カルダトア・ダーシュの説明を得意げにする老人。
とはいえ、実際にカルダトア・ダーシュはそうするだけの価値はある代物であり、今の状況を思えば皆がその説明に聞き入っているのはおかしくはない。
「うむ、見事」
アンブロシウスの口からも賞賛の言葉が放たれ、それに老人は満足そうに笑みを浮かべる。
だが……そんな老人も、次にアンブロシウスの口から出てきた言葉には、目を見開く事になる。
「この出来映えなら、お主の自信も当然の事だろう。だが……だからこそ、並大抵の相手では、カルダトア・ダーシュの性能を存分に発揮する事は出来ない」
「は、はぁ……」
老人の方も、一体話がどこに向かっているのかといった事に疑問を抱いた様子だったが、まさかアンブロシウスの言葉を遮る訳にはいかず、話を聞く。
「そこで……カルダトア・ダーシュの相手に相応しい相手を用意した」
そう告げると共に、足音が聞こえてくる。
その足音は、幻晶騎士のもの。
ただ普通の幻晶騎士と違うのは、足音以外に車輪を引く音も聞こえてくる事だ。
周囲でアンブロシウスの話を聞いていた貴族達も、そんな音に気が付いたのだろう。
それぞれに疑問の声を上げたり、動揺したりといった様子を見せていた。
そして……やがて、それが姿を現す。
闘技場の選手入場口――という表現が正しいのかどうかは分からなかったが――から出てきたのは、人馬が一体となった、ケンタウロス型の幻晶騎士……ツェンドルグ。
そのツェンドルグが、荷車を引いて姿を現したのだ。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』
予想外……あまりに予想外の光景に、見ていた見物客達の口からは驚愕の声しか出ない。
そんな中で平然としているのは、ツェンドルグについて知っていた少数の者達だけ。
にしても、あの様子を見ると、荷車を引いてるというかチャリオットとか、そんな表現が相応しいな。
アンブロシウスが、老人と……いや、違うな。もっと若い男と何やら話しているのが見えるが、歓声で一体何を言ってるのかまでは分からない。
ともあれ、そんな歓声の中で荷車を牽いていたツェンドルグから荷車が外れ、その荷車は俺達の……もっと具体的に言えば、アンブロシウスの前で止まる。
ざわり、と。
そんな荷車を見て貴族達が騒ぐが、その騒いでいる元凶の荷車を覆っていた布が外れ……そこには、新型の幻晶騎士が3機、存在していた。
言わずと知れた、エル、エドガー、ディーの3人だ。
……本来ならヘルヴィもここに入るのだが、今回の一件においては3機となり、そこにエルも入った為に、結果としてヘルヴィは抜ける事になった。
ヘルヴィにしてみれば、かなり悔しい事なんだろうが……この辺は、純粋に実力差が露呈した形だ。
とはいえ、それはあくまでもこの面子の中だからこそ、ヘルヴィの操縦技量が一番下だということであって、ヘルヴィの技量そのものは正規の騎士を相手にしても決して引けを取るようなものではない。
ともあれ、そんな訳で銀鳳騎士団VSアルヴァンズとかいう、フレメヴィーラ王国では有名な精鋭部隊との戦いになった訳だが、結果としては銀鳳騎士団の圧勝に終わった。
勝因として上げられるのは幾つかあるが、まずはエルが以前空を飛ぼうとして開発したが、結果的に幻晶騎士1機を駄目にしたあの装置。あの改良版が相手の意表を突くという意味でも大きな効果を発揮したのは間違いない。
もっとも、まだかなり開発の余地があるみたいだったが。
それ以外に、エドガーとディーの技量が俺と訓練を繰り返した事で、かなり上がっていたというのも大きい。
エドガーとディーが乗ってるのは、エルによって改良された幻晶騎士。
つまり、相手にとっては未知の性能を持っているのだ。
そんな幻晶騎士に乗っている、腕の立つ2人と戦えばどうなるか。
これでエドガーとディーの技量がもう少し低ければ、あるいはいい勝負になったかもしれない。
だが、エドガーとディーの技量が高かった事により、アルヴァンズという部隊であっても相手にはならなかった。
……その上で、ツェンドルグという存在が文字通りの意味で人馬一体といった感じで戦場中を駆け回り、相手を翻弄する。
これは言ってみれば、歩兵と騎兵が戦ったようなものだ。
アルヴァズの方も精鋭部隊という事で相応に善戦したのだが……結果として、戦いは銀鳳騎士団の圧勝と言うべき形で終わった。
とはいえ、本当に最後の勝負がつくよりも前にアンブロシウスが戦いを止めたのだが。
これは、アルヴァンズのプライドをへし折らない為、というのが大きいのだろう。
「双方、見事であった!」
銀鳳騎士団とアルヴァンズ、それ以外にも見学者たる貴族達の前で、アンブロシウスは嬉しそうに告げる。
……嬉しくない訳がないか。
今回の模擬戦で出番のあった幻晶騎士は、その全てがフレメヴィーラ王国の戦力となるのだから。
「どの機体も、非常に見事だった。このような幻晶騎士を開発出来た事、嬉しく思う。それで……」
「あーっ! もう終わってるじゃねえか!」
不意に響く声。
国王たるアンブロシウスの言葉を遮るとは何者か! と、貴族達の厳しい視線が声のした方に向けられるが、その声を発した人物を見ると、不思議とその憤りが収まり、何故か納得した様子すら見せる。
誰だ、これ?
