ワールドトリガー 《蒼の騎士》、軌跡の果てに   作:クラウンドッグ

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決意をここに。呪いはそこに。

夜凪隊はランク戦の強化合宿!と銘打って玉狛支部に遊びに来ていた。いや合同トレーニングだ。

 

主な趣旨はグランの強化。おなじみ影分身の術で経験値10倍ボーナスの恩恵を受けているグランだが、ボーダー本部だとロクにその良い所を発揮できていない。

ぶっちゃけ知ってる人間が限られているせいでまともに訓練依頼も出せないのだ。いくらワケありの隊員であると周知されているとはいえ、同時に複数の場所で目撃されてはいけない。最悪の場合はクロウや刀也の悪巧みが頓挫する可能性すらある。

 

そのため夜凪隊は隊の合同訓練という名目で玉狛を訪問しているのだ。

玉狛支部の人間は全員が事情に通じている。A級である玉狛第一の面子はもちろん、遊真のサイドエフェクトを買われて尋問を行ったためエネドラッドの存在を知っている玉狛第二も同様だ。

 

ヒュースとグランで一悶着あったものの、模擬戦をやりまくり、何とかどちらも溜飲は下がった様子。

 

 

そんなこんなで玉狛でグランの特訓を行ったわけだが、成果は上々と言えた。

 

元々玉狛のメンバーは一人で一部隊と数えられる規格外が数名、もっさりした男前である烏丸は何でもそつなくこなすし、遊真の身のこなし、雨取からは狙撃手の心構えや基礎的な動きなど得られるものは多い。

木崎レイジに続く完璧万能手になると目されるクロウの指導はもちろん、刀也が4年の間に磨いてきた技術も惜しみなく継承され、たったの3泊4日で完璧万能手と読んで遜色ない実力者に成長していた。

 

ブレードトリガー、ガンナー(シューター)トリガー、スナイパートリガーそれぞれでマスタークラス程度の実力は得られたものと思われる。

しかしマスタークラスと言ってもピンキリで、グランはまだまだ下っ端だ。もちろん点数を得られたわけではないので名実ともに下っ端なわけだ。

 

良く言えば万能、悪く言えば器用貧乏と、そんなありきたりな評価を与えられる。

しかし、これまでクロウや刀也との模擬戦の勝率が0割だったのと比べ、今は勝率1割を叩き出している。

たったの1割、されど1割。0から1への進歩は大きい!と刀也はしたり顔で語り、グランとついでに三雲にも変な影響を与えていたのだった。

 

 

 

ROUND7の当日、夜凪隊は玉狛支部を離れる。

レイジに車で本部まで送ってもらう手筈で、車両に乗り込む寸前で「ああそうだ、ヨナさんにクロウさん」と迅が呼び止めた。

 

「良いニュースと悪いニュースがあるんだけど、どっちから聞く?」

 

 

「うっわ出た定番のやつ」

 

 

にっこり笑う迅に刀也は苦い顔をして、クロウは悩む素振りも見せずに「良いニュースから頼むぜ」と言った。

 

「わかった」と迅は頷いて、

 

 

「良かったね、まだ見つかってないみたいだよ。Ⅶ"sギアの適合者」

 

 

良いニュース…それに食いついたのは刀也の方だ。

トリオン兵エネドラ運用と引き換えに本部に提出した黒トリガー『Ⅶ"sギア』。元々黒トリガーは起動する者を選ぶため、そこまで不安ではなかったがボーダーも500人を超える組織だ、刀也の他に起動できる人間がいてもおかしくはない。そういった人物がいれば刀也がⅦ"sギアを取り戻す公算も低くなるため、迅の言葉には安堵を覚えた。

 

 

 

「んじゃ、次は悪いニュースね」と迅は話を切り替える。

 

 

「そう遠くない日、三門市が火の海になるかもしれない」

 

 

「はぁ!?」と反応したのは夜凪隊の全員だ。火の海とは穏やかならぬ表現だ。もしや以前言っていた世界の終わりとやらがもうやって来たのか。

 

 

「比喩じゃなくて言葉通りの意味ね、火の海って。それも火災とかじゃなくて、火が降ってくる感じかな?」

 

 

「かな、とか言われてもわかんねーよ。また何か視たのか?」

 

 

火が降ってくる、なんて戦時中でもあるまいし、と刀也は続ける。近界民の侵攻なら火の雨が降るなんてのも考えられるかもしれないが、それでも三門市が、となればトリガーの出力としてデカ過ぎだ。

 

 

「んー、それがクロウさんの知り合いなんだよね、たぶん」

 

