ワールドトリガー 《蒼の騎士》、軌跡の果てに   作:クラウンドッグ

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「離れる」とき

第一次近界民侵攻の際にリィンに頼られなかった事。

第0次近界遠征の際に全滅を予感しながらそれを看過してしまった事。

 

その2つの事実が夜凪刀也から自信を根こそぎ奪い取っていった。

 

 

それから夜凪刀也は自分を信じる事はしなくなった。

正確には、夜凪刀也の“自己”を無視するようになった。

時折“自己”は強く主張し夜凪刀也を乗っ取る事はあったが、それでも夜凪刀也を永く支配していたのは師より伝授された“観の眼”と自身の異能“超直感”だ。

 

それはなにより、夜凪刀也が望んだ事だった。

 

ある意味でそれは自己防衛本能であった。

リィンに頼られなかった悔恨。仲間を死なせた後悔。己が分を超えた悔いの念に“これ以上は無理だ、背負えない”と判断したのだ。

 

だからそういった後悔から逃げるために、己が判断を観の眼と超直感に委ねたのだ。

 

 

そうして夜凪刀也は世界を客観する事になった。

自信を無くした夜凪刀也だったが、周囲からそう思われていなかったのは“ヨナさん”としてそう振舞っていたから。そう振る舞えたのは自信はなくとも客観的に自分を信用できていたからだ。

 

客観的な自己評価。誰しもがやる事ではあるが、夜凪刀也のそれは観の眼により群を抜いた精度であった。

 

その評価は決して低いわけではなかった。むしろボーダー隊員の中では上位に入る。それは自負ではなく事実として認識されている。

 

 

クロウの言葉により。くるり、と反転した。

 

信用が自信に変貌する。喪失した自信が復活する。

夜凪刀也の新生だ。

 

 

 

☆★

 

 

「で、調子はどうよ?」

 

 

挨拶のように軽口を交わして、本題に入る。

 

刀也と忍田による黒トリガー争奪戦間際の事であった。

 

 

「ま、悪くねーよ」

 

 

クロウの軽々とした様子に負けず劣らず気負わないまま刀也は言い切った。

 

 

……「すぐに変われるわけじゃないけどさ。まあゆっくり変わっていくよ、時間はたっぷりある事だし。……おまえもいるしな、クロウ」……

 

今から5日前。クロウとの会話を終えた刀也は少しだけ恥ずかしそうにそう言った。

 

そう言ったのだから、あとはもう信じるだけだ。

 

 

「……そろそろだな。気張れよ刀也」

 

 

「ああ」と短く返事をして刀也はクロウの突き出された拳に己のそれをぶつけた。

 

控室から会場に続く通路の扉が定刻を報せるように開く。

刀也はクロウに背を向けて歩き出す。

 

 

「クロウ……見ててくれ」

 

 

一瞬だけ立ち止まり、振り返らないまま言ってのけ、扉の向こうに消えていく。

 

 

「おうよ……見せてもらうぜ、おまえの八葉一刀流をな」

 

 

届かない言葉を餞とし、クロウも刀也とは逆方向に歩みを進める。

 

 

 

 

 

 

夜凪刀也vs忍田真史の黒トリガー“Ⅶ"sギア”争奪戦は全隊員が観戦可能となっている試合だ。

当人がそれを承知しており、皆の前でどちらが優れたトリガー使いであり、どちらが黒トリガーに相応しいのかはっきりさせるための争奪戦だからだ。

ルールは①一本勝負。②時間制限なし。③フィールドは50m四方、障害物なし。④忍田は黒トリガーを使用。のざっくり4つ。他にも細々とした取り決めもありはするものの。

 

 

「おうクロウ。どうだったヨナさんの様子は」

 

 

「ま、悪くはなさそうだったぜ」

 

 

観戦を約束していたわけではないものの、なんとなく太刀川と合流したクロウはその隣に座ると話し始める。

 

 

「そっちこそどうよ、忍田本部長の調子はよ」

 

 

「俺が20本中1本取るのがやっとだ。正直ヨナさんの勝ち目はかなり薄いと思うぜ」

 

 

太刀川慶は言わずと知れた総合ランキングNo.1にして攻撃手ランキングNo.1の、文字通りボーダー最強の剣士だ。

それも忍田がいるせいで頭に“現隊員で”とつけなければならないが。

 

その太刀川が刀也の勝算は低いと断言する。

実際に忍田のⅦ"sギアの試し切りに付き合った太刀川は、その強さを思い知っている。

刀也が弱いとは言わないが、それ以上に忍田が強過ぎるのだ。

 

