【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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どうも忘れられている節があるがこの作品はコメディ作品です


44.乙女たちは食べさせたい

 午前の授業を終えて、一夏たちはそれぞれ昼食を携えて屋上に集っていた。

 メンバーは一夏に箒、鈴とセシリアとシャルロットとラウラ……簪、東雲。

 一年生の専用機持ちが勢揃いである。

 来たるトーナメントにおける敵だが、元よりその目的は相手の打倒と言うより自らを更なる高みへ押し上げるため。

 ならば将来の政治動向も見据えて、学生のうちに代表候補生(あるいはそれに類するであろう)人材同士で親交を深めておくのは重要な任務である。

 

 本来は、だが。

 

「さあ──勝負だ、セシリア」

「ええ──決着をつけましょう、一夏さん」

 

 バトルバカ二名が火花を散らしている。

 そうこれは、タッグマッチトーナメントの前哨戦。

 全員を巻き込んだ、()()()()()()()

 

「ばかなの?」

「馬鹿なんだ……」

 

 シャルロットの問いに、箒は眉間をもみながら答えた。

 真剣な表情で昼食を誘われたからちょっと胸を高鳴らせながらついてくれば──これだ。

 箒は自分の乙女心が、目の前で金髪の淑女と火花を散らす朴念仁によって無駄に消費されたのを自覚してちょっとつらくなった。

 ちなみに会話していたシャルロットも同意見である。一夏は『少しいいか……?』と超シリアス顔で女子たちを誘い、無駄に罪状を増やしていた。

 

「てゆーかさ、あたし達の弁当ってどうすればいいワケ?」

「いわゆる前哨戦だろうな。気合いの入りようからして、間違いなくあの二名が争うための場だろう」

 

 意外にも──これはあくまで箒の主観だが──鈴とラウラもまた、自前の弁当箱を持ってきていた。

 てっきり食堂の惣菜パン等で済ませていると思いきや、二人の手にはかわいらしい弁当箱が載っている。これは実に箒とシャルロットの警戒心を高めた。もしかして隠れ女子力高い勢か? という危機感である。

 

(一夏の料理の腕は確かだ。ならば私とて、日々のお弁当に気を遣わない理由はない! さらに私は、一夏の食に関する傾向も知っている!)

(いつでも『へえ、おいしそうじゃん』って言われたときのために頑張ってお弁当を作ってきたけど、思ってたより激戦区だった……! でも一夏のライフスタイルはルームメイトだったころに観察できてる、僕に分がある勝負だ!)

 

 乙女たちの思考回路は、幾重もの激戦を経て超高速回転に対応していた。

 戦闘においてだけでなく、それは恋愛頭脳戦においても適応される……ッ!

 

(男子特有の脂っこいものへの執着は一切ない! 何故なら、()()()()()()()()()()()!)

(思春期にあるまじき、()()()()()()()()! それを読み切って作った、だから間違いなく僕のお弁当に惹かれるはず!)

 

 二人は的確に相手を分析し、自分の得意分野とのかみ合いを計算し、如何に立ち回れば効率的かを演算していた。

 恋愛にかける意志において、箒とシャルロットは頭一つ抜けていた。事前に布石を打ち、獲得するべきアドバンテージを絞り込み、同時に自らのスタンスともすりあわせる。

 工程の一つ一つを丁寧にこなし、決して見落としがないよう確認。そうしてやっと全体の構造を確定する。それだけの手順を終えて、やっと行動に移る。

 そう。

 

 篠ノ之箒とシャルロット・デュノア──二人は、ガチである!

 

(弁当箱のサイズからして、鈴は主食と主菜に加え、多くとも副菜が二品!)

(ラウラは丸みを帯びた弁当箱……本人のチョイスとは考えにくいね。アドバイザーがいると仮定するのなら警戒度は高い……!)

