『貴様……貴様、一体何者だ!』
クリストバルが、幻晶騎士が持つ長剣の切っ先を俺の方に……正確にはサラマンダーの方に向けながら、そう叫ぶ。
まぁ、その気持ちも分からないではない。
最初に俺に襲い掛かってきたグスターボを始めとして、既に全ての幻晶騎士が戦闘不能になっているのだから。
しかもそれを、全くの無傷で倒したのだ。
何も事情を知らないクリストバルが、俺を信じられないような視線で見てきてもおかしな話ではない。
「ジャロウデク王国がいらないちょっかいを出した、フレメヴィーラ王国の客人だよ。……それでどうする? やるのならまだ相手になるが」
ビームサーベルの切っ先を向けながら、そう尋ねる。
だが、そう尋ねられたクリストバルは、どうすればいいのか迷っていた。
……まぁ、その気持ちは分からないではないのだが。
クリストバルにとって、俺という存在はどう考えても理解出来るような相手ではないのだろう。
それこそ、得体の知れない化け物といったように見えてもおかしくはない。
それに付き合うようなつもりは、俺にはなかったが。
『ぐっ……ぐぐ……』
そんな声を聞きながらどうするべきかと考えていると、不意に空から1機の幻晶騎士が降りてくる。
誰が? というのは、考えるまでもない。
現在の懲罰軍で、空を飛べる幻晶騎士というのは、俺の他にはエルのイカルガしかないのだから。……俺のはVFで幻晶騎士ではないから、正確にはエルだけなのだが。
『どうしました、アクセルさん。まだ戦ってたんですか?』
「こいつをどうしたものかと思ってな。ジャロウデク王国の王子らしい。殺すか、捕虜にするか。どっちがいいと思う?」
『それは……やはり捕虜でしょう』
「だ、そうだが? このまま俺達と戦い続けるつもりなら、死ぬ事になる。だが、降伏すれば、取りあえず今は死なないですむ。……どうする?」
その言葉に、クリストバルは持っていた長剣を下ろすのだった。
クリストバルを捕虜にしてから半月……懲罰軍は、何故か周辺国家の軍をも引き連れて、ジャロウデク王国の首都にやって来ていた。
俺にしてみれば、以前チラシを散布した時以来だな。
そんな風に思いながらも、外から見ると首都だけあってかなり頑丈な城壁に囲まれているのが見えた。
『降伏勧告は既に拒絶された。……それ故に、ジャロウデク王国との戦いが始まる。だが、軍属ではない者に対して乱暴をしないようにしろよ! そのような者は即刻処刑する。他国の者でそのような真似をしてる者を見つけても、同様に処罰しろ。俺がそれを許可する!』
金獅子に乗ったエムリスの叫びが、周囲に響く。
本来なら、周辺諸国の軍もそんなエムリスの言葉に不満を抱いてはいるのだろう。
だが、それを口にはしない。
何故なら、現在の諸国連合ともでも言うべき部隊の中心にいるのがフレメヴィーラ王国の懲罰軍であり、エムリスはその懲罰軍を率いてる者だからだ。
だからこそ、今回の一件においてはどうしてもエムリスの影響力が強くなってしまう。
それが分かっているからこそ、周辺諸国の面々はエムリスの言葉に従うしかないのだ。
……いや、どうしても従いたくなければ、この軍から抜ければいい話なのだが。
だが、ここで軍から抜けるような真似をすれば、ジャロウデク王国の美味しい場所を得る事が出来ない。
そう考えれば、ここで無理に抜けようと考える者はいないだろう。
『では……全軍、攻撃開始!』
エムリスの指示に従い、俺達はジャロウデク王国の首都を攻略すべく動き始めるのだった。
「何て言うか、正直もう少し苦戦すると思ってたんだけどね」
ディーが拍子抜けしたといったように、各国の国旗が掲げられている城を見ながら、そう呟く。
その気持ちは、正直分からないでもない。
だが、実際にジャロウデク王国の首都攻防戦は、予想していたよりもあっさりと終わってしまった。
とはいえ、考えてみれば当然の結果ではある。
ジャロウデク王国軍が動かせるだけの戦力は、半月前の砦を巡っての戦いで既に壊滅している。
ジャロウデク王国にとっては切り札と言える飛空船も、あの戦いで多数が失われた。
そんな状況で首都が攻められても、それに対処するだけの戦力を集めるのは容易ではない。
