ワールドトリガー 《蒼の騎士》、軌跡の果てに   作:クラウンドッグ

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本作においてボーダーがかなりブラックな件。


第0次近界遠征

螺旋撃。疾風。業炎撃。紅葉切り。残月。緋空斬。無想覇斬。

 

流れるように続く七つの剣技を、クロウは眺めた。

八葉一刀流。その基礎となる七つの極意。七剣技。

 

それはクロウの記憶にあるリィンを想起させるには充分だった。

 

クロウにとって八葉一刀流と言えばリィンというのもあるが、それ以上に夜凪刀也がリィン・シュバルツァー(理想)を追及しているのが大きな一因になっている事は間違いない。

 

 

「刀也」

 

 

「…クロウ……」

 

 

振り返った刀也の顔を見て、クロウはどう話を切り出すか一瞬だけ逡巡して。

 

 

「よ、どうやら煮詰まってるみてぇだな」

 

 

「ちょいと休憩しようぜ」とフィッシュ&チップスの入ったバスケットを差し出した。

 

 

刀也も賛成の意を示して、2人はクロウの持ってきたそれを貪り始めた。

 

 

「で、忍田本部長との争奪戦には八葉一刀流で挑むつもりか?」

 

 

「まあ…そうだな。おれは八葉一刀流の剣士だから」

 

 

それはかつて刀也が生駒を“旋空残月”で降した時の言葉であった。しかし、その時と違って今のセリフはクロウにとってプラスの印象を与えない。

 

むしろ“夜凪刀也は八葉一刀流に囚われている”とすら感じさせた。

 

 

その事実は、刀也自身が気づかないと意味がない。助言は後でしてやるとして。

 

今は第0次近界遠征について、聞かなければならない。刀也に正しく助言してやるためにも、情報の欠落があっては誤った方向に誘導してしまう可能性があるからだ。

 

 

「話は変わるが」と前置きして、第0次近界遠征のワードを出した。刀也は困ったように眉根を寄せたが、忍田の許可がある事とあらましを忍田の口から語られた事実から、観念する事を決めたようだった。

 

 

「聞かせてほしい、刀也……おまえの目から見た第0次近界遠征を。たぶんそれで情報は出揃う」

 

 

「…東さんに聞いた方が早かったんじゃない?」

 

 

第0次近界遠征に旅立ち、帰ってきた3名のうち2名からクロウは話を聞いている。刀也と忍田だ。しかしその2人は意識を失っていた時間があり、完全とは言えない。対して残る1人である東は刀也が気絶していた時間も忍田が意識を失った後も、事の一部始終を目撃している。

だから、刀也の指摘は尤もとも言える。しかし、ここでクロウの中で育った最低最悪の懸念が鎌首をもたげるのだ。

 

 

「そうかもしれねぇが、東の旦那は忍田本部長と同じく記憶封印措置を食らってるだろ」

 

 

「ああ」

 

 

それに、刀也は驚きこそしたものの、澱みなく肯定した。

 

 

「さすが。……気づいたんだな」

 

 

「まあな……忍田本部長と刀也…おまえの話には明確な矛盾があった。乗船人数だ」

 

 

クロウは思い出す。第0次近界遠征に参加したのは7人だと刀也は言い、忍田は6人と言った。消えた1人が意味するのは、ボーダーの暗部。

 

 

「ボーダーはひと1人の存在を抹消したな?」

 

 

一足飛びに、クロウは答えを言い放った。

刀也は数瞬目蓋を閉じて、悲嘆を隠すような無表情で再び「ああ」と肯定した。

 

 

「第0次遠征には東さんを含めて若手が2人参加していた」

 

 

刀也の言う若手とはボーダー入隊間もないルーキーという事だろう。遠征という事業にそんなルーキーを随行させる意味も“経験を積むため”と理解できるし、遠征の目的は偵察だったため、そんな若手を参加させたのだとわかる。