公開処刑のようなものだ、と太刀川は考えている。Ⅶ"sギアが刀也にとってどれほど大切なものかは知らないが、こうして大々的に争奪戦で敗北する事で未練を断ち切るつもりか。

 

 

「ところで、迅はどこだ?」

 

 

迅悠一。暗躍を趣味と嘯く未来視のサイドエフェクトを持つA級隊員。

その実力はボーダーでも指折りであり、ブレードトリガー“スコーピオン”を使うようになってからは太刀川とも互角の戦いを繰り広げている最強の一角だ。

 

その迅の意見も聞きたかった所だが、どうも会場には見当たらない。

 

 

「そういや見てねーな。風間さんならさっき玉狛支部のやつらと一緒にいたけど」

 

 

太刀川、迅、風間の3人とクロウはよくつるんでいた。つるむと言っても個人戦をやってあーだこーだ言い合うくらいだが。

 

いつもの面子が揃わないのは微妙に残念ではあるが、探す時間もないため太刀川と共に観戦する事にした。

 

 

やがて刀也が登場する。冷静沈着とは言えず、威風堂々とも言えず、しかし肚は決まったと言わんばかりの表情だ。

 

 

「お、なんだヨナさん…気合入った顔してんな」

 

 

さすが太刀川はこういうところには鋭い。普段は馬鹿丸出しの言動をする事も多々ある太刀川だが、戦術や戦略…こと“戦い”に関する事においては敏感だ。

 

 

「…気合も入るってもんだろ」

 

 

「まあそれで勝てる相手じゃねえと思うけどな」

 

 

太刀川の慧眼を肯定したクロウ。しかし続く太刀川の言葉は気合の乗りが戦いの行方を左右せざるというものであった。

非情ではあるが、それも事実だ。気合で戦況を覆せるほど現実は甘くなく、それはクロウも重々承知している。

 

刀也とは意見が対立するところだが、彼も太刀川の言い分は理解している。太刀川が言いたいのは“都合の良い覚醒なんてない”という事。対する刀也は“芽生えた意志の成長を否定するものでない”という意見だ。

 

別に矛盾するわけではないが“気持ちの強さは関係あるない”という言葉の意味を争っているから対立しているわけだ。

 

 

「太刀川、おまえ…刀也の気持ちの強さがここだけのもんだと思ってんのか? だとしたら見くびり過ぎだぜ」

 

 

「あん?」

 

 

「あいつはずっと続けてきた。4年間ずっとだ。……気持ちが弱いなんて誰にも言わせねえ。あいつもようやくその事を自覚した。……言うなら、あいつはようやく技術に気持ちが追いついたってとこだろう」

 

 

クロウはその4年間を見てきたわけではない。刀也とて詳しく語ったわけではない。しかし、伝わるものはある。

 

 

「きっとそれは、ここ一番で力になる」

 

 

クロウが言い切ったのを見て太刀川は「はっ」と笑う。

 

 

「おまえがそこまで言うんなら、楽しみになってきたな」

 

 

 

 

それからいくつかやり取りを交わしたところで刀也の対面のドアが開き忍田が姿を現した。

 

 

 

そして、息をのんだ。

 

 

 

☆★

 

 

息をのんだ。

 

 

漆黒の衣装。白銀の頭髪。灼熱の瞳。リィン・シュバルツァーが黄昏に挑んだ際の格好だ。

Ⅶ"sギアを起動すれば、その格好に変貌するというのも知っていた。身をもって体感していた。

 

 

しかし。ここまでなのか。

 

 

 

「師匠…」

 

 

ここまで、リィン・シュバルツァーに変化するのか。

 

体格や顔つきは忍田に違いない。しかし身に纏う雰囲気はリィン・シュバルツァーそのものだ。

 

 

忍田は刀也から距離を取って立ち止まると太刀を抜き放つ。

 

 

 

「もう言葉はいらないな。さあ、やろう…刀也」

 

 

「リィ………ーーーーはい!」

 

 

間違っても、その名を呼んではいけない気がした。

 

 

だから、構える。

 

 

忍田も同じように構えた。刀也と左右対称になる構え。

 

 

「開始」という音声がどこか遠い。

 

 

「いきます」と言って刀也は疾駆した。まるで影と見紛う速度で忍田に迫る。

 

トリオンの火花が散る。

 

 

すれ違い様に斬撃を叩き込むはずの疾風が、真正面から受け止められていた。

忍田は受け止めた孤月を打ち返すと数合切り結び、距離を取った刀也を詰めるように疾風を繰り出す。

 