 

 屋上に一夏がピクニックシートを敷いている間、二対の鋭い眼光は敵対者の武装(おべんとう)を常に探っていた。

 東雲と簪は(片方は無表情だが)談笑しており、手に持っているのはそれぞれ寿司桶と惣菜パンである。完全に一人場違いだが、それはもう予測済みだ。むしろそうじゃなかったらどうしようかと思っていた。

 

(あの二人は論外、というか争いに参加していない)

(だからノーカンでいい。クリアするべき相手は、実は少ないんだよね)

 

 箒とシャルロットはそろって東雲と簪を警戒対象から外していた。残念ながら節穴と言わざるを得ない──いやまあ、みんなでお昼ご飯を食べようって時に寿司桶持ってくるやつを恋敵として認識しろというのは無理があるが。

 とにかく、目下最大限に警戒するべき相手は。

 

「……箒は、どんなお弁当を作ってきたの?」

「……あまり自信はないのだが。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「へぇ……そっか。僕は和食になじみがないからね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ほう……なるほどな」

 

 火花が散った。

 一夏とセシリアは互いしか見えていないが──争いとは、重複するものである。

 この場において箒とシャルロットは、互いこそが最大の敵であると認識していた。

 

(──だが、最後に笑うのは私だ。このだし巻き卵は必ず、全員を斬り捨てて一夏の胃袋を掴める! 申し訳ないがこの勝負、もらった!)

(──でも、最後に勝つのは僕だ。このブルギニョン*1は必ず、全員を撃ち抜いて一夏の胃袋を掴める! 悪いけどこの勝負、もらったよ!)

 

 必勝を期した。

 最大の難敵が相手でも、間違いなく勝ちの目はある。そうお互いに確信していた。

 箒のだし巻き卵はかつて道場のツテから話を聞いた料理人の話をベースにし、丁寧に出汁を引き、水をあえることで味を調整しつつ、素材の風味豊かに仕上げた逸品である。

 シャルロットのブルギニョンも一晩地産の赤ワインにつけ込んだ牛のすね肉をじっくり煮込み、口に入れただけでほろほろにほどける力作だ。

 

 負けるわけにはいかない。

 絶対に勝つ。この決戦場は己が以前より狙いを定めていたフィールドだ。

 そこで他者に後れを取るなど、あってはならない──!

 

「ともかく、時間は限られている」

「そうだね。ちゃちゃっと始めちゃおう」

 

 自分の勝利を確信した上での発言である。

 全員が円を描く形でシートの上に座り、それぞれの昼食を出した。

 

「当方はこれだ」

 

 トップバッターは東雲。寿司桶の蓋をパカッと開ける。箒とシャルロットはもう見てすらいない。

 ずらっと並ぶ江戸前の握り。新鮮なネタを使った職人の技が光る!

 

(女子力たったの5……)

(ISバトルで勝てる気はしないけど、ここは退いてもらうよ)

 

 二人は静観の構えを取った。

 論理的な帰結である。何故なら自信満々に寿司を広げた東雲は、しかし自分が持ってきた寿司をじっと見つめて唾を飲んだからだ。

 彼女はそれから、一夏に顔を向けた。

 

「もう食べていいか?」

「えっ、あ、はい」

 

 みんなでお弁当を見せ合うというステップを待ちきれず、東雲は勝手に寿司を食べ始めた。

 一夏はこの人何しに来たんだろうと思ったが、よく考えなくても寿司を食べに来たんだなと思った。

 

「えっと、私はこういうのだけど……」

「おっ、簪のそれって……個数限定の、黄金の卵パンじゃないか!?」

 

 おずおずと簪が差し出したのは、IS学園オリジナルブランドの惣菜パンだった。

 しかし一夏の食いつきはピカイチだった──箒とシャルロットの眉が、ピクリと跳ねる。

 

「完全ランダム選択の惣菜パンコーナーで、速度も運も必要なレアものって噂よね。よく仕入れたわね」

「え、そうなの……?」

 

 簪はきょとんとしている。

 まさか、と一夏と鈴は顔を見合わせた。

 

