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というか最初に使い忘れた俺が悪いよ俺が
「なん、で」
追加未確認機が明確に敵意を示した直後。
箒はもう泣きそうだった。
なぜ、なのだ。
なぜこうも、試練が次々に降りかかるのだ。
どうして彼が――彼ばかり。
現実が憎い。
この首謀者が憎い。
けれどそれらよりも何よりも。
今この瞬間、何もできない自分が歯がゆい――
「……ッ! 一刻も早く避難すべきです!
一方でセシリアは、アリーナの戦闘が始まるよりも先に、状況の不味さに気づいた。
遮断シールドを無視して突如現れた追加の未確認機。
つまり
右腕部装甲と『スターライトMk-Ⅲ』を瞬時に
銃口を閉ざされたドアに向ける。
周囲の生徒がぎょっとして射線からどいた。
「ちょ、ちょっとセッシ―!? さすがにそれは……!」
「責任は全てわたくしが負います! 謝罪も弁償も全部やります! さあ顔を伏せてくださいっ!」
IS学園という高度専門施設に通う生徒、それらは全員エリートである。
だからセシリアの声に瞬発的に反応できた。
生徒らが顔を伏せると同時に、熱量を抑え衝撃をぶつけるよう調整されたレーザーが迸り、沈黙を貫いていたドアを一発で粉砕した。
それを確認して、群がっていた生徒らは慌てて外に避難していく。
「セッシー、ごめん……!」
「謝ることではありません。わたくしには責務があります。それは緊急事態にこそ問われるものです。人の上に立つ者は、危機の際には身を挺してでも先頭に立つ者を指します! さあ、早く行ってください!」
申し訳なさそうに謝罪するクラスメイトらにそう声をかけて、それからセシリアは最大戦力である少女を見た。
「東雲さん、わたくしたちもピットへ向かいましょう! ピットを経由すればアリーナに……!」
「…………」
答えはない。
呼びかけがまるで耳に入っていないかのように。
東雲は席から立ち上がり、じっと未確認機を見つめている。
「東雲さんッ!」
「……ピットには向かう、が。セシリア・オルコットは出撃しないほうがいい」
「な――」
言外に、足手まといだと伝えられているのだ。
傷つけられたプライドの叫びをぐっとこらえて、セシリアは低い声を絞り出す。
「……それほどの、敵だと……?」
「五手――では、足りない。機動次第では六、あるいは七手必要」
「――!」
その数字を聞いて、セシリアは顔色を変えた。
具体的な指標が、敵の脅威度を浮き彫りにする。確かに今の自分では、できることは少ないだろう。
「なる、ほど。分かりました……ですがピットへは向かいます。わたくしの力が、必要になることもあるかもしれませんわ」
「承知した。篠ノ之箒は早く避難を」
「……ッ」
ごく自然にそう告げられて。
何もできることのない人間は、巻き添えにならないように逃げることしかできないのだと改めて突き付けられて。
箒は返事をすることもできず、ただうつむいて、出口に駆け出した。
(えっあれ何者!? あんな強い人いたの!? やべえ! 国家代表クラスじゃん! どうなってんの!?)
ピットへとひた走りながら、東雲令は混乱の極致にあった。
(勝てる!? 勝てますかねこれ!? というかおりむーが危ない! いや絶対防御があるからまあ安心感がなくはないけど、相当痛い目に遭っちゃうだろうな~……むむ! 慰めチャンスは潰えていなかった……!?)
彼女は基本的にポジティブ思考だった。
(ヨシ!(現場猫) なるべく早く頑張って叩き潰して、おりむーを、えっとなんだっけ。颯爽登場! 銀河美少女! だっけ? あれで助けよう! ごめんねおりむー、君の恋の炎は今日、いっそう強く燃え上がる……!)
「東雲さん! 勝てますか!?」
「必ず勝つ」
迷いのない返答。
セシリアは内心、頼もしい……! と東雲を称賛した。
これは頼もしいじゃなくていやらしいんだよ。
「じゃあ負けイベント開始な」
光が放たれた。それを回避できたのはほとんど僥倖だった。
地面を四肢で弾いて、野生動物のように跳ぶ。即座に制動して左右へ軸をずらしながらバックブースト。
とにかく距離を取るように防衛本能が叫んでいる。
「あ、つってもこれちゃんと条件満たせば演出入って勝てるんだけどさ」
ロングライフルから、リズムを刻むようにレーザーが放たれる。
アリーナの大地を疾走し、右へ左へと大きく横移動を繰り返し、それを必死に回避――した移動先に、蹴りが
(誘導された!? ――理論派かッ!)
