田中裕二は16歳の何の取り柄のない人間だった。運動、勉強、頭の回り方、気の回し方から性格までが並以下。致命的ではないが、女子にどういう人物か尋ねれば十中八九「いい人」と返されるタイプ。ちなみにそれ以外は「陰キャラ」だ。そしてそれを知ってもなお、自分は平均的か平均より少し上の方などと思い込んでいる。
その上、プライドが高く、自分がいじめを受けていてもいじめだと気づかないフリをして一日一日をなんとかやり過ごす日々。
家族は立派だった。祖父は元国会議員で祖母は旅館の女将。父は大学病院にて医療機器を開発していて、母は大手企業の顧問弁護士。兄はプロ野球選手。
対して彼は家族からの圧力と劣等感から逃げ出すために流行りのVRゲームに没頭したりと、典型的なダメな人生を歩んでいた。未来のことを考えると潰れそうで考えず、どうせ何とかなるという気持ちで逃避行する。
だが、そんな彼はある日事故に遭った。
目の前で車道に飛び出した子供が車に撥ねられそうになった。条件反射だった。こういう時に彼の足が動くとは彼自身も思っていなかった。最後くらい、家族達に恥じない行いができたなんて思って、彼は衝撃に意識を奪われた。
終わったと思った自分の人生はそこで終わらなかった。
「あなたの勇気ある行動に感服しました。あなたは勇者に相応しい」
白が支配する世界で誰かがそう告げた。
「魔王を倒し、世界を救って欲しい」
異世界転生。文字列でしか見かけなかった言葉に心が踊った。裕二は頷き、ユウジとしてこの世を捨て、新しい世界に身を投じた。
ユウジは勇者としてよくあるファンタジー世界にそのままの外見で誕生した。現在地はどこかの森のようで、どうしようか悩んだが、転生特典として授けられた聖剣と地図を持って歩き出す。近くには王城があるようだ。ともかくそこへ向かった。
道中で画面の中でしか見たことのないスライムなどの魔物に襲われた。だが聖剣がある。恐れるに足らない。体もよく馴染んでいる。聖剣の加護なのかは分からないが、転生前の体と違って俊敏に動いてくれる。倒せば倒すだけ、微々だが力がつくのを感じた。レベルアップの類と認識し、できるだけ敵を倒しながら王城へ進んだ。
やがて王城の外壁の前まで来た。門の前には門番達がいた。自分を見るなり、彼らは手招きした。
「王より話は聞いております。よくぞいらっしゃいました」
聖剣には神の印が彫られていて、それを持つ勇者が来ると王はお告げを受けたらしい。そのままトントン拍子で話が進む。城下町を抜けて、そのまま城へ。玉座に座る王の前に膝を着き、王の言葉を待った。
「よく参られた。我らの神からの命により、貴君を勇者と認めよう。魔王を討ち果たしてほしい」
かなり上質な鎧とそれなりの金額の入った銭袋を渡された。
「見事魔王を討ち果たした暁には、姫との結婚を約束しよう」
テンプレのお約束も聴き、ユウジは城を後にする。城下でポーションを買い込み、準備が整い再び森へ出て、魔王城を目指す。
道中の敵を倒し、レベルを上げながら次の街へ。その街で休み、トラブルを解決して、魔法使いを仲間に。
二人で街を出て、道中の敵を倒し、レベルを上げながら次の街へ。その街で休み、トラブルを解決して、戦士を仲間に。
三人で街を出て、道中の敵を倒し、レベルを上げながら次の街へ。その街で休み、トラブルを解決して、僧侶を仲間に。
四人で街を出て、道中の敵を倒し、レベルを上げながら次の街へ。その街で休み、トラブルを解決して、賢者を仲間に。
五人で街を出て────
長い旅だった。勇者、魔法使い、戦士、僧侶、賢者、盗賊、商人の七人のパーティーは魔王城に到着した。
強力な魔王の配下の魔物達を倒し、迷宮のような魔王城を探索し、トラップに見舞われながらも進み、魔王の玉座へと辿り着いた。
「ユウシャヨ、ワレノナカマニナレ。セカイノハンブンヲヤロウ」
「断る……俺はお前を倒して、世界を救う!」