 

 

「遠征の目的は第一次侵攻に関わった国の調査……近界の同盟国やら友好国の力を借りればそう難しい任務ではないと判断された。だから経験のために東さんと…長谷川ってやつが同行する事になった」

 

 

「だが、実際は違った。第0次近界遠征は一歩目で躓いた。補給と情報収集のため友好国に着陸しようとして……遠征艇ごと撃墜された…ってな」

 

 

「ああ」と刀也は首肯する。このあたりの事情は忍田から聞いているのだ。クロウが得たい答えは、忍田が気絶していた時間の事と忍田の記憶から消された人物の事だ。

 

 

「遠征艇を撃ち墜とした……いや、その友好国そのものを蹂躙したのは、たった一体のトリオン兵だった。バムスターが比較にならない巨躯。イルガーが可愛く思える堅牢。ラービットが裸足で逃げ出すような破壊力。後におれたちはそのトリオン兵を『ドラゴン』と呼んだ」

 

 

「ドラゴン……」

 

 

その呼称が決して大仰なものではないと過去の記録が証明している。忍田は声を沈めて、刀也は目を伏せる。

現ボーダーでもトップクラスの猛者が、今なお敵わない相手だと言外に主張している。

 

 

「ドラゴン……シンプルに、西洋の竜のような形状と能力だったからな。……そいつに、遠征部隊は殲滅された。…されかけた、か」

 

回想しているのか、刀也は瞑目する。その声音には悔恨が滲んでいた。

 

忍田が刀也から聞き出したという“死んだやつらを助けられたかもしれなかった”というのが関係しているのだろうか。

 

「おれは初撃でものの見事にトリオン体を破壊されてな。墜落する遠征艇から脱出して何とか受け身はとったんだけど、気絶しちゃってな。……次に目が覚めたのは、もう、みんな死んだ後だった」

 

 

 

 

☆★

 

「あと1時間で目的の国に到着する。そろそろ準備をしてくれ」

 

 

遠征部隊長の忍田の指示を受けて部隊全員がトリオン体に換装する。

その後、刀也は長谷川拓歩と軽口を交わしている間に友好国との門が開いた。

 

 

友好国アスヴァーンに進入する。

開発国家アスヴァーンーーー小国ながらその渾名通りに様々なトリガーを開発する事で近界に名を轟かす。持ち前の技術力を活かして、街並みは玄界の近代国家と近似していて、大規模は兵力はないものの特殊なトリガーを扱う少数精鋭の戦士団で大国とも対等に渡り合っている国家だ。

 

旧ボーダーはそんな開発国家と相互技術提供による友好関係を結んでいて、今回は情報収集と補給を目的として立ち寄ったのだ。

 

 

しかし、そんな目的はすぐに頓挫する事になった。

 

門を開けてアスヴァーンに進入した瞬間、遠征艇のアラートが鳴り響いた。それは敵の攻撃を意味するものだ。選択肢は防御か回避…その判断が下される前に。オペレーターが正確な状況を把握するより前に。

それは着弾した。否、抉り取っていった。貫いていった。穿っていった。遠征艇そのものを、だ。

 

 

 

刀也は右腕が根こそぎ持っていかれていて、しかし、そんな事は気に留める余裕はない。

 

自身より右に居た者が消し飛んでいったのだから、当然だ。

ボーダーのトリガーには緊急脱出が組み込まれている。遠征時にはトリオン体を破壊された場合は遠征艇に戻ってくる仕組みになっていた。

 

無意味。

 

遠征艇の半分が消し飛んだ。同時に緊急脱出システムもイカれて、そこにいた2人は生身のままその場に放り出された。

 

 

墜落する。

 

堕ちる遠征艇の中で刀也は、どうすればいいかわかった。直感に従い、遠征艇の壊れた淵に足をかけて跳ぶ。

タイミングは刹那。しかし直感により刀也は正解を引き寄せる。

 

