ワールドトリガー 《蒼の騎士》、軌跡の果てに 作:クラウンドッグ
クロウと太刀川の個人ランク戦の戦績はおよそ五分五分。初期に負け越していた分を最近は取り戻している形だ。
しかしそれはクロウが全能を駆使して戦った場合の話。近接戦に限って言えばクロウの勝率は4割を切る。
つまりすでにボーダー最高峰の攻撃力を誇るクロウを捌き、いなし、撃破するだけの圧倒的実力を太刀川は有しているのだ。
刀也もボーダーでは指折りの孤月使いだ。さりとて太刀川が相手では分が悪い。
急がなければーーーー
と走った先で、クロウは思わず見惚れてしまう。
☆★
太刀川慶は天才だ。剣に愛されている。
どれくらいかと言うと刀也が「その才能分けろ」とぼやくくらいである。
現隊員で太刀川と正面張って切り結べるのはそれこそクロウか迅くらいのものだろう。玉狛第一のメンバーならあるいは、とも考えられるがあの部隊は特注トリガーを扱うため除外だ。
そのクロウも近接戦では負け越しており、迅は未来視のサイドエフェクトがあってようやく互角といった有様。
つまり、それだけ太刀川の剣才は突出しているのだ。
「なんだ、こりゃ」
声を漏らしたのは太刀川。刀也と未だ何合も孤月を交わしており、決着は遠い。
それが不思議なのではない。夜凪刀也は強い。だがそれだけでは今の状況は説明がつかない。夜凪刀也は巧い。だがそれだけではこの手応えに納得できない。夜凪刀也は天才だ。たった今それが花開いたのかと錯覚するほどの剣舞。
孤月一本で勝負すれば刀也は太刀川にも負けない、なんて言われている。
刀也は「そんなわけねーだろ」と否定するが太刀川は「そうかもな」と笑う。
だがそれは、あくまで孤月一本で戦ったらの話だ。
「はは、面白いな」
笑うのはやはり太刀川だ。趣味はランク戦と嘯くだけはあり戦闘狂の気が垣間見える。
その笑みを向けられた刀也の顔にあったのは、静謐。
いつも浮かべる不敵な笑みではなく、剣戟に必死になっている表情でもなく、無表情とも違う。
この模擬戦を忍田が見物していたとしたら、あるいは故人と姿を重ねたかもしれない。
まるで砂か水でも叩いている気分だ。太刀川は刀也と切り結びながらそんな事を考えた。
手応えはあるのに、斬った実感が湧かない。刀也も斬られてはおらず、太刀川との剣舞を続ける。
孤月一本で太刀川の孤月二刀流を捌いているのだから驚きだ。
ああ、見える。
小説や映画に出てくる超人になった心地だ。
太刀川の次の動きが手に取るように見える。
スポーツ選手で言う“ゾーン”とはこういうものかもしれない、とそんな益体もない事をぼんやりと思った。
もちろん眼前の太刀川に思考は集中している。しかしそれとは別次元で、ふわふわとした自分がそんな感想を持ったのだ。
自分が2人に分かたれて太刀川と対決する自分を、もう1人の自分が俯瞰して見ているようなーーー
元より、刀也はリィンから天才と呼ばれていた。
それは剣の才能ではない。観察力と想像力の天才だと。加えて刀也には超直感のサイドエフェクトがある。
それが太刀川の二刀流を刀也が捌けているタネだった。
超直感で次の手を先読みし、初期動作を観察する事で動きを予見し、想像力でその後のモーションを補完する。
あとはシュミレーション通りの太刀筋をいなすか避けるかするだけだ。
摂理、術理、世の理……この世界においてそれらは不変である。
水が高きから低きに流れるように、太刀川の斬撃が急に軌道を変えるわけでもなし。ならば予想した太刀筋は誤差なくその軌跡をなぞるだけ。捌くだけなら簡単な仕事だ。
ただ惜しむらくは刀也の手数が足りない事。もう一振り孤月があったなら太刀川を仕留められたかもしれない。太刀川の雨のような剣撃の前では捌くだけで精一杯でアステロイドを挟み込む隙もない。
半ば覚醒しているような状態の刀也とは言え、太刀川を相手には防戦一方だ。
右剣の振り下ろし。孤月で軌道を逸らす。
左剣の突き。刀身を拳で叩いて次の薙ぎ払いを阻止。
右剣の振り上げ。上体を逸らして避ける。
