ワールドトリガー 《蒼の騎士》、軌跡の果てに 作:クラウンドッグ
《蒼の騎神》オルディーネは、七の騎神のなかでも最弱の部類だと、かつて《黒》のアルベリヒに言われた事があった。
別格である《黒の騎神》を除き、上から《金》と《銀》…魔神の力を宿した事のある《緋》…《灰》、《紫》、《蒼》が横並びだと。
まあ、そんな下馬評を覆してリィンは相克を制したわけなのだが。
しかし……確かにクロウは自分の力不足を感じていた。《緋》の魔王には心臓を貫かれ。《紫》には実力負けしており、《銀》の250年の研鑽には及ぶはずもなく、《金》の輝きには畏怖すら覚え、《黒》の圧倒的な力の前には死を覚悟した。
だが。クロウはそのすべてに勝利してきた。第一相克で《灰》に敗れたとは言え、その後は《灰》と肩を並べて勝負に挑み、その悉くに勝利した。
いわば《蒼の騎神》オルディーネは…クロウ・アームブラストはリィンに次ぐ相克の覇者とも言える。
「いや、それはさすがにねーな」
と、クロウは自分の思考を切り捨てる。
自分はいの一番に負けた身だ。リィンとヴァリマールだって自分たちを完全な形で吸収していたら単騎でも《黒の騎神》と勝負できただろう。
だから、自分は敗者なのだ。そうでなくても、とうに終わっちまった身だ。何の因果か、とんだボーナスステージに立たされたものだったが……まさか、その先まであるとは思わなかった。
三門市なんて異世界に来て、そこでおまえが死んだと聞かされて、さらにはゼムリア大陸に連れて帰れ……とは。
「どんだけ利子が高いんだって話だな」
たったの50ミラから始まった関係。それが、帝国を内戦に巻き込み、世界大戦を食い止め、果てには異世界にまで及ぶなんて考えもしなかった。
「戦闘中に考え事とは、ずいぶんと余裕だな!」
片腕を失ったランバネインだが、冷静さまでは失ってはいなかった。
雷の羽の連射は、片腕を砲口と化し、もう片腕でそれを支える事で成り立っていた。
片腕を失った今では、雷の羽の連射は不可能に近い。できない事はないが、ここぞという場面にとっておいた方が賢明だ。
しかし、雷の羽の連射なくしてクロウを仕留めるのはかなり難しい。飛翔能力の高さもそうだが、なにより鎧の防御力が厄介だ。
雷の羽を5発撃ち込んで、ようやくヒビが入った程度。完全に砕くにはいったいどれだけの弾数がいるだろうか。
こういう時は、誘うに限る。
付近にはまだボーダー隊員がいた。彼らの撃破にシフトしたと見せかけてクロウの隙を誘う作戦をとる事にしたランバネインは、弾丸を地面に撃ちつけて粉塵をまき散らした。
煙幕だ。それは周囲一帯を包み込み……ランバネインの姿を隠した。
煙幕に隠れたランバネインは背中のユニットから雷の羽の弾丸を放つ。腕砲に威力は劣るものの速射性は段違いで複数同時で撃つ事もできる。
四方八方に撒き散らされた速射砲が、建物や瓦礫の影に隠れていたボーダー隊員たちを炙り出す、あるいは仕留める。
ふたつ、空に光が走った。緊急脱出によりボーダー隊員が本部基地に送られる光だ。
ランバネインの速射性でやられたのは荒船隊のスナイパー隊員である穂刈と半崎。東と来馬は射線から外れており、荒船は片腕を失いながらも何とか回避した。
「そうくるかよ!」
クロウは瞬時にランバネインの狙いを看破する。
これが自分の隙を誘う策である事も。
重要度で考えればいい。クロウ・アームブラストという戦力は普通のボーダー隊員と比較にならないほどだ。
東たちを見捨ててでもランバネインを撃破するのが良手だ。見捨てると言ってもボーダーのトリガーには緊急脱出が組み込まれていて、戦闘不能になったら自動的に本部基地に戻るだけ。リスクと呼べるリスクはない。
そんな事は知っている。この場で何が最善手がわかっている。
だが。クロウ・アームブラストという人間はここで仲間を見捨てるという選択をしない男なのだ。それはゼムリアのⅦ組の仲間たちと共に戦う中で堅固になった感情だ。
煙幕の中でランバネインを倒すべく動こうとしたクロウの足元を銃弾が穿つ。ランバネインの雷の羽の攻撃ではない。ボーダの規格の狙撃銃による、行動の制止だ。
「ーーーーー!」
それは東が撃ったものだった。「大丈夫だ。だから今は動くな」……そういった意思表示だ。
察したクロウは動きを止める。彼らも立派な戦士なのだ。自分が庇護すべき対象ではない。ここで助けに動くのは彼らに対する侮辱にも等しい。
ここを凌げばランバネインにはもう手はない。これはクロウを倒せないと判断したランバネインが隙を作り出そうとした苦肉の策だ。