「ソウカ、ザンネンダ」
戦いが始まった。魔王の怒涛の攻撃に恐怖さえ覚えた。強力な魔法攻撃を避け、時には避けきれず受け、激痛が走る。痛みで何度も意識が飛びそうになる。だが堪える。
避け、堪え、それでも近づき剣を振るい、ただ目の前の魔王に立ち向かった。仲間を助け、助けられ、時間の感覚も無くなり、どれだけ戦っていたのか分からない。
「グオオオオオオオッ……」
だがやった。ついに魔王は倒れた。パタッと地に伏せ、他の魔物と同じように黒い光となって消え去った。魔王を倒し、その膨大な経験値でレベルが上がったのを感じ、そして、それは遂に長い戦いの終わりを意味した。
「やった……遂に魔王を倒したぞ!」
その勇者の言葉に、パーティーメンバーも喜びを露わにする。長い戦いは終わり、世界に平和が訪れた。それをやったのは紛れもなく自分……いや、自分とその仲間だ。
魔王の討伐により、崩れ出す魔王城を抜けて勇者達は帰路に着いた。もう襲ってくる魔物は居ない。魔物達も魔王の討伐で消え去った。
王城では歓迎の場が設けられていた。勇者達は国民から讃えられた。王から感謝の言葉をいただき、用意された豪勢な料理を堪能した。そして、ついに姫からも感謝の言葉を頂き、自分の唇に彼女の唇が重なり────
「っ!?」
田中裕二は目を覚ました。
「ここは……?」
アルコールの匂いが鼻に付く。白を基調としたこの空間が病室であるのが理解できた。だが、あの世界の病室でないことも同時に理解できた。
口元のチューブに繋がれたプラスチックと、ピッ、ピッとリズムを刻む機械があの世界でない事を明確に示している。
「戻って……来たのか」
体が怠い。向こうではあれだけ俊敏に動いていたのに、自分の体では無いようだ。
「そういえば……神様には魔王を倒した後にどうなるか聞いてなかったな……はは……」
これが魔王を倒した報酬だと言うのか。魔王を倒した報酬が蘇生。向こうで悠々自適な生活を送らせるのではなく、この世界での蘇生。
「……罰の間違いだろ」
ポツリと呟いた。背中に背負った聖剣はない。積み重ねたレベルもない。魔王どころかスライム一匹倒せるか怪しい体に戻ってきてしまった。
「……くそっ!!」
大きな声で悪態をついた。長い時間冒険をして、積み重ねてきた全てをなかったことにされた。セーブデータを消されたのみならず、次にプレイさせられるのはクソゲー。こんな苦痛を今まで味わったことはなかった。天国から地獄に落とされる、そんな形容でも生温い。
そうやって絶望してても時間は流れる。もう自分の心が折れていても、声をかけ手を差し伸べてくれる仲間はいない。
「うん?……あっ、目が覚めた!?」
そんな医者の驚きの声は耳をすり抜けている。独りぼっちに戻った現実が重すぎて、もう外野なんて気にもならない。
「裕二……!」
扉を乱暴に開けてそう言い放ったのは、久しく声を聞いていなかった父、田中洋二だ。その顔を見ても懐かしいとは思えなかった。それよりも恐怖の方が上回った。
怒鳴られると思う。そりゃそうだ、どれだけの時間かはわからないが、ロクな人間じゃないのに事故になんかあって、迷惑かけて──そこまで考えて、これは怒られるな、なんて思う。
「よかった……!」
だが、予想に反して父は涙を浮かべながら自分を抱きしめた。
「え……」
「話は聞いてる。よくやった。お前は私達の誇りだ……」
言っている意味がわからなかった。言ってる言葉は理解できるが、なぜその言葉が出てくるのかがわからなかった。怒られる道理はあれど褒められる意味がわからない。
「なん……で?」
「……裕二は女の子を庇って事故にあった。覚えているか?」
「あ……」
そういえばそうだったと思い出す。だから自分は神に見出されたのだった。
「それから三ヶ月。裕二は眠っていたのだ……」
