藤丸立香の時計塔生活 作:佑々
俺、藤丸立香は一般人──とはもう言えないかもしれないけど、そこまで実力のある魔術師じゃない。ミスター・フラウロス、天才かつ名門の魔術師に目をかけられた若者という肩書きは、俺にとってほんの少し重いものだった。
魔術は平凡、意識が高いわけでもない。それなのに名門魔術師の養子になるとは、と研究にしか興味のない考古学科はともかくその他の人々からは嫉妬の対象になっていた。それはもう、呪われるほどに。
「と、いうわけで、先生助けてください。」
「ふむ、その程度のこと慣れてもらわねば困る。私なんか常々命を狙われているぞ」
「だからこそですよ。狙われているからこそ、何かいい案でもないかなーって」
「じゃあ課題にしよう。効率がいい呪詛返しの方法だ。手動でもいいが……自動ならなおよい。それをレポートにまとめて提出しておけ。それじゃあ帰るといい。私も忙しい身だ」
時計塔に入学してから3日、色々事情があるということで現代魔術科のエルメロイ教室に入った俺は、妬みや悪意からくる呪いの被害を先生に訴えていた。が、結果はこの通り、まあ、忙しいと聞いていたのでそこまで期待していた訳では無いが、課題にされるとは思わなかった。
そうしているうちに、バタンとドアが開いて変な鼻歌を歌った少年が入ってくる。金髪に碧色の目、どこかダ・ヴィンチちゃんを思い起こさせる雰囲気を纏った少年だった。
「それゆけ僕らのビック・ベン──ん?見ない顔だね!もしかして新しく入ってきた子?だったら君は幸運だ。だって時計塔超ウルトラハイパーナンバーワン講師である、このグレートビックベン☆ロンドンスターに教えて貰えるんだから!」
「フラット!その名前で呼ぶなと言っている!ちっ、暇ならそいつの案内でもしてやれ」
そういえば、よくよく考えてみれば学校を回っていないと気づく。引越しや魔術師としての登録のドタバタで家と教室と図書館を往復する日々だった。先生はそれに気づいていたのだろう。そんな気がする。……厄介払いしたいだけかもしれないが。
「わかりました!絶対領域マジシャン先生!」
「そっちの名前でも呼ぶな!」
うん、ダ・ヴィンチちゃんに似た雰囲気というのは勘違いだな。ダ・ヴィンチちゃんはこんなことしない。するかもしれないけどこんなことしない。いつかどこかで『天才はいつも理解されないダ・ヴィンチ』とかわいこぶってた気もするけどこんなことしない。
こういう事をするのはエジソン、テスラ、いや………そうだ、ノッブのふざけた時に似ている。俗に言う紙一重っていうやつだ、と自分で納得しておく。
「じゃあ、行こうか!俺の名はフラット!フラット・エスカルドス!よろしく!」
「ああ、俺の名前は藤丸立香、あー、正式には立香・藤丸・フラウロスだ。とりあえず、藤丸か、立香と呼んでくれ。」
「ああ、あのフラウロスさんの養子ね!噂には聞いているよ。どこまでホントかわかんないけど、なんか、壮大なストーリーが展開されているんだ!俺らの中で有力なのは……養子として戻ってきたフラウロスさんの実子だとか!先生の隠し子だとか!」
「どんな噂だ!」
最早誹謗中傷のレベルだ。それも、俺ではなフラウロスや、先生───思考が中断される。あまりの恐怖に足が震える。
フラットの後ろには憤怒という言葉でしか形容できない顔をした先生がいた。
「隠し子ねぇ、続けてもらおうか」
「げっ、逃げるよ!」
───手を引かれる。青筋を浮かべた先生は初めて雷帝を召喚した時ぐらい恐ろしかった。
─────
「はぁはぁ、いやー、またアイアンクローを食らうところだったよ」
「それは君の自業自得じゃないか?」
「そうだね、フジマルくん。違う場所で言うべきだった!」
「いや、そういう事じゃ……まあいいや」
フラットが少し息を整えると、それじゃあ、案内するよと歩き始める。
「それにしても。大丈夫?怨霊っぽいのが憑いてるけど。ひー、ふー、みー、うわっ、6体もいる。」
歩きながら話していると心配そうにフラットが言った。6体の怨霊、いや、まさかな。サーヴァントじゃ──ああ、そういえば、縁が切れていなかったらしい。
「それ、毒!雷!炎!って感じしない?」
「んー、するする!毒!雷!炎!炎!炎!ドレイン!って感じ」
「ドレイン!ってなんだよ。まあ、何となくわかった。多分残留思念かなんかだと思う。俺に害はないかな」
ああ、懐かしの溶岩水泳部。お前達は世界を超えてまで、俺にストーキングするのか……いやまあ、嫌いじゃないけど。
「本当に大丈夫?遠い目をしているよ」
「ああ、うん。彼女たち悪気はないから」
「そうなんだ。それにしてもフジマルくん不思議だなー。見れば見るほどよくわからなくなる。なにか巧妙に隠されているようなー。んー、あっ!ああ!もしかしてその右手の甲にあるのって令呪じゃない!?」
ああ、そういえば、令呪がまだ残っていたんだっけ。
「まあ、サーヴァントはいないけどね。それに、今の俺じゃたぶんキャスターでも宝具発動ができるかどうかだと思うけど」
「いや、そこは重要じゃない!つまり、君は!フジマルくんは!聖杯戦争に参加したことがあるってことだろ!いいなー、この前、凛ちゃんと先生が話してた情報を元に聖杯戦争っぽいことして、英霊を呼び出そうとしたら先生に止められてさー。で、どんな英霊と契約したの!?いや、待って、推理するから!」
