ワールドトリガー 《蒼の騎士》、軌跡の果てに 作:クラウンドッグ
理解した。おそらくは、すべて。夜凪刀也の抱える自己否定の理由を。
「刀也……、おまえはとても歪なんだな」
「歪か。歪んでいるか。……そうだな、そうかもな」
クロウの導き出した回答に刀也自身も同意した。ああ、その答えすらも歪んでいるのだ。自分の歪みを理解してしまうなど。
「わかったぜ。おまえから感じる不自然さの理由……」
夜凪刀也という存在が醸す不気味さ、不自然さ。有り体に言えば、倫理観の破綻だ。……後輩に慕われる“ヨナさん”がエネドラのトリオン兵化という狂気に手を出した理由。
「おまえは、自分を通して世界を判断してないんだな」
夜凪刀也は、世界を自分というフィルターを通して見ていない。
つまり、世界を三人称視点で見ているようなものだ。まるでゲームをするように、夜凪刀也は夜凪刀也という人物を操作する。
「完全な客観視による判断……、幸か不幸か、おまえにはそれをできるだけの技術と異能があった。八葉一刀流の『観の眼』、そしてサイドエフェクト『超直感』だ」
あらゆる先入観を排除して物事の本質を捉える観の眼は、自身という不具合を通さず世界を見る手段だった。
超直感は外れない。夜凪刀也の間違いだらけの判断が下される前に実行される反射機構だった。
この2つがあったから夜凪刀也の“自身を通さず世界を見る”という行動は破綻しなかった。しないでいてしまった。
「客観的に世界を観察し、正解を導くから…その判断に誤りはない。……おまえはそう信じている。……いや、自分よりは信じられるって所だな」
「……そうだな。………そうだった。こうなるまでは」
しかし、現状は行き詰まっている。
刀也の肯定は哀しいものだった。
遠征選抜試験で醜態を晒し、内定を取り消された。遠征に参加するには黒トリガーを使った忍田と争奪戦をして勝利しなければならない。
それこそ観の眼と超直感の敗北の証左であった。
その技術と異能はやはり、自らに根付いたものだからか。やはり自分が悪いのだ。
「……今回の件でそうなるまでは、観の眼と超直感がおまえの意思決定をしていたはずだぜ。……だが、時たまそれにお前自身の願望が混ざるからタチが悪い」
B級ランク戦ROUND3がその最たる例だろう。
二宮と対峙した際は観の眼と超直感を利用し、難なく撃破した。しかし生駒とぶつかった時は観の眼と超直感による判断機構を無視して“剣で勝負する”という願望を優先した。
それこそ夜凪刀也を完璧超人足らしめず、人間性を排除させないものだ。
機械が狂って人間のように見えるのが夜凪刀也なのだ。
刀也が願望を優先せず、観の眼と超直感だけで物事を判断するなら、その異常にもっと早く気づけただろう。どうして自分たちで方向性の違いがない事を疑問に思わなかったのだろう。ゼムリア人で元テロリストだったクロウと、戦いの経験があるとは言え普通に育った刀也の価値観に。
ああ、それについても答えは出ている。
観の眼はあらゆる先入観を排除する。そこには倫理観も含まれるのだ。観の眼が発見した攻略法を超直感が間違いないと太鼓判を押すのだ。夜凪刀也自身が“狂ったやり方だ”と思っていても、その方法を否定すべきでないと超直感が解答を教えるのだ。
自分が信じられない男は、誤らない判断に身を任せているのだ。それが結局は自分なのだから、夜凪刀也は歪なのだ。
「そして、おまえがそうなったのは“第0次近界遠征”が原因だな」
クロウの確認に、刀也はゆっくりと頷いた。
「あの遠征でおれは身に染みて実感した。夜凪刀也は無能だって。おれが判断を間違ったからみんな死んだんだって…!長谷川の存在がなかった事にされたんだって……ッ!」
語る言葉に悲痛が混じる。努めて自己を装っていた男の、自分の何をも信じられなくなった末路の声音。