そう言って、父は自分から離れ、こちらを見据えた。父の瞳に、怒りの感情は一切見られない。本当に、心から心配してくれているのがわかった。
しかし裕二はそれを真っ直ぐに受け止められない。
「迷惑かけて、ごめんなさい」
頭を下げた。罪悪感か、それとも長い間眠って居たからか、その動作だけで気分が悪くなる。
「頭を下げるな。自分の人生のたった三カ月と引き換えに女の子の命を……いや、違うな」
間が空いて。
「裕二が生きていてくれた。それだけで十分だ」
そう、父は言い切った。
「え……」
だがその言葉も、やはり理解できなかった。
自分は、あの世界では英雄だ。魔王を倒した勇者だ。だが、こっちでは平均未満の存在だ。今まで何度も家族達の期待を裏切ってきたクズだ。
家族のために、いつだって最善を尽くす父にそう言われる道理なんて全く無い。そう思ってる。
「裕二、昔の事は気にするな。お前は私の息子で、その息子が事故に遭い、死の瀬戸際に追い込まれた。けれど生きていてくれた。その現実が全てなのだ」
自分を見据える父の目は喜びに満ち溢れていた。屈託のないこの目。覚えがある。あの世界で救った者たちの目だ。本当に、心から感謝している者の目。
だから、そうわかったから。
「……父さん、俺はいつから動けるようになるのかな」
「最近の科学はすごい。お前が寝ている間も、眼を覚ます時に備えてお前の体にある程度の負荷を掛けていた。リハビリをしていれば一ヶ月で普通に動けるようになるだろう」
言われて、体にあちこちに巻かれている物を見る。これを使って筋肉を動かしていたのだろう。
「だがゆっくりでいい。休息は」
「……今日から始めたい。早く、動けるようにならなくちゃ」
「裕二……」
心配そうにする父に向かって言い切る。そうだ、もう自分は、こんなに心配してくれた彼等を裏切るわけにはいかないのだ。動いて、勉強をして、父に報いらなくてはならない。
「……わかった、すぐに手配しよう。大丈夫、ここは私の勤め先だ。ある程度の融通は利く」
言って、父は足早に病室から去っていった。
それを見て、改めて自分の体を動かして感触を確かめる。
「ホント、動かねえな。はは」
鉛の様に重いだけじゃない。動けと思ってから実際に動くまでにすらラグがある。10センチ腕を上げたつもりが7センチしか上がらない。それもそうだ、三ヶ月動いていなかっただけじゃなく、自分の感覚は向こうの世界に居た時のものになっている。5レベから99レベの体になり、1レベの体になっている様なものなのだ。
「けど、やらないと。やらないとダメなんだ」
もう二度と期待を裏切るわけにはいかない。もう二度と自分の言葉を曲げるわけにはいかない。
「魔法使い、戦士、僧侶、賢者、盗賊、商人。お前らに顔向けできないからな」
諦めていたら、勇者じゃない。例えどんな現実でも、立ち向かわなくては、勇気ある者ではない。
そんな、転生先で培った意志の元に。田中裕二は、いや、勇者ユウジは現実に立ち向かう。
それから一ヶ月、裕二は毎日欠かさず、リハビリと勉強に努めた。体が動く様にリハビリすることはもちろん、三ヶ月も遅れていた勉強もやらなくてはならない。
父や医者には無理するなと止められたが、元々遅れていた自分の頭では学校が始まっても授業についていけなくなる可能性が高い。
幸いにも学校は夏休みに入っている。遅れた分を取り戻せばそれでよかった。
だがそれも簡単なことではない。気力でリハビリを続け、けれど一時間少しで猛烈な疲れと眠気に襲われる。今までずっと寝ていて、疲労がたまりやすいのだ。その眠気に耐えつつリハビリをし、そしてその眠気を持ったまま勉学に励む。
強力な睡魔と疲れは気力で捩じ伏せた。転生先で体験した毒状態や脱力状態、呪いなどに比べればこれくらいはやって退ける。
全ては自分の誓いを果たすために。そのために気力ならいくらでも使ってみせる。
