バカか?
「うん、ある程度の制御訓練は必要ねこれ」
「はい……」
楯無の言葉には誰一人として異議を唱えなかった。
三人がかりでおおきなかぶよろしく、うんとこしょ、どっこいしょと掘り出された一夏は、座り込んだまま頷く。
「急激な出力の上昇は大歓迎だけど、それが意図しないタイミングで引き起こされるのは最悪って分かるわよね? というか、今身を以て知ったわよね?」
「はい…………」
アリーナに空いた大穴を指さされては、一夏は何も反論できない。
事実として『疾風鬼焔』の発動すら不自由なのはいただけない。というより、この状態で今までの修羅場を乗り越えられたのは奇跡である。
「とはいっても、一夏のこれを制御する方策が現状見つかっていませんが」
「それは違う」
箒の指摘に割って入ったのは、意外にも簪だった。
強気な声色を受けて、一同はたじろぐ。彼女は明らかに明白な解決策を抱いているようだった。
疑いのまなざしを受けても尚動揺を見せず、簪は毅然とした態度で一夏に人差し指を突きつける。
「一夏には――気合いが足りてない!」
「き、気合いだって……!?」
簪のいつにない真剣なまなざしに、一夏は気圧され数歩退いた。
「この手の強化フォームは……変身者……じゃない、IS乗りのメンタルが関係する……」
「俺のメンタル……?」
「他のISにはない特殊形態の発現……間違いなくこれには融合係数が関わっている……!」
特殊な単語が出てきて思わず全員首を傾げるも、疑問を差し挟む余地を与えず簪は言葉を続けた。
「気合い、あるいはテンション……それが関与していることは確定的に明らか……! さあ一夏、全身全霊で叫んでみて……! できればポーズとかも決めた上で……!」
「お、おう」
簪のわけのわからない熱気のようなものに押されて一夏は『白式』を再展開した。
既に『疾風鬼焔』はかき消えている。ここから再びあの状態を起動するにはどうしたらいいのか。
(……どうせ現状はノーヒントなんだ。なら、やってやろうじゃねえか……!!)
足を肩幅に開き、右腕を真正面へと伸ばす。同時、左手を胸の前で曲げ、右腕の肘を保持。
瞳の中に燃え盛る焔。それは飽くなき向上心と、折れない克己心。
信念の翼を広げるべく、少年は腹の底から叫んだ。
「バアアアストモォォドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」
……………………。
………………………………。
しかし、なにもおこらなかった!
「解散だな」
「おつかれー」
箒と楯無が真顔で言い放つのを見て、一夏は膝から崩れ落ちた。
「クソッ、簪のやつ、絶対許せねえ!」
「いいから集中しろ」
ウォーミングアップを終えて、いよいよ始まったタッグマッチトーナメントに向けての訓練。
楯無は特定の相手──シャルロット、あるいは彼女に似たバトルスタイルの持ち主だと一夏は感じた──を想定して間合いを測る訓練を行っていた。
具体的には箒と簪を相手取り、二人がそれぞれの距離で放つ攻撃を捌きながら距離を調節している。一夏が平時東雲相手に行っている訓練と似通うものがあった。
しかし今一夏が行っている訓練は、普段の代物とはうって変わっていた。
東雲からの叱咤を受けて、一夏は改めて視線を彼女に向ける。
互いにISを装備した状態。
得物を手に持ち、にらみ合う。
「…………ッ」
「どうだ?」
「三手……あるいは四手」
「駄目だな。二手で殺せるぞ」
動かない。攻撃の起こりはない。刃が風を切り裂くこともない。
だが一夏はしかめっ面で、汗をぶわりと浮かべながら呻いていた。
(……二手ってことは、初動から有効打にしろってことか? だけど
超高速で思考が回転する。一秒を切り刻み、コンマ一秒すら切り詰めた刹那。その中で必死に最適解を探し続ける。思考の大海の波にもまれながら、光をたぐり寄せていく。
「其方の鬼剣は柔軟性、即応性において、本来は
「……ッ」
東雲の言葉は理にかなっていた。
これは一夏が編み出した必殺技、鬼剣をより高みへ誘うための──
「迷うな。迷いが見えた選択肢は即座に破棄しろ。それとも、躊躇や動揺も、一手にカウントするのか?」
「ぐ……いいえ、違います……!」
「よろしい」
眼前で師匠はわざわざ二本の刀を抜き放ち、構えすら取っている。
本来はそんなもの存在しない、何故なら彼女が剣を抜刀するときは攻撃が命中しているときなのだから。
けれど──あくまで、一夏がパターンを無数に編み出すための特訓だ。今は防御に専念する二刀流相手に、一夏は思考の中で悪戦苦闘している。
「二手……二手……右を──」
「却下だ。構えの段階で、右利きだと見抜けるはずだが?」
「……ッ! すみません!」
理論構築には、絶え間ない観察が必要となる。重心のバランス、視線の動き。東雲は完璧に、彼女よりも格下の仮想敵を演じきっている。
それ相手に鬼剣を装填できないようであれば、この技に価値などない。
「考えを止めるな。速度を落とすな。
「……!」
ガード主体の、身体にぴたりと貼り付けるような構えから、今度は大きく腕を伸ばした攻撃の型へ移行。
慌てて一夏は防御を固めようとして、しかしその時にはもう距離を詰めた東雲が切っ先を喉へ突きこんでいた。
「ぐふ……ッ!?」
もんどりうって背中から地面に転がる。
砂煙を巻き上げて呻く弟子相手に、陽光を遮りながら東雲は冷たい目を向けた。
「何故、そんな素人丸出しの防御を見せた? 攻撃されると思ったから守りに入った?
