ミスティア・ローレライのおならは無味無臭

1 / 1
腸内環境の改善についての興味深い事例

ミスティアの横を歩いているのは、同じクラスのぺネロペちゃん。

「みすちー、焼き芋やさんが出てるわよ。買い食いしちゃわない?」

ぺネロペの聡明そうな上まぶたが、いたずらっぽく緊張を緩めて瞳の上にもたれかかった。

あるいは、ぺネロペが一人で帰宅の途についていたとしたら、焼き芋やがたとえサツマイモのでんぷんを飴状にして焦がし、

いい匂いを立てていたからといって、その誘惑には乗らずにスルーできていたのかもしれない。

しかし、ミスティアがどのように焼き芋を咀嚼し、飲み込み、どんな表情を浮かべるのか見てみたい。

その上私自身も素朴な冬の味覚の相伴にあずかれるとなれば、もう選択肢は絞られたも同然だった。

「うふふ。美味しいわね。ところでミスチーは、どんな歌手に憧れてるの?」

くりくりした目を、芋から沸き立つ白い湯気に向けながら、モクモクと丸い頬を動かすミスティアに、ぺネロペは訊ねた。

「うん。えっとね、私はきれいな高い声ねーって褒めてもらったから、今度はその声質のまま、芯のある力強い歌い方を見につけたいの。

若い頃のクリスタルキングの田中さんみたいな感じ!」

 

翌朝。音楽学校の朝は早い。

「はーい!下っ腹を引き込む!在学中はもちろん、この学校のOGに、緩んだお腹は許されないのよ!」

講師の声がホールに響く。もちろん拡声器など使っていないのだが、ミスティアはなんとなく、

声質まで拡声器に似ている気がして、ちょっと居心地の悪さを感じた。

「歌って、こんなに下準備が必要なものだったっけ?」

入学する前に自由に歌っていた頃のミスティアは、まるで春の雪解けのように湧き上がるままのインスピレーションによって、

腹から歌が自然にわきあがってきて、喉を絞めて口をつぐんで堰き止めておかない限り、歌はとめどなく流れ出続けるのであった。

だがここでは、発声練習をこなし、座学とペーパーテストを受け、立ち居振る舞いの所作を厳正に審査するレッスンを受けて初めて、

ステージに立って歌うことを許された。レッスンが進むごとに、一曲に費やされる発声練習と、譜面に対する技術理解と作曲者の意図をまとめるレポート、

そして舞台設計者の計画と寸分たがわぬ位置座標、時間座標を体に染み込ませる練習量は膨大となっていった。

 

帰り道。ミスティアはいつものとおりぺネロペと肩を並べて歩いている。ふと空を見上げると、二人と同じ夜雀が一羽、息を弾ませながら高速で飛んでいった。

企業の書類やサイズが小さい荷物などを、乗り物を使わずに自ら飛んで配達する業者だ。制服には紺地に白抜きで『夜雀メッセンジャー』とある。

「あの人達も、種族としては私達と同じ夜雀なのよね。あんな体力勝負の大変そうな仕事じゃなくて、歌っていられるなんて、

私達は夜雀のなかでも幸せ者に違いないわね。」

「う・・うん、そうだね!」友人との語らいを変な雰囲気にしたくないので流したが、『自分に比べてもっとたいへんな境遇の人もいるんだから自分は幸せ』というのは、

実はその人の日々があまり幸せなものではないことを暗示しているのではないかとミスティアは違和感を持ったのだ。友人ぺネロペも、私と同じように疲弊し始めているのだろうか。

いつものように焼き芋を食べ終えると、ぺネロペはおもむろにミスティアの手を引いて草むらに消えた。

 

「ぺ・・・ぺネロペちゃん、だめだよこんなこと・・・。」

スカートをまくりあげ、尻を後方に突き出しつつもミスティアは最後の恥じらいを見せた。だが、ぺネロペの指がミスティアの尻肉を左右に引き伸ばして、

その高く整った鼻を密着させると、ミスティアは観念したように目を閉じた。白日の下に曝されたミスティアのブラインドナイトバードを、文字通り目と鼻の先に捉えたぺネロペは、

恍惚の表情を浮かべる。捉えた獲物を逃さんとするその眼差しは、まさに野禽の眼光だ。

 

