機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ ――The Dogs of War   作:◆QgkJwfXtqk

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――承前
 P.D.323、火星でクーデリア・藍那・バーンスタインがCGSを訪れた。
 歴史家は言う。
 それが世界の、歴史の選択であった、と___



 後の時代から見てP.D.320年代の人類域は、表面上でこそ安寧と安定の中にあった。
 それは太陽系連合 ―― 太陽系に存在する全ての国家及び地域に属さない独立治安維持組織ギャラルホルンによって保たれた平穏であった。
 全ての地球圏にある全ての国家から軍備が廃絶され、紛争というものは歴史の中にだけあった。
 地球では。
 地球圏だけは。

 実際には地球圏外での治安は悪化の一途を辿っていた。
 星間交易路では宇宙海賊が跋扈し、又、地球以外の惑星での治安は劣悪なものとなっいた。
 沸騰寸前の鍋の様なものだと言えるだろう。
 その鍋が吹きこぼれぬ様に抑え込んでいたのがギャラルホルンであった。
 当時のギャラルホルンは火星と金星とを太陽系連合での決議(連合総会議決第62号 地球外惑星に於ける治安維持に関する特別決議)に基づいて駐屯し、又、星間交易路で警備業務を行っていた。

 だが、この治安悪化の最たる原因はギャラルホルンでもあった。
 地球と各惑星間の経済格差は酷いモノであったし、経済植民地として地球の行いは決して褒められたものではなかった。
 星間交易路の治安悪化は太陽系全域での経済活動の活発化と、厄災戦時代の武器の拡散を無視して語る事は出来ないだろう。
 それでも尚、私は、当時の混乱の原因はギャラルホルンにあったと考えている。

 そもそもギャラルホルンという組織は連合総会議決第10号を法的根拠として設立された独立治安維持組織であった。
 その活動資金は各国家と地域の負担金と富豪や企業の篤志家による寄付、そして独占的に行っているエイハブ・リアクターの売却益によって賄われている。
 要するに特殊な経緯でうまれた、軍閥であった。
 治安維持 ―― 特に軍役を生業とすると言う意味で、或は特殊PMSCと言っても過言では無い。

 旧来の国家その他の政治勢力から距離を取った “清廉なる平和の護り手” などとの、後世から見れば失笑ものの自称さえしていた。
 とは言え、全くの嘘出鱈目では無く、実際にギャラルホルンの権能は治安維持だけに限られていたが為、あながち間違った言葉では無い。
 だが同時に、それは治安の維持以外の一切の物事に対する責任が抜け落ちているという事であった。

 いわば治安維持以外の全てに無責任であった。

 責任無き特権を与えられた組織が300と余年にわたり維持されてきたのだ。
 腐敗をせぬ筈も無かった。

 組織創設の7家を貴族の様に扱い、又、地球出身者とそれ以外とを峻厳に分けていた。
 組織内での出世などでも露骨な差別が行われ、階級や役職は金が全てであった。
 その他、地球でこそ暴威をみせる事は無かったが、コロニーや他の惑星では暴君の如く振る舞っていた。

 地球人類はその事に目を向けようとしてはいなかった。
 知ってはいた。或は理解をしていたかもしれない。
 だが、番犬が家人以外に被害を与えようとも、番犬が番犬の役割を果たし続けているならば問題では無かったのだ。

 地球外圏の不平不満を封じた鍋の蓋。
 暴力という重みをもって鍋の吹きこぼれを封じるが故に、その鍋の圧力は高まり続け、そして吹きこぼれたのだ。


 P.D.320年代の騒乱とは、或は厄災戦の事後処理、その最後を飾る狂想曲であった。




                     ユーリイ・w・メジコフ 著
                    「俯瞰的に見る厄災戦と人類史」より抜粋





1-1 let slip the dogs of war

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 荒野に刻まれた道を走る1台の自動車。

 未舗装な、荒れた道ではあったが車は滑るように走っている。

 火星ではめったに無い高級車であった。

 

 そのハンドルを握っているのは女性、お堅い服装と表情をした妙齢のフミタン・アドモスという名の女性だった。

 

