もしもあの時一人で戦っていたら   作:まがお

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アニメでゴブリンスレイヤーがゴブリンロードと戦う姿を見てかっこいいと思い、もしあの時一人だったならどうしていたのだろうと想像して書きました。


骰子が振られた戦い

 これは骰子(さいころ)の目が致命的失敗で、ギルドの他の冒険者の協力を得られなかった場合の物語……

 

 

 早朝、下宿先の牧場にゴブリンの痕跡を見つけたゴブリンスレイヤーは、それらを迎え撃つためギルドに応援を求めにやって来た。

 

 しかし、ギルドに着いた時顔見知りの冒険者は他の仕事に行っていたり、用事があったりと偶々その場にいなかった。

 顔見知りの受付嬢も休憩中で偶々その場には居なかった。

 この時ばかりは運が悪かったとしか言いようが無い。

 

 

「すまん聞いてくれ、頼みがある。町外れの牧場にゴブリンの群れがやってくる。襲撃はおそらく今夜。小鬼王(ゴブリンロード)がいる事から最低でも百匹はくだらないだろう。頼む、手伝って欲しい」

 

 

 ゴブリンスレイヤーはギルドに集まっていた他の冒険者に頭を下げてお願いした。

 ギルドにはそれなりの人数の冒険者がおり、依頼をまだ受けていない者も多くいた。

 だが、どの冒険者からも良い返事は貰えなかった。

 

 ――急にそんな事言われても。

 ――たかがゴブリンだろう。

 ――ゴブリンは汚いから嫌だ。

 ――お前を手伝う義理は無い。

 

 

「……そうか」

 

 

 彼らには断られたがゴブリンスレイヤーは念の為ギルドに依頼は出しておいた。

 しかし、襲撃は今夜で急な上に相手がゴブリンともなれば他の冒険者の助力は期待出来ないだろう。

 最近よく一党(パーティ)を組む彼らもいつ戻ってくるかは分からない。

 時間がないため来るかもわからない存在を待つ訳にはいかず、すぐさま準備を整えるためにギルドを出る。

 

 分かっていた事だ。

 ゴブリンが来るからといって都合良く助けてくれる存在が現れるわけが無い。

 分かっていた事だ……

 

 

 

 

 馴染みの武具店に入ると店主の老爺がこちらに気づき、いつもの様に荒く声をかけてきた。

 

 

「どうした、装備は前にメンテしたばかりだろう。てめぇ、また壊しやがったのか?」

 

「違う。剣と盾だ」

 

「そんならその辺からテキトーに選びな。盾の調整は後でしてやる」

 

 

 いつもの様に使い捨てる武器を買いに来たのだと思った店主は作業に戻ろうとしたが、今回のゴブリンスレイヤーは違った。

 

 

「いや、この店で一番良い剣をくれ。盾も一番良いやつを頼む」

 

「おめぇ、何する気だ……」

 

 

 店主は彼の言った言葉を信じられないと目を見開き驚いた。

 彼とは長い付き合いであり、それこそゴブリンスレイヤーと呼ばれるより前から知っている。

 だが、彼が上等な装備を欲しがったことなど一度も無い。

 いつもゴブリンしか相手にしないため、奪われた時のことも考えて安い武器を使い捨てのように購入していたからだ。

 

 

「いつも通りだ。ゴブリンを殺す、それだけだ」

 

「そんなもんが必要なゴブリンねぇ…… ちっと待ってろ」

 

 

 ゴブリンスレイヤーの雰囲気からいつもと違う何かを感じ取った店主は作業を止め、店の奥へと引っ込んで行った。

 

 

「ほれ、これが俺が持ってるモンで一番凄え装備だ」

 

 

 しばらくして戻ってきた店主が持ってきた剣と盾はどちらも魔法のかかった装備のようで、下手すればそこらの銀等級が使っているものより上等だろう。

 

 

「いくらだ。言い値で買おう」

 

「これは売りモンじゃねぇ。俺が持ってるモンだと言っただろう。店で出すような代物じゃねえし、おめぇに売るのはもったいねぇ…… だから、貸してやる」

 

「それは……」

 