魔王を倒した自分なら、自分を鍛える事くらいわけない。なにせこの世界は魔王や魔物なんていう明確な敵の居ない、生きるために生きるだけの世界だ。そんな世界で生きるのだから、この程度の苦痛に根をあげるわけにはいかない。
そして、リハビリが終わる間近になって。
「裕二、学校はどうする?」
見舞いに来た母がそう切り出した。
「どうするって、もちろん行くよ。明後日退院して、来週の月曜日から学校、だったよね」
「えぇ、そうだけど。あなたが望むなら、転校してもいいわ」
「……転校?」
「先生から聞いたわ。あなた、学校では上手くいってなかったんでしょ。あなたは二年に上がってすぐに事故に遭った。今から学校に行っても……その、また孤立するかもしれない」
そう言えばそうだったと思い出す。あの世界と現在のリハビリと勉強でそんな事は遥か昔の事に思えた。
自分は一年の頃から上手くクラスに馴染めず、性格と相まって陰口を言われるポジションに居た。だから、そんな自分が嫌でゲームに没頭したり、インターネットで威張り散らかしたり、そういう人間だった。
「大丈夫だよ、母さん。もう、学校は怖くない」
「……でも」
心配なのだろう。今こうしてリハビリに勤めて、勉強に励んでいるからこそ、学校で再び虐げられるとまた自分が落ち込むかもしれない。
そう心配してくれているのはよくわかった。
「母さん、笑ってくれていいんだけど、夢を見たんだ」
「夢?」
「うん。こことは全然違う世界で、魔王を倒す勇者になる夢。そこで俺、色んな人と冒険して、色んな人を助けて、色んな人に助けられた。本当に楽しかったんだ」
母は表情を変えずに、裕二の話を黙って聞いていた。
「俺がここで挫けてたら、仲間達に笑われ……きっと笑われることすらないな。失望される。……そんなの嫌だからさ。もし、もしまた夢で会うことができたら、胸を張って、んでまた笑い合いたいからさ」
それが本音。ここで転校して、憂いなく新しい学校生活を始めるのは良いことなのだろう。だが、それでは自分の過去から、田中裕二から逃げることになる。自分はユウジとして裕二の過去を超える。
そのために転校はできない。
「……わかったわ。でも、何かあったらすぐに言うのよ。私達は裕二の味方よ」
「うん、ありがとう母さん」
母のおかげで、なりたい自分が再確認できた。父や母はいつだって自分の味方だ。そう理解できて、だからこそやらなくちゃいけない。
「世界って、こんなにも明るいもんなんだな」
淀んで暗い、沼みたいなものだと思ってた。昔の自分にはそうとしか考えられなかった。今は違う。こんなにも自分には味方がいてくれた。
「裕二、変わったわね」
「うん、もう、迷惑かけないから」
「そう。楽しみね」
母の笑顔を見て、今の自分が前の自分より良いものだと実感して。
そしてその日は終わった。
「おい、誰だあれ」
「田中だろ。入院してたやつ」
着席するなり、そんな言葉が聞こえてきた。予め職員室で自分の席の位置を聞いていたので、どこに座れば良いのかすぐにわかったが、この空間はちょっと居心地がいいとは思えない。
「(盗賊と初めてあった、あの貧困街を思い出すなぁ……)」
貧困街でもこうやって目立っていた。道を歩くだけで嫌な顔をされたのだ。しかし、あそこでは常にスリや暗殺に気を使っていたから、その分何倍もこちらの方がマシ。
なんて考えていると、教室ドアが開き、教師が入ってきた。HRのチャイムを合図に出席が始まり、朝の挨拶を終えたところで教師が連絡事項を告げる。
「田中君が今日から復帰した。休んでた時期が長いから、みんな彼が困っていたら力になってやってくれ。それにテストも近いからな。田中君も何かあったら周りの人に助けてもらうように」
「はい」
と、当たり障りない言葉で終わった。これで辺に気を使われると逆効果になったりするのだが、そこは先生もわかっているのか。
そうしてHRが終わり、一時間の授業の準備にかかろうとしたところで。