「もしかして……簪って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……一応」

「アンタだったのね! 卵パンスレイヤーは!」

 

 鈴は床をぶっ叩いて吠えた。

 黄金の卵パン──食べた人間を狂わせ、以降別の卵パンは食べられなくしてしまうとすら謳われる代物。その供給率が異常に低くなったのは春先だ。二年生も三年生も、時折お目にかかれたそれがまったく手に入らなくなった。購買が調整しているのでは? 我々はもう存在しない黄金パンを求めて踊らされているのでは? 新聞部すらもが特集を組んだほどのトピックだった。

 なんてことはない。新入生のぼっちが毎回素引きしていただけなのだ。

 

「えっと……じゃあ、いる?」

 

 簪はパンの袋を開けると、鈴と一夏に差し出す。

 普段ならば慈悲は要らぬと二人して拒絶しただろうが──簪の瞳は、これ以上なく、本物の慈愛に満ちていた。

 うっ、と呻き声を上げる。突っぱねるのは簡単だが、それは母親に反抗するガキそのものである。そんな情けないことは、できない。

 

「「……いただき、ます……ッ!」」

 

 両目を血走らせて唇をかみながら、一夏と鈴は黄金の卵パンを一切れ受け取った。

 美味だという噂は聞いていたが──何故か、少ししょっぱかった。敗北の味だった。

 

(……これで、日本代表候補生ペアは終了)

(次は多分……)

「じゃあ次はあたしね」

 

 シャルロットの読み通り、鈴は四角い弁当箱の蓋を外した。

 中身を見て、一夏はおおっと声を上げる。

 

「──酢豚か!」

「そ、まだあんたに食べてもらってなかったからね」

 

 ここで箒に電流走る。

 

(──待て。酢豚だと? 確かクラス対抗戦の時に……)

(やっぱり中華で勝負を仕掛けてきた。でも見るからに大衆向けって感じの味付けだ。勝てる!)

 

 金髪の腹黒娘が勝利を確信している横で、箒は戦慄に肩をふるわせていた。

 

「ああ、そっか……ごめんな、あの時は、その……」

「いーのいーの。時間かかっても、あたしは待てるから。だから……早く食べなさいよ」

 

 言ってる間に恥ずかしくなったのか、鈴はぷいと横を向きながら告げる。

 苦笑しながらも、一夏は箸を伸ばした。豚肉、タケノコ、にんじん、ピーマンがバランス良く和えられ、甘酢あんのタレの照りに包まれている。

 それだけではない。思い出の料理──大切な約束の逸品とだけ合って、鈴は毎度、酢豚の調理だけは丁寧に行っていた。

 

 油通(ユウクオ)──日本では油通しと呼ばれる下ごしらえの手法だ。

 低温の油に野菜などの具材をさっと通すこの工程は、スピードが重視される中華料理において必須のスキルである。熱を通しつつも、食材の食感を損なわない。油を吸収してべたつくこともない。熱の鎧に覆われ、具材のうまみはぐっと引き立つ。

 

 工夫は当然、それだけでは終わらない。

 

 連鍋(リングオ)──熱された鍋に油を敷き、白い煙が上がるまで加熱してから()()()()()()()

 一見無意味にも思えるこの工程だが、鍋とは使い込むたびに様々なものを蓄積している。一度その嫌なにおいや不純物を取り除く、極めて重要な下準備だ。

 

 実際問題、鈴の調理スキルは既にそんじょそこらの自称自炊女子を遙かに上回っている。

 適切な知識と優れた技量、さらには調理場における度胸。

 意図して隠している訳ではないが──彼女は間違いなく、自他の評価よりもずっと、()()

 

「……私もいただいて良いか?」

「いいわよ」

 

 シャルロットと違い鈴相手に警戒度を数段引き上げた箒も、唇を開いて一口含んだ。

 途端、両眼が見開かれる。

 

()()……! 甘みと酢の風味が噛み合い、口の中で踊っている……タレだけじゃない。そうか、熱の通し方! 不要なものを吸い取る前に熱を通し、旨みが漏れ出す前に調理を終えているのか……ッ!)

