フレメヴィーラ王国に戻ってきた俺が見たのは、闘技場で戦っている2機の幻晶騎士だった。
それだけであれば、特に驚くべき事ではない。
騎士である以上、模擬戦をやるのは珍しい事ではないのだから。
だが……その幻晶騎士が双方共に初めて見る機体で、その上でそれに乗っているのがアンブロシウスとエムリスとなれば、話は違ってくる。
何でも話を聞いた限りだと、以前注文を受けた専用機にどっちが乗るのかというのを模擬戦で決めるという事になったらしいのだが……いやまぁ、うん。王族の自覚があるのかと、そう思ったのは俺だけではない筈だ。
ちなみに結局その模擬戦はエムリスが勝ったことで、新型機……金獅子はエムリスの機体となり、銀獅子はアンブロシウスの機体となった。
本来なら国王専用機があるのに、何故新型機を? という疑問もあったが、詳しく聞いたところによると、アンブロシウスは息子のリオタムスに王位を譲る事にしたので、国王専用機はリオタムスの物になったらしい。
いつの間にそんな話になっていたのかという思いがあったが、そもそもの話、俺は政治に関わらないという事にしていたので、その辺の情報が入ってこなかったのだろう。
まぁ、そんな訳で話が一段落したところで、俺はジャロウデク王国が現在どうなっているのか、見てきた内容を説明する。
「ふむ、やはり周辺諸国と戦いになっていたか」
俺の言葉にそう呟くのは、アンブロシウス……ではなく、リオタムス。
国王の座を譲られるという事になり、現在では政務の類もリオタムスが仕切っているのだろう。
大々的な公表こそまだだが、実質的には既にリオタムスが国王と言ってもいいらしい。
とはいえ、アンブロシウスもリオタムスに全てを任せている訳ではなく、何かあったらすぐに相談に乗るようにはしているらしいが。
「周辺国家全てを敵に回して、劣勢ながらも何とも持ち堪えてる。……ジャロウデク王国の底力を感じるな」
エムリスの口調が苦々しげなのは、クシェペルカ王国に留学していた時に仮想敵国として認識していたからだろう。
ロカール諸国連合を挟んで向こう側に存在する大国。
クシェペルカ王国としては警戒するのは当然であり、だからこそエムリスのこの口調なのだろう。
「それ以外にも、色々と理由はあるんだけどな。……特に俺が最後に見た飛行船による敵国の首都奇襲。あれは恐らく、俺がいた国だけじゃなくて他の国に対しても攻撃を行っている筈だ。それによって戦いは膠着状態に入る」
「ふむ、なるほど。そうなると……どうなると思う?」
アンブロシウスの視線が向けられるが、俺としては何とも言えない。
そもそも、まだこの世界についての常識を完全に理解している訳ではないのだから。
それでも言えるのは……
「そうだな。考えられるとすれば、今は防衛戦で時間を稼いで、その間に戦力を……特に飛行船を充実させる事だろうな」
飛行船は、多ければ多い程にいい。
勿論、多くなりすぎて操縦する人員が足りなくなるのは問題だが、ジャロウデク王国は大国なんだし、人的資源という意味でそこまで問題ないだろう。
当然そうなれば超一流どころか、一流も数少なくなり、二流、三流といった技量しか持たない者が多くなると思うが、飛行船の場合はそこまで多くの腕利きは必要ない。
何しろ、敵の攻撃が届かない上空を飛ぶのだから。
……まぁ、ミロンガ改という例外は存在するが。
ともあれ、そんな訳で時間はジャロウデク王国の味方となる。
時間が流れれば、周辺諸国にとっても有利な点はあるだろうが……それでも、やはり飛行船のあるジャロウデク王国の方が有利だろう。
「時間か。そうなると、ジャロウデク王国がどうやって時間を稼ぐかが問題になってくるだろう。周辺諸国が手を組んでいるとはいえ、そこまで深い関係ではない以上、特定の国と友好的な関係を築き、停戦するといったところか」
「そうなると、一番可能性が高いのはロカール諸国連合だろうな」