「後で返しに来いって言ってんだよ!! そん時に貸した代金は貰うからな」

 

「わかった……」

 

「ふんっ、それならゴブリン如き百や二百斬ったって問題ねぇ。盾もドラゴンが踏んだって壊れやしねぇ。今すぐ必要なんだろう? 調整してやるからちょっと待ってろっ」

 

 

 口ではブツブツ文句を言っているが、店主はすぐさま調整を行ってくれた。

 貸してもらった剣、腕に付けれるように調整された盾を持ってゴブリンスレイヤーは店を出た。

 

 

 彼はその後も必要な物をかき集め、幼馴染の待つ牧場へと戻った。

 

 

 

 

 家の扉を開けると、待っていた幼馴染がこちらに気づくなり不安そうに声をかけてきた。

 

 

「……どうだった?」

 

「他の冒険者はおそらく来ない。今からでも逃げろ」

 

「そっか…… でも、言ったでしょ。私は逃げないよ。本当に一人で残るつもりの君を置いていけないよ」

 

「そうか……」

 

 

 ゴブリンスレイヤーは雑嚢からおもむろにクッキーの箱を取り出し、それを彼女に見せるように机の上に置いた。

 

 

「少し、お茶にしよう。淹れてくる」

 

 

 ゴブリンスレイヤーは彼女の前に紅茶を置き、クッキーをそれぞれの前に並べる。

 彼女と向かい合うように座り、珍しく兜を外してクッキーを齧る。

 しばらくの間沈黙が続き、目の前の幼馴染は紅茶に手を付けずじっとこちらを見つめていた。

 

 

「……飲まないのか?」

 

「君が寝る時以外で兜を外すのは珍しいね…… ねぇ、紅茶に何入れたの?」

 

「……」

 

「君は困った時はすぐ黙るんだから、昔っからそう。大方、睡眠薬でも飲ませて私を無理やり逃がそうとしたのかな……」

 

「……」

 

 

 悪戯が失敗したような表情を見せる彼に、君のやる事は御見通しだと薄く笑いながらクッキーを口に運ぶ牛飼娘。

 

 

「急にお茶にしようだなんてクッキーを用意するのも、兜外してるのも怪しすぎ。君が自分から紅茶を用意した事なんてないじゃない…… 相変わらず嘘が下手だね」

 

「お前ならそう考えると思ってた…… 相手の罠を見破ったと思った時、人の警戒は一番緩む……」

 

「えっ? あれ、頭が……」

 

 

 急に目眩に襲われるように頭がぼーっとしてきた牛飼娘。

 おかしい、私は紅茶には口を付けてないのにと、激しい睡魔に襲われながらも彼女は必死に耐える。

 

 

「あの時はごめん。姉さんからも言われていたが、ずっと言えていなかった……」

 

「待っ、て…… 今、どうしてそんなこと言う、の……」

 

 

 今になって薬を仕込まれていたのはクッキーの方だと気がついたがもう遅い。

 彼も口にしていたが、ブラフとして自分で食べる分と分けていたのだろう。

 強い眠気に意識が遠のいていき、段々と彼の姿がぼやけていく。

 

 

「やれるだけの事はやるが、守れる自信は無い……」

 

「だめ、私も……」

 

 

 ゴブリンスレイヤーは再び兜を被り直す。

 完全に眠った彼女を残し、外に待機していた彼女の伯父に声をかけた。

 

 

「あとは頼みます。今からなら家畜を多少連れて逃げても大丈夫です」

 

「あの子は私にとって娘のような存在だ。いい子に育ってくれたんだ。それなのにこんな手段を取るなんて…… はぁ、君はこれからどうするんだ?」

 

「ここでゴブリンを迎え撃ちます。俺はゴブリンスレイヤーです…… 殺すことしか出来ない。何かを守るなんてやったことが無い……」

 

「君に何かあればあの子はきっと泣くだろう。男なら約束ぐらい守れ、泣かせるなと言ったはずだ」

 

「……善処します。準備があるので行きます」

 

 

 ゴブリンスレイヤーはそのまま牧場に向かって行った。

 牧場主はその後ろ姿を見ながらまた溜息をつく。

 

 

