ようやく巡り合えたその人物、マリア・ニコラエヴナは盲目だった。
私よりも十歳年下であるはずなのに、彼女の髪には白いものが混じっていた。それでもその声は若々しく、来訪した私を歓迎する意思に溢れていた。
穏やかに、彼女は言った。
「そう、あなたがソーニャのお兄さんなんですね。ああ、たしかにソーニャとよく似ているわ。いいえ、私には分かります。光を失ったかわりに、音にはとても敏感になりましたから。あなたの声の中に、たしかにソーニャを感じるわ……」
早速、私は彼女から話を聞こうとした。だが、彼女はこう言った。
「ごめんなさいね。主人があなたの手紙を読んで聞かせてくれた時から、あの時のこと、ソーニャのことを思い出そうと努力したのですけど、今になってもまだ整理がついていないの。だから、先にあなたのお話を聞かせてください。そうすれば、私もきっと、話すための力が出ると思うから……」
意外な申し出に困惑しつつも、私は語り始めた。
☆☆☆
凶報の予兆など、何もなかった。
その頃、私は名もなき一下士官として戦場にいた。二週間前から始まったファシストの大攻勢をなんとか凌ぎ切り、時を移さず逆襲に転じて、多大な犠牲を出しながらも、我が軍は戦線を安定させることに成功した。
ファシストの軍勢は手強く、冷酷で、装備に恵まれていた。特に彼らの魔術兵は狂信的で、追い詰められて降伏するしかない状況にあっても死ぬまで戦い続けた。その一人を殺すのに、私たちは三人殺されるのが常だった。
それでも私たちは戦い続けた。三年前、相互不可侵条約を破って騙し討ちに祖国を侵略し、村々と都市を蹂躙し、人民を虐殺した連中を、私たちは決して許しはしなかった。党のプロパガンダをいちいち信じるまでもなく、私たちはファシストを憎んでいた。私たちは殺意を
破壊と殺戮に彩られた無慈悲な前線から戻って、後方の基地で一息ついていたその日、私は戦友たちが新聞を囲み、なにやら熱心に話をしているのを目にした。彼らは口々に言っていた。
「可哀想に、こんな綺麗な娘がなぁ。まだ十七だってよ」
「こういう娘たちを守るために俺達は戦ってるんじゃないのか」
「でもこの娘、志願兵だって記事にはあるぜ。自分で望んで戦いに出たんだろ」
「バカ、なんてことを言うんだ。赤軍には志願兵しかいないだろうが……」
一体何の話をしているのか。私が近づくと、戦友の一人が新聞の一隅を示して言った。
「おっ、アレクセイ・ヴァシリーエヴィチ。この娘を見てみろよ、すげえ可愛いぜ。しかも、お前と同じ父称と姓だ……」
電流のような予感が走った。私は戦友の手から新聞をもぎ取った。そして、食い入るようにその記事に添えられた写真を見つめた。
そこには一人の女性が写っていた。女性は略帽と軍服を身に纏っていた。その傍らに身に余るほどの長大な銃を置いていて、その手にはなにやら紙切れを持っていた。
それは間違いなく、私のたった一人の妹である、ソーニャだった。
私の記憶にある姿とは異なって、ソーニャは成長していた。背がかなり伸びていて、顔は大人びていた。長く美しかった金髪は兵隊らしく刈り込まれていた。鼻筋はさらに高くなっていて、大きく黒目勝ちだった目は細く鋭くなっていたが、どこか若い頃の母の面影があるその姿は、私に否応もなく写真の女性がソーニャであると確信させた。
写真の中のソーニャは穏やかに微笑んでいた。私の心の中に、温かな記憶が蘇った。故郷で、あの狭い家の居間で、ソーニャは私の前に座って、この写真と同じように微笑んでいた。私が学校での出来事を面白おかしく語るのを、ソーニャは話の内容それ自体よりも、話を語る私自身が何よりも面白いものであるかのように、静かに、だが目を輝かせて、興味深そうに聞いていた。
不思議なことだ。ソーニャは看護婦をしているのではないのか? それに、ソーニャがこんな顔をして写真にうつるだなんて。だってあの子は、私の妹は、写真をとても、そう、とても怖がっていたのに……
そう思っている間にも、私の視線は自然と写真の下に書かれた記事へと移っていった。そこには、党特有の文飾が施された文言が並んでいた。
温かなもので満たされていた私の精神は、一瞬にして凍り付いた。文言は述べていた。
『より大いなる勝利のために! 大衆的英雄精神の体現者、ソフィア・ヴァシリーエヴナ・クルコフスカヤに女性初の赤旗勲章授与。
