出撃準備を始めた騎士達と別れ、俺はクヌートのいる場所に向かう。
本来なら、今頃はエルのプレゼンを受けており、あの新型の幻晶騎士についての設計書とかも見せられて、胃が痛くなっていてもおかしくはなかった。
だが、ダリエ村が魔獣に襲われているとなると、悠長にそんな事もしていられないだろう。
ちなみに、この世界において魔獣の等級はどのくらいの幻晶騎士で戦えるのかというのが基本となっている。
決闘級は幻晶騎士1機で戦える魔獣。
旅団級は幻晶騎士1個旅団、具体的には幻晶騎士100機で戦える魔獣。
師団級は幻晶騎士1個師団、具体的には幻晶騎士300機で戦える魔獣。
といった具合に。
ちなみに、決闘級よりも小さな、もしくは弱い魔獣は小型魔獣という扱いになっている。
勿論、この場合の幻晶騎士というのは、あくまでもテレスターレ以前の幻晶騎士ではある。
ともあれ、決闘級の魔獣が……しかも群れで襲ってきたという事は、幻晶騎士の群れが襲ってきたのと同じような事を意味する。
不幸中の幸いなのは、幻晶騎士を操縦する騎士なら色々と作戦を考えたりするが、魔獣の類は基本的に本能によって行動しており、作戦を立てるといったことはない事か。
それでも村でそんな決闘級魔獣に対処出来るかと言われれば、それは難しいだろう。
だからこそ、この砦からすぐにでも出撃するように準備をしていた訳だ。
さて、そうなるとクヌートとエルは一体どうするか、だな。
考えながら砦の中を歩く俺だが、特に誰かに止められるような事はない。
俺がクヌートの客人だというのが砦全体に広まっているというのもあるし、それ以外でも俺に構っていられるような余裕がないというのも大きいのだろう。
そんな訳で砦の中を歩いていると……やがて、こちらに向かって歩いてくるクヌートとエルの姿を見つける。
それから少しして、クヌートとエルも俺の存在に気が付いたのか、こちらに視線を向けてきた。
「アクセル殿、一体何を?」
「お前を探していたんだよ。別に何か破壊工作をしているとか、そういう事はないから心配するな」
そう告げるが、クヌートの目にはこちらを完全に信じているような色はない。
エルに対しては、この短時間でそれなりに気を許してるように思えるんだが……この辺、やっぱり俺とエルと立場の違いってのがあるんだろうな。
「そうでしたか。しかし、現在は忙しくてアクセル殿のお相手をしている暇はありません」
「分かってる。俺も騎士から聞いたし、狼煙も見た。で、どう対処するのか聞きに来た訳だ。……どうする? 戦力が必要なら、俺もダリエ村に行ってもいいけど」
「それは……」
クヌートが数秒迷った様子を見せる。
クヌートにしてみれば、俺という戦力は是非欲しいところだろう。
俺がエルと共にベヘモスを倒したというのは当然のように知ってるだろうし、現在戦力は幾らあっても十分という事はない筈だ。
迷った末に、クヌートは首を振る。
縦にではなく、横に。
「いえ、お気持ちはありがたいですが、アクセル殿は国王陛下の客人。そのような方を相手に、戦力として敵に向かわせる訳にはいきません」
「そうか? 俺としては構わないんだが……まぁ、クヌートがそう言うのなら、その言葉に従おう」
戦力として考えれば、クヌートの判断は間違っている。
だが、俺が他の国からやってきた人物だと考えれば、その判断は決して間違っている訳ではないのだ。
「ありがとうございます。私は彼と一緒に砦の指揮を執りますが、アクセル殿はどうしますか?」
「あー……取りあえず俺も一緒に行くよ。何かあった時に対処出来る人材は必要だろ?」
そう告げ、俺はエルと共にクヌートの後を追う。
「なぁ、エル。これって偶然だと思うか?」
「……どういう意味です?」
「いや、フレメヴィーラ王国が魔獣と戦い続けているのは知っている。けど、それでもこうして俺達がテレスターレをここに持ってきたタイミングで襲撃されるってのは、違和感がないか? それに……何気に、俺はこういうシチュエーションには覚えがあるんだよな」
SEED世界やガンダム世界では、開発した新型を奪いに来るというのはそう珍しいものではない。