「はぁ、そういう所が嫌いなんだ…… 多少牧場を荒らしても構わない。だから生きて帰ってこいよ……」

 

 

 

 

「……」

 

 

 風の音一つない静かな夜、準備を終えた彼は奴等が来るのもじっと待っていた。

 ゴブリンスレイヤーは準備を重ねた。

 今まで使ってきた方法全てを駆使してゴブリンを殺すために。

 火はダメだ、水はダメだと止める仲間も今は誰もいない。

 道具を用意し、罠を貼り、農場はゴブリンを殺すためだけの要塞と化していた。

 

 至る所に置かれた松明や焚き火により辺りはとても明るい。

 焚き火の上には何やら油の入った鍋が置かれ、引火しているのか焚き火と合わさり赤々と燃え上がっていた。

 

 他にも棒に何かを詰めた袋を付けただけのような案山子が大量に置いていたり、予備の武器や道具などが戦闘中でも拾えるようにと各所に置いてある。

 

 武器や道具には素手で触ると怪我をするように細工がされており、その事自体も含めて罠のようだ。

 

 万が一にもゴブリンに使われないような対策も入念に行なっていて、この場はゴブリンに対する殺意の塊である。

 

 至る所に物が置かれたそのゴチャゴチャとした様子は牧場に異様な光景を作り出していた。

 

 

「GAAA!!」

 

「来たか……」

 

 

 生い茂る草むらの辺りから突如としてゴブリンの悲鳴のような声が大量に上がった。

 

 

「靴を履かん馬鹿には効くだろう。自分達がやられるとは思ってなかったのかもしれんが全て猛毒を塗ってある…… 時間が惜しい、さっさと死ね」

 

 

 一人で準備するため落とし穴などの大掛かりな仕掛けは用意できない。

 ゴブリンスレイヤーは効率良く広範囲をカバーする為、猛毒を塗り込んだ撒菱(まきびし)を草むらの中に大量に撒いておいた。

 とりあえずこれで弱いゴブリンの大半を殺せるだろう。

 もしかしたら逃げ出す者がいるかもしれないが今回は追う事は出来ない。

 

 

 やって来たゴブリンの集団とはまだまだ距離が離れているため、頭巾を被った小鬼呪術師(ゴブリンシャーマン)を見つけ次第弓矢で射殺していく。

 魔法を使わせる暇さえ与えない即殺だった。

 当然矢にも全て猛毒が塗ってあり、追加の毒も雑嚢に瓶ごと入れてあるため矢が尽きない限り毒責めは行える。

 

 本来ならゴブリン達は肉の盾を用意しこちらの攻撃を防ぐはずだったのだろうが、下っ端のゴブリンは毒の撒菱で盾を構えるどころではないため簡単に倒すことができた。

 

 

「5、6…… シャーマンはこんな所か」

 

「GAAAA!!」

 

 

 弓を構えながら倒した小鬼呪術師を数えていると、狼に乗って突っ込んでくるゴブリンが見えた。

小鬼の乗り手(ゴブリンライダー)である。

 

 

「撒菱を避ける以上、お前らはそこを通るしかない」

 

 

 ゴブリンスレイヤーは予想通りの進路を通る奴らに対して焦る事なくタイミングを合わせて罠を作動させる。

 小鬼の乗り手の進路上にあった案山子は引っ張られた紐の力で倒れ、袋から赤っぽい粉末が辺りに散らばった。

 

 

「GAAAA!?」

 

「23、24…… 動けない狼などただの的にすぎん」

 

 

 粉末に触れた小鬼の乗り手は狼から落ちて転げ回る。

 粉末の正体は香辛料と長虫を混ぜた目潰しであり、人やゴブリンより嗅覚の鋭い狼は輪をかけてのたうちまわっていた。

 

 弱った所に剣を振り下ろし淡々と殺し続けているが、借りた剣の切れ味は一切落ちていない。

 武器を持ち替える手間が要らないため、これはこれで効率的だろう。

 

 

「30、31、32…… そろそろ出てくるか」

 

 

 撒菱を抜けてきたゴブリンや目潰でもがき苦しむ狼を斬り殺しながら、そろそろ次が来ると予想する。

 敵が小鬼王なら必ず田舎者(ホブゴブリン)小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)を用意してあるはず。