 

「お嬢様、見えて参りました」

 

 

 甘さの無いフミタンの目が眼鏡越しに、バックミラー越しに後ろに視線を送る。

 本革張りの後部座席に柔らかく腰掛けるのは赤い外出用のドレスを纏った、豊かな金糸の髪が特徴的な少女だった。

 名をクーデリア・藍那・バーンスタインという。

 後には革命の乙女とも稀代の悪女とも言われる、火星を代表する政治家となる女傑であったが、今はまだあどけなさを表情に残した少女だった。

 否、今も既に政治家としての立場、或は影響力を得つつあった。

 火星でも有数の名家出身のクーデリアは、16歳の若さで大学を卒業し、その後は火星の人権問題 ―― 独立運動へと参加していた。

 その上で、雑多な運動家の集団を、ノアキスの七月会議ではまとめ上げてみせたのだ。

 既に火星独立運動の中心人物の1人と目されていた。

 

 そんな政治的怪物の片鱗を見せ始めていたクーデリアであったが、CGSの施設を見る目には幾ばくかの不安があった。

 年相応と言っても良い。

 

 

「あれがCGSの……」

 

 

 防弾遮光ガラス越しに大きな塔のようなものが見えた。

 CGS、即ちクリュセ・ガード・セキュリティ社の本社設備 ―― 管制塔だった。

 

 目を細めてクーデリアは見る。

 

 クリュセ市郊外、荒涼とした大地の上に設けられたCGS本社は、火星に居を構える中堅規模以上の民間軍事会社(PMSC)の例に漏れず、実質、軍事拠点の如き外観をしていた。

 否、元々が厄災戦時代に作られた中規模の整備廠であった為、生粋の軍事拠点と言えるだろう。

 

 火星とその周辺宙域を活動圏に収めるCGSは、その実働戦力として1隻の強襲装甲艦と武装MW隊2個中隊、そして軽歩兵1個中隊から成っていた。

 特徴としては戦闘要員の実に6割が少年兵だと言う事だろう。

 補助兵力としてまだ年若い少年を兵卒に採用するのは、治安が悪く仕事も少ない火星では極々普通の事ではあったが、それでも戦闘要員の半数を超えるレベルで使っているのはこのCGS位のものであった。

 そしてそれこそが、クーデリアがCGSを選んだ理由でもあった。

 

 

「手筈の方は整っているのかしら」

 

 

「はい。CGS本社にて件の少年兵たちと面談、その後、数日内には地球へ向けて旅立つ予定に変更はありません」

 

 

「問題は無かった?」

 

 

「いえお嬢様。CGSのマルバ社長も依頼額と手付金のお話をした所、快く引き受けて下さいました」

 

 

「そうでしたか、苦労を掛けます。貴方のお蔭で私は活動出来る様なものね」

 

 

 クーデリアの目元が軋む。

 金銭で人の矜持を買う様なやり方が正しいと思える程に薄汚れていない彼女にとって、些か以上に重い行為であった。

 そして、それを自分が直接行うのではなく、他人にさせていると言う事も。

 

 

「そう言って頂けるだけで充分というものです。尚、地球への渡航申請も、ノブリス氏経由でギャラルホルンに提出していますので、数日中には航路使用許可も下りる筈です」

 

 

 渡航許可 ―― 航路使用申請と言えば言葉は厳ついが、ギャラルホルンが星間航路の使用状況の把握と警備の為のものである為、申請が却下される事など滅多に無かった。

 

 

「現在、火星-地球間航路は安全な模様です。ギャラルホルンが先月から特別航路掃討作戦を行っていて、夜明けの地平線団などの大規模な宇宙海賊は離れているとの事です」

 

 

 星間航路の安全を護る事はギャラルホルンの業務ではあったが、金星-地球-火星との航路は余りにも長大な為、十全に行えているとはとても言えないものであった。

 又、火星地球間の経済交流も低調である為、ギャラルホルンも星間交易路の保護に積極的では無いと言う事も理由にあった。

 

