織斑一夏と織斑マドカが交わす刃は、音を置き去りにしていた。
激突の余波で周囲の瓦礫が粉々に消し飛び、衝撃波じみた突風にアルベールとショコラデは思わず顔をかばう。
それから手を下ろし、二人が繰り広げる絶戦にあんぐりと口を開けた。
「これが、本当に……ISに乗って数ヶ月のルーキーだと……!?」
「………………」
アルベールはうめいた。まだ彼は
しかしショコラデはその余裕すらない。
(万全の……万全の『ラファール』があれば、私だってあそこに割り込める。織斑君よりうまく戦える。だけど、それは
年々代表候補生のレベルが上がっているのは当然の成り行きだった。
ショコラデは世代としては
だからシャルロット──当時はシャルルと認識していたが──の戦闘機動を見て、素直に喜んだものだ。ここまでレベルが高いのなら、これから先、IS乗りには困らないだろうと。とはいえISは増えてくれない、なんてジョークすら飛ばしていた。
違った。
認識が甘かった。
レベルが上がっている? 違う。
ISという兵器をなんとか扱おうと必死に試行錯誤していた。今の世代は、ISを前提にして育ち、学び、修練を重ねている。
(……これが、これが──IS学園の生徒……ッ!)
改めて思う。あの島は、一見すれば外界から切り離された少女たちのゆりかごだ。
しかし内実、というより外から見れば、文字通りの天才たちが集って互いを高め合う、世界の頂点に最も近い学び舎なのだ。
一夏の驚くべき成長に、その学習カリキュラムが影響していることは間違いない。
何よりも、ショコラデがそう考える理由は、一夏ではなくシャルロットだ。
(あんなに
マドカと一夏の剣戟。
しかし今それは、一夏が完全に主導権を握っている。
理由は明白だ。決定的な、分水嶺になりかねないマドカのカウンター、あるいは回避機動を、シャルロットは縦横無尽に二人の周囲を飛び回りながら撃ち落としている。
(まるで戦闘を全て識っているような……割り込むのではなく、流れを操っている! 間違いなく二人の決闘なのに、シャルロット嬢が織斑君の優勢を導いている……)
弾丸がマドカの頬をかすめる。ダメージはない。だが意識は割かれる。一夏は直感任せにそこを突き、生み出した優勢を理論的に維持し続ける。
マドカの表情が歪む。先に叩き潰すべき相手を定め、シャルロットへBT兵器をけしかける──が、直後に白い刃が閃き、ビットを真っ二つに叩き斬った。
「…………ッ!!」
「二対一は不満か? あいにく、俺たちは決闘ごっこに興じてる暇がねえんだ!」
返す刀で一夏はマドカの右肩から腰にかけて食い込むような袈裟斬りを放つ。
両腕は間に合わない。思考伝達を受けて二つのビットが殺到し、合体。シールドビットとなって斬撃を防いだ。
しかし。
「一夏!」
「うおおォォォッ!」
飛んでくるカウンターは無視。何故なら頼りになる少女が迎撃してくれるから。
自分はただ──この刃を振り抜けばいい!
「きさ、ま──ッ!」
「突き破れ、『白式』────ッ!!」
発動するは荒れ狂う焔。
攻防一体の鎧は、自ら弾け飛ぶことで推進力と成る。
空間が破裂するような轟音と共に、『雪片弐型』を保持する両腕の焔が炸裂した。一点集中型の
一気に圧を増した斬撃が、堅牢なシールドビットを紙切れのように引き裂いた。
「だが、まだだ!」
「そう、まだだ!」
一夏とマドカの言葉が重なった。
防御を破られた黒髪の少女は、ナイフで下からすくい上げるようなカウンターを放つ。防御を突き破った黒髪の少年は、再度両腕の焔を炸裂させあり得ない速度で弐ノ太刀を放つ。
両者の刃が交錯する寸前、割って入る影。
「そこだッ!」
シャルロット・デュノア。両手のライフルを一秒足らずで近接戦闘用ブレードに切り替え、吶喊してきた。
想定外の奇襲にマドカが目を見開く。
間違いなく自分の反撃は叩き落とされ、残った二本の剣に貫かれる。
そうだ。
この瞬間、はっきりと見える。
(わた、しが、まける────?)