地面に激突する直前に、自らのトリオン体を破壊し、イカれた緊急脱出の“その場に放り出される”性質を利用してそれまでの勢いを殺した上で、生身で着陸を試みたのだ。

 

 

視界の端では忍田が長谷川を、もう1人の古参が東を抱えて遠征艇を脱出しているのが見えた。場違いに「さすがベテラン」と呟く。右腕を失い緊急脱出目前だった自分の不細工な着陸とはわけが違う。

 

 

「 か は っ 」

 

 

着陸、墜落。いくら小細工を施して勢いを殺したと言えども衝撃は凄まじく、受け身を取ったとしても気を失うのは必定だった。

 

 

☆★

 

 

「ーーーーーーーーーう」

 

 

目が覚める。意識を取り戻す。揺れる視界におぼつかない足取りで何とか立ち上がり、周囲を見渡す。

 

視界の端々に映る赤いものを垂れ流すナニカを無視して、ほど近くで戦っている忍田の姿を認めた。

 

 

「生きてた、のか…」

 

 

「…東、さん?…今はどんな……?」

 

 

“遅過ぎた”のだと理解したくなくて、状況の把握に意識を割く。

ボーダーが現体制になってから入隊した東は常に冷静で理知的であった。最初の狙撃手として早くも頭角を出してきたがゆえに今回の遠征部隊にも選ばれたのだ。

 

その東が端的に言った。

 

 

「終わりだ」

 

 

“終わり”

なにが、なんて問えない。それは、その光景を見た刀也と同じ感想だったからだ。

 

遠征艇は破壊され、近くには原型を留めない死体がいくつもあった。致命的なまでに血を流すそれが逆に現実感を失わせる。

開発国家と謳われた小国ながらも豊かな国は徹底的なまでに破壊されている。

 

それをした相手は、アレだろうと視界の数割を占める巨体を睨んだ。

 

 

「射場さんも湯浅さんも、白瀬さんも長谷川も……みんな、やられた。あのドラゴンに……!」

 

 

東も同じようにその巨体を、竜のようなトリオン兵を睨む。いや、睨みつける気力もなく、その景色を眺めた。

 

忍田が、その竜に弾き飛ばされる光景を。

 

 

大きく吹き飛ぶ忍田のトリオン体がその途中で弾けた。生身のままその場に投げ出され、しかし勢いは残ったまま、半壊した遠征艇に強かに背中を打ちつけた。

 

「がっ」と肺の中の空気が吐き出されて、忍田の頭が揺れる。意識が落ちかけているのだ。

その視線がこちらに向くと、忍田はかろうじて言ってから気絶する。

この状況で「逃げろ」だなんて、いったいどうしろと言うのだ。

 

 

絶望感に包まれながら巨躯を見上げる。ドラゴンと、目が合った気がした。

 

 

「………あ…」

 

 

 

その口腔が開き、ちろちろと赤白い炎が揺らめいた。

 

 

放たれる、死を呼ぶ吐息。ドラゴンブレス。炎弾が向かってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでも諍うと決めた。ーー俺が、俺自身であるためにも!』

 

 

 

声が聞こえた気がした。いつの間にか握り締めていたのはリィンから託された願いのカタチ。

“Ⅶ"sギア”と名付いた黒トリガー。

 

 

 

「Ⅶ"sギア、駆動!」

 

 

自身のトリオン体も破壊され、他の部隊員たちも死に瀕した。それでもまだ、Ⅶ"sギア(リィン)が残っているーーーー!