「よぅ田中君、何か困ったことないかい?」
そう声をかけてきたのはクラスのお調子者兼男子のリーダー、後藤。下の名前は覚えていない。
文面だけ聞けば先生の言う通り心配しているのだが、去年同じクラスで彼によく弄りという名の虐めを受けていたので、ただこっちの反応で遊んでいるだけなのはよく分かる。
「あぁ、特にない」
「……」
過去の自分なら「う、うん、大丈夫」みたいな返しだっただろう。というか、向こうもそれを期待してこっちに話しかけてきたのだろう。
だから、自信たっぷりのこちらの発言に慄いた様子。しかしすぐに持ち直して再び口を開いた。
「……あ、そうだ、俺今日、筆箱忘れてきたからさ。貸してくんない?」
「悪い、自分の分しか持ってきてないわ」
「……」
以前の自分なら大人しく渡して、自分はノートを取れなくなって気まずい授業を送っていただろう。だがすんなり断られ、再び後藤は慄くが、今度は舌打ちをして顔を近づけてきた。
「なんだよ、付き合い悪いな。つーか、なんか態度でかくね?」
「気のせいじゃない?」
「お前……」
と、手を出してくるかと思われたところで、次の授業の先生が教室へ入ってきた。それを見てから後藤は自分席へと戻る。
「(……なんだ、簡単だ)」
なぜ今まで、自分はあんなのに怯えていたのかと思う。あの程度の迫力はオークにすら及ばない。大型の魔物と対峙した身としては物足りないくらいだ。
「(そんなことより授業と……)」
次の授業は数学。もう予習は済んでいる。後は授業でしっかりと補完して、物にする。そう志して授業に臨んだ。
午前の授業は全く問題なかった。どれもきちんと予習してきたため、授業に追いつけないなんてことはなかった。病み上がりという事で教師に問題を振られることもなかった。最もどれも分かる内容だったので、当てられても問題はなかったが。
このまま午後の授業も同じように流れてくれればと思った。が。
「ちょっと来い」
昼休み開始一分で問題が発生した。大層不機嫌そうな顔の後藤に腕を引っ張られた。
「なんだよ」
その腕を振り払ってこちらも強気に返す。
「チッ。それだよ。いつもオドオドしてたくせに、なんだ、女の子助けて気強くなったのかよ」
なんでその話を知っているのかわからないが、やはり後藤は前の自分と違うことに腹が立っているようだった。
それにしても、この状況で止めてくれる人が居ないのはやはり自分の人徳か。露骨なヒソヒソ声なんて聞こえては来ないが、面倒臭いことになるから早く謝れよ。なんて、そういう視線は感じる。
だが、裕二はそうやって前の自分みたいに屈するつもりはない。
「後藤には関係ないだろ」
突き放すように、はっきり口にする。
「そういうのが気に入らねえんだよ。屋上来い」
「告白か?断る、俺はホモじゃない」
「……いいから来い」
「わかったよ」
仕方ない。恐らく、根本的に後藤は自分の事を格下と見ている。
それはそうだし、否定はできない。確かに自分は顔も悪いし、力もないし、頭も良いとは言えない。友達だって居ないし、女の子にモテるわけじゃない。
でも、だからと言って、自分が後藤に屈する理由にはならない。
「……屋上な。ベタだなぁ」
「てめえのその態度が!」
屋上に連れて来られ、いの一番に胸倉を掴まれる。もちろん、他に人は誰も居ない。二度ほどここで彼にカツアゲされた事だってある。だからよくわかる。この後何をされるかなんて。
「気に入らねえんだよ!」
右腕を後ろに下げ、大きく振りかぶって殴りに来る。
「(……異世界転生、してよかったな)」
だが、見える。下がった腕がこれからどういう形で自分を捉えるかが見える。感じ取れる。しかし今の自分にはその拳を受け止められるほどの力はない。だから、文字通り頭を使った。
拳がこちらの頬を捉える、その前に頭を下げ、頭で拳を受ける。
──ゴン!
