ワールドトリガー 《蒼の騎士》、軌跡の果てに   作:クラウンドッグ

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軌跡の果てに

 

クロウは闇に囚われていた。

 

自分がどうなったのかわかっている。

 

呪いだ。黒きイシュメルガの呪い。それを受けて、クロウ・アームブラストという肉体と七の騎神という力を簒奪されてしまったのだ。

 

 

不幸中の幸いと言うべきか、今はまだ他の六騎神までもを吸収できてはないようだが、同じ黒トリガーの内側にあるため、イシュメルガがすべての騎神を呑み込むのも時間の問題だろう。

 

もしそうなってしまえば…イシュメルガが巨イナル一に成ってしまえば、もはや打つ手はなくなるだろう。何せ無尽蔵のエネルギーを生み出し続ける《鋼》になるのだ。

 

 

そうなる前に止めなければならない。肉体の主導権を取り戻さなければ。

 

クロウはそうして力を振り絞る。精神を蝕む悪意を、魂を穢す邪悪を、振り払うべく。

 

いったいどれだけそうしていたのか、1分か、10分か、1時間か、1日か、あるいは10秒だったかもしれない。

 

ようやく瞼を開いたクロウの前にいたのは、黒いナニカ。不完全な球体に乱雑に目と口がついた異形。

「イシュメルガか」と声に出す事は叶わない。クロウが目にしているのはおそらくイメージだ。精神世界が映し出すもの。その内側でイシュメルガらしきナニカはじっとクロウを見つめていた。

 

 

やがて口までをイシュメルガの支配から脱する。今度こそ「イシュメルガか」と問いかけた。

 

すると、ナニカは一瞬にして黒の騎神イシュメルガの姿に変化する。

 

 

「思いの外…足掻くものだ……クロウ・アームブラスト。さすがと言うべきか…それが“人の意地”というものかね?」

 

 

「こいつは何の冗談だ?……そんなに流暢に喋るやつだったのかよ、お前」

 

 

「フフ……マクバーンにも言われたな。これまで意識はあっても理知はなかった故な……おぬしの躰を手に入れて、それを得たのだ」

 

 

「なるほどな……忌々しい事だぜ」

 

 

クロウに対するイシュメルガの態度は柔和なものすらあった。あるいは敬意とも取れる。

 

 

「クロウ…おぬしは素晴らしい人物だ。ゼムリアでは仲間たちと協力し、絶望的な戦力差であったにも関わらずこの吾を斃した」

 

 

聖女曰く、イシュメルガに対抗するには他の騎神との相克を果たした状態でなければ話にもならないと。しかし、ヴァリマールは最初の相克相手だったオルディーネを不完全な形で吸収してしまっていて、他の騎神の吸収も十全ではなかった。

 

そんな状態で最強の騎神とされたイシュメルガを斃したのだ。リィンやヴァリマールの功績は偉業と言える。

クロウはその一助になっただけだ。あの戦いはあくまでリィン主導だった。

 

「なに、謙遜する事はない。800年に渡る我が妄執を打ち砕いたのだ、誇っていい。その上、吾と共に大気圏外に離脱したリィン・シュバルツァーを追った気高さは評価に値する。……吾はおぬしに尊敬の念すら抱いているのだ」

 

 

光栄な事だ、なんて軽口すら言いたくはない。しかしそんなクロウの心すらイシュメルガは見抜いていて。

 

 

「だからこそ、吾はおぬしを宿主としたのだ。万夫不当とはならずとも一騎当千。神算鬼謀とはならずとも頭脳明晰。吾の宿主として相応しい万能だ。吾はこれからこの世界を、玄界を支配する。おぬしはその宿主となれるのだ、これほど栄誉のある事はない……そうだろう?」

 

 

「栄光を授けよう…ってか、まったく…くだらねぇな。悪いが世界の王になんざ興味はねぇ。他を当たってくれるか」

 

 

聞き届けて、イシュメルガは残念そうに首を横に振った。

 

 

「そうか……君には吾がヒトの肉体に慣れるまで、その操縦を任せたかったが……仕方あるまい」

 

 

「楽にしてやろう」とイシュメルガが掌を翳した。エネルギーが収束し、黒き波動が放たれる。

 

精神面での死は、クロウの完全な自我の喪失を意味していた。絶対絶命の四文字が頭を過ぎる。

 

