ワールドトリガー 《蒼の騎士》、軌跡の果てに   作:クラウンドッグ

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みんな大好き頼れる実力派エリート。未来が視えるという彼はたいへん便利です。


差し出す物は

ピクリ、と雰囲気が変わったのを感じ取る。

 

それは穏やかで、苛烈で、流麗で、荒々しくて…どこまでも人間の矛盾というものを孕んだ気配。

 

ふと、あり得ざるものを幻視した。

 

我が悪友よ。きっとおまえは、こいつの中で生きているんだな。

 

 

でもこいつは、おまえとはまるっきり違う道を行こうとしている。

 

これまで形に拘ってきた小癪な男が、自らの殻を破り大空に羽ばたこうとしている。

 

 

おれはどうすればいいんだろうな。未だ自分の立ち位置を図りかねている。

 

おれにとって刀也は何なんだろう。肩を並べて戦う仲間か、導くべき後輩か、悪友の忘れ形見…ってのは少し違うか。

 

 

おれはどうすればいいんだよ…なぁ、リィン……

 

 

 

☆★

 

 

 

「甘ったれんじゃねぇって話だな」

 

 

思考の海から浮上して、眼前の相手を見やる。この模擬戦の相手こそは先日のランク戦にて1つの壁を乗り越えた我ら夜凪隊の隊長、夜凪刀也だ。

 

 

5本先取の模擬戦で、今は互いに4本ずつ勝ち星を挙げている。すでにトリオン体での感覚を掴んだクロウは実力で刀也を上回っていたが、刀也もストレート負けは遠慮したいのか、二宮を撃破したような初見殺しでもって互角まで持ち込んでいた。

 

 

しかし今はどうだ、この最終戦は。リィンの姿を幻視するほどの剣気を纏っているではないか。事ここに至り、勝利に拘るのでなく技にてクロウと勝負しようとしている。

 

 

 

刀也は孤月を構えたままグラスホッパーを連踏みして加速する。相手との距離を一瞬で詰め、すれ違い様に鋭い斬撃を繰り出す剣技の模倣。

 

 

「偽疾風」

 

 

そのスピードはクロウでさえカウンターを撃つ事はできず、回避に専念する。グラスホッパーで空中に逃げ、スラスターを起動してレイガストを投げ放つブレードスロー。

刀也はそれを半身になって避ける。その構えは居合いのものであり、先のランク戦で生駒を降した旋空の間合い。

 

 

「旋空残月」

 

 

0.2秒の斬撃はしかし、リィンの残月を知っているクロウからすれば避けるに容易いもので、先程と同じようにグラスホッパーで斬線から逃れる。

 

空中のクロウを狙い撃とうと刀也はアステロイドを起動しようとするが、クロウが二丁拳銃に持ち替える方が速い。射線から逃れるようにして刀也は建物の陰に転がり込む。

 

クロウは再びレイガストに切り替えるとスラスターで加速しながら刀也に強襲を敢行する。直上…死角であるはずのそこにはきっちりと罠が用意してあった。

アステロイドの低速散弾がバチバチと弾け、刀也にクロウの襲撃を報せる。スピードに乗ったクロウのスラスターぶった斬りを、刀也は何とか受け流し、グラスホッパーの跳び板をクロウに押し付けることによって距離を取った。

 

 

吹き飛ばされたクロウが視線を上げると、刀也は見たこともない構えをしている。

 

 

「穿空孤月」

 

 

それは旋空孤月による刺突。旋空というオプショントリガーは存外扱いが難しく、斬撃という線の攻撃である以上は味方との連携もシビアになる。穿空孤月はそんな線の攻撃を点の攻撃に変化させたものだ。今まで練習してきた刀也だったが、今やっと実用的な段階に入った。

 

 

クロウもこれが旋空孤月による刺突だと気づくが回避が遅れて右腕を根本から刈り取られてしまった。

 

しかし刀也もこれで決めるつもりだったのか、突きを放った姿勢は完全に死に体。好機と見込んだクロウはハウンドを撃ち散らしながら刀也に肉薄、レイガストに持ち替えてさらに距離を詰める。