黒きファシストの軍勢を打ち破れ! 固き信念と祖国への熱烈なる忠誠心をもって、若き赤軍の華ソフィア・ヴァシリーエヴナは十五歳の春から志願兵として入営、以来五つの戦場と四十の作戦で狙撃兵として銃を執り続けた。「ファシストは一人として生かして帰さない」 しばしば戦友にそう語っていたソフィアは、その言葉に違わず活躍し、これまでにファシスト兵百八十七名を射殺した。十七歳の誕生日を迎えた五日後の六月二十日、ソフィアは最前線にて侵略軍の猛烈なる大攻勢を迎え撃ち、三人の敵指揮官と十八人の敵魔術兵を射殺し、二つの機関銃座を沈黙せしめたる
茫然として立ちすくむ私を、戦友たちは不思議そうに眺めていた。ややあって、火のついたタバコを咥えた一人が私へ探るように語りかけた。
「どうした、そんなに新聞を見つめて。そんなにその娘が気に入ったのか?」
私は首を左右に振った。これは俺の妹だと私は言った。
絶句する戦友たちを後目に、私は宿舎へと戻った。私は新聞から写真を切り抜いた。切り抜かれた妹は、思ったよりも小さかった。
ソーニャの戦死公報が届けられたのは、それから一週間後のことだった。大学出の、兵士としては優しすぎる性格の中隊長は、私を気遣って言った。
「どうだ、ここらで一度休暇をとって、故郷に帰らないか? 普通なら肉親の死ぐらいで家に帰してやることなどできないが、あの有名なソフィア・ヴァシリーエヴナの兄ということなら、司令部もきっと許してくれると思うが……」
私は短く答えた。休暇はいりません、家族はみんな死にました、故郷はファシストの戦線の向こう側です……
戦争はその後も二年間続いた。我が軍はファシストを祖国の大地から追い出し、さらに追撃して、ついに奴らの首都を攻略した。だが、私は戦友たちと共に勝利を祝うことができなかった。
敵が全面降伏したその日、私は民家を改造した留置場に閉じ込められていた。三日前、連絡のために司令部に赴いた私は、突然内務人民委員部に逮捕された。容疑は「魔術主義的思想傾向」と「ファシストへの内通」だった。持ち物はすべて没収された。ソーニャの写真の切り抜きも失われた。
身に覚えがない、というわけでもなかった。一週間前、私はひとりの捕虜を助けていた。その捕虜はまだ子供と言っても良いくらいの年齢で、魔術兵独特の軍装をしていた。彼の顔はやつれ、青ざめて、恐怖に歪んでいた。面白半分に彼を殴りつける兵隊たちを制止して、私はパンとタバコを分けてやった。
それだけではない。それまでにも、私は敵にたびたび情けをかけていた。入営した時こそファシストは皆殺しにしてやると誓っていた私だったが、戦いを経験するにつれ、彼らもまた人間であると私は知った。それに私は、戦いの残酷さを目の当たりにするたびに、かつてのソーニャの優しさを思い出していた。無慈悲な人間に変わり果ててソーニャの墓の前に立ちたくはなかった。
どうやらそのことを誰かに密告されたようだった。侵略者であるファシストに対する慈悲など存在せず、もし慈悲をかける者があるとすれば、それはファシストのスパイである。私の行為は明らかに党の見解に反していた。常に逮捕者ノルマに追われる内務人民委員部にとって、私は格好の標的だったのだろう。
私は裁判で政治犯と断じられ、十五年の懲役刑を言い渡された。常に最前線で戦い、合計で十二もの戦功章を授けられたという事実は、何の助けにもならなかった。収容所での強制労働は過酷そのものだった。食事の量は少なかった。私は次第に健康を害し、刑期八年目にして重い腫瘍を患った。幸運なことに労働を免除され、私は遠いカザーフの軍病院に入院させられた。
入院は、私にとって一つの転機となった。収容所にいた頃には、絶望を抱くことすらできないほどの無気力と疲労感が私を満たしていたが、病院で曲がりなりにも食事らしい食事を摂り、汗臭い汚れた寝台ではあるが充分な睡眠をとれるようになると、私の精神は行動力を取り戻し、よろめきながらも活動を再開した。
私が思うのはただ一つ、ソーニャのことだけだった。
戦争の最中におぼろげながら感じていた違和感は、不当とも言える逮捕と人権無視の収容所生活によって、よりはっきりとした形を取りつつあった。
あの記事に書かれたソーニャは、はたして本当にソーニャだったのだろうか? あの写真で微笑んでいたソーニャは、本当に記事のとおりの最期を迎えたのだろうか?