これ以上はない。ここを過ぎれば勝ちが決まる。
だが、この場面を逃がすボーダーではない。
指示を出した東を筆頭にボーダー隊員たちが動き出す。煙幕の中にあってもランバネインは冷静だ。クロウの制止のための狙撃から東の位置を割り出していてもおかしくはない。
東は現在の狙撃ポイントを離れ、来馬は荒船の援護に向かい、荒船はランバネインに向かって疾駆する。
荒船の手にあるのはブレード型トリガーの『孤月』だ。荒船は今でこそ
「アタリではないが!」
敏く荒船の存在に気づいたランバネインは、相手がクロウではない事に落胆した様子も見せずに、落とされていない片腕を向ける。
連射性は低いが片腕のない今では腕砲を使わずにそのまま手から弾丸を撃った方がいい。
2発、雷の羽の弾丸を放つ。
1発でボーダー規格のシールドを貫通する破格の威力。しかし、シールドが重なっていたらどうだ?
半透明の盾が3枚重ねられる。
荒船のサブトリガーの1枚、援護に回った来馬のメインとサブ両方のシールドで合計3枚。
2枚の盾を破壊して1発目の弾丸が消える。あと1発の弾丸を止めるのには単純にあと2枚のシールドが必要だ。
しかし、シールドが追加される事がはない。さらに荒船は守る範囲を絞って防御力を上げるどころか、シールドを薄く広げた。
すべては、東の作戦通りに。
「ーーーーー」
静かに引き金が絞られる。
東が構えた狙撃トリガーは弾速重視の『ライトニング』。トリトン能力がそのまま弾丸の速度に直結するライトニングは威力は同じ狙撃トリガーである『アイビス』や『イーグレット』に劣る。
しかし、ライトニングで充分なのだ。そのスコープの先にランバネインの姿はないのだから。
瞬間、着弾。
2つの銃弾が激突する。雷の羽とライトニングの弾丸だ。
東が狙っていたのは雷の羽の弾丸だったのだ。
狙撃された雷の羽の弾丸はその場で爆発し、その爆風で煙幕を散らす。
ランバネインはその爆風に煽られて体勢を崩してしまうが、荒船はシールドを広げていたおかげで爆風をやり過ごす事ができた。
隙のできたランバネインに荒船が切り込む。ランバネインも咄嗟にシールドで弱点をカバーするが、荒船の孤月は弱点を狙わずにランバネインの片脚を切り飛ばす。
今回の戦い、自分は主役ではない。
脇役は主役を輝かせるために体を張れればそれで良い。
「やるな…だが!」
片脚を失ったランバネインはクロウの攻撃を予期しながら。敗北を悟りながら、ランバネインは続ける。
「ただでやられるわけにはいかん!」
背中から放てる弾丸をすべて荒船に叩き込む。舌打ちしながら緊急脱出する荒船。
そして、振り抜かれるダブルセイバー。
「見事なチームワークだ」
ランバネイン、撃破。
トリオン体の換装が解け、生身となったランバネインが倒れたまま呟くように語りかける。
「よもやこの俺が8人足らずしか仕留められんとは……ヴィザ翁の言う通り玄界の進歩も目覚ましいという事か。……何より、その黒トリガーの些細が気になるところだが」
「こいつは俺の相棒……いや、とある七つのチカラの欠片さ」
「七つ……?『ワールドトリガー』か?」
「なんだと?」
会話も短く、ランバネインの左手の手首がチカリと光る。身につけていたブレスレットから黒い穴が周囲にいくつも広がった。
その穴のすべてから棘が飛び出しクロウを狙う。クロウは棘を跳びのいて躱すと、ランバネインの背後にさらに大きな穴が開いた。
「退却よ、ランバネイン。あなたの仕事はここまでだわ」
穴から顔を出したのは黒い角をつけた女だった。この穴はどうやらワープのようで、ランバネインに声をかけた女こそがそのトリガーの使い手だった。
「はっはっは!不意打ちも通じんのでは完敗だな!楽しかったぞ、玄界の戦士たち……特に蒼き騎士よ。縁があったらまた戦おう」
「待て!『ワールドトリガー』ってのはーーー」
クロウの問いかけが届く前にワープゲートは閉じられランバネインと女の姿が消え去る。
新たな謎を残して、初めての人型近界民戦は幕を閉じた。
☆★
少し前ーーーーー
「悪いね、おれの直感は鋭いんだ」
エネドラを下した夜凪はいつもの調子でそう言った。
「直感、だと……?んなもんでーー」
自分の攻撃を見切るどころか、弱点まで発見するなんて思えない。そう続けようとして夜凪の言葉に答えを得る。
「サイドエフェクトだよ」
言った瞬間、エネドラの背後に門が開いた。門からは黒い角の女がエネドラに手を差し出している。
やられた、と思った。この問答は迎えが来るまでの時間稼ぎだったのだ。
しかし次の瞬間、妙な予感がした。
ーーーー仲間割れする?