腹部に強い衝撃、十メートル近く吹き飛ばされ、全身が軋んだ。
何度も地面に叩きつけられ、ウィングスラスターはすでに白い輝きを失っている。
「がッ――」
「その条件ってのが簡単なはずなのに、今のお前は満たしてないんだよな。お前っつーか、その
息を絶え絶えに、必死に身体を起す。
敵は距離をすぐに詰めることなく、まるで遊んでいるように、その場に浮遊していた。
ナメられている。少なくとも、最短で殺しに来る意思は感じられない。
「だからここで出し尽くせ。綺麗なオネーサンが搾り取ってやるよ」
「何、言って……!」
発砲。ロングライフルから放たれたエネルギーの弾丸。
とっさにかがんでそれを回避する。
「ほら、
瞬間移動のように、敵が眼前にいた。
下げた頭を、膝でかちあげられる。
意識が明滅した。
「エネルギー兵器に絞ったこいつは『ラファール・アブセンス・カスタムⅣ』って名前なんだがよ、
たたらを踏んだ瞬間に、ライフルの銃身で、思い切り頭部を殴られた。
横に薙ぎ払われ、数メートル転がって、砂煙を上げて倒れこむ。
「あ、ぐ、あ……!」
必死に顔を上げた瞬間に、眼前に銃口が突き付けられた。
アリーナの中央付近。
周囲の地面には、驚くほどに銃痕が少なかった。無駄撃ちがほとんどないのだ。乱射しているように見えてそれは全て誘導のため。結果的に発砲数は抑えられている。
「で、まあ、あれだ。多分だけどお前がこれは死ぬやばいって思ってくれたら、ISの方もさすがに音を上げて出すもん出してくれるんじゃねえかなってのがクライアントのお達しだ。力が欲しいか? って聞かれたらちゃんと首縦に振れよ」
バイザー越しでも、敵の表情が嘲笑うように歪むのが分かった。
直後。
キィィィィィと。
耳障りな音が響いた。
発生源は外でもない、一夏が身にまとうIS。
(ッ!? 『白式』が喋ってる!?)
それは不完全な言語だった。
あらゆる意味で制限された機能は、ゴーレムのように言語を学習することはできない。
だから――
「よっぽど嫌なんだな……まあ詳しい事情は私は知らんが。随分と主思いのISじゃねえか」
「好き勝手、なに言ってやがる……!」
気力を振り絞り、刀を振るって銃を弾く。
とっくの昔に体力は尽きている。既に四肢の感覚がうすぼんやりとしたものになっていた。
だが――ここが戦場である以上、言い訳はできない。一夏は頭を振って意識を集中させる。
考えるべきは敵の技量。
(とにかくこいつ、上手い!)
挙動の一つ一つが無駄なく、次につながる最適解。
問題は
砕けた態度やふざけた口調とは裏腹に、巧緻極まる戦術の組み立てを行っていることが一夏でも分かった。
(俺の技術じゃ、迂闊に動いてもこいつの思惑通りに誘導される! ――迎撃しかない!)
一夏が弾き出した結論は防衛戦。
元より時間稼ぎという軸は変わっていない。この突発的な敵襲、一生徒である自分が勝利しなければならない道理はない。
立ち上がり、コンパクトに両腕を固定する。軋む身体をPICを応用させ無理矢理に動かし、文字通りの鞭を打つ。
剣を振るうのではなく、敵の攻撃を即座に弾くための守りの構え。
「……根性あるな。評価をもひとつ上げるぜ、お前伸びるよ」
女は口元を引き締めると、即座に一歩踏み込んだ。
左手のビームシールドが形を変え、拳に覆いかぶさりナックルガードとなる。
「歯ァ食いしばれ」
振るわれた拳。朦朧とする意識に活を入れ、それを目視する。
身体の動きは驚くほどに滑らかだった。
間に『雪片弐型』を挟み、衝撃を受け止めることなくいなす。
「へえ?」
追撃のハイキック。これは腕でガード。
衝撃にふらつきそうになる。奥歯をかみしめて耐えた。
(まだ、たたかえ、る……ッ!)
身体は動く。敵は攻撃をやめていない。
ならば、戦うしかない。
女は素早く一回転し、ロングライフルを突き出した。銃口が定められる前に、蹴り飛ばす。
今度はビームシールドが刃をかたどって横から襲い来る。剣で腕を叩き逸らす。
意識がそちらに向いた瞬間に、顎を蹴り上げられた。反射的に踏みとどまろうとするのをこらえ、あえて勢いのまま後ろへ下がる。
その時、首の後ろがチリとひりついた。
(――後ろ!)