左剣の逆袈裟斬り。孤月で下からかちあげて軌道をずらす。
右剣のーーーー。
左剣のーーーーーー。
「埒があかねー」
楽しいのは楽しいが、手応えがない事に不満を募らせた太刀川はバックステップで距離を取りーーー
「旋空ーーー」
あ、やばい。
と夜凪刀也ばりに直感が作用した。
「旋空残月」
生駒旋空と並ぶ、神速の抜刀が拡張される。
攻撃に傾けていた意識を回避に全振りする。全霊で斬線から逃避した太刀川は、これが刀也の狙いだったのだと即座に理解した。
ギリギリ捌いてはいたが接近戦では刀也の不利は歴然。ならば太刀川自身を焦らす事で反撃の隙間を作り出す。
太刀川がバックステップ→旋空孤月と手順を踏まなければいけないのに対し、刀也は旋空孤月を放てば良いだけ。
「やられたな」と太刀川は呟く。
太刀川が焦れたのは何も刀也を斬れなかったからだけではない。チーム戦としての勝敗も分かつ場面だったからである。
すなわち、クロウ・アームブラストの到着。
刀也とクロウによる太刀川の挟撃である。
☆★
ほんの少しだけ見惚れていた。
いや、見惚れるというのは正確な表現ではない。
太刀川の剣を受け、流し、避ける刀也にリィンを幻視して忘我してしまった、と言うべきだ。
出水を撒いて刀也との合流を優先したクロウはそれ以前に通信で合流する旨を伝えていた。
刀也と太刀川の実力を天秤にかけると、それは間違いなく太刀川に傾く。実力だけでなく他の部分も含めるとあるいは刀也に天秤は傾くかもだが、とかく実戦において刀也が太刀川に勝る事はそうそうない。
「なるべく急ぐがどうだ?おれが行くまでもつか?」
刀也の答えが否であれば、今すぐきびすを返し出水と当たるべきだ。太刀川と出水に挟撃されればクロウとて負ける可能性大。
「いやいや大丈夫。あんま急がなくてもいいよ。……なんかすっげー調子いい」
だが、刀也の答えは想像以上のものだ。クロウが行くまでやられずにいられるか?という問いに可否以上の回答。「勝てっかもな」なんて続く言葉にクロウは苦笑いする。いつもの軽口だと思ったからだ。
だが、その声音は偽りを孕まず。悪友を思い出す安心感が篭っているようにすら感じられた。
それでもクロウは奇襲を受けないくらいには注意しつつ合流を急いだ。
そして、見惚れる。
夜凪刀也は未だリィン・シュバルツァーの域には遠い。
それにリィンは刀也がやったように刀身を拳で叩いて軌道を逸らすなんて洒落た真似はやっていなかった。
つまり、刀也とリィンに符合する事はないのだ。剣術の骨子こそ同じだとしても、刀也とリィンの姿がダブるなんて事はないはずだった。
なのにそう見えたのは、刀也が剣士としてリィンと同じ地平に立ちつつあるからか。
クロウのメインウェポンは双刃剣だが、銃も使えば狙撃手の真似事をした事もある。正面切って剣士だ!と胸を張れる戦い方をしてきたわけではない。だから剣の道というのは門外漢同然であり、そんな突拍子もない発想に至ったのだ。
さすがにそれはない、とかぶりを振って現実に立ち戻る。
刀也には未だリィンのような安心感はないのだ。しかし、少しでも姿が重なったのなら、それは彼の前進の証だろうか。
戦局を動かそうと太刀川が距離を取る。が、それを待っていたかのように刀也が旋空残月を放ち牽制した。
何とか回避した太刀川にクロウが肉薄する。
レイガストで斬りつけようとして孤月で防がれる。体勢を崩していたはずなのに対応できるとは、さすがにNo.1の称号は伊達ではない。
「よっ、太刀川」
「げっ、もう来たのかよ」
刃と笑みを交わして弾かれたように距離を取る。
「待たせたな刀也。…やるじゃねぇか、少し驚いたぜ」
「は。そりゃ光栄。崩したはずなんだけどな…追撃は上手くいかなかったか」
「太刀川の対応力が異常なだけだ」とクロウは反論し、駆け出す。同時に刀也も孤月を構えて走り始めていた。
「踏め」
太刀川に迫るクロウが刀也と交差する一瞬、グラスホッパーの踏み板が足元に出現する。
踏み抜いて加速。スラスターでさらに加速。
