米軍IS技術部が開発していた特殊兵器。開発コードネームは『マストダイ』。
その名の通り、本兵器はあえて出力を抑えつつ高精度の自動調整を行うことで、絶対防御を発動させることなく
人道的な観点から完成は見送られ、幻の兵器としてIS愛好家の間では語り草となっている。
……が、『単純に威力調整が既存のプログラムでは不可能であった』との意見もあり、真偽は定かではない。
――インフィニット・ストライプスXXXX年9月号記事より抜粋
・「いやマジで無理だったんだよ。ていうかできるわけねえわな。エネルギーバリヤーを貫通しつつ絶対防御は発動しないような威力を、その場合場合に合わせて自動調整するって、機械の限界みたいなのを百歩ぐらい超えてるって話だ。つーか開発してた頃の基地に何度か行ったことがあれば分かるぜ、そこらに頭オーバーヒートした技術者がぶっ倒れてたからな。……あん? 私ならだと? ……ハッハッハッ! 殴った方が早いだろそれ」
――上記記事に関して、親しい友人との食事会において、現アメリカ代表イーリス・コーリングの発言
ある者は語った。
――剣とは道である。鍛錬を通じて自らの心と向き合い、至る先は水面のように静かな精神。それを持ち合わせてこそ達人となる。
ある者は語った。
――剣とは道具である。より効率の良い殺人技術を習得し、心動かずとも身体は相手を的確に殺害する。それができてこそ達人となる。
ある少女はこう考える。
――
「一手」
東雲の初手は神速だった。
攻撃は放つと同時に終了している。踏み込み、斬撃、直撃、全ては一つの拍のなかに押し込まれている。
そもそも相手の反応は組み込まない。
七手、というのは、
反撃全てを無視することを東雲は念頭に置いていた。でなければ、
「――――ッテ」
顔面直撃。
わずかにオータムの身体が傾ぎ、髪が揺れる。
「二手三手四手五手」
連撃は音を置き去りにしていた。
途切れなく、抜刀の間隙を視認することもできず、それは
火花とともに『アラクネ』の装甲が弾け飛び、『茜星』の太刀も砕け散る。蓄積されるダメージと比例するようにして、東雲の剣の残骸が地面に積み上げられていく。鋼鉄が破壊される音は、世界が啼いているようにも聞こえた。
頭部から始まり正中線を軸にした人体の弱点を突き、抉り、反撃しようとする装備を粉砕する。
これがISを用いない試合であれば、人体は的確に破壊され行動不能になっていただろう。
「ッつ、お前、ちょっと――」
「六手」
駄目押しとばかりにオータムの顎を太刀が打ち抜いた。
八本脚こそ無傷だが、超攻撃力の斬撃に滅多打ちにされ、『アラクネ』のシールドエネルギーは既に底を尽きかけている。
身体を覆う装甲は残らずほとんど砕かれ、相手の抵抗一切を許さぬままにすべての攻撃が通された。
東雲の思考は理解している。敵は間違いなくISのリミッターを解除し、軍事行動用のエネルギー量を保持した上で来ている。それでも、結果は変わらない。
「七手」
それはカウントダウンが告げた絶死の時間。
東雲が宣告した、オータムが力尽きる決まり手。
鋭く練り上げられた最後の一撃は、正確にオータムの脳天に吸い込まれた。
直撃――唐竹割一閃。右手の太刀を振り下ろす際、左腕は胸の前に固定して動かさなかった。
左腕を固定することで背中を伝い右腕へ力が伝導され、刀身に載せられたパワーが跳ね上がる。
「――――っつあ」
がくんとオータムの上半身が落ちる。
エネルギーが底を尽いた。見ていた一夏もそれは分かった。
最後の斬撃に使用した太刀が、半ばから呆気なく砕け散る。
「――――なアんちゃってぇ」
エネルギーが底を付いたはずの八本脚が花開くようにして稼働した。
「……ッ!」
東雲はわずかな身じろぎのみで、滑らせるようにして鋭い刺突を回避し、受け流し、最後に膝で蹴り上げた。
そのままサマーソルトのように後ろへ回転しつつ、爪先でオータムの顔を蹴り飛ばす。オータムは微かに首をかしげてそれを回避した。
体勢を整え、呆然と尻もちをついている一夏の前方に着地、同時に二本の太刀を抜刀し構えた。
「おいおい、さっきからヒデェな。私、自分の顔好きだから、狙うのはボディにしてほしいんだが」