現実は彼女の困惑を待たない。
輝く刃は寸分違わずマドカの喉元に殺到し。
「そこまでにしときな、ガキ共」
一夏の右腕。マドカの右手。シャルロットの両手。そして全員のウィングスラスター。
糸に絡め取るのではなく、その脚を以て押さえ込む──そう、超高速で入り乱れる三機の中に突っ込み、直接三機を押さえつけるという神業!
「オータム……ッ!」
「貴様、どういう了見だッ!」
そっくりの目をした二人から同時に怒鳴られ、オータムは肩をすくめた。
「撤退命令だ、エム。いや……こうして顔を合わせてるんならマドカでいいのか」
「冗談ではないッ! 私の目の前に織斑一夏がいるんだぞッ!? それをみすみす……ッ」
「
声色はかつてないほど冷淡だった。
八本脚が稼働し、振り回されるようにして一夏とシャルロットは吹き飛ばされる。
空中で姿勢制御──素早く突撃態勢を整えつつ着地したとき、既にオータムはマドカを脚でつまみ上げたまま飛翔していた。
「……ッ、次は従わない」
「そうだな。一対一なら、私も止めねえよ。だがありゃだめだぜ。織斑一夏よりあの女の方が、今はやべえ」
少し前から、オータムは潜伏しつつ事態を見守っていた。決定的な場面になれば割って入る腹づもりだった。
「デュアルコアってのも是非いただきたいところだが──覚えとけよマドカ。戦いってのは、意外と流れがあるんだ」
「……流れ」
「そうだ。如何に懸けるものがあるか、って言い換えてもいい。今この瞬間は、シャルロット・デュノアは無敵なのさ」
それからオータムは不意にサイドブーストをかけた。
直後、彼女がいた空間を青いエネルギーレーザーがえぐり取る。
「ほら、増援だ。任務は失敗。各ブロックから戦力を撤退させてる。スコールも回収できたってよ……つーかなんだ今の攻撃、やたら殺気が載ってたな」
どうやら各国の防衛部隊が、残存勢力を駆逐するために押し寄せているようだ。
ならば長居する理由はないのだが──さっきからレーザーがすごい勢いでビュンビュン飛んできてる。怖い。マドカはちょっと頬を引きつらせた。
狙撃手へ視線を向ける。遠方で戦場の熱風に豪奢な金髪をなびかせ、保持したスナイパーライフルで執拗にこちらを、特にマドカを狙っている少女。
『何を』
セシリア・オルコットが通信に流した声はあまりにも低くて、一夏たちですらビビった。
『何をライバルのような顔をしているのですか……ッ』
「……え?」
『その男のライバルは、このわたくしッ! セシリア・オルコット以外におりませんッ!!』
「そこキレるとこなの!?」
シャルロットは結構な大声を上げた。
淑女は鋭い鷹の目でマドカをにらみつけている。
よく分からない因縁をふっかけられ、マドカは困惑した。ライバル。恐らく一夏のことだろう。
遠くなっていく地上に目を向ける。彼は刀を握ったまま、こちらを見上げていた。
戦ってみて分かった。自分の予想はあまりにも甘い代物だった。
(
力みを感じないのに、鋭い一閃。
こちらの臓腑を抉るような威力の刺突。
どこまでも続くと思うほどに美しい軌道の斬撃。
(これが……これこそが──そうだ。私が、超えるべき相手だ! そうだ……それでいい! 強くなければ、意味がないッ!)
