恩知らずのトゥッティ・フルッティ   作:まみゅう

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ナイティナイン・プロブレムスの災難②

 

――落としたトーストがバターを塗った面を下にして着地する確率は、カーペットの値段に比例する。

 

 まだ湿り気の残る髪をそよがせながら、ジョルノはふと、そんなユーモラスな法則を提唱したアメリカの空軍少佐の本の内容を思い出していた。もちろん、それらははっきりと実験に基づいて証明された事実ではなく――むしろカーペットよりトーストを落とす高さに依存するらしい――先達の経験から生じた哀愁に富む経験則でしかないのだが、こうも良くないことばかりが続くとつい、“運”なんてものに思いを馳せてしまうのだった。

 

 というのもタイヤのバーストに始まった不幸はその後、空港に着くまでの道すがらひっきりなしにやってきて、むしろどんどん悪化していると言ってもいい。対象もジョルノ達だけに限らず、火事が起こったり、店先のショーウィンドウが割れたり、水道管が水漏れしたりと、街の人々にも等しく無慈悲に降りかかっていた。

 そしてそれらの災難をネアポリスの街を回護している“良心的なギャング”であるブチャラティチームは無視するわけにもいかず、なんだかんだと指示を出したり手伝ったりとしているうちに三人はすっかり疲れてきってしまっていた。その間にこの強面で排他的な先輩が、存外面倒見が良くて街の人にも慕われているのだと知ったりもしたのだが。

 

「まさかとは思うけど、空港に行ったらテロリストが……とかないでしょうね」

「やめろよ、縁起でもねぇ……」

「自分を幸運と思っている人には幸運が舞い込み、不運だと思う人は不幸になるそうですよ」

「それはミスタじゃねぇか」

 

 しかしバスターミナルが見えてくると、ベルの危惧を裏付けんばかりになんだか騒然としている。ジョルノはタクシーの乗り場付近で見知った顔の警備員を見つけると、事情を聴くために声をかけた。

 

「どうも、お仕事お疲れ様です」

「あ? あぁ、お前か。だが今日は駄目だぜ、第一ターミナル閉鎖の厳戒態勢だ」

「何があったんですか?」

 

 警備員の男たちの表情も、同様に疲れ切っている。この空港には第一、第二と二つのターミナルが存在するが、滑走路の北側にある第二のほうはチャーター便専用で、一般のフライトは第一ターミナルを使用する。その第一が閉鎖されているのであれば、実質この空港は機能していないも同然だった。

 

「乗客の手荷物で不審物が発見されたんだと。で、普通なら保安室行きってだけなんだが、奴さんどうも何を持ち込んだか口を割らねぇんだもんで、爆発物なんじゃあねぇかってサツまで呼ぶ騒ぎになってよォ」

「オレが聞いた話じゃあ、本人は“テクニカルなもの”だって言葉濁してるらしいぜ」

「テクニカルなもの?」

「そりゃあお前、大人のオモチャってやつさ、たぶんな。まぁサツが来てからもう一時間も経ってるしどうせ間違いなんだろうけどよォ~、欠航便も出てるしいい迷惑だぜ」

「しかも今日は四月一日だろ? なかなか皆信じなくて避難させるのも一苦労だったな~」

 

 警備員たちはちょうど愚痴を言える相手を探していたらしく、聞いてもいないことをべらべらと語りだす。だがそのおかげで空港の状況はよくわかったし、ベルの杞憂はテロリストまではいかなくとも当たっていたわけだ。

 

「こりゃあ調査どころじゃあねぇな」

「そうですね……」

 

 別にジョルノ達は空港の中に用事があるわけではないが、こうも混乱しているようではこの周辺を縄張りにしている者たちも通常営業とはいかないだろう。ひとまず今日のところは出直すかと引き返そうとしたところで、タクシー乗り場の先に妙な男が立っているのが目に入った。

 

「ねぇ、あんな奴さっきまでいたかしら……?」

「いえ、気が付きませんでした……」

 

 日に焼けた褐色の肌に、強いウェーブのかかったブルネットを肩まで伸ばしたその男は、腕の中に一匹の白ウサギを抱いて人目も憚らずに大泣きしている。

 

「オレぁ、人を探してるんだァ~! オレの幸運のうさぎさん、教えてくれよォ~ッ! こんなかにオレの探している奴はいるかい、いるならどうか教えておくれよォ~ッ!」

 

