団長と呼ばれていた女が降伏すると、それに従って他の幻晶騎士に乗っていた者達も大人しく降伏する。
それこそ、この砦に所属する騎士の操縦するカルダトアと戦っていた幻晶騎士ですら、武器を置いて降伏をしたのだから、この女がどれだけ下に慕われているかというのを現していた。
左目に大きな傷があるが、美人なのは間違いない。
それこそ、気の強い美人と呼ぶのが相応しい。
その女がどれだけ慕われていたのかというのは、降伏した者達を見れば明らかだろう。
「さて、問題は……」
呟きながら、俺は空中から格納庫を見る。
今までは非常事態……本当の意味で非常事態だった為に、俺が空を飛んでようが、白炎を生み出して幻晶騎士を燃やしたりしようが、そこまで気にする者はいなかった。
それこそ、目の前で起きている出来事に対処するだけで背一杯だったのだろう。
だが、騒動が一段落したところで、皆が改めて俺を見たのだ。
一体俺が何者なのかと。
……正直、どうしたところだろうな。
俺が異世界から来た存在だというのは、それこそフレメヴィーラ王国の中でもほんの数人しか知らない。
だからこそ、それをここで話す訳にはいかなかった。
取りあえず、ここから消えるのを優先するか。
そう判断し、コックピットから出ている女の方に向かって進む。
「名前と所属は? ……言っておくが、嘘は言うなよ? 嘘を言った場合、お前達の待遇がどうなるかは、保証出来ない」
実際に言葉には出さなかったが、今回のこいつらの襲撃によって、少なくない者が死んでいるだろうし、死なないまでも怪我をした者は多い。
今はまだ、戦闘が終わったばかりで興奮だったり安堵だったり、場合によっては虚脱だったりを感じている者が多いだろうが、その感情が一段落した後は、一体どうなるか。
クヌートの部下であっても、その不満を表に出すような者がいるのは間違いない。
そのような者達にとって、襲撃してきた相手というのは格好の憂さ晴らしの相手だ。
その上、この女は左目に傷こそあれど、美人だし、身体付きも男好きのする体型だ。
そうなれば、この女が最悪どのような目に遭うのかは考えるまでもないだろう。
女は俺の言いたいことは分かったのだろうが、寧ろ望むところだといった様子で、舌を出して唇を舐める。
艶めかしいまでのその色気は、この女は目的を達成する為なら自分の身体を差し出すくらいの事は容易に出来るという事を意味している。
……それどころか、自分の身体を使って相手を骨抜きにして自分の手駒にするといった事をする可能性は非常に高かった。
俺を誘うような視線で見てくる女だったが……俺はそれに反応しない。
何しろ、俺はレモンを始めとして極上の美女と呼ぶべき恋人達が大量にいる。
確かに目の前にいる女は美女ではあるが、それでもレモン達には及ばない。
自分の色仕掛けに俺が引っ掛からないと判断したのだろう。
女は少しだけ拗ねた様子を見せた後で、やがて口を開く。
「私はケルヒルト・ヒエタカンナス。ジャロウデク王国、銅牙騎士団の団長だよ」
銅牙騎士団ね。
今回の一件を考えると、表沙汰になっている騎士団という訳ではなく、破壊工作とかの忍者っぽい仕事を持っている連中か。
ジャロウデク王国ってのは、以前エルに少しだけ聞いた覚えがある。
別にフレメヴィーラ王国の隣国とかではなく、かなり離れた場所にある国だ。
「ジャロウデク王国の人間が、わざわざフレメヴィーラ王国までやって来たのか?」
「色々とあるんだよ」
色々と口にしたところで、複雑な表情を浮かべるケルヒルト。
忍者みたいな事をやってるとなると、基本的には裏方だ。
その辺の事情を考えると、何となくここに流されてきた理由は納得出来る。
そうしてテレスターレの情報を入手し、テレスターレに使われている数々の新技術を得たくて機体を奪おうとした、と。
……なるほど。まぁ、ありがちなパターンではあるが、それでもフレメヴィーラ王国にまで人を派遣してるとなると、色々と企んでそうな国ではあるな。
「分かった。ジャロウデク王国だな。……取りあえず全員機体から降りて、一ヶ所に集まれ。言っておくが、くれぐれも妙な真似をするなよ?」
「分かったよ」
そう言い、ケルヒルトはテレスターレから降りる。
それを見た他の者達も、ケルヒルトが降りるのならばと、次々に降りてきた。
どうやら、部下の信頼は厚いらしい。
ともあれ、こうしてケルヒルトを降伏させた以上、後はクヌートに任せればいいだろう。
