藤丸立香の時計塔生活 作:佑々
白い部屋で目を覚ます。
まるで高級ホテルみたいな部屋、カルデアの自室よりも少し大きい部屋で目を覚ました。使用人の部屋だと言ってフラウロスは嫌な顔をするが、ついこの間まで庶民だった俺にはどうにもほかの部屋は合わない。
「はぁ、んー」
体を伸ばす。ふわっふわのベッドではあの固くなった筋肉がほぐれるなんとも言えない感覚がないことが、数少ない不満だ。さて、ノーリッジさんが来る前に着替えとかないと。
ぱぱっと着替えて、使用人の部屋だというのに何故かある豪華なバスルームを使って顔を洗う。
全部終わって一息つくと机の上にある小さな紙が目に入った。
「工房かー」
几帳面な字で書いてあるフラウロスからの課題。俺がどれくらいへっぽこなのかわかっているからか、基礎であることから課題が出されている。工房作り、魔術師としては必ずしなければいけないことだが、俺にはあまり実感が湧かなかった。
「どうしよう」
いや、悩んでいる訳では無い。イメージならある。『マイルーム』かつて、カルデアの自室では多くの英霊達が俺の部屋に入ってきた。そこは人理を救う旅の証明、魔術師としての俺の始まり。だから、来る者拒まず、去るもの追わず、縁を大事にした魔術工房。それでいいのだろうかという思いはある。魔術師の基本はカルデアで知っている。フラウロスの養子になった以上、一子相伝、狭く深く、魔術師の本懐を目指すべきではないのだろうかという気持ちもあるのだ。
コンコンとドアがノックされる。
「リツカ様、御飯の用意ができました」
「はーい、今行きまーす」
ドアを開けて外に出る。ドアの前にはノーリッジさんがいた。金髪、碧目、まるで西洋人形のような姿をしている。ここに来て1番最初の朝、この女性に寝惚けてたとはいえ、着替えまで手伝われたことはものすごく恥ずかしかった。それ以降、俺、藤丸立香の寝起きは改善されたと言っていいほどだ。──授業で眠くなっちゃうけど。
「それにしてもリツカ様なんて言わなくてもいいのに。ここでは君の方が先輩でしょ」
「いえ、こちらは秘書、館長の養子であるリツカ様とは身分が違います。様付けするのは当然のことかと」
「うーん。そういうものなのかな?」
「そういうものなのです」
廊下を歩きながら話す。未だに使用人がいる生活というものは慣れない。英霊の中には従うことを誇りとするような人物がいるのだが、使用人として仕えようとする人は──ああ、そういえば。シロウは一時期、執事をしてくれたっけ。基本的には厨房係だったけど。
珍しいことに食堂にフラウロスがいた。ここ数日で気づいたことだが、フラウロスは多重人格者みたいだ。最初は困惑したが、ボク、私、オレといった一人称や口調で判断できるため、案外わかりやすい。
「よう、リツカ。時計塔はどうだ?聞いたぜ、なかなか恨みを買っているみたいじゃないか」
「ええ、父上。ロード・エルメロイII世にそのことに関する課題を出されるぐらいには呪詛を受けていますね」
「そうかそうか!まあ、それは慣れだ!オレはこのあとすぐ出かけなきゃいけないから、今はあまり話はできねぇけど、時間があったらまたお前の話を聞かせてくれや」
と、待ってくれていたのだろう。少し残っていたコーヒーを飲み干してバタバタと走り去って行った。
甘いフレンチトーストとコーヒー、軽めの朝食をいただく。ノーリッジさんの甘い味付けが濃いコーヒーとよくあっていた。
─────
積み上げた本を元の場所に戻す。もうそろそろ1限目が始まる移動の準備をしなければ。
「はあ、先生は酷いや。自動化までいくと難しくて参考にしようにも参考にならないものばかりだ」
結局、呪詛返し参考になる本は見つからなかった。いや、正確にはあるのだが、自動化の参考になりそうなものは難しいのだ。自動でなくてもいいと言ってくれたが、あの先生が言ったことだ。何か見落としていることがあるのだろう。
「あれは──」
授業の時間が近くなり図書館から去っていく人々の中に見たことのある白髪がいた気がした。
全体基礎の授業を終えて図書館に戻ってくる。その中でさっき見た後ろ姿を探した。
「やっぱり」
カドック・ゼムルプス。
かつてロシアで共闘し、敵対した男。
───友人になりたい。いや、なれるはずだ。クリプターと汎人類史のマスター、この世界ではそんなしがらみはない。だから──
