俺を首都に連れていくというエルネスティの言葉は冗談でも何でもなく、翌日には俺は馬車に乗って移動していた。
……どうやら、エルネスティがあの要塞に来たのは、俺を迎えに来るというのが理由だったらしい。
正確には、エルネスティの祖父が迎えに来たというのが正しいが。
ともあれ、そんな理由なら別に窓からやって来る必要もなかったと思うんだが……何でも、少しでも早く俺と話をしたかったとか何とか。
エルネスティのロボ好きを考えれば、その理由も分からないではない。
また、ロボットという言葉の意味を理解出来て、エルネスティの趣味を本当の意味で知っているというのも、エルネスティが俺と話したかった理由の1つだろう。
ともあれ、そんな訳で俺がエルネスティやその祖父、それ以外にも大量の護衛――という名の俺の見張り――と共に、フレメヴィーラ王国の首都カンカネンにやって来たのだ。
……ちなみに、この馬車で移動している集団の中央には、一際巨大な馬車が存在していた。
いや、馬車じゃないか。何しろ幻晶騎士が引っ張っているのだから。
本来なら、幻晶騎士を運ぶのは馬車でも可能となる。
もしくは、パイロット……この場合は騎士か。騎士が幻晶騎士に乗って移動するといった方法があった。
だが、今回運んでいるのは、幻晶騎士ではなくミロンガ改だ。
それこそ、幻晶騎士の倍以上の大きさを持つだけに、馬車でそう簡単に引っ張るという訳にはいかない。
馬の数を増やせばどうにかなるかもしれないが、道幅を考えれば無闇に馬の数を増やす訳にもいかない。
なら、俺が乗って……という事になれば、それこそ俺という未知の存在を理解出来ない者達にしてみれば、そのような行動を許容出来る訳がないだろう。
だからこそ、結局は幻晶騎士で引っ張る事になったのだ。
……にしても、幻晶騎士って騎士が乗るロボットだろうに。
それに馬の代わりをさせてもいいのか? と、そんな疑問を抱くのだが……現状を考えれば、仕方のない事なのだろう。
「へぇ、結構大きな都市だな」
「そうですね。首都というくらいですし、それくらいは当然なのかもしれませんが」
馬車から窓の外を見て、首都カンカネンの全体像を見ながらエルネスティと話す。
エルネスティの祖父も一緒の馬車に乗っているのだが、俺の言葉を聞いて嬉しそうな様子を見せていた。
やはり自分の国を褒められるのは、それだけ嬉しいのだろう。
とはいえ、俺達が入るのは正門からという訳ではなく……いわゆる、裏門からだ。
考えてみれば当然ではあるが、ミロンガ改について少しでも知られる事がないようにしたいという考えなのだろう。
それは分かる。分かるが……出来れば、首都の姿をきちんと見たかったと、そう思う。
ともあれ、俺達は折角の首都を見ることもないままに、裏口のような場所からカンカネンの中に入るのだった。
「それで……お主がアクセル・アルマーか」
そう俺に言ったのは、この国の国王アンブロシウス。
エルネスティとの交渉では色々と面白いやり取りもあり、エルネスティが欲する自分の専用機の幻晶騎士を作る為に必要な部品……話の流れから考えると、恐らく動力炉についての知識を欲した結果、最高の幻晶騎士を1機作れば、ベヘモス退治の報酬と合わせてその知識を渡すという事になった。
……これってもしかして、俺がベヘモスとの戦いに介入したのが原因なのか?
