ベヘモスの死体の前で、俺の乗るミロンガ改は新たにやって来た幻晶騎士の軍隊を前に向かい合う。
ミロンガ改の全高は20mを超えている。
それに対して、幻晶騎士の全高は10m程度。
倍以上の差があるのだが、その代わりミロンガ改は俺が乗ってる1機だけで、幻晶騎士の方は多数いる。
さて、この状況で一体どうしたらいいのか。
そう思っていたのだが、そんな奇妙な沈黙を破るように、1機の幻晶騎士が動く。
ディーの乗っている幻晶騎士は、ベヘモスとの戦いで結構な被害を受けているのが、俺の目から見ても明らかだ。
だが、それでも機体を動かすのにそこまでの問題はないのか、ミロンガ改の前まで移動してくると、コックピットを開く。
「こんにちは!」
そう言いながらコックピットから姿を現したのは、明らかに10代半ば……いや、まだ10代になったばかりではないかと思うくらいの背の小ささの子供だった。
あれがディーか?
いや、あの幻晶騎士に乗っていた以上、それは間違いない筈だ。
それでも、こうして見た限りでは……どうにも信じられないというのが、正直なところだった。
……というか、そんなディーの姿を見て他の幻晶騎士達も動揺してるのはどういう事だ?
いやまぁ、ベヘモスに対する援軍としてやって来た連中が驚くのは分かる。
驚きのあまり、機体の制御を失敗している奴も何人かいるが。
だが、俺がこの世界にやって来た時には既にベヘモスと戦っていた幻晶騎士までもが驚きで機体の制御をミスっているのは……一体何でだ?
そんな疑問を抱くが、取りあえずディーの登場によって事態が動き始めたのは間違いのない事実。
ディーがコックピットから出た以上、俺も出た方がいいか。
さて、姿は……まぁ、そうだな。10代半ばのでいいか。
そう判断し、ミロンガ改のコックピットから出る。
コックピットが開いた瞬間、他の幻晶騎士のパイロット達が間違いなく動揺するのが分かった。
未知の人型機動兵器からいきなりパイロットが出て来たのだから、それも無理はないか。
「初めまして、僕はエルネスティ・エチェバルリアといいます。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「エルネスティ? ……ディーじゃないのか? ともあれ、俺はアクセル。アクセル・アルマーだ。色々と詳しい話を聞きたいんだが……」
「分かってます。ロボットについて話したいのですよね? アクセルさんの機体は、極端に運動性と機動性に特化している機体のように思えます。ですが、装甲がかなり犠牲になっているのでは?」
立て板に水というのは、こういう事なのか。
ディー……いや、エルネスティは、強い好奇心に光る目でミロンガ改を見ながら、そう言ってくる。
うん。ロボットが好きだというのは、十分に理解出来るな。
「あー……その前に色々と聞きたいんだが……地球って知ってるか?」
「ほう!? ほうほうほうほうほうほう!」
地球という言葉に、エルネスティの目が更に輝く。
何だ? やっぱりここが地球だった……とか、そんな事があったりするのか?
いつから地球がにこんなモンスターが出て来るようになったのかは分からないが。
あー……でも、地球は地球でも今まで色々な世界の地球があったしな。
この世界の地球がこういう感じであっても、そこまでおかしくはない……のか?