刀也はグラスホッパーを踏んで後方に逃げるが、クロウはグラスホッパーとスラスターを起動して超加速、刀也の眼前に迫る。空中である以上、受け流す事はできず、刀也は打ち飛ばされ、そこにクロウが撃っておいたハウンドが到達。刀也は穴だらけにされるのであった。

 

 

☆★

 

 

「じゃあおれは行くけど、クロウも来る?」

 

 

模擬戦が終わり、一息ついた刀也はそのまま作戦室に向かうようだ。

 

 

通達はすでに来ていた。近日中にあると思われる近界民の侵攻。それへの対策会議だ。刀也は超直感を当てにされて招集がかかっているわけだが、クロウは違う。確かにクロウは先の大規模侵攻やランク戦で好戦績を納めている。しかしそれは匹夫の勇としか評価されていないのだ。

ゼムリア大陸において他の国からの侵略はなかった。それどころかトリガーの概念すらなかった。クロウの知る侵攻はあくまでゼムリアの戦争に沿ったもの…トリガーを扱うボーダーや近界の戦争とはわけが違う。

 

しかし、だからと言って役立たず認定されているのも癪なのでクロウは刀也について行く事にした。

 

 

 

 

 

作戦室への道すがら、刀也はクロウに尋ねる。

 

 

「そういや、トリオン体での戦闘には慣れたか?」

 

 

「ああ、もうバッチリだ。感覚のズレも矯正したしな。ここからおれの真の実力ってやつを見せてやるよ」

 

 

「頼もしいな」と笑った刀也は、ふと穏やかな表情を浮かべて、

 

 

「おまえが来てくれて良かったよ、クロウ」

 

 

「ありがとう」と言葉を続ける。突然の感謝にクロウは肩をすくめて「おいおい、いきなりどうした?」と聞く。

 

すると刀也は“クロウがゼムリア大陸での戦闘スタイルでランク戦をやっているのを見て、トリガーで八葉一刀流の剣技を模するという着想を得た”と言う。

先程の模擬戦で見せた“偽疾風”や“旋空残月”がそうだ。

 

 

「おまえが来なきゃおれは、まだたぶんあの部屋で一人…剣を振ってああじゃない、こうじゃないと自己満足してただけだったろうしな。おまえが来て、リィンさんを知っているクロウ・アームブラストがいてくれたから、おれは今のまま…甘えたままじゃいけないって奮起できた」

 

 

ボーダーの者たちにとって八葉一刀流は“夜凪刀也の扱う剣術”でしかなかったが、本物ーーー八葉の《剣聖》であるリィンの剣技を知るクロウが来た事で刀也の八葉一刀流はリィンの劣化版である事がわかってしまう。

もちろんクロウがそれを吹聴する事はないが、刀也が自身の堕落に目を向けるきっかけになったのだ。

 

刀也の目標はリィン・シュバルツァーと肩を並べて共に戦うこと。今はもう叶う事のない夢だけど、それでも刀也は夢に見る。

そんな漠然とした夢が、クロウが来た事で明確に形を結び始めた。リィンと共に戦っていたクロウに認められれば、それはリィンと共に戦えるという証明になるからだ。

それまでトリガーで再現していた八葉一刀流…リィンの剣技の劣化コピーでしかないそれらを使うのが急に恥ずかしくなった。そのカタチに甘えているように感じられたからだ。“自分は八葉一刀流の剣士である”というポーズ。要するに虚飾だ。

 

 

だが刀也は先日のROUND4で自己の虚飾を粉砕し、自らの殻を破り、自分だけの八葉の剣技を生み出した。

その結果、刀也は真の意味で“自分を八葉一刀流の剣士である”と認識できるようになったのだ。

 

そうしたすべてのきっかけであるクロウに感謝を告げる。

こんな事、普段は恥ずかしくて言えないけど何気ない会話のようにすればそれも幾分かは緩和される。

 

 