 

黒き波動がクロウを貫く寸前、灰色の閃光が波動を切り裂きクロウを守った。

 

灰色の閃光はそのままイシュメルガに突撃する。続いて蒼の、緋の、紫の、金の、銀の閃光がイシュメルガに殺到した。

 

 

 

「これは…」

 

 

どういう事だ、とは言葉にならなかった。その前に懐かしい声が耳朶を打ったからだ。

 

 

「なんとか間に合ったみたいだな」

 

 

振り返る。いつしかクロウを拘束していた闇は消えていて。その目に映る、漆黒の衣装、白髪に灼眼。悪友の姿。

 

 

「リィン、か……?」

 

 

「久しぶりだなクロウ。無事で何よりだ」

 

 

その声が、優しさを湛えた瞳が、そこにいるのが間違いなくリィン・シュバルツァーだと物語っていた。

 

 

「今はヴァリマールたちの力を借りてイシュメルガを抑え込んでるが、いつまでもつかわからない。戦えるか、クロウ」

 

 

「当たり前だ、と言いてぇ所だが武器がねえと無理だな。バロールの魔眼もここでは使えないようでな……というか、どうなってんだ?」

 

 

いきなり戦えるか?と問われて答えたが、そもそもこの場にリィンがいる意味がわからなかった。

ここはおそらく、七の騎神を起動したクロウの精神世界だと思っていたが……

 

 

「実は自分の黒トリガーをつくる際に、七の騎神にも少しだけ力を注いでいたんだ。こんな時が来ると思っていたからな」

 

 

種明かしはすぐだった。考えてみれば簡単だった。確かにリィンの言った方法なら自己の力を分散して残せる。

とは言ってもここまで意識のようなものが残るのは非常に珍しいだろうが。

 

「そうかよ、そりゃ用意周到なこった。それで、どうやってイシュメルガを斃す?」

 

 

「まずは騎神イシュメルガを砕かなきゃならない。…七の騎神の黒トリガーの一部である以上はいずれ直るが……その前に思念体を斬る。クロウがさっき見たアレだ」

 

 

「わかってきたぜ……アレがイシュメルガの悪意そのもの……つまり思念体を排除すれば残るのは悪意に染まる以前のイシュメルガの思考システムだけってわけか」

 

 

「さすがに理解が早いな」とリィンは嘆息する。

と、そうした所でイシュメルガが6つの光を弾き飛ばした。

光はクロウとリィンの側に来ると騎神の形をとる。

 

 

「この吾を斃すつもりか……クロウ・アームブラスト!リィン・シュバルツァー!たったの2人で!?」

 

威圧感を放つイシュメルガ。それは魔神マクバーンに勝るとも劣らぬもの。確かに騎神の助けがあっても2人で勝利するには難しい相手だ。

 

 

「たった2人…なんかじゃないさ」

 

 

しかし、2人ではなく5人と六騎ならば。

 

虚空から人影が2つ。

 

 

「やれやれ…まったく、とんでもない場所に呼び出されちまったぜ。なぁ、聖女さんよお」

 

 

がっしりした体格に革のジャケットを着て、不敵な笑みにふてぶてしさを感じさせる男は《猟兵王》ルトガー・クラウゼル。

 

 

「私にとってはむしろ好都合です。怨敵とも言える相手と直接対峙できるのですから」

 

 

物々しい鎧を身に纏い、伝説よりなお玲瓏なる美貌でイシュメルガを睨みつける女は《槍の聖女》リアンヌ・サンドロット。

 

 

 

「《猟兵王》に《聖女》…?」

 

 

2人ともかつて騎神の起動者だった人物だ。相克で戦った時などは正直勘弁してほしいくらいの強さだった。

 

 

これだけでも十分に強力な助っ人だと言うのにリィンは「まだだ」と言う。

《猟兵王》と《槍の聖女》に続いて虚空から姿を表したのは《鉄血宰相》にして《獅子心皇帝》だった宿敵。

 

 

「何故、と問わないのはさすがと言うべきか…クロウ・アームブラスト」

 

 

「不死者はただの起動者…という以上に騎神と深い繋がりがある。……《灰》に相克で負けて吸収されれば、不死者も消滅するだけじゃなく吸収されるってわけだな」

 

 