「……すみません……! もう一度……!」
「承知した。最初からやるぞ」
思考の中での読み合い、それを一夏が読み損ねた場合に東雲は痛打を放って分からせている。
鬼剣とは、己の敗北を排除していく必殺剣。
故に彼が負けを能動的に排除するのではなく、逃げの姿勢を見せた瞬間に、東雲は刃を光らせる。
「……ISっていうよりは、剣客のそれよね」
立ち上がる弟子と、手を伸ばすことすらせずに再度距離を取る師匠。
小休止を挟んでいる楯無は、その光景を簡潔に表現した。
「ですが、得意分野を伸ばしていくのは、直近に迫る試合に向けての工夫としては適しているかと」
「そうねぇ……一夏君、なんか基礎はすごく上手くなってるのよね。ま、
「…………」
箒は平時、日に五十回ほど地面に埋まっている一夏を想起して、頬に汗を一筋浮かべた。
一方でマルチロックオンシステムを再調整している簪は、無数のモニターを立ち上げては消しつつ、何やら唸っている。
「……難しいところ」
「そうだな……『打鉄弐式』を万全の状態にするためには、やはり
それ、と箒が指し示したのは、簪が背部に背負う大型ミサイルポッドだ。
──独立稼動型誘導ミサイル《山嵐》。8門×6機=48発もの対ISミサイルを放つ新型兵装だ。
とはいえ、肝心なロックオンシステムが未完成なため、簪は訓練に当たっては連射型の荷電粒子砲をメインの射撃兵装に据えていたのだが。
「むむ……候補が少ない分、やっぱりこだわりたい」
「……候補?」
「うん。鬼剣……鬼剣……うん、『鬼剣:
「何の話をしているんだ……?」
呻くように、箒は低い声を絞り出した。
きょとんとした顔で、簪は口を開く。
「一夏の必殺技……『
「──まさか令の魔剣や秘剣は、簪が名前をつけたのか? お前か? お前だな? お前が諸悪の根源だな?」
ついに犯人を発見することに成功して、箒はずいと詰め寄った。
しかしまるで悪びれた様子を見せず、あろうことか簪はふふんと胸を張った。
「そう……私の趣味。いいでしょ?」
「良くないが?」
あきれかえる箒と苦笑する楯無の背後では、また一夏が地面に転がされていた。
思考が光に追いつけていない。
光──
自分には何もかもが足りていないのだと、地面を転がりながら再認識させられる。
「運が良かっただけだ」
自分の動作全てを看破し常に上回りながら、東雲は粛々と告げた。
「もしあの時、無人機が其方の四手に対応していたら。もしあの時、VTシステムが其方の想定を上回っていたら。其方の勝利は、薄氷の上で成立しただけに過ぎない」
糾弾ではない。押しつけでもない。
淡々と彼女は、事実を羅列していた。
「故に強くなれ、我が弟子。今度こそ全てを読み切るために。絶対の勝利をつかみ取るために。そうでなければ、
「……ッ!」
心はもう、折れる気配すら見せない。
どんなに理不尽な訓練であろうとも、両眼から噴き上がる焔に怯えはない。
「分かってます……俺は……もっと、もっと強くなりたい……ッ!」
震える両腕に力を込めて、身体を起こす。
刀を片手に持ったまま、東雲はじっと一夏を見ていた。
「──魔剣とは、理論的に構築され、論理的に執行されなければならない」
「……?」
「当方の振るう魔剣。或いは其方の振るう鬼剣。此れらの本質は、物質として存在する代物ではない」
こつん、と東雲は右手で己の頭を小突いた。
「
「……はい」
立ち上がり、一夏は再度愛刀を構えた。
同時に師匠も切っ先を空に向け、腰を右へ捻る。即抜刀可能、一触即発。
「考え続けろ、諦めるな。可能性を1へ至らせる、或いは0に落とし込む。そのためには既存の可能性を踏み越えていけ」
「……既存の、可能性」
「今、打ち込めるか?」