その辺の情報はクリストバルから聞いていたので間違いなかった。
……ジャロウデク王国軍にとっても、まさかあの戦力で負けるとは思っていなかったのだろう。
そんな訳で、ジャロウデク王国も急いで各地の戦力を呼び戻し……それこそ、周辺国家の軍と戦っている戦力すら呼び集めたのだが、それが致命傷だった。
当然対峙していたジャロウデク王国軍がいなくなれば、その部隊は前に進む。
そうして進み、情報を集めた各国が懲罰軍の事を知るのは当然であり、一緒に行動したいと判断するのも、また当然だった。
そんな訳で、ジャロウデク王国は見事に占領されてしまった訳だ。
ちなみに、ジャロウデク王国の第一王女カタリーナ・カミラ・ジャロウデクが交渉の場に出て来たのだが……うん。まぁ、予想通り見知った顔だった。
今回の懲罰軍が発足される理由になった交渉。
あの交渉にやって来ていた人物だったのだから。
公爵よりも上の地位となれば、やはり王族が上がるのは当然であり、そういう意味では妥当な結果だろう。
「それで、ジャロウデク王国はこれからどうなるんだ?」
「うん? 取りあえずフレメヴィーラ王国としてはどうにかするつもりはないな。ただ、呪餌で受けた被害やテレスターレの襲撃で受けた被害の賠償は貰う予定だし、公の場でその辺りの説明をして謝罪をさせるつもりだけどな」
エムリスの言葉に、なるほどと納得する。
まぁ、ここを領地にしてもかなりの飛び地で得られる利益も多くはないしな。
……ちなみに、エルは飛空船についての資料を真っ先に確保している。
ただ、飛空船を開発した人物は既にジャロウデク王国から消えていたので、非常に残念がっていたが。
そう言えば、エルといえば……少し奇妙なことがあったな。
孤高なる十一から派遣されている騎士の一人が、『エル知ってるか? 死神はリンゴしか食べない』とか何とか言ってたとか。
……この世界にもリンゴってあるのか? と疑問に思ったが、ともあれそんな事を口にしていた奴は、結局アディによって排除されていたが。
あの男、何だったんだろうな。
「そうか。なら、そろそろフレメヴィーラ王国に戻るのか?」
「そうなるな。飛空船で帰るんだから、きっと皆驚くぞ」
エムリスの言いたい事は分かる。分かるが……ジャロウデク王国が呪餌を使った事を思えば、飛空船がやって来たらフレメヴィーラ王国では警戒するんじゃないか?
それとも、フレメヴィーラ王国の国旗辺りを掲げていくのか。
そうすれば、取りあえず敵に間違われる事はない……と、そう思いたい。
「使える飛空船は?」
「銀鳳騎士団の方で整備済みだ」
「そうか、分かった。ならそれでいい。……まぁ、急いで帰る必要があるのなら、それこそすぐにでも帰れるんだが」
影のゲートがある以上、フレメヴィーラ王国まで行くのに殆ど時間は必要ない。
とはいえ、今回は言ってみれば凱旋だ。
当然のようにすぐに向こうに帰るのではなく、しっかりと勝利の味を噛みしめて移動する方がいいだろう。
そんな風にエムリスと話していると、やがてキッドがこっちに向かって走ってくる。
「エムリス殿下、そろそろ会議の時間なので、来て下さい」
「お、もうそんな時間か。……つまらねえな」
この会議というのは、ジャロウデク王国をこれからどうするのかといったことを決める会議だ。
ジャロウデク王国を残すのか、それとも滅ぼすのか。
残す場合は、具体的にどのくらいの領土を残すのか。
また、今回の戦いの賠償金の額はどうするのか。
そんな諸々を決める会議だが、当然ながら今回の戦いで活躍した懲罰軍の……そしてフレメヴィーラ王国の影響力は強い。
だからこそ、エムリスとしても会議に参加するのを面倒臭がっていながらも、最終的には大人しく参加するのだろう。
「頑張れよ。俺が出来るのは応援だけだけど」
「……アクセルも会議に参加する資格はあるんじゃないか?」
「さて、どうだろうな」
そう言いながら、俺は会議に連れていかれるのはごめんだと、その場から逃げ出す。
背後からエムリスの声が聞こえてくるが、それを意図的に無視して、その場から離れるのだった。
そうして、俺達はジャロウデク王国との戦争を終え、飛空船を使ってフレメヴィーラ王国に帰還する。