「わかったんだよ…ッ!!おれがどうしようもなく無能なんだって……」
その悔恨は決して余人に知れるものではない。
“遠征で死んだやつらを救えたかもしれなかった”なんて嘘だ。“救えた”のだ。夜凪刀也が判断を誤らなかったら。そんな可能性を観の眼や超直感で何度もシミュレートしたはずだ。そして、もっと早い段階でⅦ"sギアを使っていたら、救えたのだと確信しているのだ。
だが現実は救えていない。長谷川に至っては死の理由を改竄された。
そのすべてを、後悔として背負っているのだ。
そのすべての後悔で自らを縛っているのだ。
それを傲慢と切って捨てる事はできない。
もしも超直感の囁くままに友好国に降り立つのをやめていたら。
もしももっと早くⅦ"sギアを起動していたら。
そんなIFがあり得たのだと観の眼と超直感が肯定しているのだ。
だから、その後悔を背負うのは正しいのだ。
「……そうだな。刀也……おまえがもっとしっかりしてれば、死亡者はいなかったかもしれねえ」
クロウは刀也の自己評価を肯定した。仲間を救う機会を何度も見過ごした無能の夜凪刀也。その評価を。
「その後悔をもとに以後、観の眼と超直感に従ったっては正しい決断だったのかもな」
「ーーーーーーーッ」
否定して欲しかったのだろうか。自分で判断する事から逃げているだけだと責めて欲しかったのだろうか。
刀也は自分の気持ちがわからない。“そうだ”と観の眼は見抜く。“そうだ”と超直感は確信する。
「それでも、俺は言うぜ……刀也」
刀也の視線が下がる、その前にクロウは言い放つ。
「甘ったれんな! 夜凪刀也!!」
☆★
突然の大声に驚いた。心を鷲掴みにされたようだ。言われた刀也は目を見開いた。
「え……?」
「甘ったれんな、つったんだぜ……刀也」
思わず目を逸らしたくなるほどのちからを秘めた視線がクロウから刀也に向けられる。赤い瞳が煌めく宝石のようだった。
「どんな事があろうと、心はそこにあるもんだ。願いってもんはな。…おまえが八葉の剣士でありたいように、願望ってのは時に人から正しさを奪う」
そうありたい、という願いに人は抗えない。それが間違っているとしても。
それでも、間違っているとわかっているなら、願いは排除すべきなんだ。
「だがな、願いのためにおまえは頑張らずにいられるのかよ……! その努力を間違いだったと諦められるのかよ……!」
諦められるわけがない。
いくら観の眼や超直感が正解を導こうが、願望はそれを無視する。
“こうするべき”という最善よりも、“こうありたい”という最高を求めるのだ。
その否定はできない。クロウが来れば立ち上がると決めていた事も、Ⅶ"sギアを自らの手でゼムリアに届けるというのも、すべて“こうありたい”という願いだ。
願いの否定は己の否定だ。
なんて事だ、言葉にして初めて理解する。自己肯定感なぞ欠片もなく、観の眼と超直感による客観的自己評価だったはずなのに。
自分の願いを否定していないなんて。なんて矛盾。
「……できるわけねえよな。おまえは八葉一刀流の剣士だと自分を定義した。今までの努力を無意味だって事にしなかった。それは願いの肯定、自己の肯定だ」
………言葉が、出ない。
間違うから。間違ったから。すべての判断を己の技能と異能に委ねたのに。
観の眼も超直感も、使われていたのは己の判断の下。あるいはこれは矛盾ではないのかもしれない。そもそもの、根幹からの誤り。
“自分で判断しない”という判断を自ら下した根っこからの腐敗だ。そりゃあその上に積み重なったものは伽藍堂に決まっている。
「なら、おれはどうすりゃいいんだ……」
夜凪刀也の意思決定は何をもって行えばいいのか。自分の意思なんてのは論外だ。間違いだらけの夜凪刀也に判断を任せるのはありえない。だからと言って観の眼や超直感からは己という指向性は除けない。
だったら、これからどう生きていけばいい?