「さあッ!あんなにお芋を食べたんだから、お腹が張ってるでしょう?遠慮しないで、ぶっ放しちゃいなさいな!」

 

「はぅぅ・・・!」ミスティアは顔が><になりながら、盛大に放屁した。ぺネロペは待ってましたとばかりに、少し顔を上ずらせ、

鼻の穴を広げて、1ccたりとも逃すまいと吸い込んだ。

 

「飛び出せば君は完璧なロケット、ね。」ぺネロペは手が冷たい人がそうするように、自分の股に手を挟んだ。

だがそうした理由が寒さからではないことは、ウブなミスティアにもわかった。

 

「さあ、次ぎは私がロケットになる番よ。ミスチー、発射台は任せたわ。」

 

日を追うごとに増えていく芋量。芋量に比例して増えるおならを濫用したぺネロペとのアブノーマル行為。

この2つでごまかしつつ日々を送っても、やがて限界は訪れた。ミスティアの声帯と心身は疲れを溜めてゆき、ついには歌えなくなってしまった。声を出そうとして息を吸い込むが、

次の瞬間には学校での講師の叱責や、うまく歌わねばという自己の強迫観念、さらにはクラスでの立ち居地や自分の将来などがないまぜになって襲い掛かり、

全身が硬直して声が出せないのだ。テニスやゴルフ、野球の選手がしばしば陥るイップスと同様のものと思って間違いはない。

 

ミスティアは自殺を決意した。古い煉瓦作りの煙突に取り付けられたハシゴを、一段一段のぼっていく。もう使われなくなって長いこと経つ煙突だ。

今ミスティアが自殺してからそう長いこと経たずに、この煙突も取り壊されてしまうだろう。それと同時に、私のこともどうか忘れて・・・。そんな気持ちもあり、ここを選んだ。

「あぁ、遠くにいつかぺネロペちゃんと食べた焼き芋屋さんが見える・・・。おじさんから芋を受け取っている2人のお客さんも見えるわ。

年恰好は私と同じか少し若いくらい・・。あの子達も、あの頃の私のように純粋無垢に焼き芋を頬張ってから、社会の厳しさに染まっていってしまい、

初めて食べたときの味を忘れていってしまうのかしら。それとも、もし幸運かつ強い子だったとしたら、ずっと無邪気に焼き芋を食べつつ、

人生の階段を順調に昇って行くと言うの?」

 

「死にたくない!もう高望みなんてしないわ!この頬に受ける風、水彩絵の具を混ぜたような薄暮の空、みるみる近づいてくる地面・・・これらに別れを告げるなんて、

早すぎる!私は、私は、自然に抱かれてただのちっぽけな存在として、もう少しの間、ただ息をして糞を垂れ流していたいのよ!」

ミスティアは思った。飛び降り自殺者のうちかなりの割合の者が、いざ取り返しのつかない死への一歩を踏み出してしまったあとのわずかな猶予に、

今の自分と全く同じことを思い、深い後悔の念を今生の最後に味わうことになるのだと。だが彼女は彼らとは違う。親先祖からもらった、立派な両の翼があるのだから。

 

バサッ!バサッ!

 

大きく翼を広げると、末端の風切羽は扇子の骨組みのように段をなして空気を受け止める。

ミスティアは自分でも驚くほど自分の翼が実は強靭だったということをこのとき知った。

 

トン・・・

 

うっかりすると聞き逃してしまうほどの小さな音で、彼女の爪先は着地した。

ほどなくして音楽学校の校門近くにある掲示板には、退校者が一人出た旨が控えめに告知され、

夜雀メッセンジャーには新顔が入社した。

 

