ワールドトリガー 《蒼の騎士》、軌跡の果てに 作:クラウンドッグ
「俺がどうしてここに来たのか…か」
クロウの問いかけを受けて、マクバーンは「ハッ」と嗤う。
「俺がわざわざ玄界くんだりまで来たのはクロウ…お前さんの持ってるそれを回収するためだ。巨イナル一……いや、黒トリガー『七の騎神』だったか」
「…わからねぇな。結社の目的は“7つの至宝が可能世界において人の手でどんな結末に至るのか。それを導き、見届ける事”だったはずだぜ。すでに結社は巨イナル一……つまり焔と大地の至宝の結末は見届けたはずだ。だったら今更どうしてこれにこだわる?」
クロウは幻想機動要塞での出来事を思い出していた。道化師カンパネルラが語った結社の目的。それと乖離した現状。その解をマクバーンに求める。
「クク…よく知ってるじゃねえか。そういやカンパネルラが喋ったとかって話だったか?……まあいい、結社の目的については今お前さんが語った通り……だった。だがそれはもう7年前の話だ。オルフェウス最終計画が終わった今、再び至宝の器が求められているわけだ。…それがないと“次”が創められねえんだとよ」
「“次”だと…?」
その言い草はまるで、カードを使い切らないと次のゲームが始められない…というようなニュアンスに思えた。
「問答はここまでだ。あんまり喋り過ぎるとお前ならわかっちまいそうだからなぁ…」
ゼムリアで得た情報、マクバーンが漏らした事実。それらを照らし合わせて正解を導く時間は与えられない。
マクバーンは魔剣に焔を走らせると、それを一振りする。間合いを灼きながら迫る斬撃をクロウはダブルセイバーで弾き飛ばし、マクバーンに肉薄して痛烈な一撃を見舞う。
大きく吹き飛んだマクバーンだったが、致命には至らない。しかし刀也との連戦でもあり、ダメージは確実に蓄積していた。
すぐさま立ち上がるが、眼前に刃を突きつけられて鼻白む。オルディーネのーーーークロウの鋭い眼光が突き刺さるようだった。
「出し惜しむってんならそれでも構わねえがな、魔神になるならさっさとやりな」
「ハッ、言いやがる。確かに騎神相手にこのままじゃちょいと役不足ってもんだな。……いいだろう、お望み通り見せてやろうじゃねえか……この俺のワールドトリガーをなぁ!」
クロウの中には焦りがあった。マクバーンが魔神になるのなら早期にそうして欲しかった。人間体と魔神体の2つに時間をかけて相手にするわけにはいかないのだ。もうすでに黒き呪いの声が大きくなってきていた。
「ワールドトリガー……?」と呟く刀也はすでにノーマルトリガーを起動していた。隙あらば参戦する構えだが、マクバーンの魔神形態は今の刀也が相手をするのは厳しい。ならば観戦に徹していた方が得られるものが多いのだと屈辱と共に理解していた。
やがてマクバーンの変化が終わる。魔神が顕現する。放たれる熱と圧は神と呼んで相違ないもの。初見の刀也はもちろん、一度相対したクロウでさえ威圧感に身が竦む思いだ。
「躊躇いなく変身しやがって。塩の杭と同じように存在するだけで世界を破壊するってのはここじゃ適用されねえんだな?」
クロウはマクバーンが挑発に乗って魔神化したのにほんの少し驚いた。マクバーンの魔神化は霊脈が狂ってないとやらないーー世界が破壊されるためーーはずだったからだ。
しかし、幻想機動要塞当時は知らなかった情報を合わせて考えるとすぐに答えは出る。
「ああ、そうだ。ゼムリア大陸における霊脈ってのは世界を巡るトリオンの流れの事だ。俺の戦闘体…この魔神の姿は霊脈に焔を流し込んじまう。だが、この玄界はトリオンとは違う技術で世界が形成されている。世界を巡るトリオンという媒体がなけりゃ俺の焔も世界を破壊する事はねえって寸法だ。……これで心置きなく戦えるだろ?」
マクバーンは説明を終えると左手に焔を溜める。戦闘の火蓋を切るつもりだ。しかしそれより速くクロウが動いた。マクバーンの説明の間にすでにオルディーネの“奥の手”を発動させていた。