急加速したクロウの一撃を太刀川は受け止める事しかできない。
あえて弾き飛ばされる事で距離を取り、出水が来るまでの時間稼ぎとする選択肢もあったが、刀也のエスクードの存在がそれを破却した。もし弾き飛ばされて逃げてもエスクードで邪魔されたなら、それは致命的な隙となってしまう。
見事なまでに心理的に行動を制限されるものだと嘆息したい太刀川だが、そんな余裕はない。
勢いに乗ったレイガストを防ぎ、クロウが次のアクションに移る前に太刀川は孤月で切り返すーーーが、クロウとの間にエスクードが生えて孤月は太刀川の手から弾かれてしまう。
唖然とするーーー暇もなく。太刀川はグラスホッパーで宙空に躍り出る。眼下では生やされたばかりのエスクードが刀也の旋空孤月で両断されている。一瞬でも判断が遅かったら太刀川とてそうだったろう。
太刀川は空中で孤月を構えて旋空を発動させようとするが、それより速くクロウの二丁拳銃が火を噴く。
クロウの二丁拳銃は普通の銃手よりは弓場寄り…銃で戦う攻撃手というイメージが正しい。トリオンで勝るぶんだけ射程が長く弾数が多いのがクロウの二丁拳銃だが。
つまり、広範囲に撃たれるトリオン弾を防ぐには太刀川はシールドを2種類張らなければいけない。頭や心臓を守る集中シールドと全身を守るシールドの2種類。
着地までの一瞬で全身を守るシールドは砕かれ、太刀川のトリオン体にはいくつもの穴が穿たれる。いずれも致命傷ではなく出水なら「トリオンがもったいねー」とぼやく程度のもの。
太刀川もそれを気にするだけの余裕はなく、孤月を叩きつけてきた刀也に応える。
孤月を防ぎ、レイガストを防ぎ、アステロイドを躱し、ハウンドを避けてーーーー
さすがの太刀川も夜凪隊の連携の前に圧倒される寸前だった。
しかしーーーー
「出水が来るよ!おそらく合成弾だ!」
レーダーで一瞬だけ足を止めた出水のアクションを察して陽子がクロウと刀也に声を飛ばす。
続く指示に右上を見上げるとトリオンの弾幕が迫っている。だが妙に弾速が遅い。
「ーーー!トマホークか!クロウ!」
バイパーとメテオラの合成弾であるトマホーク。効果はそのまま弾道が変化するメテオラというものだ。しかし弾速が落ちるというデメリットもある。
刀也はトマホークの対処をクロウに頼む。名前を呼ばれただけで意図を察したクロウはレイガストから二丁拳銃に持ち替えてトマホークを次々と撃ち落としていく。
視線を切ったクロウを太刀川が狙うが刀也がそうはさせず。やがてすべてのトマホークが撃ち落とされて「マジか」と太刀川と出水両名の感想が漏れる。
そして再び太刀川とクロウ、刀也の2体1の場面。やはりすぐに追い込まれる太刀川。
刀也の孤月を受け流し、クロウのレイガストを受け止め、流されて体が泳いだはずの刀也の回し蹴りが太刀川の体勢を崩す。
「もらった!」
クロウのレイガストが振り上げられる。出水はようやくこの場に到着しており、いまさらどんな弾を出しても太刀川が倒されるのに間に合わない。
「ーーークロウ!」
陽子の声は意味を為さず。
クロウの腕は振り切られ、太刀川は両断ーーーされなかった。
振り切った左腕、その肘から先が撃ち飛ばされている。
「唯我ーーー!」
やったのは唯我だ。エネドラからも邪魔者扱いされた唯我は再び太刀川の元に戻っていた。直前までバッグワームで姿を隠し、しかし二丁拳銃を構えた事でレーダー上に姿を現した事に陽子が気づくが、その意図を伝えるだけの時間がなかった。
結果として、太刀川はやられず、クロウの左腕は失われた。
唯我を序盤で落とせなかったが故の状況。
しかし。しかし、しかしーーーーー絶望するのはまだ早過ぎる。
判断を誤たず。
クロウは落ちていく左手からレイガストを奪い取るとそのまま出水に向けて投げ放った。スラスターで回転数を上げたレイガストに、すでにトリオンキューブを生成していた出水は身じろぎできずに両断される。
判断を誤る。
刀也は体勢を崩した太刀川をエスクードで宙空にかちあげると、旋空の刃先を唯我に向ける。刹那の内に首を切断して唯我は緊急脱出。