「フフ……まあ、そんなところだ。とは言っても残り滓のようなものだがね」

 

 

民衆を魅了する低く艶のある声。軍人時代を思い起こさせる逞しい体躯。次期元帥とすら目され、しかし悲劇をもって鉄血へと変貌した男。エレボニア中興の祖ドライケルス・ライゼ・アルノールの生まれ変わり。ギリアス・オズボーンその人だ。

 

 

 

「これはこれは……よもや起動者共の魂が吾の内側に潜んでいたとは……あまりに小さ過ぎて見抜けなんだ」

 

 

「挑発はそこまでにしてもらおうか、イシュメルガ。我々には時間がない……すぐにでも貴様を倒さねばならんのだ」

 

 

オズボーンはイシュメルガの挑発を正面から受け止めると、会話の時間も惜しいとばかりに「準備はいいか」と問いかける。それはこの場にいる全員に向けられたものだ。

各々が是と返事をし、騎神は起動者に侍った。

 

 

「いくぞ!ヴァリマール!!」

 

「うむ…おぬしと共に戦える事、嬉しく思うぞ…リィンよ」

 

 

「付き合ってくれるな…ゼクトール!」

 

「最期に一花咲かせようではないか…ルトガー」

 

 

「共に参りましょう…アルグレオン」

 

「ええ、今度こそ《黒》にこの槍を届けてみせましょう」

 

 

「テスタ=ロッサ、エル=プラドー……私が遠隔操縦しよう。異論はあるか」

 

「不足なし」

 

「五騎と並び《黒》を打倒するも一興」

 

 

リィンとヴァリマール、ルトガーとゼクトール、リアンヌとアルグレオン、オズボーンはテスタ=ロッサとエル=プラドーを。

 

そしてクロウの元にはオルディーネが。

 

 

「随分と……久しぶりだなオルディーネ。お前の感覚だともう7年になるか」

 

 

思えば、起動者になってからこれほどオルディーネと遠ざかったのは初めてかもしれない。オルディーネはクロウがジークフリードになっていた時もずっと側にいてくれた。

 

 

「そうかもしれぬ。だが、ずっと見守っていたぞ」

 

 

「……そうかよ。だったらこれからもそうしてもらうために、ここはいっちょう気張らなきゃなあ!」

 

 

「行くぞ!」という声に「応!」という返事があって、クロウは騎神の核に吸い込まれる。他の三騎も同じようにして、オズボーンだけは二騎の騎神を遠隔操縦なんて離れ業で、イシュメルガと対峙した。

 

 

「七の騎神が一堂に会するか……壮観なり。これをこそ真の七の相克とする。もはや屑鉄と侮るまい…ヴァリマール、ゼクトール、アルグレオン、テスタ=ロッサ、エル=プラドー、そしてオルディーネよ……全力で諍うがいい!」

 

 

クロウの肉体を得て、そのすべてを飲み干したイシュメルガにもはや驕りはなく。なかった事にされた七の相克……それを上回る騎神同士の奪い合い、真の七の相克(騎神大戦)が始まるのだった。

 

 

先駆けとなったのは《銀の騎神》アルグレオン。往時と変わらぬ槍の鋭さでイシュメルガに突貫する。それを援護するのは《紫の騎神》ゼクトールと《緋の騎神》テスタ=ロッサ。ゼクトールはルトガーの得物であるブレードライフル……バスターグレイブで射撃を行い、テスタ=ロッサは己が代名詞でもある千の武具を具現化しては射出していく。

 

イシュメルガは黒き波動で援護射撃を飲み込むと、いつしか顕現させていた黒剣で突破してきたアルグレオンを迎え撃った。

 

黒剣と騎兵槍が交差した刹那、その中心を切り裂くように黄金の斬撃が迸る。《金の騎神》エル=プラドーによるものだ。

それをイシュメルガとアルグレオンは後方に跳ぶことで避け、イシュメルガの着地点では《灰の騎神》ヴァリマールと《蒼の騎神》オルディーネによる息の合ったコンビクラフトが待ち構えていた。

 

蒼覇十文字斬り。

リィンとクロウの奥義を同時に叩き込む合技。

 

 

それを黒剣と背面の剣にも似た翼で受け切ったイシュメルガ。

誇りも見てくれもあったものじゃなく、ただ敵の攻撃を受け止めるだけの体勢…ボーダーで言うならば全防御か。

 