と、頭に鈍い衝撃が走る。痛みが伝わる。か弱いこの体には、想像よりも大きな衝撃に感じられた。
「……いってえ──なっ!」
けれどその痛みに屈することはない。所詮はただの衝撃。人の意識を刈り取れるほどの威力はない。異世界で魔物達から受けた痛みはこんなものではない。さらに言えば、魔王の攻撃はこんなに弱くない。
だから、こんなのは気合と根性で耐えた上で、頭突きで反撃できる。
「ぐっ……いって……くそがぁぁ!」
痛みでよろけ、胸倉から手が離れたが、間髪開けずに後藤の蹴りが来る。裕二は直感でそれを予測し、後ろステップで飛ぶ。
ほんの数センチ差で蹴りを避けることができた。それはチャンスだ。
裕二は両手で後藤の上げられた右足を持ち、それを思い切りこちら側へ引く。
「っ!?」
それで後藤はバランスを崩す。掴まれたからと条件反射で掴まれた足に体重を乗せる。それを重みで判断し、右足を離す。それと同時に後藤の左側の懐に入って。
「うおぉっ!」
胸に向かって掌底を放つ。
「っ……は……」
右足が突然離されたことで、後藤は前に体を倒していた。そしてそれに合わせて掌底を当てられたことで、現在の非力な裕二の力でも、肺の中の空気を吐き出させるくらいの威力になった。
「もういい。よな」
苦しそうに肩で息をして、戦意を失った後藤にそう語りかける。
「お、まえは……本当に田中かよ……」
「そうだよ」
はっきりとそう返し、もう後藤は大丈夫だと判断してから扉へ向かう。もう長居する理由もない。
「ま、待て」
「……」
声をかけられた。だが足を止めることはない。正直、体はもう限界だった。これ以上は神経と体を使えない。いくらあの世界で神経を鍛えたと言えど、体の方が追いついてくれない。
さっきだって、本来ならば胸倉を掴む動作すら反射的に避けられたはずなのだ。それくらい自分の体は脆い。
「……悪かった」
背後で、そんな小さな声を耳にした。
その後の昼休みは散々だった。まず最初に自分が教室に入って席に着こうとすると、周りの視線が突き刺さる。周りがなにを思っているのかはわからないが、気にしても仕方ないと割り切って、席に着き、母が作ってくれた弁当を食べた。
「……あ……」
だが、先程のやりとりのせいで疲れからか、箸を落としてしまう。この体に慣れるまで時間がかかりそうだなと思った。
食事をしていると後藤も帰ってきて、購買に行っていたのかビニール袋を持っていた。
それを一瞥すると、なぜかこちらまで来る。
「(さすがに……キツいぞ)」
ボコボコにされるのを覚悟した。
「なんだよ」
それでもまぁ、やれることはやろうと心に決めてから、後藤にそう言う。だが、後藤の行動は裕二の予想とは違うものだった。
「……ほら。なんだ、悪かった」
そう言って、後藤はビニール袋の中からクリームパンを取り出し、裕二に差し出した。
「……え?」
「やる」
「……マジか」
「おう」
と、それだけ行って後藤は自分の席へ戻った。
周りもそのやりとりを見て、ほぼ全員が頭に疑問符を浮かべていた。
「(……?)」
ともかく、その後は特に何の問題もなく過ごせた。
全ての授業が終わり、裕二は帰路に着き、無事に家に帰ってきた。
兄はまだ帰ってきておらず、父や母も仕事でいない。自室に入り、カバンを置いてベッドに腰を下ろした。
「疲れた……」
大きな疲労感に襲われ、そのまま眠ってしまいたくなる。単に病み上がりの疲れというだけでなく、以前は授業中に寝たりだのボーッとしたりだので、真面目に取り組む事がなかった。
だが今日は授業も真面目に受けたし、後藤とのやりとりもあった。だからだろう、この疲れは。
「けど、悪くない」
笑う。疲れることなんてしたくないわ。なんて格好つけていた自分はもういない。
「みんな、俺こうやってがんばるから」
頭の中に浮かぶのは、あの世界で共に冒険をした仲間達。みな笑っていてくれる。今の自分を励ましてくれている。
「だから、また、もし、奇跡が起きたら。一緒に冒険しよう」
裕二はそう言って体に力を込める。
全てはこの頭の中にしか残らない笑顔のために。そのために裕二は努力を続け、生きていくのだ。
───異世界転生に見せかけた人格更生プログラム───
被験者 田中裕二
内容 魔王討伐
事故によって意識不明の被験者にフルダイブ式のVRマシンを装着させ、被験者が意識を取り戻し、声を発した段階で「魔王討伐」のシナリオが開始されます。
痛覚等の設定を現実準に設定し、臨場感を与え、NPCとの会話は現在試作段階のAIを用いてより現実に近づけます。
そうすることで、あたかも本当に異世界転生を果たしたと思わせ、それにより正しいモラルを学習させます。NPCとの友情や恋愛を交わす事で、被験者は正しい価値観を身に付けると思われます。
また、いくつもの戦いをこなす事で、反射神経や動体視力、戦闘における立ち回りなど、運動面における様々な神経的能力の向上も期待できます。
併せて──────
プロジェクト責任者 田中洋二
向こうの方差し置いて思い付きで一ヶ月くらいこんなの悩んでましたorz
続きません