間、太刀川が“処刑パーティー”と呼称したのが加古のオリジナル炒飯祭りである事を理解したのであった。

 

 

☆★

 

 

 

ゼムリアでは様々なものを食べた自信があったクロウだったが、配膳されたものを見て、それが過去の料理すべてを超越したナニカである事を一瞬で見抜いた。

絶品には程遠く、普通の料理とも違う。珍妙料理とは似て非なる加古の炒飯。たまに調理に失敗した時にできるものに類似する品である事は辛うじてわかった。食べると状態異常となるアレだ。

 

それを口に含んで嚥下した瞬間、悪夢状態に陥ったのだーーーーと、クロウは回想を終えた。

 

自己が悪夢を見ていると自覚したからか、クロウの意識は急速に浮上を始める。五感が徐々に戻ってくる。

 

周囲の音が、会話が聞こえてきた。

 

 

 

「何か、あるのか?」

 

 

「別にないけど」

 

 

刀也は聞くが、加古はすぐに否定する。「そうか」と短く返事をした刀也に「でも、そうね…」と加古は会話を続ける姿勢を見せる。

 

 

「もし、よりを戻そう…って言ったらどうする?」

 

 

「正気かどうか聞く」

 

 

「狂気の沙汰だと思うわ。だって夜凪さん…どこかに行くつもりでしょ?」

 

 

「加古……」

 

 

太刀川もクロウも、ついでに連れてこられた堤もダウンしており隊室では擬似的に2人きりという状況ができていた。そのせいか、2人の互いの呼び方は先程クロウと廊下で会った時と変化していた。

 

 

「私のカンは鋭いのよ」

 

 

懐かしむように、愛おしむように。笑うように刀也のセリフをトレースした加古に、やはり刀也も笑んで「勝てないな」とこぼす。

 

 

 

「でも、それが恋ってものでしょ?それに最近の夜凪さん、格好良くなってきてるし。この前のランク戦で二宮くんを倒した手際にはシビれちゃったわ」

 

 

 

「………」

 

 

加古の言葉に大袈裟にため息をついた刀也。狂気の沙汰こそが恋。恋は盲目。それをわかっている乙女の決意が如何程か。

 

 

「……それで、過去は吹っ切れたのかしら?」

 

 

加古の目から見て、出会った当初の刀也と今の刀也とではまるでイメージが違う。加古が入隊した時期の刀也は近寄り難い雰囲気があった。それから3年の月日で雰囲気は柔らかくなり“ヨナさん”になったわけだが、今の夜凪刀也はそれとも違う。

今の刀也はまるで雌伏の時を終えた鳥が飛び立つが如く。

加古が「格好良い」と言ったのはそこだ。だがそんな評価は受け入れられないと言うように情けない雰囲気で「いや」と刀也は答えた。

 

いつになく重苦しい答え方に加古も短く「そう」と返すのみ。

 

ボーダー古株の隊員では知れている噂がある。あくまで噂なのだが、それが刀也が近寄り難い雰囲気であったとされる理由だと加古は目している。

ここで加古は“踏み込んでみようかしら”と思考する。自分は恋する乙女を自称しているのだ。愛する人が過去に何を抱えているのか知りたいのが当然だと自分に言い聞かせる。

 

 

「ねえ、そろそろ教えてくれないかしら……4年前の件について」

 

 

加古が切り出すと刀也の纏う雰囲気がさらに一段重苦しくなる。ゆっくりと加古に視線を向けると、

 

 

「東さんには聞いてないんだったな」

 

 

と1人で納得する。それからしばらく唸った後、「やっぱり話せない」と結論した。しかし加古は納得できず、責めるように問いかけた。

 

 

「あの噂は本当なの?過去を吹っ切ったから部隊を立ち上げたんじゃないの?」

 

 

「過去は背負うものだよ。ずっと引きずって、それで雁字搦めになったまま……でも、そうだな…クロウが来てくれたのが契機になった。いや……クロウが来たら立ち上がるという事を決めていたから、おれは立ち上がる事ができた」

 

 

刀也の言葉を聞いて加古はクロウを見る。“クロウが来たら立ち上がると決めていた”とはどういう事だろうか?言葉のニュアンスから深い事情がある事を読み取った加古だが、その真相まではわからず、刀也もまた語らない。

 

 

「……こうなった以上は過去に囚われている場合じゃないのかもな。…だけど、すまん。まだ話す気にはなれない」

 