そんな疑問を抱くが、エルネスティは俺の方を意味ありげな目で見てから、再び口を開く。
「その辺の事情については、また後で話しましょう。……ちなみに僕はプログラマーをしていました」
「……へぇ」
プログラマーという言葉が出て来たのを考えると、どうやらこの世界の重要人物はこのエルネスティで決まりのようだな。
色々と詳しい話をしたいところだが、この様子を見る限りではここでそのような話は出来そうにないな。
そう考えていると、やがて軍隊の方から数騎の幻晶騎士が近付いてくる。
その数機の幻晶騎士が俺とエルネスティの側までやってくると、こちらに合わせたのかコックピットを開いてそこからパイロットが姿を現した。
……そのパイロットがエルネスティのような子供ではなく、しっかりとした大人の男だった事は、俺に安堵を覚えさせるには十分だった。
とはいえ、話し合い次第ではどうなるのかは全く分からないのだが。
「すまないが、少し話を聞かせて欲しい。君は……フレメヴィーラ王国の者ではないね? そもそも、そのような幻晶騎士は初めて見る」
「そうだな。俺はシャドウミラーという国の者だ」
取りあえず所属だけを明確にしておく。
だが、当然シャドウミラーというのは、この世界では知られているような場所ではない。
そうなると、当然のように向こうは戸惑いの表情を浮かべる。
「……シャドウミラー?」
「ああ。まぁ、この世界では聞き覚えのある奴はいないと思うが」
そう告げる俺の言葉に、向こうは戸惑いの表情を浮かべる。
俺が何を言ってるのか、理解出来ないのだろう。
それでも、取りあえず俺がこの国の人間ではないという事は理解し、こちらを向いて口を開く。
「ともあれ、他国の者が……それも、これだけの力を持っている者を放っておく訳にはいかない。申し訳ないが、一緒に来て貰いたい。勿論、客人として優遇する事を約束しよう」
さて、どうするか。
この男の態度から考えると、俺に妙な真似をしてくるとは思えない。
思えないのだが……それでも、出来れば色々と話をする前に、エルネスティと話して、この世界について知っておきたいというのも事実だった。
「取りあえず行った方がいいかと。僕も色々とアクセルさんと話したいことはあるのですが、この状況ですからね」
そう言いながら、エルネスティは周囲の様子を確認する。
俺に一緒に来るように言ってる男が引き連れてきた者達が、神経質になっているのが分かる。
……なるほど。ここで俺がその言葉を断れば、最悪ここで戦闘になるか。
見たところ、幻晶騎士というのは基本的に空を飛べない機種らしいので、負けるといった事はないだろう。
だが、それでも今の状況を考えれば、この国……フレメヴィーラ王国だったか。とにかく敵対しない方がいいのは間違いない。
エルネスティと色々と話をしたいのは……まぁ、最悪影のゲートを使って転移すればいいだろうし。
「分かった。なら、そっちと一緒に行く。ただし、俺は別に捕虜になった訳ではなく、あくまでも客人という扱いだ。……間違いないな?」
「それは間違いありません」
俺の言葉に、そう言ってくる男。
ふむ、これで向こうが何か妙な真似をしたら、それを盾にとってどうにかするといった真似が出来る訳か。
そうである以上、ここは取りあえず従っておいた方がいいだろうと俺は判断するのだった。
「にしても、暇だな。まぁ、俺の取り扱いで今は忙しいんだろうけど」
案内された基地……いや、要塞と言うべきか? その要塞にある一室で、俺は暇を持て余していた。
俺がこの世界に来てから、既に10日程が経っている。
だが、その間俺は特にやる事もないまま、こうして暇を潰していた。
それでもあの時に話した男の言葉は嘘ではなかったらしく、俺に提供された部屋は牢屋とか地下牢とかではなく、きちんとした……それも相応の地位にあるような者が泊まるような客室だった
部屋から出るのも自由ではあるが、案内役という名の監視役がどこにでもついてくる。
……そう、騎士なのだ。
やはりこの世界はファンタジー世界だったらしい。
もっとも、幻晶騎士があるのを見れば分かるように、ファンタジーとロボを混ぜたような世界観といった感じだが。
そんな監視付きではあったが、要塞の中をある程度まで自由に動き回ることは出来た。
勿論、重要な場所への立ち入りは禁止されていたが。
……問題なのは、この世界の字が読めないという事か。
図書館とかもあったのだが、残念ながらそこにある本は読んでも理解出来ない。
まずは文字を勉強した方がいいか? と思う反面、すぐにホワイトスターから迎えがくれば……と思わないでもない。
ゲートを設置すれば、すぐに戻れはする。
するのだが……問題はどこにゲートを設置するかなんだよな。
そんな風に考えながら、ベッドで横になっていると……不意にこちらに近付いてくる気配を感じ取る。
部屋の前にいる護衛ではなく、別の場所。……具体的には窓の外から。
ちなみに俺がいるのは要塞の中でも3階なので、普通の人ならそう簡単にやってくる事は出来ない。
もっとも、魔法とかが存在するこの世界だと考えれば、3階くらいまでやってくるのはそう難しい話ではないのかもしれないが。
そして、この状況で俺の部屋に正規のルートではなく窓の外からやってくるとなると……俺を邪魔に感じた誰かが放った刺客か?
