ワールドトリガー 《蒼の騎士》、軌跡の果てに   作:クラウンドッグ

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口を滑らせるには良い夜

 

「カンパーイ!」

 

ガチン、と景気良くジョッキを打ち鳴らし、夜凪隊、二宮隊の合同お食事会は始まった。

 

 

事の発端は昨日のランク戦ROUND6終了後。しばらくして二宮隊の隊室を訪れた刀也は要件を伝え、帰り際に「明日暇か?」と尋ねる。

 

嫌な予感を感じながらも二宮は暇だと答える。「なら晩飯どうだ?焼肉奢るぞ、いいとこの」と夜凪の誘いに乗ることになったのだ。

 

 

ビールジョッキをぶつけ合ったのはこの場における成年4人。年上順に刀也、クロウ、陽子、二宮だ。

二宮はジンジャーエールを注文しようとしたが「あ〜ん?おれの酒が飲めないってのかぁん?」という刀也のウザ絡みに負けて一杯目だけ、という条件付きでビールを注文していた。

 

お値段高めの肉を食べながら談笑し、気づけば2時間が経過している。しかし、まだまだ食べ足りないのか犬飼は追加注文して随時肉焼き奉行と化していた。

 

じゅうじゅうと肉の焼ける音が軽快に鳴り響く個室で「あー、そうだ」と思い出したかのように刀也が話題を提供した。

 

 

「鳩原の事だけどさ」

 

 

瞬間、二宮隊の雰囲気がピリつく。しかし一瞬で柔和に擬態し元々の空気感が戻ってきた。確信犯たる刀也はそれを当然感じ取っており話を続ける。

 

 

「おれは鳩原が近界に出発する直前に会ってるんだ。超直感が仕事してな、散歩してたら遭遇しちゃったわけよ」

 

 

冗談めかして話し続ける刀也に、待ったをかけたのは二宮だった。

 

「待て。それはROUND6で二宮隊が勝ったら話す約束だったはずだ。負けた以上はそれを聞く権利は俺たちにはない」

 

 

「不器用なやつだな」と刀也はふっと笑う。二宮はきっと誰よりもこの話を聞きたいだろうに、それでも筋を通そうとしている。

 

 

「……でも、おれが話したい気分なんだな、これが。まー、酒も入ってるしちょっとばかし饒舌にもなるってもんだべ」

 

 

本当は、気に入っているのだ。二宮の事を。鳩原が消えたのは半年前。それからずっと二宮は鳩原を捜している。その精神を刀也は好ましく思っているのだ。

 

 

「まだ聞く理由が足りないなら……そうだな、解釈違いって事にしとこう。アレは賭けだったけど、鳩原の情報についてはチップ(賭け金)じゃなくチップ(おひねり)って感じで、どうだ?」

 

 

お得意の言葉遊びに刀也は得意満面の笑みだ。“じゃあここから喋るのはおれの独り言だ”なんて言い回しでも良かったが。チップの言い回しについて語る方がカッコいいと判断しての事だった。

 

 

「おまえ、確か東隊の時に遠征行ってたよな」

 

「ああ」

 

二宮がまだ東隊だった頃。輝かしきA級1位東隊のメンバーだった頃の話。二宮は遠征に随行していた。

 

 

「おまえ、話したな?」

 

 

その刀也の一言で二宮は察した。察してしまった。聡いがゆえの悲劇とも言えるかもしれない。

 

二宮が東隊だった頃に行った遠征で、一つの国と友好関係を結ぶ事ができた。遠征での出来事は機密事項扱いだが、酒に酔った勢いで話でもしてしまったのだろう。

 

その友好国を頼りに鳩原は近界に旅立ったのだと刀也は語った。

 

ちなみに、これまで刀也がこの件について黙っていた理由は、隊務規定違反になるからだそうだ。

曰く、鳩原らを止めるためにはトリガーを使わねばならず、しかし隊員同士でトリガーを用いた私闘は禁じられている。だから鳩原の密航を見逃す代わりに刀也の隊務規定違反を見逃してもらったと。

 

相変わらずクソッタレな詭弁だと二宮は吐き捨てた。

 

場の空気が重々しく横たわる。刀也の知る鳩原の行方についてはひとまず話し終えたと理解したクロウは場の雰囲気と話題を変えるために、爆弾を投下する。

 

 

「なあ刀也。第0次遠征ってなんなんだ?」

 