あらゆる攻撃が一級品だと、認めざるを得ない。
そうだ。ああ、認めよう。認めるしかない。織斑一夏はぬるま湯につかっていた愚者ではないのだ。紛れもない、傑物なのだ。
「……織斑一夏……名を、刻んでおこう」
マドカのその台詞を聞いて、一夏は思わず舌打ちをしそうになった。
(冗談じゃない──織斑マドカ。お前の正体はまだ分からねえが……その強さは、感嘆以外の感想が出ないほどだぜ)
対応しきれない隙を見せれば、悉くそれを突いてくる。
こちらに有利な立ち回りが続きそうになると、すぐさま仕切り直される。
何よりも気持ちの面で、最も負けてはならない分野で一夏はマドカに圧倒されていた。
(一対一なら間違いなく俺の負けだった。因縁とかじゃねえ……そうだ。お前は間違いなく強敵だ、だからこそ超える甲斐がある……!)
凄まじい技量である。
セシリアやオータムなど目標になる相手は多数いるが、自分に極限の憎悪を向けてくる少女がこれほどの腕前を誇っているという事実は、一夏にとって大きな契機だった。
「ああ、刻めよ。俺も刻む……織斑、マドカ……! お前の名前をな……!」
オータムとマドカが、追尾不可能な速度で去って行く。
元より深追いしている場合ではない。撃退できたのなら、それで百点満点だ。
だからシャルロットは銃口を下ろして、隣の一夏を見た。
様々な場面で、流れの中心にいる、いてしまう少年。彼にまた新たな因縁が生まれたのだ。
真剣な表情で粒のように小さくなっていく敵を見る彼に、シャルロットは思う。
(いや、マドカって子、ずっと猫みたいにつまみ上げられてたのに、よく笑わずに啖呵切れるね君……)
瓦礫の山となった本社ビルから、アリーナとは反対側。
そこにデュノア社製マスドライバーはあった。
物資や人材を送り込むためのスペースシャトルをデュノア社の技術部が突貫工事で改造している。
「外部にISを取り付け、中に積むのではなく外に取り付かせる、か。考えたな」
工事風景を見て、東雲はそう分析した。
隣で一夏は首を傾げる。二人や各国の代表候補生らはISを解除し、ISスーツ姿で待機していた。
「そうなのか?」
「単純に効率が良い。シャトル内部から出撃するにあたっての数秒のラグもない。何より、接敵ラインに到達する前に撃墜された場合、各自散開できる」
「なるほどな」
聞けばこの師匠、最終的にはバインダーでゴーレムを殴ったり、最後は素手でゴーレムを殴ったりしてたらしい。殴りすぎだ。
「それにしても、全員無事で良かった……」
IS学園視察担当という名目で来ていた箒は、避難所を抜けてマスドライバーまでやって来ていた。
言葉通り、セシリア、鈴、ラウラもこの場にいる。
「最後の援護、ありがとな、セシリア」
「……つーん」
「……セシリア?」
一夏が礼を言っても、淑女はまるで応じなかった。
「えっと……どうしたんだ?」
「はい? 誰ですの貴方。わたくし、ライバルの織斑一夏は知っておりますが、わたくし以外の相手とものすごーくライバルっぽいやりとりをしていた男など知りませんわ」
「お前の独占欲、独特すぎねえ!?」
セシリアは普通にキレていた。
というか一夏のライバル、多過ぎである。実際問題彼女はオータムの登場ですら危機感を抱いていたのに、ここに来てもう一人追加である。あり得ない。
「いいですこと。最後に。最後の最後の決戦場で貴方と雌雄を決するのは、このセシリア・オルコットですわよ!」
「ああ。分かってるさ。お前は……俺の運命だからな」
「ならばよろしいですわよ。わたくしの運命の相手さん」
互いに思い入れは強い。原初だった。今の自分がいるのは、目の前の相手がいるからといっても過言ではない。
なのでその言葉選びに他意はない。ないのだが。
「箒」
「……何も言うな」
目から光を失った鈴の肩を、箒は優しく叩いた。