 

「見事なり…六騎神。ゼムリアにおいて吾を斃しただけはある」

 

 

無傷。ノーダメージ。剣翼を広げ、それを誇示する。

絶対強者の自負があったゼムリア時代のイシュメルガと違い、クロウの肉体を得たイシュメルガはその理性をもってただ“勝つ”ことに力を注いでいる。

オズボーンが起動者だった頃の記録で自らを制御し、クロウの理性で自らを律する《黒の騎神》。それはひどく厄介だ。まるでつけこむ隙がない。

 

 

「隙がねえってんならよ……そいつをつくりだせばいいワケだ」

 

 

ルトガーはそう言い、ゼクトールは進む。バスターグレイブを乱射し、イシュメルガの周囲から逃げ道を無くす面の射撃。しかし、それは次の本命を隠すための陽動。凄まじい速度で懐に潜り込んだヴァリマールを黒剣で迎え撃つ。

しかし黒剣はひらりと躱され、返す一太刀がイシュメルガの胸甲に斬撃を刻み込む。思わずたたらを踏んだイシュメルガを挟撃したのはテスタ=ロッサとエル=プラドー。両騎神の攻撃を剣翼で受け流しつつ宙空に舞い上がったイシュメルガだったが、そこは翼を持つ二騎の独壇場。

 

 

「合わせなさい!」

 

「任せろ!」

 

 

オルディーネとアルグレオンが肉薄する。双刃剣を受け止めようと黒剣で迎え撃つが弾き飛ばされ、槍を波動と剣翼で牽制しようとするも、そのすべてを貫かれた。

 

墜落する。剣翼を砕かれ、浮力を失ったイシュメルガが真白に広がる世界に落ちた。精神と黒トリガーの内面の融和世界においては土煙もたたず、墜落して立ち上がるまでのイシュメルガを注意深く見守る。

 

追撃を怠ったわけではなく、追撃してはならぬと本能が警鐘を鳴らしていて。

 

 

「見事……見事だ。吾を地に落とすか。このイシュメルガを。……よもやここまで…」

 

 

それがイシュメルガによる牽制だと察したのは、黒剣を拾い上げたイシュメルガの瞳に、勝利の確信があったからだ。

 

 

「よもやここまで力の開きがあったとは!」

 

 

黒剣を……否。終末の剣を掲げる。

世界中の悪意が終末の剣に集約され、それは放たれた。

ダージュ・オブ・エレボス。最終相克においては六騎の騎神の力を束ねたヴァリマールが一度耐えられるかどうかという覇剣。あの時はマクバーンの贈り物もあって何とか立て直す事ができたが、今は違う。騎神の力は束ねられず、神なる焔もない。つまり、耐えられる道理はない。

 

いち早く動いたのは《金》と《緋》、それに《銀》だった。

 

かつて灼獣の一撃すら耐え切った防壁を展開し、刹那の後に破壊される。

その刹那に闘気を漲らせた《緋》が千の武具を撃ち出し、《銀》は聖技で迎え撃つ。

 

続いて《紫》によるギルガメスブレイカー、《灰》による無仭剣。それぞれの奥義が暗黒の剣撃に立ち向かう。

 

オルディーネもその双刃に力を集中させたが、奥義を放つ寸前に「クロウは下がってろ!」とリィンに制されて防御の姿勢を取った。

 

 

直後、衝撃。

暗転しかけた意識を手繰り寄せ、状況を確認する。

 

ヴァリマールもゼクトールも、テスタ=ロッサにエル=プラドー、アルグレオンですら。文字通り半壊…半身が消し飛んでいた。大破と言っても良かった。

不滅の《金》の防壁をものともせず、《緋》の千の武具を容易く飲み込み、《銀》の光に貫かれてなお進み、《紫》と《灰》の奥義を打ち消して。六騎神を殲滅するだけの破壊力を秘めていた。

 

他の騎神による防御と奥義によって威力を僅かでも減衰できていたのか、クロウとオルディーネは五体満足で健在だった。

 

しかし……

 

 

「こいつ、を……」

 

 

どうすればいいのか。六騎神で挑んで勝てない相手に。終末の剣一振りで五騎を大破せしめた敵に。どう対抗すればいい。

 

 

 

 

「残された手段が……ひとつだけある」

 