「……そのエネルギー量……どういう、ことだ……?」
明らかに、相手のエネルギーを削り切った。
想定よりも多くの量をため込んでいたのではない。先の七手目で、
にもかかわらず、オータムは軽く首を鳴らして、平然と立っている。
「
「
その言葉で――東雲は事態を察する。
「なるほど。外部からのエネルギー送信を受けているのか」
「ハイパーセンサーのリミットを解除すりゃ見えると思うぜ。今もまだ、私は無限にエネルギー供給を受けてる」
そんな技術は聞いたことがないが、目の前の敵が倒れていないのに筋が通ってしまう。
オータムはけだるそうな表情で、右腕を持ち上げて、天を指さした。
その間にもエネルギーは回復し、あろうことか粉砕した装甲すら修復――否、まったく同じ装甲が転送され、損傷がなかったことにされていく。
「私はただの無敵モードだと思ってたんだが……なるほど、こいつは
その言葉は――様子をうかがっていたセシリアと鈴をハッとさせた。
東雲令の恐るべき実力は、超短期決戦を実現する攻撃力。
代償として彼女の武器は一撃ごとに破損する。
初撃に一本。
今の攻撃で七本。
残りは――五本のみ。
「どうする? 使い切るまで遊んでやってもいいぜ? その後に仕事を再開する。それだけだ」
オータムはつまらなさそうな表情だった。
「はっきり言って、無傷のお前相手だと私に勝ち目はねえ。純粋なISバトルじゃ次元が違うからな。でもこの状況においては、
理論上。
今この瞬間、『アラクネ』を無力化する方法は――ない。
エネルギーそのものを片端から消滅させるような攻撃がなければ。
代表候補生たちの判断と行動は素早かった。
『東雲さん足止めを! 一夏さんを回収します!』
オータムは面倒くさそうに顔を上げた。
ピットからせり出すカタパルトレール、そこにセシリアが『スターライトMk-Ⅲ』を構え、背後にビット四つを浮遊させ、全ての銃口を『アラクネ』に向けていた。
「一夏ぁぁぁぁぁぁッ!」
同時、最低限のエネルギーを補給した鈴が飛び出す。
突っ込んでいく『甲龍』をフォローするようにして、セシリアの放つ銃撃が『アラクネ』の足元に撃ち込まれる。
セシリアと鈴。会話を交わしたことは少なく、顔もうろ覚えであったが。
この瞬間彼女たちの目的は合致し、そして互いの次の動きを自然と理解していた。
――しかし。
「いや通すわけねえだろ」
八本脚がチャージ音を放つ。
直後、爪先に該当する先端から、極限まで収束されたエネルギービームが放出。もはやそれは射撃というよりは長大に過ぎるレーザーブレードと表現するべき光景だった。
それらが、無造作に振るわれる。
『鈴さんっ――』
「やばッ――」
緊急回避機動はエリートの名にふさわしい代物だった。
スラスターを駆使して転がるようにして離脱する鈴と、巧みな姿勢制御で攻撃の間をすり抜けるセシリア。
本人たちは回避に成功したものの。
『甲龍』の肩部衝撃砲に赤いラインが刻まれ、ずり落ちる。浮遊していた四基のビットが溶断され、爆発も許されず地面に落ちる。
近づくことさえ、できない。鈴は大きく距離を取りながら歯噛みする。セシリアも再ポジショニングをしながら、諦めそうになる思考を必死に回転させる。
その中で。
一夏はそれを、震えながら眺めていた。
ただ、ずっと、震える以外にできなかった。
(な、に、してんだ、おれ)
刀を握る手が言うことを聞かない。
今すぐ戦線に加わるべきだ。
なのに。
なのに。
「だから黙って見ててくれや。将来有望な
そう告げて、オータムはゆっくりと。
レーザーブレードの嵐をまったくの無傷でしのいだ東雲を見た。
「お前も、例外じゃねえ。個人的には……もっとちゃんとした状態でやってみたかったぜ。でも今は駄目だ。そこをどけ」
八本の装甲脚はそのすべてを東雲に向けた。
鈴とセシリアは頬に冷や汗を垂らしてそれを観察する。感覚が、経験が告げている。動けば即座にやられる。
これ以上ない窮地にあって。
「――拒否する」
「あん?」
東雲令は左の太刀をオータムに突き付けて、毅然として言い放った。
「死んでも退かない。当方は絶対に譲らない」
「……本当に殺すことになるぞ、お前を」
「今、当方の背中には、織斑一夏がいる。故に当方は勝利する」