けど、殺気の類は全く感じないんだよな。
そうなると、もっと別の理由でやってきた誰かか。
そんな事を考えていると、外から窓が軽く叩かれる。
それが誰なのかは、見てすぐに分かった。
窓を開け、そんな人物に声を掛ける。
「エルネスティか」
「こんにちは、アクセルさん。ちょっと失礼しますね」
そう言うと、窓から部屋の中に入ってくるエルネスティ。
こうして改めて見ると……うん、小さいよな。
いや、小さいというか幼いか?
こんな年齢で幻晶騎士を使ってベヘモスと戦っていたというのは、少し驚きだ。
「さて、それで早速ですが……アクセルさんは異世界人ですね?」
「そうだな。それは間違いない。……エルネスティは転移か? 転生か?」
「転生ですよ。地球で事故に遭って……ただ、僕の知ってる地球とアクセルさんの知ってる地球は違うようですね。僕の知ってる地球には、作業用はともかく、兵器としてのロボットはありませんでしたし」
この場合のロボットというのは、人型機動兵器の事なんだろうな。
「そうらしいな。まぁ、地球というのは平行世界にたくさん存在している。俺が元いた世界なんか、宇宙人に襲撃されたりもしたぞ」
「なんと!? それで、あのロボットを?」
「あー……似てるけど違う」
ミロンガ改のベースとなったミロンガは、俺の元いた世界ではなく、システムXNで転移した世界で開発された機体が……言わば、横流しされた代物だったりする。
「違う?」
「ああ。まぁ、俺達にも色々とあったんだよ」
そう言い、軽くではあるが俺の事情を説明する。
次元の狭間に存在するホワイトスターを拠点としている事や、システムXNを使って様々な世界に転移しては、その世界の技術を集めていたりといった具合に。
「では、この世界に来たのもそれで、ですか?」
「いや。今回は違うな。気が付いたらこの世界にいた。そして、すぐ近くでベヘモスとの戦いがあったんだ」
「ほう。……それはまた興味深いですね」
そう言いながら、今度はエルネスティからこの世界についての情報を聞く。
やはり俺が予想した通り、この世界はファンタジー世界だったらしい。
そしてボキューズ大森海とこのフレメヴィーラ王国は隣接しており、ボキューズ大森海にはモンスター……いや、魔獣が棲み着いているとか。
厄介な場所に国があるな。
それ以外にも、幻晶騎士についての話だったりも聞かされたが……それよりも長い時間話を聞かされたのは、やはりロボットについてだった。
どうやらエルネスティはこの世界に転生する前、かなりのロボット好きだったらしい。
プラモデルとかも熱心に集めていたという話で、事故に遭った時もプラモデルを買った帰りだったとか何とか。
ただ、そのプラモデルがどういうロボットのものなのかと聞かされても、残念ながら俺の記憶にはないものばかりだ。……まぁ、俺の中にあった原作知識は既に消滅してるので、実はもし俺が知ってるロボットとかであったとしても、分かる訳がないのだが。
「では、アクセルさんの国にはロボットがたくさんあるんですね?」
「あるな。PT、AM、KMF、MS、VF、戦術機……それ以外にも諸々と」
「うわぁ、うわぁ、うわぁ。それは素晴らしいです」
話を聞く前に素晴らしいと言ってるが、それぞれの機種がどんな特徴を持ってるのかも分からないだろうに。
それだけロボットに対して強い思いを抱いているという事なんだろうが。
「俺から見れば、幻晶騎士も結構興味深いけどな」
性能的には、それこそ俺が知ってるのよりも低い。
……恐らく総合的な性能であれば、戦術機と同等……いや、運動性や機動性を考えると、幻晶騎士の方が下か?
まだ幻晶騎士については殆ど知らないので、ベヘモスとの戦いの時に見た印象でだが。
しかし、まだ技術的に未熟だからこそ発展の余地は大きい。
もしこの世界特有の技術で進歩を続けていけば、将来的な可能性という意味では十分に期待出来るだろう。
「そうですね。まず僕は幻晶騎士を……自分専用の幻晶騎士を作りたいんです。その為に、現在は色々と頑張ってるところです。……あ、そう言えば言い忘れてましたが、アクセルさんも首都に行く事になったそうです」
何でもないかのように、エルネスティはそう告げるのだった。