クロウもまた穏やかに微笑み「そうかよ、そりゃ良かったな」とあえて他人事のように感謝を受け取った。

 

 

2人の会話が心地良く終わりを迎える頃、作戦室の扉の前に到着した。

 

 

☆★

 

 

今回招集がかかっているのは、いつもと変わらぬ上層部の連中とA級部隊の隊長に加えて東、迅という面子だった。ただし県外にスカウトに出ているA級部隊の隊長は除かれる。

 

最後に迅と風間が現れて会議が始まりを目前に迎えた時、刀也がすっと手を挙げた。

 

 

「少しよろしいですか」

 

 

「なんだ」と聞く城戸にはわずかに警戒の色がある。先の大規模侵攻前の会議でも刀也は“迅に風刃を持たせるべきだ”と爆弾を投下した。

今回は何事だ、とばかりに周囲は静かに色めき立つ。

 

 

「今回の議題には無関係な事で恐縮ですが、提案したい事がございまして」

 

 

刀也がビジネスマンらしい礼儀正しさと気楽さを兼ねた声音でそう言うと、何人かは咎めるような視線を送ったが直接的な批判や反論はなく、発言を許可されたものと受け取る。鬼怒田の名前を呼ぶと「うむ」という返事と共に手元のコントロールパネルを操作し、中央の立体スクリーンに画像が表示された。

 

 

「えー、まずは私の方から説明させていただきます」

 

 

鬼怒田はコントロールパネルから手を離すと起立して声を張る。

 

「実は先日、夜凪隊の方から提案がありました」と前置きをしてから鬼怒田は説明を始めた。

 

 

それはアフトクラトルの人型近界民エネドラの死体…トリオン受容体からサルベージされた記憶データをトリオン兵に搭載し運用してはどうか?というもの。

 

 

「馬鹿な!?ありえない…!」

 

 

ダン、と机を叩いて立ち上がったのは三輪だった。三輪隊の隊長である三輪秀次は4年前の第一次大規模侵攻の時に姉を失っている。“近界民憎し”の感情でA級部隊の隊長にまで登り詰めた城戸派の急先鋒だ。

 

怒りの眼は鬼怒田以上に刀也に向けられていた。

夜凪刀也…旧ボーダー時代から組織に所属する古株。ついこの前までへらへらと腑抜けた表情でボーダー本部内を徘徊していたくせに、近頃はやけに気合いの満ちた目をしている。

こいつも迅と同じで間に合わなかったくせに。姉さんを助けてくれなかったくせに……

 

と、まるで聞こえてくるようで。

 

 

「アンタは近界民の怖さを知らないからそんな事が言えるんだ!親しい人を奪われた事がないから……!」

 

 

実際に、そんな悲痛な叫びを向けられる。

作戦室の面々もまた三輪の言葉に思い返す事があるのか、目を伏せる。

 

「失った事ならある」といち早く顔を上げた刀也は三輪を真っ直ぐに見据えて言う。

 

 

「失った事はある。自分の判断ミスで、同じ釜のメシを食ったやつらを死なせてしまった。自分の力不足で、一生ついていくと心に決めた人が死んでしまった。おれだって、失った事はあるんだよ…三輪」

 

 

悲しそうに、しかしはっきりと口にした刀也に三輪は少しだけたじろいでしまう。刀也から視線を逸らし、それでようやく気づく。城戸や忍田が厳しい視線で刀也を射抜いている事を。

 

 

「失礼。機密でしたね」

 

 

刀也も城戸らの視線に気づき、しれっと謝罪する。機密というワードを使うあたりがまたいやらしいが、そこに触れる者はいなかった。

 

ごほん、と咳払いをすると鬼怒田は「では続けます」と説明を再開する。

 

 

まずメリットとして挙げられるのは“戦力の増強”だ。

鬼怒田はエネドラの記憶データを搭載した人型トリオン兵と平均的なB級隊員の戦闘シミュレーションの記録を開示する。エネドラの勝率は7割を上回っている。

 

 