 どう見ても気が触れているとしか思えない男の言動に、欠航便のせいで行き場を失っていた人々がさあっと離れていくのがわかる。男はウサギ以外の荷物を持っていないようで、とてもじゃないが空港の正規な利用客には見えなかった。滑走路の芝生の方にはウサギが数匹住み着いているものの、ウサギの懐き具合を見るにどうもそこから拾ってきたというわけでもなさそうである。

 

「オレはよぉ……幸運な男だから、ここで待ってりゃ向こうから犯人がやってきてくれんだ。なぁウサギさん、そうだろォ? ウサギの足ってのは幸運を運ぶお守りになるんだ。お前がいりゃあ、このあたりの幸運は全部オレのモンなんだ。さぁ、教えておくれよォ~ッ!」

 

 すると男の声に応えるように、不意にウサギがぴょん、と地面に降り立った。そして小さな鼻をくひくひと動かすと、まるで麻薬捜査犬のように近くの人間の足元を行ったり来たりする。その様子はとても可愛らしかったが、なにぶん飼い主の異常性が際立っているので近寄られた人間の方はたまったものではない。ウサギを避けるようにして人垣はさらに割れ、とうとうジョルノの足もとまでたどり着いた“それ”は、警戒するようにピンと耳を立て、上体を起こした。

 

「ねぇッ、ジョルノ! そのウサギ、足が変よッ……!」

 

 二足で立ち上がったことで晒されたウサギの腹には、まるで乳房のように余分な足が何本もぶら下がっている。ぎょっとしてジョルノが一歩引いた瞬間、先ほどまで泣いていた男の怒声が響き渡った。

 

「そうか、そうか、そいつがやったのかッ! “涙目のルカ”さんを殺ったのはそいつかぁあぁぁーーーッ!」

 

 突然豹変した男の態度に、今度こそ人々はなりふり構わずその場から逃げ始めた。困惑、混乱――しかし、ジョルノ達の動揺は頭のおかしな人間に絡まれたことが理由ではない。男の口から出た“涙目のルカ”の名前、そしてその犯人がジョルノであるという内容に、ベルもアバッキオも呆然としてしまっていた。

 

「許さねぇッ、許さねーからなァアーーッ! 這いつくばって後悔させてやる、テメェは絶対に幸せになれねぇッ! ナイティナイン・プロブレムスッ! ターゲットはそいつだ、地獄を見せてやれッ!!」

 

 攻撃されるッ――! 

 

 身構えた三人だが、ウサギ型のスタンドは噛みつくわけでもひっかくわけでもない。ただ、ジョルノの前でとん、と足を踏み鳴らすと、すぐに踵を返して飼い主の腕の中に駆け戻った。男もそれを抱きかかえると、迷いなく走り去っていく。

 

「な、なんなんだよ、今のはッ……!」

 

 アバッキオの呟きは、正しく三人の心境を表していた。わけがわからない。一体今のはなんだったのか。

 

「追いかけましょう」

 

 しかしさっきの男は“涙目のルカ”の名前を出した。一応スタンド使いであるようだし、このまま放っておくわけにもいかない。真っ先に我に返ったジョルノが後を追おうと走り出したところで、鬼気迫ったクラクションの音が耳をつんざく。タクシーだ。なぜかタクシーが歩道を乗り上げて、まっすぐこちらに突っ込んで来ようとしている――ッ!

 

「ジョルノッ!」

「ゴールド・エクスペリエンスッ!」

 

 真横からやってきた車に対し、ベリーロールをするように転がってボンネットに乗り上げる。衝撃はもちろんあるが、自動車事故で恐ろしいのは車の下敷きになることだ。すぐにボンネットから伸びた蔦がジョルノの身体がそれ以上どこかに転がって落ちることが無いよう優しく受け止める。ガラス張りの空港の外壁は惨憺たる様になったが、その破片からも蔦は見事にジョルノを守り通した。

 

「おいッ、大丈夫かッ!?」

「ええ、なんとか……」

 

 ゆっくりと身を起こし、ジョルノが無事な様子を見せると、アバッキオもベルもわかりやすく安堵の表情を浮かべる。あれだけ大人げないやり方でジョルノのメンバー入りを拒んだくせに。スパイか刺客かはっきりしないものの、ポルポのところから堂々と派遣されてきたくせに。