「おい、クヌートにこの一件の報告を頼む。それとこの連中を牢屋に閉じ込めておけ。……くれぐれも、手荷物検査を忘れるなよ」
銅牙騎士団の性格から考えて、忍者的な性質を持つのは間違いない。
そうなると、身体のいたるところに何らかの道具を仕込んでいるという可能性も否定出来ず、身体検査がしっかりとやられていない場合、脱出される可能性もある。
……生身での俺の実力を見せつけたのを思えば、俺がいる間は脱出したりしないだろうが、俺もいつまでもこの砦にいる訳ではない。
いざという時がない為に、その辺はしっかりしておいて貰う必要がある。
即座にクヌートに報告しに行った騎士を見送りながら、ジャロウデク王国に対する報復について考えるのだった。
銅牙騎士団の面々が捕らえられた後、何故か再びライヒアラ騎操士学園の面々がやって来るという出来事は起きたが、それ以外は特に何か大きな騒動はなかった。
……いや、あったか。
ダリエ村が襲われた一件に、呪餌というのが使われている事が判明したのだ。
この呪餌というのは、魔獣を呼び寄せるという効果を持つ。
当然の話だが、魔獣が多数棲息しているボキューズ大森海と接しているフレメヴィーラ王国にしてみれば、呪餌というのは禁忌の品と言ってもいい。
それを使ってダリエ村に魔獣を呼び寄せたのだから、俺が少しくらい口を利いたところでクヌートがケルヒルトを容易に許す筈もない。
また、呪餌を使ったという事で、銅牙騎士団についてはここで裁くのではなく、アンブロシウスが直々に裁く事になった。
ケルヒルトには悪いが、俺からはこれ以上は何も出来ない。
そもそも、呪餌などという代物を使ったのが原因なのだから。
……まぁ、ぶっちゃけケルヒルトや銅牙騎士団を助けるだけなら、それこそ影のゲートを使える俺がいれば、どうとでもなる。
なるのだが……助けてどうするのかという問題もあった。
正直な話、ここでケルヒルト達を助けても特に俺に利益はない。
それどころか、不利益の方が多いだろう。
とはいえ、それはあくまでも俺の認識での話だ。
フレメヴィーラ王国にしてみれば、銅牙騎士団というのはそれなりに有益な存在となる。
とはいえ、自由に行動させればすぐに逃げ出してジャロウデク王国に戻ってしまいそうだというのも、間違いのない事実なんだよな。
鵬法璽でも使うか?
けど、フレメヴィーラ王国の為にそこまでやる必要はないか。
その辺は結局アンブロシウス次第だ。
もしアンブロシウスが望んで、相応の対価を渡すのなら、鵬法璽を使っても構わない。
ケルヒルトに関してはこれでいいとして、次の問題となるのはジャロウデク王国か。
フレメヴィーラ王国の偵察をしているだけならともかく、俺も若干ながら開発に関わったテレスターレを奪おうとして狙ってきたのは許容出来ない。
また、それよりも大きな狙いとして、ジャロウデク王国軍が有する幻晶騎士を入手したいという思いもあった。
……ただ、テレスターレを奪おうとしていたというのを考えると、ジャロウデク王国の有する幻晶騎士もそこまで特別な物ではない可能性が高い。
それこそカルダトアと同程度の性能……違っていても、それこそ誤差の範囲内の可能性が高かった。
その辺りの事情を考えると、実は手を出す意味はあまりないのでは? という思いがない訳でもない。
その辺の情報もケルヒルト辺りに聞いてみるのもありか?
さて、そうなるとどうやって向こうに報復するかだな。
そうだな、取りあえず向こうに実質的に被害は出さなくても、面子を潰す方法で報復をするのがいいか。
そうして考えた俺がすぐに思いついたのは、今回の一連の出来事を書いたチラシをジャロウデク王国の首都で空中から散布するといったものだ。
多少誇張表現をし、その上でジャロウデク王国を揶揄するような事を書けば……そう、例えば自分達では新技術を開発出来ない無能なジャロウデク王国は、他国で開発した技術を盗もうとして失敗した、盗賊国家だ。……とか、そんな事を書いたチラシを空中から散布すれば、ジャロウデク王国の面子は完全に潰される。
その上で、適当に格納庫から色々と盗み、ついでに爆破する。
……あ、それと城にも何かしたら面白いかもしれないな。
とはいえ城を破壊するのは、面子を潰す云々にしても少しやりすぎなような気がしないでもないので……そうだな。城にペンキで大きく盗賊国家とか落書きをするのはどうだ?
