砲撃はアリーナの大地、その高さを丸ごと減らしてしまった。
着弾地点である壁の間際には巨大なクレーターが出来上がっている。
管制室にいた山田先生が咄嗟の反応で遮断シールドを再展開していなければ、間違いなく生徒にも被害が出ていた。
「よくやった山田先生。織斑、凰の様子は」
『無事ですッ!』
黒い煙が立ちこめる、その中から、二機のISが飛び出した。
互いにズタボロの様子だが、直撃は避けることができた。
というよりも、砲撃はまるで直撃を避けるようにして放たれた、と一夏は感じた。
これで終わってもらっては困る、とでも言うかのように。
「あ――何、これ」
「どうした」
「は、ハッキングされてます……」
千冬は目を剥いた。
管制室のモニターにすさまじい勢いで数字と記号が並ぶ。外部からのアクセスにより緊急システムが立ち上がっているのだ。
その文字列に顔ごと目を近づけさせ、千冬はうめいた。
「すまん、意味がさっぱり分からないんだが」
「シールドが最大強度で固定されてゲートも閉じられているんですッ! 安全だけど安全じゃない――観客席の生徒が脱出できないんですよ!」
「なるほどな、カウンタークラッキング班を呼べ。私は緊急時対応当番の教師にISを起動させて来るように連絡する」
シールドが最大強度というのは、外部に敵がいるのならば安全だが、内部に敵がいるのならば一転して牢獄と化す。
高出力エネルギーを常に垂れ流すという非常に効率の悪い方法ではあるが、その硬さは織斑千冬とて『零落白夜』なしに破ることは難しい――
素手、というより拳でそれを粉砕した未確認機の脅威度はこれにより跳ね上がる。決して放置はできない。
ゆえに、現状ではハッキングへの対抗措置を取らなければアリーナ内部には手出しできない状態。
千冬はアリーナの様子を流すモニターを見た。
「凰、ピットへ退避しろ。織斑は――」
『うおおおおおおおおおおおおッッ!!』
指示を出す暇も無く。
徒手空拳で未確認機へと突撃する弟の姿が、そこには映し出されていた。
一夏は決して感情に飲まれてはいなかった。
「俺を見ろおおおぉおおおぉおおぉおおっ!!」
アリーナの遮断シールドを、特殊な兵器を使用した様子なしに、一度破ってみせた。
つまりそれは、何度でも破壊することが可能ということ。
千冬と山田先生の会話は聞こえていた。生徒は逃げられない。
(ならこいつに食らいついて止めるしかねえッ! 絶対防御がある分、俺の方が安全だ!)
突撃を察知した黒い巨体がふわりと浮かぶ。
それに合わせ、地面を蹴って跳躍――回転した勢いも乗せて、跳び蹴りを叩き込んだ。
未確認機は両腕をクロスさせてそれを受け止める。火花が散り、鋭い装甲が腕を噛み千切ろうと猛り狂う。
『――一夏ッ!? 何をしているッ!?』
「他の人が来るまで俺がしのぎます! 無理して勝つつもりはない――負けなければいいッ!」
未確認機の紅い複眼がかちかちかちと音を立てる。
測られている。
膂力を。機動力を。戦力を。
"――――――――"
「何言ってんのか分からねえ!」
甲高い機械音。何か話しているのか、しかし人間相手では意味を成さない。
力比べの状況から、未確認機が徐々に押し始めた。『白式』の満身の力をいとも簡単に押し返している。
同時、黒い両肩が発光。
「チィィ――!」
感覚がその危険を察知し、理論が身体を動かす。
速やかにバックブーストで距離を取ると同時、肩に埋め込まれた小さな砲口が何重にも射出音を響かせる。
放たれたのは拳よりも小さなエネルギー弾の雨。
身体を前に向けたまま、左右へ蛇のように軌道をしならせ、一夏はその雨をすり抜けていく。
「一夏ァッ!」
名を呼ばれた。
振り向く必要は無い。思考は連結している。
ガタゴトガッタン! と派手な音を立てて。
巨大な青竜刀一振りが、地面に落とされた。
「
「サンキューっ!」
鈴はそれだけ言って、歯がみしながらも後退しピットへ退避する。
ドアがロックされ避難できない生徒らが怯えながら、未確認機と、それと相対する唯一の男性IS操縦者の戦いを見た。
一夏は青竜刀を拾い上げ、紅い複眼を見た。
「お前の相手は俺だ……!」
"――――――――"
答えるように何事かの音声が響く。
迷うことなく突撃。巨大な刃を振るう感覚は習っていない。だからこそ、刃ではなく棍棒として叩きつける。
(切り裂く技量が無いなら、叩き潰すしかない……ッ!)