同時に出水も緊急脱出する。トリオンキューブは分割され、放たれるハウンドにクロウは刀也を庇って風穴を開けられる。しかし、射角をつけて撃たれたハウンドを庇い切れるものではなく、刀也もトリオン体にいくつも穴が開く。
すぐにクロウも緊急脱出し、刀也のトリオン体からは「トリオン流出過多」という警告が鳴る。
空中に投げ出された太刀川は何とか体勢を立て直すと刀也を見た。
アステロイドを起動していて、それで太刀川を倒すつもりらしい。しかし、わざわざ当たってやる義理もなく。
太刀川はグラスホッパーで落下の軌道を変えつつ、加速して刀也に孤月を向ける。
同じく孤月を構えた刀也は落下してくる太刀川に横合いから斬撃を叩きつけるが、それは防がれて太刀川のもう一本の孤月によりトリオン体を真っ二つにされる。
だが。
「言ったろ」
太刀川が受け止めた刀也の孤月。その刃先が変形して太刀川を噛み込み、アステロイドの射線上に引っ張り戻した。
「おまえを殺す技ならあるって」
言って、夜凪刀也は緊急脱出する。一瞬遅れて全身を貫かれた太刀川も同じく。
こうして夜凪隊VS太刀川隊の模擬戦の行方は、覆面隊員たちに委ねられる事になった。
☆★
続け様に5つ、空を星が駆け上がっていった。夜凪隊、太刀川隊の5人の緊急脱出の光である。
すぐにオペレーターから自分たち以外が全滅だと聞かされたグランとエネドラ。
つまり、この勝負の決着が自分に託されたと。
「なあどうする?」
エネドラがグランに語りかけてくる。スコーピオンを交えながら「あ?」と聞き返すと、エネドラは、
「どっちに勝たせる?」
と言ってきたのだ。
押し黙ったグランに説き伏せるチャンスを見出したエネドラは太刀川隊が勝った場合の利点を喋り出す。
「この勝負、勝った部隊の預かりとなるおれたちだ。だったらA級1位の太刀川隊に入った方が遠征隊に選ばれ易いはずだ」
思わず「は」と息が漏れ出る。笑ってしまう、我ながら小賢しいものだと。
「おれたちは卵にして運べる利点のおかげでもう遠征行きが確定してる」
トリオン兵は卵にして運べる。他の隊員たちと比較して少ないスペースでより多くが移動できる。だから遠征行きは決まっているのだとグランは言った。
エネドラに生じる一瞬の空白。泥の王奪還の道筋はもう立っているのだと思いもしなかったがゆえの。
「嘘だ猿が!」
そんなブラフ。自らの性格を熟知しているからこそのハッタリと奇襲。
スコーピオンを仕込ませた蹴りがエネドラを抉るーーー否、受け流される。
エネドラが動いてどうこうしたわけではない。その胴体に刺しこまれるはずだったスコーピオン蹴りをいなしたのは、胴体に生えたスコーピオン。
滑るように剣筋を逸らされたグランにエネドラが返す刃で深く斬り込む。背中を大きく裂かれたグランはそのまま後退し、距離を取った。
「ハウンド」
グランはハウンドを散らして発射させる。それは逃げ場のない包囲射撃のように思えたがーーー
「遅ぇ」
エネドラはすいすいと隙間を見つけては避ける。あるいはスコーピオンで弾く。
出水の弾幕と比べるとどうって事はない。
ハウンドを抜けて再び対峙するグランとエネドラ。互いにスコーピオンで斬り合うがーーー
「鈍いんだよ!」
グランの攻撃はすべてエネドラに受け流されている。
刃との接触面にスコーピオンを生やして軌道を逸らすという手法…先程と同じやり方で。
こんなの太刀川の剣撃と比べれば遅過ぎるくらいだ。
受け流されて体勢が崩れたグランをエネドラが追撃する。防御も間に合わずに左腕が斬り飛ばされた。
トリオン体からはトリオン漏出の警告が鳴る。しかし、それを気にする余裕もなくグランはまた距離を取って今度はマンティスで仕掛ける。成功率は3割くらいだが上手くいく。しなるように迫るマンティスをエネドラは大袈裟に回避した。
スコーピオン同様マンティスは変形可能だ。それにしなるように見える事から受け流しもリスクがでかいのだ。
「いいか」とグランの脳内で刀也の声がリフレインする。