エルも、俺とは違う世界で俺の知っている原作――俺の場合は経験してきた事だが――を知らないが、ロボット好きとして結構なアニメとか漫画を見てきたり、ゲームをしてきたりした筈だ。
そんな中、敵の新型機を奪うというのは珍しくもなんともない……それどころか、ありふれてすらいるだろう。
「では、アクセルさんはこれが誰かの企みだと?」
「絶対って訳じゃないけど、可能性としてはな」
そう告げると、エルは難しい表情で悩む。
テレスターレという新型の幻晶騎士を開発した以上、この世界の原作は既に始まっている筈だ。
そうなると、当然のように敵が必要となる。
……最初は魔獣を敵として戦うのかと思ったが、もしも他の国がフレメヴィーラ王国にスパイのような者を送り込んでいるとすれば、当然のようにテレスターレに目を付ける筈だ。
幻晶騎士は、この世界における国の最大戦力。
そのスパイを送り込んでいる国がテレスターレを欲していたとしても、おかしな話ではない。
「それは……可能性がないとは言えませんね。正直なところ、もしそうであったら厄介な事になりそうです」
「だろうな。とはいえ、先にそれを悟ることが出来たというのは、大きいんじゃないか? あくまでも、この予想が本当ならの話だが」
「……そうですね。一応警戒しておきましょう」
「クヌートにもその辺を警戒するように言ってくれ」
本来なら俺が言えばいいんだろうが……もし俺が言ったとしても、クヌートがそれを信じるかどうかは、正直微妙なところだ。
なら、俺が直接何かを言うよりも、いつの間に友好的な関係を築けているエルから話を通した方がいいだろう。
「そうですね。言っておきます」
「……それで、あの設計書は見せたのか?」
エルが今回の一件の為に用意したその機体は、まだ設計を詳細まで煮詰めていた訳ではないらしいが、この世界においては間違いなく大きな意味を持つ幻晶騎士となる。
「はい。クヌート公爵も喜んでくれました」
「……そうか」
それが本当に喜んだのかどうか、俺には分からない。分からないが……取りあえず、胃薬が必要になるのは間違いないと思う。
もしかして、本当にもしかしての話だが、ここでこうして多くの者が巻き込まれる事になった魔獣の襲撃は、クヌートにとってエルの提案を一時的に棚上げするという意味では悪くなかった……とか、そんな感じなのか?
ふとそんな事を思うが、クヌートはそんな感情を表に出すような真似はしていない。
まぁ、もし俺の予想が間違っていなくても、そうなる可能性は十分にあるのだが。
「では、取りあえずクヌート公爵に今回の敵の襲撃が、もしかしたら何者かの仕業であるかもしれないと言ってきますね。……あ、でももし今回の一件がどこかの国の襲撃なら、アクセルさんの機体の出番だったりしますか?」
「……まぁ、その可能性はあるかもな」
そう告げると、エルは一瞬だけ笑みを浮かべてクヌートの方に向かう。
エルの奴、隙あらば空間倉庫に入ってるミロンガ改を出させようとするんだよな。
いやまぁ、エルにとっては自分の趣味を満足させると同時に、魔獣に襲われている村を少しでも早く助ける為の一石二鳥といった感じなのだろうが。
とはいえ、俺としてはアンブロシウスから出来るだけミロンガ改を出さないで欲しいと要請されている身だ。
基本的には、何かあった時には幻晶騎士で対処する事になるだろう。
テレスターレも、その為に用意されたのだから。
テレスターレではどうしようもなくなった場合は、ミロンガ改を使うだろうが。
アンブロシウスからされたのは、あくまでもあまり使わないようにして欲しいという要請であって、命令ではない。
俺もアンブロシウスの顔を立ててその要請を聞いてはいるが、何があっても絶対にその要請をまもらなければならないという訳ではないのだ。
「アクセルさん、どうしたんです? 行きますよ!」
クヌートと話していたエルが、そう言って手を振ってくる。
エルにしてみれば、今回の魔獣の襲撃に色々と思うところはあるのだろうが。今はとにかく自分が落ち着いて、何があってもすぐに対処出来るようにする必要があると、そういう事なのだろう。
……俺とエルの予想が外れていればいいんだけどな。
ただ、この世界の原作がどのようなものなのか分からない以上、話のパターンとしては決して有り得ないという話ではない。