 

 中華に関しては門外漢である箒も、完成度の高さが瞬時に理解できた。

 その様子に遅れてシャルロットも気づく。中華料理とは口に含んでからが本番。甘い見通しは即座に死へと直結する。

 

「ああ……おいしいよ。やっぱ鈴の酢豚は最高だな」

「トーゼンでしょ」

 

 感慨深そうに一夏が呟いた。

 

「安心したって言うかさ、その……昔より旨くなってる。でもやっぱり、あの頃を思い出せる……」

「……なーにジジくさいこと言ってんのよ、あんた」

 

 郷愁の思いに近かった。

 一夏にとって遠い過去。輝いている思い出。それを想起させる鈴の酢豚は、涙が出るほどにおいしかった。

 だが鈴は、あぐらをかいたまま鼻を鳴らして、一夏の額を指で弾く。

 

「イデッ!? な、何すんだよ」

「しみったれたこと言ってんじゃないわよ。こんなの、いつだって作ってあげられるんだから。一夏が食べたいなら、まあそうね。()()()()()()()()()()()()()

「……はは。約束通りだな」

「まーね。どう? お嫁さんに欲しくなったんじゃない?」

「もったいないぐらいだ。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 やっぱり、と鈴は言葉にしないものの、自分の推測が合っていたことを理解する。

 今の一夏には、恋愛をしている余裕がないのだろうと。

 常に自分を追い込み、絶えず上を目指す少年には──今はその時じゃないのだろうと。

 鈴は分かっていた。

 

(だったら待つわよ。あたし実は、待つのは得意だし)

 

 だからこうして、彼のすぐ傍で笑顔でいられたら良い。

 彼が笑顔じゃなくなってしまったら──それを吹き飛ばせれば良い。

 鈴はそう思っていた。だから今この瞬間が、何よりも愛おしかった。

 

 とはいえそれは鈴の視点である。

 

 彼女なりの励ましは、端から見れば──ぶっちゃけ普通に告っている。

 故に他の女子のリアクションは当然、

 

(当方も毎日寿司食べたいなあ……食べてるわ)

 

 お前は違う。

 

(『約束の料理』……ッ!! 『毎日作ってあげる』……ッ!! 冗談だろう!? 単体で必殺になり得るフレーズを、二連射だと!?)

 

 箒は震えていた。もう一人の幼馴染──こと料理において、負けるつもりはなかった。

 だが甘かった。盤外戦術と言ってしまえばそれまでだが、鈴の言動は確実に、料理以外の面で箒を圧倒していた。

 

(僕は馬鹿だ……料理で胃袋を掴むと、その一つの視点に縛られていた……! 鈴は自分のアドバンテージを活用して、弁当箱の外側でも勝負を仕掛けてきたっていうのに……!)

 

 シャルロットもまた恐怖していた。絶対的だと確信していた優位性は、横からつつけば呆気なく砕け散った。

 もはやこうなってくると、()()()()()()()()()()()では勝てない。勝てない……!

 

「ふむ、次は私だろうか。とはいえ……」

 

 ラウラが切り出し、しかし彼女はどこか落ち着かない様子で、一夏とセシリアを見た。

 酢豚を頬張りながら嬉しそうに笑っている一夏と、同じく他の面々の昼食に舌鼓を打ちながらも余裕の笑みを崩さないセシリア。

 いわばこの場における主役二名だ。

 

「その、一夏。私のこれは……今開けたら、お前の勝負を邪魔してしまわないだろうか……」

「ああ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 ん?