 

声が聞こえて振り返ると、そこには全身から血を流しながらも両脚でしっかりと立つオズボーンの姿があった。

しかし息も絶え絶えで、立てているのも単なる意地だとわかる。

 

 

「相克を果たすのだ……今、ここで…!」

 

 

オズボーンは言った。

今この場で、共闘した五騎神にとどめを刺せと。

この状態、放っておけば《黒》に力を奪われるだけ。それならば五騎神にとどめを刺して力を吸収する権利を強奪せよと。

 

 

「アンタらはどうなる…?」

 

 

「元より残留思念のようなもの。気にする必要はない」

 

 

それしか手段がないなら、それを躊躇わず選ぶだけの胆力はクロウにもあった。

元よりオズボーンに対抗するためにテロリストに堕ちたこの身、清濁併せ呑んでこそのクロウ・アームブラスト。

 

 

「礼は言わねえし、謝罪もしねえ」

 

 

「それでいい」と言うオズボーンの声を聞き届けず、オルディーネは双刃で半壊した騎神たちにとどめを与え、その力を飲み干した。

 

 

世界からオズボーンの、ルトガーの、リアンヌの、リィンの気配が消え失せる。同時に騎神の姿もなくなった。

正真正銘、クロウとイシュメルガの2人きりだ。

 

 

 

「この場で相克したか……それも良かろう。六騎で挑むより、その力を束ねた方が勝算もあるやもしれん」

 

 

イシュメルガのセリフに「ぬかせ」と返事をして、激闘は再開された。

 

 

 

 

そこからの戦いは、一方的だった。

 

イシュメルガの攻勢が続く。オルディーネも何とか凌ぐが、防戦一方の展開が続く。

まるで相克などしていないかのように、力を発揮できない。

 

やがて双刃剣を弾き飛ばされ、首根っこを掴みあげられる。

 

 

「落胆したぞ、クロウ・アームブラスト。おぬしならばもう少しやると思っていたが……よもや他の騎神の力が《蒼》に馴染む時間がなかった、などと言わないでくれよ……?」

 

 

「…ったく、手厳しいこった。こちとら無理難題こなそうと必死なのによ……」

 

 

「何を…?まあいい。これで決着だ。おぬしの肉体は吾が貰い受ける」

 

 

終末の剣を振り上げる。それをオルディーネに突き刺そうとして。

オルディーネの翼がマナ…トリオンを噴射してイシュメルガの拘束から逃れた。

 

 

「未だ足掻くか!クロウ・アームブラスト!散り際を見誤っているぞ!」

 

 

双刃剣を回収し、イシュメルガに答えてやる。

 

 

「足掻くもんさ。可能性があるのに諦めるほど甘ったれた性格はしてないもんでな!」

 

 

双刃剣を自らに突き立てる。刃がオルディーネを深く抉り、トリオンが勢い良く噴出する。

 

だけ、ではない。

トリオンの噴出と同時に五色が閃光となりイシュメルガに肉薄した。クロウの行動の意図を測りかねたイシュメルガは閃光の速度を見誤り、五体を押さえつけられた。

それはオルディーネが吸収したはずの《灰》《紫》《緋》《銀》《金》の騎神たちだった。

 

 

それを確認したイシュメルガ。その核にはすでにオルディーネの双刃剣が突き刺さっていた。

 

 

「あの世へ行きな、イシュメルガ」

 

 

「莫迦な……そんな、莫迦な……この吾が…このイシュメルガがぁぁぁぁぁああ!!」

 

 

絶叫し《黒の騎神》イシュメルガは崩壊する。

 

クロウは五騎神を吸収したと見せかけて、オルディーネの内側でトリオンを分け与えていた。その分配が終わり、騎神を修復させていたのだ。これは“七の騎神”という黒トリガーの内側だからこそできた反則技であった。

 

 

「礼は言わねえし、謝罪もしねえ。なぜって?そりゃアンタらを吸収なんざしねえからさ」

 

 

それぞれの騎神から降りた起動者たちにクロウは思いっきりドヤ顔でそう言った。

 

 

「さすがはクロウと言うか…良くこんなの思いついたな?」

 

 

「まあな、本当に思いつきだったが…上手くいって良かったぜ」

 

 

やれやれと嘆息したげなリィンに、クロウ自身も安堵した表情を見せる。

 