持ち上げることにすら全身を使うような重量、それを回転速度に乗せて放つ。
未確認機は片腕でそれをあっさりといなす。いや、受け止められないからこそ受け流した。
だが。
「シャオラァァァァ――――ッ!」
一夏はコマのようにもう一回転、さらに一回転と何度も同じ方向から、愚直に攻撃をぶつけ続ける。
回転速度が爆発的に上昇し、それは質量攻撃の渦となって未確認機に突っ込んだ。
"――――――――"
巻き込まれてはたまらないとばかりに未確認機が大きく後退、迎撃にエネルギー弾を放つ。
しかしそれらは片っ端から、『双天牙月』が生み出す壁に叩き通された。
攻防一体そのものと呼ぶべき嵐。
追い込まれた未確認機が。
"――――――――"
例えるならば鐘をついたような、低くてくぐもった轟音。
僅かな接触に込められた衝撃が巨体を吹き飛ばし、アリーナの地面に叩きつける。
「――ァァァァァァっ目が回ったあぁっ!?」
一夏は回転を抑えきれず、慌てて地面に突っ込み無理矢理刃を大地に突き刺して自分の動きを止めた。
ギギギと耳をつんざく音と共に地面が粉砕され、代わりに『白式』が回転をやっと止める。
「っぶね、マジで死ぬかと思った……!」
『ほんと、馬鹿みたいなしまらなさね……』
通信を開いた鈴が呆れ声で、しかし無事を確認して心底安堵した表情でぼやく。
顔を上げれば、いくつもウィンドウが立ち上がっていた。機体が過負荷に悲鳴を上げていたのだ。
『一夏さん、敵が行動不能かどうか確かめられますか?』
「あ、ああ」
セシリアの指示に、慌てて未確認機を見た。
頭を振って平衡感覚を確かめて、倒れ伏す未確認機に近づく。
うつ伏せのまま、それはバチバチと火花を立てるだけで何も言わない。
「……え、これって」
ハイパーセンサーの望遠機能を使って敵を拡大し。
思わず目を見開いた。
破壊した装甲の向こう側……そこにはケーブルや精密部品が詰め込まれている。
「無人機――」
呆然とする一夏の目の前で。
それ――ゴーレムがむくりと起き上がる。
中に人間が入っているとは思えない、機械的な動作。順に力を込めて起き上がるのではなく、そうプログラミングされているからこその瞬時の起き上がりだった。
『一夏、まだだッ!』
「……ッ!」
慌てて青竜刀を構え直す。
ゴーレムの複眼がさらに輝きを強め。
"―suhag――a;hrg――da"
「え?」
機械音、に、何かの発音が混ざる。混ざるのではない、再現し始める。
情報を得ていた。莫大な情報がこのアリーナには、無秩序に転がっていた。それを精査し、反芻し、学習した。
一夏の戦い方。武器。機動力。戦力。――彼の、叫び。
"――――――どこだ"
「何、を」
情報とは組み合わせることで意味以上のものになる。
発音、声量、意味合い、全てを組み合わせ、この瞬間にもゴーレムは一つの言語を習得している。
ぞわりと一夏の背筋を悪寒が舐める。
他の生徒の代わりにと思っていた。自分が引きつけて、囮役にならなければと。
だが違った。この無人機は、最初から、自分しか見ていなかった。
"――零落白夜は――どこだ"
地獄の底から轟くような声と共に。
両腕の各部装甲がスライド。過剰エネルギーの放出か、鮮血のように紅い稲妻が放出される。
否――否、放出された稲妻は秩序だって収束し、黒い全身装甲を順次覆っていく。
『――収束エネルギービームの完全な固定ですって!? ありえない、ありえない……ッ!