ソーニャは優しい子だった。彼女は文字通り、虫一匹殺せない子だった。彼女は畑の害虫を踏み潰すことを嫌がり、居間に出る羽虫を怖がってすぐに私を呼ぶような子だった。そんなソーニャが、狙撃兵としてファシスト兵を何十人も撃ち殺すとは、私にはとても信じられなかった。
ある晩のことを、私は今でもよく覚えている。私とソーニャは、ラジオから流れてくる、外務人民委員がゲルマーニー人を糾弾する演説を聞いていた。私が「もし戦争になったら俺は真っ先に軍隊に入って、奴らを皆殺しにしてやるんだ」と言うと、妹は大きな目を潤ませてこう言った。
「でも、ゲルマーニー人にだって家族がいるでしょう? 可哀想だわ」
ソーニャはまた、写真をとても怖がる子だった。私が「魂を吸い取る写真機」の話をしたら、ソーニャはそれを真に受けてしまった。私が故郷を離れて首都に行くことになった時、記念として家族写真を撮ることになったのだが、その時もソーニャは直前まで逃げ回っていた。
戦争が勃発した時、私は首都の工科学校にいた。ファシストの大軍が奇襲攻撃を行い、国境の村と町は次々と占領されたと聞いて、私は愕然とした。私の故郷はまさに国境近くにあり、ソーニャは今も両親と共にそこにいるはずだった。
守備隊は粉砕され、住民は皆殺しにされている。そう聞いた私は即座に軍隊に入った。厳しい訓練生活を送りながら、私はなんらかの便りが来るのを待ち続けた。だが、二ヶ月が経っても何も分からないままだった。その時には私は家族のことを諦めていた。
だから、一年後にソーニャから郵便が届いた時には非常に驚いた。ソーニャは何とかファシストの魔の手から逃れ、避難先で看護婦として従軍することになったという。両親の行方は分からないとのことだった。おそらく絶望的だろう。ソーニャははっきりとそう書いてはいなかったが、文面からは妹の思いが伝わってきた。
看護婦か、優しいソーニャらしい。私は安心した。両親が死に、故郷を失っても、妹はまだ生きている。忙しいかもしれないが、妹は後方の病院で安全な日々を過ごしている。その事実が私に気力を与え続けてくれた。妹に手紙を書かなければならない、そう思うだけで死地から脱することもできた。たまに妹から送られてくる手紙を読むだけで、この世のすべての残酷さを一時でも忘れることができた。
それなのに、実はソーニャは狙撃兵として戦っていて、最期はファシストに殺された。そう新聞では書かれていた。
写真のソーニャは微笑んでいた。あれだけ写真を怖がっていたのに、どうしてあんなに自然な笑みを妹は浮かべることができたのだろうか? あんなに自然な笑みを浮かべる妹が、どうして何十人ものファシスト兵を撃ち殺すことができたのだろうか?
もしや、あの記事の内容はすべて、プロパガンダとして捏造されたものなのではないか? あの写真すらも、合成されたものなのではないか? ソーニャは、党に利用されたのではないか?
知りたい。強烈な渇望が病身の私を支配した。どうしても、妹の最期について知りたい。党のプロパガンダなどもはや必要ではない。私自身の肉体と精神とで、直接、私の妹の最期について調べ上げたい。
ただ真実を、私は知りたい!