 

 

 

 

 

 

一刀、両断。

 

 

抜き放たれた太刀が、迫る炎弾を真っ二つにした。

死を纏うドラゴンブレスは切り裂かれて霧散する。

 

 

 

「……夜凪?」

 

 

一瞬先の死を破却された東は、いでたちから変わった刀也の背中に向けて、その名を確認するように呼んだ。

 

刀也は半身だけ振り返って見せると、淡く哀しげに微笑む。

 

 

「もう、大丈夫だ」

 

 

次の瞬間、刀也は騎士剣を地面に突き立てていた。

 

 

「聖なる盾よ、守護せよ」

 

 

戦技再演 : プラチナムシールド

紋章が輝くと、光が忍田と東を包み込んだ。

 

刀也はそれを確認すると走り出す。次に手に握られていたのはダブルセイバー。

 

 

さらに加速して暗黒の閃光となり、いくつか傷つけられた竜の足元をすり抜けると反転してX字の斬撃を放つ。

戦技再演 : デッドリークロス

 

それでようやくドラゴンの一足が切り飛ばされた。これでまだ1本だ。足はあと3本。あと尻尾に首が残っている。

 

 

十字槍を空に投げ放つ。それは巨大化すると聖槍へと変貌して大地に裁きを下す。地面ごと刀也を薙ぎ払おうとした尻尾を聖槍は貫いて裁断した。

戦技再演 : 吼天鳳翼衝

 

 

竜の頭が刀也を向く。否、頭部の移動に伴ってブレスが吐き出されていく。それは先のような凝縮された炎弾ではないが、致命的な威力を秘めてはいた。

 

 

突破する。両腕にトンファーを装備し、裂帛を以って身体能力を上昇させ、龍の気迫をしてブレスを撃ち破る。のみならず、ライジングサンは竜の顎を打ち抜きのけぞらせた。

戦技再演 : バーニングハート、ライジングサン

 

 

次に呼び出したるは青き大剣。洸翼を纏うそれを振り切って倒れ落ちるドラゴンの足一本を斬り飛ばした。

戦技再演 : 洸凰剣

 

 

巨躯が崩れ落ちる。右前足と左後足を失いバランスも取れないかと思われたドラゴンだったが、すぐさま体勢を立て直すと刀也に鋭い爪を振り上げた。

 

 

だがすでに遅い。刀也の周囲には魔導騎銃が展開されていて、それが一斉に稲妻の如き光線を放ち、ドラゴンの爪ごと残った前足を炭化させた。

戦技再演 : ロード・ガラクシア

 

 

さすがに残った足では攻撃できないのか、竜は三度、口腔にエネルギーを充填する。

それは先程の薙ぎ払いブレスや凝縮炎弾ブレスよりもタメが長い。

 

 

「撃たせるかよ」と呟いて、分身したクラウ=ソラスの一体を変形させて身に纏い、もう一体は剣とした。

 

肩部のブラスターから光線ブリューナクを照射してドラゴンの顎を叩く。ブレスはあらぬ方向に吐き出される。ラストは剣を蹴り飛ばして着弾点で炸裂させる。竜の最後の足も消し飛んだ。

戦技再演 : ソラリス・ブリンガー

 

 

崩れ落ちる。一国を滅ぼしかけ、ボーダー遠征部隊を薙ぎ払った破格のトリオン兵が、崩れ落ちる。

四肢を失い、尻尾さえも切断されて、もはや身動きはできず、破壊されるのを待つのみとなる。

 

しかし、そんな中でもドラゴンの内部でエネルギーが膨れ上がったのが感じ取れた。

おそらくイルガーのような自爆モード。内部の蓄積トリオンの量からイルガーの自爆とは比較にならないほど大規模な爆発になるだろうが。

 

 

ARCUS(幾多の縁を紡ぎし証)、駆動」

 

 

刀也の背後に7つの武器が控える。そして、リィンが生前、ARCUSで戦術リンクを結んだ相手の姿を浮かび上がらせた。

ユーシス・アルバレア

クロウ・アームブラスト

ガイウス・ウォーゼル

ロイド・バニングス

ラウラ・S・アルゼイド

ミュゼ・イーグレット

アルティナ・オライオン

刀也が顕現させた武装の、本当の使い手たち。

Ⅶ"sギアは、《黒の騎神》に汚染されたリィンの黒トリガー。真価を発揮するためには、汚染を一時的にでも除去しなければならない。

そのための儀式がこれだ。

 