 

加古が問い詰めた事により刀也の黙秘するという決意はかなり軟化していた。いつか話してくれるだろう事を期待して加古は「わかったわ」と一応のところ納得する。

 

 

会話が途切れた所で刀也はさっと立ち上がって加古隊室を出ようとする。ドアの前で立ち止まると半身だけ振り返って、

 

 

「炒飯、美味かった」

 

 

言い逃げるようにしてドアを潜ろうとした刀也に加古が声をかける。

 

 

「また、いつでも食べに来てちょうだい」

 

 

「……っ」

 

 

答えようとした刀也だったが、何か言ってしまってはそれがこの場に留まる理由になってしまう事を悟り、右手を挙げて応えるだけにしたのだった。

 

 

 

刀也が隊室から出て行ってすぐ、むくりとクロウが体を起こした。太刀川や堤はまだ死んだままだ。

 

 

「おはよう」とそんなクロウに加古は柔和な笑みを向ける。クロウが「驚かないんだな?」と聞くと、加古は「だって」と続ける。

 

 

「さっき、あなたを見た時に起きてそうだと思ったから」

 

 

タイミングは刀也がクロウの名前を出した時だった。その際に加古は視線をやったクロウが起きていそうだと思ったのだ。

 

加古の観察眼に嘆息したクロウは、刀也と加古の会話で気になった事を聞いてみる事にした。

 

 

「“あの噂”ってのは何なんだ?」

 

 

「あら、知らないのね。クロウくんは鋭そうだから、てっきりもう知ってるかと思ってたけど」

 

 

「刀也が抱えてる問題は、刀也自身が解決すべきだと思ってたからな…今までは積極的に知ろうとはしなかった。だが今は仲間としてあいつを支えてやりたいと思ってる。教えてくれないか」

 

 

 

クロウの答えに「なるほどね」と言った加古は「あんまり言いふらしちゃダメよ」と念を押して、言う。

 

 

 

「あの噂っていうのはね…、“第0次近界遠征”の事よ」

 

 

 

☆★

 

 

“第0次近界遠征”……それが何なのかはわからなかった。加古も詳細は知らないのだ。

しかし、噂に曰くそれは4年前の出来事で、その遠征には夜凪刀也も随行していたのだと。

 

 

「どうにも深い事情がありそうだな……」

 

 

加古隊室を出て廊下を歩きながらクロウはひとりごちる。自分は今の夜凪刀也しか知らない。自分が玄界に来る以前の、ましてや4年前の刀也など知るはずもない。しかし、だからと言って知らないままでいいわけはない。

刀也とは“ゼムリアに戻る”という共通の目的を持つ仲間にして、亡き悪友の弟子でもある。面倒を見るというわけではないが、何か重い荷物を抱えているのなら、それを分けて欲しいのだ。例え実際に何かできるわけではないとしても、支えてやりたいと思うほどには刀也を友人だと思っている。

 

 

甘ったれの悪友の弟子は、師匠とは違って1人で抱え込みたいタイプのようだ。

 

 

「これも因果ってやつか…」

 

 

刀也は《C》だった頃の自分に似ている。表では愛想の良い顔(ヨナさん)をしていて、裏では目的のために手段を選ばず邁進する。

 

願わくば表の顔のすべてをフェイクと断じない事を。その最期まで似る事のないように。

 

最期…そう、《 C (クロウ)》は死んだのだ。そして不死者として甦った。

 

 

悪夢を見たせいで死んだ時の光景を思い出し、クロウの思考は転じる。

 

 

不死者として甦ったのだ。すべては《蒼の騎神》の起動者として《七ノ相克》を果たすために。

 

《相克》を果たすまでの限定的な命…ボーナスステージと呼んだこれは、いったい何故いまも続いている?

 

 

答えは1つしかない。

 

 

 

 

 

 

 

《相克》が、まだ終わっていないからだ。




加古さんがヒロインをしているだと…!?初期構想にはあったけど加古さんの入隊時期を考えて無理だと思ったけど、良く考えたら普通に矛盾なく行けるルートだったためヒロインに返り咲いた加古望さんでした。ヒロインと言ってもたぶんクロウとヴィータのような関係ですかね、たぶん。

それと第0次近界遠征ですが、捏造設定です。もしかしたら原作でもあるかもしれんけど!まだそんな設定なかったよね?ね?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。