装甲が展開し、トリオンを全身に漲らせる。
一瞬で距離を詰めるとマクバーンに切りかかる。マクバーンは魔剣でそれを受け止め、左手の焔を撃ち込むが、クロウは見切ったように双刃剣を振るうと、ワンアクションで魔剣を弾き、焔をかき消し魔神の肉体に裂傷を刻みつける。
ダブルセイバーの利点はこれだ。一つの動作で2つの斬撃を繰り出せる。今だと魔剣をかちあげる刃と焔をかき消し攻撃する第二刃が一度に炸裂する。
「チィ」と舌打ちしつつ後退するマクバーンにクロウが追撃する。ダブルセイバーによる連撃がマクバーンを襲う。マクバーンも魔剣で迎撃しようとするが、剣技という面においてクロウに遥かに劣っている。
しかし劣勢をひっくり返すのは簡単だった。力押しだ。魔神マクバーンの放つ炎熱は騎神すらをも容易く遠ざける。
ヨコセ
声が。悪意が弾ける。呪いが産声をあげる。
一瞬の忘我。その隙にマクバーンは距離を詰めていた。
却炎を纏った魔剣が一閃され、クロウは弾き飛ばされた。
かろうじて双刃剣で受け止め、自ら飛ぶ事で威力を減衰したが、それでもダメージは大きい。
「ぐっ……」
「おいおい…こっち来てなまっちまったのか……クロウ?……いや、そいつは…………なるほどな、そういう事かよ」
オルディーネの装甲の端に黒い脈動が蠢いていた。マクバーンはそれを目にしてクロウに隙が生じた理由を察する。
黒きイシュメルガの呪い。それがクロウの内側で発芽したのだと。
「黒の騎神イシュメルガ……そいつは相克に敗北してなお勝者を蝕んだらしいな。そしてその黒トリガーはすべての騎神を内包している…つまりは擬似的に相克が果たされた状態なわけだ。ならイシュメルガの呪いが起動者に働きかけるのも当然って事だな?」
加えて、その呪いでリィン・シュバルツァーが黒トリガーになる事を選んだ事実もマクバーンは見抜いていた。
ゼムリアから脱したヴァリマールーーー七の騎神の反応が初めて検知されたのは4年前。その時はゼムリアがゴタついていた事に加えて玄界が遠かったため追跡は諦められたが……おそらくはその時にリィンが七の騎神を起動させたのだろうと。
「まあな。…って言った所で手加減なんざ期待できねえよな?」
「当たり前だ。…まあ、おまえならその状態でもちったぁ喰らいつけんだろ」
「は、過分な評価痛み入るぜ。……まったく、そこまで言われたら全力を出すしかねぇな!」
言って、ダブルセイバーに力を流し込む。双刃が暗黒に染まる。これこそがクロウとオルディーネの奥義。
「喰らえ…暗黒の十字………!」
ヨコセ 吾ノモノダ…コノ世界ノ総テ!
呪いが叫ぶ。騎神が黒く染まっていく。そのすべてを無視して、五感から排除して。
闇色の閃光が疾る。それは確実に魔神を捉えている。
「デッドリークロス!!」
双刃に溜められた力が解き放たれる。それは十字の斬撃となってマクバーンを襲った。
警戒区域が揺れる。それほどの衝撃がもたらされ、周囲の瓦礫が弾け飛び、粉塵は巻き上げられる。
それら全てが収まった時。マクバーンは嗤っていた。
「クク……やるじゃねえか。さすがだなクロウ。その様でここまでの力を出すたぁな」
障壁がマクバーンを覆っていた。幻想機動要塞でいかなる攻撃にも無敵の守護を誇った絶対不可侵の障壁が。
「ちっ……ずりぃの使いやがって……」
これを出されたらクロウに勝つ術はない。幻想機動要塞でこの障壁を破れたのは
だからこそ全力の一撃を放ったのだ。障壁を出される前に決着をつけるために。そのために黒の声に諍う事すら忘れて文字通りクロウの全力をぶつけたのだ。…結果はご覧の通りだが。すでに呪いはオルディーネの半身を覆っていて、残された時間が少ない事を意味している。
しかし………しかしだ、打開策がない事もない。
この黒トリガーは“七の騎神”だ。それならーーー
ヨコセ、ソノ肉体ヲ
「ぅ、ぐ……おおお……!……おおおおぉぉぉォォオオオオオ!!」
ツケが。黒の呪いに諍わなかったツケが、もう。