そんな疑問を抱く俺に教える為ではないだろうが、クヌートが口を開く。
「エムリス殿下、今お戻りですか?」
「ああ。それにしても、惜しかったな。もう少し早く到着出来れば、模擬戦を見る事が出来たものを」
そう告げるエムリス。
殿下とクヌートに呼ばれていたのと、その年齢から考えると……恐らくアンブロシウスの孫、そしてリオタムスの息子といったところか。
「エムリス殿下は、クシェペルカ王国に留学していたんですよね? もう戻ってきたんですか?」
「エムリス殿下だから、としか言えないな」
「あー……そうですね」
周囲にいる貴族達から、そんな声が聞こえてくる。
その会話から考えると、かなりやんちゃな性格をしているらしい、
しかもクシェペルカ王国に留学していたという事は、恐らく俺が散布したチラシも読んでるんだろうな。
「エムリスか。……聞いていたよりも早かったようだが?」
「爺ちゃんが何か面白い事をやるって聞いてな。すっ飛んできた」
うん。アンブロシウスの血を引いてるのは間違いないな。
リオタムスの子供なのに、祖父の血の方が強く出ているというのは……まぁ、珍しい話ではないか。
そんな風に思ってると、アンブロシウスやリオタムスと話していたエムリスが俺の存在に気が付く。
「ん? お前は? 初めて見る顔だよな?」
「ああ。アクセル・アルマーだ。フレメヴィーラ王国の客人といったところか」
「へぇ。ただの客人が爺ちゃんの隣に座ったりはしないと思うんだが……まぁ、いいか」
いいのかよ。
そう突っ込みたくなるが、本人がそれで問題ないというのであれば、こちらも特に問題はないだろう。
そして、この場にいた貴族の中で俺の存在を知らなかった者達は、改めてこちらに視線を向けていた。
事情を知らない貴族にしてみれば、俺という存在は色々と不思議なのだろう。
「基本的に政治に関わったりとかはしないから、安心してくれ」
そう言ったのは、エムリスに向けてというのもあったが、それ以上に貴族達に向けての意味が強い。
貴族達にしてみれば。得体の知れない相手が国王のすぐ側いて、しかも親しげにしている。
それを見れば、当然のようにフレメヴィーラ王国に何かしようとしているのか? と疑問を抱いてもおかしくはない。
……そういう意味では、クヌートが最初に俺を怪しんできたんだよな。
今では胃薬を買ってくれる、いい客になっているが。
「そうか? なら、いいけど。……それにしても、惜しかったな。色々ととんでもない機体があるってのに、それが動いてるところを見られなかったってのは残念だ」
そんな風に告げるエムリスに、父親のリオタムスは大きく息を吐くのだった。
模擬戦が行われた日の夜。
エムリスの帰還というサプライズもあったが、それ以外にも新型幻晶騎士の完成を記念してのパーティが行われ、その日は城に泊まる事になった。
当然のように、アンブロシウスの客人という扱いの俺も城に泊まる事になっていたのだが……
「また、随分な顔ぶれだな」
パーティが終わってゆっくりとする時間。
俺が泊まる部屋でベッドに寝転がって空間倉庫から出した雑誌を読んでいたのだが、そんな俺をメイドが呼びに来て、案内された部屋に入ると、そこにいたのはアンブロシウス、リオタムス、エムリス、クヌート、ヨアキム、それ以外にも何人か重要人物そうな者達が揃っていた。
「うむ、すまぬなアクセル殿。実はこの件はお主にも教えておいた方がいいだろうという情報が入った」
そう、アンブロシウスが言ってくる。
その様子を見れば、真剣な表情でこちらに視線を向けているのが分かった。
「政治には関わらないって、そう言ったばかりだったんだがな」
「それは分かっている。だが、今回の一件はアクセル殿にとっても他人事ではない」
俺にとっても他人事ではない?