断言。
その声色に一切の虚偽が含まれていないことを察して、オータムは眉根を寄せた。
「解せねえな。私の見立てじゃ、お前は意外と理論立てて戦うタイプのはずだ。なら分かるはずだろうが」
「窮地を受け入れることは合理的か? 諦観に降伏することは理性的か? 否――否である!」
雄々しく叫ぶ主に応えるように、茜色の鎧が稼働する。
全身の装甲がスライド、内部に蓄積されていた過剰エネルギーを放出。赤い光の粒子があたりにまき散らされた。
その一端が一夏の眼前を浮遊する。
光越しに見る彼女の背中は、ひどく大きくて。
「血反吐を吐いてでも立ち上がり続け、当方は必ず勝利する。そう誓った。そう約束した。故に、織斑一夏を守るために当方は
言葉が実行されるなんて、分かり切っていて。
「魔剣では足りない。ならばこの瞬間、当方は魔剣使いではなく、
「……何?」
「其方と織斑一夏の戦闘、全てを見た。其方の機動、攻撃、総ては相手を傷つけるための、生命を脅かすための殺人技術であった。当方はそれを初めて見た。故にその一点においては感謝しよう」
東雲令は想起した。
初めて織斑千冬と立ち合い、打ちのめされた日。
その日から死に物狂いで彼女の試合データを見た。何度も、自分の脳が擦り切れるのではないかと思うほどに見返した。
過程でどうしても『零落白夜』の攻略法が立ちふさがった。
訓練の中で使われることはなかったが――千冬がそれを今使えない、という事情を東雲は知らない――それを使われたと仮定した時に、勝利のヴィジョンが浮かばない。
いかに追い詰めても一撃でひっくり返されては、どうしようもない。その一太刀に触れてはいけない。だが千冬は、絶対にそれを当てる。というより――
そこで、考えた。
必要なのは『零落白夜』の無力化ではなく。
それに準ずるものを身に付けることではないかと。
極まった技巧は『零落白夜』を疑似再現することが可能だと。
東雲令はそう信じて鍛錬を積んできた。
発想の根幹はただ一つ。
「――此れなるは唾棄すべき悪の殺人刀」
競技としてではなく、ISが危機を感じる、つまり
そして見た。
初めて見ることができた。
そこらの軍人では相手にならないほどに極まり、磨き上げられた――
――相手を殺すための技術を。
欠けていたピースがカチリとはまった。
故にこの瞬間、完成する。
故にこの瞬間、東雲令はまた一つ、強くなる。
「これより撃滅戦術を中断し、粛清戦術を解放、開始する」
総毛立った。
場数を踏み練り上げられたオータムの直感が、これでもかと警鐘を鳴らしている。
身に纏う空気が変わった。より圧縮され、収束された。
先ほどまでの攻撃的な、それでいて自然体の、技巧的な境地に達した人間のそれではなく。
純然たる殺意。
「――
通常ならば展開されるバインダー群が、糸が切れたようにしてすべて
残るは、手に持つ二振りの太刀のみ。
東雲の視線がオータムを貫いた。
そこで、気づく。
(こいつ、私を殺そうとしてるんじゃねえ――
「其方は――今日此処で死滅する」
オータムは自分の直感を信じた。
どんな反則技を使っていても、意味がない。
「これやべえ! 死ぬ死ぬ死ぬ! 転送準備ぃ!」
叫びながら距離を取ろうとして。
それよりも早く踏み込んだ東雲が間合いをゼロにした。
「死ね」
酷薄な言葉と同時、東雲が左の刃を光らせた。
放たれるは神速の突き。
それが正確にオータムの胸部装甲を粉砕し、左胸に到達。
切っ先が接触の反動で逆に砕ける。だが衝撃は伝わる。
そう――絶対防御によって防がれるほどではない、身体をバラバラにするほどではない衝撃が。
「ッッッッッ」
呼吸が止まった。
凝縮し、指向性を持ったインパクトが、
東雲は先端の潰れた太刀を、まったく同じ姿勢のまま再度突き出す。切っ先から順に、突き込まれると同時に刀身が砕け、オータムの身体の内部に衝撃だけを与え続ける。
極みに極まり、ある種の到達点に至った人間でなければ放てない、その猛毒と呼ぶべき攻撃。
( あ いしき やべ これ し )
一度二度三度四度とその絶死の剣が突き込まれるたびに拍動が止まり、刀身がカッターナイフの刃を折るようにしてすり減っていく。