 箒とシャルロットは首を傾げた。

 何か嫌な予感がした。壮絶に嫌な予感がした。VTシステムが『アラクネ』をかたどった時。空から『エクスカリバー』の砲撃が降ってきた時。いつもついて回る──濃密な、死の気配。

 

「じゃあご開帳だな」

 

 二つの弁当箱が並んだ。楕円形の、ラウラの弁当箱。四角い二段組みの、一夏の弁当箱。

 蓋が開く。それはパンドラの箱のようだと、箒は思った。

 

「ええと、今日は……魚か?」

「ああ。ブリの照り煮と、ほうれん草のおひたしと……悪いなセシリア。俺は勝負を決めるときは、いつも、自分にできることを丁寧にやっていくって決めてるんだ。意外性はないが──」

「──積み重ねてきた発露、でしょう? それでこそわたくしのライバルですわ。ただ……」

 

 セシリアは二つの弁当箱を交互に見比べて、余裕の笑みを崩した。真顔だった。微妙に脂汗をかいている。淑女の顔は青ざめていた。

 

「あの……なんで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ラウラの弁当、俺が作ってるからだけど」

 

 唯一の男性操縦者は即死攻撃を放った。

 箒とシャルロットはビターン! と床にぶっ倒れた。直撃である。

 

「えっ、なんで?」

 

 鈴は素で疑問の声を上げた。当たり前だ。なんで弁当作ってんだ。

 

「いやあ、ラウラが昼食は携行食で良いって聞かないからさ……じゃあ俺が作るよって。ほら、弁当箱はラウラの部隊の人が送ってくれたみたいだし、もったいないじゃん」

「えっ、なんで?」

 

 二人のように倒れてこそいないが、鈴も十分致命傷を受けてバグっていた。

 かつて(第二話)手作り弁当を逃した経験のある東雲は、「まあ我が弟子ならそれぐらい容易いだろうな。ふふん、色んな人に施しをしていて、当方も鼻が高い」と後方師匠面をしていたが──それどころではない。

 

「箒さん! シャルロットさんっ! しっかり!」

「落ち着いて……ゆっくり息を吐いて……吐いて……もう少し吐いていいよ、ほら……」

 

 セシリアと簪は、料理勝負に全てをかけていたザコ二人を必死に介抱していた。

 先ほどまでの勝利を確信した態度はどこにもなく、箒とシャルロットは過呼吸を起こしている。簪はきちんと過呼吸の対処法を知っていたので、紙袋を口にあてがったりはしなかった。

 きちんと相手の目を見て、静かな空間で、一緒に呼吸をするのである。これぐらいのテンポで良いんだよ、と示してあげるのが肝要だ。

 

 ペーパーバッグ法*2は、窒息の危険性があるので……やめようね!

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 

「……私、だし巻き卵、結構頑張ったんだがな……」

「……僕も、色々、下準備してたけどね……」

「……出直すか……」

「……もう、夜這いとかして全部メチャクチャにしちゃわない……?

「……アリだな」

 

 箒とシャルロットは屋上の片隅で三角座りで反省会を開いていた。

 完全に恋愛頭脳戦は崩壊した──というより自称ガチ勢二名は土俵に立ててすらいなかった。

 うつむき、敗者特有のどす黒いオーラを放出する空気汚染機が二つ完成である。

 一夏は彼女たちの様子を見て首を傾げた。

 

「なあセシリア、あいつらどうしたんだ?」

「今は……その、触れてあげないでおきましょう……あんまりにあんまりですわ……」

 

 弁当を食べて美味しそうに頷くラウラに視線を向け、セシリアは頬を引きつらせた。

 どう考えても裏技だったが、最適解であることに間違いない。なんというか、無欲の勝利だな、とセシリアは思った。

 

 それはそれとして──箒とシャルロットが勝手にダウンしたので──いよいよ勝負は息詰まる最終局面を迎えている。

 

「それではわたくしの番ですわね」

 

 彼女が取り出したのは、つややかな樹皮を編み込んだバスケットだった。制服でなく、いつかの遊園地(デート)で着ていたワンピース姿であれば、ご令嬢の休日といった具合だろう。