 雑兵がやられたなら確実に出てくるそいつらが本番といって良かった。

 

 とりあえず雑魚を粗方片付けた後、強壮の水薬(スタミナポーション)を呷りながら僅かに乱れた息を整える。

 

 

「GAAAAAAA!!」

 

「ホブ6、それにチャンピオンが1か……」

 

 

 通常のゴブリンより大柄な田舎者。

 そして、それよりもさらに大きく見上げるようなサイズの小鬼英雄。

 全員が巨大な棍棒や大剣を持ち、殺してやるとばかりに雄叫びを上げる。

 田舎者は真っ先にゴブリンスレイヤー目掛けて突進してきた。

 

 流石にこのレベルになると撒菱に塗った少量の毒程度では倒せないようだ。

 

 

「こい、どんな手を使ってでも殺してやる」

 

 

 ゴブリンスレイヤーは田舎者や小鬼英雄が焚き火の近くに寄った瞬間、鍋に向かって水の入った薄いガラス瓶を投げる。

 

 瓶が割れて中の水が鍋に入った途端、爆発するように中の油が飛び散った。

 煮えた油に水を入れると、瞬間的に沸騰した水が爆発の様な現象を起こすのだ。

 

 

「GAAAAAAA!?」

 

「昔姉が教えてくれた。油に火がついた時、消すために水を掛けてはいけないと……」

 

 

 身体についた油と火を消そうと暴れ回る彼らは、やたらと武器を振り回して周りのゴブリンすら巻き込み殺していく。

 至る所に火が飛んでいるが、ゴブリンスレイヤーは火除けの指輪を付けているため燃えない。

 それをいい事にゴブリン目掛けて一方的に剣を振るい続ける。

 

 火傷で苦しむ所に更に雑嚢から目潰しを取り出して投入し、隙をついては燃えた田舎者に近づき首を切り落としていく。

 

 そんな作業のようにゴブリンを殺し続けてどれくらいの時がたったのだろうか、田舎者を殺しきった。

 そして残るは小鬼英雄のみ。

 

 小鬼英雄は田舎者よりも賢い行動を取っていたため、消耗は軽微と言える。

 仲間意識も無いだろうそいつは他のゴブリンを盾にし、既に鍋を焚き火ごと剣で蹴散らしている。

 

 周囲から火が消え、月明かりが対峙する二人を照らす。

 

 

「はぁはぁ…… お前で、最後だ」

 

 

 構えた盾で小鬼英雄の振り回す大剣を受け流しながら、最後の仕掛けを使うために周りある案山子に付けた袋を切り裂いていく。

 

 袋を切り裂く度に中に入っていた白い粉が辺りに撒き散らされるが、相手は御構い無しに突っ込んでくる。

 

 

「GAAAA!! GA!!」

 

「ぐはぁっ!!」

 

 

 ゴブリンスレイヤーは銀等級の冒険者だが、正面からの戦いがそれほど強い訳ではない。

 真正面から戦えば間違いなく他の銀等級の戦士よりも弱いだろう。

 

 仕掛けを準備している間、必死になって攻撃を捌き続けていたがとうとう小鬼英雄の猛攻を受け流しきれなくなり体勢を崩した。

 その瞬間を小鬼英雄は見逃さず大剣を振るう。

 幸い盾で防いだが大剣が直撃してしまい、衝撃を殺しきれずに大きく吹き飛ばされた。

 盾は優秀だったようで壊れておらず腕は斬られてはいないが、衝撃ばかりはどうしようもない。

 

 大剣の一撃を防いだ左腕は痺れてダラリとぶら下がり、しばらくの間は思うように動かせないだろう。

 少なくとも盾で大剣を受け流すのはもう無理だ。

 

 

「くっ、やはり良い装備でも使うのが俺ではこの程度か…… ならば、サジタ…… インフラマラエ…… ラディウス」

 

 

 雑嚢から一本の杖を取り出し、小鬼英雄に向けて炎の矢を発射する。

 敵は大剣を振るう事でそれをアッサリと掻き消した。

 その時点でゴブリンスレイヤーはもう一つの作戦も失敗したと悟った。

 