構えは露骨なカウンター姿勢だった。
当然、答えはノー。
「いかんな。我が弟子よ、それではいかんよ」
「……ですが、打てば斬られます」
「当方たちは剣術規範を確認しているのではない。ISとは即ち、
「……最後に立っているか、どうか」
「そうだ。人体を破壊する方法を採れない以上、勝負は数字に至る。だからこそ、完成した機体と戦闘論理がなくとも──不完全な機体と戦闘論理でも、勝機はある」
まるで逆の、あべこべのような台詞だった。
数字で勝負をする。ラッキーパンチを一発当てるのではなく、確実に相手のエネルギーをゼロにしなければならない。
「師匠。ですが、だからこそ、完成度こそ重要視されるべきでは?」
「完成度こそは可能性だ。眼前の可能性のみに縛られることを良しとするな。今の其方が勝利を確定させるためには、可能性を突き破ることが肝要だ」
禅問答のように曖昧な言葉。
一夏は瞳を閉じた。アリーナを吹き抜ける風を感じた。ぎしりと鉄の軋む音が聞こえた。視界は闇に閉ざされていた──否。
瞼を下ろす寸前まで焼き付けていた世界が、明瞭に見える。剣を構える相手。突撃して、一刀に斬り捨てられる自分。
なんてことはない。
敗北を能動的に排除していく──その帰結に相手の動きを組み込まない理由はなかった。
「…………二手、ですね」
「いい答えだ」
開眼──同時に、踏み込み。地面を爆砕して、白い鋼鉄の塊が疾走する。
東雲は一歩も動かず、ただ素早く刀を振るった。直線機動の先に置かれた、カウンターの一閃。
「
超至近距離で、男の低い声が東雲の柔肌を撫でた。
刀身の閃きが砕け散る。一夏の左手──手の甲を弾丸のようにぶつけ、攻撃の軸をズラした。
同時に『雪片弐型』を突き込む。東雲はもう一刀で正確無比にその刺突を叩き落とした。
純白の刀が叩き落とされ──
「一手──」
パッと、一瞬だけ、一夏は柄を手放していた。
彼の手のひらの上で柄が百八十度回転。順手から逆手へと、刹那のスイッチ。
二刀は浮き上がっている。『雪片弐型』は相手に近づきすぎて、振りかぶることすら出来ない。
──そう、振りかぶる必要は無い。相手に刀身を押しつけるような距離。だが元より、先ほどの刺突の際、一夏は腕の力だけで乱暴に振るっていた。
全てはこの瞬間のための布石。
逆手に握った刃を相手に押しつけて。
ゼロ距離で、今度こそ腰をカチリと動かし、力が全身を伝導する間に跳ね上がり。
「──二手ッ!」
鬼剣が、放たれた。
(えっ何今の……知らん……怖っ……)
たくさんパターンを用意しつつ、でもそれに縛られすぎないようにねー、とアドバイスしていたら弟子が突然密着状態で意味不明の斬撃を放ってきた。
教えた覚えのない新技術を受けて東雲はちょっとビビっていた。何この弟子怖い。
しかし。
「──って避けるのかよ!?」
「……当たってやる道理はないな」
東雲は弟子の渾身の一撃を普通に捌いていた。
至近距離から振るわれた斬撃を、水流が岩を避けて進むように受け流し、もののついでに一夏の顎を蹴り上げてバックブースト。
結果としてはまた地面に転がる弟子を師匠が見下ろしている。
(ていうか今のマジで何? ……知らん……怖すぎる……咄嗟に明鏡止水状態にならなければ即死だった……)
咄嗟に明鏡止水状態になるって何?
(まあ成長してるっぽいし、この調子ならトナメで良い結果出そう……良い結果出そうじゃない? まずは本人のモチベを維持するところからだな! ヨシ!)
一夏じゃなかったら今の攻撃回避されて心折れてると思うんですが、それは……
試合まではサクサク進めていきたいですね
まあ試合内容詰んでるんだけど
AIC+聖剣、こ無ゾ
次回
47.つわものとは