 薄手であれば上着も入るであろうバスケットの中には、大きめのランチボックスが鎮座している。

 

「ふふ。今回はわたくし、腕によりをかけましたわよ……これ、誤用じゃありませんわよね?」

「合ってるよ。時々お前、すげえ日本語使うからビビるんだよな」

 

 雑談を交わしながら、セシリアはランチボックスを自分の膝に載せると、その蓋を外した。

 思わず一夏とラウラと鈴と簪、ついでに東雲も目を見開いた。

 真白いパンが陽光に照らされ清楚に佇んでいる。きっちりカットされた断面から、食べやすいようにそろったレタスやベーコンが見て取れた。

 

(……ッ! 外見、百点満点中の百八十点ってとこか……!)

「すっごいわねこれ、サンドウィッチってこんなキレイになるもんなの?」

「片手で食べられるものは軍においても推奨されていたが……ここまで丁寧なものは初めて見るな」

「……綺麗。大変だったんじゃ?」

「当方も断面図を作るのは得意だが、ここまでの代物はなかなかお目にかかれないな」

 

 東雲の感想は最悪だったが、全員そろって無視した。

 そしてそれぞれが思う──見栄えではなく地に足の着いた安定感を取った一夏。対照的に見栄えを完璧以上に仕上げてきたセシリア。

 

「……料理においてすら、正反対とは」

「……ああ。まさに運命ってやつなんだろうな」

 

 言葉のチョイスに鈴とラウラがむすっとして、簪がまあまあと二人をなだめる。

 東雲は当方も運命だが? と考えながら鈴の酢豚と一夏の弁当をドカ食いしていた。

 

「いよいよだな」

「この瞬間(とき)を待っていましたわ」

「さあ──勝負だ」

「ええ──決着をつけましょう」

 

 二人の間で火花が散った。

 鈴とラウラは、信頼する男の勝利を信じて疑わなかった。

 簪はどちらに軍配が上がるのか、息を呑んで刮目していた。

 東雲はバレないよう気配遮断を発動してセシリアのサンドイッチを二つほどつまんでいた。

 

 

 

「いっただっきまーす」

「ええどうぞ、召し上がってくださいな」

「もぐもぐ」

「お味の方はいかがですか?」

「くぁwせdrftgyふじこlp」

「なんて?」

 

 

 

 勝敗は決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ふーん、美味しいじゃん)

 

 東雲はサンドウィッチでリスのように膨らんだ頬を動かしながらそう思った。

 隣では愛弟子が泡を吹いてぶっ倒れ、セシリアが不思議そうに首を傾げている。

 ごっくんと飲み込んでから、東雲は口を開く。

 

「美味しすぎて気絶したのか?」

「恐らくそうでしょうね」

「ンなワケねーでしょ」

 

 鈴は冷たく告げるが、何処吹く風とばかりにセシリアは唇をつり上げる。

 

「この前哨戦──わたくしの勝利ですわ!」

 

 立ち上がり、セシリアが金髪をなびかせて勝ち誇った。

 

「一夏ッ! 戻ってこい、一夏ッ! まだ……まだ私は、貴様と一緒に行きたい場所、やりたいこと、たくさんあるんだ! だから逝くな、一夏、一夏ァァァァッ!!」

 

 犯人が謎の勝利宣言をぶち上げる中、ラウラは一夏の身体にまたがって、必死に心臓マッサージを施していた。

 

「……簪さ、アンタ、友達もうちょっと選んだ方がいいわよ」

「……ちょっと今、悩み始めてる……」

 

 鈴と簪は顔を見合わせて、同時に嘆息した。

*1
フランスの郷土料理である牛肉の煮込み。ビーフシチューに近い。

*2
紙袋やビニール袋を口にあてがうことで、吐いた息を再度吸わせて血液中の炭酸ガス濃度を上昇させる方法。






調理知識はかなりガバいのであまり参考になりませぬ
また明日は更新できませぬ



次回
45.東雲式必殺技講座Ⅱ

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