 

『Ⅶ"sギア封印機構、解除鍵選定開始』

 

仲間たちの協力をもって、リィン・シュバルツァーを取り戻す。その軌跡の焼き直し。

 

 

『ユーシス・アルバレアーーーー合致。

 

クロウ・アームブラストーーーー合致。

 

ガイウス・ウォーゼルーーーーー合致。

 

ロイド・バニングスーーーーーー破却。

 

ラウラ・S・アルゼイドーーーー合致。

 

ミュゼ・イーグレットーーーーー合致。

 

アルティナ・オライオンーーーー合致』

 

 

7つの武具が太刀に吸い込まれ消えていく。同時に控えるようにいた7人の影も消えていく。頼もしい微笑みを湛えて、肩を叩かれた気さえした。

 

 

『第一拘束解除、『焔』解禁。

 

第二拘束解除、『蒼焔』解禁。

 

第三拘束解除、『暁』解禁。

 

第四拘束解除、『落葉』解禁。

 

第五拘束解除、『黒葉』解禁。

 

第六拘束解除、『無仭』解禁。

 

第七拘束封印継続』

 

 

「駆動完了。『無仭』発動」

 

 

 

選ぶのはそれ。リィン・シュバルツァーの奥義。師の到達点。

 

 

 

「ーーー壱」

 

壱ノ型『螺旋撃』

 

 

「ーーー弐」

 

弐ノ型『疾風』

 

 

「ーーー参」

 

参ノ型『業炎撃』

 

 

「ーーー肆」

 

肆ノ型『紅葉切り』

 

 

「ーーー伍」

 

伍ノ型『残月』

 

 

「ーーー陸」

 

陸ノ型『緋空斬』

 

 

「ーーー漆」

 

漆ノ型『無想覇斬』

 

 

 

「ーーー八葉一刀『無仭剣』」

 

 

 

斬撃は刻まれる。剣撃は収束する。ブレスを吐き出す口腔の奥にあったそれーーートリオン兵の弱点である“目”は破壊され、自爆機構も停止した。

 

アスヴァーンを蹂躙し、ボーダー遠征部隊を鏖殺手前まで追い込んだ竜のカタチをしたトリオン兵は、こうして破壊された。

 

 

 

 

倒した。倒せた。終わった。なんとかなった。なんとかなってしまった。

 

なんて事だ。勝ってしまった。倒してしまった。一国を滅亡せしめるだけの力を秘めた、文字通り傾国のトリオン兵を、たった一つの黒トリガーで倒せてしまった。いくら先に戦った者たちのダメージが蓄積していたとは言え、ただの1人で倒せてしまうなんて。

なんて、悲劇的で救いのない、救世の物語なのだろう。

もう少し早く、夜凪刀也が到着していればアスヴァーンは滅亡の危機に瀕さずとも済んだのではないか。もう少し早く、夜凪刀也がⅦ"sギアを起動していれば仲間たちは死なずに済んだのではないか。もう少し早く、ーーーーーーーーー。

 

 

なんという、無能の証明だ。

 

 

 

 

 

刀也は頭に浮かんだ益体もない思考をかぶりを振って追い払う。Ⅶ"sギアを解除して、東らの元へ歩いていった。

 

 

 

☆★

 

 

 

「それからおれたちは遠征艇を借りて、こっちの世界に帰ってきた。国を救った英雄様の頼みだってんで、アスヴァーンの方々も快く貸し出してくれた」

 

 

そこで「フッ」と自嘲するように刀也は笑う。“英雄”なんて評価は皮肉でしかない、と自分の中で決めつけているのだ。

 

 