 

「こんな反則技されちゃ、あちらさんもたまったもんじゃないだろうなあ」

 

「ハハハ!」と豪快にルトガーは笑い、

 

 

「とは言え、見事な作戦です。一度限りの奇襲のタイミングも正確だったと言えましょう」

 

 

リアンヌもクロウを褒めちぎる。

 

 

「流石、と言う言葉以外見つからんな。まったく大したものだ。賭け以外の何物でもなかっただろうに」

 

 

「そうだな。きちんと吸収してりゃ普通に勝てたかもしれねえし、負けてたかもしれねえ。だがこの賭けの方が勝率が高いと踏んだからな。アンタの言いなりになるのも癪だったしよ」

 

 

オズボーンもまたリィンと同じようにやれやれといった体でクロウに声をかける。

 

 

 

肉体の主導権を取り戻したクロウがそのまま現世に戻るかに思われたが……

 

 

「マダダ……マダ諦メヌ……!」

 

 

崩壊した《黒の騎神》の向こうにイシュメルガの思念体が出現していた。

変わらず不気味な黒い邪神のようだった。

 

 

「吾ハ与エテヤッタダノダ…闘争トイウ概念ヲ、成長ノ契機ヲ…!」

 

 

黒の思念体は語る。クロウの肉体の制御権を失い、片言に戻っていてなお。

 

 

「オ前タチ人間ガココマデ栄エ、力ヲ持テタノハ何故ダト思ウ…!?」

 

 

イシュメルガは語る。悪意に目覚めたら思考システムは。人に影響された業が。

人間が栄えたのは自らが与えた闘争という概念のおかげだと。

 

 

「確かにアンタのおかげかもな」

 

 

クロウはそれを肯定する。否定はできない。クロウ自身がそうであったから。

声をかけようとしたリィンらを無言で制して、

 

 

「闘争心は人を成長させる契機の一つだろう。俺自身も《鉄血》に闘争心を抱いて、ここまで来たんだからな。そう言った意味でアンタは“神”に違いねぇんだろう」

 

 

「ソウダ……!ソノ通リダ……!吾ノ起動者トナレバオマエモ……!!」

 

 

 

 

「ーーーだが悪いな。ここから先は“人”の時代だ」

 

 

 

認めたがゆえに、それは絶対的な拒絶となる。

 

 

「ミリアム」

 

呼ぶと、ミリアムの姿をした思念体が現れた。かつてリアンヌがもたらした小さな奇蹟のそれが。

先程イシュメルガと戦っている最中からヴァリマールはこの白い終末の剣(ミリアム)を振るっていた。

この黒トリガーは“七の騎神”とはなっていても、あの時、大気圏外に飛び出したすべてを内包したのだと理解した。

 

 

「やるんだね?」

 

「あたぼうよ」

 

短いやり取りの後にミリアムは根源たる虚無の剣の形をとる。

 

 

「ってわけだ、イシュメルガ。アンタを生み出しちまった人の性…それと向き合いながら俺たちは進む……ただひたすらに、ひたむきに前に…な」

 

 

決別の言葉を聞き届け、認められぬとイシュメルガはその思念体を黒い終末の剣へと変貌させる。

 

 

 

「ヲヲヲヲヲヲヲッ!!」

 

 

 

それはクロウへと迫るがーーーー、

 

 

 

「さよならだ、イシュメルガ。女神の元で、また会おうぜ」

 

 

 

白い終末の剣が一閃され、イシュメルガは真っ二つとなった。断末魔もなく、イシュメルガは完全に消え去った。

 

 

 

 

 

 

「やり遂げたな、クロウ」

 

 

振り返ってリィンを見る。ルトガーを、リアンヌを、オズボーンを。もうすでに消えかかっていた。

 

 

「ああ。リィン、それに《猟兵王》に《聖女》……《鉄血》ーーーいや、ギリアス・オズボーン……アンタらのおかげだ」

 

 

「あー、やめろやめろ。背中がムズ痒くなっちまうだろうが」

 

 

「ふふ……私たちは手助けしただけ。帝国に蔓延る悪意を打ち倒したのは貴方ですよ、クロウ」

 

 

ルトガーもリアンヌも笑みを浮かべる。それはオズボーンも同じだった。

 

 

「人の可能性…再び見せてもらったぞクロウ・アームブラスト」

 