 

目を見開いたのはクロウだ。それは、名指しされたからではなく、三門市を火の海にする事ができる人物に心当たりがあったからだ。

 

 

「まさか……ヤツが来るってのか…?」

 

 

だがそれは、あまりに現実味のない話のように思えた。

クロウの知り合いで、且つ三門市を火の海にできる存在と言えば1人しか該当者はいない。

 

脳裏に過ぎるのは赤衣の長身。火焔を操る魔神。

戦闘狂という程でもないがバトルジャンキーな気はあった。それも自分たちⅦ組との戦闘で記憶を取り戻してからは鳴りを潜めるかと思っていたが。

 

 

「火の海、とはな……」

 

 

思考の海に埋没したクロウを他所に夜凪隊の面々は改めて玉狛に別れを告げ、ボーダー本部に帰還するのだった。

 

 

☆★

 

 

ROUND7昼の部が夜凪隊の戦う舞台だ。

相手は影浦隊と東隊、B級上位にずっといると戦う相手も決まってくるものだ。

 

 

「今回は三つ巴だな。3位影浦隊と7位東隊がお相手様だ。今回も勝つのは前提として……主にグランに戦ってもらうって事でいいかな?」

 

 

玉狛での強化合宿を終えて完璧万能手と同程度の実力を身につけたグランの力量を測るための試金石としたい、というのはクロウと刀也の意見だった。

それには夜凪隊の指導者としての適性やグランという人型トリオン兵の価値を証明するための意味合いが大きい。

 

 

「ああ、もちろんおれと刀也でフォローはするがな」

 

「問題ねーよ」

 

「それがあんたらの悪巧みとやらに関係するなら、あたしには異議なしだよ」

 

 

確認の意味も込めての問いかけに3者とも賛成の意を示した。

 

 

「実際どこまでやれんのか、試してみてーしな」とグランは負担が大きくなる事にさして不満も持たずに言った。

 

思えば、グランーーーエネドラの性格も丸くなったものだ。

本人曰く、トリガー角の呪縛が解けたおかげらしい。攻撃的だった言動は収まり、思考も明瞭ときた。

角の有無でこれだけ違うのもクロウらには不思議だったが、トリガー角というのは脳にまで根を張るらしく、それがなくなったから元の人格、能力に戻ったのだろうと思われる。

 

 

 

やがて開始時刻となり、転送が行われーー、ROUND7、開幕。

 

 

 

☆★

 

 

まずは序盤、合流を急ぐ東隊奥寺をクロウが急襲、東が狙撃で阻もうとしたが読んでいたクロウはこれを集中シールドで防ぐ。また別方向から絵馬の狙撃がクロウを狙うが、これは近くに来ていたグランがカバーした。クロウが狙撃を警戒しつつグランは奥寺と斬り結び勝利する。

絵馬の狙撃地点に向かう刀也を阻むように影浦が立ちはだかる。サイドエフェクトで回避能力の高い2人の決着はつかず、北添が影浦に合流し刀也は不利と見るや撤退を始めるが、これを阻止するように絵馬が狙撃。超直感のサイドエフェクトを持つ刀也だったが影浦隊の波状攻撃を捌けずに右腕を失いつつも離脱した。

 

中盤に入り、刀也とグランは合流していた。クロウは東の押さえに行っている。ここで再び影浦隊と会敵する。各隊の狙撃手が生きている以上、常に多方向を警戒しなければならない他に対して刀也は全力で攻撃を仕掛ける。影浦の感情受信体質と違って刀也の超直感は東の狙撃に対しても機能するための攻勢だ。そういった攻撃力の差もあり、影浦隊の陣形を崩した所で現れた小荒井が北添の首を刈り取っていく。注意が途切れた一瞬で東の壁抜き狙撃が影浦を撃破する。北添がやられる前に放ったグレネードガンのメテオラを絵馬が撃ち抜き炸裂させる、が小荒井とグランは刀也の固定シールドで守られてダメージはなく緊急脱出したのは刀也のみだった。

狙撃で位置の割れた絵馬をクロウが撃破する。クロウは東の追跡をある程度で止めて、陽子と共に絵馬の狙撃地点を割り出していたのだ。それとほぼ同時にグランが小荒井を撃破。

その後戦況は膠着し、そのままタイムアップ。

 

結果は3対2対1で夜凪隊の勝利となった。

 

 

☆★

 

ROUND7から一夜明け。

 

「それで、私には何をくれるのかしら?」

 

 

「……あー」

 

 

刀也は今、加古望に迫られていた(物理)。

 