 火星は現在、経済的な低迷とそれに起因する政治的治安の混乱が断続的に続いているが為、地球圏から見て優良な投資先とは見られていなかった。

 クリュセの他、幾つのも自治領が存在する火星は、地球の事実上の植民地である事も、経済活動が低調な理由であったが、それ以上に治安の悪さが問題であった。

 ハーフメタルなどの地下資源はそれなりに豊富な火星であるが、劣悪な治安等の環境問題から産業を成り立たせ続けるコストが、余りにも過大だったのだ。

 

 経済が悪いから治安が悪い。

 治安が悪いから経済が悪い。

 ある意味で救いようのないスパイラルの下に火星の現状は存在していた。

 

 だからこそ、クーデリア・藍那・バーンスタインが居る。

 クーデリア・藍那・バーンスタインが主導権を握った。

 

 従来の火星解放運動が権利面からの自治権拡大を目指したものであったのに対し、クーデリアは経済の安定と成長軌道に乗せる事こそが火星の問題を解決しうると主張し、それを海千山千の運動家たちに認めさせたのだ。

 

 今回、クーデリアが地球を目指すのも、この為であった。

 クリュセ自治区の法的統治権国であるアーブラウの首相である蒔苗東護ノ介との面談を行い、クリュセ自治区の主要産業であるハーフメタルの採掘権と、そこに関わる諸権益の不平等な現状の是正を行うのだ。

 1足飛びに交渉が妥結する筈もないが、事前交渉では好感触を得ていたが為、クーデリアは直接に蒔苗と会う事によって交渉の促進を図る積りであった。

 

 

「帰りまでそうであって欲しいものね」

 

 

 憂鬱そうに零すクーデリア。

 自身の身の安全もであるが、宇宙海賊の跋扈も又、火星の経済活動を停滞させる要因である。

 気楽に思える問題では無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クーデリア・藍那・バーンスタインという少女は、ギャラルホルンにとって些か問題のある人物であった。

 否、ギャラルホルンではなく、ギャラルホルン火星支部にとって。

 細かく言えば、火星支部の支部長であるコーラル・コンラッド三佐にとって。

 

 

 火星域にあっては貴重品と言ってよい天然革張りのソファに身を沈めながら、コーラルは床に映し出された火星を見下ろす。

 否、画像では無い。

 実物だ。

 火星衛星軌道上に浮かぶギャラルホルンの衛星基地スリュムヘイムの支部長執務室は、分厚い透過ガラス越しに火星の大地を睥睨するのだ。

 

 揺らす靴先で火星を蹴り、そして笑う。

 

 

「クーデリア、あの目障りな小娘もこれで終わりだな?」

 

 

「はっ、必ずや!」

 

 

 直立不動、腕を背中に組んで声を上げるオーリス・ステンジャ。

 襟元には一尉の階級章が輝いている。

 まだ若いながらも、欲望に炙られた顔をした男だった。

 

 

「小娘の生死を問う様な無粋な真似はせん。消せればよい、好きにやれ」

 

 

 言外に嬲っても良いと告げるコーラルに、オーリスは貌の笑みを深くする。

 

 

「有難く」

 

 

 ギャラルホルンにとって火星支部とは、余り利益の出ない場所であった。

 星間距離がある為に航路保護にコストが掛かる割に、経済活動が停滞している為に航路利用者自体が少ない為、軽視されいた。

 形式として第5鎮定軍という正規部隊(ナンバー・フォース)が駐留していたが、保有する戦力がハーフビーク級戦艦1隻を旗艦とする戦闘艦4隻で編成されている第51戦隊と第5独立装甲連隊(未充足)しかない辺り、それが表れていた。

 特に装甲連隊は酷い状況にあった。

 MS部隊こそ1個中隊と完全充足状態であったが、その半数以上が旧式化したゲイレール・フレーム騎であった。

 MW部隊は4個中隊(定数96機)が1個大隊編制(42機)と半分以下の有様。

 歩兵部隊も3個中隊の所を2個中隊しか編制していなかった。

 