「しかもこれはまだ、こちらのトリガーについて説明したがばかりのもの。これから経験をつませ、記憶データを更新し続ければさらなる飛躍が望めるでしょう」

 

 

「加えて言えば、このトリオン兵を複数体運用し、そのすべての経験をフィードバックすれば短期間で飛躍的な成長ができる」

 

 

鬼怒田に続いてクロウまでが利点について喋り始めた。

 

 

「例えば1体には攻撃手として学習させ、次の1体には銃手の、次の1体には狙撃手の…と学習させれば、すぐにでも完璧万能手の完成だ」

 

 

「そんなに上手くいく話か?」

 

 

鬼怒田やクロウの熱弁とは裏腹に冷静そのものの態度で疑問を呈したのは東。それには冷静な東と同じ温度で刀也が答える。

 

 

「それは実際にやってみないとわからないと思いますが…エネドラの戦闘シミュレーションの仮想敵であるB級の平均といえば6000点前後になるでしょう。それに対して勝率7割は普通に強い。今のまま運用を開始したとしても、防衛任務は楽にこなせるでしょう」

 

 

「なるほど」と理解を示した東は一旦引き下がってみせる。誰が見ても未だ質問があるのは明らかだったが遮ることを遠慮し、質問は最後にまとめるつもりのようだ。

 

 

「2点目のメリットですが“コスト削減”です」

 

 

ひとまず“戦力の増強”についてはこれでよかろう、と鬼怒田は2つ目のメリットについての説明を始める。

 

 

1つ目のメリットである“戦力の増強”が果たされれば必然、現隊員でエネドラのより弱い者は不要になる。C級はもちろん、B級も大半が戦力外通告(クビ)だろう。そうなると大幅な人件費が削減される。それはまだ年若いボーダー隊員が命を懸けて切った張ったをしなくても良い組織に変化できる可能性も示唆している。

それに何も削減できるのは金だけでなくトリオンもそうだ。

 

前線に出るエネドラ=トリオン兵はあくまで大元の記憶データをダウンロードした存在に過ぎず、使い捨てが可能だ。つまり一般的なトリガー使いのトリオンの大半を注ぎ込んで発動する緊急脱出機能をつけなくていいのだ。

 

 

「これは後でも説明しますが、緊急脱出の代わりにある機能を追加しとります。これもある程度トリオンを食いますが、緊急脱出ほどじゃない。つまり余裕のできたトリオンで別の兵装を追加することも可能なのです」

 

 

言い切った鬼怒田は「ふぅ」と一息つく。

エネドラをトリオン兵にして運用することの利点は大きく分けて鬼怒田の挙げた2つ。鬼怒田ももっと大仰に語れば良かったものを、まるで箇条書きのような説明のせいで作戦室の面々の感触はいまいちだ。

このプレゼンのために口のうまい根付や唐沢をこちらに勧誘しようかとも考えた刀也だったが、「あんまり好感触だとそれはそれで困る」というクロウのアドバイスに従っていた。

 

 

鬼怒田は次にエネドラをトリオン兵にして運用するリスクについて語る。

 

まず1つ目“トリオン兵運用による市民の恐怖のぶり返し”。

これについては運用するトリオン兵が人型である事、外見を人っぽくコーティングできる事からリスク回避は可能だと説明する。

 

2つ目は“反乱の危険性”について。

エネドラのトリオン兵を多数運用し、それ以外のボーダーの戦力が低下した所で裏切られたらどうなるのか、という懸念。

これについても当然答えは出ている。トリオン兵に自爆機能を搭載する事で無問題だ。

この自爆機能というのが、鬼怒田が先程語った“緊急脱出の代わりに追加した機能”であり、この自爆が作動するのはトリオン兵が破壊された時*1と、ボーダーに叛意を抱いた時だ。既存の緊急脱出は隊員の意思でその機能を発揮する事ができるため、その応用でエネドラのトリオン兵がボーダーに反逆しようという思考を検知した瞬間に自爆が作動するように設計したと鬼怒田は語った。

 

 