初出勤を終えてミスティアは威勢よく風呂に飛び込んだ。一日中、空を飛びあちこちを駆け回ったせいで、体の芯からぽかぽかと熱を発散し、

脱衣所でなまめかしい白い肌を露にしたときでさえ、全く寒さを感じなかったのだが、それでも熱い湯に浸かることの気持ちよさは幾分もその魅力を失わず、

それどころか余計に快感が鮮烈なものとなるのであった。

「あ・・・っ・・・はぁあ~ん・・・」

吐息交じりの喜びの声が漏れる。湯船のなかでは姿勢を維持する必要がなく、体のこわばりが溶けてゆく。口角はだらしなくにやけ、

掌は赤ん坊がやるように巻貝の形となった。引き込んでキープし、スタイルの良さをアピールしていた下腹もデーンと出した。

「ブボボ!」

おっと、屁が出てしまいましたわ。

巨大な空気の塊が、股間から浮上し、水面をモコッ!と盛り上げたかと思うとミスティアの眼前の空気と混ざり合い、

一体となった。その一連の情景をまじまじと眺め、まるで深海探査船"しんかい6500"が、その任務を終えて海面に浮上し、

スタッフの歓声に迎えられるかのように、喜びに満ちている姿に見えた。祝福といえば歌だ。

「何年待ってみても~♪何も降ってきやしないんだろう♪君の胸のミサイル~♪抱えてーゆーこーう♪」

「あれっ、学校で教わった発声法では、お腹を引っ込めろって教わったけど、明らかに今みたいに下っ腹を突き出したほうがいい声が出るわ。

嘘を教えられていたのね・・・。」

 

歌に専念する生活よりも、仕事で飛びながらの生活の方が歌えるという発見はミスティアにとって収穫だった。

皆さんも心当たりがあるのではないだろうか。プログラミングを生業とする人は、いつしかプログラミングをするように歩き、話すようになる。

営業職のものは、得意先を回るようにして、歩き、話すようになる。今自分にとって最も重きを置いている作業の手順を、他の日常のあらゆることに使う。

いわば、複数のフォーマットを使いわけることはマルチタスクに向いたコンピュータにとっては容易でも、

人間にとってのメモリ・ソースには限界があるため、脳が第一優先のフォーマットを応用することで対処していると思われるのだ。

 

「型にはまった学校での歌唱のように飛べと?まっぴらごめんだわ!私は・・・・・飛ぶように歌う!待ってるだけの昨日にアディオス!」

 

雲の間から光の柱が降り注ぎ、黄金色に輝く。やがて雲が晴れるとともに、その光の柱も見えなくなった。

 

 

 

ちなみに夜雀メッセンジャーは3ヶ月間を仕事に費やし、次の3ヶ月間は休むという年次サイクルになっている。休養期に出る給料は各種手当てが着かず残業も出来ないので破格の安さだ。

このサイクルは、徐々に彼女の体に刻み込まれていった。

特に何もしなくとも、次のクールになれば仕事のために気力体力は徐々に充実していき、シーズンインの初仕事のタイミングで体調はベストになっていた。

上空から眺めると良くわかるのだが、この地域にはまともな道路が一本しかなく、それもいつも渋滞している。音楽学校の生徒を送迎する複数台のバスや、

寮の食材を運ぶトラック、教員の車や生徒を送り迎えする保護者の車など、結構音楽学校が道路状況に負担をかけていることがわかった。

 

そのことを先輩に話してみると、答えは意外なものだった。

「フフッ、私はね、あのこまっしゃくれたお嬢様学校に感謝してるのよ。あの道路がスムーズに流れていたら、

トラックを使っての輸送業者が参入してくることで、私みたいな昔っからの飛行輸送業がおまんまの食い上げになるわ。

ここは谷あいだから、新しい幹線道路をおいそれと作るわけにもいかない。だから、あの音楽学校があることで、安心して毎日飛んでいられるのよ。」

 

今日もそんな車達を横目に、ミスティアは空を飛んで出社だ。

「今では一日に1000kmほども自力で飛んでいるのに、毎日バスに揺られてたかが50kmの道のりを行き来しているのねあの子たち。

自分で飛んで行ったらいいのに。」

会社に着くとミスティアは唖然とした。ストに突入してしばらく復帰のメドが立たないのだという。仕事をする気で来たのに拍子抜けだ。

それにしても不思議なものである。体力が足りなくて歌手を諦めたようなものなのに、今では体力が有り余って、

仕事に空白ができたときに休養ではなくアクティブに動こうとしているのだから。

「さあ、明日から何をしようか。気の向くままにどこへ行っても素晴らしい風景に出会えるに違いないわ。それどころか、いつもどおりのルートを飛んだって、

新しい発見に心躍るだろうし、なんなら家でゴロゴロ寝ていても、空想は映画のように膨らんで私を楽しませてくれるんだわ。」

 