何が『俺の運命』だという気持ちだった。幼馴染が二人もいるのにそれを差し置いて出会って数ヶ月の金髪美女と互いに『運命の相手』と認識している。箒もビデオテープが送られたような気分だった。
(運命の相手か……当方にとっては、やはり織斑千冬こそ運命か)
東雲はこういう時にはバカだった。
閑話休題。
「それはそれとして、だが」
箒は咳払いを挟んでから、一点に視線を集中させた。
そこにはラウラと談笑して肩の力を抜く金髪の級友がいる。
「あの、何が起きた?」
「え?」
シャルル・デュノア──改め、シャルロット・デュノア。
男だと思っていたら女だった。意味不明である。箒は完全に目を回していた。
「ああ、びっくりしたよな。俺も超ビビったぜ」
一夏は軽く笑いながら告げる。
ルームメイトは解消だなと告げれば、
その様子を見て、代表候補生らが頬を引きつらせた。
「えっ、その」
「タンマタンマタンマ。え? 一夏と箒……あんたたち、気づいてなかったの?」
「逆にみんな気づいていたのか!?」
一夏は悲鳴を上げた。
どう考えても気づけない。もし気づいていないのが自分たちだけなら、とんでもないピエロである。
「わたくしは職業柄、相手の骨格まで見透かせるので。転校した瞬間から分かっておりましたわ」
「あたしはなんかこー……歩き方とか? 雰囲気とか? なんか一夏より箒っぽいなー、ってこれ女だわ、みたいな」
「私も隣に並んで何故男装しているのか不思議だったな。重心の位置や声のトーンの置き方、それら全てが女だった」
材料だけ上げていけばガバガバ男装である。
しかしそれに気づけるかどうか、というのは別問題だ。事実として一夏や箒、クラスメイトらは分かっていなかった。
(……改めて気づかされるぜ。俺はバケモンに囲まれているんだな)
自分にはできないことを、平然とやってのける人間ばかりだ。
だからこそ、強くなれる。超える甲斐がある。一夏は両眼に焔を滾らせながら、拳を握った。
「……令も気づいていたのか」
「肯定。また、おりむーに危害を加えないよう警告も行っていた」
シャルロットはその時のことを思い出して少し顔を青ざめさせた。
何度思い出しても、首が飛んでいないのがおかしい。それほどの剣気だった。
「てことはさ、事が済めば、女子として通えるのか?」
一夏の何気ない質問。
それが場の空気を重いものにする。
「……どう、だろうな」
「あはは。本国送還が一番あり得るかなあ」
ぎょっとした──シャルロットの声は異様に平坦だった。
「だって、それが当然だと思うし」
「だけど、お前……」
誰もそれを否定できない。
しかし、認めたくはない。一夏は必死に思考回路を回した。そんなのは嫌だ。だってシャルロットは、まだ生きていない。
何かないか。
(千冬姉に……いや、俺は何を考えてやがる。誰かを救うために誰かに負担を押しつけようとするな。何か……)
思考が上滑りしていく。言葉一つない、苦しい沈黙。
それを破ったのは、低い男の声だった。
「なんとかする」
全員弾かれたようにそちらを見た。
すすけたスーツ姿のまま、頬に瓦礫の破片でついたと思しき傷を残す男。
アルベール・デュノアだった。
「シャルロットとして通えるように……なんとかしてみせる」
「……お父さん、と……ロゼンダさん」
アルベールの両脇には妙齢の美女が並んでいた。
片方は先ほど共に戦ったショコラデ。
もう片方は、シャルロットの反応からしてアルベールの妻、ロゼンダ・デュノア。
「安心なさい、シャルロット。一応あたしも結構なツテがあってね、デュノア社以外の勢力を通して色々やってみるわよ」
ロゼンダは憮然とした表情で告げた。
その内容に、シャルロットは驚愕に口をぽかんと開けた。
「え、でも……その、ロゼンダさんは……」
「あんたのことが嫌いだって? 別にそういうわけじゃないわよ。単純に、こいつと結婚して不労所得で毎日がホリデイ暮らしになると思ったら五億倍忙しくなって死んでたのよ。顔も出せなかったのは悪かったと思ってるし、それに……」