「リスク管理はできている」と宣言して鬼怒田は着席した。

ひとまずこれで説明は終了だ。まだ中央の立体スクリーンには資料が映し出されており、それを見続ける者や俯いて思考にふける者など、反応は様々だ。

 

 

 

「…なかなかいい考えなんじゃねーの?今説明された点でこりゃいかんってとこあったか?」

 

 

「慶、そういう問題じゃないだろう」

 

 

静寂を打ち破り、肯定的な意見を発した太刀川に、腕組みをして黙っていた忍田がストップをかける。

忍田は立ち上がっていつも以上に真面目な顔で作戦室の面々を見遣る。

 

 

「いくら敵だったとは言え、その遺体から回収した記憶を使い捨てのトリオン兵に搭載して使役するなど、断じて許されるべきではない…非人道的だ!」

 

 

「本人は快諾しています」

 

 

忍田の言う通り、そもそもの大前提として。メリットやリスク以前にこんな事が許されていいはずがないのだ。

しかし、そんな怒りに冷や水をかけるように、刀也は言った。

本人の、エネドラの承諾は得ているのだと。

 

 

「な、に……?」

 

 

一瞬、何が言われたのかわからなかった忍田に「当の本人が喜んで引き受けたって事だよ」とクロウが追撃する。

 

 

「おれも一度は死んで不死者として甦った事があるから言えるが……どんな形であれ未練を果たせる機会を得られるってのは死者にとっての福音だ。そこはもう他人が常識で縛っていい範疇じゃない」

 

 

上層部の連中はリィンから自分の話を聞いているだろうと推測したクロウの実体験を交えた言葉に作戦室は一時騒然となる。

 

忍田が自失したかのように座ったところに「そこで」と刀也が切り込む。

 

 

「このエネドラのトリオン兵の試験運用を夜凪隊に任せてはもらえないでしょうか。幸い部隊の人数には空きがありますし…提案した者の責任でしょう」

 

 

「責任を果たすというよりは、功績を欲しがっているように聞こえるな」

 

 

皆の理解が追いついていない状況での畳み掛けるような提案を押し留めたのは風間だった。風間の兄は旧ボーダーの一員だった。その兄からクロウの事を聞かされていた風間は忘我も一瞬で、すぐに刀也たちの狙いが何かを探り始める。

 

 

「そのふたつは同じだな、風間。責任を果たしたからこそ功績を得られる。責任という過程を完了させれば功績という結果に到達する」

 

 

「おれはおまえと言葉遊びをするつもりはない」

 

 

「そうか、おれもだ」

 

 

刀也の戯言をバッサリを切って捨てた風間だったが、刀也自身はそんな事には気にも留めない。「それで」と風間から視線を切って城戸を見つめる。

 

 

「城戸さん。どうですか、この件…夜凪隊に任せてはもらえませんか?」

 

 

エネドラのトリオン兵の試験運用を夜凪隊に任せてはもらえないかと問う。がこれはエネドラのトリオン兵の試験運用をする前提での話だ。相手もその前提で是非を語ってくれれば儲け物だったが、そんな子供騙しは城戸には通用しない。

 

 

「任せるもなにも、私はそもそもこの話をーーーー」

 

 

否定の言葉が紡がれる。そう理解した刀也は「もしも」と声を張り上げる。

城戸は口をつぐみ、会議室の視線は一斉に刀也を向いた。

 

 

「もしも、この話を受けてくれるのならーーーー」

 

 

ポケットに手を突っ込んで、掴んで、出す。

 

 

「おれは、これをボーダー本部に差し出します」

 

 

皆に見えるように掌の上に乗せられたそれは『Ⅶ"sギア』だった。

 

 

 

☆★

 

 

 

「……って感じなんだが、勝算はあるか?」

 

 

時は遡る事1日前。翌日のエネドラ=トリオン兵運用プレゼンの是非をクロウと刀也は迅に視てもらっていた。

迅はサイドエフェクト“未来視”を持つ。そのため「なら最初から話を通して、なんなら成功するかどうか視てもらえばいいんじゃね?」という結論に至った。

 

 