もしエルネスティ……いや、この旅の間にエルと呼んで欲しいと言われていたし、これからはエルと呼ぶか。
ともあれ、エルだけでベヘモスを倒していれば、その時点で動力炉に関する知識は貰えていたのかもしれないな。
まぁ、エルはそこまで気にした様子はなかったが。
ともあれ、エルとアンブロシウスとの交渉が終わり、次に俺の番となった。
アンブロシウスの視線は、エルに向けているのとは比べものにならないくらいに鋭い。
まぁ、その気持ちも分からないではないが。
エルの場合は転生とはいえ、この世界で生まれ育った。
また、エルの祖父もアンブロシウスとは親しいらしく、言ってみれば安心して話すべき相手でもあるのだろう。
だが、俺は違う。
アンブロシウスにしてみれば、俺は明らかに異端とでも呼ぶべき存在だ。
だからこそ、エルに向けていたのとは違う……国王としての視線を向けてくる。
「そうだ。シャドウミラー代表、アクセル・アルマーだ」
「貴様っ!」
席についていた男の1人、クヌートとかいう老人が俺の言葉に叫び声を上げる。
一国の国王に対し、こんな口の利き方をしているのだから、無理もないか。
だが、アンブロシウス本人は特に気にした様子も見せず、クヌートを手で押さえると、口を開く。
「シャドウミラー? それはどのような組織だ?」
「組織というか、正確には国だな」
「国、だと? ……そのような国は全く聞いた事もないが?」
「だろうな。この世界とは別の世界の国だ。この世界で知っている相手がいたら、それこそ俺が驚く」
「貴様ぁっ! 世迷い言を!」
再度怒鳴るクヌート。
まぁ、このファンタジー世界で異世界の存在を想像しろとか、そっちの方が無理だろうしな。
とはいえ、俺が異世界人であるという証拠はある。
「なら聞くが、俺がベヘモスと戦った時に乗っていたミロンガ改。この世界風に言うのなら、幻晶騎士か。大きく違うけど、それをどう説明する?」
単純な違いだけでも、その大きさがあるし、空を飛ぶというのもある。また、ビーム兵器もこの世界には存在しない。
少なくてもミロンガ改の存在を知っている者が、幻晶騎士と同じ技術で完成した代物か? と言われれば、その答えは否だろう。
「ぐぬっ、そ、それは……」
クヌートが俺の言葉に口籠もる。
この世界の人間にとってみれば、ミロンガ改は明らかに幻晶騎士とは思えない。
かといって、そんな機体を開発出来る技術もなく……そうなると、俺がこの世界の人間ではないというのを、信じざるをえない。
「なるほど。異世界……こことは異なる世界の者か。では、そのような者が何をしにこの世界に? 見たところ、ミロンガ改だったか。我々が持つ技術よりもかなり高い技術で作られているとみた。そうなると……占領か?」
真剣な……それこそ、もしここで俺がそうだと言えば、何をしてでもこの国を守り抜くといった表情で、アンブロシウスはこちらに視線を向けてくる。
あー……そうだよな。普通ならその辺りを考えてもおかしくはないか。
さて、どう答えるか。
少しだけそう迷ったが、すぐに首を横に振る。
「いや、単純にこの世界に迷い込んだだけだ」
「……は?」
向こうにとっても、俺の説明は予想外だったのだろう。
数秒前までの真剣な表情は姿を消し、間の抜けた表情でこちらに視線を向けてくる。
うん、まぁ……まさか、そんな理由でこの世界にやって来たとは思ってもいなかったのだろう。
「俺の国には、異世界に転移する装置がある。その装置が誤作動して、この世界にやって来たんだ」
実際には、ゲートを使って転移してきた覚えはない。
だが、異世界に……それも一度行った場所ではなく、全く未知の世界に転移してきたとなると、考えられる可能性として一番濃厚なのは、やはりゲートだ。
もしくは、ニーズヘッグに内蔵されているアギュイエウスか?