 しょうがない人たちですね……とまだ少し眩暈のする頭でジョルノが考えていると、不意にベルに思いっきり突き飛ばされる。「なッ!?」だが、それでよかったのだ。そうでなければ今頃ジョルノは頭上から降ってきた外壁ガラスを支えるフレームに、串刺しにされていたところであった。

 

「……すみません、助かりました」

「不運にする、それがあの男の能力ってことかしら」

「そのようですね。厄介だな……とにかく今のぼくに近寄らないほうが……」

 

 こうした不運が連発するようになったのは、ちょうど空港から一キロくらいの距離だったろうか。射程距離というか範囲の広い能力のようだし、これまでは様々な人間に降りかかっていたものが、ターゲット指定されたことでジョルノ一人の身に降りかかると考えたほうがいい。  

 さて、一体どうしたものか……。

 考え始めたジョルノの思考を遮ったのは、アバッキオの低い、詰問するような声だった。

 

「さっきの男の話だが、お前がルカを殺ったってのはマジなのか? ブチャラティは見つからなかったって言ってたが……スタンド使いが出張ってきてるってことは組織がらみの、結構ガチな状況だぜ?」

「……お二人は帰ってブチャラティに報告してください。これはぼく個人の問題ですから」

「いいえ。私はジョルノに着いていくわ。あの男がルカに関わりがあるのならどのみち放ってはおけないもの」

「迷惑です」

「はぁッ!? お前な、さっき助けてもらっといてその言い草……!」

 

 素直なところのあるアバッキオはジョルノの態度に腹を立てたようだったが、そんなものは計算づくだ。この男はこうやって怒らせた方が、勝手にしろ、と言って放っておいてくれるに違いない。

 しかしベルのほうはもう一度、静かに「着いていく」とだけ繰り返した。

 

「危険です、あなたを巻き込むわけにはいかない」

「……本音を言ったら?」

「……そうですね。ぼくは初対面の能力者を信用するほどお人好しじゃあないんです。あなたの能力がわからない以上、背中を預ける気にはならない。特にこんな、何が起こるかわからない状況では」

 

 ジョルノだって、今日一日を通して彼女が“悪い人”ではないということくらいは薄々感じ取っている。だが、彼女をここに寄こした彼女の上司はそうではない。今、咄嗟のことで自分の能力も見られてしまったわけだし、二つ返事で彼女の同行を受け入れるわけにはいかないのだ。

 

「……いいわ、あなたの能力もわかったことだし。()()()()()()()()なんて素敵じゃない」

()()、気に入ってもらえてよかったです」

「私はね、()()()()()()()()()砂糖に変えられるの。そういう能力」

 

 言って、ベルはジョルノが生やした蔦に手を伸ばす。「あ、」止める間もなく、その蔦が数センチほどさらさらと粉になったところで、驚いたようにベルが手を引っ込めた。彼女の手の小指が同じように端っこから砂糖に変わってしまったからだ。

 

「あの、ぼくが生み出した植物に対する攻撃は本人に返るので気をつけてください」

「そ、それを先に言いなさいよッ、バカッ!」

 

 どうやら砂糖から元に戻すこともできるらしく、慌ててかがみこんだベルの小指はちゃんとくっついていたが、今の焦りっぷりは少し面白かった。思わず口角が上がってしまったのを誤魔化すように小さく咳払いをしたジョルノは「で、」とアバッキオの方を見上げる。能力を知らないことに関しては、彼の方も同様だからだ。

 

「オ、オレは能力を見せる気もねぇし、お前に着いていくのもごめんだッ」

「そうですか。では、ブチャラティへの連絡はお任せします」

 

 不幸を呼ぶスタンド能力者なら、できるだけ被害が出なさそうなところに行きましょう。

 ジョルノがあっさりと引き下がり、次の行動について口にするとアバッキオは苦り切った顔になった。そして彼は次に、ジョルノが想像した通りの言葉を言う。

 

「勝手にしろッ!」

 




スタンド能力【ナイティナイン・プロブレムズ】
破壊力:E スピード:D 射程距離:A(本体を中心に最大半径1km) 持続力:A 機密動作性:E 成長性:C

腹部に複数の足を持つ、ウサギ型のスタンド。射程距離内の人間の運をランダムに奪い取り、不幸をもたらす。反対にスタンド発現中、本体は何をやっても幸運となる。不運となる対象を一人に絞ることも可能であり、範囲を狭めれば狭めるほど不運の度合いは強くなる。
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