グランはまたマンティスをするフリをして今度は路地裏に逃げ込んだ。
「この……猿が……ッ!」
エネドラも悪態を吐いてグランを追って路地裏に入る。大元は同じであろうとも、もはや対峙する相手は自分ではない。猿呼びも致し方ない事だった。
路地裏に入り、さらに角を曲がり、グランがトリオンキューブを分割して発射しようとしている。
「猿のひとつ覚えか!」
叫んで、エネドラは突っ込む。すでに発射されたハウンドの誘導半径は見切っている。それにハウンドを使っているのならマンティスはないという判断。
グランも慌てて構えを取ろうとするが、エネドラのスコーピオンが届く方が早い。
「いいか」とまた刀也の声がグランの脳で再生される。
「マンティスまでは見せ札だ」
それは今回、刀也がエスクードを使う事で太刀川の選択肢を狭めたように。
「ハウンド + ハウンド = ホーネット」
エネドラはグランのハウンド、その誘導半径を見切っていた。
だが、ハウンドを重ねた合成弾ならば、その予想を超えた角度で曲がれる。
エネドラが見切ったと思い、避けた弾はUターンをしてその背面から全身を穿った。
「な、に……!?」
「悪ぃな、だがこんな絡め手が“エネドラ”の真骨頂だろ?」
グランが言って。エネドラは聞いて。瞬時の納得と共にエネドラは緊急脱出。
太刀川隊VS夜凪隊 模擬戦決着。
勝者、夜凪隊。
☆★
「決着がつきました!勝ったのは…夜凪隊だーー!」
「おおおおお!」と武富の音頭に合わせて観客も雄叫びをあげる。最後まで目の離せない戦いに胸の熱くならない男児はいないとでも言うように皆が高揚顔だ。
「まさかまさかのホーネットでの決着!〜ッ、喋りたい事はいろいろありますけど、ひとまず模擬戦の振り返りをお願いします!」
まだまだ語り足りないと鼻息の荒い武富に苦笑いして王子が「こほん」と咳払いして始めた。
「じゃあ最初から。まず転送直後の動きだけど、覆面隊員Yが唯我くんを狙う動きだったね。これはきっと人数差を覆したい夜凪隊の作戦だったんじゃないかな。たしか風間さんもそう言ってたよね」
「ああ、夜凪の本来のスタイルは後顧の憂いを絶ってから強敵との戦いに専念するというもの。それが今回は唯我だったという事だろう。オペレーターの沖田が唯我を即座に判別できたからこその速攻だったんだろうが…」
「太刀川隊長が唯我隊員をカバー!狙いは外れてしまいます」
王子、風間、武富とテンポ良く総評は続く。
「太刀川さんはヨナさんの狙いを読んでたんだろうね。なかなか長い付き合いだって聞いてるし」
「それで夜凪隊の奇襲は失敗。唯我は離脱し覆面隊員Yはそれを追う形になった。追撃を助けるためにクロウが狙撃したが、あれで位置が割れて出水と会敵したが…」
「クロウ隊員は即座に離脱を選択、面食らった出水隊員は逆襲のブレードスローで腕を失ってしまいます。出水隊員は射手なのでそこまで痛手ではなかったでしょうが、クロウ隊員を追う出足を挫かれた形になりましたね」
二度も武富にセリフを奪われる形になった風間はしかし、いつも通りのクールぶりだ。
「あれも意外だったろうね、クロさんはこれまでのランク戦でも“逃げる”って選択をしなかった人だったから。そして逃げた先で太刀川さんとやり合うヨナさんと合流」
「そこか…」
「そこからは急展開となりました!」
三度、言葉が重なってさすがの風間も鼻白む。武富は興奮し切った様子で風間の睨みをスルーし
た。
しかし王子はその事に気づいており声にならぬ苦笑をするしかない。
「風間隊長が言った夜凪隊初の連携!あれについてはどうだったでしょう?」
「そうだな……一言で表現するなら、あれは攻撃手の連携の理想だ。攻撃手の連携はシビアだ。だがそれを感じさせずに太刀川を圧倒した。……互いの技量もあるのだろうが、なかなかできる事ではない」
「正直、ランク戦で当たるかもしれないウチとしては悪夢みたいな話だよ。あの太刀川さんが2対1とは言え何も出来ずに防戦一方だったんだからね。でもその後の展開も驚きだったな」
王子は夜凪隊の連携から話を進める。