互いの息遣いを感じられる距離。「近いです」と目を逸らしながら刀也は言うが、イケイケモードの加古は退く様子は見られなかった。

 

 

夜凪隊は今“悪巧み”を結実させるために奔走している。刀也が知り合いに協力を呼びかけているのはそのためだ。

とは言ってもかなりリスキーな行いのため“何でも言う事を聞く”なんて子供のような約束で縛るのが常になっていたが。

 

そんな協力者たちには黙秘を頼んでいるが、加古はどこで聞きつけてきたのやら。きっとうっかりさんの二宮からだろう、と現実逃避する刀也。

 

 

加古に迫られて“何でも言う事を聞く”の内容を引きずり出された刀也は、加古を巻き込むために何を差し出せるのか、今はそういった交渉の最中であった。

 

というかむしろ加古を巻き込むつもりはなく、加古の方から刀也に話を持ちかけたのだ。という事は、何かしら要求したいものがあるのだろう。

 

 

「何が欲しいんだ?言っとくが金ならあんまりないぞ」

 

 

「お金なんていらないわ」

 

 

冗談めかした刀也に即答する加古。はじめから欲しいものは決まっているかのような勢いに刀也は思わず鼻白む。

 

だがここで加古は妖しげに笑うと、

 

 

「ねぇ、もしキスしてって言ったらしてくれるの?」

 

 

言われた刀也はすぐさま視線を交わすと唇を重ねーーない。触れる寸前で止める。

 

 

「もしそう言ったらな。それで交渉成立なら安いもんだろ?」

 

 

にやり、と。刀也も妖しげに笑う。何とかポーカーフェイスは保てているが内心バックバクである。機先を制されまいとのハッタリであった。

 

 

が、スッと加古が唇を伸ばした事でキスは成立した。触れるだけのじれったい口づけだ。

 

 

「おまえな…」

 

 

「フフ……今のは私をからかった罰よ」

 

 

なんて言って加古は笑う。やっぱり敵わないと刀也は嘆息した。年下の女に良いように弄ばれるってのはこういう事なんだろうなと思えた。

 

 

「それで?欲しいものはなんですか?」

 

 

わざとらしく仕切り直す。これ以上加古にペースを乱されては当初の目的も果たせない。いや、そもそも当初は加古にこの話をするつもりはなかったのだ。

味方になってくれれば頼り甲斐のある加古や影浦などを誘わないのは一言で表現すれば“厄介”だからだ。影浦はサイドエフェクトで刀也の邪な感情を見抜くだろうし、そもそもこういった裏工作は嫌うだろう。加古については現状の通りだ。

 

こんな目に会っているのだ、これは次のランク戦で当たる二宮をまたフルボッコにしなければ気が済まない。可能不可能は横に置いといて。

 

 

少しばかり距離をとると加古は真面目くさった顔で言った。

 

 

「約束」

 

 

約束という響きに刀也は片目を閉じる。加古の続く言葉は容易に予想できた。

 

 

「夜凪さんがどこか遠くに行こうとしてるのはわかってるわ。でも必ず帰って来て。この三門市に、ボーダーに、私のところに」

 

 

無茶を言う。刀也はゼムリアなどという近界の国の1つに行こうとしているのだ。しかもそれは未だにボーダーが観測できていない国家。そもそも辿り着けるかどうかもわからないのに、行って帰って来いとは。

 

 

少し不安そうに刀也を見つめる加古にデコピンを見舞う。堅苦しかった雰囲気が一気に弛緩して。

 

刀也は立ち上がって「ハッ」と大仰に笑った。すでに加古には背中を向けていて。今にも泣きそうな表情を見せたくなくて。

 

 

「オーケー、交渉は成立だな。だけどそんな事でいいとは、得した。元々帰るつもりだったし?そもそもおまえがそう言うことも予想済みだし?いやー、ホント得したなー」

 

 

言葉を重なれば重ねるだけ嘘らしくなって。

だが、言ったからにはやり切るだけの覚悟を伴って。

決意する。旅の終着点はここだと。何故か自分なんかを好いてくれている加古の元に帰ってくるのだと、決意した。

 

家に帰るまでが遠足です、というのは子供の頃から聞かされて来た言葉だった。

そうだ、行ったからには帰らなければ。リィン・シュバルツァーの旅を終わらせても、クロウ・アームブラストの旅が終わっても、自分の旅は終わりじゃない。

 

「帰って来るよ、ここに」

 

 

固く、固く決意するのだった。

 

 

☆★

 

 

刀也が加古に籠絡されている間、クロウが何をしていたかと言うと。

 