「おせーんだよ!」
悪態をつきつつ差し出された手に掴まったエネドラに、女ーーーミラは「あら、ごめんなさいね」と言いながら、その腕を門で切り取った。
予感しつつも驚愕する夜凪。仲間割れする理由もわからなければ、門を操るトリガーの性能も底が見えない。
夜凪が脅威に思ったのは、テレポート系ではなくゲート系のワープ使いだからこその反則的な攻撃力だ。門で対象を空間ごと斬り裂ける能力と察せられる。そんなものにはどんな防御でも無意味だ。
加えて門で攻撃を跳ね返したり、相手の背後に開けば不意打ちする事も可能だ。
惜しそうに泥の王に手を伸ばすエネドラにミラは「回収するのは『泥の王』だけ。あなたは用済み」だと言いとどめを刺す。
「とても悲しいわ……昔は聡明で優秀な子だったのに」
エネドラは遠征部隊の長にして自分を裏切る決定をした者の名を恨めしそうに呟きながら果てーーーーそれを見届けたミラが門を閉じる前に、夜凪は孤月を振り抜いた。
「緋空斬」
空を疾る斬撃はしかし、門によってあらぬ方向へ飛ばされてしまう。
「泥の王を倒したトリガー使い……」
夜凪を見てミラは呟く。泥の王は黒トリガーであり、その戦闘能力は折り紙つきだ。「泥の王を使って普通のトリガーに負けるのは致命的」とエネドラに告げるほどに。
その泥の王を易々と退けた夜凪をここで倒しておくか、それが可能なのかミラは見定めようとしてーーーー
「二の型、疾風」
「ーー速いっ!?」
一足で間合いを詰めた夜凪の孤月を黒トリガー『
敵の銃弾をまとめて返却してやるのは勿論、手練れの脳天を一撃で破壊した事もあった。強者である事の自負、味方の役に立てているという誇りがミラにはあったのだ。
その誇りを打ち砕く……否、置き去りにする夜凪のスピードにミラは脅威を覚え、そして冷静になった。
第一目的はこの遠征を成功させる事だ。優先すべきはボーダーC級隊員ーーー雛鳥たちの確保。自分のプライドなんか二の次だ。
夜凪は脅威ではあるが、一人で戦況を覆せるほどの規格外ではない。しかし万が一、自分が倒されてしまえば今回の遠征の成功率は著しく低下するだろう。窓の影というトリガーは戦闘向けの黒トリガーではないが、それを使えるか否かで遠征の明暗を分けるほどの代物だ。この場で自分が落とされるリスクは踏むべきではない。
決めてしまえば早いもので、夜凪が次の技を繰り出す前にミラはワープゲートを閉じて夜凪の前から姿を消していた。
「……退いた、か?」
ワープゲートなんて反則的なトリガーを使う相手に油断は禁物だ。夜凪は警戒しつつもミラの退却に納得していた。
人型近界民が攻め込んで来るというのは、なかなかにリスキーだと思っていたのだが、ワープゲートを扱えるトリガーがあれば話は別だ。何せすぐに助けにこれる。そういう意味ではミラはアフトクラトルの遠征の生命線とも呼べる存在に等しいはずだ。
だからこそ、交戦せずに退却を選んだ。実に合理的な判断だ……と理解する。
夜凪は刀身の半ばから削られた孤月を消して再生成すると鞘に納めた。次にすでに死亡したエネドラに視線を向ける。
「報・連・相は大事だよね」
そうひとりごちた後、無線でボーダー本部に連絡しエネドラの死体を回収してもらう事となった。
どこに挟むか悩んでた夜凪vsエネドラのその後!
やはりエネドラの生還ルートはなかったのだ……