恩知らずのトゥッティ・フルッティ   作:まみゅう

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ペイント・イット・ブラックの消失

「は~~、マジで最近の新人ってのはイカれた奴ばっかだな~~」

 

 何故か後部座席のど真ん中を悠々と陣取ってバックミラーに割り込む気しか感じられないミスタは、まだ先程の興奮が冷めないのか馬鹿でかい声でそう言った。

 イタリアの法律的に本来運転するべきは十八歳のこの男の方なのだが、曲がりなりにもチームのガンマンである彼の両手をハンドルに預けてしまうのはあまり賢くない。そういうわけで縄張り内のホテルにあるカジノを巡回するために車を走らせているのは、偽造した免許のわりによっぽど慣れた運転をする、まだ十六歳のフーゴであった。

 

「ジョルノのほうはともかく、ベルは新人ではありませんよ。この世界に入っての歴で言うなら、ぼくとそう変わらないはずです」

 

 確か彼女がこっちの世界に足を踏み入れたのは、ブチャラティと同じ十二歳くらいだったと聞いたことがある。別にこのご時世ではそう珍しい話ではなくなってしまっているが、親を亡くして身寄りのなくなったベルはスリや観光客相手の詐欺で生活費を稼ぐしかなくなって。その腕前は年端のいかない子供のくせにギャングの耳に届くほどのものだったらしいが、ショバ代を払わないという妙な意地を張ったせいで目をつけられて。

 捕まえてみて身なりを整えてみると存外綺麗な顔をしていたものだから、娼館に売られそうになったところを上手く逃げ出して。どうやったのか、自分を捕らえたギャングのお偉いさんとして当時既に塀の中にいたポルポの存在にまでたどり着き、娘を騙って手紙を何度も送りつけたそうだ。

 

 わたしにお父さんのお手伝いをさせてください。わたしをただの女の子として働かせるのは勿体ないってもんです。なんだってやります。お父さんはいつになったら出られますか? わたしが会いに行ってもいいですか?

 

 字はお世辞にも綺麗とは言えなかったし、検閲を想定してか手紙には具体的なことは何も書かれていなかった。しかしその行動力と度胸、ふてぶてしさが面白いやつだと、塀の中で暇をしていたポルポの興味を引き、彼女は面会のチャンスを得る。その後のことは、ブチャラティチームの面々とそう大差ない顛末だろう。入団試験に晴れて合格した彼女はスタンド使いとなり、しばらくの間補佐と言う形で今は亡き前任者の後をちょろちょろついて回って、現在は一人でネアポリスの密輸事業を受け持つにまで至る。そういった経緯があるからポルポは“パードレ(父親)”の言うことをよく聞くんだな、とベルのことをからかうことがあるし、彼女もかつての名前を捨て、まるで犬や猫であるかのように“ベル”とだけ名乗っている。

 まぁポルポの後ろ盾があったからこそ、彼女が若い女の身でありながら()()()に合わずに済んだのだろうが。

 簡単に彼女の過去についての噂を話したフーゴは、後部座席の男がわかりやすく飽き始めていることに小さく肩を竦めた。

 

「へぇ、そりゃあ波乱万丈の人生で。でもよォ、だったらアバッキオの今回の()()()はちっとマズイんじゃあねぇか? うちの可愛い娘っ子に一体なんてモン飲ましてくれてんだってあのタコさん真っ赤になるかもしんねーぜ」

「面子のためにあれを飲むようなプライドの高い人が告げ口なんてしませんよ。それに彼女はポルポに信頼されているようだけど、特別扱いをされているわけじゃあない。そこはなんてったってギャングですから」

 

 ちょうど彼女が前任者から仕事を引き継いだばかりの頃だったろうか。取引相手に小娘だと軽んじられ、腹と両足に銃弾を合わせて五発も食らい、病院に運び込まれたことがあった。その知らせを聞いたポルポはあっさりと彼女の後任の人事について考え、<パッショーネ>の面目の為にブチャラティに報復を命じたのだが、なんと当の本人が病院を抜け出して敵のカルテルに乗り込み、トップの首を挿げ替えてきたのだから世話はない。もちろんそれはブチャラティのサポートあってこそだったが、それでもその気概が流石にギャングの女だ。ただ愛玩されて今の地位を得ているわけではない。