「そんなこんなで三門市に帰還したおれたちは、報告を行った。そしてーーー」

 

 

 

「ーーー記憶封印措置を受けたってわけだな」

 

 

 

刀也の言葉をクロウが継いだ。

“記憶封印措置”……例えば立ち入り禁止区域に侵入し、近界民の被害に遭った一般人の記憶を封じたり。例えば口の軽い隊員がボーダーを脱退する際に機密を持ち出せぬよう記憶を封じたり。

 

そういった、言わばボーダーに都合の悪い出来事をなかった事にするためのシステムだ。

 

しかしまあ、一般人の近界民に関する記憶を封じるのも、ボーダー隊員の脱退の際に機密保持のために記憶を封じるのも、理解と納得のできる記憶封印措置の使い方だ。

 

 

しかし、第0次近界遠征の生存者に施されたそれは、あまりにも普段の用途から隔絶した使用目的であった。

 

 

こくり、とクロウの言葉に刀也は頷く。

 

 

「第0次近界遠征が秘匿されながらも公然の秘密となっているのは、隠されているのは“第0次近界遠征のみ”って誤認させるためだろう」

 

 

秘密を暴く者に対して、秘匿されている第0次近界遠征とはひどく甘美な答えだ。だが、ボーダーが真に隠したいのはそれではない。

 

 

「新入隊員の死亡という事実。ボーダーはそれをなかった事にした。関係者すべてに記憶封印措置を施す事によって。………違うか?」

 

 

第0次近界遠征に随行した新人2名の内、死亡した1名。すなわち長谷川拓歩。彼の存在をボーダーはなかった事にした。

 

 

「違わない。何も違わないよ」

 

 

新人の死亡なんて出来事は発足したばかりの現ボーダーにとって、組織そのものを傾けかねない大事故だった。だから隠蔽する事になったのだ。

 

 

「少し訂正するなら、あいつは…長谷川はボーダーに入隊しなかった事になった。いや、第一次近界民侵攻で死亡した事になった」

 

 

長谷川拓歩の存在そのものをなかった事にするのは非常に難しかった。関係者、親類縁者の全員に記憶封印措置を施して、長谷川拓歩という人間がそもそも生まれなかった事にしたら、記憶の欠落が大き過ぎるからだ。

だから、第一次近界民侵攻で死亡した事にした。幸いと言うべきか、長谷川は三門市民だった。つまり“第一次近界民侵攻で死んでもおかしくない”のだ。

 

 

「関係者の記憶から長谷川拓歩の存在は第一次侵攻以降のものが封じられた。そうすると、長谷川は第一次侵攻以来存在しなかった事になり、死んだか連れ去られたかの2択になる。そして瓦礫の撤去作業中に遺体を見つけたとか言って関係者には“長谷川拓歩は第一次近界民侵攻で死亡した”と思わせた」

 

 

クロウの表情は険しい。対して、語る刀也は虚無の貌だ。そこで「ああ…」と思い出したように再び刀也は口を開く。

 

 

「第一次近界民侵攻以降も長谷川が生きてたという痕跡は唐沢さんが消してくれたよ。昔に勤めてた悪の組織の伝手ってやつでね。…………そういうわけで、長谷川拓歩の存在は抹消された。当時、その件に関わった人はほぼ全員が記憶封印措置を受けて、今や覚えているのはおれと城戸さんだけだ」

 

 

刀也の話はどうやらそれで終わりのようだった。

第0次近界遠征についての。抹消された長谷川という友人についても。

だがまだ疑問は残っている。

「俺がわからねえのはそこだ」とクロウは言った。記憶封印措置……文字通り記憶を封じ込めるものだ。ボーダーに不都合な事実を隠すために用いたのはわかった。しかし、だ。

 

 

「なんでおまえの記憶は封印されてねえんだ?」

 

 

 秘密を知る者は少ない方がいい。なのに、夜凪刀也に記憶封印措置が行われていない理由は?