 この程度の戦力で火星の治安を維持できるのかと言えば、正直な話として不可能である。

 それを可能としているのは、力を振るう際には一切の躊躇をしないという行動方針と、PMSCの積極的な活用であった。

 警告すら発する事なく火器を扱うギャラルホルンと、野戦服の上に赤いジャケットを羽織っただけで我が物顔に振る舞うPMSCは、火星の一般住民にとって怨嗟と恐怖の対象であった。

 

 暴君の様に火星に君臨するギャラルホルン。

 だがそれでも尚、ギャラルホルンの将兵にとって火星は好ましい配置では無かった。

 口の悪い士官の中には、“島流し”等と揶揄する者も居た。

 地球出身者、それも七名家(セブンスターズ)とそれに準ずる家の出身者が配置される事など先ず無いという辺りに、それが表れていた。

 

 支部の管理責任者に三佐の階級の者を充てている事も、その表れであるだろう。

 だが同時に、中央から離れたこの場所は、腐敗した人間にとっては私腹を肥やすのに最適の場所であったのだ。

 特に、コーラル・コンラッドの様な人間にとっては。

 将来の本部栄転に備えて蓄財に励むコーラルにとって、現状の支配体制と経済環境を一変させようとするクーデリアは悪であった。

 邪悪な敵であった。

 

 否、コーラルだけでは無い。

 既得の権益の上で栄華を貪る者にとって、等しく敵であった。

 それは、例え血を分けた身内であったとしても、同じであった。

 

 先ほどまでこの部屋で恐縮しつつも目元を歪めていた、クーデリアの父にしてクリュセ自治区の首相でもあるノーマン・バーンスタインを思い出してコーラルは嗤う。

 

 コーラルは理解していた。

 ノーマンにとってもクーデリアが邪魔である事を。

 でなければ、自分の娘の情報を自分から売りに来る筈はないのだから。

 

 

「父親からも見捨てられた小娘だ、好きに使っても問題は無かろう」

 

 

 但し、と続ける。

 

 

「本部監査局からの特別監査が近い。時間を掛ける訳にはいかん事は忘れるなよ」

 

 

「お任せ下さい。旧式のMWしか持たぬような木っ端な相手です。第1遊撃隊に我がMSを加えるですから半日もせず捕えてみせましょう」

 

 

「うむ、期待する」

 

 

 退室したオーリス。

 コーラルにとってオーリスは信用の置ける部下であるのと同時に、地球本星へのコネとしても重要な人物であった。

 コンラッド家は代々、ギャラルホルンの上級士官を輩出している家なのだから。

 本来であればオーリスは地球地上軍か地球外縁統制統合艦隊のMS部隊に居るべき人間であった。

 それが火星に居る理由は、本人が志願したからなのだ。

 冒険をしてみたい、と。

 そんな人間の経歴に、間違ってもこんな場所(・・・・・)で汚れを付けさせる訳には行かなかった。

 

 卓上の通話機を押す。

 

 

「私だ、クランク二尉は居るかね?」

 

 

 コーラルは保険を掛ける事とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動力源にエイハブ・リアクターを使用しているCGS本社は、そのエイハブ・リアクター固有の問題からクリュセの市街地からかなり離れた場所にあった。

 

 無尽蔵と言ってよいエネルギーを発生させるエイハブ・リアクターだが、対価として稼働時にエイハブ粒子を生み出す。

 エイハブ粒子自体は慣性制御効果を持つという優れた特性があり、宇宙空間にあっては搭載するMSや艦船、或はコロニーなどで動力の供給と同時に擬似重力を発生させる、素晴らしい存在であった。

 

 問題は、エイハブ粒子は短時間で崩壊する事であり、そして粒子崩壊時に周囲へと強烈な磁気を放射してしまうという事である。

 即ち、エイハブ・リアクターの周囲では常に磁気嵐が吹き荒れている様なものなのだ。

 故にエイハブ・リアクターは、平時ではその理由の如何を問わず、住宅街その他への持ち込みが禁止されていた。

 

 そんなCGS本社周辺は、見事なまでの荒野が広がっていた。

 水気も少ないため、植物も殆ど生い茂る事の無い荒野。

 故に、CGSの隊員にとって格好の訓練場となっていた。

 