ツカツカとハイヒールのかかとを鳴らして、彼女はシャルロットに近づく。
ぐいと顔を寄せ、そのアメジストの瞳を覗き込んだ。
「ほんと、嫌になるぐらいそっくりね」
「……ぇ」
そうだ。アルベールが言うには、ロゼンダはシャルロットの母を知っていた。
「あいつには死ぬほど借りがあんの。それにまだ、決着はついていない。だからあんたを助けて、あいつも助けて、そこからやっと本番なのよ。むしろ現状、肩書きだけならあたしが勝ってるし? このままどうにかあいつの悔しがる顔がみたい的な?」
「……決着?」
「そう。……
小声で付け加えて、ロゼンダは後ろで所在なさげに立っているアルベールへ視線を送った。
「信じられる? あんたのパパ、本気であたしが財産狙い百パーで結婚したと思ってんのよ? あほらし、んなワケねーでしょって感じ。あの調子じゃあ、大学であたしとあいつのどっちが堅物ガリ勉バカを陥落させるかオッズが張られてたのも知らないでしょうね」
「えぇ……」
さすがにそれはちょっとどうかと思う。
一人の男を取り合って、複数の女性がつばぜり合いを繰り広げる。それに親が巻き込まれていた、というか親を中心に今も続いているとか普通に嫌である。
恋愛はもっと秩序だって行われるべきだ。王子と姫、とまでは言わなくても、二人で関係を育んでいくのを彼女は夢見ている。
と、そこでシャルロットは今自分が置かれている現状を思い出した。
(………………)
──シャルロットの瞳から光が抜け落ちた。彼女は考えるのをやめた。最悪の遺伝だった。
「ふむ。作戦としてはやはり、『エクスカリバー』を破壊するのではなく機能停止に追い込み、回収するというのが目的か」
工事が終わりに近づき、改めて代表候補生らは整列し、アルベールを指揮官としたミーティングを行っていた。
「回収対象はコアユニット『エクスカリバー・デュノア』……なんというか、人の名前って感じはしないな」
名前を読み上げた一夏は、先ほどは気づかなかった違和感に眉根を寄せる。
それに回答したのはシャルロットだった。
「僕のお母さん……エスカリブール・デュノア。結婚はしてないからデュノア姓じゃないんだけど、コアユニットとして登録するにあたって、デュノア社の名を借りたんだって」
「ついでにいえばエスカリブールも英語読みに合わせたエクスカリバーとした。その頃はまだ、アメリカとイギリスでの合同開発に我々が新規参入しただけだったからな」
アルベールは淡々と続けた。
「そしてその回収のため、各国代表候補生らに助力していただく。むしろ、各国政府から自国を参加させるよう圧力がかかっているぐらいだ。よほど私に恩を売りたいのだな」
傲岸不遜な物言いだが、事実だった。
ここでデュノア社に貸しを作っておくのは、これから先を考えれば余りにもメリットが多い。
さらには最先端の第三世代機の大気圏外運用データすら取れる。ここで参加をためらう人間は、政治家としては馬鹿だ。
「そして──織斑一夏。君も参加を志願するか」
「はい」
即答。それを聞いて箒は目を見張った。
「一夏、お前……」
「ごめん箒、でも俺、行かなきゃいけない。さっき感じたんだ。『白式』と俺が変な風にリンクしてるからだと思うけど……シャルロットのお母さんの思念を感じた。見て見ぬ振りなんてできない。俺はあの人を助けたい。そう心の底から思った」
そこで言葉を切って。
彼はアルベールに鋭い視線を向けた。
「だけど、俺はあんたを許すことはできない」
「…………」
「あんたは何もかもを――娘を犠牲にしてでも立ち止まっていようとした。違う。それは間違ってるんだ。停滞も維持も、心地よくて、ずっとそこにいたい――分かるよ。分かっちまう……だって、俺もそうだったから……」
『────!』
一同はそこでハッとした。
そうだ。彼もまた、過去に振り回され、そして過去を受け入れた。