かつて訓練中に、セシリアに背後から撃たれた時と同じ感覚。
直感が告げている。既に相手は背後に回り込んでいると。
「――ルァァァッ!」
その感覚的な奔流に任せて。
いるはずの敵相手に、一夏は振り向きざまに刀身をぶつけた。
「ああ、うん。
がいん、と、どこか空々しい、硬質な音。
不意を衝くカウンターであったはずの純白の刃が、エネルギービームを固定化した盾に受け止められていた。
(読んでいた、ことを読まれていた――!?)
「
距離を取ろうとするがもう遅い。
ごつんと、ロングライフルの銃口が腹部に当たった。
閃光。衝撃。
ごろごろと地面に転がった。もう何度目になるのか。
「ぐ、ふ」
息をこぼして、それから慌てて顔を上げた。
眼前に銃口。
動けない。
「いい加減私も帰りたいんだよ。発泡酒がキンキンに冷えてんだ。録り溜めしてるドラマもある。積みプラも山みてえになってやがる。だからさっさと……………………あ? 何?」
不意に女の意識がそれた。
顔をあらぬ方向へと向け、明らかに、話しかける相手が切り替わった。
「何? 遅い? いや私に言われても困るわ。しょーがねえな、絶対防御のジャマーでも使うか? ……え? 『アラクネ』? なんで?」
虚空と会話している。いや、誰かと通信している。
一夏は身体を起こそうとしたが、腕に力を入れた瞬間、銃口がこつんと額に当てられた。
「なんか意味あんのかそれで。……え? 心的ダメージ? PTSD? ああなるほどな。あー……あんま私好みじゃねえけど、まあオーダーならそうするわ」
女がこちらを向いた。
同時、
「――――――――え?」
この難局をいかに切り抜けるか。隙はないか。残された手札は何か。
目まぐるしく、高速で頭脳を回転させていた一夏。
その思考が完全に停止して。
呆けたような声だけが、ポカンと開いた口からこぼれた。
顕現するは黒と黄の二色に禍々しく彩られた
複数の特殊装甲を組み合わせたそれは意思があるように、静かに、そして獰猛に蠢動する。
同時に黒髪の女性の手足にも装甲が顕現。
最後にバイザー型ヘルメットをあっさりと投げ捨てて。
恐ろしいほど美しい素顔が露わになった。
「ふぃー、あっつ苦しいなこれ。つーわけでほら、オータム様の顔見せだ」
彼女は軽く頭を振った。艶やかな黒髪が舞い、同時、まるで塗りつぶされるようにして髪の色が橙へ変化する。
それを馬鹿みたいに呆けながら、一夏は見ていた。
記憶がスパークした。
「――――久しぶりだな、織斑一夏。あの時もこんな感じだっけか?」
ひゅうひゅうと。
自分のものとは思えない、か細く、必死な呼吸音が聞こえる。
「覚えてるだろ?」
記憶の羅列。
「廃工場でさ」
混濁する意識。
「何度もブン殴って」
現在の痛みと過去の痛みが混ざる。
「蹴り倒して踏みつけて」
ガチガチと、歯が鳴っている。
「泣いてるお前に銃口を突き付けた」
後ずさった。
ひい、と、情けない声を上げて、しりもちをついて、ずるずると後ろに下がる。
「リアクションも同じかよ、笑えるな」
ばしゅん、と存在しない銃弾が頬をかすめた。
でももう、記憶の中でそうされたのか、今、そうされたのか、わからない。
「やっと分かったか? 第2回モンド・グロッソ決勝戦当日に誘拐事件に遭った織斑一夏クン」
忌むべき記憶が悪意とともに、現実として立ち上がる。
「被害者と加害者――感動の再会だ」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!」
ほとばしったのは絶叫だった。
絶望と痛みと苦しみとがないまぜになった、絶叫だった。
「ひっ、あああ、あああああっ! 来るな、来るな、来るな……!」
目をふさぎたくなるような、心が折れてしまった人間の顔。
耳をふさぎたくなるような、心が砕けてしまった人間の叫び。
だが鎧は主の危機を打破するために最適な行動を選択する。
――そこで取るべき選択の中に
いや、もしも存在するならば真っ先にそれを選択しただろう。
それが『零落白夜』でなければ。
必死に模索する。主を守るために。主の危機を救うために。
一夏は絶叫しながら後ろへ必死に下がろうとしている。
敵はそれを見て嘲笑っている。
打破しなければ。打破しなければ。何か、何か、何か。