 体力の養成を目的とした基礎訓練に始まって格闘訓練に射撃訓練、一部の者はMWの訓練も行っている。

 

 その中には、地雷敷設に関するものもあった。

 

 

 

「馬鹿野郎、もっと素早くやれ!」

 

 

 拳骨が、濃緑の戦闘作業服を着るのではなく着られていると感じられる、まだあどけなさの残る子供 ―― 少年兵の頬をえぐる。

 

 

「わっ!?」

 

 

 ぶっ倒れる少年兵。

 殴ったのは、ガタイの良い大人だ。

 此方は黄色系の戦闘作業服をだらしなく着崩していた。

 その表情には怒りよりも陰性の笑いがあった。

 

 隣に居たもう一人の大人も笑いながら、倒れた少年兵を蹴る。

 

 

「チンタラやってたら死ぬぞ。死にてぇのか、あぁ?」

 

 

「だけど教官はっ!?」

 

 

 抗議に声を上げようとした別の少年兵が、蹴られた。

 倒れそうになった所で襟元を掴まれて引き起こされる。

 それは決して優しさではない。

 

 

「誰が口を開いて良いっていったか。一番組舐めてんじゃねぇぞ?」

 

 

 睨みつけて叫ぶ。

 

 

「今、ここに居るのは俺だ。俺たちだ。俺たちの言う事を聞け、餓鬼ども!!」

 

 

 大人たち、CGS一番組の隊員たちは少年兵の訓練を見る為に居る訳じゃ無かった。

 訓練を見るという名目で、来ては居た。

 だがその性根では、少年兵をいびり日頃の憂さを発散する積りであった。

 

 だからこその暴力。

 暴言。

 

 悔しそうに顔を歪めている少年兵たち。

 それを愉悦げに見ている大人たち。

 CGS内で存在する大人たち一番組と子供たちの三番組の格差(ヒエラルキー)がそれを許していた。

 いた(・・)、過去形になる。

 

 

「手前ら最近、調子に乗ってっから、俺らが現実を思い出させてやるぜ」

 

 

 振り上げた腕が、掴まれた。

 太いだけの腕が、鋼をより合わせた様な鍛え上げられた腕によって掴まれる。

 掴んだのは青灰色の戦闘作業服を着た壮年期に入りたてと思しき若い男だ。

 少年兵が喜色を浮かべて叫んだ。

 

 

「教官!!」

 

 

 教官と呼ばれた男、ビクター・ヒースクリフはその呼び名通り、子供たち三番組の教育役であった。

 

 

「おいおい、訓練で手を出すとはどういう了見だ?」

 

 

 声は穏やかだったが、目つきは剣呑さを通り越していた。

 

 

「ガキに手を出(イタズラ)されでもしたか?」

 

 

「ちげぇよ教育だ教育! 手を離せよ馬鹿野郎!!」

 

 

「訓練で暴行すんなって俺は言ったよなぁ?」

 

 

 掴んだ腕を捩じりあげながら尋ねる、否、睨む。

 今朝、一番組の大人たちが自分から三番組年少班の指導役をすると言って来た。

 訓練用の地雷が入ったので、俺たちは暇しているからと。

 そして教官(ドリル・サージェント)として三番組の全権を持つビクターは、それを受け入れた。

 

 本来は教育補助官として三番組の年長者が見るのだが、本日は所用があって参加出来づらかった為、受け入れた格好であった。

 ビクターも一番組の人間がロクデナシ揃いであるとは思っていたが、厳しい訓練はしても粗暴な訓練はしないと思っていたからだ。

 

 軍隊で弱いモノを虐めるのは良く在る話だ。

 同時に、弱い者いじめをしていた奴が戦場で後ろ弾喰らうのも良く在る話だ。

 

 だから、常識的に考えて馬鹿な行為はしないと思っていたのだ。

 ビクターは自分の内にある一番組への評価を三段階以上も下げながら掴んだ腕を離す。

 

 腕を掴まれていた男は、大げさに身体を振り返って吠える。

 

 

「テメェが図に乗らせた餓鬼に躾が必要なんだよ、馬鹿野郎!」

 