「出水と唯我の合流だな。出水はバイパーとメテオラの合成弾であるトマホークで太刀川の一時離脱を狙うが、その全てをクロウに撃ち落とされてしまったな」
「人間技じゃないよね。いくら弾速が落ちてるとは言え全部狙い撃ちなんて。だからきっとヨナさんはクロさんに任せたんだろうね」
「と、言いますと?」
「夜凪とクロウは同じく中距離用のトリガーを装備しているが、その違いはなんだ」と王子の言葉の意味を理解している風間が武富に問う。
「射手用のトリガーと銃手用のトリガーという違いですか?」
「そうだ。それにクロウの扱うハンドガン型のトリガーは連射向きではない。ならば分割して一斉射撃できる射手トリガーの方がトマホークを撃ち落とせる可能性は高いわけだ、本当はな」
「なるほど」と武富や観客が理解したところで話は先に進む。
「出水のトマホークが撃ち落とされ、太刀川は離脱できずに追い込まれた。夜凪隊の連携が太刀川を撃破しようとした瞬間、唯我が太刀川を救った」
風間の口調にはほんの少し敬意が込められている。唯我はボーダーにコネで入隊したお坊ちゃんだが、いざという時には少しだけ役に立つのだと理解はしているのだ。そもそも太刀川隊にいざという時が来ることが滅多にないのだが。
「と言っても数秒程度だけどね。でもその数秒で全部決まっちゃったね。同時に到着したイズミンのハウンドからヨナさんを守りつつクロさんはブレードスローでイズミンを撃破。ヨナさんは体勢を崩した太刀川さんをエスクードで空中に飛ばしてから唯我くんを撃破。あとは太刀川さんとヨナさんの一騎打ちだね」
「まずは空中に投げ出された太刀川を夜凪がアステロイドで狙い撃つが、太刀川はそれをグラスホッパーで回避。同時に夜凪に向けて急速落下、夜凪は迎撃するが太刀川に斬られる……しかしここで夜凪の孤月が太刀川を噛んでアステロイドの射線上に戻す事で痛み分けとした……と言った感じだったな」
モニターに映し出されるダイジェストを見ながら風間は言う。
しかし説明された武富や観客、王子まで刀也が太刀川を倒せたカラクリがわかってないらしい。
「あの、孤月が太刀川隊長を噛んで射線上に戻したのはわかるんですが、それはどうやったんですか?」
「……本来なら夜凪の技に関わる部分だから説明しない方が良いんだろうが、まぁいいだろう。夜凪だし」
と言って風間は咳払いを一つ。あの技のカラクリを説明する。
「孤月が噛んだ、と言ったがあれは嘘だ。幻踊孤月の可能性もあるが、おそらくはスコーピオンだろうな」
武富は「スコーピオン?」と首を傾げるが王子は「なるほど」とそのカラクリに気づいた。
「孤月でのマンティス……こげティスだね」
「…あるいは孤月をオフにしてスコーピオンを孤月に帯びさせたか、だな」
「風間が正解!まあおれはこげティスもできるけどね」
と、そんな推測を肯定する声が観客にも聞こえていた。
言ったのはいつの間にか解説席まで来ていた刀也だ。隣には太刀川もいた。
今さっき模擬戦が終わったばかりの両部隊長がこの場にいるのは前もって武富が声をかけていたからだ。
「いやー、あれは予想外だったな。今シーズンのヨナさんのランク戦は一応全部見てたけど、あれ使うの初めてだろ?」
「部隊戦じゃ初めて。個人戦だと香取相手に一回使ったな」
太刀川の問いに刀也は「んー」と唸りながら答える。
その答えに観客の中から「あ!」という声が聞こえたりしたが刀也は無視。ROUND2の後に行った香取との個人ランク戦を見ていた奴らだろうとあたりをつけていた。
「素朴な疑問なんですが、そもそも孤月とスコーピオンを繋げる事って可能なんですか?」
と、武富が刀也に聞く。スコーピオン同士を繋げるマンティスさえ使用者の少ない技術なのに、スコーピオンと孤月を繋げるなんて事ができるのか。
「できるよ。今回は孤月もスコーピオンもメインに入れてたから、孤月をオフって刀身にスコーピオンを帯びさせる形でやったけど、孤月からマンティスの要領でスコーピオンを生やす事はできる」