成功率はどれほどかと問うたクロウに迅は「う〜ん」と後頭部をがしがしと掻く。

 

 

「それだけじゃたぶん無理だね。でも、ヨナさんがポケットに入れてる“それ”を使えば十中八九、成功するかな」

 

 

その問いに迅はプレゼンだけでは運用の提案は弾かれると答え、加えてどうすれば成功するのかまで言ってくれた。

 

 

刀也は降参するようにため息をついてポケットから『Ⅶ"sギア』を取り出す。

 

 

「おまえに隠し事はできないな。でも、十中八九ってどういう事だ?これを出しても80〜90%しか成功しないと?」

 

 

「いや、それを出せれば城戸さんはきっと提案を飲む。だけど、それを出す前にプレゼンを打ち切られる可能性もあるってこと」

 

 

迅の言葉に刀也は「なるほど」と納得する。城戸は今でこそ冷酷な司令官然とした人物だが、前は善良な人柄だった。今でもその残滓はあり、人の話を最後まで聞く事はする。

しかし、それ以外の人物ーーーーー

 

 

「まあ、ぶっちゃけ風間さんと秀次だね」

 

 

「秀次?」と聞きならぬ名前を復唱したクロウに刀也が三輪隊の隊長だと説明する。

 

「風間蒼也と三輪秀次…問題はこの2人か。城戸司令派でもこの2人はその色が強い…太刀川や冬島さんたちと違って忠誠心が篤いと言うべきかね……」

 

 

「なるほどな。2人ともA級の隊長だし人望…つまり影響力もあるってわけか」

 

 

クロウの意見を「そゆこと」と肯定し、刀也は「それで対策は?」と迅を見る。

 

 

「まともに喋らない事だね。煙に巻くって言うのかな、そういうのヨナさん得意でしょ?」

 

 

「おまえはおれを何だと思ってんだ…」と苦い顔をする刀也に「説得は無理なのか?」とクロウが問いかける。

三輪の事はあまり知らないが、風間については何度も話したし、個人ランク戦でもやりあった仲で、なんとなくの人となりはわかっているつもりだ。

風間ならきちんと説明すれば味方になってくれるのではないか?と言うと刀也と迅は目を丸くして驚いた様子を見せた。

 

 

「まあ、無理じゃなかろうがな……手間がかかり過ぎると思う。なんと言ってもあの風間だからな、一分の隙もないロジックを用意せんとならん」

 

 

「上司である城戸司令からの命令って形で受け入れさせた方が早いってわけか」

 

 

刀也の説明を聞いてクロウも理解と納得を示す。刀也は肩をすくませて、

 

 

「風間にしろ三輪にしろ…あとは香取もか。ああいったバリバリの城戸司令派を説得するのはまず無理って思った方がいい。……いや香取はいけるか?」

 

 

いかにも残念そうに語る刀也だったが香取が味方にできないかふと思案する…が「やっぱ手間がかかり過ぎるな」と1人で結論する。

 

 

「手間がかかるからって手を出さないの、ヨナさん?」

 

 

ニヤついた迅に刀也もジト目になりながら、

 

 

「時間が惜しいだろがよ。てか手を出すって不穏な響きはなんだ」

 

 

「えー?そりゃヨナさんが加古さんにやったような事だよ」

 

 

会心の一撃に思わず「ぐぅ!?」と顔を仰け反らせる刀也。そんな2人のやり取りを見てクロウもまた「ふっ」と笑う。

 

 

「なんだなんだ、刀也…やっぱあのキレーなネーチャンに手ぇ出してたのか」

 

 

クロウの追撃に吐血するような仕草をしつつ、

 

 

「あれはむしろ傷心につけ込まれて手を出された側だぞ、おれは!」

 

 

と早口に力説する。

「それ加古さんにも同じこと言える?」と迅に言われ刀也はついにダウンした。

 

 

「はー……、剣がどうたら悟ったこと言っても、やっぱやることやってんだな」

 

 

続くクロウの死体蹴りに刀也はビクンと反応し、口許の血を拭うような動作をしながら立ち上がる。

 