「ふ~ゆのウーンコは~♪雪~のよ~うな口どけ~♪降る雪が~ぜ~んぶ~♪メルティーウンコなら~♪いいのにね~♪」

澄み渡った美しい歌声は、音楽学校に入学する前となにひとつ変わらない。ただ変わったのは、芯のある力強い声量が、今は伴っていた。

 

 

 

 

 

 

不思議なことに、再び歌えるようになってからは、ぺネロペとの屁の嗅ぎあいをすることもなくなった。

なぜこの習慣が消えて行ったかについては、ぺネロペがしたためた日記に以下のように綴ってあるので引用したい。

 

"〇月〇日晴れ。今日もいつものようにミスチーとメイク・ミクスチャー(※ぺネロペは屁の嗅ぎあいにこの名をつけた)をしたのだけれど、

今日はミスチーのおならは全然臭いがしなかった。鼻をつんざく激臭を私が嗅ぎ、そしてミスチーにも嗅がせることで、

二人の絆を確かめ合ってきたのに、とても悲しい。その無味無臭のガスは、ただミスチーの腸内を脇目も振らずに通過しただけの空気だった。

きっと今日のおならのように、ミスチーも私の事を見ても気にも留めずに、脇目も振らずに通過していくのね。

本人から直接聞いたわけじゃないけれど、これは確信に近いものがあるわ。"

 

人生には病気の苦痛や低い社会的地位の惨めさを共有することで繋ぎとめられる友情もある。そしてそれは、

病気の快癒や栄転によって、おならの臭いが拡散され掻き消えてしまうように過去のものとなっていく。

だがそれでも人は前に進まなければならないのだろう。なお、ミスティアの屁の臭いが無臭になった件については、

筆者が幻想郷きっての医師である永琳氏に話をうかがったので紹介したい。

「ミスティアは、長年の間、趣味として歌謡を習慣的に行ってきたわけであるが、習慣というのは往々にして体の機能を維持するための運動を兼ねる。

健康を維持するために体は歌いたがっているのに、精神的な足枷によって歌えないという心身の不調和。

その歪が、彼女の友人とのアブノーマルな行為に繋がったと考えられる。無論、行為に必要なのは強い臭気を伴ったおならであるがために、

無意識のうちに腸内環境も強い臭気を生み出すのに適したものに変わっていった。しかし歌という習慣を取り戻した今、

もはや無味無臭のおならのための腸内環境に戻すために躊躇は無くなったといえる。」

 

グロッシーな深い赤のリップを塗った永琳女史の唇が、フレーズごとに形を変える。その動きは快活な少女のそれとは違って、

どこか物憂げで、はきはきした社交を衒わずにありのままの肉体を見せ付けているようで実にセクシーだ。

この小難しい話が続く限り、僕はこのエロい女医の唇の動きに耐えなければならないのか。あまりに刺激が強いので、僕は視線を少し落とすことにした。

あっ、白衣の隙間から太ももが見える。ムチムチだ・・・。ムチムチ、ムチムチ・・・ムチの頭脳、ムチムチボヤージュ・・・はっ!

 

気がつくと、永琳女史は一旦話を止め、ジト目でこちらを見ていた。このジト目がまた、侮蔑を込めた少女のものとは違い、コメディを見るような微笑が混じっている。

「オホン・・・話が長かったかしら?何かほかの事に心を奪われているようだけど。」

また近いうちに取材に来たい。筆者はそう強く思った。取材を終えてから、

「それにしても音楽の道を断たれたミスティアは気の毒ですね?夢を持った若者にはどうか全員成就して欲しいものですけど。」と話を向けると、

 

「あなたねえ、何を青臭いことを言っているの?確かにこの学校を首席やそれに近い成績で卒業したら、しばらくは仕事が舞い込んでくるわね。

でもこの仕事の定着ぶり、まさか知らないわけではないでしょう?2~3年で8割が辞めるのよ。結婚や他の割のいい仕事への転職でね。

それを考えたら、この学校を卒業せずに去ることになったとしても、そんなの誤差の範囲だわよ。

まぁ、青春の日々を過ごし、学び舎のヒエラルキーがこの世の全てになっている思春期の娘達のことだから、優秀に卒業した娘に比べて、

私はなんて劣っているんだ、なんて妄念にさいなまれることもあるでしょうけど、そんな感情、はしかか水疱瘡のようなもんだわよ。」

 

とのお言葉をいただいた。

 

 

 

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。