その場合は、しっかりと対処する必要があるだろうな。
エルとクヌートに追いつきながら、そんな風に思う。
そうして、俺達3人はやがて目的の場所……司令室とでも呼ぶべき場所に到着する。
とはいえ、この世界において通信機の類は存在しない。
そうなると、当然のように司令室から直接騎士団に指示を送ったりという真似は出来ないので、ここにいるのは情報を集めたり分析したり、もしくは何らかの情報を得た者がやってくる時に、どこに行けばいいのか迷ったりしないように……と、そんな一面が高い。
「状況は?」
司令室に入ったクヌートが、真っ先にそう尋ねる。
すると、その言葉に司令室の中にいた者達が、次々と現在分かっている状況を説明していく。
……その説明の途中で、エルと俺の方に疑問の視線を向けてきたが。
俺は10代半ばくらいの年齢だが、それでもこの要塞では見た事がない顔だろう。
また、エルにいたってはその小ささから、何故このような場所に? と疑問に思ってもおかしくはない。
それでも直接疑問を口にしないのは、俺とエルがクヌートと一緒に司令室にやって来たからというのが大きいだろう。
この世界はファンタジー世界で、貴族とかの影響力はかなり強い。
その上、クヌートは公爵という……貴族の中では最高位の爵位の持ち主だ。
そんな人物に何か下手な事を言えば、後々色々と不味い事になりかねないのだから。
「は。現在戦力を派遣したところですので、向こうの連絡待ちかと。……幸い、ダリエ村は住人が避難する避難所を前から作っていたので、住民の命は問題ないと思います。……勿論、被害を0という訳にはいきませんが」
「だろうな」
クヌートが、表情を変えずにそう呟く。
クヌートにしてみれば、自分の領地での出来事である以上、そこに被害が出るのは面白くはない。
だがそれでも、今の状況を考えれば冷静に判断する必要があるのだろう。
影のゲートでちょっと様子を見てくるか? と思わないでもなかったが、クヌートの性格を考えれば、俺がちょっかいを出すのは面白く思わないだろう。
であれば、ここは様子見をしておくのが正しいか。
「そうなると、情報を持ってくる者を待つ必要があるか。……いざという時の為の援軍の用意は?」
「既に完了しています。ただ、今回の魔獣の襲撃の件を考えると、少し気になる部分もありまして」
「ふむ」
報告をしていた男の言葉に、クヌートは頷く。
とはいえ、その驚きは俺が考えたような驚きからくる言葉ではないのだろう。
……いや、もしかしたら、俺が感じたような疑問を、騎士としての勘で感じたという可能性は否定出来ないが。
「魔獣の襲撃が行われた以上、ダリエ村の建物は大きな被害を受けているだろう。魔獣の掃討を確認出来たら、すぐに各種物資を持って向かうように準備しておけ」
クヌートのその言葉を聞き、俺は少しだけ意外に思った。
公爵という立場の者が、村に対してそこまで気を遣うといった真似をするとは思わなかったからだ。
「この世界だから、ですよ。いえ、正確にはボキュース大森海に接しているフレメヴィーラ王国だからこそでしょうか」
「……なるほど」
魔獣が大量に棲息しているボキュース大森海と接しているからこそ、魔獣によって被害を受けた時はすぐに対処する必要があるという事か。
でなければ、恐らくフレメヴィーラ王国ではすぐに住人は死んでしまう。
だからこそ、住人も騎士も一緒になって魔獣に対処していく必要があるといったところか。
そう考えると、フレメヴィーラ王国以外の国では魔獣と接する機会そのものがそこまで多くはないという事で、フレメヴィーラ王国が貧乏クジを引いてるように思える。
もっとも、そのおかげで豊富な実戦経験を積む事が出来るし、魔獣の素材とかも豊富に使えるのだから、決して悪いだけではないのだろうけど。
「とにかく、この様子では多分問題はないかと。アクセルさんの心配している件にしても、すぐにどうこうといった事はないと思います」
「だといいんだけどな。……今までの経験から考えて、決して完全に安心出来る訳じゃないと思ってしまうのは、俺の悪い癖なのかもしれないな」
エルにそう返し、それでも胸の中にある悪い予感は決して消える事がなかった。