藤丸立香の時計塔生活   作:佑々

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03/獣の瞳

「グレイ──私の内弟子についての話だ」

 

神妙な表情のまま、先生は口を開いた。

グレイ──さっき立ち去って行った少女だったはずだ。

 

「さて、何から話したらいいものか……そうだな。まず初めにグレイは君を恐れていると先に言っておこう。なんとなくわかるだろう?」

 

確かに、避けられている気がしていた。

 

「その理由だが…、命を狙われている感覚になるらしい」

「そんなことは──」

「わかっている。君がグレイの命を狙っているとは考えにくい。実際、時計塔に入るまではグレイは君に会うことに恐怖してなどいなかった」

 

だが、とひと呼吸おいて先生は続けた。

 

「はっきり言おう。さっきの君は完全にグレイに殺気を向けていた。いや、君ではないな。君の中にいる、あるいは君と繋がっている何かがグレイを狙っているということだろう。心当たりは?」

「いえ、特には……」

「だろうな。君の性格的に、知っていたらきっと行動を起こしている。ともあれ、知らないとなると……悪い予感がするな、調べた方がいい。場所を変えよう。君はスヴィンとフラットを呼んできてくれ」

 

 

 

────

 

 

 

長い詠唱が終わる。魔力が俺の体を通り、また、外に出ていくのがわかった。

 

「さて、フジマル、今君は覗き込まれている状態だ。つまり君なら逆に覗くことも容易だということだ。今から行ったのは、鏡を君の瞳に例え、犯人をそこに映し出す魔術だ。もう魔法陣から立ち上がっていいぞ」

 

曇った鏡が晴れていくように、瞳に映し出されたのはいかにも魔術師の工房らしき部屋だった。地下室の様子はわからないがどうやら鏡にもしっかり写っているようだ。

 

「この部屋の主が、グレイを狙ったってこと?工房かな?それにしては警備がずさんな気がするけど」

「この場所は──考古学科があるところだな。よくもグレイたんを!」

「まて、スヴィン。なにか様子がおかしい。もっと広域を見よう、フジマルできるか?」

 

興奮するスヴィンを抑えて、先生がそう言う。軽く魔力を操作して視野を拡大した。

 

「────」

 

そこにあったのは、飲みかけのコーヒーと、食べかけのパン。そして、頭のない死体だった。まるで突然頭が消えたようにどこまでも普通に生活している中で殺されたように見える。どこまでも優雅に、死体さえなければ部屋の主が生きていると勘違いしてもおかしくないほど、生活感が残っていた。

死体なんて何度見ても慣れるもんじゃない。スヴィンやフラットも不快なようで少し眉をひそめている。そんな中で先生だけが冷静に分析していた。

 

「───こいつじゃないな。こいつには魂が残っていない。もう、完全に消滅している。フジマル、ほかのところは見れないか」

 

少し視線を変えて、ドアのところを見ようとする。白い獣が───

 

バチンと大きな音が鳴った。それと共に、視界が元の地下室に戻る。周りには尻もちをつく3人がいた。

 

「やられた。まさかあっち側から強制的に切られるとは、フジマル大丈夫か?」

「ああ、大丈夫です。まだ少し視界にモヤがかかっていますけどそれ以外は特に」

「そうか、なら良かった。さて、情報をまとめよう。スヴィン、匂いの場所は覚えているか?」

「はい、恐らくはロクスロートの一角です。考古学科が権力闘争に興味があるとは思えないので、恐らくはあの獣を作り出す、あるいは呼び出すことが目的で、それが成功したまではいいものの、おそらくその後に殺されたものだと考えられます」

「グッド。フジマル、あの獣に心当たりは?」

「───ひとつだけ」

 

あの白い毛、ふわふわの毛並み、間違えるはずがない。俺たちの間では決して恐ろしいものではなかったけど、本質は違ったはずだ。信じたくはないけどこれしか考えられない。

 

「災厄の獣──キャスパリーグが、あの獣の正体でしょう。キャスパリーグなら俺とも深い縁があります」

「なるほど、グレイを狙ったのはそういう事か。キャスパリーグにはアーサー王を殺した伝説がある。恐らくはお前の瞳から見たグレイをアーサー王と誤認したのだろう。それにしてもキャスパリーグか、我々の手に余るな。……上に報告するしかないか。はぁ、また厄介事か」

「ねえ!絶対領域マジシャン先生!俺に質問はないの!?今ので色々わかったんだけど!例えばあの獣は多分レプリカだとか!」

「フラット!その名で呼ぶな!あー、グレイを読んできてくれ、説明しなければならない」

 

 

 

 

 

 

