そういえば推薦いただきました、ありがとうございます
羅武コメってなんだよ
「シャルル・デュノアです。フランスで代表候補生をやっていましたが、こちらに僕と同じ境遇の男子がいるということで転入する運びになりました。皆さんよろしくお願いします」
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。ドイツで代表候補生をやっている。諸般の事情により入学が遅れてしまったが、よろしく頼む」
教壇に並ぶ二人の転校生を見て、一組クラスメイトは数秒黙り込んだ。
対照的な金と銀である。穏やかで気弱そうな美少年と、苛烈ながら堂々とした態度の美少女。
しかもどちらとも代表候補生だという。挙句の果てに片方は男子だ。
普通、思考がフリーズしないわけがない。
とはいえ。
一夏を取り巻くお祭り騒ぎに慣れてしまった面々からすれば、もうはしゃげればなんでもいいのであって。
「やったー! 二人目の男子も一組が獲ったどー!」
「獲った……獲った……? まあとにかく、私たちの勝利ね!」
「おい眼帯ロリもいるぜ! こいつは楽しめそうだぐへへ……!」
蛮族っぽいのも含め全員立ち上がり、口笛を吹いて、やんやの喝さいを送り始めた。
教壇に佇む山田先生はそのお祭り騒ぎにあばばばばとテンパり、教室隅に佇む千冬は頭が痛そうに眉間を揉む。
「えっ……何、これ……?」
「あー……うちのクラスメイトは、みんな仕上がってるんだよ」
思わず金髪の男子は、目の前の席に座る一夏に助けを求めた。
一夏は机に頬杖をついたままクラスの熱狂を聞き流しつつ、眼前に佇む二人の転校生を見上げる。
(――シャルル・デュノア。二人目のISを起動できる男子、ねえ)
そんな存在がいるなんて、今という今までまったく聞かされていなかったが……
ふと一夏は隣の東雲の視線がシャルルに突き刺さっていることに気づいた。彼女はシャルルをガン見して、何度かまばたきして、それから千冬に顔をさっと向けた。
実は一夏には見えていないが、セシリアも同様に穴が開くほどシャルルを見つめて、それから千冬に
二人の代表候補生からの視線を受けて、千冬は黙って首を横に振った。
(まあ、いるんならいるってことで、別にいいんだ。問題はこっちだろ)
そんな様子には気づく由もなく、一夏はすっと視線を横にずらした。
シャルルの隣に立っている、小柄な少女。眼帯に覆われていない赤い瞳はこれでもかと見開かれ、間違いなく、東雲令を見ていた。表情は驚愕に染まっている。
(代表候補生、ドイツ――ドイツ、か)
一夏は誘拐事件に遭った際、ドイツ軍の捜索もあって発見された。
そういう意味では、ドイツ軍と縁があるのならば、ラウラは彼にとって恩のある組織の一員かもしれないが。
今朝、距離を取ろうと言われたばかり。なのに実は同じクラスでした、なんて、よほどラウラは神に見放されているのだろう。あるいは見放されたのは一夏の方かもしれない。
「えーっと! 皆さん静かにしてくださいッ! あの……あの~!」
「まったく……」
パンパン、と千冬が出席簿を手でたたいた。
「ほら、静かにしろ」
それきり、教室は水を打ったように静まり返った。
ラウラが何故か大仰に頷き、さすが教官だと言っているが、どう考えてもこれは千冬でなければ対応できない生徒を集めたIS学園の陰謀だろう。一夏は大まじめにそう思った。
「じゃ、じゃあとにかくそうですね。もう授業も始まりますし、織斑君! デュノア君を更衣室まで案内してもらえますか? あっ自己紹介もしつつ!」
「あー、はい」
頭をかきながら立ち上がる。今日は一時間目から二組と合同でIS実機を用いた訓練だった。
「一応、まあ、自己紹介は必要か?」
「う、うん。今朝はごめんね……僕、シャルル・デュノア。シャルルって呼んでね」
「分かった。俺は織斑一夏。一夏でいいぜ」
視線を交わせば、今朝の騒動で慌てふためいた少年とは思えないほど芯の通った瞳だった。
なるほど頼もしさを感じる。貴公子という呼び名が付けられてもおかしくない。
中性的な顔立ちと思ったが、物腰と佇まいには力強さや高貴さすらあった。
(――いや、セシリアとは違う。血筋とか名家とかっていうよりは、これは……純粋に上流階級……か?)