当然の話ではあったが、フレメヴィーラ王国では大騒ぎになった。
まぁ、フレメヴィーラ王国の……それもある程度事情を知っている者にしてみれば、飛空船というのは呪餌を使ったジャロウデク王国の象徴だ。
当初は、いつでも攻撃出来るように幻晶騎士が揃って出て来るようなことにすらなってしまった。
とはいえ、それもエムリスやエルが姿を現し、ジャロウデク王国からこの飛空船を奪ったという話をするまでだったが。
それからは、この飛空船について研究して、研究して、研究するエルの姿があった。
そんな中、俺はジャロウデク王国との戦いで協力した報酬として、ボキューズ大森海の一部をリオタムスから貰って、そこでようやくゲートを設置した。
幸い時差の類はそこまででもなかったらしいが、この世界の事を知ると、技術班を含めて多くの者が興味津々といった様子となる。
……幻晶騎士についても、かなり興味深かったのだろうが。
また、当然のように魔獣もかなり興味を持ち、メギロートやバッタ、量産型Wを使って、ゲートを襲ってこようとした魔獣を次から次に捕らえ、それでも足りなくなってこちらから戦力を派遣して魔獣を捕らえるようになっていった。
ちなみにこの世界の魔獣は、シャドウミラーを通じて他の世界でも興味深く迎えられ、幾つかの世界では買い取りを希望する者達すらいた。
ともあれ、俺達が魔獣について研究したり捕獲したりといった事をしている間に、エルも飛空船の研究を進め、空を飛ぶ幻晶騎士などという物すら新たに開発した。
……当然のように、エルはシャドウミラーの方にも興味を持っていたのだが、幸いにしてそれまでは飛空船の調査と空を飛ぶ幻晶騎士に集中していたのだが、それが終わると当然といった様子でこっちにやって来た。
それでどうなったかと言えば、エルと技術班が見事に意気投合してしまった。
まぁ、エルにしてみればホワイトスターというのは、非常に興味深い……それこそ、住みたいくらいの場所だけに、その気持ちも分かる。
というか、実際にエルは移住したいと言ってアンブロシウスやリオタムスを慌てさせたし。
だが、ここで慌てるのも当然だろう。
フレメヴィーラ王国にとって、エルの才能というのは掛け替えのないものなのだから。
結果として移住は認められず、エルは銀鳳騎士団の団長をしながら、暇を見てはホワイトスターに来るという生活をしている。
そんな生活の中で唯一の救いだったのは、アディの俺への態度が柔らかくなったくらいか。
アディにしてみれば、俺の恋人として大人の女が多数いたことで、エルとの関係を気にしなくてもよくなったらしい。
……恋人が多数いたことで、別の意味で態度が冷たくなったが。
キッドとアディの母親は、ヨアキムの妾という立場だったので、色々と思うところがあったのだろう。
ともあれ、そうして時間が経ち……今度はボキューズ大森海の奥を探索するという事になった。
これは飛空船を研究して独自の飛空船を開発出来るようになったり、空を飛ぶ幻晶騎士の開発に成功したからというのが大きい。
当然そんな危険な場所に行くのなら、シャドウミラーにも来て欲しいという要請があったのだが……俺達は、それを即座に引き受けた。
何しろ、最近では魔獣達もゲートの周辺は危険だと判断したのか、やって来なくなったし。
未知の魔獣を確保するという意味では、まさに願ったり叶ったりといったところだったのだ。
ともあれ、シロガネをシャドウミラーからも出して、暇な連中と一緒にボキューズ大森海の奥に向かったのだが……そこで、蜂のような魔獣に襲われた。
それこそ大量に襲ってきたその蜂に若干苦戦したが、それでもメギロートとかバッタを大量に出し、シャドウミラーからも有人機が出撃して戦い……巨人族と遭遇し、敵対的な巨人族を倒したら、その巨人族と敵対していた別の巨人族が何故か俺達に心酔したり、ゴブリンと呼ばれていた第一次森伐遠征軍の末裔の王と戦いになったりしたが、何だかんだと丸く収まった。
その後も空を飛ぶ島が発見されたり、何故かキッドがクシェペルカ王国の姫と付き合うようになったりと色々とあったが……ともあれ、俺にとってこの世界は色々と貴重な世界となったのは間違いなかった。