 

「あ、それおれも聞きたい」と犬飼も合いの手を入れて刀也に視線をやる。

刀也は「んー、それはなー、機密だしなー」と首をひねり、

 

 

「今日は口を滑らせるにはいい夜だろ」

 

 

とニヤついたクロウに応えて「そうだな!」と笑う。すでに鳩原の事を話したのだ、第0次遠征について話しても大差ないだろう、という暴論だ。

 

 

「まーぶっちゃけボーダー存続すら危うい秘密だけど、それでも聞くよな」

 

 

犬飼をはじめとした飲み仲間らが「え”」と固まったのを見て、返事がない事を確認して、確信犯刀也は口を滑らせる。

 

 

「第0次近界遠征が行われたのは、4年前。4年前と言えば?」

 

 

「ボーダーが設立した年だったね、確か」

 

 

「太刀川さんとか初期組が入隊した年ですね」

 

 

犬飼、辻が4年前の事実について確認し合う。刀也は「そーそー」ととぼけた相槌を打って、

 

 

「第一次近界民侵攻があった年だね」

 

 

陽子が言い放った、望む答えに刀也はいやらしく笑って首肯した。

 

 

「4年前の大規模侵攻…それを機にボーダーは現体制に移行した。つまりは旧ボーダーから現ボーダーへ、って事ね」

 

 

旧ボーダーは、現在の玉狛支部を拠点とした少数精鋭の組織だった。曰く、玉狛のエンブレムはこちらの世界とあちらの同盟国を表しているのだとか。

玉狛の思想である“近界民にも良いヤツいるし仲良くしようぜ”は旧ボーダーのそれを引き継いだものだ。

対する現ボーダーは“近界民は排除する”の城戸派と“市民の安全が優先”の忍田派に分かれている。

 

 

「その現ボーダーは設立に際して、ボーダーの権威をさらに向上させようと考えた。それでとある計画を立てたんだけど……」

 

 

「それが第0次近界遠征って事だな」

 

 

もったいぶる刀也に話の続きを求めたクロウがその言葉を継ぐ。

 

 

「まあぶっちゃけ、今とおんなじ感じよ。世間に公表するのは成功した場合のみって条件はあったけど」

 

 

「……なるほど。公開遠征……いや、遠征が成功した場合だけその成果を公表するつもりだったのか」

 

 

二宮の出した言葉足らずな結論に刀也が「正解」と答え、ふと真面目な表情になる。問答のような、躊躇いがちなスタンスを自らの悪癖だと悟ったらしい。

 

「第0次近界遠征は現ボーダー初の大事業になるはずだった。内容はお察しの通り第一次近界民侵攻で攫われた市民の奪還。………その前段階として、どこの国が侵攻に絡んでいたのか調査、偵察する目的で行われたのが、今は第0次近界遠征と噂されるそれだ」

 

 

「本当は第一次近界遠征だったんだけどな」と悲しげな雰囲気を悟らせまいとする無表情で刀也は言う。

要は失敗した事でその遠征はなかった事にされて、第0次近界遠征なんて呼ばれるようになったんだろう。

 

 

「まあ手酷く失敗して部隊7人中、生き残ったのは3人だけだった」

 

 

今度こそ悲しげに目を伏せた刀也。

 

要約すると、現ボーダー初の遠征となるはずだったそれは4名の死者を出して失敗し、それを隠蔽するために記録からは抹消されて第0次近界遠征なんて呼ばれるようになったと。

 

 

「その話を知ってるって事はヨナさんもその遠征に行ってたって事だね?」

 

 

「そうだな、生き残った3人はおれと忍田さん、東さんだ」

 

 

聞かれるだろうと思って先回りして答えた刀也の出した名前に、「東さんも…」と犬飼は復唱する。東は誰もが知るボーダー最高峰の戦術家だが、4年前といえばまだ新人だったはずだ。

 

 

 

「それだけじゃねえだろ」

 

 

頭の中で話をまとめたクロウだが、それだけでは不自然な感が拭えていなかった。

 

 

「もし第0次近界遠征が死者も出して失敗したとして、それを隠蔽するまではわかる。だが、それが関係者にも噂程度でしか知られてないのはどうも違和感が残るぜ」

 

 

クロウの慧眼に刀也はふっと笑うと「さすクロ」と呟く。刀也がクロウを褒める時に使う口癖のようなものだった。さすがクロウ、の略である。

 