「練習したしね!」と親指を立てながらニカっと笑う刀也に武富も観客らも苦笑い。誰でも発想はできるが実現できてないため“練習”でそれを可能にした刀也にはそう反応するしかなかった。
そんな雰囲気を感じ取ったのか刀也は神妙な顔つきになって、
「剣士にとって剣は己の手足の延長だ。自分の手からスコーピオンを出せるように孤月からもスコーピオンを出したに過ぎない……」
それから何か続けて言おうとして、蛇足と思ったのか刀也はセリフを飲み込んだ。
太刀川隊に勝ったという事実からテンションがハイになっている刀也。素面なら「そんな漫画みたいなセリフ…」と言っているところだ。
しかし、模擬戦が終わってここに来る前にクロウにかけられた言葉が刀也のハイテンションをキープしていた。
「言うは易しだな。夜凪のような奇策奇術で敵を倒すのは確かに目立つが、それは本来の実力では敵わないからこそのものだ。ただ十全に整え当然に勝てるのならばそれに越した事はない」
今や刀也の代名詞となった初見殺しもそうだ。本来の力量差では勝てない相手だからこそ、そんな博打を打つ必要がある。その引き出しの多さこそが刀也の強みでもあるのだが、欲を言えば太刀川のように孤月のみで相手を圧倒したいものだ。
そう言った意味で言えばクロウも今回はあまり目立つ活躍はしてないように思えるが、実際は出水に手傷を与える他、刀也と協力し太刀川を崩してはトマホークを撃墜し、緊急脱出寸前では刀也を庇いつつ出水を撃破した。刀也の孤月版マンティスやグランのホーネットが目立つが実はクロウも良い仕事をしていた。
風間が言いたいのは要はそういう事なのだ。一発芸を覚える前に一芸を身につけろと。
「んで、どこまで話したんだったか?」と太刀川が話を元に戻す。武富が始めた模擬戦の振り返りは夜凪と太刀川がこの場にくるまでの時間稼ぎだったが、終わらせなければそれはそれで据わりが悪い。
「ええと、確か残ったのは覆面隊員たちだけってところまで話したかな」
「そうだな。覆面隊員同士の戦いは太刀川隊のが押していたように見えたが、結果としては夜凪隊のの勝ちだった」
「ネタバラシすっと、マンティスまでは見せ札って話でな」
「出たな、まーたいつもの思考誘導だ」
と語り始めた刀也に太刀川が辟易したようにわざとらしく肩を落とす。
「本命はホーネット。マンティスで中距離戦を嫌わせたところでハウンドと見せかけてホーネットを撃つ。上手く決まって良かったよ」
ふふふ、と笑いながら刀也は言った。ホーネットならばハウンドでは曲がれない角度でも曲がれる。それが切札だったのだ。
「つーかあのスコーピオンの受け流しか?あれの方がおれ的には反則くせーんだけど。そのへんどうなの?」
刀也は自部隊の覆面隊員から太刀川隊の覆面隊員へと話を変える。
あちらのエネドラが見せた受け流しは理想的なものと言っても過言ではない。相手のブレードとの接触面にスコーピオンを生やして絡めとり、受け流すなどこれまで誰もやってこなかったではなかろうか。
「あー、なんかおれとか出水と個人戦やってる間に身につけてたな。つってもそんな便利なもんじゃないぞ。相手との距離にもよるしな」
「確かにあれをやるなら相手のブレードの先端をキャッチしなければならん。……孤月相手だとリーチ差で難易度は上がるだろうな」
と、太刀川の雑な説明に風間がコメントを入れる。
刀也としてはむしろ定型の孤月より変形可能なスコーピオンやレイガストこそ、件の受け流しの天敵なのではと考えるが、話が逸れるので黙っておく。
「これで一応全場面を振り返ったわけだけど……今回の模擬戦、ポイントはなんだったと思う?」
最初から最後まで模擬戦を振り返ってようやく総評に立ち戻る。話題を戻したのは王子だ。
王子一彰はB級では上位の作戦立案能力を誇る。戦術の組み立てのみなら最も厄介だと刀也が評するほどだ。しかしその戦術についてもこの場にいる解説者たちと比較すると少々目劣りしてしまう。
戦術家としては上手である彼らの意見を聞きたいがための話題の提起だった。