 

 一番組の言う事を聞かなくなったと険しい顔をして唾を飛ばす。

 対するビクターも笑う。

 攻撃的な顔を作る。

 

 

「俺が育ててるのは兵隊だ。テメェらの玩具じゃねぇんだよ」

 

 

「何だと、調子に乗りやがって、何様の積りだっ!!」

 

 

「俺は偉いからな。マルバから三番組の教育の全部を預かってるし、稼がせてるからな」

 

 

 その言葉に男たちは歯噛みする。

 事実だったからだ。

 ビクターはCGSの社長であるマルバ・アーケイが一年ほど前に3番組の教官役にと連れて来た男だった。

 それまでの3番組 ―― 少年兵たちは阿頼耶識手術によるMWを自在に操る術こそ手にしたがそれ以外は殆ど訓練も受けない、主力である一番組の肉の盾でしかなかった。

 或は一番組のストレス発散用の玩具であった。

 

 それを変えたのがビクターだ。

 それまでの漫然とした訓練から、カリキュラムを組んでシステム化された訓練を導入した。

 効率的な訓練は3番組を絞り上げた。

 同時に食事、清潔、衣服と、兵士を育てる為の投資をマルバにさせたのだ。

 

 成長期に各種栄養をしっかりと摂る事で兵士として頑健な肉体を作らせる。

 頑健であれば、どんな過酷な戦場であっても十分な能力(パフォーマンス)を発揮できるだろう。

 清潔であれば、訓練や戦闘で怪我をしても感染症のリスクが下がるので医療費が抑えられ、トータルでの人件費の抑制に繋がる。

 衣服を整えさせる事で乱雑な少年兵に規律を教え、合わせて、外部へCGSの規律正しさを見せつける事で威圧する事につながるのだ。

 

 それらは3番組の少年兵から大いに受け入れられていた。

 訓練は過酷になったが、腹一杯に喰えるしシャワーも浴びれる。

 服も寝床も良くなった。

 クリュセのスラム街の孤児出身者が多い3番組にとって、まるで天国の様な扱いであった。

 同時にビクターは事ある事に次げていた。

 これは少年兵たちが立派な兵に育って金を稼ぐための投資である事を ―― 成果を期待されていると言う事を。

 ()に満足すればこそ少年兵たちは奮起し、この今を失わない為に訓練に実戦に本気になって取り組んだ。

 成果を上げた。

 

 その他、ビクターは部隊の運用で効率的な金稼ぎの提案をマルバに行った。

 裸一貫で成り上がって来たマルバは、色々な意味で学が無かった。

 感覚と体験で経営していた。

 そこに理論をビクターが持ち込んだのだ。

 営業から経理から総務から、適当では無く合理的な判断基準と目的の設定を提案したのだ。

 それをマルバは受け入れた。

 マルバの経営者としてのカンが告げたのだ。

 金になる、と。

 

 実際、金になった。

 それまで漫然としていた利益が、目に見える形になり、それが少しづつではあっても上昇していった。

 上げた実績に、金の匂いが大好きなマルバはビクターを高く評価し、いつの間にかCGSの中では、一番組隊長であるハエダ・グルネンに継ぐ相談役に抜擢していた。

 

 それが一番組の、以前からCGSに居た大人たちの大多数から良く思われていなかった。

 遊ぶ金が手に入る様になったし、仕事も楽になったが、何となく気持ちが良くなかったのだ。

 外から来た新参がデカい顔をしていると感じるのだ。

 

 

「くそっ、覚えてやがれ!」

 

 

 そんな気分の籠った捨て台詞を吐いて、男たちは立ち去った。

 対する少年兵たちはやんやんやの大喝采だ。

 

 とは言え、ビクターの顔は渋かった。

 舌打ちをしたい気分だと言うべきだろう。

 改めて子供(三番組)大人(一番組)の間にある溝の根深さを感じたからだ。

 CGSという会社が大きくなる為にはこのままでは良くない。

 その思いがあったからだ。

 マルバやハエダともその点は話してはいたが、ハエダ自身が三番組の少年兵たちを弾除け程度にしか思ってはおらず、何ともし難いのが現実だった。

 