 

「まぁ~~どうせあいつも本当に飲んだわけじゃないだろうしな……で、オレはそのタネが知りたくて、わざわざお前について来たわけなんだが……?」

「はぁ?」

 

 不意にぐい、と後ろから身を乗り出され、いよいよバックミラーにはミスタしか映らなくなる。怪訝そうな表情を前面に押し出し、たった二文字で話の続きを促せば、彼はにやりと悪だくみをするような笑顔を浮かべた。

 

「だってよォ、あいつもケチだから教えてくんねーんだもん。フーゴ、お前ベルのスタンド知ってんだろ? オレにだけこっそり教えてくれよ~~」

「知りませんよ」

「そ~~冷たいこと言わずにさ、フーゴから聞いたって言わねーからよォ」

「だから知りませんってッ!邪魔ですから、ちゃんと座ってくださいよッ!」

 

 ほんの小さな子供ならいざ知らず、ミスタの体格で座席シートを後ろに引っ張られれば、運転しにくくってしょうがない。思わずかっとなって怒鳴りつけたフーゴだったが、それに負けじとミスタも声を張り上げる。

 

「なんでだよッ!? お前ら知り合いなんだろッ!?」

「そりゃあ同じネアポリス担当としてそれなりの付き合いはありましたけど、これまではあくまで"仲間"ではなかったですし。彼女の方もぼくのスタンド能力を知らないと思いますよ。あ、でも一緒に戦ったことのあるブチャラティはお互いの能力を知ってるだろうな」

「チェッ、なんだよそれッ。じゃあ仕事になんか着いてこずに昼寝してりゃあ良かったぜッ」

 

 それで珍しくミスタが自分から名乗りを上げたのか。別にフーゴ一人でも十分なところへわざわざ着いてきたがるから妙だなと思っていたが、本当にどうしようもない男である。

 しかしベルの能力は、正直フーゴも気になっている。あれは確かに密輸事業に適任だな、と前にブチャラティが褒めていたことがあったけれど、何か物質を隠すような能力なのだろうか。それでアバッキオの振舞った()()を……いや、液体は確かにカップにあったはずだ。

 

「はぁ、もう着きますよ。アンタも少しはあのジョルノの意欲ってもんを見習ったらどうです?」

 

 視界の先に目当てのカジノを有するホテルを捉えたフーゴは頭を振って、回想したくもない場面が脳裏に過るのを追い払った。たとえ実際に飲んでいないとしても、やはり気分のいいものではないのだ。飲まれた側に当たるアバッキオの方も流石に特殊な性癖は持っていなかったようで、自分の行動を棚に上げてドン引きしていたのだから本当に()()でしかない。

 そしてその被害加害関係にあるベルとアバッキオ、それからアバッキオを焚きつけた張本人のジョルノは今、別の仕事で三人揃ってカポディキーノ空港の方に行ったのだから、向こうの空気が一体どうなっているのか考えただけでも恐ろしかった。

 

「意欲? ありゃあ明らかに新人イビリの延長だろうがよ」

「アバッキオはジョルノに乗せられただけですよ。あの人、一応元警官ですから、あれで女子供を虐めて喜ぶタチでもないし」

「違ぇよッ。どう見てもイビッてんのはジョルノのほうだ。このチームじゃたった二日先輩なだけだが、生意気にベルを監視してやがるぜ、あれは。空港に行くって言ったのもベルが先だったろ」

 

 確かにそう言われるとそうかもしれない。ジョルノが()()に拘ったのはアバッキオに対するあてつけかもしれないが――実際、あれが堪えたのはベルよりもアバッキオであるように見えた――涙目のルカが死んだあと空港周辺のルールが乱れ始めているという問題に対し、視察の名乗りを上げたのはベルが先だ。ルカが麻薬に関わっていたというナランチャの証言もあって、ベルは早速調査を進めることにしたらしい。