「ほら分かるだろ、『白式』。さっさと出してくれよ、じゃねーと私も帰れねえ」
「おいおい他になにか探してんのか。それこそもってのほかだって分かってんだろ。しょうがねえよ。このガキはよく育つと思うぜ? でも今は駄目だな。こんなにビビり散らしてる状態で、一撃必殺以外になにかあるとは思えねえよ。いいかよく聞け、状況が危機的になればなるほど一撃必殺攻撃の価値は高くなる。『白式』、お前ここからどうやって逆転するのか計算できてんのか?」
何か。何か。何か。何か。
なんでもいい。自分に打破できないのだとしても。
その美しさに触れた。その勇ましさに触れた。
彼は自分が守らなければ。自分は彼の力にならなければ。彼の剣にして盾、そう在らなければ。
何か、何か、何か、何か。
何もない。
何もできない。
結論がはじき出されても、認められない。認められなくても、事実は厳然として存在する。
何かあるはずだという希望が、何もないという絶望に上書きされていく。
何か、何か、何か、何か。
もうない。何もない。出し尽くした。使い切った。
荒い呼吸で、一夏は必死に剣を突き付けようとして、震える右手から呆気なく『雪片弐型』が、姉の誇りを継ぐ象徴の白い剣が零れ落ちた。
地面に得物が転がっている、という事実を認識できず、一夏は何も持たない右手を突き出して、それから気づいた。
「あ、ああ、くそ、なんで、なんで動かないんだよ、なんでっ」
折れそうになる、いや既に砕け散ってしまっている心を必死に立て直そうと、一夏は震える身体を無理矢理動かそうとする。
転がる『雪片弐型』を拾い上げようとしてまた取りこぼす。手が震えていて使い物にならない。
「たた、かわなきゃ、たたかわなきゃいけないのに、何でッ」
「ああ……織斑一夏、お前は立派だよ。うん。正直こんなやり方しなきゃいけねえのが残念なぐらいだ。心がしっかりと戦士のそれになってやがる――でも、戦士になる前の傷が癒えたわけじゃねえ。だろ?」
もう十分戦った。
もう頑張った。
「だから――今回ばかりは運が悪かったと思って、おさがりの力にたまには頼ってみろよ」
白い鎧は、それを拒絶する。
一度使ってしまえば際限がない。
「……強情だねえ。ならしょうがねえ。適度に痛めつける。死をちゃんと意識して、使わねーと死ぬって状況を理解して、それから光の聖剣を手に入れてくれや、織斑一夏クン」
八本の装甲脚が不規則に蠢いた。先端には銃口がある。
それを認識して。
銃口全てが自分に向くのを確認して。
恥も外聞もなく、一夏はぎゅっと目をつむった。
織斑一夏はヒーローが嫌いだった。
ずっと、そんな完全無欠で泣きも笑いもしない存在、理解不能だった。
そんな奴はいやしない。
いるのなら、
でも――来なかった。
いないんだ。
誰もを救う無敵のヒーローなんていない。
だから今回も、誰かが都合よく助けに来てくれたりなんかしない。
そう、思っていた。
「魔剣――――完了ッッッ!!」
名乗りも慰めも全てが思考から吹き飛んだ。
ピットに到着するまでに、開きっぱなしになっていた『白式』との通信から垂れ流されていた情報。
それはあっさりと、東雲令の沸点を飛び越えた。
横殴りの衝撃を受けて、『アラクネ』がガラクタみたいに吹き飛ばされる。
茜色の装甲を顕現させた少女はその場で完璧に制動し、一夏の眼前に降り立った。
彼女が手に握っていた真紅の太刀は、あまりの反動に、
「…………ぅ、あ」
言葉にならないうめき声をあげることしか、できない。
感情がぐちゃぐちゃになって、頭の中が真っ白で。
一夏はただその背中を見つめていた。
彼に背中を向けたまま、東雲は宣言する。
「もう大丈夫だ」
同時、背部浮遊ユニット『澄祓』が起動。
十三に及ぶバインダーが――内一つはすでに空であった――展開され、彼女の背後に、引き金の瞬間を今かと待つ弾丸のように並んだ。
「ここは処刑場である。ここは死刑場である。当方は其方の生存を許さない。当方は其方を残虐に殺戮することを念頭に置き、行動する」
素早く立ち上がったオータムが、全武装を展開している東雲を見て頬を引くつかせた。
「当方は――七手で勝利する」
無敵のヒーローは、そう静かに告げた。
20.無敵のヒーローVS追加未確認機
次回
21.秘剣/Grievous Setback