 骰子の目は無情である。

 屋外では上手く着火しなかったのか、粉塵爆発を狙ったが起こらなかったのである。

 

 

「やはり運頼みの作戦はダメだな……」

 

 

 吹き飛ばされた彼は距離がある間に強壮の水薬と治癒の水薬(ヒールポーション)を飲み干して体勢を整える。

 関節が外れたかもしれない手首を固定するため、雑嚢の一つを左手に縛り付けて応急処置として立ち上がった。

 

 

「おおおおぉっ!!」

 

 

 普段の彼とは想像出来ない程に叫びながら、心臓に剣を突き立てんと右腕を伸ばし走り出す。

 右腕一本で剣を操り、大剣を交わしながら懐に潜り込んだが後一歩のところで殴り飛ばされた。

 

 

「ぐぼぉっ!!」

 

 

 殴られた勢いのまま地面に叩きつけられ、兜の隙間から血が吹き出す。

 小鬼英雄は立ち上がれないゴブリンスレイヤーを鷲掴みにして、ゆっくりと持ち上げた。

 

 右手からは剣がこぼれ落ち、もうコイツは抵抗できないと判断した小鬼英雄は大きく口を開けてゴブリンスレイヤーにかぶりつこうとする。

 

 朦朧とする意識の中、ゴブリンスレイヤーの頭の中で誰かの声が響くような気がした――

 

 

『お前に小鬼が殺せるのか?』

『何もしなかった』

『力が無かった』

 

『あたしは逃げないよ』

『二度目はやだもん!!』

『帰ってくるところ、なくなっちゃうじゃん、君の……』

 

 

「――ああ、負けられない」

 

 

 噛みつかれる寸前に痺れる左腕を無理やり動かし、雑嚢を盾にするように変わりに喰わせ自身が喰われるのを防いだ。

 噛まれた雑嚢から瓶が割れるような音が鳴り、小鬼英雄の牙が飛び出た口の端から僅かに飛沫が飛び散る。

 

 

「GAAAA!?」

 

 

 突然悲鳴をあげて苦しみだした小鬼英雄はゴブリンスレイヤーを放り出して、地面に膝を付きながら首元を押さえだした。

 

 

「はぁはぁ…… お前が、戦闘中でも…… 獲物を喰らうのは、知って、いた…… それの中身は、残った毒全てだ。あと、目潰しもな」

 

 

 小鬼英雄もなると毒を塗った武器で斬った程度では効かない。

 だが、経口摂取で一つの瓶丸ごと飲めばどうなるだろうか。

 香辛料の塊である目潰しを食べればどうなるだろうか。

 

 ゴブリンスレイヤーは武器を落として喉を掻き毟る小鬼英雄にゆっくりと近づいていく。

 

 

「あれだけ毒を飲んで死なんとは…… だが、首を落とせば死ぬ事に変わりは無い」

 

 

 喉をやられたのかロクに呼吸も出来ず転げ回るだけの小鬼英雄に剣を振り下ろす。

 いつもの剣と違い途中で止まることなくアッサリと肉を切り裂き、小鬼英雄の首を落とした。

 

 

「39…… あとは、ロード、か……」

 

 

 ゴブリンスレイヤーはゆっくりと倒れた。

 追加で治癒の水薬を取り出して飲んだはいいが、そのまま寝転がり立ち上がる様子は無い。

 そして右手に剣を握りしめたまま、そのまま死んだように動かなくなった。

 

 

 

 

 牧場から少し離れた所、そこで小鬼王は斥候として出したゴブリンの報告を聞いていた。

 冒険者は一人、強そうな武器、相討ち……

 

 

「GA!!」

 

 

 そこまで聞いた時点で報告してきたゴブリンを握り潰した。

 今回の襲撃は失敗だ。

 だが、次がある。

 巣に戻ってゴブリンはまた増やせばいい。

 巣に戻ろうとする前、ふと手下の言葉を思い出して足を止める。

 

 

『相討ち、強そうな武器』

 

 

 冒険者が死んだのならば危険は無い。

 強そうな武器は回収したい。

 他の誰にもやらない……

 俺のものだ!!