 

「クロウ…おれぁ知ってんだからな、おまえが中央オペレーターのおねーさま方とよろしくやってるってな!」

 

 

ビシィ!と突きつけるようにクロウを指差した刀也だったが、あまりダメージは与えられなかったようで、「それがどうした」とクロウは平然としていた。

 

 

「まあ夜凪隊の男は女たらしだって事だね」

 

 

何か綺麗な感じで終わらせようとした迅に「違うわ!」と2人の声が重なり、やはり2人同時にわなわなと震え出す。

 

 

「それは違うぞ…迅!夜凪隊にはおれたちより遥かに女たらしなやつがいる!」

 

壁を叩く刀也に、力が入ってるなー、と思う迅。自分が始めた茶番だが、こうもノリが良いと逆に困惑する。

と同時に、夜凪隊にまだ隊員がいたか?と不思議に思うが、その疑問はすぐに氷解する。

 

「まさか…」

 

 

「そのまさかだ。沖田陽子……やべえ女たらしとはこいつの事さ。タイプは違うがアンゼリカ……おれの故郷のツレを思い出したくらいだ」

 

 

クロウの言葉に「あー、陽子さんね」と納得を示す迅。男よりも男前な陽子は女子からたいそうモテる。いつぞやのバレンタインでは山のようにチョコレートを貰っていた事を思い出した。

 

 

「そういえば」と迅が話題を切り替えると、クロウと刀也の2人は一息で茶番の雰囲気を霧散させた。道化のような外面で周囲を欺きつつも根は真面目な2人らしい挙動だ。

 

 

「かなり遠い世界の未来なんだけどさ、どうして根付さんや唐沢さんを雇わなかったの?」

 

 

迅が言ったのは幾重にも重なる未来の可能性の話だ。根付や唐沢を誘って明日のプレゼンに参加させなかったのは何故か?という質問。

刀也が横目でクロウに説明を促す。

 

 

「刀也にも説明したが…プレゼンが大成功するのも考えものでな。この件についてのおれたちの目的はエネドラのトリオン兵の試験運用を任される事だ。しかしプレゼンが大成功して、はい即時に運用開始です…となったらそれは叶わないからな。だから、このプレゼンは失敗も許されないが大成功も遠慮したい難しい案件になってるってわけだ」

 

 

「なるほどね」と納得した迅は「でも」と続けて一段と鋭さを増した視線を刀也に向ける。

 

 

「それを差し出してまでやる事なの?もう2人の目的は視えてるから言うけど、今回のプレゼンでそれを差し出してしまえば、ヨナさんの手に返ってくる可能性は極わずかだよ」

 

 

迅の忠告にしかし、刀也は柔く笑んだ。

 

 

「それが聞けて良かった。もしこれを差し出してプレゼンが成功するのだとしても、おれの元に戻ってこないならプレゼンは諦めるつもりだった。……だけど、おれの手にこいつが再び戻ってくる可能性があるなら、その未来を掴んでみせる」

 

例え1%に満たない僅かな確率なのだとしても、と聞こえそうなほどに硬い決意に迅は瞠目する。

 

 

「これは…あの人から預かったあれを渡す日も近そうだね」

 

 

小声で何か呟いた迅に「何か言ったか?」と聞き返す刀也だったが、迅は「いいや何も」と誤魔化すだけだった。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

刀也の掌に乗ったそれに作戦室の総員の視線が集まる。

それが何か知る者、それが何か知らぬ者…反応は様々であれ“夜凪刀也がこの場で出すのだからとんでもない代物に違いない”というのが見解であった。

 

 

「それは、なんだ?」

 

 

確認するかのように問いかける城戸に刀也は「これは」と即答しようとするが、名前を呼ばれた事で東に制される。

 

 

「いいのか?今ならまだひっこめられるぞ」

 

 

東は刀也の掌にあるものが黒トリガー『Ⅶ"sギア』である事を知っている。何せ東はかつてⅦ"sギアを起動させた刀也に命を助けられた事がある。

それが刀也にとって命に等しい大切なものだと知っているからこそ、刀也を止めようとしているのだ。

 