 

「んー、でもさすがにそれは言えないな。これ以上喋ったのがバレたら記憶封印措置くらって追い出されちまう」

 

 

記憶封印措置とは隊員が除隊の際に対外秘な情報を漏らす恐れがあったり、警戒区域に入り込んで近界民を目撃した一般市民に対して行われる措置である。

 

 

「ええー!?ここまで言ったのに?」

 

「ごねるなよぅ。まあでもヒントは出尽くしたと思うぞ。こっから先はおれ以外に聞いてね」

 

 

ごねる犬飼の頭をグーで押しながら刀也は笑って答えた。これにて問答は終わりという事らしい。雰囲気もいつもの軽妙なものへと戻っていた。

 

 

その後、少しだけ話して解散となりそれぞれが帰路に着く。

 

 

 

 

暗闇の中を2人で歩きながら、クロウは「なあ」と刀也に話しかける。

 

 

「あれだけじゃ、ねえだろ?」

 

 

先程とは少し違う意味を込めて。

 

 

「………まあ、そうだね」

 

 

刀也が語った第0次近界遠征の概要。それだけでは刀也のトラウマに説明がつかない気がしていた。

 

意味は刀也にも伝わったようで、クロウの疑問を肯定した。

 

 

しかし、言葉は続かない。

 

しばらくそのまま歩いて「ごめん」と刀也は謝意を告げる。

 

 

「まだ話せない」

 

 

それは先程のように機密に触れるからだけではなく、刀也自身の心の問題だ。

 

夜凪刀也はクロウがこちらに来るまで部隊に所属しなかった。

夜凪刀也は教え子らに戦う術を与えても、それを活かす技術を教えなかった。

 

それはすべて、命の責任から逃れるためだ。

 

部隊に所属しなければ、部隊員の命を背負わなくていい。

例え教え子が殉死しても、作戦を与えたのは自分ではないから、命の責任は自分にはない。

 

刀也は自分のせいで誰かの命が失われる事にひどく怯えている。

それはきっと第0次近界遠征が深く絡んでいるはずだとクロウは感じていた。

 

 

それでもクロウ・アームブラストが自らの前に現れれば、それらを無視して立ち上がる決意をしていたのは見事という他にない。

 

だからクロウは…

 

 

「過去はそこにあるもんだ。どれだけ悩んでも、どれだけ努力しても変えられるもんじゃねえ」

 

人間、生きていれば変えたい過去なんて山ほどある。後悔なんて数え切れないのが人生だ。

 

「過去があるから今がある。今を踏ん張ってこそ未来がある。過去と決別する必要はねぇさ。どんな思い出でも、それは自分を形作る一欠片だ」

 

だが、後悔があるからこそ人は成長する。後悔は反省を促し、反省は成長に繋がる。

後悔のない反省は軽い、なんてのは刀也が言っていた言葉だったか。

 

「だから刀也…どんなにつらくても自分の過去は背負っていくしかねえんだよ。引きずって歩くしかねえんだよ。………そこは、甘ったれんじゃねえぞ?」

 

 

クロウとて大罪を背負う身だ。罪の意識が自らを苛んでも。今はただひたすらに、ひたむきに前に進むしかない。

人は生きているだけで大小多少の違いはあれど罪を犯す。それでも生きている以上は両の足で踏ん張っていくしかない。

 

生きている以上はーーーーなんて、鼓動のない自分はすでに罰を与えられてもいい身分かもしれないが、と自嘲しかけた所で「ありがとう」と刀也の声。

 

「またいつか、話せる時がきたら話す」

 

言葉少なに約束された。夜凪刀也を苛んできた第0次近界遠征に隠されたエピソードについて語る事を。

 

 

「ああ。………しかしちょっとクサかったか?」

 

「リィンさんを思い出した」

 

「……そりゃ相当だな」

 

 

 

2人はいつも調子に戻ってボーダーに帰る。その足取りは先程よりも軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クロウは思うのだ。

刀也というリィンの後継者にして自らの写し鏡のような人物に、陽の当たる場所で生きてほしいと。

そのために与えられる事はなんでも与えようと。

 

自分がイシュメルガに呑まれてしまう前に。




割と重要なはずな場面は文章短めなのに、どうでもいいところは冗長だなあ、と自分の文章を見て思いました。
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