 

 小鬼王は走り出す。

 

 牧場に辿り着くと小鬼英雄の死体のそばに人の死体が一つ転がっているのを見つけた。

 その手には輝く様な剣がある。

 反対の腕には立派な盾もある。

 

 あった……

 誰にも渡さない!!

 これは俺のものだ!!

 

 小鬼王は欲望のままにその剣に手を伸ばし――

 

「GA!? ナン、デ……」

 

 

 おかしい、そこにあった剣が無い。

 どこだ、どこにある?

 

 ゆっくりと頭に手をやると剣の柄とぶつかる。

 ああ、あった。

 これでこれは俺のものだ……

 

 そのまま小鬼王は仰向けにバッタリと倒れた。

 

 

「ロード…… お前は安全だと思う場所にしか来ない」

 

 

 ゴブリンスレイヤーは死んだフリをしてロードが来るのを待っていた。

 ロードが手を伸ばし頭が近づいた瞬間に最後の力を振り絞って跳ねる様に起き上がり、その勢いのままに眉間に剣を刺したのだ。

 小鬼王がゴブリンがよく使う手で殺されるとは皮肉なものである。

 

 

「お前もただのゴブリンだ。餌があれば飛び付くのは他のゴブリンとなんら変わらん……」

 

 

 頭を貫かれ絶命した小鬼王からゆっくりと剣を引き抜く。

 

 

「40…… 武器に助けられたな。偶には高い装備も役に立つ……」

 

 

 小鬼王が死んだのを見届けてからゴブリンスレイヤーは今度こそ本当に倒れた。

 

 もし、いつもの盾を使っていたら小鬼英雄の大剣を防いだ時、盾ごと切られて左腕は完全に使えなくなっていただろう……

 

 もし、いつもの剣を使っていたら不意打ちでも小鬼王の眉間を切り裂いただけだっただろう……

 

 今回は平野での戦いで人手も無かったため殲滅とまではいかなかった。

 小鬼王や小鬼英雄は倒したが、途中で逃げたゴブリンもいるだろう……

 

 しかし、彼は勝った。

 

 ゴブリンスレイヤーは確かに故郷を守る事が出来た。

 

 

 

 

 戦いが終わった後、明け方になってやって来た冒険者にゴブリンスレイヤーは運ばれていった。

 そして嬉しいことに肉の盾にされていた人質も生きていた。木の板に張り付けられていたおかげで毒の撒菱を踏むことはなかったようだ。

 

 ちなみにやって来た冒険者は夥しい数のゴブリンの死体を見て絶句し、一人でこの戦いの跡を作り上げたゴブリンスレイヤーにはある種の恐怖のようなものすら抱いた。

 

 その後幸い後遺症に残る様な怪我もなく、無事に神殿で彼の治療が行われた。

 その際に駆けつけた女神官に盛大に小言を言われたのは仕方のない事だろう。

 

 

「なんで一人でやるんですか!! もうちょっと色々気にしてください!! もう、心配させないでください……」

 

「……善処する」

 

 

 時間が無かった、その時に居なかったという言い訳を彼は飲み込んだ。

 

 そして、ギルドに報告のために入れば受付嬢からは涙目でビンタをもらった。

 

 

「今度からはそんな事絶対に一人でやらないでください!! 破ったら二度と仕事を紹介しませんから!!」

 

「ああ……」

 

 

 この時も彼は言い訳を飲み込む。

 女の子には優しくしなさい、その意味はよく分からないがとりあえず彼女たちの言葉は受け入れた。

 

 

 

 

 武具店に大きな袋を抱えた冒険者が入店した。

 もちろんゴブリンスレイヤーである。

 

 

「修理を頼む。あとこれを返しに来た。いくらだ」

 

「はぁ、また装備ダメにしやがって…… まぁ、それ返しに来たんならいいか…… って、おめぇどんな使い方したんだ!?」

 

 

 

 渡された装備は血の匂いに混じって何か危険な香りがする。

 

 

「毒を塗っただけだ。もう落としてある」

 

「おめぇは勇者にはなれねぇな……」

 

「ああ、俺は銀等級の冒険者で…… ゴブリンスレイヤーだからな……」

 