「じゃあ更衣室に行こうか、一夏」
「お、おお」
シャルルにせかされて、思考に埋没していた一夏は顔を上げた。
それから二人はドアから出ようとして。
廊下を人影が埋め尽くしていることに気づいた。どう考えても外に出れる状態じゃない。恐らくは二人目の男子、シャルル目当てでやってきたのだろう。
「……相川さん」
「なーに?」
入口傍の席に座る少女、出席番号一番の相川清香に、一夏はぎこちなく顔を向ける。
「いつから、こんなにいた?」
「えーっと、『自己紹介は必要か?』のあたりかなあ」
「めちゃくちゃ序盤じゃねーか! それならそうと言ってくれよ!」
てへぺろ★と相川は舌を出して自分を小突く。
ハメやがったなこいつと歯噛みするが現実は変わらない。見れば一組女子たちはこちらをちらちら見ている。
「え、ついに織斑君、覗き……?」
「やっとISバトル以外にも興味を持ったんだ……!」
「見たいのなら部屋に来てくれたらいくらでも……」
「当方はそれが織斑一夏の望みならば許容する」
ひどい言われよう――というより、バトル以外に趣味のないかわいそうな人間に対する言いようである。
というか師匠がまじめ腐った顔でやばいことを言っていた気がする。もしかして彼女、押しに弱いのかもしれない。
「だああああああああああ! シャルル! 突破するぞ! 俺が切り込むからお前は
「え、りょ、了解!」
覚悟を決めた。
一夏は両眼から炎を噴き上げると、ドアを勢いよく開けて教室外に躍り出た――!
「成し遂げたぜ……」
一夏は燃え尽きていた。
教室から第二アリーナ男子更衣室までは全力疾走でいくつもの角を曲がり、階段を上がったり下りたりして五分弱。
その間ずっと一夏は、最短経路をふさがれるたびに次に良い経路を選択し、その時点での最短パターンを再計算し続けていた。
彼は
「あはは……ありがとね」
ここは第二アリーナの地面。
模擬戦闘を全員で座り込んで見学しつつ、一夏は隣のシャルルとたわいもない雑談に興じている。
「にしてもあの『ラファール・リヴァイヴ』を製造してるメーカーの御曹司だったなんてな」
「まあ、あんまり気にしなくていいよ」
見上げた先には、空中で演武のように舞う二機のIS。
イギリス製第三世代機『ブルー・ティアーズ』と、フランス製第二世代機『ラファール・リヴァイヴ』だ。
操縦者はそれぞれセシリアと山田先生。普段のぬぼーっとした具合からは考えられないほど、一組副担任は苛烈な攻めで着実にイギリス代表候補生を追い詰めている。
「あーやられたやられた」
「おう鈴、ナイスファイト」
その時、ISスーツ姿の鈴が、疲れた表情で歩いてきた。
やや足取りがおぼつかないのを見て、シャルルとは反対側の隣に座っていた箒が慌てて立ち上がる。
「おい大丈夫か鈴、ほら」
「さんきゅね、箒」
一夏が抜けてしまった訓練を共にこなすうちに、箒、セシリア、鈴の間にはどうやら一定の友情が生まれていたらしい。
駆け寄った箒は鈴の右腕を背中に回して、彼女に肩を貸した。
「推察。アレは……
「そうだね」
一夏の背後に佇む東雲の言葉に、シャルルは即答した。
当然、シャルル以外はお前が言うなという視線をぶつけた。しかし本人はどこ吹く風である。
東雲の言葉通り、山田先生の戦闘技術は、印象を覆して余り有るものだった。
高速機動、射撃精度、何よりも戦闘用思考回路の回転、どれをとっても一級品だ。
鈴の砲撃にかすりもせず、相手の甘えた機動を見た瞬間には撃ち抜いている。
どう考えても――現在の代表候補生とは格が違う。
「ったく、ほんとどーなってんだかあの先生、って感じだけど……それよかは」
「ああ、セシリアだな」
セカンド幼馴染の言葉に、一夏は空を駆ける蒼穹の機体を見上げた。
疾い――自分が戦った時よりも、各段に、
無駄のない動きはさらに洗練され、もはやそれは単なる移動ではなく舞の次元に昇華されつつある。縦軸と横軸を組み合わせた際の軌道は複雑怪奇でありながらも流麗、見惚れるような美しさすらあった。
「僕も二人に同意だね」