「だから否定はしないさ。別にいい。あんたが勝手にやってんのならいいさ。だけど誰かを犠牲にしちゃだめだ」
「……そう、だな」
アルベールはぽつりと、それだけこぼした。
何も、何も自分は分かっていなかった。彼女が生きていればそれでいいと。だがシャルロットが示した。愛とはもっと、温かくて、眩しいものなのだ。
自分がやっていたのは愛ではない。あれは妄執と化していた。
「だから、
人差し指を突きつけ、一夏は叫んだ。
一介の学生が大企業のトップ相手にである。さすがに全員閉口した、が。
「ふ…………フハハ! ああ……そうだな。待っているとも」
何かそれで吹っ切れたように、アルベールは頷いた。
すがすがしい笑顔さえ浮かべていた。めったに見られないそれに、娘であるシャルロットですら驚愕する。
それを見てロゼンダが『……ッ、不意打ち……』と呟いて顔を背けたりショコラデが胸を押さえて『……ッ、あれ、え……?』と首を傾げていたりしたが、シャルロットは何もかも嫌になって見なかったことにした。
「では、この場にいる全員で作戦に臨むと言うことですわね」
「いや……違うな」
セシリアがそうまとめるも、ラウラが表示される作戦の概要を何度も読み返して首をひねる。
「
「ぇ……?」
一夏はバッと振り向いた。いつも通りの無表情で、東雲はそこに座っている。
「何で……最大戦力だろ!?」
「……彼女の立場は複雑だ」
苦虫をかみつぶしたような声で、アルベールは口を開いた。
彼にとっては最も参加して欲しい戦力だった。唯一無二、最強の切り札。
だが。
「彼女の専用機『茜星』は専用の装備として使い捨ての太刀を用いているな。太刀もバインダーも破損している。まずこのままでは戦闘に参加できない」
「──ッ、だけど、それこそデュノア社の装備を使えば!」
一夏の反論は理にかなっていた。何よりも、最悪の場合、IS用装備すらなしに戦闘できるというのは、先ほど彼女自身が証明している。
それでもアルベールは首を横に振った。
「日本政府からの通達だ。『
「な……ッ!?」
日本からフランスへの輸送。到底、作戦開始には間に合わない。
考えてみれば分かる。今ここには代表候補生が顔を揃えている。
彼女たちは有事の際にISを纏い出撃し、問題を解決する。
将来は国家代表への道が開けた、選ばれし者だ。
仮に彼女たちがこれから先の未来、国家代表になったところで、反対する者はいない。
だが東雲令は違う。
選抜された各国の代表候補生がそろって作戦に参加する。恐らく彼女たちは、今最も国家代表となる可能性が高い、いわば将来のスターだ。
この作戦に参加するということ自体がそれを意味する。
そこに東雲令が参加すれば、誰もが考えるだろう。
しかし、それをよしとしない勢力がいる。
故にこうした足止めが起きる。起きてしまう。
(東雲さんなしで……)
十二分な戦力だ。そのはずだ。
なのに一夏は、どうしても嫌な予感が拭えなかった。
それから十五分後。
作戦が──エクスカリバー奪還作戦が始まる。
作戦コードは、『
(いやシャルロットちゃんのお母さん名前ダッッッッッサ)
東雲は絶句していた。
確かに分からなくはないというか、名付け親の感性を疑わざるを得ないのは確かだ。娘の名前に伝説の聖剣とか普通つけない。キラキラネームを超えてギラギラネームである。
でも今じゃないよな。今は真面目な話してるんだからさ。というかお前の真面目な話をしてるんだからさ。少しは聞いとけよ。
そもそも他人があれこれと言う問題ではない。本人が聞いたらどう思うか──
【
(さすがにこれは当方大困惑アンド大同情。ところで其方、誰?)
…………ッ!?
やめて! エクスカリバーのエネルギー砲撃で『白式・疾風鬼焔』を焼き払われたら、
お願い、死なないで一夏! あんたが今ここで倒れたら、東雲さんやシャルとの約束はどうなっちゃうの? エネルギーはまだ残ってる。ここを耐えれば、
次回
40.織斑一夏、死す!
ISバトルスタンバイ!