しかし刀也は儚い笑顔を一瞬だけ見せると、先程と同じ音を紡いだ。

 

 

「これは、『Ⅶ"sギア』……リィン・シュバルツァーが黒トリガーとなった姿です」

 

 

「なっ!?」と同じ音が幾重にも重なり響く。「バカな!」と立ち上がったのは鬼怒田だった。

 

 

「リィン・シュバルツァーの黒トリガーは『七の騎神』のはずだ!」

 

 

激した様子を見せた鬼怒田を忍田が抑え、代わりに厳しい視線を投げかける。

 

 

「夜凪くん…では君は今まで嘘をついていたという事か?君は四年前『七の騎神』がリィンくんの黒トリガーだと言ったはずだな」

 

 

「ああ、それについては言葉足らずだったようで申し訳ない。リィンさんの()()()()()黒トリガーって意味です。それでこっちはリィンさんが黒トリガーに()()()もの。これが正真正銘、リィンさんが全トリオンと生命を注ぎ込んだ黒トリガーだ」

 

 

もはや言葉遊びですらない子供の言い訳じみた説明だったが、嘘をついていないという意味において刀也を責められる者はいなかった。

 

忍田は詰問を躱された格好になったが、怒りはせずに逆に微笑んだ。

 

 

「…そうか。あの時、君に助けられた時から“君には何かある”と思っていたが、その正体がリィンくんの黒トリガーだったとはな。驚きと同時に納得したよ」

 

 

忍田もまた着席し、残す関門は城戸のみとなる。

 

 

「やはり隠し持っていたか」

 

 

城戸は顔の傷をなぞりながらそう言った。

「やはり?」とおうむ返しに聞くと、

 

 

「四年前の大規模侵攻の時、私は灰色の騎士人形が近界民を倒していく様子を目撃していた。当時はそれが何かわからなかったが、今ならわかる。あの灰色の騎士人形も『七の騎神』の形態のひとつだ。そうじゃないかね?」

 

 

この場にいる面子にとって『七の騎神』の姿は先の第二次大規模侵攻で見た、蒼色の騎士人形の姿だ。城戸の言葉に頓珍漢な印象を受けつつクロウの答えを待つも「そうだ」との回答。

 

 

「クロウ・アームブラストを本物かどうか見極めるための質問に用意された答えの色こそが『七の騎神』に格納された騎士人形の色だと推測している。しかし、騎士人形はリィン・シュバルツァーが死ぬ以前にも目撃された。ならば『七の騎神』以外にリィン・シュバルツァーの黒トリガーがあると考えるのは当然の事だ」

 

 

クロウも刀也も城戸の見事な推理に称賛の言葉も出ない。「正解ですよ」とぽつりとこぼした刀也は「それで?」と話を戻す。

 

 

「我々の提案…飲んでいただけますか?」

 

 

 

☆★

 

 

 

城戸の答えは“保留”であった。

今は攻めてくるであろう近界民への対策が先決とのこと。それを言われてしまえば「そうですよね、てへっ」とするしかない。

 

しかし、その近界民の侵攻で『Ⅶ"sギア』を使い、その力を証明できればエネドラのトリオン兵の試験運用を夜凪隊に任せると城戸は約束した。

 

 

一部の者たちは「『Ⅶ"sギア』をボーダーに渡さんかいダボがぁ!」と言ってきたが「こりゃ個人の持ち物じゃボゲェ!」とゴリ押しした。

 

 

ともあれ、すべては次の侵攻で刀也が、Ⅶ"sギアが活躍できるかが鍵となるのであった。

*1
市民にトリオン兵の残骸を目撃されるのを防ぐため




今回の作戦会議ですが、原作とは違う面子に加え会議室も変えてます。対ガロプラ戦前の会議室は何人か立って話を聞くような小会議室でしたが、今作の対ガロプラ戦前の会議室はアフトクラトル侵攻前に使っていた大会議室です。



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