それこそ、首都にいるどこからでも見ることが出来るように。
「アクセルさん、ちょっといいですか?」
ジャロウデク王国に対する報復を考えていると、そんな風に声が掛けられる。
声のした方に視線を向けると、そこにいたのは予想通りエルだった。
「エル? どうしたんだ、こんな時間に」
「いえ、少しアクセルさんとお話しをしたくて。……構いませんか?」
「別に特に何かしてた訳でもないから、構わないけど。……話?」
「ええ。やっぱりアクセルさんの所属している組織にも、人型ではないロボットはあるんですか?」
あー、なるほど。それについて聞きたかったのか。
クヌートにエルが提案したのは、人型ではない……いわば、ケンタウロス型とでも呼ぶべき幻晶騎士だ。
その手の機体について、エルも興味を持っているのだろう。
ロボットロボットとうるさいエルだけに、てっきり人型機動兵器についてだけ気になっているのかと思ったら、実は人型以外にも強い興味を抱いていたらしい。
「人型じゃない……ガン・ルゥは2足歩行ならぬ3足歩行に近いな」
実際には2足歩行するKMFを開発出来なかった中華連邦が、苦肉の策で開発した機体なんだが。
あれは人型とは言えないと思う。
……ただ、KMFってのは大体全高5m前後の機体だし、ガン・ルゥの場合は粗製乱造という言葉が相応しいKMFだから、それこそテレスターレどころか、カルダトアと戦っても多分負けるんだよな。
「3足歩行ですか。それは少し興味深いですね。他にはどんなのがあります?」
「パイロットがいらない無人機だけど、メギロート、イルメヤ、バッタ、コバッタといったのがあるな」
「無人機……無人機ですか。それはそれで悪くないんですが、やっぱりパイロットが乗ってこそですよね」
どうやら無人機はエルの好みには合わなかったらしい。
いや、実際には好みに合わないって程じゃないが、それよりも興味深いのが多いから、そっちに目が向けられている感じか。
「そうなると、バクゥがあるな」
「バクゥ?」
「ああ。地上用MS……MSってのは、以前説明した事あったよな?」
「はい。ロボットの種類ですね」
「そうだ。SEED世界という世界で使われているMSで、地上用の四足歩行型の犬や狼を思わせるMSだ」
「……あれ? 前に僕が聞いた話だと、MSというのは人型だと聞いたんですけど。そうなると、そのバクゥというのもMSに入らないのでは?」
「その辺は、大人の事情だな」
実際、バクゥは分類的にはMAになっていてもおかしくはない。
おかしくはないんだが、実際にSEED世界の人間に話を聞いてみるとバクゥはMSなんだよな。
ただ、以前にちょっとムウから聞いた話によると、SEED世界のMAというのはミストラス、メビウス、メビウス・ゼロのような戦闘機は、宇宙用作業機械から発展した代物で、MSはパワードスーツから発展したとか何とか言ってた記憶がある。
もっとも、その時のムウは結構酔っていたので、それが本当かどうかは分からなかったが。
もしムウの説明が正しければ、バクゥ……それとバクゥの上位機種のラゴゥとかも四足歩行型ではあってもMSという分類で間違いないのだろうが。
「なるほど。……ですが、そのバクゥというのは興味深いですね」
「実際、地上限定となると結構高い性能を発揮するのは間違いないな」
「他には? 他にはまだ何かありますか?」
好奇心で目を光らせて尋ねてくるエルに、俺は悩む。
他の人型ではない機体。
VFとか?
ファイターでは戦闘機そのものの姿だし、ガウォーク何かは戦闘機に足が生えているという、独特な形状をしている。
とはいえ、純粋に人型ではないかと言われれば、バトロイドという2足歩行型があるから、その辺は正直微妙なところだろう。
そんな風に考えながら、俺はエルとの会話を続けるのだった。