 彼女は元々空港内の取引を担当していたのだし、一時的なことだとしてもあの周辺を治めるには適任であると言えるだろう。そこへジョルノがぼくもあの辺りで少しバイトをしていたことがあるので多少顔が利きます、と手をあげ、新入りばっかで行ってどうする、と苦言を呈したアバッキオがオウンゴールをするようにグループに組み込まれたのだった。

 

「でも……なぜジョルノがベルを監視するって言うんです。後輩に先輩面したがるほど、可愛げのある男でもないでしょう」

 

 それこそ新しく<パッショーネ>に入ったジョルノは突然ブチャラティがごり押しする形で連れてきただけで、フーゴも全く素性を知らない。別に他のメンバーのようにブチャラティに救われたわけでもなさそうだし、今でも寮付きの学校に通っているくらい、こっちの世界とは全く関係のなさそうな少年だった。そしてそういうおキレイそうな世界の空気を吸っているくせに、妙に肝の据わった態度でそれがまた生意気であるとアバッキオの気に障る。まぁブチャラティがやたらとすごい男だと目を輝かせるから面白くない、というのは他のメンバーにも共通する感情だった。むしろそれを素直に表に出せるアバッキオのことを、捻くれた性格のフーゴはちょっぴり羨ましく思っていたり……。

 フーゴがそんならしくもない不毛な羨望を自覚してしまったその後ろ、ミスタはふふん、となぜか得意げに鼻を鳴らした。

 

「まぁ、こればっかりはいわゆるオトシゴロってやつじゃあねーの? 二日とはいえ後輩に可愛い女の子が入って、あのスカしたジョルノも舞い上がっちまったんだって」

「馬鹿馬鹿しい。それであの()()を勧めるもんですか」

「そこはほら、まだ十五のガキだからよォ。気になる子にはつい意地悪しちゃうってな」

「女学生じゃあないんだから、恋愛脳も大概にしてくださいよ」

「へいへい、わかってるよッ。あ~~つまんねーのッ!」

 

 お気楽なミスタも流石に本気で言ったわけではないらしく、フーゴが適当にあしらうととうとう拗ねたようにお喋りな唇を引き結ぶ。

 しかしそれもほんの束の間のことで、ホテル裏側の駐車場に車を止めた二人が車外へ出ると、ミスタはすぐさまおいッ、ありゃあなんだッ!? と素っ頓狂な声を出した。

 

「もう、今度はなんで……す、か」

 

 騒がしい男だ、とつられるようにして、視線をやったホテルの関係者出入り口。見れば大きなボストンバッグを抱えた男が転げるようにして飛び出してきたところである。そのあまりの勢いと必死な形相に一瞬、強盗か!? と身構えたが、現状を確認するよりも先にただただ男の異様な出で立ちが目を惹いてフーゴは固まる。男の首から下が、まるでコールタールでも引っかぶったように真っ黒なのだ。それは全身黒づくめのボディースーツを着ているとかそういう話ではなく、真夏の影法師のように境目がない。

 ミスタは既に、愛用のリボルバーをその手に構えていた。

 

「ア、アンタらッ! ブチャラティんとこのッ! 助けてくれぇぇッ!!」

 

 男の方もこちらに気づいたようで、悲痛な叫びを上げる。フーゴはその顔に見覚えがあった。見覚えと言うか男はこのカジノのいわゆる経理担当者で、今まさにフーゴたちが収益を回収しにあがった相手なのである。男の身体は初め、ホテルを飛び出した勢いのまま通りを挟んだ敷地外へと向かっていたが、“ブチャラティ”の名がその口から出るなり、ブレーキペダルを力いっぱい踏みでもしたかのように人間とは思えない動きで急停止した。そしてくるりと方向を転換すると、抱えていたボストンバッグをその場に打ち捨て、真っ黒に蝕まれた身体のまま一直線にこちらに向かってくる。

 