 頭を掻くビクター。

 出来る事は多くは無い。

 その多くは無い出来る事を1つ1つこなしていくしかないと、再度、肝に命じていた。

 

 

「取りあえず、泣いたり笑ったり出来なくなるまで訓練だ」

 

 

 ポツリと漏らした言葉に少年兵たちは顔色を変えた。

 絶対に暴力を使わないビクターだが、その訓練の厳しさは一番組の大人たちの比では無かった。

 生かさぬ様に殺さぬ様に搾り上げられるのだから。

 まだ体が出来上がってないが故に無茶はし無いが、無理のない範囲で扱かれる。

 

 それは、ある意味で愛ゆえに。

 少年兵たちを生き残らせたいと思うが故に。

 

 

「頑張ろうか?」

 

 

「はい!」

 

 

 ヤケクソじみて声を上げる少年兵たち。

 それ以外に何が出来る訳では無いが為に。

 

 

 

 

 

 トイレで鏡を睨みつけているのは、若いながらも狼の様な粗削りの鋭さをもっている男だった。

 オルガ・イツカ、CGS三番組隊長だ。

 緑色の戦闘作業服の右袖には、白いラインの入った指揮官を意味する肩吊腕章を付けている。

 

 鏡越しに自分を睨んでいるのではなく、身だしなみを確認しているのだった。

 髪、肌、手足、服の乱れと汚れを確認する。

 この1年で嫌と言う程に言い聞かされてながら身に着けたが、完全に習慣づいた訳でも無いからこの渋顔である。

 

 

「オルガ、準備は出来た?」

 

 

 ドアが開いた。

 入って来たのは小柄な、だが顔に子供らしい甘さの無い若者だった。

 捲った袖から見える腕は、良く鍛え込まれた強靭さをみなぎらせている。

 三日月・オーガス。

 オルガと同じ緑色の戦闘作業服だが、裾の長いコートタイプを着込んでいる。

 

 

「お前は早いな」

 

 

「ん、オルガと違って下っ端だからね」

 

 

ウチ(三番組)一番のエースが何を言ってやがる」

 

 

「俺はオルガの武器だからね」

 

 

「ミカがいれば心強いよ、本当に」

 

 

 三日月が居れば何だってできそうだと言うオルガ。

 オルガが目的地を指してくれるから進めるんだと言う三日月。

 拳と拳の底をぶつける。

 

 

 

 CGS本社の中を歩いていくオルガと三日月。

 向かう先は廊下の外れ、少し広くなった場所にソファとドリンクの自動販売機を置いただけの簡易休憩所だ。

 そこに仲間たちが居る。

 一番の年かさでも20を超えない少年兵だけで編成された三番組、その中枢メンバーが。

 

 2人の姿に気付いた太目の少年、愛嬌のある顔つきをしたビスケット・グリフォンが手を挙げる。

 三番組できっての知性派で、オルガの参謀役でもある。

 

 

「二人とも遅いよ。みんな集まってるよ」

 

 

「デッケェクソでも出たのかよ」

 

 

 少し下品に笑うのはノルバ・シノ、三番組でも最古参の少年兵であり部隊のムードメーカーでもある。

 柔和な顔をしているが、三番組では白兵戦部隊の指揮官を担当している。

 

 

「弛んでんだよ」

 

 

 やや剣のある声を上げたのはユージン・セブンスタークだ。

 三番組でオルガに次ぐ立場にあり、MW二番隊の指揮官でもある。

 整った顔立ちをしているが、浮かんでいる表情が影を落としている。

 

 

「気合を入れ過ぎだぜユージン」

 

 

 シノがからかう。

 図星を指されたユージンは慌てて立ち上がった。

 

 

「ばっ、馬鹿野郎。俺は指名を受けたからキチンとやろってだけでだなぁ」

 

 

「判ってるって、お前が責任感が強いって事はよ」

 

 

「おっ、おう。判ってりゃいいんだよ、判ってりゃ」

 

 

 漫才の様な2人の様に、三日月は無表情に言葉を洩らす。

 