そんな思いが湧いてくる。それが俺のエゴだとはわかっている。この世界のカドックと仲良くなったところで、前のカドックとの関わりが変わる訳でもない。それでいい。それでいいんだ。たとえ始まりが俺のエゴだったとしても、いいじゃないか。
呪詛返しについて書いてある魔導書と日本の神話についての本を持っていく。彼は確か神話マニアだったはずだ。神話について話したら話に乗ってくれるかもしれない。
「隣いいかな?」
「別に、構わないけど」
ちらりと彼の本を見る。どこかで見たような精霊が描かれていた。
「何の本読んでいるの?」
「お前、図書館で勉強している魔術師に話しかけるとか正気か?……ロシアの民間伝承についてだよ。お前は──日本神話と呪詛返し?見慣れない組み合わせだな」
やっぱり根が良い奴なんだろう。苦言を呈しながらも話に乗ってくれた。
「日本神話については趣味、呪詛返しは課題だよ」
「ふーん、日本神話はあまり読む機会がなかったな。面白いのか?」
「ああ、とっても。大国主命の話とか面白いよ。一番好きなのはソロモン王の話だけど。ロマンがある」
「おっ、いいよな、ソロモン王。僕は──今読んでるヴィイとかの話も好きだし、あとは北欧神話のフェンリルも好きだな」
「北欧神話かー、俺はスカディか、シグルドとブリュンヒルデが好きだな」
カドックはかつてロシアでは見せることのなかった笑顔で答えた。少し悲しくなる。
「お前恋愛ものとか好きだろ」
「もちろん!愛と希望の物語が一番だよ」
「そうか。僕も好きさ。なかなか話が合いそうだ。僕はカドック・ゼムルプス。今後も話をしよう」
ああ、知っている。君が知らなくても、俺はその名前を、カドック・ゼムルプスという男をよく知っている。
「俺は藤丸立香。これからよろしく」
「フジマル?フジマルって、あのフジマルか?ミスター・フラウロスの養子になったっていう」
カドックもあの噂を知っているらしい。ミスター・フラウロスの名は結構有名みたいだ。
「ああ。新顔の東洋人なんてほかにいないだろ」
「いや、東洋人といえばここ最近やばい奴らが入学してきたらしい。それにしても、お前もそいつらみたいに凡才に見えても実は……みたいなやつだと思っていたけど案外普通なんだな」
「見ての通り、魔力も知識も経験も色々足りないへっぽこ魔術師なんだ。なのに自動化した呪詛返しを作れって言われちゃってさ。あるのといえば、亡霊みたいなものが憑いてるぐらいなんだ」
「ふーん。不思議なやつらだな、結構力を持っているみたいなのに教えられるまで全然気づかなかった。それにしても、自動化ねぇ。その亡霊にでも護らせりゃいいんじゃないか。それぐらいの力があれば呪い返しぐらいできるだろ」
なるほど、そういう考えはなかった。確かにもう霊基もない英霊の残滓ではあるが、それでも英霊、ちょっと頼めば呪いぐらいなら弾いてくれるかもしれない。
ならば今持っている本は参考にならないだろう。使い魔系統の本を探さなければいけない。
「ありがとう、カドック!早速調べてみるよ!上手くいったらランチでも奢るよ!」
「全く、魔術師なんだからこれぐらいのことは思いつけよな。──ランチ楽しみにしている」
─────
ドアをノックすると、どうぞという声が直ぐに聞こえた。
「先生、課題の提出に来ました」
「ああ、君か。すまない、グレイ。少しライネスのところにでも行っていてくれ」
先生の言葉と共に、アルトリア似の少女がフードを深く被り直しながら急ぐように部屋から出ていった。嫌われているのだろうか?
先生に促されて席に座り、本題に入る。
「すいません。お邪魔でしたか?」
「いや、問題ない。課題とはあれか?」
「はい。呪詛返しの課題です。レポートはこちらですね。」
「ふむ、早かったな。受け取ろう」
レポートを受け取ると、先生は覚悟を決めたように1度ため息をつき、神妙な顔つきになって口を開いた。
「時間はあるか?少し話がある」
「大丈夫ですけど……まさかレポートに不備がありましたか?」
「いや、今見た限りだと問題は無い。そうではなくてな、グレイ──私の内弟子についての話だ」
フラグ
『工房』
魔術師の基礎だ。
───今ここに、もう一度あの日の再現を。
『英雄候補』
最近、俺以外にも東洋人が入学してきたらしい。
いつか会うこともあるだろう。
『ランチ』
カドックとの約束だ。
レポートは上手くできた。美味しいところでも探そう。
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3月に入るまではほぼ投稿できないと思います。