リオタムスが俺の言葉に同意するように頷く。
元々、ロカール諸国連合は国力という点では小さい。
それこそ、ジャロウデク王国がどこに攻めるかというのを考えると、最初に名前が出るくらいには。
それだけに、ロカール諸国連合にとっても今回の周辺諸国が一斉にジャロウデク王国に攻め込むというのは渡りに船だったのは間違いないだろう。
だが、そんな中でもロカール諸国連合がジャロウデク王国に停戦を要望されれば……受け入れざるを得ないのも、事実。
もう1つの隣接している大国たるクシェペルカ王国がロカール諸国連合に協力するのならともかく、基本的にクシェペルカ王国は平和主義……とまではいかないが、それでも好戦的な国ではない。
だからこそ、ジャロウデク王国が停戦を求めて来ても、ロカール諸国連合はクシェペルカ王国に頼る事は出来ない。
結果として停戦は結ばれ……ジャロウデク王国は背後を気にせずに他の攻めて来ている国の迎撃に集中出来る訳だ。
「いっそ、クシェペルカ王国にロカール諸国連合に協力するように要請したらどうだ? そうすれば、ジャロウデク王国からの停戦も突っぱねる事が出来るだろうし」
「……難しいだろうな」
しみじみといった様子でエムリスが呟く。
「クシェペルカ王国の国王は保守的な性格をしている。実際に攻められたのならともかく、そうでもなければ自分から動くような真似はまずしないだろう」
「……そういうものか?」
元々クシェペルカ王国がそういう傾向がある国だというのは分かっていたが、それでも現在のジャロウデク王国とその周辺国家の状況を考えると、ここで動かないという手はないと思うんだが。
「そうなると、ジャロウデク王国の思い通りに進むな」
リオタムスの言葉を聞いたアンブロシウス、エムリスが嫌そうな表情を浮かべる。
まぁ、その気持ちも分からないではない。
呪餌という、フレメヴィーラ王国においては禁忌の品を使って魔獣を呼び出したのだ。
テレスターレの奪取こそ防げたものの、その一件で死んだ者の数は多い。
それを行った銅牙騎士団の面々は捕らえたとはいえ。その銅牙騎士団に命令を下したのはジャロウデク王国だ。
そんなジャロウデク王国が有利になるというのは、面白くないのだろう。
……以前までであれば、エムリスはともかくアンブロシウスはここまで露骨に感情を出すような真似はしなかったのだが。
この辺は、やはり国王ではなくなったというのが大きいのか。
そんな風に考えつつ、これからどうするかと考えていると……
「大変です!」
そう言いながら、1人の兵士……いや、騎士だな。その騎士が部屋の中に入ってくる。
普通なら、到底有り得ない事だ。
何しろ、ここにいるのは前国王と現国王、将来的に国王になるかもしれないエムリスなのだから。
もっとも、エムリスは3男という事で、実際に王位を継承する可能性は少ないが。
あ、それとついでに俺がいるというのも、この場合は大きいか。
とはいえ、俺が異世界の人間であるという事を知っている者は、そう多くはないのだが。
ともあれ、ここに重要人物が集まっている以上、そこにこうしてノックもせずに入ってくるというのは、普通なら有り得ない。
そうなると、その有り得ない何かが起こったということなのだろう。
「巨樹庭園に派遣された騎士団からの、緊急の報告です。魔獣の群れ……それもとんでもない数の群れを発見したと」
「何っ!?」
騎士の言葉に、アンブロシウスが真っ先に立ち上がり、リオタムスもまた立ち上がる。
巨樹庭園? 一体、何だ? 聞いた覚えがないが。
「その報告は本当か?」
「はい。至急援軍を……」
「だが、迂闊な部隊では……」
「なら、俺が行こうか?」
「エムリス? ……いや、なるほど。エムリスと銀鳳騎士団がいれば……それに……」
王族3人で会話をしていたのだが、リオタムスの視線が俺に向けられる。
だが、すぐに首を横に振って俺から視線を逸らす。
……何だ?