と、興奮気味に語ってくる。この世界の聖杯戦争がどんな形なのかはわからない。でも、少なくとも前の世界の聖杯戦争が異質なのは知っている。何人もの英雄と契約するということは無さそうだ。
「んー、さっきの亡霊が頼りだなぁ。毒、電気、炎。そんな英霊いたっけ……毒といえばセミラミスかなぁ。でも電気と炎はないよな。電気といえば──ニコラ・テスラ!炎は該当者が沢山いて推理できないなぁ。ドレインとなると、カーミラとかかな。うーん。うーん。おっ、もしかして複数のサーヴァントと契約していたとか!よくよく見ればパスも全部個別につながっているし!」
懐かしいなぁ。悪人、善人。色々な人がいたけど、みんな良くしてくれた。辛いこともあった。初めは逃げ出したかった。なんで俺がとも思った。それ以上に彼らとの関係は楽しいものだった。
「そう、たくさんの英雄が俺を助けてくれたんだ。」
「へぇー。いいなぁ。霊基を失ってまでついてくるなんて、すごく仲がよかったんだね。それでさ、どんな聖杯戦争だったの?やっぱり冬木式?それとも、また別のやり方があるの?」
「まだ会ったばかりだし、さすがにそこまでは言えないな。まだ、藤丸立香の好感度が足りないってやつだよ」
───ちょっと意地悪をした。悪い様には扱わない気がするし、別に減るものじゃないから、言ってもいいんだけど。ちょっともったいない気がしたから。
「やった!好感度を上げれば教えてくれるんだね!と、いうわけで、はい!ここが降霊科のロッコ先生の研究室。よくここに書類を運んでくれって頼まれるから覚えておくといいよ」
なんというポジティブシンキング。精神汚染のスキルでもあるのかもしれない。
「降霊科かぁ」
オフェリアさんはいるのだろうか。いたら……ちょっと嬉しい。まあでも、関わることは無いだろう。サーヴァントに通じるほどの魔眼を持つほどの天才だ。もし居たとしても魔術師としては未熟な俺と話すことは無い。
「あっ、ル・シアンくんだ。おーい、ル・シアンくん今ひまー!?」
ル・シアンくん?フランス語で犬だっけ、すごいあだ名だな。うん、やっぱり、不本意そうな顔をしている。
「まあ、暇じゃないが、時間は空いてる」
「なら、案内に付き合ってよ。エルメロイ教室の新しい仲間に時計塔の案内をしているんだ」
「そういえば先生が言っていたな。俺はスヴィン・グラシュエート、よろしく。気軽にスヴィンとでも呼んでくれ」
カールした髪が似合っているイケメンだ。すごい。いろんな英雄達を見てきたけど、顔の作りで言えば負けてない。
「ああ、俺は藤丸立香。根も葉もない噂がたっているやつだよ」
「ああ、あれか。先生の隠し子ってやつ。……うーん。それにしても面白い匂いだな。周りは強烈だけど、真ん中は丸くて透明で、それでいて……しっとりしている匂いだ。面白い匂いなのに、近づくまであまり気にならなかったな」
スヴィンが不思議そうにクンクンと鼻を鳴らしている。そういう魔術なのだろうか。ちょっと恥ずかしい。
「それにしても、本当に不思議だ。普通なら関係なく感じ取れるのに、魔術礼装でもあるのか?」
「あー、いや。魔術礼装って訳じゃないけど、心当たりなら──」
──昔、貰った思い出。人理を救う旅路の中、英霊たちとの日々の証、そのひとつ。辛い日々の中、その香りは確かに俺を癒してくれていた。今もあの霊廟で眠っているのだろうか。
懐かしくて涙が出そうになる。時計塔──いや、魔術師の世界は懐かしさを感じさせるものが多すぎる。
「どうした?」
「いや、なんでもないよ」
前を向く。寂しくないといえば嘘になる。できることならまたみんなと会いたいとも思っている。でも、それはいつかきっと叶うこと。そして、今は気にしなくていいことだ。今、この世界という期間限定のものを楽しまなくちゃいけない。それがきっと、みんなの望みだから。───ただし、マーリンは殴る。
感傷に浸っていると、スヴィンは思い出したかのように口を開いた。
「フラット。そういえば、グレイたんを知らないか?」
「グレイ?そういえば見てないなぁ。姫さんのところでお茶でもしているんじゃない?」
「そうか、最近なにか怖いことがあったみたいだから、慰めてあげたいのに」
ん、ちょっと待て。『グレイ
「グレイってどういう人なんだ?」
「グレイたん!グレイたんについて聞きたいのか!?」
ああ、言い間違えなんかじゃなかった。
──脳裏に映るのはヒトヅマニア、居眠り、ロリ巨乳好き。かっこよくない時の円卓の騎士たち。
「グレイたんの匂いは甘くて、灰色で、体の内側を引っかかれるような匂いがして、ああ、グレイたんグレイたんグレイたん!」
──思い出すのは理性蒸発、アホの子、露出狂。シャルルマーニュ十二勇士たち。
「わかった。そういうやつなんだな」
「えっ、今のでわかったの?流石の俺でもル・シアンくんのグレイ評はわかりにくいのに」
「いや、スヴィンのキャラクターがわかった。こんな感じの人達と関わったことがある」
「ああ、なるほど!ル・シアンくんの性格はわかりやすいよね」
魔術師の世界だ。きっと辛いこともあるだろう。でも、こういう愉快な人達と一緒なら、あの日々と同じくらい楽しく生きることが出来るんじゃないかと思う。
「ほらほら、次のところに案内するよ。ル・シアンくんもトリップしていないで。次は図書館に行こう!」
「いや、図書館はもう知って──」
「秘密の部屋、見たくない?」
「────!行こう!秘密基地は男のロマンだよな!」
多分次は遅くなります。