セシリアの絶叫を合図のようにして、シークエンスが完了。
黒い素体の手先から肘にかけて、並びに肩部に、深紅のエネルギー固体が鋭角に装着された。
"――
もうボロボロだった。
死力を尽くして、自分の全てを使ってしまっていた。
今、
(ハ――ははっ)
知識がなくても分かる。これは、やばい。
思考回路が叫んでいる世代差とか武装の未知数さとかではなく、実際に対面する身体が感じている。
(……今、こいつ相手に俺ができること)
時間を稼ぐ。当初は攻撃をぶつけ続け意識を引こうとしていたが、明確に自分を狙っている以上それも必要ない。
常に回避あるいは防御を繰り返し、とにかく耐える。耐えて耐えて耐える。
それが最も選ぶべき選択ではないか。
しかし論理も感覚も、それはダメだと告げていた。
(――殺される。俺の守りじゃ、こいつの攻撃に耐えきれない)
前に進むしかできない。
身に迫る実感としてその結論が出ていた。
『一夏』
「……鈴、これさ」
『ええ、同意見よ……一夏、戦って。多分それが最適解だから』
「だよなァッ……!」
青竜刀の柄を握り直した。
「よし! じゃあ――東雲さん! 聞こえるか!」
通信を開いた。相手は東雲の専用機『茜星』。
この場における最大戦力にして、間違いなく一夏が最も信頼する相手。
「そっちから見てて、どうすればいい!? もうこうなるとなりふり構ってられねえ! 俺の選ぶべき行動を――」
『三手で決めろ』
言葉を、失った。
「………………ぇ?」
『あと三手である。武装は自由。超短期決戦以外に、選択肢がない』
「なに、いって」
『胸部並びに頭部はエネルギービーム装甲を配置していない。間違いなくエネルギー固定化機能を取り付けられない、重要機関が詰まっている。無人機相手ならば物理的に破壊して稼働停止させるべきである』
「――ッ! だ、だからって三手は」
『あれほどのエネルギーを惜しげも無く常時使用している。恐らく既存のISとは異なる継戦性能を有しているのだろう。つまり今が最も有利であり、
理論的に東雲は敵の特性を紐解き、最適解を選択する。
ふと視線を向ければ、彼女は遮断シールドの目前に立ち、全身を乗り出すようにしていて一夏を見ていた。
『シールド……否、アリーナそのものをハッキングされ、無力化されるとは、当方の不覚である。これは後で死に物狂いで詫びる』
「そんな、東雲さんが、謝ることじゃ」
『だが――今は、勝て、織斑一夏……! 目の前の敵は其方を見据えている。故に当方にできることは、最善を提示すること! 当方の声に合わせて攻撃を振るえ!』
「……ッ」
憧れ、目指した師が、声を荒げながら自分を心配してくれている。
それだけではない。これから、力を添えてくれる。
『何より――そんな安い敵に負けるな、
ダメ押しの言葉だった。
東雲の懇願が、一夏を奮起させた。
「…………シャァッ!」
頭を振って、躊躇いと怯えを振り切る。
引き下がれない。引き下がるはずもない。
(
敵は未知数。いつも通りだ。
自分はボロボロ。いつだってそうだった。
なら、やることは変わらない。
「悪いがここで沈んでもらうぞ。今俺は、死んでも負けたくない。だから――」
精一杯の強がりを笑顔として貼り付けて。
手に握った青竜刀を突きつけて。
「――あんたは三手で詰む……!」
唯一無二の男性IS乗りは、そう宣言した。
「おいどーすんだよクライアントさん。あのガキ、多分これ勝つぞ」
『いやなんで『零落白夜』が発現しないの!? アンチエネルギービームが最適解なんて子供でも分かるでしょうがっ!!!!!! あれぇほんとなんでっ!? おかしいおかしいぶっちゃけありえな~いっ!!』
「おい」
『アクセス拒否ィ!?!? コア回路も確認できないって何!? もーホントいっくん信じらんない!! 絶対使わせてやるんだからね! というわけで『
「聞いちゃねえしよぉ……これマジでどうすりゃいいんだよ、ずっとこいつに付き合わなきゃいけねえのか……!? ああああもうスコールのやつ厄介事押しつけやがって……ッ!」
最高出力の遮断シールドは
さすがにエネルギー全部消滅させるような攻撃じゃないと
破れない感じで考えてます
次回
19.唯一の男性操縦者VS未確認機(後編)