そう思った瞬間、私はある確信を得た。ソーニャの最期を解き明かした、その時になって初めて、私の本当の人生が始まるだろうと……
私の病勢は一進一退だったが、やがて小康状態となった。それと期を同じくして、党最高指導者が死去し、私たち政治犯には恩赦が与えられた。
戦争終結から十一年が経過していた。釈放された私は、早速ソーニャについて調べ始めた。
だが、調査は難航した。
戦時中、女性兵士の活躍を大々的に称揚していた我が国は、今ではそれをなかったことにしていた。西側諸国との対抗上、我が国は軍隊と国力が強大であることをことさら誇示する必要があり、「女性兵士を登用しなければならないほどにファシストに追い詰められた」という過去は不都合そのものだった。党の指導は現在も完全であり、ゆえに過去も完全であったのだから、女性を兵士として用いたなどという過去はあり得ないのだった。
それゆえ、私の党宣伝部への問い合わせはすべて無視された。私は女性兵士に関する文書に当たることもできず、それどころかソーニャの写真が載った新聞のバックナンバーすら手に入れることができなかった。私は人伝てにソーニャのことを聞いて回ることしかできなかった。
我が国では写真一枚についてすら調べることはできないのだ。妹の写真でさえも。
政治警察によるたびたびの妨害に悩まされながら調査を続けた結果、ソーニャの所属していた部隊は、ソーニャが戦死した一年後にファシスト軍に包囲されて壊滅していたことが判明した。生き残りはいないと思われたが、私は諦めることなく調査を続けた。ついに、ソーニャの戦友が一人だけ存命してることを私は突き止めた。
そして、私はここにやってきた。私の知らない妹を知っていて、私の人生を新たに始めるための鍵を持っている、マリア・ニコラエヴナから話を聞くために……
☆☆☆
私が語り終えると、マリアは溜息をついた。そして、その光を失った目で私を見つめると、ゆっくりと語り始めた。
「お話はよく分かりました。今まで大変な苦労があったのですね。こんなに妹を思ってくれるお兄さんを持っているなんて、ソーニャは幸せ者です。それにしても、ソーニャはあなたに何も教えていなかったのですね。ソーニャが看護婦だなんて! 私が知る限り、ソーニャは赤軍で一番の狙撃兵でしたよ」
「私がソーニャと初めて出会ったのは、入営した時です。辛いことがたくさんあったのか、ソーニャは無口で、無表情で、まったく笑わない子でした。ソーニャにはいつも、ターニャという子がぴったりと付き添っていました。私たち三人はすぐに仲良くなって、そのまま同じ部隊に配属されました。三人とも狙撃兵でした。三人の中で、ソーニャが一番良い射撃の腕を持っていました」
「初めの頃は過去について何も話さなかったソーニャですが、次第にそれまでのことについて語ってくれるようになりました。戦争が起こった時、ソーニャは両親からお使いを頼まれて、隣の大きな町にいたそうです。敵軍が迫っているということで村に帰ることはできず、流されるままに列車に乗せられて、行方も分からないまま遠く東へ一千リーグも運ばれてしまったと言っていました。ターニャとはその途中で出会って、二人で食べ物を分け合いながら何とか生きていたそうです。たくさんの人の死を見たとも言っていました……」
「軍隊が女性兵士を募集しているのを知ったソーニャは、ターニャと一緒に志願しました。最初は看護婦になろうとしたらしいのですが、もう足りていると言われ、ターニャに『もう放浪するのは嫌だ』と泣かれた彼女は、仕方なく軍隊に行くことにしたそうです」
「ソーニャは優しい子でした。あなたは虫一匹殺せない性格だったと言いましたけど、本当にそのとおりでしたよ。最初に私たちが入った陣地には羽虫が多くて、私たちは敵よりもまず先に虫を殺すことに躍起になりましたが、ソーニャはその時も何もしませんでした。『だって、可哀想じゃない』って言うんです。大真面目な顔をしてそう言うんですよ」
「そんなソーニャが変わったのは、ターニャが死んでからでした。敵の狙撃兵がターニャを撃ったんです。致命傷を負って陣地に運び込まれたターニャに、ソーニャは最後まで付き添っていました。ターニャは『お
「次の日、ソーニャは初めて敵を殺しました。ターニャの死が彼女を変えたのです。もともと無表情で笑わない子でしたが、それからはもっと表情が硬くなりました。そして、仲間が死んでも決して泣かなくなりました。率先して最前線に出て行って、何日間もじっと潜伏して標的を撃つ。そんな過酷な任務を彼女は何回もやり遂げました。一日で五人を射殺した時もありましたし、一リーグ先の敵を撃ち殺したこともあります。男の兵隊にだって、そんなことはできません」