 

 付けていた兜も脱いで武具店に装備を全て預けた後、彼はまっすぐ牧場へと戻った。

 

 

 

 

 牧場に辿り着き、家の扉を開けるといつもの格好をした彼女が待っていた。

 

 

「ただいま……」

 

「お帰り……」

 

 

 二人はお互いに立ったままで、気まずい沈黙が続く。

 それを破るように牛飼娘は口を開く。

 

 

「……ねぇ、どうして一人で残ったの」

 

「俺はあの日何もしなかった…… だから、今回は何かしたかった……」

 

「帰ってくる場所が無くなるのは嫌だって、二度目は嫌だって私、言ったよね」

 

「ああ、だから――」

 

「君がまた居なくなるかと思った!!」

 

 

 側にある机を思いっきり叩きながら吐き出された言葉は、彼自身も叩かれたような錯覚を覚えた。

 

 

「君が居なくなる事だって二度目は嫌だもん…… 私が我儘を言ったせいかもしれないけど、あんな事するくらいなら一緒に逃げて欲しかった……」

 

「すまない……」

 

「もう二度と一人で無茶しないで…… 逃げたっていいから、もう、私を一人にしないでよ……」

 

「ああ、努力しよう」

 

「そこは約束してよ……」

 

「ああ……」

 

「君は昔からそう、唐変木な所は何も変わってない…… ずっと、一緒に居てね」

 

「ああ……」

 

「ふふっ、ほんと分かってないんだから……」

 

 

 自身にしがみつき泣き続ける彼女に対してどうしたらいいか分からず、彼は彼女が泣き止むまでただひたすら頭を撫でていた。

 

 彼に会えて安心した事と泣き疲れた事で彼女はいつのまにか寝てしまっていた。

 きっと不安で寝れてなかったのだろう。

 少しくらい仮眠を取らせてもバチは当たらないはずだ。

 そう思い彼は彼女を寝室に運んで寝かせておいた。

 

 神殿で治療を受けたため体調は問題ないが、周りからはしばらく休むように言われている。

 それに装備も全て修理に出している為、大人しくしているしかないだろう。

 

 それでも道具の点検は出来るし、牧場の掃除もしないといけない。

 やることは沢山あると、借りている納屋に戻ろうとした時に牧場主と出くわした。

 

 

「泣かせるなと言ったのに、その様子じゃ泣かせたようだな」

 

「すみません…… 約束は守れなかったようです」

 

「いいさ、君は牧場を守ってくれたのだからな。まぁ、最初アレを見た時は戦争でもしたのかと思ったが……」

 

「すみません、それも後で片付けます」

 

「そうだな、私も手伝おう。一人では大変だろう」

 

「……」

 

「……」

 

 

 牧場主は正直なところ彼が苦手である。

 だが、今言うしかないと腹をくくって話し出す。

 

 

「ありがとう。君は大事な物を守ってくれた」

 

「ゴブリンを殺しただけです。それに牧場は荒らしてしまいました。彼女も泣かせてしまいました……」

 

「そうだな、だが君はあの子の笑顔を守ってくれたんだ。一度泣かせたかもしれないが、君が居ればきっとあの子はまた笑ってくれる」

 

「それは――」

 

 

 彼はどう言う意味か聞き直そうとしたが、その前に起きてきた彼女の声に遮られた。

 

 

「おーいっ!! そういえば私まだご飯食べてない!! ごめんね、さっきはうっかり寝ちゃった。急いで作るから朝ごはんにしよっ」

 

 

 家の窓から体を乗り出してこちらを見る彼女。

 先程のことが嘘のように笑顔を見せてくれている。

 いつもの光景だ。

 

 

「ああ、すぐ行く」

 

 

 今から遅めの朝食を取ろう。

 その後は荒らしてしまった牧場の掃除。

 

 そして、明日は――

 

 彼はゴブリンスレイヤー、小鬼を殺す者。

 彼のやる事は変わらない。

 これからもずっとゴブリンを殺し続けるのだろう。

 

 そして、またこの場所へ帰って来るのだ。

 

 

 

 




所々ゴリ押しでしたが、読んで頂きありがとうございました。
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