これまた個人ランク戦に励んでいた。今日はグランも連れている。

とは言っても別段遊んでいるわけではなく、役割分担というやつだ。

 

夜凪隊の“悪巧み”、刀也が手を回す間、クロウは周囲の注意を引きつける、言わば陽動役だ。

元々刀也はランク戦にはあまり参加しない主義で、今回は先のランク戦で活躍しているグランも連れ立っているため効果は大きいもの…と考えたい。

 

 

ランク戦の相手は専ら攻撃手ランキング一桁の猛者たちだ。太刀川に始まり村上、生駒、たまに迅や風間。それに諏訪隊や東隊のコンビなどを加えて即席チーム戦などをやったりもする。

戦績は勝ったり負けたりを繰り返している……6割くらいの勝率か。

 

今日も今日とてそんな感じでチーム戦をやっていた。

そのインターバルで、

 

「そういや最近、ヨナさんを見ませんね」

 

と話を振ったのは村上だった。

 

 

「おお、そういやそうだな」

 

それに太刀川も乗ってきて、皆の視線がクロウに集まる。

 

 

「……おれでもさすがにチームメイトのプライベートまでは知らねーぜ?」

 

と、お茶を濁すのまでは計画通り。

 

 

「ホントにそーか?まぁた怪しげな活動してんじゃねえのか?」

 

 

だが諏訪がそれを追及する。記憶にあるのは冬島と刀也の賭け。そして眼前に積まれた札束と“場所代”、“口止め料”の言葉。

 

「ここ最近、ソロで派手にやってんのはヨナさんが裏で何かやるための陽動だったりするのか?」

 

 

そんな諏訪に同調したのは太刀川。普段はダンガーな太刀川だが、こんな所だけ鋭いのはさすがと言うべきか。

 

いくらでも誤魔化しの言葉なら出てくるが、今この場には“嘘を見抜く”サイドエフェクトを持つ空閑遊真がいるため、上手く言葉を継ぐ事ができない。

すでにさっきの嘘も見抜かれていて、視線がコワイ事になっている。

 

 

「旋空〜チョップ!」

 

 

と、そんな時に疑いをかけられていた刀也が現れて太刀川と諏訪に手刀をかます。生身ならオチてた、と後に語られる威力で首筋を狙ったものであった。

そんな若干の悪意と共に放たれたチョップだったがトリオン体にはさして効果もなく、冗談の如く受け止められる。

 

 

「な〜んか悪口言ってない、君たち?まったく、そんな事は言っちゃダメだぞ!」

 

言いながら人差し指を自らの唇に持っていく刀也。静かに、というジェスチャーだが太刀川や諏訪など、他言無用と伝えている相手には“黙ってろよ”という意味に認識される。

余計に疑われる行動ではあったが、黙る約束は守ってくれるようで、話は別のものに移行する。

 

 

「んで、今日は加古と逢引きか?頬に口紅のあとがあるぜ」

 

 

「っ!?……ハッタリかますなよ諏訪」

 

 

「間があったが。ヨナさん」

 

 

諏訪の言葉にドキッとした刀也。頬にはないはずだ、なんて失言は免れたが一瞬でも答えに窮したのを太刀川は見抜いていた。

 

今度は無言で拳を叩き込む。こんな時のための八の型なのだと確信した。

 

 

 

一連の会話を見てクロウは「ははは」と笑う。楽しいと感じてしまう。トールズにいた時を思い出してしまう程に。

失われた青春を謳歌する、なんて不死人たる自分には過ぎた願いのはずだ。

 

だけど、こいつらと一緒なら。こうやって楽しみながら故郷を目指してもいいのではないか。今はそう思える。

 

 

 

ーーーー否

 

ソノヨウナ事ハ断ジテ許サレヌ 貴様ニ許サレルノハ吾ノ器ヲ用意スル事ノミ

 

 

 

そんな願いを抱いた瞬間。クロウの内側で爆ぜる声音。黒の呪い。それは確かに圧力を伴って。それは確かにクロウの願いを踏み躙って、放たれたイシュメルガの呪い。

 

これまでの比ではない精神汚染攻撃に、クロウは息を飲み、胸を押さえて蹲った。

 

 

「ーークロウ!?」

 

 

刀也の、太刀川の、諏訪の、他の面々も唐突に起きた事態に驚きつつも適切な対処をしていく。

クロウの名前が呼びかけられる。その声が遠ざっていくのを感じながら、意識する。

目を背けていた事実を、確認する。

 

イシュメルガの呪いはクロウの裡で大きくなっているのだと。

 


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