「まあ、一番でかいのはクロウが出水を撒けた事だろうな」
模擬戦を思い出しながら語り始めたのは刀也であった。勝者の意見に王子らも耳を傾ける。
「唯我を追うためのサポートとして狙撃した事で居場所が割れて出水と会敵したクロウだったけど、その場は回避しておれと太刀川のとこまで来たからな」
「確かに夜凪隊長と太刀川隊長の戦闘は均衡を保っていました。その場にクロウ隊員が単独で現れたから勝てたというわけですね?」
武富の確認に「そうだね」と肯定し、刀也は続けた。
「出水と同時に、もしくは出水の方が早くおれたちのとこに来てたら、たぶん負けてたし」
と締めた刀也に風間が「待て、それは結果ありきの評価だろう」と口を挟んだ。
「結果だけで作戦の良否を決めつけるのは良くないな。今回の模擬戦、ウチとヨナさんとこの作戦の違いは“迎撃”か“先制”かだ」
風間に続いて太刀川が模擬戦で展開されていた両部隊の作戦の違いについて語った。
機先を制し人数差を互角まで持ち込みたかった夜凪隊は先制攻撃を仕掛けた。しかし太刀川隊の迎撃により阻止される。その間に捕捉された夜凪やクロウを各個撃破しようとしたのが太刀川隊だ。
夜凪隊の連携という未知数を嫌った太刀川隊は両名の合流を避けるために、自部隊の合流も断念する必要があった。
加えて刀也を太刀川は勝てる相手だと思っていたが、それに勝てなかった自分が悪いと評価する。
どう見ても侮られた意見だったが、刀也はあえて言及せずに「はっ」と鼻を鳴らす。
「結果論はお嫌いか?金もらってやってる以上、これは仕事だ。仕事なら結果を出さなきゃだよな」
「結果は出せなくても過程が良好ならそれで良いって?いつまで学生気分抜けねえんだよ?あ、ごめんまだ学生だったな!」とさらに煽った刀也だったが、言われた風間と太刀川の顔は白けたものだ。
「そんな事を言っては、ランク戦の意義がなくなる」
「そうだぞヨナさん。あくまでランク戦や今回の模擬戦は“部隊の合同訓練”だ。訓練に結果を求めてちゃ疲れるだろ」
「ならなんでランク戦なんて銘打ってんだ?どうしてポイントを奪い合う?本番さながらの緊張感を持たせるためだろ」
喧嘩腰になりつつある3人を武富が慌てて止める。共に長く息を吐いた3人は意識を切り替えて総評をしていく。
「しかし、やはりポイントとなるのはクロウだろうな。観戦していて思ったがミスが圧倒的に少ない」
「目の前の戦闘にしろ、戦場全体での判断にしろ一級品だよな」
「隊長のおれよりよっぽど全体が見えてるからな。かなり助けられてるよ」
風間、太刀川、刀也と続き、先程までの剣呑とした雰囲気が霧散している事に観客は安堵した。
「落とされた時の判断も大したものだ。夜凪を庇いつつ出水を撃破したんだからな」
「その時についちゃ、ヨナさんの判断はミスってたな。唯我より先に体勢を崩してたおれをやるべきだったんじゃないか?」
「あー、うっせうっせ。わかってんだよそんな事は」
口だけでは悪態を吐く刀也だが、接し方は気の置けない友人に対するものだ。風間や太刀川もそうだが一度A級を体験すると、ここまで切り替えが早いものかと王子は驚いていた。
「確かに、先に太刀川さんを倒してたらその後の展開が楽になってたかもしれないね」
と王子も風間と太刀川の意見に賛成のようなので刀也も黙るのみ。言われる通りあの場で唯我を優先したのは間違いだった。太刀川と相討ちにならなければ、その後グランと合流してエネドラを楽に倒せたかもしれない。…まあどの道グランが勝ったため結果オーライだが。
その後、総評も終わり観客もまばらに立ち去っていく。
夜凪隊にエネドラ=トリオン兵の試験運用について正式な許可が降りたのはその日の夜の事だった。
ヨナさんの主人公ムーブがとまらないのおお!
クロウと刀也のW主人公である拙作ですが、ヨナさんの主人公っぷりがクロウを上回ってる件について。
ヨナさんをクロウと同格の仲間にするためには成長シーンを描かなければいけないんですが、そうすると逆にクロウの出番が減ってしまうというジレンマ。