「ミスタッ!」

「もう撃ってるッ! ピストルズ、とりあえず足だッ! 動きを止めろッ!」

 

 イクゼ―ッ!! と元気いっぱいな掛け声とともに発射されたのはNo.1とNo.2か。遮蔽物もない以上、狙いに狂いはない。しかし男に付着しているあの黒いものはおそらく“スタンド”で、ピストルズが取り憑いてスタンドエネルギーを付与した弾丸でなければダメージは与えられないだろう。

 だが、きっちり二発の弾丸が男の両足に一つずつぶち込まれたかと見えた瞬間、ピストルズの困惑の声が響き渡った。

 

「ウゲェーーッ! クロイノガハガレタゾーーッ!」

「ミスターーッ! コイツキモチワリィヨーーッ!」

「バ、バカなッ! かわしやがっただとッ!?」

 

 正確には弾丸は、ちゃんと男の両足を撃ち抜いている。が、肝心のタール状のスタンドは、着弾の瞬間にモーゼを迎える海が如く、左右にさっと分かれて回避していた。そして撃たれた男の足を再び()()()()こちらに迫ってくる。

 

「あの黒いのに触れないようにしてくださいッ! おそらく、あれに憑かれると自由を奪われるッ!」

「でもよッ、こっちに向かってくるんだぜッ!」

 

 ミスタは続いて腹部に向けて二発発砲したが、結果は同様だ。というか、いっそまだスタンドに覆われていない頭部を狙ったら――操られている者が死亡したらこのスタンドはどう動くのか。向かってくる男から必死で距離を取りつつ、フーゴはあることに気づく。それはいつの間にか男の目の下まで、黒い部分が侵食していることだった。

 

「ミスタッ! もういいッ! 頭だッ!」

 

 フーゴがそう言うのと、ミスタが引き金を引くのと、一体どちらが早かっただろうか。まだかろうじて綺麗だった眉間を撃ち抜かれた男は反動でのけぞり、どうっと後ろに倒れ込む。「や、やったのか……ッ!?」近づいて覗き込むような愚は犯さない。地面にじわりと広がっていく液体は今や男の全身を包んでいる黒色とは違い、確かに真っ赤なものであった。

 

「操作する対象を失っただけでこいつ自体はまだ死んじゃあいないッ! 近くに本体がいるはずですッ!」

 

 言いながら素早く周囲を見回すが、特に不審な人物は見当たらない。遠隔自動操縦タイプなのだろうか。それにしては後生大事に抱えてきたボストンバッグを投げ捨て、真っすぐこちらに突っ込んできた。

 目撃者を排除するつもりだった? いやそれにしてはこの男が方向転換したのはブチャラティの名前を、この男自身が出した時で――。

 

「フーゴッ! こいつ消えてくぞッ!」

 

 見ればミスタの言う通り、真っ黒の人型をしたそれは端のほうからまるで蒸発でもするかのように消えていく。しかも消えるのはスタンドだけではなく操られていた男の身体ごとで、物の数秒もしないうちに辺りは元の静けさを取り戻した。今や地面にのびた血痕と男が抱えてきたボストンバッグのみが、この騒ぎが現実であったと証明するものとなっている。

 

「……とりあえず、ブチャラティに報告を」

 

 フーゴは息を吐ききるようにして、そう呟いた。

 今日ばっかりはミスタの気まぐれに、感謝してやってもいいかもしれないと思いながら。

 




スタンド能力【ペイント・イット・ブラック】
破壊力:E スピード:C 射程距離:B(操作できるのは50m内) 持続力:A 機密動作性:B 成長性:E

コールタールのような黒い液状のスタンド。直接、間接問わず触れた生物を黒く染め、その部分の自由を奪う。対象は生物、スタンドのみに限られており、死体や肉体の一部のみを動かすことは不可能。また染められた部分は術者がスタンドを解除しない限り、黒いままである。スタンド自体の攻撃力は皆無で、操作の効果が及ぶ範囲は50m。精密な動きをさせるなら一体のみしか操れないが、単純な動きならば一度に複数操ることも出来る。

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