「ああ。私もだ。山田先生にここまで持ちこたえているセシリアの技量こそ、今は感嘆すべきものだろう」
事実生徒らの視線はほとんど、顔中に汗を浮かべながら、
山田先生の射撃を回避しきれない場合には盾として防ぎ。
ビットの射撃に意識がそれた瞬間には、それを矛として突撃する。
「鈴が落ちそうになった時、躊躇なくセシリアにブン投げた時は何事かと思ったぜ」
「東雲相手の訓練で、セシリアも結構近接武器使うようになってたからね。でしょ、センセ」
「いや私が教えたのは短刀の扱いなんだが……」
馬鹿でかい青龍刀を必死に振り回す臨時の弟子を見て、篠ノ之流を修めた少女は複雑そうにつぶやいた。
表情が『知らん……何あれ……怖……』と語っている。
そうこうしているうちにも、ついに山田先生の射撃が『双天牙月』の持ち手を捉え、吹き飛ばす。
地面に落下していく友の武器を眺めてから、セシリアは首を横に振った。
「終わったね」
「終わったな」
全員ゆるゆると立ち上がった。
――だが一夏だけは見逃さなかった。セシリアがこちらを一瞥し、その蒼眼に炎を燃え盛らせていたことを。
(……なるほど。こんだけ粘ったのは……俺に見せたかったのか)
彼女の瞳が告げている。
――ライバルが、自分に発破をかけているのだ。
「……ッ」
拳を握った。
何かを背負わせるわけでもない。何かを押し付けるわけでもない。
ライバルはただ上空で、じっと自分を見ていた。
授業を終えて自室に戻り、翌日の座学の予習のために教科書を開き。
ふと休憩がてら、教科書巻末の用語集をめくっていた。
意外と知らない単語や知っている単語が入り交じっていて、眺めているだけでも楽しく、また勉強しているような気分になれる。
そうして文字の羅列を眺めていると、ちょんと肩を突かれた。
顔を真横に向けると、片手に茶碗を握ったシャルルがいる。
1025号室のルームメイト。同性同士ということで、二人は仲良く同じ部屋に押し込められることになったのだ。
「ねえ一夏、この日本茶って、畳の上で飲むものじゃないの? 僕、ここで飲んでて大丈夫なのかな……」
「お前が言ってるのは抹茶だぜシャルル。実はあれ、武士じゃないと飲んじゃいけないんだ。平民出の俺は武士に抹茶をたてる義務があってさ」
「……ごくり」
「……不味いと、斬られるんだ」
やっぱり! とシャルルは悲鳴を上げた。当然嘘っぱちなのだが、一夏は神妙な顔で言い切って、挙句の果てには誤解を解くことなく教科書に視線を戻した。
並ぶ単語はISの特殊機動名称から始まり、IS乗りとしてはいまいち縁のない整備用プログラムであったり、あるいはIS乗りの精神状態を示す単語であったり。
その中で。
不意に目が留まった。
――『IS
「IS……恐怖症……?」
「え? ISを用いた戦闘に強い忌避感を抱いた結果、
「――――――」
「平たく言えば軍人のPTSDのIS乗り版、みたいな感じなのかな。ISって脳からの信号伝達が肝なわけだから、まあ、精神的な不安定さは操作精度に直結するわけだし」
シャルルの言葉が耳を滑っていく。
一夏は食い入るようにして、その文字列を見つめた。
思い出す。
今朝の二度目のエンカウント。
自分は、ラウラ・ボーデヴィッヒを受け止めようとして。
ISを起動しようとした。のに。
がこん、と自動販売機が無造作に缶コーヒーを生み落とした。
学生寮の談話室に赴き、わざわざ飲み物を仕入れる生徒は少ない。生徒が住まう二階から階段を下った一階、それも食堂や大浴場のある方向とは反対側にある談話室は、どちらかといえば物静かな生徒が好んで使う施設だった。
「……ふう」
就寝時間直前というのもあってか、談話室には人気がなかった。
一夏は息を吐いて、コの字型に配置されたソファーの一席に座る。
「……恐怖心……俺の心に……恐怖心……」
自分の手を見た。オータムのことを考えると、手はわずかに震え、拍動が早まる。
恋かよ、とあまりに適当な冗談を独り言ちて、それからプルタブに指をかけた。
カシュと軽い音とともに空いた飲み口から、コーヒーを口に流し込む。
「……ん?」