 

「仲が良いよね」

 

 

「だな」

 

 

 相槌を打ったオルガ。

 そんな2人に、ビスケットは口の中で君たちもという言葉を弄んだ。

 帽子を脱いで、被る。

 

 

「さっ、行こうか」

 

 

 三番組の参謀役、隊長であるオルガの女房役、そして何より脳筋集団の保母さん役をこなすのがビスケットという人間だった。

 

 

 

 

 

 上品とは言い難いが上質ではある家具の揃えられたCGS社長室。

 その主、CGS社長であるマルバは丸っとした顔に満面の笑みを浮かべてオルガたち3番組を紹介する。

 欲に炙られた笑顔だった。

 燃料は金と名誉。

 地球へと送り届けるという仕事にクーデリアが示した金額はCGSにとって数か月分にも相当する売り上げであり、クーデリアが無事に地球との交渉に成功すれば火星解放の協力者としてCGSの名も挙がる。

 極彩色の皮算用が燃えていた。

 

 

「指名を頂いた我がCGSの3番組は実に勇敢であり、クーデリアさんに絶対の安心を__ 」

 

 

 絶好調の長広舌に、うんざりとした気分にさせられるクーデリアは、それを表に出さぬ様に注意しつつオルガたちを見る。

 

 健康そうな肌艶、清潔な服装、表情にも暗さは………少ない。

 表情はマルバの演説(・・)にうんざりしてだろうと理解しつつも、肌艶と服装は理解出来ない。

 PMSCなどで問題になっている、少年兵の劣悪な雇用環境がCGSでは違うのか。

 その事が気になっていた。

 

 

 

 疑問を抱けば行動する。

 それがクーデリアという少女だった。

 相手を問わず手段を問わぬ、そんな所のある少女だった。

 

 だから、至極直截的に口を開いた。

 

 

「貴方は今、幸せなのですか?」

 

 

 それは滞在する部屋へと案内されている時の事。

 相手は、紹介された5人の中で一番背の小さな、正に少年兵という感のあった三日月だった。

 

 肌艶も服装も、或は演出だったのかもしれない。

 表情が読み取れない三日月という少年兵は、過酷な環境ゆえに心が死んでしまっているのではないか、と。

 

 対する三日月の返答も又、直截的であった。

 

 

「何言ってんの、アンタ?」

 

 

 言葉は、字面にすれば剣呑であるが、その語調は訝しむと言うよりも、正気を疑うという風であった。

 言葉以上に目が、動く。

 そこに浮かぶ感情は懐疑、より正確に言うならば正気を疑う色だった。

 

 

「あ、いや、お仕事とか大変じゃないのかなと思いまして………」

 

 

お仕事(・・・)、ね」

 

 

 三日月は3番組きっての切り込み役(フロント・ロー)だ。

 MWに乗ったり鉄砲担いで先陣をきる。

 戦火の下を潜り、血と硝煙にまみれるのが商売(ワーク)だ。

 

 ソレが大変かと聞かれれば、普通としか答えようが無い。

 日常だからだ。

 ソレしか知らない三日月にとって、比較など出来ないのだから。

 

 

「別に、普通なんじゃない?」

 

 

 取りあえず寝床はある。

 飯も食える。

 

 特に、ビクターが教官として来てから食事の量と種類が増えた。

 訓練は大変だが、それが終われば自由時間もある。

 服装とか清潔とかにも煩いが、暴力が振るわれる事も減った。

 夜に3番組年少班が声を殺して泣いているのに気付く事も無くなった。

 

 そこまで考えた所で、三日月は気付いた。

 

 

「あっ」

 

 

 無意識にポケットから火星椰子の実を取り出し、齧る。

 もしかしたら ――

 

 

「幸せになったのかもしれないな」

 

 

「え?」

 

 

 クーデリアが怪訝な顔をするが、気にせず三日月は続ける。

 

 

「多分ね」

 

 

 もう一個、火星椰子を齧る。

 その身は甘く美味しかった。

 

 

 

 

 

 




 クーデリアが微妙に、何だ、黒いというかアレ?
 アレレ??

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