「───!グレイたんの匂い!いつもの甘くて灰色で四角くて今日はちょっと怖がっちゃって少し震えている感じの匂い!」

 

片付けの途中で不意にスヴィンがそう叫んだ。それと共にドアが開き、コツコツと足音を立てながら3人の男女が降りてきた。

1人目はフラット、2人目はグレイ、3人目は──どこかで見たことがあるような顔をした少女だった。

 

「絶対領域マジシャン先生!姫さんもついてきたけどいいよね!」

「む、ちょうどよかった。ライネスにも話を通しておこうと思っていたところだ」

 

ライネスと呼ばれた少女はこちらを見ると鈴のような声とそれに似合わない尊大な口調で言った。

 

「ほう、これが兄の言っていた新しい弟子ねぇ。魔術のまの字も、政治のせの字も知らぬような若輩者と聞いていたが……言葉通りとは恐れ入った!」

「ははは、若輩者ですいません」

 

反論ができないことなので、自然と声が小さくなってしまう。

 

「いやいや、何も恥じることは無い。お前のようなやつは好きだよ。お前のような若輩者が悩みながら魔術の世界に染まっていく様子は痛快だよ」

 

口の悪い人だ。まあ、でも、その口の悪さがあっても気品を失わないところはすごいと思う。生まれながらにしての貴族というやつだろうか。

 

「レディ、新人いじりもその辺にしてくれ。今の状況について説明したい」

 

ふぅ、と葉巻の煙を1度吐くと、この場の全員に聞こえるようにゆっくりと話し出した。

 

「まず、グレイ、一つ確認だが、もうフジマルから殺気は感じないな?」

 

コクリとグレイが頷く。俺の体から漏れ出していた殺気はもう無くなっているらしい。

 

「と、なるとフジマルの殺気はあの獣が原因ということでいいだろう。キャスパリーグ、アーサー王伝説における災厄の獣だ。グレイを狙ったのは恐らくアーサー王と誤認したのだろう」

「はい!はい!先生!正確に言えば、あの獣はキャスパリーグのクローンです!本物のキャスパリーグだとしたら神秘が薄すぎるし、色合いも赤みがかっていて、発生の過程が違うと推測できます!」

 

フラットが口を挟んだ。それにしても、フラットはキャスパリーグの発生過程を知っているのだろうか。

 

「ゴホン、フラット、スヴィン、そして私と3人がかりでパスを維持していたにも関わらず、一瞬こちらから覗き込んだだけでパスは完全に消滅させられた。こちらからもう一度接続するのは無理だろう。もう跡すら残っていない。災厄の獣、能力に偽りなしと言ったところだろうな」

「それで、俺たちはどうすれば。戦うにしても実力差はわかります。今の俺たちじゃ手も足も出ないでしょう」

 

スヴィンが尋ねる。確かに、サーヴァント、それもトップレベルの実力を持つ存在がいなければ対峙すらできないだろう。あの一瞬しか見てないとはいえ、ファヴニールを超える魔力がありそうだと感じられた。

 

「お前たちは、呼び出されて質問されたら答える程度でいい。はっきり言うと、私たちで対処できるものでもない。現代魔術科と考古学科に借りを作れるのだ。法政科が私兵を動かしてくれるだろう。とはいえ、討伐に失敗したら襲われるのは私たちだ。全く、また厄介事か」

「すいません……」

「いい、気にするな。お前の意思が介在していない以上、怒る気にもなれん。いや、そうだな……ここの片付けの残りをしておけ。気が済むまでな」

 

 

 

─────

 

 

 

「そろそろいいんじゃないでしょうか?」

 

グレイに声をかけられて辺りを見渡した。どうやら夢中になってしまったらしい。ピカピカになった地下室は、自分でもここまでできるのかと驚くほど綺麗になっていた。

 

「ありがとう、このままだと明日までずっと続けるところだった。グレイ……でいいんだよね。ごめんね、殺気なんか出して」

「いえ、あなた自身が嫌っているわけじゃないなら、特に……それに、私があなたを見つけなければあなたも狙われることはなかったはずです」

「そんなの結果論だよ。それを言ったら俺が魔術師になる選択をしなきゃ、君が狙われることも無かったさ。たとえ世界が滅びようとも、まだ生きているならなんとかなるよ」

「………それでも」

 

優しい人だ。自分が危険にさらされているというのに他人の心配をしてくれている。

 

「確か、俺に前世があるって知っていたよね。サーヴァントだった先生の話でもしようか?」

 

あっ、目が輝いた。




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『獣 1』
嘆くといい、悲しむといい。どう足掻こうが、今の彼は敵だ。
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