ふと顔を上げた。自分以外に誰もいないと思っていたが……正面のソファーに、何やら布の塊が置かれている。
さらにじっと見つめていれば、もぞもぞと動き始めた。
思わず腰が浮く。何だこれは。
その時ちょうど、ドアがノックされた――というより、何か手に抱えたものをドアにぶつけたような音が何度か響いた。
一夏は布の怪物を見て、それから恐る恐るドアに近づく。
『ごめん、なさい、荷物が多くて、ドアが開けられない』
「あ、ああ」
ソファーの未確認生命体を放置していていいのかとも思ったが、まずは人助けが優先だ。
一夏はドアをそっと開けた。
しかし向こう側にいたのは、これまた本の怪物だった。
「っとぉ!?」
前門後門謎の化け物にふさがれた!? と一瞬慌てたが、よく見れば違う。
部屋に入ってきたのはれっきとした人間だった。タワーのように積まれた分厚い本を、小さな手がぷるぷる震えながら支えている。
顔どころか身体が見えなくなっているが、スカートがかろうじて見えた。女子生徒が山のような本を抱えて、ここまで歩いてきたらしい。
さらに開けっ放しのドアから、もう一人、これまた山積みの本を抱えた少女が颯爽と入ってきた。
彼女は一夏の隣をさっさと通り過ぎて、一人目とは違い速やかに本を談話室のテーブルに置く。それは艶やかな黒髪を下した真紅の瞳の少女。東雲令である。
「……あ、東雲さん」
今日はいろいろありすぎて逆にネガティブ思考ができず、一夏はしれっと名前を呼んだ。
東雲は驚いたのか数秒硬直して、それから彼の顔を見た。
「……ッ。名を呼ばれるのは、久しぶりに感じる」
「ごめんって」
少しすねたような口調だった。
「ねえ、令、もしかしてそこにいるのって」
「……肯定。だが、更識簪、安心してほしい。当方が仲を取り持とう。親しい者同士がいがみ合うのは、歓迎できない」
まだ一夏からは顔が見えていない少女は、どうやら東雲と仲が良いらしい。
下の名前で呼ばれているのを聞いて、一夏は少し驚いていた。
「……ありがとね、令」
「気にすることはない。当方にとって、どちらも大切な存在である」
「ありがと。じゃあとりあえず本を――――あっ」
その時。
彼女は一夏の向こう側にあるテーブルに近づこうとして。
ぽてっと躓いた。
あ。
積み上げられた本が、ふわりと浮く。そこでやっと、一夏は浮かんだ本と本の隙間越しに、少女の水色の髪と、気弱そうな瞳を見た。事態の理解が追い付かず、彼女は目を白黒させている。
それから一夏は視線を上げた。雨のように本が降ってきていた。
文字通りの雪崩として迫りくる分厚い本たちを、一夏は引きつった笑みで見ていた。
(――――やっぱ今日ダメだわ)
どんがらがっしゃーん。
(おっぶぇ!)
人類最高峰の瞬発力と身体能力を誇る東雲令が動かないはずもなく。
落下した辞書のように分厚い本たちを、カンフー映画もかくやと言わんばかりの体さばきで次々と、というか全部受け止める。
肩に着地させるわ腕に載せるわ足先に引っ掛けつつ太ももにも載せるわで、一人で十冊以上の書籍を、見事一つも床に落とさなかった。
(た、助かった! 弁償とかになったらかんちゃんがやばいし! ていうか、おりむーいたんだ。ふへへ……カッコいいとこみせちゃったナ……なんていうんだっけ、そう、見たか! 当方の超ファインプレー! 好感度下げちゃった原因が分からなくてもここからまた稼ぎなおせばいいんだよぉ! ありがとうかんちゃん! こんな好機をくれるなんて、友情万歳!)
そんなエゴむき出しの感情のまま、ぐりんと顔を向けた東雲の目に。
躓いて転ぶ水色の髪の少女――を、咄嗟の反応で受け止め、二人仲良く床に転がった、織斑一夏の姿が飛び込んできた。
身体はこれ以上なく密着しており、さすがの一夏も頬を赤く染め、少女もまた耳を真っ赤にしている。
東雲がこれほどまで密着したことがあっただろうか――ていうかよく考えたら肌と肌が触れ合ったことなくない?
つまりゼロに何をかけてもゼロなので、彼女は理論的にこれ以上なく敗北した。
(さよならかんちゃん 絶交だよ)
友情は潰えた。
次回
24.やけっぱち寿司パーティー