この件を覚えているのは刀也を除けば城戸だけらしい。おそらく報告を聞いた上層部の者も、事実隠蔽に尽力した者も例外なく記憶封印措置を受けたはずだ。遠征で生き残った忍田や東でさえも。

だと言うのに、なぜ刀也は真実を記憶しているのか。隠蔽された軌跡をどうして末端の隊員である刀也が覚えていたのか。

 

 

 

「記憶封印措置は受けたよ、何度も」

 

 

しかし答えは予想外のもの。記憶封印措置は受けた?なぜそれで長谷川の事を覚えてーーー

 

 

「ーー待て。何度も、だと?」

 

 

刀也は黙って頷いた。

 

「そういうことかよ」

 

クロウの中ですべての点が繋がった気がした。

 

 

「記憶封印措置を受けて、長谷川の記憶を忘れるたびに、思い出していたんだな?……トラウマの記憶と共に」

 

 

刀也には遠征に対して苦い思い出がある。忘れたくても忘れられない記憶だ。きっとそれがあったから遠征艇を模した施設で過ごす遠征選抜第一試験で落第した。きっとそれがあったから刀也は自分を信じて生きていない。

 

刀也にとって第0次近界遠征という出来事はそれそのものがトラウマなのだ。忘れ難い精神的な外傷なのだ。だから、例え封印されたとしても、すぐに思い出してしまうほど強烈な記憶なのだ。

 

 

「うん、その通り。……おれは第0次近界遠征でトラウマを負ったらしい。だから記憶封印措置を受けても、トラウマが記憶を掘り起こす。…長谷川の存在と一緒に。………だからおれは特別になった。“いくら記憶封印措置を施しても忘れない人物”としてボーダーは、城戸さんはおれを保護するしかなくなった。ひと1人の存在の抹消なんて醜聞を抱えるおれを邪険に扱う事はできないからね。どこの隊に入ってるわけでもないのにA級。この隊室だって、たった1人に与えるにはちょいと大き過ぎるだろ?……全部城戸さんが便宜を図ってくれたんだよ」

 

 

「……じゃあまさか、遠征途中離脱の件も」

 

 

「…城戸さんにとっておれは腫れ物だ。認めざるを得ない状況を整えてやれば、その手に乗ってくるのはわかってた」

 

 

城戸にとって刀也の遠征途中離脱は願ってもない話だった。確かにⅦ"sギアという戦力は惜しいが、それ以上にボーダーにとっての爆弾を排除できる機会だった。

“帰ってくる”なんて話も近界はそんなに甘くない世界だと知っているから笑って流せたのだ。よしんば帰ってきても今の状況が続くだけであり、城戸としては分の良い賭けだった。

 

 

「まあ、実権を奪取されたってのが大きいんだろうけどね。そこまで準備したされたなら城戸さんとしてはわざわざ抵抗する理由もないってだけだよ」

 

 

「……なるほどな。随分と俺らの都合良く事が運んだと思っていたが……まさかそんな裏があったとはな」

 

 

無論、B級ランク戦や対侵攻に関しては何も忖度はない。ただ初めからボーダー本部司令城戸正宗は難関ではなかったと言うだけだ。

城戸の承認が必要な場合では、最終的には必ず承認を得ている。

今の状況だってそうだ。一度は選抜試験に落第した刀也を遠征部隊に捩じ込もうとしている。

 

 

「ご都合主義には裏があるもんさ」

 

 

「ふんっ」と自嘲するように笑って刀也は話を締め括るのだった。

 




エネドラをトリオン兵にして運用する件にしろ、ひと1人の存在の抹消にしろ、ヤベェこと思いついたなと執筆しながら思いました。自分の倫理観がだいぶぶっ壊れてんのかな?と。
結論は、まあいっか!これくらいインパクトあったほうがいいっしょ!でしたまる
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