そんな疑問を抱くが、リオタムスの様子にアンブロシウスまでもが何も言わないでいるのを見ると、何か俺には言えないような事なのだろう。
その巨樹庭園とやらには、何かがあるのは間違いない。
しかし、それを俺に説明する事も出来ないとなると、何らかの秘密区画といったところか。
若干気にならない訳ではないが、今の状況で俺が迂闊に介入すれば、それこそ以前から考えていた政治に関わるという風になりかねない。
そうならない為にする以上、俺は口を開く。
「何だか分からないけど、俺が関わらない方がいいみたいだな。部屋を出るか?」
「すまぬ。そうして貰えると助かる」
俺の言葉に、アンブロシウスがそう告げる。
うん、この様子を見ると冗談とかそんな訳ではなく、本気で色々と事情のあるところなのだろう。
であれば、これ以上は関わらない方がいいだろうと判断し、俺は部屋を出るのだった。
数日後、銀鳳騎士団を率いてエムリスが旅立っていったのを見送る。
フレメヴィーラ王国側としては、出来れば俺の協力は欲しかったのだろうが、それでも今の状況を考えると俺を関わらせる訳にはいかない何かがあった訳だ。
ジャロウデク王国に対する報復や、ジャロウデク王国と周辺諸国との戦いについては俺に頼んだりしていたのに、巨樹庭園とやらに関しては絶対に俺に手を出させる訳にはいかないといった様子を見せていた。
その事が気にならないかといえば嘘になる。
だが、それでも……今回の一件を考えると、やはり何らかの理由があっての事だろうというのは予想出来た。
正直、そこまでして俺に隠したい秘密は何なのかというのが気にならないと言えば嘘になる。
だが、今の状況で無理にそれを聞くのもお互いの友好関係に影響を与える事にもなりかねない。
どうしても知りたくなったら、それこそ影のゲートを使って色々と忍び込むといった真似をすればいいが。
あ、でもこの世界は普通に魔法が存在するんだよな。
そう考えると、もしかしたら魔力を察知したら即座に警報がなるとか、警備兵とかに伝わるとか、そういう仕掛けがあってもおかしくはない。
この世界がファンタジーの世界でなければ、もしかしたらもう少し話は別だったかもしれないが、ファンタジーの世界だしな。
ともあれ、エルが率いる銀鳳騎士団がいなくなった関係上、ライヒアラ騎操士学園……いや、正確にはライヒアラ騎操士学園からそう遠くない場所に建設されて銀鳳騎士団の本拠地たる砦にいるのも何だしということで、現在の俺はフレメヴィーラ王国の首都カンカネンにいた。
首都だけあってライヒアラ騎操士学園よりも大きな図書館があるし、城には更に大きな図書館……いや、図書室と言うべきか? ともあれ、そんなのもある。
勿論、一般の図書館はともかく、城の図書室ともなれば一般人がそう簡単に利用出来るような場所ではない。
だが、俺はアンブロシウスの客人という事になっているので、当然のように城にある図書室に入るのは問題がなかった。
司書や兵士……そう、城の図書室だけに相当貴重な本もあるらしく、盗難防止の為に護衛の兵士までもが待機しているのだが、ともあれそんな面子も俺を素通りさせる。
最初に来た日こそは少し手間が掛かったが、それから数日。
俺はこの図書室に毎日のように通っていたので、司書や兵士も慣れたのだろう。
ちなみに、キッドから少し聞いた話によると、ライヒアラ騎操士学園に通い始めたばかりの頃……いや、通い始めるよりも前からだったか? ともあれ、エルもライヒアラ騎操士学園の図書室に毎日のように通っては本を読んでいたらしい。
それがかなり有名だったとか何とか言ってたな。
ともあれ、そんな感じで本を読む。
城の図書室だけに、結構重要な本があったりするので、読む本に困る事はない。
この世界の文字ももう覚えているし。
フレメヴィーラ王国は、魔獣の棲息しているボキューズ大森海と隣接している事もあり、当然のようにそっち系の本が多い。
こうして見る限りだと、魔獣はそれこそ千差万別といった感じだな。
何とかして魔獣を捕らえてホワイトスターに連れ帰り、可能なら繁殖させたいんだが。
そんな風に思っていると、図書室の中に1人の騎士が姿を現すのが見えた。
慌てたように図書室の中を見回し、俺と目が合うとこちらに近付いてくる。
その事から、間違いなく俺に用事があってやって来たのだろう。
出来ればもう少し本を読んでいたかったんだが、俺に用事がある以上は、放っておく訳にもいかないだろう。
本を閉じると席を立って、本を元の場所に戻してから、騎士に声を掛ける。
「それで? どうしたんだ?」
「アクセル代表には至急来て欲しいとの事です。……飛行船がフレメヴィーラ王国に向かってやって来たそうです」
騎士のその言葉に、俺は少しだけ驚くのだった。