そうして――ついに刀身全てが砕け散った。
思考回路が明滅する中で、オータムは理解する。
次を食らえば、最後なのだと。
それは事実として心臓を内側から破砕し、彼女を絶命せしめる痛恨の一撃なのだと。
競技バトルにおいてその全力を振るうことはあり得ないであろう――
――故に、秘められるべき剣。
東雲は左の剣、柄しか残っていないそれをぽいと捨てて。
相手の生命を簒奪する行為である、という気負いも何もなしに。
右手に握った太刀を、矢を引き絞るようにして構えた。
「――秘剣:
『あああああああああああああああこれはだめさすがにだめ
物質転送装置対象追尾完了――刃がオータムの胸に接触しインパクトを伝導する実に0.000034秒前。
戦闘はそこで終了した。
オータムの姿が、まるで最初からいなかったようにかき消えたのだ。
太刀が虚空を斬り、東雲が身動きを止める。
素早く周囲に視線を巡らせたが、機影は見当たらない。
「……ッ! 敵反応は!?」
「観測できません……完全に、消滅しています……」
戦場を外から見守っていた、
逃げられたのだ。
(――わたくしは、何も)
(何も! 一夏があんな目に遭ってたのに、なんッにもできなかった……ッ!)
何もできないまま――何かに貢献することも、寄与することもさせてもらえないまま。
別次元の戦いを見せつけられ。
それぞれの大切に思っている人、好敵手と定めた相手。
その男を渦中に置いた戦いに、何も関われなかった。
二人はついさっきまで敵が、到底手も足も出なかった敵がいた場所を見て黙りこくった。
「………………秘剣…………」
その敵と立ち合い、最後の一撃を放とうとしていた少女は。
トドメにするつもりだった剣が空を切って、悲しそうに呟いていた。
だが頭を振って気を取り直して、彼女は太刀をその場に突き立てる。
それから。
守り切った、守り抜いてみせた、織斑一夏に振り向いて。
(最後に空ぶったのはマジで本当にどうしようもないオチになっちゃったけど――よく考えたら今の、あまりにも完璧な颯爽登場だったのでは? え? これもしかしてなんだけど再度惚れさせちゃうぐらい、っていう当初の目的、この上なく達成したのでは!?!? やばいやばいやばい自分が恐ろしい! おりむー、これもう目がハートマークになってるに決まってんじゃん……!? うわ、興奮してきたな。ありがとう蜘蛛のお姉さん! 次会った時にはちゃんと感謝してから殺すね!!)
結果的には――思考の一パーセントも表情には出ず。
東雲は不敵な笑みを浮かべ、一夏の顔を見ていた。
そして。
「言っただろう。もう、大丈夫だと」
「――――――――――――」
いないと思っていたものが現れて。
できるはずがないと思っていたことをしてみせて。
そして自分を救った。
そして自分を守った。
思い知らされた。
(遠い……)
ゴールだと思っていた。勝手に勘違いしていた。彼女は頂点に君臨しながらも、自分を導いてくれていて。
自分を、待ってくれているのだと。
(何なんだよ、これ)
彼女は今、目の前で進化した。
知っていた。知っているつもりだった。
あまりにもヌルい認識だった。何も理解していなかった。自分と彼女は、文字通りに、次元が違う。
それでいてまだ先へと進み続けている。
(なのに、俺)
何もできなかった。使い物にならなかった。
決意も宣言も全てが空しく崩れ去った。
ただ本当に無価値な男が、無様を晒していた。
(俺はさっき、安心してたんだ……東雲さんが来てくれたことに)
その事実が自分自身を打ちのめす。
抗えず、戦えず、ただ織斑一夏は守られるだけの木偶の棒だった。
(少しは前に進めているような気がしていた。何か手に入るんじゃないかって。あの時何もできなかった、ゼロで、空っぽだった俺から、何か成長したんじゃないかって)
(けど、ちがった。あの時から。何もできず、ただ助けを求めることしかできなかったあの時から、本当は、俺は)
(なにも、かわってなかった)
何かに、ヒビの入る音。
Grievous
重大な、許しがたい、非常に重い、耐えがたい、ひどい、嘆かわしい、悲しむべき、悲惨な、悲痛な、悲しそうな
Setback
挫折
次回
EX.On Your Mark