一体、何の事だ?
そんな疑問を抱き、取りあえず話を聞いてみるかと判断し、空いている椅子に座る。
……エムリスが興味深そうな視線を向けてきているが、取りあえずそれはスルーしておく。
10代半ばの俺が自分の祖父と……フレメヴィーラ王国の国王と互角の立場で話し合ってるとなれば、そんな風に感じるのも分からないではない。
いっそ、20代の姿になるか?
いや、それはそれで面倒な事になりそうだな。
「で? 他人事ではないってのは、一体何があったんだ?」
「エムリスから聞いた話だが、現在ジャロウデク王国と周辺国家はいつ戦争になってもおかしくはないらしい。……いや、寧ろもう戦端が開いていてもおかしくはない、と」
「戦争を? ……俺が呼ばれたとなると、あのチラシが原因か?」
「そうだ」
そう答えたのは、アンブロシウスではなくエムリスだった。
興味津々といった様子で俺を見ながら、言葉を続ける。
「お前があの空飛ぶ幻晶騎士に乗ってたのか。……ともあれ、お前がジャロウデク王国や周辺国家に落としていったあのチラシは、ジャロウデク王国の評判を著しく落とした。それどころか、ジャロウデク王国と接している国々も危機感を抱いた。……まぁ、自分達で技術を開発するんじゃなく、他国で開発した技術を奪うってんだから、それも当然だろうが」
その説明は、納得出来るところが多い。
というか、それを狙って行ったという面もある。
「だろうな。それでジャロウデク王国が動きにくくなるのなら、それでいいだろ?」
「……率直に言えば、効果がありすぎたんだ。それが理由で、さっきも言ったが現在戦争になりかけている」
「薬が効きすぎた訳か」
「そんな感じだ。とはいえ、ジャロウデク王国は周辺諸国と比べても頭一つは大きな国だ。それだけに、普通なら周辺諸国もそんな国と戦争をしようとは思わないが……どこかの誰かが、ご丁寧な事に周辺諸国にジャロウデク王国を非難する文章を撒いていった。そうなれば、自分だけではどうにもならなくても、周辺諸国と手を組めばもしかしたら……と、そう思う者が出て来てもおかしくはない。だろう?」
「まぁ、それは否定しない」
「そんな訳で、現在の状況になってる訳だ。……とはいえ、俺が知ってる情報はあくまでも俺がクシェペルカ王国から出て来る前の話だ。今どうなっているのかというのは、残念だが分からない。ジャロウデク王国と周辺諸国が戦争になっているのか、もしくは粘り強く対話を続けているのか」
そう告げるエムリスだったが、その表情を見れば対話という選択肢は言ってるだけで、実際には行われていないのだろうという事はすぐに分かる。
「ふむ。……それで、俺にそれを聞かせてどうしろと?」
「どうもしない。ただ、アクセル殿には教えておいた方がいいと思っただけだ」
アンブロシウスはそう言うが、実際には俺に様子を見てきて欲しいという思いが強いんだろうな。
そうだな。少し向こうが気になっていたというのも間違いないし、様子を見てくるというのはありかもしれないな。
というか、ジャロウデク王国軍が妙な真似をしていないのを祈るだけだ。
実際、飛行船という隠し球がある以上、幻晶騎士を敵の首都に輸送して一気に首都を占領するといった真似をするのは、難しくはない。
とはいえ、当然の話だが首都には幻晶騎士の中でもトップクラスの実力を持つ者が揃っており、ジャロウデク王国軍であってもそう簡単に占領出来るとは思わない。
多少の性能差はあれども、テレスターレ以前の幻晶騎士の性能というのは、ほぼ横並びといった感じなのだから。
あ、でも飛行船で相手を驚かすという手段はあるから、その辺は何とも言えないな。
そんな風に思いつつ、俺はこれからどうするべきかを考えるのだった。