 

そう言うとオズボーンは振り返って歩き出す。虚空に向かって。もう身体の大半は消え去っていて、向こう側が透けて見えるようだった。

 

そして。

 

 

「さらばだ、我が宿敵よ」

 

 

そういうと、ギリアス・オズボーンは虚空に消え去るのだった。

 

 

 

「さて、俺もここまでか。クロウ、お前さんはゆっくり…そのボーナスステージとやらを堪能してこい」

 

 

「たかだか数十年…私が過ごした時間に比べれば短いくらいでしょうが……その間に、今の野望も果たすと良いでしょう」

 

 

ルトガーとリアンヌも一言だけ残すと振り返り、オズボーンと同じように虚空に消えていく。

 

 

 

その場に残されたのはクロウとリィン、それにミリアムだけだった。

 

 

「おいリィン…今のはどういう意味だ?」

 

 

「そのままの意味、だろうな。クロウは不死者として生きる時間をボーナスステージって呼んでたつもりだろうが……それは今、余生って意味に変わったんだ」

 

 

「は?」

 

 

「つまり、相克に勝ったから不死者から生者に戻るってこと!」

 

 

リィンの言葉で半分理解しかけて、ミリアムの説明で完全に理解して「はあ!?」と叫ぶクロウ。

 

 

「いや待て。いったいどうしてそんな事になるんだ?」

 

 

「俺も詳しい事はわからない。ただ《巨イナル一》の元となった《焔》と《大地》の至宝の力に関係するんだと思う。……この際、難しく考えずに相克覇者の特典って思えばいいんじゃないか?」

 

 

「随分テキトーだなおい」

 

 

テキトーだしご都合主義だ。もちろんリアンヌのように不死者として何百年も生きるかと言われたら生者として天寿を全うする方を選ぶが。

 

 

「俺もそろそろ時間切れだな」

 

言うが早いか、リィンの姿も透け始める。黒トリガーにトリオンを注いでいた分だけ不死者たちより長く存在できたが、それも限界のようだった。

 

 

「クロウ、会えて良かった」

 

 

「俺もだ、リィン。助けてくれてありがとな」

 

 

そう言って、拳をぶつけあう。

 

 

「あ、それと50ミラの利子の件だけど」

 

 

「それまだあったのかよ…!?」

 

 

悪戯心丸出しで言ったリィンにクロウは肩をすくめる。

リィンはすぐに優しくて哀しげな笑顔になって、

 

 

「残ってる分は刀也に返してやってくれ」

 

 

クロウは一瞬だけポカンとして、「は」と笑う。

 

 

「債権者が引き継がれてるようでなによりだぜ。いったいどんだけ搾り取るつもりだ?」

 

 

「ある分だけ、ってところかな」

 

 

「闇金かよ」とツッコミを入れてどちらともなく笑い出す。リィンの姿がもうほとんど見えなくなって。

 

 

「じゃあな、クロウ。刀也の事、よろしく頼む」

 

 

「じゃあな、リィン。刀也の事は任せとけ」

 

 

それが最後だった。リィン・シュバルツァーも消えた。

 

 

 

「いいお別れができたみたいだね」

 

 

空気を読んでそれまで黙っていたミリアムがクロウに言葉を向けた。

 

 

「ああ。悪くない別れ方だった。ミリアム…お前は消えないのか?」

 

 

「うん。ボクは終末の剣として“七の騎神”に格納されてるからね。きっとクロウでも呼び出せるはずだよ。お喋りはできないけど」

 

 

 

「そうか……結局、ミリアムが一番長い付き合いになるかもな」

 

 

 

「ニシシ……そうかもね!」

 

 

ミリアムが笑うのを見届けると、クロウは表情を引き締めた。

 

 

 

「悪いがそろそろ行かなきゃならねえ。現実じゃマクバーンが大暴れみたいだからな」

 

 

「あ、表の状況わかるんだ?」

 

 

「ま、自分の身体の事だからな。じゃあなミリアム……またすぐに力を借りる事になると思うが」

 

 

「まっかせて!……いつでも見守ってるから!」

 

 

「ありがとよ」と言ってクロウは意識を浮上させていく。イシュメルガが消え去り、精神の定まらぬ己が肉体を取り戻すために。

 

 




ドラマチックにならない!
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