「もう一度言うぜ」
クロウは刀也の胸ぐらを掴むと引き寄せて、静かに言う。
「甘ったれんな、夜凪刀也…! どうすればいいかだと?そんなもんは自分で決めやがれ!」
突き放すように刀也をソファに放り、立ち上がったクロウの視線が突き刺さる。
「おまえの生き方はクソッタレだ。そんなの自分でわかってるだろうが。…お前はただ後悔したくねえから、後悔しねえと決めたから……物事を決めるのに自分で判断しなくなっただけだ」
それは、とても歪んだ逃避だ。
自分がどんなミスをしたって、それを判断したのは観の眼と超直感なのだから、自分に責任はないという論理。
後輩の教育にしたってそうだ。観の眼と超直感で適すると感じた戦術を与えるだけ。きちんと導くのはそう頼まれた時のみだ。
「ビビるのはわかるぜ。自分の判断で仲間が死ぬかもってのはな。……だが、それでも人間ってのはな、人と人の間に生きてる限り…何があっても踏ん張って進まなきゃいけねえんだ。時には這いつくばってでもいい、未来を切り開かなきゃいけねえんだ」
「………這いつくばってでも、未来を切り開く…」
そんな気概、夜凪刀也にはない。
嫌な事から顔を背けて、苦手な事から視線を外して。“ヨナさん”なんて仮面で、偽りを生きてきた。それはもはや、自分の人生からの逃避。
「そんな気概はねえってか?」
心を見透かされたかと思った。クロウの言葉は刀也の心中で渦巻く苦悩や葛藤を見抜いていた。
何故ならそれは、かつて自分も味わったものだからだ。
立ち止まった、とクロウは自らを評価していた。祖父の仇討ちのためにギリアス・オズボーンをつけ狙う日々。それは本来の運命から外れた復讐劇だ。クロウ・アームブラストという少年が享受するはずだった幸不幸から逃げ出した物語だった。
しかし、そうして復讐を果たす最中、撹乱のために入学したトールズ士官学院で友人を得た。トワやジョルジュ、アンゼリカ。それにⅦ組にも編入してキャラの濃い連中と一緒に過ごした日々。
それはクロウがジュライで生きていたら手に入らなかったものだ。
“学院生クロウ・アームブラスト”がフェイクだったとしても、そこで得たものは偽物なんかじゃなかったから。
「……俺は、おまえの事を“立ち止まった奴”だと思ってた。リィンが死に、遠征じゃ救えたかもしれない奴を死なせ、長谷川の死の真相すら隠さざるを得ない…そんな鎖に縛られて立ち止まったんだとな。……だが、訂正するぜ。おまえは立ち止まったんじゃない。寄り道してたんだな」
“寄り道”
その言葉は刀也の視線をさらに落とすには充分過ぎるものだった。なにせ実感がある。刀也にとってリィンが死んでクロウに出会うまでの四年間は寄り道多き年月だった。
八葉一刀流の修行を積んでもリィンのような高みには至れず、ほかのブレードトリガーや弾トリガーに手を出す始末。
「修行に明け暮れてたならまだ救いはあったかもしれないな。……要は結果が出ないから努力から逃げてただけだ」
「いや、いいんじゃねえか…寄り道。その寄り道があったからこそ、おまえは多くの技能を身につけた。その寄り道があったからこそB級ランク戦でも勝利する事ができた」
寄り道があったから。
刀也にとってそれは救いのように思えた。しかし己を八葉一刀流の剣士と定めたからにはその救いを受け入れるわけにはいかない。
「間違って壁にぶつかって、迷って壁にぶつかって。寄り道だらけの人生……大いに結構だと思うぜ。そうしてぶつかりまくったおまえの
寄り道して、壁にぶつかったからこそ。道は大きく拓けている。末広がりに。ーーー八の字のように。
ああ、なんだろう……それは、とても八葉一刀流の剣士に相応しい道程に思えた。
くるりと、反転する。
“寄り道したからダメだった”そんな評価が覆される。“寄り道したからこそ未来が拓けた”
そこが肯定されたなら、あとはもうすべてが覆る。
反転する。くるり、くるり、と。
否定は肯定へ。
誤答は正答へ。
信用は自信へ。
「ーーーーありがとう」
八の字ーーー八葉一刀流。
そんな言葉ですっかり元気になるなんて、すごく単純だ。などと自分で思いながら、刀也は礼を告げる。
クロウはただ短く「ああ」と感謝を受け取るのだった。