瞬く間にオルディーネの装甲が黒い呪いに染まっていく。血管のように呪いが拡大し、それは繭のようにクロウを覆いこむ。
ドクン、ドクンと胎動し、繭から解き放たれたそれはもうオルディーネではなかった。
「クロウ……?」
黙って事の成り行きを見ているしかなかった刀也も、その変貌ぶりには驚愕し、無意識の内に“助けなければ”と一歩踏み出す。
「やめときな小僧……アレはもうクロウじゃねえ」
だが、マクバーンに制される。魔神となったマクバーンが警戒するように見据えているのを理解して、出現した新たな機体が。
「フ、フフフフ……フハハハハははははははははは!」
哄笑をあげるそれが。
「ようやく、成った。ドライケルスほどではないが、優秀な肉体だ。……それに加えてすでに他の騎神も手の内に………フフフフフ…やはりこの世の総てはこの吾のものだという事か」
イシュメルガであると。
☆★
「な、んで……?」
嗤いが止まらないとばかりに流暢に喋る黒の騎神イシュメルガ。
そこにいると理解していながら、どうして現れたのかわからない。
「クロウは……呑み込みやがったか」
マクバーンの言葉で状況を理解していく。知りたくないのに。わかりたくなんかないのに。思考の切り替えなんて嫌になる。
黒の呪いには、まだ先があった。
と言うよりは、本質としては“乗っ取り”が前に来るのだろう。その手段として呪いの声が聞こえたり、呪いに侵されたりするのだ。
この世全ての悪を煮詰めたようなそれに耐え切れず黒トリガーになる事を選んだのはリィン。そしてそんな隙すら与えられず呪いに侵蝕され切ってしまったのがクロウだ。
刀也の体から力が抜ける。膝から崩れ落ちる。クロウがいなくなったら自分はどうすればいいんだ。
クロウが来てくれたから、クロウがいてくれたからこそ、ここまで走ってこれたのに。
クロウがいなくなってしまったら、以前に逆戻り…なんて所じゃない。待つべき希望がないならもう、何を願って生きればいいのか。
「そうだ。彼の精神は吾が呑み下した。まあ、吾の裡で足掻いてはいるが。……フフ、ドライケルス…いやギリアスか。彼が認めた“人の意地”というやつも伊達ではないようだ。それでも無意味だと悟るのは時間の問題だろうがね」
語るイシュメルガの言葉は酷く理知的だ。人格すら感じられた。文字通りクロウの総てを呑み干したのだろう。思考システムが人格に成り果てたのもクロウの知恵を奪ったからだ。
「さてマクバーン……どうするかね。吾をゼムリアに持ち帰るという話だったが。すでにわかっているだろう……?吾が帰還せしめれば黄昏が再開するであろう事は」
「………」
それにマクバーンは答えない。7年前と状況が違うとは言え、イシュメルガは……いや、巨イナル一は文字通り無限のエネルギーを持つ。その気になればたった1人でも天下統一を成し遂げる事も可能かもしれない。
今はまだ黒トリガー七の騎神の内側にある他の騎神にまで手は回ってないようだが、同じ黒トリガーの内にある以上はいずれクロウのように呑み込まれてしまうだろう。
「そこで提案だ。マクバーン…君は帰りたまえ。吾はこの玄界を征服する。わざわざゼムリアまで足を伸ばす事もない。ここにはトリガー技術だけではく他の科学技術も発展している恵まれた土地だ。吾が君臨するのに相応しい世界だ」
「戦うというならそれも構わんがね」とプレッシャーを放つイシュメルガ。それは物理的な圧力を錯覚するほどの殺気だ。自失していた刀也すら意識を向けざるを得ないほどの。
「ハッ、うだうだとうるせえやつだな。そんなにお喋りだとは思ってなかったぜ、イシュメルガ」
「フフ…理性を得たのだ。喋るのが楽しいのだよ。それで、回答は?」
「簡単だ」とマクバーンは魔剣に焔を漲らせる。
「俺がお前を斃して黒トリガーとして持ち帰る。それで全部解決だろうが!」
魔剣一閃。焔が振われる。
《堕ちたる外の魔神》マクバーンと《黒の騎神》イシュメルガ……ゼムリアで果たされなかった決戦の火蓋が今まさに切って落とされたのだった。