絶影。残像すら追随を許さぬ鋭さの刃が刀也に肉薄する。

しかしこれは読んでいた刀也は、回転するようにその勢いを巻き上げると、そのまま螺旋撃を叩き込む。

 

当たらない。刀也の螺旋撃をさらに巻き取って忍田は太刀を振り下ろす。業炎撃。

 

 

衝撃に吹き飛んだ刀也に緋空斬が迫る。

着地と同時に跳躍し、緋空斬を切り裂いて最短距離で忍田に迫る。

迎撃の刃を躱して抜刀、残月。忍田は避けようとするも伸びるように喰らい付いてきた斬撃に胴と顔を僅かに裂かれた。

 

 

「……やるじゃないか、刀也!」

 

 

「ええ、せっかくの試し、成長ぶりを見てもらいたいですから」

 

 

「ねっ!」と孤月を振り下ろす。忍田はにこやかに受け止め、太刀で切り返す。

 

受け止めて、切り返す。受け止めて、切り返す。受け止めて、切り返す。受け流し、切り込むーーーー!

 

 

待っていました、とばかりに避けられて残月を叩き込まれた。

超直感で察して躱すが十全ではなく、孤月が弾き飛ばされてしまう。

 

忍田は太刀を刀也に突きつけて言う。

 

 

「確かに成長した。だが、君の4年はこの程度か? もっと見せてみろ、君の八葉一刀流を!」

 

 

刀也は瞑目し、一瞬の後に開目した。孤月を再生成し握り締める。

 

 

「ここに至るは数多の研鑽、幾多の挫折。結実するは我が4年。迷い歩む故に拓けた未来(いま)。我が八葉、とくと覧じて差し上げよう!」

 

 

大仰に、不敵に言い放ち。意気軒昂に左腕を突き上げ、翼を広げるように振り払うと同時に切札を発動する。

 

 

 

 

 

「ガイスト《リード》、起動」

 

 

 

さあ、“離の段”だ。

 

 

☆★

 

 

 

少し前。

 

 

「もうすぐか…」

 

忍田真史。ボーダー本部長にして、今回の遠征において部隊長を務める、ノーマルトリガー最強の男だ。

忍田は控室で瞑想をしていた。間もなく始まる夜凪刀也との争奪戦を前に集中力を高めていくのだ。

 

勝てる条件は充分以上に揃っている。だからと言って油断など微塵もなく。例え黒トリガーを十全に扱えなくとも勝算はどれだけ低く見積もっても八割以上だ。

 

夜凪刀也がどれほどの奇策を見出そうとも押し潰すだけの戦力差がある。

 

 

「Ⅶ"sギア、起動」

 

 

変身する。忍田真史がリィン・シュバルツァーへと変貌する。

生身とトリオン体が置換され、衣装も髪色も瞳の色すら変わり果てる。

 

 

 

「まるでリィンくんそのものだ。夜凪くんが起動した時も思ったが……」

 

 

鏡を覗く忍田に思い出が甦る。忍田の記憶にリィンは理想の剣士として残っていた。当時のボーダー隊員と比較しても頭ひとつ抜けた実力を持ち、真実を見抜く知恵を持ち、人を惹きつけるカリスマを持っていた。

 

もし彼が生きていたら、今のボーダーはどうなっていただろうか。

 

 

意味のない思考だ。忍田はそれを途中で打ち切ると時計を確認して立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

『ARCUS、駆動』

 

 

 

音声が耳朶を打った。

 

 

「な、にーーー?」

 

 

何が起こっているのか。

 

 

 

『Ⅶ"sギア封印機構、解除鍵選定工程破棄』

 

 

 

これは夜凪刀也が見せたⅦ"sギアの真価。

 

しかし忍田が意図的に発動させたわけではないのに。

 

 

 

『全拘束裁断』

 

 

 

ならば必然だ。これはきっといまを待っていた。

 

 

 

『第一拘束解除、『焔』解禁。

 

第二拘束解除、『蒼焔』解禁。

 

第三拘束解除、『暁』解禁。

 

第四拘束解除、『落葉』解禁。

 

第五拘束解除、『黒葉』解禁。

 

第六拘束解除、『無仭』解禁。

 

第七拘束解除、『リィン・シュバルツァー』解放』

 

 

 

「……そういう事か。ならば任せよう」

 

 

忍田はこれが何なのか理解し、身を委ね。

 

 

そしてーーーーーーー

 

 

『駆動完了。『リィン・シュバルツァー』現界』

 

 

 

 

 

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