ともあれ、ここに来た以上は何らかの原因があるのは間違いないのだ。
「それは……また……だが、お主も一国を率いる立場なのだろう? そのような人物がいきなりいなくなって、国では大騒ぎになってるのではないか?」
「あー、どうだろうな。基本的に俺はシャドウミラーを率いてはいるが、国の象徴兼最高戦力という扱いだからな。政治に関しては、基本的に専門の奴に任せてるし」
「それは……また……」
俺の言葉に、数秒前と同じ言葉を発するアンブロシウス。
ただし、そこには呆れの表情が強く出ていた。
「普通の国の形態じゃないってのは、俺も分かってる。けど、それで無事に回ってるんだし、いいだろ」
そもそも、シャドウミラーという国そのものが殆ど成り行きでの建国だ。
そう考えれば、普通の国と違う形態になるというのは、そこまでおかしな話ではない。
「しかし……その、構わないのか? そのような国家形態では、下手をすれば国を乗っ取られる可能性もあるぞ?」
アンブロシウスの言葉に、他の者……この部屋にいる俺とエルネスティ以外の全員が頷く。
「そうだな。その可能性もある。ただ……もしそうなったらそうなったで構わないという思いもある。もっとも、一番強いのは政治班……俺の代わりに政治をしている面々を強く信頼しているというのもあるけどな」
レオンは鵬法璽を使っているので、若干例外ではあるが。
「それにしても……その年齢で一国の代表とは……」
アンブロシウスのその言葉に、そう言えば現在の俺は10代半ばの姿だったかと思い出す。
「そうだな。なら、これなら……信じられるか?」
そう言い、座っていた椅子から立ち上がり、軽く指を鳴らす。
瞬間、俺の身体が白炎に包まれ、次の瞬間には10代半ばから20代の姿に変わっていた。
「もっとも、この姿でも一国の代表というにはちょっと若いけど」
「な……」
いきなり俺の外見が変わった事で、アンブロシウスが……いや、エルも含め、この場にいた全員が驚きの声を上げる。
そんな周囲の反応に構わず、俺は再び指を鳴らして身体を白炎で包み、10代半ばの姿に戻る。
「まぁ、この世界で活動するのはこっちの方が色々と便利なのは間違いないから、こっちの姿にしておくけどな」
「お前は……一体……」
「取りあえず、これでこことは違う世界の人間だというのは分かっただろ? この世界にこういう魔法があれば、また話は別だけど」
そう言いつつも、アンブロシウスを始めとした他の面々の様子を見る限りではそんな魔法があるようには思えない。
もしくは、もしあったとしてもこの世界ではかなり希少で秘術とかの類になってるとか。
「……いや、残念ながらそのようなものは知らん」
素直にアンブロシウスが俺の言葉を認める。
他の者達……特に俺を敵視していたクヌートやそれ以外の面々も何も言えなくなって俺の方を見ていた。
「なら、取りあえずこれで俺が別の世界の者だというのは理解してくれたな?」
「うむ。……では、その上で改めて尋ねよう。アクセルよ。何をしに、わざわざ異世界となるこの地にやって来たのだ?」
数秒前とは違い、俺という存在を見定めるかのような、そんな視線を向けてくるアンブロシウス。
この辺り、国王という立場として考えれば当然ではある。
当然ではあるのだが……俺という、得体の知れない存在に対し、こうも堂々とした態度を取る辺り、さすがと言ってもいいだろう。
とはいえ……何をしにと言われてもな。
「正直分からないな」
「……何?」
「いや、冗談でも何でもなく、気が付いたらこの世界に……それもベヘモスと戦っていた現場にいたんだよ」
「……本当か、それは?」
「ああ。ただ……俺がこの世界に来たのは偶然だったが、同じように色々な世界に行く事が出来る俺達の国には、1つの国是がある」
「……それは」
アンブロシウスの微かに緊張したような声。
普通に考えれば、俺が何らかの理由でこの国を……そしてこの世界を征服しようとしているのでは? と、そう思ったのだろう。
実際には俺だけでこの国を征服しようとしても……結局人材不足で出来ない。
国を消滅させることなら出来そうなんだが。
それに、そもそも俺には最初からそんなつもりもないし。
「その世界の技術を集める事。この世界で言えば、幻晶騎士だな」
「何だと?」
それは、アンブロシウスにとっても予想外だったのだろう。
思わずといった様子で尋ね返してくる。
この国を征服されるかもしれないという思いだったのが、完全に自分の予想とは違う話になったので、それに対しては思うところが色々とあったのは間違いない。
とはいえ、俺としてもこの国を征服したところで、まともに運用出来るとは思えないし。
なら、無用な騒動を引き起こすような真似はしない方がいいだろう。
「それと、魔獣だな。ベヘモス程に巨大な魔獣は困るが、もっと小さい魔獣なら捕獲して俺の国に連れて帰りたい」
『……』
魔獣を欲するというのは、アンブロシウスにとって……いや、ここにいる者の多くにとっても予想外だったか、黙り込む。
そうして沈黙が流れ……その沈黙を破るように、エルが口を開く。
「なるほど。では、どうでしょう? アクセルさんには、僕と一緒に幻晶騎士を開発して貰うという事で。そうなれば、アクセルさんも幻晶騎士についての情報を得られますし。それに幸い、僕はアクセルさんと友好的な関係を築いています」
不意にそんな事を口にしたエルに、再度部屋の中は沈黙に包まれるのだった。