「ソーニャの得意とする戦法は、敵をおびき寄せることでした。わざと敵の急所を外して撃って動けないようにして、助けに来る敵兵をまた撃つという戦法です……とても効果がある戦法でしたが、でも、ソーニャ以外の誰もそれをしませんでした。いくらファシスト相手であっても、あまりにも残酷だからということで……でもソーニャは言うんです。『ファシストのほうがもっと残酷よ』って……」
「ところで、私の趣味は写真撮影でした。機会があるたびに、私は部隊のみんなの何気ない日常風景を撮っていました」
「でもソーニャは、私に写真を撮らせようとしませんでした。『写真を撮られると魂が抜かれる』なんて言ってね。魂なんてものを信じるのは党の教えに反するぞなんて冷やかしても、彼女は絶対に聞きませんでした。『軍隊に入って一番嫌だったのは、軍隊手帳用の顔写真を撮られた時よ』とも言ってました」
「そんな彼女でしたけど、ある日突然私のところにやってきて『写真を撮ってちょうだい』と言いました。『兄さんが私の写真を送ってくれって言うから』と彼女は言うんです。お兄さんから手紙が来て、『そろそろソーニャは十七歳のお誕生日だね、もう何年も会ってません、せめて写真だけでもお前の姿が見たい』と書いてあったと……」
「前線ですから化粧品はありません。お風呂にも、もう何日も入ってませんでした。でも、ソーニャはできる限り身綺麗にして、私の構える写真機の前に立ちました」
「私は『ほら、笑って』と言いました。でも、ソーニャの表情は硬いままです。『せっかくの写真なのよ、なんで笑わないの?』と言うと、ソーニャは僅かに困った顔をしました。『笑い方を忘れちゃったのよ』と彼女は言いました。一流の写真家は、被写体の笑顔を引き出すことができるから一流なのだと言います。無表情なソーニャをただ撮るのは、私のプライドが許しませんでした」
「ふと、私はあることを思いつきました。『ソーニャ、お兄さんからの手紙を持ってる? それを読んでみて』と私は言いました。私に言われるままに、ソーニャは軍服のポケットから手紙を取り出すと、読み始めました」
「その時、私は、ソーニャがこんなに穏やかな表情ができるのだと初めて知りました。手紙を読み始めたソーニャはふっと微笑んでいて、その目は優しさに満ちていて、口元が
「私はその瞬間を待っていました。『ソーニャ、こっちを見て』 そう言うとソーニャは、微笑んだままこちらに顔を向けてくれました。その瞬間に、私はシャッターボタンを押しました」
「ソーニャは誕生日の五日後に死んでしまいました。彼女が撃たれた時、私は彼女の観測員として隣にいました。心臓を撃ち抜かれたんです。苦しそうに呻くソーニャの手を私が握ると、ソーニャは微笑んで『あの写真、送ってね』と言いました。それが彼女の最期の言葉でした……」
☆☆☆
マリアの閉じられた目から涙が流れた。しばらく沈黙を挟んだ後で、彼女はまた口を開いた。
「私は、ソーニャとあなたに謝らなければなりません。結局、私は写真を送れませんでした。敵の攻勢が激しくて、私は陣地から離れられませんでした。当然、写真を現像する余裕もなかったのです。たまたま陣地を訪れていた報道班員に、私はフィルムを託したんです。私のかわりに、これを現像してくださいって……その次の日、目の前で迫撃砲弾が炸裂して、私は視力を失いました。きっとその新聞の写真は、報道班員が勝手に私の写真を使ったのでしょう」
彼女は言った。
「それで……写真は、よく撮れていましたか?」
非常によく撮れていたと、私は告げた。
私の目からも涙が溢れ出ていた。
※以下、作品メモとなりますので、興味のない方はここで読むのを終えられるか、もしくはお手数ですが後書きを非表示に設定してください。
らいん・とほたー「ソーニャはふっと微笑んだ」作品メモ
2020年3月1日公開。
通算十八本目となるオリジナル短編。エブリスタ主催の妄想コンテスト「写真」に応募した作品です。
文章で写真を表現しなければならないとは、エブリスタのコンテスト主催者側はなんとまた難題を出したものだと恨みました。こういう時はやはり「写真にまつわる過去」と「写真に関する謎」を追う内容にするに限ります(たぶん)。
写真で妹の死を知ったが、しかし写真の妹に違和感を覚えて……後は自分好みの世界観で謎を追っていくだけです。それにしても非常にエネルギーを費やしました。書き終えた時には肉体も精神もフラフラに……シリアスなものを書くと心身ともに消耗しますね。
一応世界観は他の私の作品と共通していたりします。だんだんと世界観を「流用」して短編が書けるようになってきたので、その点では「今まで積み上げてきたこと」のありがたみを実感しますね。
次回もお楽しみに。
※加筆修正しました。(2023/06/24/土)